花の慶次ー雲のかなたにー

南海にかかる虹!琉球の章 13巻、14巻
太陽の国首里那覇の章    15巻、16巻、17巻 より

★南海にかかる虹!琉球の章

001 「傾奇者」(かぶきもの)―――。「傾く」(かぶく)とは、異風の形を好み、異様な振る舞いや突飛な行動を愛することをさす。そして、真の傾奇者は己を美しゅうするために命を賭した。時は戦国時代末期、ここに天下一の傾奇者がいた。その名は、前田慶次・・・!!

人々が橋のたもとに吊るされる像を前に口々にうわさをしている。木像は千の利休の像であった。もとは、貴人が通る大徳寺山門の上に安置されていたが、それが秀吉の怒りを買い、利休が切腹を命じられたという。

利休の堺追放、そして切腹は余りに唐突なことで人々は驚愕した。しかし、その背景には豊臣政権内の権力闘争があった。

ひとつは、石田三成を筆頭とする五奉行の中央集権派で、彼らは地方の大名領主は民を愛し、自分も愛されるような仁者ではなく、秀吉と五奉行の方策を忠実に実施する高級代官であればいいとするもので、それに反する徳川家康や前田利家などの地方分権派と久しく争っていた。

利休は地方分権派であったため、よからぬ噂をたてられ、ついに石田三成たちの罠に落ちたのである。

吊るされた利休の像の前にひざまつき、手を合わせる男がいた。深く編み笠をかぶりその顔を見ることは出来なかった。

  番兵 「おい!こら!きさま何をしている!?」

「天下の罪人に手を合わせるとは天下様をないがしろにする気か?お〜〜〜!?」

  与四郎 「私、祈ってるだけ・・・それに利休様、罪人などではない!」
  番兵 「なっ、なんだと〜〜〜!それは聞き捨てならぬな。所司代まで来てもらおうか!」
  番兵はにたりと笑い、男の右肩に手をかけ引っ張ろうとするが、男の体はピクリとも動かなかった。
  番兵 「む!?・・こ、この!!くっ・・・・・・!!」
  与四郎 「やめてくれ」
  男の手が軽く番兵の手を叩いた。番兵は大きく宙を舞い、もんどりうって倒れた。
  番兵 「よくも刃向かいやがったな〜〜っ!!」
010 飛ばされた番兵はいきり立ち、両手で槍を持つとその柄で男の背中を激しく突いた。仲間の番兵たちも男を取り囲むと、次々に打ちすえていく。
  番兵 「ヤロ〜〜〜ふざけやがって〜〜〜っ!!叩きのめせ!!」

「どわあ!!」

  番兵たちが吹っ飛んだ。いきなり後ろから誰かに蹴りこまれたのだ。
  番兵 「な・・・!?なにを・・・!!」
  前田慶次 「それにしても治部(じぶ)は心が狭いなぁ〜〜。茶人のひとりやふたりのさばっていても、天下に変りはなかろうに!!」
  番兵 「な・・・なんと!!」

「き・・きさま!もう一度言ってみろ。」

  前田慶次 「ああ、言ってやろう。これが治部だ!!こせこせしていて滑稽でしかも残忍極まる!とても人間の類とは思えんな!!」
  番兵 「ゆ・・・許せん!!この場で斬り捨ててくれる!!」
  周囲の野次馬たちが恐怖で逃げ出した。番兵たちは手に手に刀を持ち、慶次を取り囲んだ。その時、倒れていた男が立ち上がり両手を高々と上げると空(くう)を練るような仕草をした。すると男の周りに不思議な気の流れが生じた。
  番兵 「おのれ!?まだ歯向かう気かーーーーーっ!?きさまから死ねぇ〜〜っ!!」
020 番兵の刀が大上段から振り下ろされる。男は右足を振り上げるとその刀をピタリと止め、くるりと体を回転させた。はじかれた刀は隣の番兵の顔に突き刺さり、血飛沫が上がった。
  番兵 「野郎〜〜〜やりやがったな!取り囲め!!一気に突き刺せ!」
  慶次が槍を風車のように回した。風きり音とともに空気がびりびりと震えた。番兵たちはその凄まじさに気おされてしまった。
  前田慶次 「この前田慶次、逃げも隠れもせん!死にたい奴は名乗りでよ!!」
  番兵 「な・・・なにィ!?・・き、きさまが前田慶次!?」

「お・・覚えてろ!あんたは有名人だ!ただで済むと思うなよ!!」

  前田慶次 「俺を連れて行きたかったら10日前に都合を訊け!」
  番兵たちは捨て台詞をはき、その場を逃げるように去っていった。
  与四郎 「かたじけない」
  前田慶次 「なんで手を出したんだね!?」
  与四郎 「あんたが・・・かばってくれたからだ」
030 前田慶次 「さっきのあれは何かね!?」

「あの技だよ、変わった型だったが・・・」

  与四郎 「手!(てい)琉球で習った」
  前田慶次 「ほう”手”というのか、しかしはるばる琉球からやってきたとは」

「その琉球のものが一体、利休殿とどんな関係が!?」

  男が編み笠を取った。その下から南蛮人の風貌をした男の素顔が現れた。
  与四郎 「おれ、半分、南蛮人。後半分、日本人・・」

「利休は俺の父だ!」

  川のほとりに慶次と南蛮の男は腰を下ろしている。その横に、巨躯の黒い馬、松風がいる。松風は川に口をつけ水を飲んでいる。その異様な取り合わせを人々が好奇の目で遠巻きに見つめていた。
  前田慶次 「そうか・・・・利休殿は若き日、琉球までも貿易に行かれ・・そこで南蛮の女と出逢い・・生まれたのがお主というわけか・・・」

「ところでお主の名は・・?」

  与四郎 「与四郎!」
  前田慶次 「そ・・その名は!」
  与四郎 「うむ・・・父は若い頃そう呼ばれていたそうだ」
040 前田慶次 「・・・・しかし今頃なにゆえこの国へ?」
  与四郎 「母が死んだ・・・」

「母の心、伝えに来た・・・」

  与四郎は、包みの中から絵を取り出すと慶次に見せた。
  前田慶次 「ん!?・・お・おお!この絵は!まるで生きておるようだな!」
  与四郎 「南蛮の絵は大和との描き方が違う」
  前田慶次 「ほぉ〜〜〜そうか!」

「で・・この二人は誰かね?」

  与四郎 「母・・・そして利休」

「母は海賊の船の中にいた・・・父の船はその船と戦となり、父はその時、母と出逢った」

「母は海賊のために船に乗せられた女だった・・・しかも逃げ出せぬために足の腱を切られていた」

「父は母を連れ出し・・・琉球に住まわせた・・・」

  リサ 「与四郎、わたし大和の言葉うまくなったでしょ?」
  与四郎(利休) 「ああ、それなら大和へも行けるぞ」
  リサ 「・・・わたし・・行かない・・・」
050 与四郎(利休) 「え!?ど・・どうして?」
  リサ 「それよりひとつお願いがある・・・・わたし与四郎の子供、欲しい」

「わたし、ひとりではどこにも行けない体・・・でも、わたしの子供どこにでも行ける。わたしの心と一緒に・・・」

  与四郎(利休) 「リサ・・・・」
  リサ 「与四郎・・・・ひとつわたしの国の言葉教えてあげる」

「”リサ”・・・リサは”笑うこと”・・涙いけない。笑って・・・与四郎」

  与四郎 「母の最後の言葉伝えに来た・・でも父はもういない・・・」
  前田慶次 「母上はなんと?」
  与四郎 「”ありがとう”」
  奥深い山の中に建つ、一軒の小屋がある。今、その小屋を侍と兵士が槍を構えて押し入ろうとしている。その小屋には南蛮人がいるという噂だった。

小屋の中で南蛮人の男がマリア像を置き、十字架を掲げた前で手を合わせ祈りを捧げている。そこへどかどかと侍たちが入ってきた。侍たちは十字架とマリア像を見て南蛮人が切支丹だと騒いだ。

伴天連とは信徒でも宣教師や権力者の信者のことを指し、切支丹とは下々の一般信徒のことを指す。秀吉は、この伴天連の布教活動による教会の権力の増大を恐れ、伴天連のみに追放令を命じたが、切支丹には信仰の自由を許した。

  カルロス 「ひとつ聞く、おまえたちが信じている神は?」
  「あ〜〜〜〜!?なぁにイ〜〜〜〜!?」

「ふん!我らは切支丹ではない!信じているとすればせいぜい氏神様ぐらいなものだ!!」

060 男が立ち上がり振り返った。身の丈は有に2メートルを越し、肉厚の胸板が服の下よりその形を表している。男の金色に輝く髪の下で虚無の光をたたえた眼が侍たちを見据えていた。
  カルロス 「神はゼウスのみ!他のもの信じる者は皆、悪魔の使い!」
  「なにイ、ゼウスだぁ!?ふざけおって!この切支丹め!!」
  男は胸の前で十字を切った。そのとたん、男の形相は一変し、ギラギラした眼光の殺人者へと変貌した。
  カルロス 「悪魔の使いどもよ滅びよ!!」

「神はこの世にひとり、ゼウスのみ」

  男の両手が左右の侍たちの顔面に打ち込まれた。その手は侍の顔面を貫き、後頭部まで刺し貫いた。すさまじい血飛沫があがり、後ろにいた侍たちを真っ赤に染め上げた。

槍を持った兵が男めがけて槍を突き出した。男は顔面を刺したままの侍の頭で槍を受け止める。槍が侍の脳天へ深々と滑り込んでいく。

男の放った蹴りは、槍を突いてきた兵の頭を叩き割り、顔の半分が削ぎ取られていた。

あたりは血の海と化していた。残った侍も兵も、虫けらを殺すかのように次々と血の海へ沈んでいった。小屋の中は血の臭いで充満した。

  前田慶次 「うわ〜〜っはっはっはっは!!」

「まさか南蛮人のお主が寺に潜んでいるとは石田三成も思うまい。今頃は京都中、血まなこになって我らを探しておろう」

  与四郎 「し・・・しかし・・この寺の主、困る・・」
  前田慶次 「大丈夫だ、この寺の坊主は遊郭に通い詰めで、めったには帰ってこんよ」

「それよりお主、なぜ俺に利休の子だと打ち明けたのだ?」

  与四郎 「あなたが、前田慶次だから」
070 前田慶次 「な・・・なに!?」
  与四郎 「父の手紙にあなたの名があった。本当の自由を知ってる人・・自由が許される強い人・・父はそう言っていた」
  前田慶次 「・・・・・利休殿はよく手紙をくれたのか?」
  与四郎 「いや初めて・・・父はたぶん自分が死ぬことを知っていた・・だから最後に手紙をくれた・・」
  前田慶次 「うむ・・秀吉に朝鮮出兵で反対したのが原因とも言われておるが・・・利休殿も信念のある男、秀吉の無謀な夢には同意できなかったのだろう・・・」
  与四郎 「違う!!父が朝鮮、攻めるの反対したのはもっと別の理由ある!!」
  前田慶次 「なに。別の理由?」
  与四郎 「伴天連の恐るべき企み!!」
  血だるまにり、すでにこときれた坊主が縁台に投げ込まれた。その後ろにぬっと立つ黒い影があった。
  カルロス 「そこまでだ与四郎」
080 前田慶次 「ん!?」
  与四郎 「お・・おまえは・・カルロス!」
  カルロス 「おまえやはりわれらの計画知っていたな」
  与四郎 「おまえ達はまちがっている。オレはおまえ達のことをほって置けない」
  与四郎の腕が中空を練る。気が流れ、高まっってくる。カルロスは胸の前で十字を切る。にらみ合う二人。先に動いたのはカルロスだった。右手の2本指を突き出し与四郎を襲う。与四郎は左の手の甲でそれを跳ね上げると、右足を前に蹴り上げた。カルロスは足をつかむと体をねじり与四郎を引っ張り込む。そして、その反動を利用し、右ひじを与四郎の顔面へ打ち込んだ。

意識を失いかけ、倒れこむ与四郎に2発目の拳が打ち込まれようとしたその時、慶次の投げた脇差が二人の間合いを切った。脇差は寺の柱に深深と突き立った。

  カルロス 「ゼウスの名のもとにおまえたちに死を!!」
  前田慶次 「大丈夫か与四郎!?」
  与四郎 「はー・・はぁ・・慶次殿・・こやつ切支丹といえどイスパニアの軍隊の兵士」

「こやつらにとってゼウス以外に神はいない。他の神を信じる者は皆、悪魔を信じる者・・・人間ではないとおもっている!」

「こ・・・こやつらはゼウスの教えを広めるためなら武力をも使い、時には従わぬ者を虐殺する!!」

  前田慶次 「宗教が布教のために武力を使うのか!?」
  与四郎 「切支丹は天正13年に島津を滅ぼそうとイスパニアのマニラ政庁に軍隊の派遣を要請・・・さらに関白・秀吉にも九州出兵を要請している!!」

「いいか、宣教師の後に来るのはイスパニアの軍隊だ」

090 カルロス 「余計なことをべらべらと!」
  与四郎がカルロスへ向かって飛び込んだ。カルロスは右足を大きく回し与四郎を蹴り飛ばした。与四郎の体は宙を舞い、部屋の隅まで血を噴き出しながら飛んでいき大きな音を立てて落ちた。
  カルロス 「勘違いするな、与四郎。これは布教だ!正しき教えを広めることをおまえは止めることはできない!」

「おまえは慶次というのか・・・哀れな奴よ!おまえにもここで死んでもらう!」

  前田慶次 「お主も”手”とやらを使うようだな」
  カルロス 「ふ〜〜〜〜〜〜っ!!俺の”手”は与四郎のとは違う。俺の”手”は邪悪な異教の悪魔を抹殺するためのものだ!!」
  前田慶次 「”手”だろうとなんだろうと牙を剥いてくる奴はぶった斬るだけのことだ!素手では限りがある」
  カルロス 「ふふ!!俺の”手”は刀よりも良く斬れる」
  カルロスの手刀が打ち込まれる。慶次は大刀を振り下ろした。カルロスは右足を振り下ろされた大刀に蹴りこんだ。大刀が根もとから折れて飛んだ。カルロスの右足が慶次の腹へ食い込んだ。

慶次の体は本堂の壁をぶち抜き外までふっとば吹っ飛ばされた。倒れこむ慶次にカルロスが力いっぱい右足を踏み込んだ。慶次は手近にあった大きな石をつかみそれで受けた。衝撃で石はこなごなに砕け散った。

慶次は跳ね起きると身構えた。だがその足はがくがくと震え、力が入っていなかった。

  カルロス 「やるな、おまえ・・・」
  前田慶次 「ああ・・・いくさ場で覚えたもんでな・・」
100 カルロス 「ふふ・・・無駄なあがきだ。腹への一撃は足にくるものだ。もはやおまえはろくに動くこともできまい」

「主よ、この者に天罰を・・・」

  カルロスは胸の前で十字を切った。そのとき、カルロスに巨大な黒い影が襲ってきた。慶次の愛馬、松風だった。松風は激しく咆哮するとカルロスへ前足を蹴り入れる。皮一枚で見切るとカルロスはバク転をして退いた。
  カルロス 「な・・なんだこの馬・・」
  前田慶次 「松風、やめておけ。こいつの相手は俺がする・・」
  カルロス 「ふふ・・その悪魔の馬はおまえの言うことをききそうにもないな。この場はその馬に免じて俺は去る。だが忘れるなよ。きさまにはもはやゼウス様の死の宣告が下されていることをな!」
  カルロスは高く跳躍するとこの場を去った。
  前田慶次 「すまん、松風・・た・・助かったよ。ん・・・ああ・強いやつだな・・・あばらをやられたようだ。俺はかたびらを着込んでいたから助かったが与四郎は・・・」
  慶次は本堂の床に倒れている与四郎を抱き起こした。
  前田慶次 「だ・・・大丈夫か?」
  与四郎 「う・・う・・は・・や、やつはカルロスは?」
110 前田慶次 「・・引き上げていったよ・・」
  与四郎 「な・・なに、どうして・・」
  前田慶次 「松風がフイに現れたんで面食らったんだろう。だが、すぐまたやって来るだろう」

「・・与四郎・・・利休殿が死を賭してまで朝鮮出兵に反対されたことに切支丹は関係あるのか?」

  与四郎 「うむ・・・朝鮮出兵の先鋒を務めるのは小西・大村・黒田などの九州の大名。そして、やつらはすべて切支丹大名。確かにその出兵を命ずるのは秀吉だ。・・ただ、その野望を利用するのは切支丹・・。うっ・・・」
  前田慶次 「与四郎!」
  与四郎 「そ・・その戦のあと大名たちの手で切支丹の教え朝鮮に広められる・・。

「そして、いつか朝鮮の国、イスパニアのものになる。父はそのことを知っていた!」

その1 劇 終  その2へ続く・・。★クリックするよろし。

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