元禄忠臣蔵 大石内蔵助

漫画:神江里見 原作:五島慎太郎

第1章 早駕籠 第2章 雌伏 第3章 時節到来 第4章 討ち入り
001 N 赤穂の町、東町口(ひがしまちぐち) 4月16日。大石は供を一人連れ、江戸からやってきた受城目付(じゅじょうめつけ)を出迎えた。
002 大石内蔵助 「お役目ごくろうさまです。江戸よりはるばるお越しいただき・・・・・」
003 受城目付(榊原) 「お出迎え、痛み入る」
004 大石内蔵助 「この度、内匠頭(たくみのかみ)不調法(ぶちょうほう)をいたしましてお仕置きされたること、また城地(じょうち)召し上げのこと恨んでおりませぬ」
005 N 大石はその場に両手をつき頭を下げ言葉を続けた。
006 大石内蔵助 「ただ、主人弟君(しゅじんおとうとぎみ)大学様の閉門が許され、御家再興をお取り計らいくださいますように・・・よろしくお願い申し上げまする」
007 N 受城目付は慌てて馬上から降りた。その仕草から、受城目付の赤穂に対する深い同情の念をうかがう事が出来た。
008 受城目付(榊原) 「あ・・いや、お手を上げてくだされ」

「我らにそのような権限があるわけではありませぬが、大石殿の御心境お察し申し上げまする。江戸に帰りました暁にはぜひとも・・・・」

009 大石内蔵助 「よろしくお頼み申します」
010 N 赤穂城。大石が先頭に立ち、受城目付に城の様子を説明して回っていた。
011 受城目付(榊原) 「いや、よく城内の掃除が行き届き、塵ひとつ見えず、また城付き諸道具の整理整頓、城内外の清掃、郷帳(ごうちょう)、塩田絵図、年貢台帳などの諸帳簿もきっちりと行き届き感心いたしました」
012 大石内蔵助 「恐れ入ります」
013 受城目付(榊原) 「我々は皆が、大手門にて居並び、切腹するのでは・・と思っておりましたが・・・・」

「弓、槍、刀を掲げて籠城挑戦との噂もあり、その覚悟で来ましたものを、このように粛々と出迎えられては感慨ひとしおでござる」

「恭順開城(きょうじゅんかいじょう)に意見をまとめたご苦労を考えると頭が下がります」

014 大石内蔵助 「恐れ入ります。私も過去に城、受け取りの大任を行った事があり受城(じゅじょう)のお役目のお気持ちは痛いほど分かりまする」
015 受城目付(榊原) 「おお、そうであったか。備中(びっちゅう)松山藩が御家断絶の折、浅野殿に先立って参ったのじゃな」
016 大石内蔵助  「8年程むかしになりますか・・あの折に松山城に行ったことが大変ためになりました」
017 受城目付(榊原) 「それが、今は立場が逆転するとは皮肉なものよのう・・・・」
018 大石内蔵助 「人間の運命(さだめ)は誰にも分かりませぬゆえ生きられるのかもしれません」
019 受城目付(榊原) 「なるほど・・・・・」
020 大石内蔵助  「榊原様、重ね重ねお願い申しあげまする。大学様の御家再興の件、何卒よしなに」
021 N  内蔵助は受城目付に、再三再四、浅野大学を立てての御家再興を頼み込んだ。目付たちは内蔵助の熱意に御老中に進言してみると確約して帰っていった。

所変わって柳沢邸。柳沢吉保が茶室で手馴れた手つきで茶を点(た)てている。その時、外から吉保に話し掛ける声があった。

022 N(男)  【せりふ】
「赤穂の藩士は首席家老の大石内蔵助のもと、皆、抵抗せずに城を明け渡しました。受城目付、荒木十左衛門(あらきじゅうざえもん)、榊原采女(さかきばらうねめ)らは無事、役目を終えたとのことでございます」
023 柳沢吉保 「ほう、城を枕に自刃、切腹などという振る舞いはなかったのか?」
024 N(男)  【せりふ】
「一時はそのような噂も流れましたが、4月11日の大評定で8割がたの藩士が去りましたゆえ」
025 柳沢吉保  「そこだな・・・残った者で何かを決意したはずじゃ。調べてみい。他には?」
026 N(男)  【せりふ】
「城明渡しの後は、皆、各地に散りまして、大石の周りの一部の者が赤穂塩田方(あこうえんでんがた)に貸し付けてあった5,700両の回収に回っております」
027 柳沢吉保 「ほう、で・・回収率は?」
028 N(男)   【せりふ】
「はかばかしくありませぬ。1割余(よ)で・・・・」
029 柳沢吉保  「約600両か・・軍資金にしては多いな・・・・・・」

「よい、引き続き家老の大石の動静を探れ」

030 N(男)  【せりふ】
「ははっ!」
031 柳沢吉保  「大評定の後(のち)、70名が残ったか・・公儀にたてつくのをやめ、何をするつもりだ?」

「突然に御家が取り潰された70名の無念をどこにぶつけるつもりだ・・・吉良上野介(きらこうずけのすけ)を討つか?・・それとも・・・・」

032 N  大石は、供侍を連れて丘の上から、雪のように真っ白に広がる広大な赤穂の塩田を見下ろしている。
033 N(供侍)  【せりふ】
「何とか塩相場の方を手仕舞いにいたしました」
034 大石内蔵助  「ごくろうじゃった。で、天野屋は何か申しておったか?」
035 N(供侍)  【せりふ】
「ご本懐を遂げられるよう祈っておりますとのことで・・」
036 大石内蔵助   「うむ・・・吉良を討つ件がもう漏れておるのか」
037 N(供侍)  【せりふ】
「血判をせし74名の中には口の軽いのも交じっておりましょう」
038 大石内蔵助  「大阪に広まっておるということは江戸にも伝わっていような・・・・・」
039 N(供侍)  【せりふ】
「仰せのとおりで・・・」
040 大石内蔵助  「これで吉良方、それに柳沢吉保がどう出てくるかじゃな。田舎大名の一家老と軽く見るか、それとも、幕府の面子にかけて吉良討ち入りを防ごうとするか、それとも討たせるのか・・・・・。幕府の右往左往するのも見物じゃ。その出方しだいでわしらの動きも変わってくる」
041 N(供侍)   【せりふ】
「で、では・・一周忌といったのは・・・・」
042 大石内蔵助   「そうでも言わねばあの場は収まるまい。一周忌になるか、三周忌になるか、天のみぞ知るじゃ」

「見てみろ、この塩田を・・・ここまでするのに赤穂の民は心血を注いできたのだ。新製塩法を開発し、ここまでの質の高い塩を生み出し、赤穂の塩は最高の塩と日本中に言わしめるまでにしたのだ。赤穂が小藩ながらも富裕な暮向(くらしむき)ができたのもこの塩田のおかげじゃ」

「しかし、そこまでしたのは我ら武士ではない。塩田方の職人じゃ。赤穂の武士は浪々の身になっても赤穂の塩田は残る。それでよいではないか」

043 N(供侍)  【せりふ】
「しかし、配慮を欠いた御裁定ですべてを失うとは・・・悔しいものです・・」
044 大石内蔵助  「失ったのはわしら武士だけ・・赤穂の民には関わりなき事じゃ」

「ただ、わしらは武士としての意地を通さねばなるまい」

045 N  大阪湾。6月25日、京に移り住む途中、内蔵助は大阪天満の天野屋に寄った。
046 N(天野屋)  【せりふ】
「これはこれは、わざわざお越しいただいてすんまへんなあ」
047 大石内蔵助  「いや、赤穂を去り余生を送る地に向かう途中でな。長年、塩相場でやっかいをかけた挨拶に寄っただけだよ」
048 N(天野屋)  【せりふ】
「ほ、では、いよいよ江戸へ・・・・」
049 大石内蔵助  「いや、京の山科の方じゃ、隠棲するにはもってこいだからな」
050 N(天野屋)   【せりふ】
「なるほど、山科は東海道の要地でおますな。江戸、京都、伏見、大津、大阪、赤穂などと連絡を取るのに最適の地でおます」
051 大石内蔵助    「隠棲じゃよ、隠棲・・・・」
052 N(天野屋)  【せりふ】
「あ、いや、これは野暮なことを・・ハハハ・・・今夜は派手にパーッといきまっせ。パーッと」
053 N  夜、大石と供の甚助が川沿いの道を歩いている。甚助の持つ提灯の灯かりが、夜道をボーッと照らし出している。
054 大石内蔵助 「甚助、そこの桜並木の途絶えた所で橋を渡るぞ・・・先ほどからわしをつけてくる侍が数人いる」
055 N  内蔵助の合図で2人は橋を一気にかけていく。その後を追う三人の侍の姿が暗がりに浮かび上った。追っ手は手に手に刀を抜き構える。
056 大石内蔵助  「甚助、そのまま店まで駆けて行け!店に行って不和らを呼んで参れ!」
057 N  内蔵助は腰に差した長刀を引き抜き構えた。追っ手の侍達は一気に襲いかかってくる。内蔵助の鋭い剣先が侍達を次々と貫き、切り裂いていった。
058 大石内蔵助   「こやつら・・吉良の回し者か・・それとも柳沢の手の者か?・・・いずれにしろ討ち入りの件が江戸表(おもて)に届いたという証拠じゃな。用心せねば・・・・・」
059 N  敵は直ぐ目前まで迫ってきている。と感じた内蔵助は名を池田久右衛門(いけだきゅうえもん)と変えた。

6月末日、内蔵助は大阪に仮住まいをさせていた一家を連れて京都山科の里に移り住んだ。

060 奥田孫太夫(55歳) 「いい竹林(ちくりん)ですな・・・・」
061 大石内蔵助   「うむ・・・人が歩けば音が出るし、この中で刀を振り回すのは一苦労じゃからな」
062 奥田孫太夫  「ほ!刺客よけということですな?」
063 大石内蔵助  「伏見奉行に建部内匠頭(たけべたくみのかみ)がおる」
064 奥田孫太夫  「吉良の三女が嫁いでいるという建部ですな?」
065 大石内蔵助  「柳沢吉保ともつながっておる。わしらの動静は柳沢や吉良に筒抜けというところじゃ」

「・・・それを逆に利用する策がある」

066 奥田孫太夫  「どのような?」
067 大石内蔵助   「ところで江戸はどうだ。堀部安兵衛(ほりべやすべえ)はどうしておる?」
068 奥田孫太夫 「亡き殿の百カ日の法要が泉岳寺で営まれた際に新しく建てられた墓の前で、拙者と安兵衛らは殿の無念を晴らすと誓い申した」
069 大石内蔵助   「それはよいな、さらに声高に吉良を討つと騒ぎ回ってくれ」
070 奥田孫太夫  「その点は拙者も安兵衛も抜かりはありませぬ」
071 大石内蔵助  「具体的な噂話を流してほしい。吉良が賄賂まみれだったというのをな。これが策だ・・・・」
072 奥田孫太夫   「は、それはどういうことで?」
073 大石内蔵助  「浅野の殿が賄賂を贈らなかったために吉良にひどい仕打ちを受けた・・・・そういう噂を流して江戸の民を見方につける。幕府は黙っていられまい。自分たちの起こした失政を暴かれてしまった気になろう。さすれば大学様の御家再興が早まるかもしれんゆえにな」
074 奥田孫太夫   「たしかにあり得ますな・・・」
075 大石内蔵助  「湯屋、髪結い床。射的場、芝居茶屋などで吉良のあくどいやり口を誇張して話せ」
076 奥田孫太夫   「なるほど・・」
077 大石内蔵助  「たとえば、吉良は賄賂の金で日夜、酒池肉林。若い女を3人、5人と囲っているとか。浅野の殿の賄賂の額が少なかったため、わざと間違った予定を教えてねちねちと苛めたとか・・・・じゃな」
078 奥田孫太夫   「ほう、ようそこまで考えられますな」
079 大石内蔵助  「やるとなれば徹底してやる!それが肝心じゃ・・・ははは・・・・」
080 N  柳沢邸。夜、柳沢吉保と色部又四郎が部屋の中央に座って話している。
081 柳沢吉保  「赤穂開城の前、誓紙血判をして70余名が浅野内匠頭の一周忌に吉良を討つと誓ったそうな」
082 色部又四郎  「その件は小耳に・・・・」
083 柳沢吉保  「どうみる、この情報を?」
084 色部又四郎 「どう・・と申しますと?」
085 柳沢吉保  「吉良邸は江戸城の郭内(くるわない)にあるのだぞ。そこを襲って敵を討つということは、江戸城に弓を引くことにならないか?」
086 色部又四郎 「ということは、幕府を敵に回して戦うということで・・・・70名程度では無謀・・・・」
087 柳沢吉保  「大石ならやるまいな・・」
088 色部又四郎 「では目的は別に?・・・あるいは吉良様を討つ、討つと世間に流布し幕府に圧力をかけ・・・」
089 柳沢吉保  「そう・・御家再興を目論んでいるのだろう」
090 色部又四郎 「その目はあり得るのですかな?」
091 柳沢吉保  「ない。53,000石を取り潰した。しかも赤穂の塩田付きでだ。たとえ5,000石であっても取り立てることはない。上様の心も同じだ」
092 色部又四郎 「では、どういたしますので?」
093 柳沢吉保 「そちの藩に任せる」
094 色部又四郎 「米沢藩にですか?」
095 柳沢吉保 「そうだ。吉良の屋敷を本所に替えさせる」
096 色部又四郎 「え、本所・・江戸城の外に?」
097 柳沢吉保 「そうだ、そんなに赤穂の者どもが討ちたければ討ちやすいようにお膳立てしてやろうというのだ。これで討たなければ赤穂の者どもは物笑いの種になろう」
098 色部又四郎 「もし・・討ったならば?」
099 柳沢吉保 「武家諸法度に違反したかどで即刻、召し捕り死罪に処する」
100 色部又四郎 「それを防ぐのが我が藩の役目というわけですな」
101 柳沢吉保 「いや、防ぐ防がぬは色部・・そちの心しだいじゃ。ただ大石に吉良を討つ気持ちは十分にあるとみた。試しに刺客を放ってみたのだ。見事な刀捌(かたなさば)きで一刀のもとだ。鍛えているぞ、昼行灯と呼ばれながらな・・・」
102 色部又四郎 「なるほど・・」
103 柳沢吉保 「ふ、たかが田舎の家老の浅知恵・・・底は見えておるわ」
104 8月19日、吉良上野介は江戸城内、呉服橋門内から本所松坂町に移転を命じられる。

10月20日、大石内蔵助は、吉良の屋敷替えを聞いて京を出立した。表向きは『亡き殿の墓参』であった。

11月3日、江戸に着いた内蔵助は芝の口入れ屋、前川忠太夫(まえかわちゅうだゆう)の家を宿にした。

105 堀部安兵衛(32歳) 「御家老、江戸の住民は、皆、赤穂浪士の討ち入りを今か今かと待ち受けておりますぞ」
106 大石内蔵助 「ふむ・・」
107 堀部安兵衛 「それに応じて、吉良の周りは江戸に呼ばれた上杉家の屈強な武士が護っています。さらに警護に多数の浪人者も雇いはじめているとか」
108 大石内蔵助 「それは好都合!」

「用心されるほど攻め甲斐があるというものじゃ。警護のない吉良を討っても民衆はよくやったと誉めてくれまい」

109 堀部安兵衛 「なるほど・・・・」
110 大石内蔵助 「よし、江戸表の同士を呼び集めてくれ」
111 堀部安兵衛 「いよいよですか!」
112 大石内蔵助 「うむ、機は熟しつつある・・・」
113 11月10日、堀部安兵衛以下14名が前川邸の離れに集まった。
114 大石内蔵助 「よいかっ、やらねばならぬことがたくさんある。まず、吉良上野介の顔だ。見知っておる者がいるか?」
115 内蔵助の問いかけに、一同顔を見合わせ、互いの返事を待った。
116 大石内蔵助 「ははは!わしも知らん。顔も判別できねば討ち入っても吉良を討ち取ることはできまい」
117 奥田孫太夫 「なるほど・・・・」
118 大石内蔵助 「まず、吉良の顔を見分けられる者を探せ。そしてその似顔絵を描かせろ。それに吉良邸の見取図を何としても手に入れたい」
119 N(同志) 【せりふ】
A:「うむ、松坂町に建てている吉良邸は要塞のようなものらしいぞ・・図面はぜひ必要だな」

【せりふ】
B:「最後の普請の最中らしい・・大工を丸め込めば手に入るかもしれん・・・」

120 大石内蔵助 「さらに、もう一つ。武器の調達じゃ。こちらは目立たぬよう集めてほしい」
121 堀部安兵衛 「そうだった。敵の防備を打ち破るには、こちらもそれ相応の備えがいるぞ」
122 大石内蔵助 「それらがすべて揃った時を討ち入りの時と考えておる。異議のある者はおるか?」
123 一同、異議を唱えるものはなく、皆、心を一つに固めたのだった。
124 大石内蔵助 「よいかっ、これは合戦である!心してかかれっ」
125 泉岳寺。11月14日、内匠頭の忌日(きじつ)に泉岳寺で法要が行なわれる。同日、内蔵助は亡き内匠頭の未亡人、瑤泉院(ようぜいいん)に会い墓参を報告した。

11月23日、内蔵助は江戸を立ち京に向かった。

12月12日、上杉邸。

126 色部又四郎 「吉良上野介様の隠居願いが認められるとは・・・!」
127 N(吉良家用人) 【せりふ】
「養子、善周(よしちか)様に家督を譲られ、上野介様はどこにでも行けるようになったということです。上杉家の国表(くにおもて)に行くことも・・・」
128 色部又四郎 「確かに、米沢にお送りすることもできよう・・・しかし、赤穂浪人にとっても幕府に遠慮することなく吉良様を討ち果たせるということにもなる」

「江戸を離れて移動するとき、どこで襲われるかしれませんぞ」

129 N(吉良家用人) 【せりふ】
「お・・脅かさんで下され・・・」
130 色部又四郎 「禍根は根元から断たねば効き目はありません。赤穂浪人を束ねているのは元家老の大石内蔵助・・」
131 N(吉良家用人) 【せりふ】
「斬りましょう、そやつを・・・幸い吉良邸にはそのために飼っている浪人どももおりますから・・」
132 吉良家用人は、そそくさと上杉邸を後にした。色部又四郎は用人の後ろ姿を苦々しい顔で見送っていた。
133 色部又四郎 『愚かな・・・上野介様を預かるなどできるか。下手をすると上杉15万石がお取り潰しにされてしまうわ・・・!』
134 夜陰に乗じて、内蔵助の屋敷をうかがう3人の黒装束の男たちがいる。

男たちは一斉に、雨戸を断ち切り中へ侵入を試みるが、屋敷の中から槍を手に飛び出してきた内蔵助によって、あっという間に刺し抜かれ倒されていった。

135 大石内蔵助 「この者ら吉良に雇われた者だろう・・供養しておいてやれ」
136 京都遊郭、撞木町(しゅもくまち)。この襲撃の後、内蔵助は吉良方の目を欺くため放蕩三昧(ほうとうざんまい)をはじめていた。場所も島原や祇園、伏見の撞木町と京の遊郭すべてに及んだ。

内蔵助の山科の屋敷。通称、山科会議。

137 大石内蔵助 「3月14日の殿の御命日に決行したきことなれど、あらゆる情報が不足している」

「まず、吉良の顔を知る者が未だおらぬ。また、吉良邸の図面が手に入らぬ。そして武具の調達がままならぬ。このまま討ち入っては8割方し損じることになろう。企てを成功させるためには決行を先延ばしせざるを得ない」

138 元禄15年2月15日。内蔵助の山科屋敷において旧赤穂藩士が集まり、浅野大学の処分を待って遅くとも3回忌までに討ち入り決行することを確認した。

4月中旬。内蔵助は妻、りくを離別して豊岡の実家に帰らせた。討ち入り決行に向けての準備に本格的に取り組み始めたのである。

同じ頃、吉良邸探索のため、内蔵助は神崎与五郎(かんざきよごろう)を江戸に向かわせていた。

7月24日、江戸の吉田忠左衛門(よしだちゅうざえもん)からの手紙で、18日浅野大学が閉門を解かれ広島藩、松平綱長(まつだいらつななが)にお預けになった旨が知らされた。

139 大石内蔵助 「な・・・何と!・・すべてが徒労に終わった・・・・御家再興の道は途絶えた・・・・」
140 7月28日。京都、円山(まるやま)重阿弥(じゅうあみ)。通称、円山会議。ここで吉良邸討ち入りの決起集会が開かれた。
141 大石内蔵助 「この度、御公儀の御沙汰で大学様はお預けとなった。もはや御家再興の道は途絶えた。かくなる上は亡き殿の御無念を晴らすだけである。皆も10月までに一切を整理してそれぞれ江戸に下られたし」

「おのおの方、今日は決起の誓いとして心ゆくまで飲まれい」

「運命に任せてここまで来たが、運気は悪しき方に進んでいるように見える。これからは運命(さだめ)に逆ろうて生きてみるか?・・吉と出るか凶とでるか・・・はたまたそれも・・・・運命(さだめ)か・・・・?」

劇 終

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