ガラスの仮面
原作:美内すずえ
コミック 第10章 冬の星座 22・23より

第1次審査 課題@『毒』

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  OP ガラスの仮面
001 北島マヤは、どこにでもいる平凡な少女だった。しかし、テレビや映画に関しては異常なまでの興味と演技の素質を持ち、月影千草に見出され女優修行に励んでいる。

一方、姫川亜弓は、演技の天才少女として常にスター街道を歩んできたが、マヤだけをただ一人のライバルとして、共に名作『紅天女』を我が手にしようと競い合っている。

2年以内に芸術大賞か日本演劇大賞を獲らないかぎり、『紅天女』の主役は亜弓にゆずると宣告されたマヤ。持ち前の粘りと明るさで、野外劇『真夏の世の夢』が大成功をおさめた。

その成功がきっかけとなって、大賞への足がかりとなるアテネ座出演が決定するかに見えたのだが、アテネ座出演のための資金不足のため、マヤ達は悩んでいた。

そこへ、大都芸能社制作の芝居を、アテネ座で公演しないかと持ちかけてきた。一角獣と月影のメンバーたちは喜ぶがマヤは悩んでいた。

  北島マヤM 『大都芸能の制作・・・あの大都の・・・速水真澄・・いったい何をたくらんで・・・あの男のもとだけでは演技したくないって思っていたのに・・・』
  その夜、大都芸能社の前でマヤが真澄が出てくるのをじっと待っていた。そこへ仕事を終えた真澄が出てきた。マヤは思い込んだ表情で、口を真一文字に結び大きな眼を見開いて真澄を睨みつけた。
  速水真澄 「これは・・・チビちゃん・・・」

「おれを待ってたのか。そろそろ君が何か言ってくる頃だと思っていたよ」

  北島マヤ 「あの・・・こんどの大都のお話・・・あたし、聞きました・・・」
  速水真澄 「それで?」
  北島マヤ 「速水さん!何かたくらんでいるんじゃ無いでしょうね!劇団のみんなをおとしいれるような事したらあたし・・あたし許さないから・・!」
  マヤは精一杯、気を張り、真澄に向かって叫んだ。真澄が一瞬、呆けてマヤを見つめると、突然、大きな声で笑い始めた。
  速水真澄 「はははは・・・・」
010 北島マヤ 「な・・何が可笑しいんです!」
  速水真澄 「ははは・・正直な子だね、チビちゃん。君はほんとに・・すばらしいよまったく」
  北島マヤ 「あたしをバカにしてるんですか?」
  速水真澄 「いやいや、誉めてるんだよ。このおれにストレートにそんな事を言ったのは君が初めてだ」
  真澄とマヤが話しているところを遠めに秘書の水城(みずき)が見つめていた。
  速水真澄 「わかった、おれも正直に答えよう」

「下心は何も無い。望んでいるのは仕事の成功だけだ」

「つきかげや一角獣の活動には前から注目していた。大都も実力ある若手演劇集団を育てたいと思っているだけだ」

  北島マヤ 「ほんとうに?」
  速水真澄 「ほんとうに・・・」

「どうした?大都がかかわるのが気にいらないのか?」

  北島マヤ 「ええ・・・・!だってあたし、大都のもとでは2度と演技しないって誓ったんだもの」
  速水真澄 「うぬぼれるな。きみは今度の企画からはずされている」
020 北島マヤM 『はずされている・・・!あたしが・・・!」

『アテネ座に出られない・・・!』

  悩むマヤに真澄が冷たく言い放つ。マヤはガタガタと体を震わせながら真澄に問い掛ける。
  北島マヤ 「なぜ・・・?なぜですか・・?理由は・・?」
  速水真澄 「大都のもとでは演技したくないと言ってたきみが、理由など訊くのか?」
  北島マヤ 「ええ!言ってください!」

「確かに大都ではもう演りたくないわ!でも仲間から引き離されたくはありません!」

「なぜあたしをみんなから引き離すんですか!なぜ!」

  必死で問うマヤに真澄の言葉は冷ややかだった。
  速水真澄 「今度の芝居にきみは不必要・・・そう判断したからだ」

「これでは説明不足かな?」

「我々が伸ばしたいと思うのはきみの仲間達で、きみではない」

「これで納得がいったか?」

  北島マヤ 「速水さん・・・」
  速水真澄 「約束しておこう。きみ達の仲間はアテネ座での今度の公演できっと大きく伸びられる。世間の注目も浴びよう。大都が必ず成功させてみせる!」

「きみも仲間のためを考えるなら反対などしない事だな」

  N(小野寺) 「真澄くん、まだ帰ってなかったのかね」
030 速水真澄 「小野寺先生」
  N(小野寺) 「おっ!久しぶりだね北島くんだったね」

「ははははは・・どうだね芸術大賞はとれそうかね。」

  速水真澄 「そうそう、亜弓さんは来春、日帝劇場でまた主演が決まったそうですね。小野寺先生」

「しかも、月影先生と共演するとか・・・」

  真澄の言葉にマヤ驚いた。
  北島マヤM 『共演・・・!?月影先生と亜弓さんが・・!?』
  北島マヤ 「そんなバカな・・!!月影先生が亜弓さんと共演だなんて、そんな・・・!」
  速水真澄 「日帝劇場へ行って自分で確かめてきたまえ」

「自分でな・・・」

  北島マヤM 『くっ・・月影先生・・・亜弓さんと共演だなんて・・亜弓さんと・・』
  N(小野寺) 「ときに野外ステージでは活躍したそうだね。だが大賞候補になるには名の通った劇場でなければな」

「きみの次の出演はどこの劇場かね?」

  北島マヤ 「いえ・・・」
040 N(小野寺) 「ほーお、あてが無い!」

「わはははは・・・『紅天女』はいいかげんあきらめたらどうだね」

「出る劇場もないのにどうやって芸術大賞をとる気だね」

  北島マヤ 「よくわかりました速水さん・・・・」

「あなたも、小野寺先生もあたしが邪魔なんですね・・・!あたしが早く潰れてしまえばいいと思ってるんでしょう・・・あたしを皆から引き離すのもそのせいね・・・」

  速水真澄M 『マヤ・・・』
  北島マヤ 「そう・・・ですよね。亜弓さんが『紅天女』やった方がなにかと大都の都合がいいんですものね・・」
  マヤの目に涙が溢れてくる。
  北島マヤ 「あたし・・・バカだったわ。ちらりとでも速水さんのこといい人かもしれないって思ったこと・・・ほんとはいい人かもしれないって・・あたし・・・あたし・・・」
  速水真澄M 『えっ・・?』
  マヤの言葉に真澄はドキリとした。
  北島マヤ 「バカだったわ・・・」
速水真澄 「チビちゃん!待ちたまえ!」
050 かけ出そうとするマヤの手首を真澄が掴んで引きとめようとした。そのとき、マヤの平手が大きな音を立てて真澄の頬を打っていた。頬を抑えて真澄はマヤをみつめる。
  北島マヤ 「あなたなんて・・・大っきらい!!」

「みてらっしゃい。あたし・・あなた達の思い通りになんてならないわ・・・!あたしを劇団の仲間たちから引き離せたからって、これであたしがあきらめると思ったら大間違いなんだから・・・!」

「どんなことをしたって『紅天女』めざしてみせるわ!」

  速水真澄 「結構・・・その意気だ」
  北島マヤ 「そうよ・・・今にきっとあなたなんか見返してやるんだから・・・!」
  マヤがかけ去っていく。

そのあとに小野寺も帰っていった。

事の一部始終を見ていた秘書の水城(みずき)が大袈裟に手を叩きながらビルから出てきた。

  水城(みずき) 「さすがは真澄さま。あの子の口からよくあれだけのセリフを引っ張り出せたものと感心しましてよ」
  速水真澄 「何のことだ?」
  水城(みずき) 「わたくしにしらばくれるのはおよしなさいまし」

「あの子を劇団の仲間から引き離したのもお考えがあってのことでしょう?」

「あなたは以前、よくおっしゃられたわ。悲しみより怒りの方が人を動かすエネルギーになるって・・・!」

「あの子のエネルギーをわざと燃え上がらせ、その足を日帝劇場へと向かわせる・・・今、あの問題のもちあがっている日帝劇場へ・・・今のあの子がそれを知ってどう出るか、これは見ものですわね・・・」

  速水真澄M 『いい人・・・か・・・マヤ・・・・』
翌日、日帝劇場の前、マヤがその大きな劇場を見上げている。
060 北島マヤM 『この大きな劇場で、亜弓さんと月影先生が共演・・・!?』

『来春って言ってたっけ・・・一体どんな芝居なんだろう・・・?どんな役をやるのかしら・・・?』

  マヤが日帝劇場の通用口から事務所へ向かっていると、事務所の中からがやがやと事務員たちがひっきりなしにかかってくる電話の対応に追われていた。
  N(事務員たち) A 「なにい!来年の宣伝用パンフに北園ゆかりの名前をもう入れた!?彼女は降りたんだ。削ってくれ」

B 「週間レディセブン?北園ゆかりが姫川亜弓の相手役を降りた理由を教えてくれって?そんなことは彼女のマネージャーか事務所に訊いてくれ」

  北島マヤM 『亜弓さんの相手役をおりた・・・?北園ゆかり・・って、あのTVの青春物によく出ている女優が・・・?』
  壁の掲示板に、姫川亜弓の相手役を決めるオーディションの公募チラシが張ってあるのが目にとまった。マヤは驚き、近くを歩いていた劇場職員に問い掛けた。
  北島マヤ 「あの・・すいません、あの、ちょっと・・!これ!なんですか姫川亜弓の相手役オーディションって・・・!?」
  N(事務員) 「ああ、これか。姫川亜弓さんと一緒にもう一人の王女役を演ることになっていた北園ゆかりが突然役を降りてしまったのさ」

「それであわてて代りの人を探してるってわけさ。本当にねえ、いい迷惑だよ。姫川亜弓より出番を多くしてくれだの見せ場を増やしてくれだの、いい衣装にしてくれだのさんざ注文つけておきながら、結局、姫川亜弓とは一緒に舞台に立ちたくないっておりちゃうんだから」

「なにしろ姫川亜弓さんは芸術大賞をとったほどの実力の持ち主。いくら北園ゆかりが青春ドラマのスターだからといって、同じ舞台に立てば実力の差がはっきりしてしまうだろうからね」

「結局の所、姫川亜弓を恐れたんだってもっぱらの噂だよ・・・。公演は来春とは言っても予告や宣伝用パンフレットなど、この秋には作り上げて観客やマスコミに配らなきゃいけないし、それまでに役者と配役を決めなきゃならないんで事務所はもう大変だよ」

「でも、難しいんだよねえ・・・亜弓さんほどの実力のある人はそうはいないし・・かといって、王位継承権をめぐって対立するもう一方の王女が亜弓さんに貫禄負けする人じゃあな・・・」

「ふたりの王女。ともに主役だからね。堂々とはりあえる人じゃなきゃ。だもので、推薦された各劇団はえぬきの役者の中からオーディションで決める事になったんだよ」

  北島マヤM 『オーディション・・・・亜弓さんの相手役・・・・もしも・・・もしもこれに出られたら・・ああ・・もしも・・』
  北島マヤ 「待ってください!あの・・!どうすればオーディション受けられるんですか・・・!?」
N(事務員) 「きみ・・オーディション受ける気なの?」
070 北島マヤ 「ええ!受けてみたいんです!お願い!どうすればいいんですか・・・」
  N(事務員) 「あきれた・・・!さっきも言ったように推薦された各劇団はえぬきの実力ある役者だけがオーディションに受けられるんだよ。なにしろ、あの亜弓さんと舞台で対等にはりあえる人でなきゃ駄目なんだから・・・君、自信あるの?」
  北島マヤM 『亜弓さんと舞台で対等に・・・!亜弓さんと・・・・!』
  北島マヤ 「やってみなければ・・わからないと思います・・・!」
  N(事務員) 「あきれたな・・君、大した心臓だな・・」
  北島マヤ 「教えてください!誰に頼めばいいんですか?」
  N(事務員) 「ん・・ああ・・・そうだなぁ・・制作主任の兼平(かねひら)さんに訊いてみたらどうかな・・今夜来る予定だから・・・・」
  北島マヤ 「何時ごろおみえになるんですか?」
  N(事務員) 「わかんないなぁ・・たいてい8時か9時過ぎてからだから・・・」
北島マヤ 「あの・・・あたしここで待たせてもらっていいですか?」
080 N(事務員) 「君・・・!兼平さんに頼むつもり?あきれた子だな、どうせ駄目に決まってるんだ。無駄だから帰んなさい!」
  北島マヤ 「いいんです無駄でも!駄目でどうせもともとだから」
  マヤはハンバーガーとジュースを買い込み、長いすに陣取ると夜が来るのを待った。日頃の疲れもあってか、いつしかマヤは眠りこんでしまった。

夜、8時30分。兼平が日帝劇場へ現れた。兼平はマヤの意気込みを感じ、日帝劇場、ふたりの王女。姫川亜弓の相手役オーディションへの出場を認めた。

大都芸能、社長室。窓辺で書類を読む真澄に水城がコーヒーを勧める。

  水城(みずき) 「どうぞ」
  速水真澄 「やあ、きみか。気がつかなかった。ありがとう、ブルーマウンテンか、いい香りだ」
  水城(みずき) 「真澄様、わたくし、あなたのお手並みにはほとほと感心いたしましてよ」
  速水真澄 「なんの話だ?」
  水城(みずき) 「北島マヤが日帝劇場の姫川亜弓の相手役のオーディションを受けるそうです」
  速水真澄 「それで?」
水城(みずき) 「驚かれませんのね。こうなることを予期していらしたのでしょう?」
090 速水真澄 「多少はな・・・あの子が日帝劇場へ向かったと聞いた時から・・・」
  水城(みずき) 「そう、仕組まれたくせに・・・」

「確かにあの子の仲間である『つきかげ』や『一角獣』のメンバーにあなたが目をつけてらしたことは事実。そしてあなたはあの子が長くあの中で生きるタイプの役者ではないと見抜いてらした」

「せっかくアテネ座出演が決まったのにあの子を企画からはずしたのもそういうお考えと、日帝であの事件が持ち上がったからでしょう?」

「北園ゆかりが役を降りるという・・・」

「アテネ座に出演できなくなったマヤがオーディションの事を知って飛びつくのはあたりまえ。あなたに対する意地からでもオーディションに成功して日帝に出たいと思うでしょう・・・!」

「姫川亜弓に対して自信を失いかけていて気持ちをふるいたたせてね・・・」

  速水真澄 「君は想像力の豊かな女性だよ水城くん」
  水城(みずき) 「推理力とおっしゃっていただきたいわ。どう?はずれていまして?」

「あなたのお気持ち・・・・」

  速水真澄 「いや・・・・!」
  真澄は静かに肯定した。水城は、冷徹、仕事の鬼と噂される真澄の口から出た、その言葉に驚いた。
  水城(みずき)M 『真澄さま・・・!』
  水城(みずき) 「なぜ・・・なぜそれほどまでにあの子に・・そんな・・・」
  速水真澄 「おれはただ今のチャンスをあの子に気づかせたにすぎない・・それを手に入れるかどうかは、あの子の実力次第だ!」
水城(みずき) 「これもまた『紅天女』のためだとおっしゃるの?そして大都芸能にとってあの子が捨てがたい商品だからと?」
100 真澄は肯定も否定もしなかった。水城に対してフッっと笑顔を見せるだけだった。
  速水真澄 「コーヒーのおかわりを入れてくれないか?水城くん。熱いやつを・・・」
  水城(みずき)M 『真澄さま・・・』
  真澄の脳裡にあの夜のマヤの言葉か甦ってくる。
  北島マヤM 『あたしバカだったわ。速水さんの事、もしかしたらほんとは良い人かもしれないって、あたし思っていたのに・・』
  速水真澄M 『道路の向こう側にあの子がいて、信号はいつも赤だとばかり思っていたのに・・いつの間に黄色になっていたんだろう・・?』

『気づく事も無かった・・・気づいた時には信号はまた赤に戻っていた・・・信号は赤に・・・!』

  9月第3日曜日、午前10時15分。日帝劇場・・。

「ふたりの王女」姫川亜弓相手役オーディション会場。部屋の中はオーディションを受けるメンバー達の雰囲気が重く垂れ込めていた。

時間が来て、係官の説明が始まった。

  N(川口) 「おまたせしましたオーディション進行役の川口です。これから審査の事について説明します」

「まず本日のオーディションにお集まりいただいた皆さんの審査番号を申し上げます。名前を呼ばれた方は返事をしてください。オーディションは番号順に行なわれます」

「審査方法といたしましては、まず第1次審査、第2次審査、第3次審査の3回に分かれ、本日第1次審査を行ないますが、この審査に合格された方だけに、3日後、第2次審査を受けてもらうことになります。そして、第2次審査で残った方だけに第3次審査を受けていただき、そこで、もうひとりの王女役の方を決定したいと思います」

「まず本日の第1次審査は2つの課題を演っていただきます。これが第1番目の課題です。30分以内にこのせりふを覚えて演じていただきます。着替えが必要な方はこのついたての後ろでしてください。では30分後に番号順に呼びますので、呼ばれた方はこちらの審査会場へ入ってください」

  今日の課題が発表された。オーディションをうけるマヤ達はそのセリフを食い入るように見つめた。

課題@ 『毒』

『毒、わたしがこの毒を手に入れたことを知る者は誰もいない』

『誰の運命をどうする事もすべて思いのまま』

『あの人、これから先のあの人の人生、運命、命それがすべて私のこの手の中にある』

『もう、思い通りになんてさせやしないわ』

『裏切りごう慢、あなたはいつだって身勝手に生きてきた。わたしの心をずたずたに切り裂いて、血がふき出るのをあなたは楽しんでいる』

『笑ってらっしゃい。これはわたしの切り札よ』

『ポーカーフェイスを装って、あなたの前でいつも通りの表情を見せてあげる』

『これが体に入り消化されていくにしたがって次第に毒が回り、4時間後には心臓麻痺と同じ症状で死ぬ』

『体に毒は残らない。これをほんのひとたらし、ふたたらし、あなたはそれをほんのひと口、ふた口』

『それですべてが終る』

『わたしは苦しみの鎖から解き放たれる』

『わたしの切り札』

まもなくオーディションの開始である。

  ED パープル・ライト

ガラスの仮面 冬の星座 Uへ続く

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