ガラスの仮面
アルディスとオリゲルド(ふたりの王女 編)
コミック 第10章 冬の星座 25・26・27巻より

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gW 最終話
  OP ガラスの仮面
001 SE  牢の扉が開く
  牢番達と楽しそうに談笑しているアルディスの牢の中へオリゲルドが入ってきた。
  アルディス(マヤ) 「オリゲルドお義姉(ねえ)様・・・!」
  オリゲルド(亜弓) 「お前達、番人の分際でこんな所で何をしているのです!!さっさと出ておいき!」
  オリゲルドは番人達を追い出した。
  アルディス(マヤ) 「あの者達に罰を与えないでください陛下。私が呼んだのですから・・・あの者達はわたしが淋しがったり退屈したりしているとやって来て楽しませてくれるのです。冗談を言ったり、世間の面白い話を聞かせてくれたり・・わたしを慰めてくれます」
  オリゲルド(亜弓) 「あなたは番人にも優しいのですねアルディス・・・わたしがここにいた時は番人達はわたしに悪態をついてばかりいたわ。わたしとあなたと、どこがどう違うというの・・・?同じ王女でありながら・・・」
  アルディス(マヤ) 「陛下・・・」
  オリゲルド(亜弓) 「その呼び方はよして!陛下!陛下!陛下!誰もかれもがその名で私を呼ぶわ・・・!そして言うのよ・・ああしてください、こうしてください・・・・!自分達の勝手な都合ばかり・・・誰もわたしの事など・・」
010 アルディス(マヤ)  「オリゲルドお義姉(ねえ)様・・・」

「来てくださって嬉しいわお義姉(ねえ)様。さあ、火のそばへどうぞ」

「ピエナ、お義姉(ねえ)様にぶどう酒の用意を・・・!」

「さあ、お義姉(ねえ)様・・・」

  N アルディスは暖炉の近くに椅子を用意し、オリゲルドを明るく呼んだ。しかしオリゲルドの表情は暗い。
  オリゲルド(亜弓) 「わたくし、あまり火のそばには寄らない事にしているのです。・・特に人がいる時は。いつ、どんな危険な事故がおきないとも限らないから」
  N ピエナがぶどう酒を用意して持ってきた。アルディスはオリゲルドにぶどう酒をすすめた。
  アルディス(マヤ) 「どうぞお義姉(ねえ)様、暖まりますわ」
  オリゲルド(亜弓) 「いいえ、結構よ。さげてちょうだい。外では飲み物も食べ物も口をつけない事にしているのです」
  アルディス(マヤ) 「お義姉(ねえ)様・・・」

「では・・・わたくしが代わりにいただいてよろしいでしょうか?」

  N アルディスはオリゲルドの見ている前で、カップに入ったぶどう酒を飲み干した。
  アルディス(マヤ) 「もしよろしければいつでも召し上がってくださいね、お義姉(ねえ)様」
  N オリゲルドの心の中は他人に対する猜疑心(さいぎしん)でいっぱいだった。アルディスのした行動も、オリゲルドには疑わしく思えてならなかった。
020 オリゲルド(亜弓)  『わたしのために毒味をしてくれたというわけね・・・でも気など許すものですか・・・!』

「変わってないわ・・・わたしが昔住んでいた時と。この監獄は少しも・・・着る物も食べる物も粗末な物ばかり・・・訪れる人とてないこの牢の中・・・ここにいた8年の間、わたしは笑った事など一度も無かったわ・・・」

「それなのにあなたは何故、そんな笑顔を浮かべていられるの?・・幸せそうな天使の微笑み・・」

  アルディス(マヤ) 「それは・・・初めてここへ入った時はあまりの酷さに驚いてしまいました。堅いベッドにろくに光の射さぬ窓・・・食事とは思えぬ食べ物。修道女のような質素な衣服・・・それまであたりまえのように思っていた宮廷での生活が、なんと贅沢なものであったのかと初めて思い知りました」

「これでも番人達に言わせると、この国の大多数の民よりはましな生活だとか・・・民達はもっと貧しく粗末な生活をしていると聞きました。王女として咎(とが)められる思いでした」

「人は全て神の子・・王女として生まれてきたというだけで何も知らずに傲慢(ごうまん)になっていた自分が恥ずかしい」

「陽(ひ)の光の暖かさ明るさがこんなにありがたいものだったなんて、神父様や家庭教師やピエナに番兵達・・・・わたしを取り巻く人々の笑顔がこんなに嬉しいものだったなんて。この牢獄の中でアルディスは改めて知りました」

  N アルディスは微笑んだ。その笑顔は苦しみ、悲しみも洗い流されたあとのような清々(すがすが)しいまでの表情だった。
  アルディス(マヤ) 「それにここに、お義姉(ねえ)様が8年もいたという事がアルディスの励みになっています。色々な不満を言ってはバチがあたります」
  オリゲルド(亜弓)  「アル・・・ディス・・・本当にそう思っているの・・アルディスあなたは・・・あなた・・は、どうしてそうなの・・?どうして・・・なぜ自分の不幸に気付かないの・・・?なぜ自分の不幸を呪わないの・・?自分を不幸にした人間を恨まないの・・?」

「あなたは自分の身を不幸だとは思わないの?こんな所にいてなぜ自分を反省したり、まわりに感謝したりできるのアルディス・・。あなたをここへ閉じ込めたままにしているわたしをなぜ恨まないの!?」

  アルディス(マヤ) 「そんなこと・・・母や祖父や叔父がお義姉(ねえ)様にした事を思えば、こうやってお義姉様が訪れてくださるだけでもありがたいと思っていますわ」
  N アルディスの笑顔は変わらない。
  オリゲルド(亜弓)  「なんて笑顔するの・・・!変わっていない・・変わっていないのね、あなたは・・ここへ入る前と・・・」
  アルディス(マヤ) 「お義姉(ねえ)様・・・?」
  オリゲルド(亜弓) 「それとも、わたしの前で本心を悟られぬよう演技をしているだけ?」

「本当の事をおっしゃい!アルディス!」

030 SE  チャリーン
  N オリゲルドが立ち上がった時、椅子にかけてあったローブが床に落ち、そのはずみで隠し持っていた短剣が音を立てて転がった。短剣の刃が鋭く光っている。アルディスの顔から笑みが消えた。
  アルディス(マヤ) 「お義姉(ねえ)様・・・!」
  オリゲルド(亜弓) 「フッ・・この剣を拾ってもいいのよアルディス。わたしを殺せば今、この場であなたは女王になれるわ」
  アルディス(マヤ) 「何てことを・・・・お義姉(ねえ)様・・・!」
  オリゲルド(亜弓) 「あなたがわたしを殺(や)らなければ・・わたしがあなたを殺すわよアルディス」
  N オリゲルドは短剣を拾うと右手に構えた。ピエナがアルディスをかばうように前に出て立った。
  オリゲルド(亜弓) 「わたしは本気よアルディス。そのためにここへ来たのよ」
  ピエナ 「なぜでございますか?なぜ姫様を殺さねばならないのですかオリゲルド様!あなた様は女王、姫様は今は力も無く、この牢に捕らわれの身!陛下に仇(あだ)なすことのできる身ではございません!」
  オリゲルド(亜弓) 「あなたの存在そのものがわたしを脅かすのよアルディス。あなたは第二王位継承者、わたしの跡を継ぐのはあなた。わたしに不満を持つ者達や、権力を握りたがっている連中が、いつあなたをそそのかし利用して刃(やいば)をわたしに向けるかもしれない」
040 アルディス(マヤ)  「まさか・・・お義姉(ねえ)様の後ろにはエリンワルド国が控えておいでのはず・・・!誰もお義姉(ねえ)様に手を出せませんわ!」
  オリゲルド(亜弓) 「そのエリンワルド国がいつ刃(やいば)の向きをわたしに変えるかもしれないと言ったら・・・?」
  アルディス(マヤ) 「お義姉(ねえ)様・・・!」
  オリゲルド(亜弓) 「この国を思い通りに動かすにはわたしの存在が邪魔なのよ。わたしよりはアルディス、あなたの方が自分達の思い通りになる・・・とエリンワルド側が考えているとしたら・・?」

「わたしさえいなければ、あなたはこの国の女王になれるのよ!この牢から出て宮廷に戻れるわ」

「どう!アルディス、もう自分を誤魔化す事は無いのよ!わたしが死ねば良いと思うならこの手から剣をもぎ取るが良いわ。そこをおどきピエナ!」

  ピエナ 「いいえ、女王陛下のご命令でも動きません!」
  N オリゲルドは短剣を振り上げ、ふたりに襲い掛かってきた。とっさにアルディスはピエナの背中を押し、オリゲルドはその間に割って入るような形になった。ピエナがオリゲルドへ向かって駆け寄る。オリゲルドは左手でピエナを払いのけ牢の壁へ突き倒した。壁に当たって、ピエナは気を失いズルズルと倒れた。
  アルディス(マヤ) 「ピエナ・・・・!」
オリゲルド(亜弓) 「ふん、他愛もない。気絶してしまったわ」
N アルディスは隙を突いて、オリゲルドの右手の短剣を払い落とすと、落ちた短剣を拾い上げて手に取った。
050 オリゲルド(亜弓)  「アルディス・・・いよいよ本音をはいたってわけねアルディス・・・さあそれでわたしを刺せるものなら刺してごらんなさい。そうすればあなたは、わたしに取って代われるのよアルディス」
  アルディス(マヤ) 「よらないで!よらないでください!お義姉(ねえ)様・・・!」

「どうしてそんな悲しい事を言うのです・・?どうしてそんな恐ろしい事を言うのです・・・?アルディスはまだわたしに優しくしてくれたお義姉(ねえ)様を忘れているわけではありません」

  オリゲルド(亜弓) 「あなたに優しくした・・・?」
  アルディス(マヤ) 「わたしのために身代わりになって敵国であったエリンワルドへ嫁いでくださったではありませんか!そして何度も手紙でわたしを励ましてくださったではありませんか・・・!」

「わたしを愛してくださっていたのでしょう?」

  オリゲルド(亜弓) 「わたしがあなたを愛してる・・!」

「オーーホホホ、バカなアルディス・・!わたしはちっともあなたなんか愛しちゃいないわ!わたしはあなたなんか大っ嫌いなのよ・・・!」

  アルディス(マヤ) 「お義姉(ねえ)様」
  オリゲルド(亜弓) 「聞こえたでしょう?あなたが大嫌いだと言ったのよアルディス・・・戸惑った顔をしているわね。物分りの良い優しい義姉(あね)の役はもう終わりよ。あなたのその優しさも人の心を和ませる微笑みも憎み続けてきたのよ・・そうよ昔っからずうっとあなたを憎み続けてきたのよ」

「誰からも愛されて幸福を独り占めしているようなあなたの噂を聞くたびに、涙をのんで死んでいった母の事を思い出したわ。冷たい牢獄の中の我が身が哀れだった。絶望的な孤独の中でただ過ぎてゆく時を見送るだけの日々・・・この中での生活は墓場の中で生きるようなものだったわ・・笑う事もなく、表情は石のように冷たく堅くなっていく・・」

「窓から差し込むわずかな陽(ひ)の光を見るたびに自分の不幸を嘆き、わたしにそういう不幸をもたらした者達を憎悪したわ・・世を呪い人を憎んだわ。わたしや母を不幸の谷底に突き落とした人物達にいつか復讐してやりたいと思ったわ。父である国王陛下に陰謀の主(ぬし)であるゴッドフリード伯にわたしと母から父の愛を奪ったあなたの母ラグネイド王妃に・・あなたと第一位王位継承者の王子ヨハンに・・・!そして何よりも権力を手に入れたいと思ったわ。それを手に入れない限りわたしは幸せはないと思ったわ」

「やがて人を疑う事を知り、騙す事を覚え、駆け引きを学んだわ。生きてここを脱け出すまでに8年の間に・・・それがわたしの得たもの・・・」

「あなたの身代わりに敵国へ嫁いでいったのも、ここを出られればどうでも良かったのよ。もっと良い事を教えましょうかアルディス。ハーランドの矢を使って森の中で賊にヨハン王子を射たせたのもわたし・・・。第一王位継承者であるヨハンが亡くなったあと、病で苦しみながら死んでいった国王陛下に影の部下を使って毒を盛らせていたのもわたし・・・」

  アルディス(マヤ) 「・・うっ・・・う・・・そ・・・!」

「うそ・・!お義姉(ねえ)様がお父様に毒を盛っていたなんて、うそ・・・!うそっ・・・!」

オリゲルド(亜弓) 「ヨハン王子が亡くなり国王陛下が亡くなれば、次に王位を継ぐのは第一王位継承権を持つこのわたし。でもそれではゴッドフリード伯とラグネイド伯は権力を失う事になる。なんとしてもアルディスを王位につけたいと思うに違いない。それにはわたしの存在が邪魔になるはずだわ。彼らはきっとわたしの命を狙ってくるに違いない」

「ほどなくあなたのおじい様ゴッドフリード伯が、息子であるハンスと娘であるラグネイド王妃を中心に仲間を集めてわたしの暗殺計画をたてたわ。その中にわたしのスパイが入っていたとも知らず・・・」

「こうしてエリンワルド国アシオ王子妃殿下でありラストニア国次期王女の命を狙う暗殺団は一網打尽に捕らえられ処刑されたと言う訳よ。あなたのおじい様やお母様叔父様を処刑という形で殺したのもわたし・・・」

「どう?アルディス、あなたをここへ追い込んだのはわたし!あなたの幸せを奪ったのはわたし!さあ!これでもわたしを愛してると言えて!?わたしを憎くないと言えて!?」

アルディスは短剣を体の前に垂直に構え、オリゲルドと向かい合った。
060 アルディス(マヤ) 「父を殺し、弟を矢で射て母や祖父や叔父を殺したというのですか・・そしてわたしの愛と信頼を利用していたと言うのですか・・・」
  オリゲルド(亜弓) 「アルディス・・・一度こうやってあなたと争う日が来ると思っていたわ。あなたがわたしを倒せば新しいラストニアの女王が誕生するわ」
  アルディス(マヤ) 「そして・・あなたがわたしを倒せば女王陛下にとっての邪魔者がひとり消えると言うわけですね・・・!それと同時にあなたはただひとりの血を分けた妹とあなたを愛するただひとりの人間を失う事になるんだわ・・・!」

「あなたを愛し信頼していたただひとりの人間を・・・!それが女王ならわたしは女王になどなりたくありません!今だってお義姉(ねえ)様はちっとも幸せそうじゃないわ!」

  オリゲルド(亜弓) 「お・・おだまり!アルディス!」
  アルディス(マヤ) 「いいえ!お義姉(ねえ)様はこの世で一番不幸な人間よ!淋しくて孤独な女王だわ!なんて可哀相な女王陛下・・・!」
  オリゲルド(亜弓) 「おだまり!さもないと・・・・!」
  アルディス(マヤ) 「お義姉(ねえ)様・・剣には二通りの使い道があります。自分を守るためと相手を倒すためのものと・・・わたしにどちらを選ばせたいですか・・?」
  オリゲルド(亜弓) 「アルディス・・・」
アルディス(マヤ) 「お義姉(ねえ)様・・」
  オリゲルド(亜弓) 「あなたにはわからないわ・・わたしの気持ちなど・・・この世は地獄よ・・信じれば裏切られる、愛すれば利用される・・・背中に剣の先を感じながら生きてきたわ・・殺さなければ殺される・・騙さなければ騙される・・夫でさえも信じられない・・・!」

「そうよ!あなたの言う通りよ!心安らかな日など一日もなかったわ!幸せだと感じる日は一日もなかったわ!あなたのように誰からも愛されて幸せにぬくぬくと生きてきた人間にわかるもんですか!わたしの気持ちなど・・・!アルディスあなたが憎いわ・・・!そう・・・よ、あなたが憎いわ・・・アルディス・・・」

「あなたが憎い・・・」

070 オリゲルドはボロボロと涙を流し、自分の感情を初めて吐き出した。
  アルディス(マヤ) 「お義姉(ねえ)様・・・」

「これをどうぞ。お返ししますわ、お義姉(ねえ)様・・・この剣のもうひとつの使い道がわかりました。わたしの存在がそれだけでお義姉(ねえ)様の苦しみになるのでしたら、どうぞわたしをお父様やお母様の所へ送ってください・・・わたしが今、お義姉(ねえ)様にしてさしあげられる事はこれだけしかありませんわ」

  オリゲルド(亜弓) 「アルディス・・・」
  アルディス(マヤ) 「どうぞ、お義姉(ねえ)様」
  アルディスはその場にしゃがみこむと、オリゲルドに背中を向けた。アルディスは目を閉じ、手を組み合わせてうつむいている。オリゲルドは短剣を手に立ち尽くしていた。
  オリゲルド(亜弓) 「くっ・・・!・・なぜよ・・・!アルディスなぜなのよ!なぜわたしを憎まないのよアルディス・・!」
  アルディス(マヤ) 「お義姉(ねえ)様・・・!」
  オリゲルド(亜弓) 「なぜわたしを恨まないの・・わたしのこの敗北感はなんなのよ・・!女王であるわたしがどうしてあなたに敗北感を感じるの。なぜなのよアルディス、なぜなの!」

「わたし・・は、誰も信じない・・・誰も愛さない・・・騙さなければ騙される・・・殺さなければ殺される・・誰もわたしを信じない・・誰もわたしを愛さない・・女王になった今も苦しみは更に増し、心の敵は一層増えただけ・・・お願いよアルディス、わたしに不幸を気付かせないで!わたしに愛を気付かせないで!」

オリゲルドはアルディスにすがりつき泣き続ける。
アルディス(マヤ) 「お義姉(ねえ)様・・・」
080 オリゲルド(亜弓)  「一生よ・・・一生わたしはこうやって生きるのよ・・地獄の中で・・うっ・・うううう・・・アルディス・・・」
《せりふ》
「不思議だな、あれほど憎々しかったオリゲルドがとても可哀相に思えてくる・・・悪い事をしなければ生きていけなかった者の悲劇といったものが感じられる・・」

《せりふ》
「みごとだ・・・!亜弓君。君は見事にこの舞台の主役だ・・・!悲劇の女王オリゲルド・・!さすがは姫川亜弓だ。悪の華であるはずのオリゲルドの悲劇をひしひしと感じる・・!場内はオリゲルドの心情で満たされている。観客は君の心情に同化してしまっている・・・!もうすぐ舞台は終わる。主役は君だ・・亜弓君・・!」

《せりふ》
「光の王女アルディスに影の女王オリゲルド・・・こりゃ光が影にくわれている・・・」

  ハルドラ(月影) 「フフフ・・・どんなに影が濃くても光が無ければ影は出来ないのですよ・・・」
  アルディスは泣きじゃくるオリゲルドの肩に手を置いた。

《せりふ》
「なんて表情だ・・・?慈悲深い聖母を思わせる・・演技でこんな表情ができるのか・・?」

牢獄の外がにわかに騒がしくなった。曲者が牢内に潜入したらしい。曲者がカギの掛かっていなかった牢内へ入ってきた。

  アルディス(マヤ) 「ユリジェス!」
  ユリジェス 「アルディス姫!よくご無事で!あなたの命が女王陛下の手の者に狙われていると聞いてわたしはここへ・・・!」

「・・・女王陛下・・・!」

  オリゲルドはローブを拾い上げると静かに階段をのぼった。オリゲルドがアルディスのそばをすり抜ける。オリゲルドは小さくアルディスに別れを言った。
  オリゲルド(亜弓)  「さようならアルディス」
  牢の外へ出たオリゲルドは普段のオリゲルドに戻っていた。
  オリゲルド(亜弓) 「どうしたのです!いったい何の騒ぎです!?」
090   《せりふ》
「あっ!女王陛下。申し訳ありません、曲者がこの牢内に入り込んだ様子。怪しい人物をみかけられませんでしたか?」
  オリゲルド(亜弓) 「なんですって!?お前達の警備がしっかりしていないから曲者になぞ入られるのです!」

「恐ろしい・・!わたしの命を狙ったあとを追って来たに違いないわ・・・怪しい人物などは見なかったけれど・・・今すぐ牢内の衛兵を集めわたしを護衛する事を命じます!城へ帰り着く間、女王陛下であるこのわたしの身に何かあったらお前達、ただでは済みませんよ・・!」

  オリゲルドは衛兵達を引き連れて牢獄を去っていった。
  アルディス(マヤ) 「オリゲルドお義姉(ねえ)様・・・見逃してくださったのだわ・・」
  ユリジェス 「さ!わたしについて来てくださいアルディス姫。ここにいては危険です。女王陛下の夫、アシオ様が陛下を亡き者にし、あなたと結婚してこの国を乗っ取ろうと企んでいるとの密かな噂。間に受けた女王陛下とその臣下の者達があなたを殺そうとしているとの情報が入ったのです」

「陛下が我々を見逃してくれたということは、あなたに生きよとおっしゃって言られるのです。たとえ陛下にその気は無くても、このままでは女王派の忠臣達が黙ってはいますまい」

「お可哀相に、こんな所でどれほど不自由な辛い思いをなさった事か・・・!このわたしがもう2度とあなたにそんな思いはさせません・・・!」

  アルディス(マヤ) 「ピエナ!しっかりして。ここから逃げ出すのよ!」
  ピエナ 「うーーん・・姫様・・ええ・・・!」
  ユリジェス 「さ!行きましょうアルディス姫」
  ハルドラ(月影) 「アルディスが白の監獄を脱走したと?ランスベリイのユリジェスと共に・・」
  《せりふ》
「はっ!今、城の中はその事で大変な騒ぎでございます。皇太后様、もし、アルディス姫の行方に心当たりがありましたらぜひお教えを」
100 ハルドラ(月影)  「のう・・使者殿・・・わたしは目が不自由・・・アルディスの姿など見たくても見えぬ・・行方など知ろうはずも無い・・・使者殿・・わたしはすでにこの世を捨てた一人の年寄り・・・目が不自由なのも良いものじゃ。人の世の醜いものも見ずに済む・・・この世の悲しみも見ずに済む」

「わたしのこの不自由な片足は世の野心家共に近づかないでいてくれる・・・平和で安らかな日々・・アルディスは去った・・行方を探すのも追うのも無益な事・・・野望に生きればあの子の人生は険しいものになろうが、一人の娘として生きれば幸せな道を歩めるかも知れぬ・・・・アルディス・・ラストニアの王女・・・」

  ハルドラは片足を引きずりながらその場を去っていった。ハルドラの打つ杖の音だけが響いていた。

《せりふ》
「さすがは月影千草ですな、皇太后としての威厳、苦しい過去を感じさせる重々しい動き、世捨て人の淡々とした表情・・まさにはまり役だ。出番は少ないが強烈な印象を与える・・・」

  オリゲルド(亜弓) 「アルディスの行方はまだわかってないのですか?・・・アルディスは我が国の第二位王位継承者。わたしに対する謀反の罪の疑いが晴れぬとはいえ、わたしにまさかの時に代わって国を継いでもらわねばならぬ身・・行方不明とは困った事。そうではありませんかアシオ様」
  アシオはいまいましそうにその場を出て行った。オリゲルドは影の部下にアシオの監視を命じた。
  オリゲルド(亜弓) 「アシオの動きから目を離さぬように。怪しい動きがあればすぐに知らせるように」

「アルディス・・わたしの切り札・・生かしておくには危険な切り札・・・彼女に生を許すか死を与えるか・・・これは大きな賭けだわ・・・」

「アルディス、わたしの義妹(いもうと)・・ラストニアの王女・・・」

  SE 木枯らしの音
  ユリジェス 「国境は越えました。ここまでくればもう大丈夫ですアルディス姫」
  アルディス(マヤ) 「ユリジェス・・アルディスと呼んでください。ユリジェス、あなたとこうしてまた会う事ができるなんて夢のようです。牢にいる間、淋しくなるとあなたの事ばかり思い出していました」

「牢を出られて一番嬉しい事はこうしてあなたの顔を見つめていられる事です」

  ユリジェス 「アルディス・・・!」

「わたしの方こそ・・・!あなたに会えなかったこの長い年月(としつき)の間にあなたを忘れた事は片時も無かった!あなたのいない毎日はまるで闇の中で生きるようなもの・・・!どうすれば会えるかとそればかり考えていたんだ!」

「わたしについて来てくれますねアルディス。ラストニアの女王としてではなくわたしの妻として」

  アルディス(マヤ) 「ええ、ユリジェス、あなたと国境を越えた時からわたしの気持ちは決まっていました」
110 ユリジェス  「アルディス・・・」

「さあ、行こうアルディス。我々の新しい出発の地へ、ラストニアもエリンワルドも手の届かない暖かい南の国へ。遠い国だがそこの気候と同じように暖かく我々を受け入れてくれるはずだ。皇太后様の密かな計らいでそこの国の大貴族が我々を迎えてくれる事になっている」

  アルディス(マヤ) 「ラストニア・・・遠く離れていてもわたしはこの国の王女・・・オリゲルドお義姉(ねえ)様・・わたしは生き続けます。どんなことをしても!そして遠くからこの国を見つめていましょう。この国が冷たく凍え過ぎないように・・この国の吹雪が激しすぎないように。そして春の日の長く続くように・・・」
  ユリジェス 「行こうアルディス。我々の新しい国が待っている・・・そこで失ってしまったものを取り戻すのだ」

「新しい愛と新しい幸せを二人で育てていくんだ」

  アルディス(マヤ) 「ええ、ユリジェス・・・ええ・・・」
  SE 吹雪の音
  オリゲルド登場。その表情は死人のように暗かった。始めの頃のオリゲルドの表情に戻っていた。
  オリゲルド(亜弓) 「ラストニア・・冬将軍の治める国・・・わたしはこの国の冠をかぶっている。わたしの名は女王オリゲルド。あらゆる手段を使って手に入れたこの名・・・けれどわたしの心の吹雪が今もやまないのはなぜ・・表情さえも凍りついてしまっている」
  《せりふ》
「寒い・・こんどは冬の空気だ・・オリゲルドの全身から冬の寒さが漂ってくる・・・!」
  オリゲルド(亜弓) 「は・あ・・・寒・・い、わたしの心はまだ暖まらない・・・」

「アルディスがこの世のどこかで生きている・・・!第二王位継承者、わたしの跡を継ぐ者として・・!寒い・・寒いわ・・アルディス、わたしの心は冬のまま・・・吹雪の中から脱け出せない・・アルディーース!」

  N 《せりふ》
「女王陛下!議会が始まります!女王陛下!お出ましを!」

オリグゲルドの目に生気が戻った。

120 オリゲルド(亜弓)  「クックック・・ホホホホ・・・・わたしは誰も信じない!誰も愛さない!氷の矢を掃(はら)うには氷の盾を持ってするほか無いわ!」

「誰も信じられなくていい・・誰に愛されなくてもいい・・・地獄の中で生きてみせる・・!血にまみれても生き抜いてみせる・・・」

  N 《せりふ》
「女王陛下のおなりーー!」

オリゲルドは女王の威厳を持ち、奥へ進んでいく。緞帳が静かに下りてくる。劇が終了した。場内はしんと静まり返っている。しばらくして歓声が沸きあがった。まるで嵐の中にいるような割れんばかりの拍手だった。

122 ED パープル・ライト

ガラスの仮面 アルディスとオリゲルド(ふたりの王女 編)

劇  終

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