ガラスの仮面
アルディスとオリゲルド(ふたりの王女 編)
コミック 第10章 冬の星座 25・26・27巻より

ビルギッダ(一言)、 コルフィンナ(二言)、 王妃カタジーナ 前半部分のみ登場


ガラスの仮面OP

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gW 最終話
  OP ガラスの仮面
001 北島マヤは、どこにでもいる平凡な少女だった。けっして美少女ではなく成績も良くは無かった。しかし、マヤの秘められた才能を見抜いた往年の大女優・月影千草によって、女優修行に励んでいる。

一方、姫川亜弓は、演技の天才少女として常にスター街道を歩んできたが、マヤだけをただ一人のライバルとして、共に名作『紅天女』を我が手にしようと競い合っている。

ところが、2年以内に芸術大賞か日本演劇大賞を獲らねば、『紅天女』の主役は亜弓にゆずると宣告されたマヤ。持ち前の粘りと明るさで、野外劇『真夏の世の夢』を成功させ、大賞への足がかりとなる『ふたりの王女』のオーディションに臨んだ。そこでマヤは、他を大差で引きはなして合格し、いよいよ亜弓と対等の舞台に立つことになる。

日帝劇場。客席の灯が落ちる。場内が真っ暗になり開演を知らせるブザーが鳴る。

  SE 《開演のブザー》
  緞帳が静かに上がり『ふたりの女王』の初日の幕が開いた。
  《せりふ》
「有罪!王妃カタジーナは有罪!国王をうらぎり暗殺しようとしたかどにより有罪!」

《せりふ》
「従兄(いとこ)ハン・ストラリウス・オーギュスト伯爵と情を通じ王妃でありながら、彼のひきいる反乱軍にひそかに情報を流しラストニア国を危機におとしいれた罪は重い」

  王妃カタジーナ 「うそです!みんなでたらめです!」
  ビルギッダ 「わたくしの罪をお許しくださいませ。王妃様に頼まれオーギュスト伯との仲をとりもっておりました」

「王妃様のお手紙を伯爵のもとへ、伯爵のお手紙を王妃様のもとへ。オーギュスト伯が王妃様の寝室へしのばれるのに何度か手をかしたこともございます」

「密会の場所へ行かれる時、王妃様はいつもわたくしを見張番としてお連れになりました」

  王妃カタジーナ 「嘘をおっしゃいビルギッダ!いったい誰がどんな罠をかけてそなたにそんな偽りを言わせるのです」
  コルフィンナ 「カタジーナ様は、昔からオーギュスト伯と愛し合っておいででした。国王であるお兄様とは家のための結婚。お兄様も回りの者もだまされていたのですわ」
  王妃カタジーナ 「うそです。何てことをコルフィンナ!オーギュスト伯に恋していたのはあなたでしょう!」
010 コルフィンナ 「わたくし、オーギュスト伯がお義姉(ねえ)様の指輪を大事そうにはめているのを見ました!」
  王妃カタジーナ 「コルフィンナ!」
  《せりふ》
「王妃カタジーナの寝室及び離宮の衣裳部屋からオーギュスト伯の手紙や、王妃に贈ったと思われる宝石類。オーギュスト伯の紋章入りの家宝の短剣、毒薬などが発見され王妃の有罪は確定と思われます」

《せりふ》
「罪の重さ、また反乱軍へのみせしめに王妃カタジーナを極刑に!」

  王妃カタジーナ 「クックククク、オーホホホホ・・わかっています!あなた方は根も葉もない証拠を並び立ててみんなしてわたしを陥れようとしているのです!」

「ええ!わかっていますとも!はじめっからこの裁判はわたしを有罪にするためのもの!あなた方こそ今に神に裁かれる時がきます!」

「これを誰がしくんだのかわかっています!ラグネイド・・・!あの女がそうさせたのでしょう!あの女とあの女の父と兄・・腹黒い男たち・・・!」

「わたしを王妃の座からひきずりおろしラグネイドを正妃に、そして、陛下の力を借りて権力を握るために!」

  国王 「見苦しいぞ王妃!」
  王妃カタジーナ 「陛下!おわかりでしょう、この裁判がどんなにバカげたものか!わたくしの真実の声を誰一人聞こうとしない!わたくしがそんなことをするはずがありません。それは陛下が一番よくご存知のはず!なのにどうして黙っているのです!」

「わかっています。陛下もわたくしを有罪にしたいとお考えなのでしょう。ラグネイドとそしてあの女に産ませた娘アルディスのために・・・!」

「オリゲルドはどうなさいますの!あなたの娘のオリゲルドは・・・!」

  国王 「オリゲルドは・・本当にわたしの娘なのか・・カタジーナ」
  王妃カタジーナ 「陛下・・・!」
  《せりふ》
「王妃カタジーナを有罪と認め死刑を宣告する」
  王妃カタジーナ 「最後に・・オリゲルドをここへ・・・」

「よくききなさいオリゲルド。これがあなたとお母様の最後になります。あなたのお母様はこれから処刑されます。無実の罪で・・・。あなたのお父様である陛下のわがままと底の浅いお考え。陛下をあやつり権力を手に入れようとしているゴッドフリード家の罠にかかって!」

「ラグネイド・ゴッドフリード・・・お母様が処刑されたあと、きっとこの女が次の王妃になるでしょう。陛下はもう何年も前からこのラグネイドのいいなりになっているのです」

「アルディスというあなたより2つ年下の義妹(いもうと)がいます。いいですか!オリゲルド、これから先どんなことがおきてもあなたはラストニア国王アードルフ1世の娘なのです。第1王女なのです。・・けっして忘れないでおくれ」

020 《せりふ》
「王妃様お時間です」
  王妃カタジーナ 「オリゲルド、ここでお母様の最後をよく見ておきなさい。そうして思い知りなさい。欲望をとげるために人はどんな人間を犠牲にするのもいとわないということを・・」

「さようならオリゲルド・・・」

  斧が振り下ろされると同時に、場内の明かりが落ち、暗転となる。
  「やっと序幕のおわりか・・「ふたりの女王」いよいよマヤのアルディスの登場だな」
  SE 《ファンファーレ》
  ファンファーレの音と同時に舞台に灯りがともり、きらびやかなシャンデリアがキラキラと輝いている。

《せりふ》
「みなされこの集まり!国中の高貴な方々が一同に集まっておりますぞ!」

《せりふ》
「無理は無い、コノラストニア国、国王陛下が目に入れても痛くないほど可愛がっておられる愛娘アルディス王女様の13歳のお誕生日じゃ。議会には出席しなくとも、これに出席しなくては陛下のご機嫌を損じようからの」

《せりふ》
「それにしても陛下のお気持ちもわかる。あのアルディス様のお美しさ、可愛らしさときたら・・・!あの方が現れたとたん、ぱっと花が咲いたように華やかになる。あんなに美しい少女をわたしはまだ見たことがありませんな」

  エギィーユ 「ユリジェス!ユリジェス・ランスベルイ!この国へいつ帰ってきたんだ」
  ユリジェス 「おとといな」
  エギィーユ 「スペインやオランダ、フランスにイギリス、スコットランド、フランク王国・・・ヨーロッパ中を回ってきたんだろ。もう何年になる?」
  ユリジェス 「16の時にこの国を出てからだから・・・8年か」
030 エギィーユ 「ラストニア国の旧家、名門。国王とも縁戚のランスベリイ公爵家、不肖の息子、ついにご帰還か。どうだった外国は?」
  ユリジェス 「父や兄がいなかっただけでも空気が美味かった。お堅いランスベリイ家の空気には耐えられん」
  エギィーユ 「君は父上や兄上と仲が良くなかったものな」
  ユリジェス 「意見があわなかったと言ってくれ」

「素晴らしい8年間だった。苦労もしたがいい勉強になった。貿易ではだいぶ儲けたんだぜ」

  エギィーユ 「君が・・・!商売をしたのか!父上が嘆かれるぞ」
  ユリジェス 「かまやしない。貿易をしているとあちこちの国の内情に通じる」
  エギィーユ 「ユリジェス!」
  ユリジェス 「この国が世界の中でどの程度の位置にいるのか、どう見られているのか外からはよく見える」

「この国と敵対する隣国のエリンワルドがデンマークを後ろ盾にしようと動いてるという噂だ」

  エギィーユ 「なんだって!?」
  ユリジェス 「国内ではかつてのオーギュスト伯を中心とする反乱軍の残党が反国王派の仲間を結集し赤ユリ党と称して暗躍しているときく。国民は国王派にたてつくその赤ユリ党に喝采を送っているというではないか」

「議会は王妃ラグネイドの父ゴッドフリードにあやつられ、元老院とは反目しあい、教会側は無視しているときく」

040 エギィーユ 「しっ!ユリジェス。人にきかれてたらどうするんだ」
  ユリジェス 「かまうものか、それがこの国の現実だろう。いくら陛下が溺愛している愛娘とはいえ、たかが13歳。王女のご機嫌をとる為に皆、なんといううかれようだ・・・!これではラストニアが他国から甘く見られても仕方が無い」
  エギィーユ 「そうは言うがユリジェス、あの方だけは別だ。陛下のご機嫌をとる為にだけ皆ここへ集まったのではない。一目、アルディス王女に会いたくて来ているのだ。ただお美しいだけではない、まるで天使を心の中に住まわせているような方なのだ」

「その笑顔は春の女神のように暖かく優しく人を幸福な気持ちにさせる・・・まあ会ってみればわかるよユリジェス」

  ユリジェス 「エギューユ・・」
  「いよいよマヤの出番ね・・・あたしなんだかドキドキしてきたわ」
  出番を待つ舞台の袖に、アルディスになったマヤが座っている。その様子を共演者たちがじっと見つめている。その変わりように圧倒されているようだった。
  アルディス(マヤ) 『王女アルディス・・!ラストニア国のわたしは王女アルディス・・・!13歳の誕生日』
  SE 《ファンファーレ》
  ファンファーレが鳴り響く。その音を合図にアルディスに扮したマヤがすっと立ち上がり自然に手を出す。国王がその手をとった。
アルディス(マヤ) 『大広間で客人が待っている・・・!わたしは王女アルディス・・・・!」
050 《せりふ》
「国王陛下ならびにアルディス王女様のおなりー!」

アルディスの姿が舞台へと現れた。その姿に皆、一様に言葉を飲み込んだ。光り輝く天使の王女アルディス。北島マヤを知っている者はその変貌振りに驚き、ただ眼をみはるばかりだった。

  国王 「皆の者、今日はこのアルディスの13回目の誕生日じゃ。思う存分飲んで歌って踊って祝うてやってもらいたい」
  アルディス(マヤ) 「みなさま、今日はアルディスのためにようこそお集まりくださいました。アルディスは礼を申します」
  「ホントにあれがマヤ・・・?夢見てるんじゃないわよね・・・」
  アルディス(マヤ) 「アルディス・・・!ラストニア国のわたしは王女アルディス』
  《せりふ》
『ちがう・・・!まるっきりの別人を相手にしているようだ・・・!稽古のときとはまるで違う・・!この子・・!舞台の上でこんなに美しくなれる子だったのか・・!なんて子だ・・・』
  国王 「我がラストニア国はもとより、他国の客人からも、たくさんの贈り物が届いておる。見事な品々だ。首飾りのこのエメラルドの大きさはどうだ。デズモンド伯爵。アズリア国へ戻られたら国王に余が礼を言っていたと伝えてくれ」

「見事な贈り物の数々。アルディスは幸せ者じゃ礼を申すが良い」

  アルディス(マヤ) 「お父様。このようにすばらしい贈り物の山を前にしてはどのようなお礼の言葉も色あせてしまいますわ。ここにいらっしゃる全ての人にアルディスはキスしてさしあげたい気持ちよ。わたしがきっととても幸せなのは、皆様の笑顔と暖かいお心のせいね。皆様ほんとうにありがとう」
  国王 「隣国の使いの方々、そしてこのラストニア国の忠実なる友たちよ。このアルディス姫のために数々の見事な贈り物、余は心から礼を申し上げる。このアルディスのこれからの幸せをみんなで願うてやってもらいたい」
ユリジェス 「なるほど美しい王女だ。まるで人形のようだな」
060 エギィーユ 「そうだろう、あんな美しい人形はいない。ユリジェス、やっと認めたようだな」
  ユリジェス 「おれの言っているのは中身のことだ。人形のように意志の無い美しさ、あの王女はラストニア国の愛するお人形だと言っているんだ」
  エギィーユ 「ユリジュス!しっ!国王に聞こえると首をはねられるぞユリジェス」
  ユリジェス 「この国がどうなっているか知っているのかエギューユ。国王はお人形を愛することに夢中でまだ、ままごとをやめようとしない。現実にもどることが必要なのにだ」

「そういえば皇太后のハルドラ様はどうなさったのだ?孫娘の誕生日に顔も見せないとは」

  エギィーユ 「おまえは長い間この国を離れていて何も知らないだろうが、お目を悪くされてな。それに王妃様のご実家ゴッドフリード家のこともよく思われておらず・・・北の離宮へこもられたまま表へは出てらっしゃらない」
  華やかに、可憐に舞い踊る王女アルディス。観客は、みんな、アルディスのその愛らしい姿に見とれていった。
  「きれいだ・・・あの子きれいだよ・・信じられないけどあれがあの子のもうひとつの仮面なんだ・・」
  エギィーユ 「さあ、かたい話はヌキにしてユリジェス、君も誰か美しい方のお相手でもするんだな。気がつかないのか?さきほどから広間のあちこちから熱い視線がキューピットの矢のように君めがけて飛んできてるぜ」
  ユリジェス 「エギューユ!」
《せりふ》
「失礼いたします陛下」
070 国王 「何だ無粋なやつだなこんなときに」
  《せりふ》
「至急お耳に入れたいことが」
  国王 「そちは?」
  ユリジェス 「ユリジェス・ランスベルイです」
  国王 「おお、ランスベルイ家の・・・・!ユリジェス、姫の相手を頼む」
  アルディス(マヤ) 「ユリジェス・・・はじめてみるお顔だわ」
  ユリジェス 「ええ、長く国を離れておりましたから・・」
  暗転。舞台は一変して白の監獄に移る。
  「いよいよ亜弓さんの出番だな、いったいどんなオリゲルドが登場するか見ものだな」
寒く身も凍える白の監獄。オリゲルドの身の回りの世話をしているゾフィが、その寒さに身を縮め、我が身の不運を嘆いている。そこへやってきた看守に身を暖める火を入れて欲しいと強請(ねだ)った。そこへ、オリゲルドが蜀台を左手に持ち現れた。蝋燭の揺れる灯に照らし出された亜弓の顔は、げっそりと頬が落ち、眼だけが爛々と輝いていた。

《せりふ》
「ほ・・本当にあれが姫川亜弓か・・ま・・まさか・・・なんだ、この姫川亜弓は・・・」

場内にざわめきが起こった。

080 オリゲルド(亜弓)  「ゾフィ、お前はラストニア国王、第1王女オリゲルドの名を卑しいものにしたいの・・今度そんな真似をしたら、この火でお前を焼き殺してやるわ。二度と寒いと言えないように」
  「亜弓さん・・・この暗さ・・この陰湿な感じ・・・まるで別人だ・・・なんだか凄まじい感じがする」
  亜弓は蜀台を持ったまま、舞台を下り、客席中央へ向かって歩いていく。客の視線がその姿をずっと追っていく。
  オリゲルド(亜弓) 「ここを訪れるのは神父さまに家庭教師が二人・・外の情報をもたらしてくれるビョルンソン男爵・・そして本・・」

「墓の底のようなこの静けさは心の中の声をいっそう大きく聞かせてくれる。この空気の冷たさは魂を憎しみにめざめさせてくれる。そしてこの暗さは、わたしに神よりも悪魔を信じさせてくれる」

「寒・・・い、なんという寒さ・・・・凍りつくようだわ。わたしの手も足も髪の・・毛さえも・・・」

  亜弓の言葉に、場内の誰もがラストニアの冬の凍てつく寒さを体感した。
  オリゲルド(亜弓) 「ラストニア、わたしの国。1年の半分は冬将軍の支配するこの国・・・吹雪の音が聞こえる・・・わたしの耳には絶えず吹雪の唸り声がまとわりついて離れない・・・わたしの心も氷の刃と雪の鎧で固まってしまった」

「わたしは女王オリゲルド、わたしの心に永遠の春が来る事は無い・・・」

  亜弓の登場により日帝劇場の場内はにわかに北国の凍るような空気に包まれた。そして観客の誰もが”冬”を感じとっていた。
  オリゲルド(亜弓) 「氷の雨より冷たい人々の心がわたしを・・冬将軍の娘にしてしまった」
  SE 《吹雪の吹く音》
ライトがいっせいに舞台を照らし出す。その中央に、アルディスが立っている。
090 アルディス(マヤ)  「ラストニア、わたしの国・・一年の半分は雪と氷に閉ざされた冬将軍の治めるこの国・・・わたしは王女アルディス。けれど・・わたしは知っている。春の女神のほほえみが冬将軍の剣(つるぎ)よりも強いということを。ただ一度のほほえみがその刃(やいば)を溶かしてしまうということを・・」

「春の女神よ、わたしはあなたの娘。冬将軍の治めるときも、わたしはこの瞳に春の陽射しを持とう。この胸に春の花を咲かせていよう。そして出会う全ての人々に春のほほえみをあげよう。冬将軍の治めるこの国の全ての民にとってわたしは春の女神でありたい」

  場内が暖かくなり、”春”が訪れた。マヤの周りを春の陽射しが包み込み、場内が急に明るくなったように人々は錯覚した。

再びライトが消え、客席にいる亜弓を浮かび上がらせる。

  オリゲルド(亜弓) 「吹雪よ!わたしの兵士達よ!敵はあの城にいる!いて凍えさせておしまい!氷の剣(つるぎ)で凍らせておしまい!」

「戦え!戦え!戦うのだ兵士達よ!城は落ちる!きっと落ちる!わたしの手に!許さない!誰も許すものか!その城を落とすまで!」

「・・・・その日までわたしの心の中の吹雪はやむことは無く・・・氷も溶けることはない・・・けっして・・・!」

  白の監獄の中でゾフィがオリゲルドに修道院に入ることをすすめている。
  オリゲルド(亜弓) 「ラストニア国第1王女の名を捨てろというの、ゾフィ」

「ばあや、わたしの最大の味方はいったいなにかしら・・・?血のつながりのある国王陛下でもないわ。亡くなったお母様の弟である叔父上(おじうえ)でもない。”時”よ・・・”時”がわたしのただ一人の味方よ・・・百万もの千万もの兵に匹敵するほどの大きなわたしの味方になってくれるわ・・このままにはしない・・・”時”はわたしにそう告げてくれているわ・・・」

「ここを出たければいいのよばあや。お前だけでも修道女におなり!」

「ばあや、お前にはわからないわね、わたしは王女よ。このラストニア国の王女なの。それも本当ならば第1王位継承者だったはずだわ・・!このラストニアの国を継ぐのはわたしだったはずなのよ・・・!今だって正式には義弟(おとうと)のヨハンに次いで第2王位継承者。義妹(いもうと)のアルディスはその次だわ」

「身分を捨て修道女になる事は負けることよ・・一切の可能性を捨てることなのよ」

  そこへビョルンソン男爵が朗報を持ってやって来た。ラストニアと敵対する隣国のエリンワルドがデンマークと同盟を結んだというのだ。オリゲルドは口の端をかすかにゆがめて笑った。
  オリゲルド(亜弓) 「いよいよ”時”が来たというわけね・・・”時”が・・・」

「ばあや!ゾフィー!わたしは修道院へ入るわ!今から支度しておおき!」

「男爵、わたしがこの牢獄の外へ出られるのは修道院へ入ることになるその日だけ。神父様をとおして修道院へ入りたい旨を国王陛下に告げましょう・・いつになるか日にちは追って知らせましょう。その時詳しい手はずを教えておくれ」

「いよいよ来た・・・!”時”が来た・・ああ、体中に野望の火が燃え上がるのがわかるわ・・・!ああ・・体が熱い・・!」

  国王 「そうか・・オリゲルドが修道院へ・・・8年前別れたきりただの一度も会うことは無かった」
  王妃ラグネイドは、オリゲルドの修道院入りを喜んでいた。
国王 「王妃!あれはわしの娘だ!そなたやそなたの父の手前、わしの娘ではないかもしれんという事にして白の監獄へ入れることに同意したが、オリゲルドには可哀相な事をしてしまった・・・!」
100 アルディス(マヤ)  「やはり噂は本当だったのだわ・・・わたしには牢獄に閉じ込められているお義姉(ねえ)様がいるって・・・誰も隠してなかなか教えてくれなかった。ああ、わたしにはお義姉(ねえ)様がいるんだわ」

「ずっと牢の中でお暮らしだったなんて可哀相なお義姉(ねえ)様・・何かしてさしあげたい・・お義姉(ねえ)様が幸せになれるために・・・」

  オリゲルドが修道院へ入る日、ビョルンソン男爵率いる赤ユリ党がオリゲルドを救出するため行き筋の道の影で待ち伏せしていた。近づく馬車に飛び出すビョルンソン男爵以下赤ユリ党。しかし、そこには国王の兵が隠れていたのだった。
  オリゲルド(亜弓) 「はやく!あの男です。ビョルンソン男爵は反国王派のリーダーの一人です!黒の森にあるホルム伯爵の別邸が赤ユリ党の隠れ家になっています!今頃は党の主だった者がそちらに集まっているはず・・・!」
  《せりふ》
「裏切るのですかオリゲルド様!」
  オリゲルド(亜弓) 「裏切る・・?わたしは裏切ってなどいないわ。わたしは国王陛下の娘なのよ。はじめからあなた方反国王派とは敵同士ではありませんか。おかげで陛下にとって大きな収穫が得られました」

「言ったとおりでしょう将軍!」

  ビョルンソン男爵は剣を抜いてオリゲルドに切りかかる。オリゲルドは剣を抜き、男爵を返り討ちにした。倒れこむ男爵の耳元でオリゲルドがつぶやいた。
  オリゲルド(亜弓) 「男爵・・・あなたは甘すぎたわ。容易に人を信じるものではないことよ」

「わたしは誰も信じない・・・誰も愛さない・・これでいい・・やっと”時”は来た・・・わたしの野望への旅は今始まったばかり・・・いつかきっと王座に登ってみせる・・・!」

  「なんて冷たい表情だ・・怖い・・でも、このオリゲルドから目を離せない・・」
  マヤは舞台の袖から亜弓のオリゲルドをじっと見つめている。
  アルディス(マヤ)  「不思議だわ、驚くほど心が静かだわ・・・やはり亜弓さんは素晴らしい・・・素晴らしいオリゲルドだわ。あの人がこの舞台の中心になってしまってもおかしくない。なのに・・・心の中の海が凪いでいる・・・あたし今まであの人に負けないような演技をしなきゃって思ってた・・でも今はそんな事どうでもいい」

「あたしはアルディス、王女アルディス。この舞台の上でだけアルディスとして生きられる・・・!普通の人がたった一つの人生しか生きられないのに比べ、あたしは千も万もの人生を生きられる・・!」

「今はアルディスとして生きられる・・・!」

110 国王 「なんだと!あのアルディスを隣国の王子に嫁がせるだと!エリンワルド・・・!あの敵国へ!エリンワルドと縁戚関係になって争いを避けるとというのか!・・・・時を稼いでその間、隣国に勝る力をつけよというのか・・・」

「アルディスを人質にしろというのか?敵国に嫁いで無事にいらせると思うのか!」

  アルディス(マヤ) 「ビエナ・・・!本当なの?わたしがエリンワルドのアシオ王子に嫁ぐのだって・・・!大臣たちが話しているのを聞いたわ・・人質だって・・・!戦争になればわたしは殺される・・・・って・・!ああ・・ビエナ・・・」

「いやーーー!エリンワルドへ行くのはいやーー!ビエナー!行きたくない!エリンワルドへなんて行きたくないーー!父様や母様と離れるのはいや!・・お前も好きよビエナー!殺されてしまうなんていやーー!」

「お嫁になんか行きたくないーーー!」

  観客が笑った。

《せりふ》
「なんて子だ・・こんなシーンなのに観客を笑わせている・・!稽古のときよりずっといいなあの子・・」

  オリゲルド(亜弓) 「稽古の時のあの子は本物じゃないわ。舞台の上でこそあの子の本能がめざめるのよ・・・美しく愛らしいアルディス。全ての人を魅了する天使のようなそのほほえみ・・・それがマヤ、あの子のもうひとつの仮面・・・!そしてオリゲルド・・・!これがわたしのもうひとつの仮面・・・!」
  国王 「そなたがかなえて欲しい唯一の希望とは何なのだ?申してみよ」
  オリゲルド(亜弓) 「はい・・・その前に陛下、お答えいただきとうございます」
  国王 「なんだ?」
  オリゲルド(亜弓) 「陛下、陛下は本当にオリゲルドの父上なのでございますか?」
  国王 「な・・何を申すのだオリゲルド!」
  オリゲルド(亜弓) 「お答え下さい陛下!」

「8年前、牢へ入る前までは父上は確かにわたくしの父上でした。可愛がってくださった父上の愛情は今もこの胸深くに残っております。牢にいました間もその愛情だけがわたくしの支えでございました」

「ですが臣下の者たちは申します・・牢の番兵もわたくしをからかいました。貴族や国民たちの間でもオリゲルドは陛下の実の娘ではないのではないかとささやかれていると聞きます」

「陛下・・・!オリゲルドにはそれが悲しゅうございます・・・!」

120 国王  「オリゲルド・・・長い間そなたには悲しい思いをさせてきた・・すまぬ・・許してくれ・・こんな父をうらみもせず愛と忠誠をつくしてくれるそなたにどう報いてよいかわからぬほどだ・・・」

「オリゲルド・・・お前はわしの娘だ、これから先、誰がどんなことを言おうとお前はわたしの娘だ・・」

  オリゲルド(亜弓) 「うれしゅうございます!父上!わたくしを娘だと認めてくださるのですね!」

「ああ・・父上・・・ではその証をオリゲルドにくださいませ・・・!」

  国王 「証を・・?」
  オリゲルド(亜弓) 「そうです!もう誰も中傷などさせぬよう、オリゲルドが父上の娘であると人に誇れる証を・・!そうしてみなの前でオリゲルドはわが娘であるとおっしゃってくださいまし!」

「それだけがわたくしの望みであり願いなのです」

  国王 「オリゲルド・・・」
  オリゲルド(亜弓) 「ラストニア国、第1王女として最高の”証”を父上からいただけたなら、このオリゲルドは喜んで命を捨てましょう!敵国エリンワルドへ嫁ぐ事など何が苦しみでしょう・・・!」

「そして・・・まさかの時は父上の娘として死んで行きとうございます」

  国王 「オリゲルド・・・よく言ってくれた。そなたにはこのラストニア国王家レインフォルボア家の家宝の一つである翼竜の宝剣と首飾りを授けよう」
  オリゲルド(亜弓) 「ええっ・・・!国王しか持つことのできないという翼竜の宝剣と首飾りをわたしに・・・!」
  国王 「何も言うな后(きさき)!オリゲルドの事でもう、つべこべ文句は言わせぬぞ!」

「ヴォルム大臣!エリンワルドへ大使としてまいれ!花嫁は我が国第1王女オリゲルドだ!」

「じい!北の離宮の母上にオリゲルドのために宴を催したいと伝えてまいれ!」

  オリゲルド(亜弓) 「クックククク・・・運命の騎士よ・・わたしの微笑(ほほえみ)がお前に見えて?お前がどんな悲運をわたしに授けようと負けるものですか!運命の騎士よ!わたしの運命はわたしが決めるわ。そしてわたしが作り上げていくの!」
130 《せりふ》
「決まってるな亜弓さんの動き。見せ方を心得てる。オレ達が霞んじゃうな、どうも・・」
  アルディス(マヤ) 「この舞台の上で初めて亜弓さんと顔を合わせるシーンだわ・・そして月影先生の皇太后ハルドラとも・・・」

「オリゲルド・・・アルディスの身替りになって隣国へ・・・心優しいお義姉(ねえ)様・・」

「皇太后・・北の離宮のおばあさま・・・気むずかしやだけどわたしには優しいおばあ様・・・」

「出番・・・!もうすぐオリゲルドに会える、オリゲルドに・・・北の離宮のおばあ様に・・・!」

  マヤの顔には微塵の迷いは無かった。今、マヤは舞台の上で王女アルディスとして生きていた。

舞台中央、オリゲルドが腰をかがめて皇太后ハルドラを待っている。ライトが一斉に点き皇太后ハルドラが現れる。

《せりふ》
「皇太后ハルドラ様のおなりー!」

133 「い・・いよいよ月影先生の登場だな・・・・3人の初顔合わせだ・・」
  ED パープル・ライト

ガラスの仮面 アルディスとオリゲルド(ふたりの王女 編) Uへ続く

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