ベルサイユのばら

この声劇用台本は「オスカルとアンドレ」、「フェルゼンとマリー」の
4キャラに絞った構成になっているためストーリー的にかなり
端折った展開になっておりますことを予めお断りします。

全7話

オスカル アンドレ
マリー・アントワネット フェルゼン
第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話 第7話
001 N ジャルジェ邸、ジャルジェ将軍は壁にかけられたオスカルの肖像画に話しかけていた。
  ジャルジェ将軍 「オスカル、おまえに別れを言うのを忘れてしまった。いや、言わぬほうがあたりまえか、またここへ戻って来るのだから」

「生きよ、オスカル。おまえの心の命ずるままに」

  乳母 「あの、だんなさま。実は、お嬢様からこれをだんな様にお渡しするよう申しつかっておりました・・」
  ジャルジェ将軍 「すまぬが、読んでくれるか」
  乳母 「あ・・はい・・」
  ジャルジェ将軍 「どうした、読みなさい」
  乳母 「あの、ただ一言でございます」
  ジャルジェ将軍 「うん?一言?」
010 乳母 「私ごとき娘を、愛し、お慈しみくださって、本当にありがとうございました」
  ジャルジェ将軍 「何を言うかオスカル。まるでそれでは本当の別れの様ではないか。許さん、許さんぞオスカル」
  OP挿入曲 薔薇は美しく散る
  N オスカルとアンドレは衛兵隊兵舎に向けて馬を疾走させる。時刻は夜から朝へと変わろうとしていた。 二人の行く手には明の明星が最後の輝きを夜明けの空に振りまいていた。

そのふたつの魂は出会いから長い年月を経てついに結ばれた。それは何もかもが新しく生まれ変わろうとする時代であり、また出会いと別れが激しくも悲しい定めの中でもてあそばれる時でもあった。1789年7月13日の朝が間もなくあける。

そしてこの日はオスカルの心を支えた男、アンドレ・グランディエのあまりに長くあまりに短い最後の一日であった。

  オスカル 「諸君、もう知っていると思うが、我がB中隊は午前8時パリ、チュイルリー宮広場へと進撃する。目的は武装した民衆への牽制であるが、暴動となった場合は民衆に発砲、これを鎮圧せねばならない」

「民衆の中には、おそらく諸君の親か兄弟がいるとことと思う。たとえ私が発砲を命じても、君たちは引き金をひかないだろう。それが当然だと思う」

「私の考えを言おう。いや、私は自分の取るべき道を述べる。全く個人的にだ。私は今この場で諸君の隊長であることをやめる。なぜなら私の愛する人、私の信ずる人が諸君と同じように民衆に対し発砲をしないと思うからだ。私はその人に従おうと思う。その人が民衆とともに戦うというならば私は戦う」

「諸君、私はアンドレ・グランディエの妻となった。私は夫の信ずる道をともに歩く妻となれた」

  アンドレ 「オスカル」
  オスカル 「アンドレ、命じてくれ。アンドレの行く道は私の信ずる道だ」
  アラン 「はははは、隊長、あんたは隊長をやめる必要なんかねえよ。あんたが来る前にみんなで相談ぶってた。もし、戦いになったら、俺たちはその場で衛兵隊をやめて革命に身を投じようじゃねえかってね」

「だが、あんたがその気ならその必要はねえ。俺たちはあんたの指揮の下で市民とともに戦う。みんなばらばらになるより、その方がずっと力になる」

  オスカル 「アンドレ」
  アンドレ 「アランの言うとおりだよ、オスカル」
  アラン 「よろしく頼むぜ、隊長」

「あ、それからよ、おめでとうよ、お二人さん」

020 N 隊員たちは騎馬で兵舎の庭に整列する。
  オスカル 「では諸君、行こう!」
  アラン 「行こうぜ、みんな!」
  N 衛兵隊B中隊はオスカルを先頭にチュイルリー宮へ向けて出発した。その日、1789年7月13日。

一人の兵隊の発砲が引き金となり遂にフランス大革命の血で血を洗う凄惨な戦いの幕が切って落とされたのである。

《セリフ》
「隊長、オスカル隊長。軍隊がついに民衆に発砲を始めました。パリはもはや戦場です。軍は武器を持たぬ者にも無差別に攻撃を繰り返し、チュイルリー広場は血の海となりました」

アルマン連隊がチュイルリー広場へと行進する。屋根の上の見張りが連隊の接近を告げた。

  オスカル 「元衛兵隊隊員、全員騎乗!」
  アラン 「待ってました」
  オスカル 「先制攻撃を仕掛け、彼らの進撃をくい止める。あなた方はその隙にこの広場にバリケードを築いてください」
  N 「バリケード?」
  オスカル 「そうです。バリケードがあれば武器が少なくても軍隊と互角に戦える。いいですね」

「では」

「全体、前へ!」

「いいな、十分に攪乱し、敵の注意を引きつけたら、広場とは反対方向に走る。我々を追わせてあの隊を広場から遠ざけるんだ。ようし、一気に側面へ突っ込め!」

  N オスカルは先陣を切って隊列を切り開く。その時だった。アンドレの右目に霞がかかる。アルマン連隊の隊員が銃の照準をアンドレに合わせた。いち早くそれに気がついたアランが隊員を殴り倒した。
030 アラン 「アンドレ、どうした、何をぼけっとしてるんだ」
  アンドレ 「アラン、だめだ、俺の目が・・ぼやけているだけじゃなくてどんどん暗くなってきた」
  アラン 「アンドレ・・・」
  アンドレ 「この・・大事な時に・・・」
  オスカル 「よし、みんな退却!」
  アラン 「アンドレ、頭を上げるんじゃねえぞ」
  N 7月13日、午後3時、午後にはいって、軍隊と民衆との戦闘は至る所で行われ、その激しさはますますエスカレートしていった。そして、連隊本部から出された元衛兵隊員たちへの討伐命令はすでに全連隊へと行き渡っていた。

待ち伏せされているとも知らず、オスカルたちは馬を走らせる。煙幕の向こうに部隊を認めてオスカルは馬を止めるが遅かった。銃が火を噴き、隊員の何人かが犠牲になった。

  オスカル 「退けい、退け退け!」
  N オスカルたちは方向転換するがその先にも別の部隊が待ち伏せしていた。さらに数名の犠牲者がでた。仲間の死に逆上したラサールはオスカルの制止も聞かず、敵陣へ突撃するが、あえなく銃弾に倒れた。

空は赤く染まっている。時刻はすでに夕刻である。下水道から外へ出たオスカルが階段の上に立つ歩哨に気がつくのと、歩哨がオスカルの姿を認めるのは同時だった。

双方の銃が火を噴く。オスカルは歩哨を倒すが、歩哨の撃った弾丸はオスカルの後ろにいたアンドレの胸を貫いた。

  アラン 「「隊長!」

「今の弾が、アンドレに・・・」

040 N アンドレの軍服の胸がみるみるうちに血に染まる。
  オスカル 「アンドレ」
  アンドレ 「オス・・カ・・ル・・・」
  N アンドレはオスカルに向かって2,3歩、歩み寄るが、力つきてその場に倒れた。オスカルは駆け寄ると、アンドレの名を呼び続けた。
  オスカル 「アンドレ、アンドレ、アンドレ!」
  N 重傷のアンドレを乗せたアランの馬を守りながら衛兵隊員たちは包囲網を突破する。アンドレを死なせてはならない。血を吹くアンドレの胸の傷はオスカルを逆上させていた。

降り注ぐ銃弾の中をオスカルは走る。アンドレを助けるためならば、もう恐いものなんかない。

《セリフ》
「衛兵隊だ。衛兵隊が帰ってきたぞ」

  オスカル 「「アンドレ・・」

「ベルナール、すまないが急いで医者を。」

「しっかりしろ、アンドレ。もう安心だ、すぐに医者が来る。」

「アンドレ・・」

  N 教会の鐘が鳴り響く。煙るような夕焼けがあたりを包んでいく。
  アンドレ 「陽が・・陽が沈むのか・・オスカル・・」
  オスカル 「うん。今日の戦いは終わった。もう銃声ひとつしないだろう」
050 アンドレ 「鳩がねぐらに帰っていく羽音がする」
  オスカル 「うん」
  アラン 「どうですか、アンドレの怪我は?」
  N 《セリフ》
「弾は心臓を真直ぐに貫いている。まだ息があるのが不思議なくらいです。残念ですが、もはや手の施しようがありません」

アンドレが差し出した手をオスカルは両手で握り締めた。失われつつある命の温かさにしがみつきながらオスカルはぽろぽろと涙をこぼした。

  アンドレ 「どうした、オスカル、何を泣いている?」
  オスカル 「アンドレ、式をあげてほしい。この戦いが終わったら、私を連れて地方へ行って、どこか田舎の小さな教会を見つけて、そして結婚式をあげてほしい。そして神の前で、私を妻にすると誓ってほしい」
  アンドレ 「もちろんだ・・そうするつもりだよ、オスカル・・そうするつもりさ。でも・・オスカル、何を泣く?なぜ泣くんだ?俺はもう・・駄目なのか・・」
  オスカル 「何を馬鹿なことを、アンドレ」
  アンドレ 「そうだね、そうだ・・そんな筈はない。すべてはこれから始まるんだから・・俺とおまえの愛も・・新しい時代の夜明けも。全てがこれからなんだもの・・こんな時に・・俺が死ねるはずがない。死んで・・たまるか・・・」
  オスカル 「いつかアラスへ行った時、二人で日の出を見た・・あの日の出をもう一度見よう、アンドレ。あのすばらしかった朝日を・・二人で・・二人で生まれてきて、出会って・・そして生きて・・本当によかったと思いながら・・」
060 N アンドレは絶命していた。そのことが信じられなくて、オスカルはアンドレの名を呼んだ。
  オスカル 「アンドレ・・アンドレ!」
  N アランは帽子を脱いで胸にあてた。菫色の夕闇が広場を包んだ。立ちすくむオスカルの背後の空を流星がひとつ、ふたつ、まるで涙のような尾をひいて落ちて行く。
  オスカル 「アンドレ、私をおいていくのか!」
  N オスカルは教会の扉に背を向けて座っている。憔悴した横顔をかがり火が照らす。アランは自分の外套を彼女の背に着せ掛けてやった。
  アラン 「冷えるぜ。今夜は」

「隊長、安っぽい慰めは言いたかねえが、アンドレは幸せ者だよ。あんたへの思いが一応は通じたんだからよ」

「元気だせや」

  オスカル 「アラン、待ってくれ。明日からの我が隊の指揮はおまえに頼む。私は・・私はもうみんなをひっぱっていけそうもない」
  アラン 「やめなよ、オスカル。そんなことを言い出したらきりがねえ。あんたの深い苦しみとはくらべようもないだろうが、奴が逝っちまって傷ついているのは、あんただけじゃねえ」

「朝までには皆の前に顔を出してくれや。すべてはこれからなんだからよ」

  N アランが立ち去ると、咳の発作が彼女を襲った。オスカルは血を吐いた。傷ついたけものが身を隠す場所を探すようにオスカルは路地へと入りこんだ。

壁にもたれかかってオスカルは血の混じった咳をする。オスカルは愛馬を駆って夜の街を疾走した。セーヌ河にかかる橋に、数人の兵士が配備されている。

オスカルはいっこう構わずに彼らの間を走り抜ける。兵士の銃がオスカルに向けられる。弾は馬に命中し、オスカルは地面へ放り出された。馬はすでに死んでいた。

愛馬の屍骸を見つめて立ち尽くすオスカルを兵たちが取り囲み銃剣を突きつけた。オスカルはすらりと剣を抜いた。取り押さえようとする兵たちを彼女は難なくかわした。

銃剣を構えた兵士がオスカルが泣いていることに気がついた。オスカルの異様な雰囲気に気圧されて兵士たちは思わず後づさった。

  オスカル 「愛していましたアンドレ。恐らくずっと以前から。気付くのが遅すぎたのです。もっと早くあなたを愛している自分に気付いてさえいれば二人はもっとすばらしい日々を送れたに違いない。あまりに静かにあまりに優しくあなたが私のそばにいたものだから、私はその愛に気付かなかったのです」

「アンドレ・・許してほしい。愛は・・裏切ることより、愛に気付かぬ方がもっと罪深い」

「アンドレ・・答えてほしい・・もはや、すべては終わったのだろうか」

070 N オスカルの影は孤独に立ち尽くしていた。バスティーユ牢獄。それはフランス王政のもうひとつの悪評高い象徴であった。なぜならば、長い王政の歴史の中で自由を求める人々の口を封じその身を閉じ込めた、政治犯、思想犯のための獄舎であったからだ。

オスカルは強い雨に全身を濡らしながら、パリの街をさまよっている。激しい咳の発作が彼女を襲った

 明け方が近づき雨は上がった。そしてフランス革命史上不滅の日、7月14日、バスティーユ攻撃の幕があがろうとしていた。バスティーユ攻撃が歴史上何より名高いのは、それが体制側と民衆の大きな戦いというだけでなく、それが民衆のはじめての意志統一による行為であったからだ。

つまり、このバスティーユ攻撃がロベスピエールなどの革命側のエリートたちによる先導ではなく心から新しい時代を求めた名もない市民たちの自然発生的な団結による行動であったことに大きな意味があったのである。

1789年7月14日。それは真の意味での革命が始まった日であった。一部の市民たちはアンヴァリッドの武器庫を襲い、36000丁の銃と12門の大砲を奪い、その足でバスティーユへと向かった。

オスカルは身を起こすと、石の壁によりかかり、武器をてにバスティーユを叫ぶ民衆の列を呆然と見つめた。その視線の先に一人の男が現れた。

  オスカル 「アンドレ・・・」
  アンドレ 「オスカルどうした。こんなところで何をしている。誰もがバスティーユへ向かったぞ。誰もが銃をとり戦うためにバスティーユへと向かった。だが君が率いる衛兵隊はまだ広場にいる。広場で隊長を信じて待っている」
  N 路地の入り口に通じる階段を一段一段おりてきたアンドレの影はアランへと結んだ。
  アラン 「隊長、あんたとともに戦おうと、みんなあんたの帰りを待っている」
  オスカル 「アラン・・」
  N オスカルは外套を脱ぐとアランに手渡した。
  オスカル 「ありがとう・・これ・・」
  アラン 「いや」
  N バスティーユへと向かう群集の歓声が遠く聞こえる。どうしようもない寒さを感じてオスカルは両腕で自分を抱きしめた。
080 オスカル 「いつまでも皆を待たせてはいけないな」
  アラン 「ああ」
  オスカル 「アラン、もう一度だけ、これで最後だ。泣いてもいいか?」
  アラン 「ああ・・いいぜ、思いきりな」
  N オスカルはアランの胸に顔を伏せると嗚咽した。アランは彼女の背に片手をまわすと、その髪をそっとなでた。

午後一時、ついに戦闘は開始された。この時バスティーユ側はド・ローネ侯爵以下114名の兵だけであったが、その頑丈な城壁と大砲の威力が何万という市民を地獄の底に落とし入れていた

  オスカル 「すまない、遅くなった。大砲のことは我々が引き受けよう。ようし、全員配置につけ、砲撃、準備!」

「発射角、45度。ねらいは城壁上部。撃て!」

  N オスカルはすらりと抜いた剣を高く掲げると城塞へ向けて発砲の合図をした。砲門は次々と火を噴き城壁は破壊される。衛兵隊が市民側に味方したことによって、形勢は逆転した。

兵が司令官に報告する。城塞の中は硝煙が立ちこめ、絶え間ない砲撃によってさしもの堅牢な建物も不気味に振動している。司令官は腰を上げると、窓から広場を見下ろした。オスカルは砲列の真ん中に立ち、指揮をとっている。

《セリフ》
「ようし、狙いをあの指揮官に絞れ。一斉にだ。」

「撃て!」

一羽の鳩が青い空を舞う。オスカルの視線がその後を追った。次の瞬間、銃弾が彼女に降り注いだ。オスカルは言葉もなく地面へと崩れ落ちた。

  オスカル 「アン・・ド・・レ・・」
  アラン 「隊長!オスカル隊長!しっかりして下さい。聞こえますか、隊長!」
  オスカル 「大声を出すな、アラン・・ちゃんと聞こえている・・・」
090 アラン 「何をしている!みんな手を貸せ。安全な場所に移すんだ」
  N 城塞からは容赦のない攻撃が続いている。隊員たちはオスカルを砲弾の届かない路地へと運んだ。
  オスカル 「下ろしてくれ・・アラン、頼む、お願いだ・・とても疲れている。だから五分でいい・・静かに休みたい・・」
  N 《セリフ》
「うむ、毛布をここに」

「誰か顔の血をふき取ってあげなさい」

オスカルがうっすらと目を開く。視界には細長く空が伸び、硝煙の間を鳩が飛んでいる。

  オスカル 「どうしたんだ・・味方の大砲の音が聞こえないぞ。撃て、砲撃を続けろ。バスティーユを落とすんだ。撃て、アラン、撃つんだ・・何をしている」
  アラン 「元衛兵隊員、全員、配置につけ!」
  オスカル 「撃て・・撃つんだ・・」
  N 「アランは立ち止まると、振り返り、オスカルに向けて敬礼し、走り去った。広場では激しい戦闘が繰り広げられている。降り注ぐ弾丸をものともせずに、隊員たちは大砲へとかけよった。
  アラン 「ようし、みんな、撃ちまくるんだ」

「ようし、突っ込もう!」

  N 《セリフ》
「聞こえるか?オスカル、味方の総攻撃の声だ」

オスカルはすでに目が見えなくなっていた。彼女の脳裏にアンドレと結ばれた夜の美しい星空がよみがえる。オスカルは静かに目を閉じると惜別を口にした。

100 オスカル 「アデュウ・・」
  N 道を示すように闇の中にアンドレの面影が浮かび、そして消えた。1789年7月14日、オスカル・フランソワ絶命!・・・そして、その一時間後、バスティーユ牢獄は降伏の白旗をだした。

バスティーユでの民衆の勝利で革命が終わったわけではなかった。本当の意味での革命はこれから始まろうとしていたのである。すなわち、新しい社会制度の確立であり、今までの権力者たちに対する勝利者たちの裁きであった。

スエーデン、フェルゼン邸、 フェルゼンは執事の報告を受けている。

  執事 「すでに国民議会は僧侶、貴族階級の特権を剥奪。そして現在パリでは毎日のように革命委員会による裁判が行われ、民衆に評判の悪かった貴族たちが続々と死刑の判決を受けているそうでございます」
  フェルゼン 「それで、あの方はどうしておられる?」
  執事 「はい、国王ご一家は民衆の要求により、すでにベルサイユ宮より、パリのチュイルリー宮殿へと移されたそうでございます」
  フェルゼン 「なに?あの古びた150年間も人の入ったことのないチュイルリー宮へ?」

「何ということだ・・お労しい・・」

  執事 「宮殿のまわりはつねに兵に囲まれ、ご一家のお身のまわりを世話するのは数名の召使いのみ」
  フェルゼン 「わかった。もう、よい・・・」
  執事 「はい」
  フェルゼン 「ちょっと待て。今度の知らせが届くのはいつだ?」
110 執事 はい、三日後には次の使いが当スエーデンへ向け、早馬をたてる予定でございますので、遅くとも・・・」
  フェルゼン 「オスカル、今は亡き我が心の友よ。私に勇気を。天に飛んだ君の、あのペガサスの如き白き翼をこのフェルゼンに・・」
  N 1791年6月20日。一台の馬車が密かにパリから抜け出した。それはフェルゼンがすべてをかけた逃亡計画であった。御者を務めていたフェルゼンは馬車をとめると、扉越しに言った。
  フェルゼン 「陛下、ボンディに着きました。ここで少し休憩し、馬を取り替えます」

「どうか、もうご安心を。ここまで来ればサベルヌまで一本道。そこには陛下たちの国境越えの手はずを整えたブイエ将軍の騎兵隊が待機しております」

「では、どうかご無事で。ご成功を心より祈ります」

  N 遠ざかる恋人の背中をアントワネットはいつまでもいつまでも見つめていた。それは、遂に光の中へ出ることができなかった恋に相応しい永遠の別れであった。

しかし逃亡計画はみごと失敗した。その時の旅の恐怖はアントワネットの美しいブロンドを老婆のような白髪に変えてしまったという。国王一家逃亡事件により、国民はわずかながら残っていた王室に対する思いを全て捨て、はっきりと王室に対する裁きを要求し始めたのであった。

1792年8月、国王一家は裁かれるものとしてチュイルリー宮からマレー地区にあるタンプル塔へと移される。そして九月、国民議会にかわって国民公会が誕生、同時にフランスは王制を廃止、共和国となることを世界中に宣言した。

1793年10月16日 0時15分 マリー・アントワネット、処刑・・・そして、さらに十年後、アントワネットの死後、祖国に帰り着いたフェルゼンは民衆を憎む心冷たい権力者となり、民衆の手により虐殺されたという。

159 ED挿入歌 愛の光と影

第7話 劇終

ベルサイユのばら 劇終

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