花の慶次ー雲のかなたにー

南海にかかる虹!琉球の章 13巻、14巻
太陽の国首里那覇の章    15巻、16巻、17巻 より

★南海にかかる虹!琉球の章

001 「傾奇者」(かぶきもの)―――。「傾く」(かぶく)とは、異風の形を好み、異様な振る舞いや突飛な行動を愛することをさす。そして、真の傾奇者は己を美しゅうするために命を賭した。時は戦国時代末期、ここに天下一の傾奇者がいた。その名は、前田慶次・・・!!

千利休が、秀吉の朝鮮出兵に反対したため、切腹を命じられた。そんな頃、琉球よりやって来た利休の子、与四郎と慶次が出会った。母の最後の言葉を伝えに来たのだった。だが、与四郎は、宣教師カルロスに狙われていた。伴天連の恐るべき企みを知っていたのだ。 

  前田慶次 「あいたたた!!」
  捨丸 「だんなともあろう方が珍しい・・・」
  前田慶次 「いちち・・・」
  捨丸 「いったい何と喧嘩なすったんで?そのカルロスってのは熊ですか?それとも虎?」
  前田慶次 「うるさい!!」
  捨丸 「へへ・・それより京を逃げ出す段取りはすべてつけておきました。いつでも出立できますぜ!」
  前田慶次 「誰が京を出ると言った?」
  捨丸 「へっ!?」
010 前田慶次 「俺はカルロスと決着をつけるまではどこへも行かん。それに与四郎と居ればあやつはじきにここに来る!」
  捨丸 「なっ・・・・で・・・でも、その前に所司代の連中がやって来ますよ!!」
  前田慶次 「行かんと言ったら行かん!!」
  捨丸 「だ・・・旦那ぁ〜〜」
  前田慶次 「よ・・・与四郎殿・・・お主、大丈夫なのか?」
  与四郎 「大丈夫・・・それより慶次殿、この国が退屈ではないか?」
  前田慶次 「ん!?」
  与四郎 「俺は・・この国の”いくさ人”を琉球に連れにきた!」
  前田慶次 「それで何をする気かね?」
  与四郎 秀吉の朝鮮出兵を利用しようとするイスパニアの陰謀を俺の手で打ち砕く!!」
020 捨丸 「どうしてそんなことを?」
  与四郎 「いいか!切支丹が教えを広めればその次にはイスパニアの軍隊がやって来て、その国を植民地にしてしまうのだ!!」

「それが奴らのやり方だ。現に天正13年には宣教師コエーリョは切支丹に協力しない島津に対して軍隊の派遣をイスパニアのマニラ政庁に要請している」

「朝鮮出兵・・それと同じだ。朝鮮出兵の先方は切支丹大名・・・」

「け・・慶次殿、急がねば。たのむ一緒に戦ってくれ」

  前田慶次 「なぜだ?なぜ、お主は朝鮮やこの国をイスパニアから守ろうとするのか?」
  与四郎 「俺は”海族”(かいぞく)だ!自由な海の民!!」

「うっ!!」

  と、その時、与四郎が大量の血を吐いた。
  与四郎 「う・・ぐぁは・・・・」
  前田慶次 「与四郎!!」
  与四郎 「ハァ・・ハァ・・・くそ!!・・ハァ・・ゴホッゴホッ・・」
  前田慶次 「お・・・お主」
  与四郎は右手を挙げ、慶次の言葉をさえぎった。与四郎は苦しい息で喋りつづける。与四郎の口元から胸元まで吐いた血によって真っ赤に染まっていた。
030 与四郎 「け・・・慶次殿には海のこと・・・・分からぬかもしれない・・・だ・・・だが・・・琉球の我らの目から見れば大和は・・朝鮮や大明国(だいみんこく)を南北に繋ぐ海の道!!その道イスパニアに封じられては、我ら海の民は海の道すべて失う!!」
  前田慶次 「自由な・・・・海の民か・・」
  与四郎 「俺が父から受け継いだもの・・海の民の心・・父が秀吉に負けなかったように俺・・・イスパニアに負けない!!」
  血まみれになりながらも必死に立ち上がった与四郎。その眼には一片の曇りはなかった。その時、慶次の目に飛来する火が映った。慶次は咄嗟に手を出してそれを掴み取った。無数の火矢が、屋敷の中へ射ち込まれて来た。
  前田慶次 「気に入った与四郎!!」

「お主の”いくさ”助勢いたす!!だがその前にカルロスとの決着をつけねばならぬようだな!!」

  その頃、堺港の沖合いに停泊している船の上では、父、与四郎の帰りを待つ息子、与次郎の姿があった。
  与次郎 「おっそいなぁ父上は・・・切支丹の連中はすでに俺たちの動きに勘付いているはず・・・まごまごしていたら何をしでかすか・・・・それに父上の病が心配だ・・・」
  紅蓮の業火に包まれる屋敷の中で、慶次は部屋の中央にどっかりと座り、煙管に火をつけ悠然と煙草を吸っていた。
  捨丸 「だ・・・旦那・・・!?」

「こ・・このまま焼け死ぬ気ですか!?」

  屋敷の外では、カルロス率いる鉄砲隊がぐるりと鉄砲を構えて待っていた。
040 カルロス 「鉄砲は巨馬だけに使え。あの悪魔の馬はやっかいだからな・・・」

「ふふ・・・倭人の知恵では気づくまい。逃げ道こそ地獄への道だということがな・・」

  捨丸 「だ・・・旦那、もうだめだ!奴ら庭にまで火をかけやがった!!と・・とにかく外へ!!」
  前田慶次 「臭うなあ・・」
  捨丸 「へっ!?な・・・何が臭うんで!?・・・んなことより早く出ましょ!」
  前田慶次 「違うだろ」
  その時、真っ赤な炎が真っ二つに割れ、その中から全身炎に包まれた松風が現れた。
  前田慶次 「外は火縄銃の臭いでいっぱいだ。松風も鉄砲が嫌いなんだよ」
  与四郎 「こ・・・こんな火の中で火縄の臭いを・・・・?」
  前田慶次 「火もまた結構。何やら大輪の赤い花が咲いたようではないか!」
  いくら待っても、炎の中から慶次たちが飛び出してこない。屋敷の外でカルロス達は焦れていた。
050 カルロス 「いま、人を見に行かせた。そやつが確かめてくるだろう」
  捨丸 「人が来ます」
  男が近づいてきた。男は業火の中で、その身を火に焼かれながらじっと立つ男を見てぞっとした。男は、慶次たちにすぐに池に飛び込んで逃げろと誘った。

火中から飛び出した者が最初に行くのは水のある場所だ。それも10数歩のところにある池である。10中10まで罠が仕掛けられていることを慶次たちは心得ていた。

  前田慶次 「そうか・・では、おまえが先に池に入れ!」

「我らはいくさ人(びと)だ。死は常に覚悟している。気にすることはない」

「それともまさかおまえ我らが焼け死んだのを確認に来たのか?」

  男は慌てた。その場を逃げようとしたその時、慶次の持つ太い槍の柄が男の胴体を払った。男は池の中へ吹っ飛んだ。そのとたん、大音響とともに池から水柱が上がった。
  カルロス 「おお!!かかった!!皆の者、一気に踏み込め!!」
  池から吹き上がった水が再び地上に雨のように降り注ぐ中、カルロスたちは屋敷の中へ入ってきた。屋敷の中はもぬけの殻だった。その時、手裏剣がカルロスの回りの男たちを捕らえ、男たちはその場にバタバタと倒れていった。カルロスの周りに黒い影が差した。あわてて上を見上げるカルロス。

上空から、松風に乗って、慶次が降ってきた。間一髪、カルロスが身をかわす。

  カルロス 「ふふ・・・よくぞわれらの罠をしのいだな」
  前田慶次 「待ち伏せていた敵が急に現れたといって敵と反対側にすぐ逃げるのは、いくさを知らぬもののすること・・・罠は逃げる場所にこそ仕掛けるものよ」
  カルロス 「ほう、おまえは兵士か?」
060 前田慶次  「ふ・・・・おれは兵士ではない。いくさの中で生まれ育った。飯よりいくさが好きないくさ人(びと)だ」
  カルロス 「おもしろい・・・ならば、そのいくさ人の力みせてもらおうか!!」
  前田慶次 「お主、イスパニアのいくさ人らしいな」
  カルロス 「ほお・・・おまえそこまで与四郎に聞いていたか。ならばなおさら生かしてはおけんな」
  前田慶次 「しかし、イスパニアという国もたいしたものだな・・この国はまだ、ひとつにすらまとまりきらぬというのに、遥か彼方の国まで己のものにしようと考えるとは・・・」
  カルロス 「この世のすべてが我らのものなのだ。当然のことよ」
  前田慶次 「さて、やるかね喧嘩のつづきを!」
  慶次が槍を構え、松風の手綱を引きしぼる。松風は高く前足を上げてカルロスを威嚇する。慶次とカルロスの間に一食触発の気が流れた。その気を破るように、与四郎の声が飛んだ。
  与四郎 「待て!」

「け・・・慶次殿、この戦いは俺の戦い!手出し無用!!」

  捨丸 「与四郎の旦那、そんなこと言ったってアンタ病気で・・・!!」
070 与四郎  「ハァ・・ハァ・・・いや・・!もはやこの生命、燃え尽きようとしておる・・・ならばカルロスとは海の自由をかけて闘いつづけてきた敵同士として・・この手で決着をつけたいのだ!!」
  前田慶次 「与四郎・・・」
  与四郎 「分かるだろう慶次殿・・」

「お主も、いくさ人ならば!!」

  前田慶次 「わかった!ならばこの慶次、見届人となろう」
  命を賭しても海の自由を守りたいという与四郎に真のいくさ人の魂を感じた慶次は、槍を引き、松風を下がらせた。
  カルロス 「ふっ・・・いつか鮫の餌にしてくれようと思っていたが、まさか陸の上でおまえを殺ることになるとは・・」

「見ろ!・・あの時、貴様に船を沈められたために鮫に襲われできた傷跡だ!」

  上着を取ったカルロスの上半身はまさに筋肉の塊のようだった。その岩のように堅い筋肉に、右の肩の付け根からわき腹にかけて、醜く鮫の歯形がくっきりと残っていた。
  カルロス 「貴様だけは・・・生かしておかぬ!!」
  与四郎 「来い!カルロス!!」
  カルロスが左腕を与四郎の顔面へ打つと見せかけてけん制すると一瞬手を引き、右足を軸にして上段に回しげりを仕掛けてきた。与四郎は左手でその足を受け止めると、カルロスの体を支えにし左足を地面と垂直に蹴り上げた。蹴りがカルロスの顔面を捕らえた。
080 カルロス  「ぐっ!!」
  与四郎 「どうしたカルロス?そんなことでは鮫の餌にはできんぞ」
  捨丸 「だ・・・旦那!与四郎殿に加勢を!あの体じゃ戦うのは無理だ!!」
  前田慶次 「与四郎は病に死すより戦いのうちに死すことを願っているのだ。それを止めることは、この俺には出来ぬ」
  与四郎とカルロスの激しい戦いが続いている。

飛びげりが互いに相手の胸に炸裂する。反動で両者ともはじけ飛ぶ。口から与四郎が大量の血を吐いた。震える体で起き上がろうとする与四郎にカルロスが飛び込む。与四郎は、打ち込んできた腕をつかむと、その反動を利用し、後ろへ飛び下がった。カルロスの体が大きく回転し、与四郎と一緒に、燃え盛る屋敷の炎の中へ飛び込んでいった。

炎が二人を襲う。真っ赤な炎が、与四郎とカルロスの体を包み込む。メラメラと音を立てる炎。二人は火達磨と化していた。

  与四郎 「ぬうん!!」
  カルロス 「・・・ごわ・・・き・・貴様、この俺を道連れにする気か!!」
  与四郎 「ふふ!この生命、もはやこれまで!このつづき地獄でやろう!!」
  慶次は与四郎とカルロスの戦いをじっと見つめ、心の中で与四郎に語り掛けていた。
  前田慶次 「病なんかに殺されてたまるか、生は人のためにあるやもしれぬ。されど死こそは己だけのもの。なにものにも邪魔されてたまるか・・・そうだろう・・与四郎。
090   炎に焼かれながらも与四郎はカルロスの首をしめあげている。カルロスが断末魔の悲鳴をあげたその時、与四郎は再び大量の血を吐いた。与四郎の手が緩んだ。その一瞬の隙を突いてカルロスの右手が与四郎の胸を刺し貫いた。胸から血飛沫が飛んだ。それは心臓の鼓動にあわせるように、ドクドクと噴き出している。

与四郎は最後の力を振り絞り、両手でカルロスの右腕を掴むと、ズブズブとその腕を胸から引き抜いていく。

  与四郎 「た・・たとえ、この俺が死んでも、わが息子、与次郎がいる!我らの海、おまえたちには決して渡さぬ!!」
    カルロスが憤怒の形相で与四郎の胸に腕を刺したまま体を起こし、そのまま与四郎を投げ捨てる。その拍子にカルロスも足をとられてその場へ転倒した。すばやく起き上がり、止めを刺そうとするカルロスの目の前を、慶次の巨大な槍がさえぎった。
  前田慶次 「勝負あった!それ以上やるとあれば、こんどはオレが相手だ」
  カルロス 「ふっ・・・つくづく運のいいやつめ。次に会う時こそおのれの死と思え」
    カルロスは慶次に言い放つと、クルリと背を向け去っていった。
  与四郎 「ハー・・ハア・・・・慶次殿・・こ・・これを・・」
    苦しい息の下、与四郎は一枚の絵を慶次に差し出した。
  前田慶次 「こ・・・これは、お主らの崇める女神か?」
  与四郎 「ふ・・・いや・・・これはオレの娘の画だ・・・」

「父に・・・孫の顔みせてやろうと思って持ってきた・・・・・」

「ハー・・ハー・・・堺の沖に・・・オレの船と・・・息子がいる・・・・この絵を見せて・・・・・オレが死んだことを・・・伝えてくれ・・・・」

100 前田慶次  「与四郎!!」
  与四郎の両目に涙が光る。
  与四郎 「ハア・・・ハー・・・ハー・・・・ち・・父上に・・・もう一度・・自由な海を・・・みせて・・・やりたかった・・」
  与四郎は慶次の腕の中で静かに息を引き取った。

その2 劇 終  その3へ続く・・。

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