ガラスの仮面
原作:美内すずえ
コミック 第10章 冬の星座 22・23より

第1次審査 課題@『毒』

速水・聖ともセリフ数は 5つ 兼平良介 セリフ数 3つ


アニメ ガラスの仮面 第34話より抜粋(音声ファイル)

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  OP ガラスの仮面
001 N(gTから続けて行なう場合は課題の読み上げはとばしてOK)

2年以内に芸術大賞か日本演劇大賞を獲らないかぎり、『紅天女』の主役は亜弓にゆずると宣告されたマヤ。苦悩の中で出演した劇団「一角獣」プラス「つきかげ」の『真夏の世の夢』が大成功をおさめた。

その成功がきっかけとなって、大賞への足がかりとなるアテネ座出演が決定するかに見えた。ところが、大都芸能制作の為にマヤは出演者からはずされていたのだ。怒りに燃えるマヤ。

マヤの怒りを演劇への情熱へと巧みに誘導する速水真澄。彼の思惑も知らずに、マヤの足は、日帝劇場へと向かっていた。

そこで、「ふたりの王女」の亜弓の相手役募集のポスターを見つけたマヤは歓喜する。そして始まったオーディション。第1の課題「毒」を乗り切れるか?

課題@ 『毒』

『毒、わたしがこの毒を手に入れたことを知る者は誰もいない』

『誰の運命をどうする事もすべて思いのまま』

『あの人、これから先のあの人の人生、運命、命それがすべて私のこの手の中にある』

『もう、思い通りになんてさせやしないわ』

『裏切りごう慢、あなたはいつだって身勝手に生きてきた。わたしの心をずたずたに切り裂いて、血がふき出るのをあなたは楽しんでいる』

『笑ってらっしゃい。これはわたしの切り札よ』

『ポーカーフェイスを装って、あなたの前でいつも通りの表情を見せてあげる』

『これが体に入り消化されていくにしたがって次第に毒が回り、4時間後には心臓麻痺と同じ症状で死ぬ』

『体に毒は残らない。これをほんのひとたらし、ふたたらし、あなたはそれをほんのひと口、ふた口』

『それですべてが終る』

『わたしは苦しみの鎖から解き放たれる』

『わたしの切り札』

手渡された第1の課題「毒」のセリフを見た彼女たちから安堵の声が漏れた。この程度のセリフならば劇団の稽古でよくやっている事だと言う。しかしマヤは、そんな彼女たちとは対照的に真剣な顔で悩んでいた。

  北島マヤ 「むずかしいわ・・・」
  江川ルリ 「なあに助演女優賞までとった人が、この程度のセリフの演技が難しいって言うの?」
  北島マヤ 「ええ・・・だって・・・」

「一体どんな人物なのかしら?”わたし”が殺そうとしている”あの人”っていうのは・・」

「どこにも説明は無いわ・・・」

  江川ルリ 「あっ・・・!」(驚き)
  北島マヤ 「”あの人”が恋人なのか友人なのか、または家族のうちのひとりなのか・・あるいはもっと違う立場の人なのか・・・それによってすべての演技が変わってくるわ・・・」
  江川ルリ 「うっ・・・!」(戸惑い)
  北島マヤ 「”わたし”はどんな過去を背負っていてなぜ”あの人”をこうまで憎んでいるのかしら?」

「それにこのセリフはいったいどんな場所でつぶやいているのかしら・・?」

「またこの毒はいったいどんな容器に入っているのか・・・?このセリフにはなんの説明も見当たらない・・」

「とても・・・難しいわ・・・」

  江川ルリはマヤのその戸惑いを呆然と聞いていた。

速水邸。真澄が窓辺に立ち、外を眺めている。

010 速水真澄 「10時20分か・・・そろそろオーディションの始まる頃だな・・・」
  机の上の電話が鳴った。
  聖(ひじり) 「聖です。今、日帝劇場の近くの電話ボックスからです。取材記者にまぎれて日帝に入り込みました」
  速水真澄 「そうか・・・第3次審査まで・・・予想通りきびしそうだな・・・」
  聖(ひじり) 「どうしましょう?なにかいたしましょうか?ご命令は?」
  速水真澄 「いや、何もしなくていい。審査の経過報告だけをしてくれ。これからはあの子の実力だけが勝負だ」
  聖(ひじり) 「はい。・・他には?」
  速水真澄 「何も無い。ただ、あの子を見守ってやっていてくれ・・・」
  聖(ひじり) 「わかりました・・あなたのかわりにですね?」
  速水真澄 「・・フッ・・・・そうだ・・・・」
020 オーディションの開始が刻一刻と近づいてくる。しかしマヤはまだ迷っていた。
  北島マヤM 『どうしよう・・?”わたしはいったいどんな人物でどんな性格なんだろう?』

『殺したいと思っているほどの”あの人”はいったい誰なんだろう・・?』

『毒はどんな容器に入っているのかしら・・・?そしていったい、何に毒を盛ろうとしているのかしら?』

『何に毒を・・・・!?』

  10時30分、いよいよオーディションが開始された。次々と名前を呼ばれて彼女たちはオーディション会場へ入っていく。
  N(記者) 「まったくケチだよなあ、控室や審査会場には入れてくれないなんて・・!ドアの隙間から取材するしかないのか?」
  北島マヤM 『そうよ・・・もしもあたしなら・・・!あたしならどんな時にいったい何に毒を盛るかしら・・・?』

『もしも、あたしなら・・・!食べ物や飲み物を扱う所・・・』

『台所・・?容器は・・・?』

  マヤの手が何も無い空間の小ビンの容器を掴んだ。
  北島マヤM 『あ・・・!そうよ・・・!そうだわ・・これだわ・・・!』

『たったこれだけのセリフでも、芝居は芝居だわ・・!審査員といったって観客にかわりはないはず・・!そうよ!観客を前に演技するんだ・・・!』

『容器・・・・!・・・できる・・!できるわ・・!今までやってきたことが役に立つ・・・!』

  マヤの前まで合計6人の演技が終った。部屋では審査員たちから彼女たちの演技が何か物足りないという意見が出ていた。
  N(審査員) A 「みんあ一応に達者ですな。セリフは上手いし感情の込め方もなかなかいい・・・ですが・・なんかこう・・・演技が上っすべりしているような気がしませんか?演技のために演技している・・わたしはどうもそんな気がして・・・つくった演技とでもいいますか・・・そう・・なんだかリアリティが・・・」

B 「でも2番の古城由紀と4番の江川ルリはおさえた中にうまく殺意を表現していましたね」

C 「そうそう、植草葉子の演技も印象的でしたね・・・まあ次の課題のAが楽しみですな」

  兼平良介 「あ・・・!待ってください!あと、もうひとりいるんです!」

「ぼくの一存で、このオーディションへの出場をOKしたわけですが・・北島マヤです」

030 N(審査員) 「北島マヤ?あの芸能界を追放されたって子ですか?」
  兼平良介 「ええ、ですが、かつて”奇跡の人”では姫川亜弓をおさえて助演女優賞をとったこともある少女です。オーディションを受けさせるだけでも面白いんじゃないかと思いまして・・・」
  いよいよマヤの番が回ってきた。係官の川口がマヤを呼ぶ。しかし、マヤの姿はどこにも無かった。そのとき、ついたての裏側から、ブツブツとつぶやく声が聞える。
  江川ルリ 「北島さん何やってるの!あなたの番よ!」
  北島マヤ 「え?あたしの番?」
  江川ルリ 「そうよ、なにボウッっとしてるの!あなたオーディション受けに来たんでしょ!」
  北島マヤ 「あーーーっ!そうだったオーディション!」
  あわてて控室を飛び出し、オーディション会場へ飛び込んだ。審査員が冷ややかな目でマヤを迎えた。マヤはぎこちなく部屋の中心へと進み、審査員へ挨拶をした。
  北島マヤ 「すみません遅れまして。7番、北島マヤです」
  兼平良介 「きみで終わりだ。早く始めたまえ」
040 北島マヤ 「はい」
  江川ルリがドアの隙間からマヤの演技をうかがう。
  江川ルリM 『北島マヤ・・・いったいどんな演技を・・・?』
  マヤが審査員に背を向けて立った。審査員は皆、その奇妙な行動に驚き、じっとマヤをみつめた。
  北島マヤM 『毒・・・!私を苦しめてきた”あの人”・・・』

『毒・・・・!』

  マヤが肩越しに後ろを振り向く。その表情は重く暗い影をまとっていた。
  N(審査員) 「な・・・なんだこの表情は・・・こ、こんなにガラリと変わるなんて・・・・」
  北島マヤM 『ここにいるのは”審査員”という名の観客・・・!』
  江川ルリM 『北島マヤ・・・!かつて姫川亜弓をおさえアカデミー助演女優賞をとった少女・・・!このセリフの演技をあの子はいったいどう演る気なのかしら・・・?」
マヤの演技が始まった。マヤの右手がすっと空間に伸びクイッとひねる。水道の栓を開き、鍋に水を張り、手に持って移動する。
050 江川ルリM 『な・・・なんなのあれはいったい・・』

『鍋を置いた・・・!』

『台所・・・・!台所のパントマイムだわ・・!あの子・・・何をする気なの・・・!?』

『オーディション第1次審査課題@の毒・・・!毒を手にした人物の感情をこめたセリフの演技・・』

『そうよ・・・!自分なりの感情を込めてセリフを言えばいいだけじゃないの・・・!何をやる気なのよあなた・・・・!』

『・・・物をきざむ・・・!わかる・・!わかるわあの子の手の動きで・・・!・・・鍋にうつす・・・!火加減を見る・・・・!』

『・・・!!・・なんて暗い表情・・・!なんて憂鬱そうな・・・!あの冷たい目つき、いったい誰を見ているのあの子・・・!』

『・・・戸棚をあけた・・・・!』

  マヤの手が毒の入った容器を掴む。審査員たちが一斉に身を乗り出し、マヤの動きを追った。
  北島マヤ 「毒・・・!」
  審査員たちの背中にぞくりと恐怖がはしる。
  北島マヤ 「わたしがこの毒を手に入れたことを知る者は誰もいない・・・」

「誰の運命をどうする事もすべて思いのまま・・」

  江川ルリM 『あの子・・・!なに・・・?この異様なまでの緊迫感は・・!』
  北島マヤ 「あの人・・・!」

「これから先のあの人の人生、運命、命・・・それがすべて私のこの手の中にある」

  N(審査員) 「ど・・どうやら台所のむこうの部屋にでも殺したい相手がいるようですな・・・!」
  北島マヤ 「もう、思い通りになんてさせやしないわ・・・」

「裏切り・・・ごう慢・・・、あなたはいつだって身勝手に生きてきた・・・」

「わたしの心をずたずたに切り裂いて、血がふき出るのをあなたは楽しんでいる・・・!」

「笑ってらっしゃい。これはわたしの切り札よ・・・」

「ポーカーフェイスを装って、あなたの前でいつも通りの表情を見せてあげる・・・!」

毒の入った容器のふたを開る。
060 北島マヤ 「これが体に入り消化されていくにしたがって次第に毒が回り、4時間後には心臓麻痺と同じ症状で死ぬ・・・!」

「体に毒は残らない・・・」

  無表情でクッと笑い、料理の味見をする。そして、毒の入った容器を手に取り、それを煮える鍋の上にかざした。
  北島マヤ 「これをほんのひとたらし・・・・、ふたたらし・・・・、あなたはそれをほんのひと口、ふた口・・・・」

「それですべてが終る・・・・」

「わたしは苦しみの鎖から解き放たれる・・・・」

  鍋にかざした毒の容器が小刻みに震える。一同はいつしかマヤの演技に引き込まれていた。

タン!・・見えない容器を見えない調理台の上に置いた。

  江川ルリM 『・今・・薬のビンを調理台の上に置く音が聞えたような気がした・・・!」
  容器のふたを閉じ、再び、棚の中にしまいこむ。ゆっくりと振り向きマヤがつぶやく。
  北島マヤ 「わたしの切り札・・・!」
  静かに、何事もなかったように調理を続ける。審査員はシンと静まり返り、だれも言葉を発しなかった。
  江川ルリM 『これは・・・審査のためのセリフの演技なんてものじゃない・・・一本の短いお芝居だわ・・・!』

『「毒」という題名の一人芝居・・・!』

マヤの演技は終った。ぺこりとお辞儀をする。審査員たちはっと現実の世界へ引き戻された。
070 N(審査員) 「あ・・・!・・ああ・・・け・・けっこうでした・・・・」
  江川ルリ 「みごとだわ、あのパントマイム・・何もない空間があの子の動きで台所に見える・・・」

「調理を作りながら殺したい相手のことを考える・・そして毒・・・・!」

「それを料理に入れれば憎い相手を殺す事もできると実行に移しかけて、そして”ためらい”・・あの複雑な”ためらい”をよく演じていたわ・・・」

「罪の意識、憎い相手に対するわずかな思いやり・・・そして毒をまたもとの棚に戻す・・・いつでも殺す事はできるのだと・・・台所で料理を作るという日常の動きの中で毒を手にした者の殺意・・・!」

「なんてリアルな殺意なの・・・!観ていてこわかったわ・・・!」

「あの主人公が今後あの毒を使う事があるかどうかは、観ている者の想像にゆだねられる・・・永久に使わないかもしれないし明日使うかもしれない・・」

「あの子・・観客に想像の余地まで残したのよ・・!かなり高度な演技力だわ・・・」

  第1次審査 課題@、『毒』は終った。マヤの挑戦はまだ始まったばかりである。
  ED パープル・ライト

ガラスの仮面 冬の星座

劇 終

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