翔んでる警視
原作:胡桃沢耕史
作画:いつきたかし

第1話:殺人ジョーのアリバイ

001 警視庁、捜査一課。とんでもない刑事が配属されてきた。
  〔せりふ:刑事〕
「なんだ・・あの若造は・・・。随分と態度のでかい、お坊ちゃんだな」
  〔せりふ:捜査一課課長〕
「おはよ。・・諸君、紹介しよう。本日から本課に配属となった岩崎警視だ」
  岩崎 「岩崎白昼夢(いわさきさだむ)。白昼夢と書いて”さだむ”と読みます」
005 〔せりふ:捜査一課課長〕
「あ・・え・・え〜と・・・彼は去年、東大を出たんだが公務員上級試験を3番で通った秀才でな、本来なら文句無しに大蔵省入りのところを、特に本庁を希望し、しかも殺しの捜査を希望してきてくれたんだ」
  高力 「なるほど・・超の付く特進組(キャリア)っちゅうわけですか。・・フン、学問で犯人を挙げられりゃ苦労ないですなァ」
  志村 『あの歳で課長と同じ警視殿か・・・ウフッ・・当然独身よね」
  東西銀行に銀行強盗が押し入った。機関銃を片手にカウンターの上で仁王立ちしている。
  山崎 「動くなーーッ!一歩でも動いた奴は殺す!」

「ネエちゃん、この袋にありったけの札束入れてもらおうか・・・さっさとしろ!!」

010 行員が警報ボタンを押そうと、そっと手をカウンターの下へ伸ばす。その時、犯人の持つ機関銃が火を噴き行員が血だるまになった。
  山崎 「バカめ!」

「・・ご苦労!ヘヘッ・・お礼に一発やってやりてえが、あいにく時間がないんでな。代わりにこいつで我慢してくれや」

  犯人の持つ機関銃の先がぬっと行員の前に突き出された。

翌日の新聞に『白昼堂々の銀行強盗、1億8千万奪われる。行員3名を射殺!!』と大きく報じられた。
警視庁、捜査会議。捜査の状況を刑事たちが報告している。その席上で岩崎がおもむろに席を立った。

  岩崎 「チョークを貸してくれ」
  岩崎は黒板に『東京都福生市(ふっさし)生れ。通称ジョーこと山崎譲次24歳』と書いた。
015 岩崎 「この男が犯人です」
  〔せりふ:捜査一課課長〕
「岩崎君・・・・?」
  岩崎 「私の手口範例用コンピューターの出した結果です」
  高力 「バカな!コンピューターで犯人がわかるなら刑事(でか)はみんな失業だ」

「警視殿・・刑事ってのはな、現場100ぺん、足が折れるまで歩きまくって犯人(ほし)を挙げるもんですぜ」

  岩崎 「そう、ボンクラのデカはね」
020 高力  「なに〜〜〜!!」
  高力(こうりき)デカ長の拳に力がこもる。
  〔せりふ:刑事〕
「た・・確かに警視の犯人だと言う男は通報のリストには入っています。しかし、報告によるとアリバイが・・」
  岩崎 「海外旅行ですよ!ジョーは事件の起こる10日前から香港に行きまだ帰ってない。香港のミラマホテルで女とのんびり遊んでいるそうです」
  高力 「ガハハハ!てことは、香港から腕を伸ばして荏原(えばら)の東西銀行にマシンガンをぶっ放したわけですか」
025 岩崎 「高力デカ長、コンピューターは正確無比だが作られたアリバイは必ず崩れるもんだよ」
  高力 「面白え!お手並み拝見しましょう。だが、後で吠え面かきなさんなッ!!」
  岩崎 「課長、私に10日、時間をください。それと、2人ばかり専従としてお借りしたいのですが」
  〔せりふ:捜査一課課長〕
「わかった、君のいいようにしたまえ」
  そうして、2名の刑事が岩崎に紹介された。
030 進藤 「進藤です」
  志村 「志村みずえです。よろしくお願いします」
  岩崎 「うむ、それじゃ外でコーヒーでも飲みながら打ち合わせといこうか」

「志村婦警は私服に着替えなさい」

  志村 「はい!」
  ホテルの最上階ラウンジ。岩崎達はカウンターに並んで座っている。
035 進藤 「警視殿・・・こんな所でコーヒーとは・」
  岩崎 「そうかい?じゃ、一杯飲もうか」

「ボーイ君、レミーマルタン、ダブルで3つ」

  進藤はあっけにとられて口をアングリと開けている。
  岩崎 「進藤刑事には、これからすぐに香港へ飛んでもらう。商社マンになしすまして、ジョーにできるだけ接近するんだ」

「志村婦警は私と一緒にシンガポールへ行く」

  志村 「あのう・・・海外旅行はとっても嬉しいんですけど・・私、パスポートが・・」
040 岩崎 「手配しといたよ。志村君、言っておくが遊びに行くんじゃない。ジョーのアリバイ崩しのためだ。いいね」
  志村 「わ・・わかっています」
  岩崎 「さあ、凶悪犯逮捕の前祝いだ。乾杯しようか」
  進藤 「はあ・・・警視殿・・高いんでしょうな、この酒・・?」
  岩崎 「一杯一万て、とこかな。どうかしたかね?」
045 志村 「どうかしたかって。そんな金額、経理に請求したらとんでもないですわ」
  岩崎 「フハハハハッ!刑事(でか)のくせにケツの穴の小さい連中だな。こりゃ人選を誤ったかな」

「心配するな!今回の捜査の費用の一切は私が持つ」

「親父が馬鹿な金持ちでね・・フフッ・・・」

  シンガポール空港。空港出口に若い女性が岩崎達を待っていた。
  メリー 「ハ〜〜〜イ、サダム!!」
  志村 「なんなの、あの女?」
050 メリー 「ウフン・・・また逢えて嬉しいわ。サダム」
  女は岩崎にかけより、親しげに頬にキスをする。その様子に志村婦警がちょっとむくれた。
  岩崎 「紹介しよう志村君。昨年インターポールの研修で一緒だったシンガポール警察のメリー・王(ワン)警部だ」
  志村 「志村みずえ、です」
  メリー 「ヨロシク!」
055 岩崎 「早速だがメリー、クァン老人の所へ案内して欲しいんだが」
  メリー 「オッケイ!行きましょ」
  志村 「警視殿、クァン老人て何者ですか?」
  岩崎 「国際偽造グループのボスだ」
  志村 「偽造グループ・・・?」
060 岩崎 「ジョーは偽造パスポートを使ったんだよ。間違いない」
  メリー 「サダム、もうすぐ着くよ」
  車はクァン老人の家の前に停車した。
  クァン 「何が欲しいんだね、ゴッホ、それとも歌麿かね?」
  岩崎 「私の欲しいのは情報だ。香港にいるあなたの手下の名前と住所が知りたい・・一番の腕利きがいるはずだ」
065 クァン 「あんたら刑事(でか)かね?まあ、いい・・教えたとして報酬は?」
  岩崎 「いくら欲しいんだ?」
  メリー 「うふっ、サダム、金じゃ駄目よ」
  クァンはいやらしく笑い、舌なめずりをする。その前でメリーが洋服を脱ぎ始めた。
  岩崎 「なるほど・・金は腐るほどあるってわけか」
070 志村 「け・・警視ッ・・いいんですか!?」
  岩崎 「金より女だって言うんだから、ここはひとつメリーの厚意にあまえようじゃないか」
  メリー 「さぁ、ベッドに行きましょうか。おじいちゃま」
  メリーは下着姿でクァンの前に立った。その豊満な姿態が老人の目の前に惜しげもなくさらされる。
  クァン 「ムフッ・・なかなかのグラマーだ。せっかくだが私はそっちの日本の女を抱いてみたい」
075 志村 「なんて言ったんですか・・警視?」
  岩崎 「メリーより君を抱いてみたいそうだ」
  志村 「え〜〜〜っ!?・・そ・・そんなぁ・・!」
  あまりの事にあたふたする志村婦警の心を岩崎のぐさりと突き刺さる言葉が襲った。
  岩崎 「エロじじィめ・・しかたない、志村君頼むよ」

「まさか28にもなって処女ってわけでもあるまい?」

080 クァン 「ムヒヒ・・・・嫌なら帰るんだな!」
  志村 「警視・・その情報で必ずジョーを逮捕できるんですね?」
  岩崎 「そういうことだ」
  志村婦警の肝っ玉が座った。大和撫子の意気の見せ所である。
  志村 「わかりました。やります!」
085 N  岩崎とメリーを残してクァンと志村が別室へ入っていった。部屋で志村が服を脱ぎ、クァンにその体を預けている。クァンは志村の体を前から抱きしめ、その白い艶やかな肌にザラザラとした舌をはわせる。
  クァン 「ムフフフッ・・なんてすべすべした肌なんだ・・それにこの弾力・・・。ピンクの乳首・・・たまらんわィ」
  クァンの舌が執拗に志村の胸を舐めまわす。ピチャピチャと音をたて舌が這い、生暖かいよだれが志村の肌を流れた。
  志村 「や・・やっぱやだァ!やめてーーッ!」
  しばらくして服を着た志村婦警が部屋に戻ってきた。
090 志村 「警視・・・住所と名前です」
  岩崎 「ご苦労さん。よし!行こうか」
  再び岩崎の無神経な言葉が志村の心を逆撫でした。
  岩崎 「志村君、どうだったね。老人とのセックスは?」
  岩崎達は香港へと向かうジェットの中にいる。。
095 志村 『あのじじィ、立ちもしないくせに女を抱こうなんてどうかしてるよね、まったく。・・・ま、おかげで私の処女は助かったけど・・』
  香港のホテルのロビー。入ってきた岩崎の姿を見止めて進藤が岩崎を呼んだ。
  進藤 「警視!・・万事ご指示通り運んでいます。こちら香港警察の張(ちょう)警部です」
  岩崎 「岩崎です。お世話になります」

「ところで警部、この場所へ案内していただきたいのですが」

  岩崎が小さな紙切れを張警部に見せる。
100 〔せりふ:張警部〕
「わかりました。すぐ参りますか?」
  岩崎 「ええ、お願いします」

「君はチェックインして夕方まで部屋でゆっくり休みなさい」

  志村 「え・・でも・・いいんですか?」
  岩崎 「いいとも、後で大事な仕事を用意してあるんだよ」
  志村 「大事な仕事・・・?」
105 岩崎 「ああ、君と僕は夫婦ってことで予約してあるからね」
  部屋でシャワーを浴びている志村。その時ドアのベルが鳴り旦那さまからだと、荷物が届けられた。
  志村 「旦那さま・・?・・あ・・そう、どうもありがとう・・」
  箱には手紙が添えてあった。
  岩崎 『シンガポールのお詫びだ。良く似合うと思うよ。岩崎・・』
110 志村 「わあ〜〜素敵なドレス。指輪や靴も入ってるわ!」

「ウフフッ・・似合う、似合う、フフフッ・・旦那さま・・か・・・」

「・・・・・あ、・・やだ・・・シルクの下着まで・・・さすが警視殿、やる事が徹底してるわね・・いいわ、ジジイの事は許してあげる・・」

  部屋の外で岩崎と進藤がタキシードに身を包んで待っていた。
  志村 「お待たせ!」
  進藤 「へ〜〜〜っ、こりゃ驚いた。エリザベステーラーかオードリーヘップバーンだね」
  志村 「もう、進藤さんたら古いんだから」

「警視、似合います?」

115 岩崎 「香港の金持ちの2号にでも売れそうだな。帰りに一儲けして行くか」
  志村 「まっ!・・・許せないッ、人身売買予備罪で逮捕しますわよ!」
  岩崎 「聞いたかね、進藤君?」
  進藤 「逮捕されるのはごめんですな、逃げますか?」
  志村 「・・・ま・・・・待ってよ!」
120 静かなホテルのバー。ジョーを待つ岩崎以下、志村、進藤刑事たち。
  志村 「ジョーを誘惑するだけでいいんですね?」
  岩崎 「ああ、奴は凶悪だ。人のいる所じゃアクシデントが起こる可能性があるからね」

「・・・さあ・・来たぞ・・・」

  入口をじっと見つめる3人。ジョーがチャイナドレスに見を包んだ女を連れて入ってきた。ジョーは進藤を見つけて親しく話し掛けてきた。
  山崎 「やあ、進藤さん」
125 進藤 「山崎さん、ちょうど良かった。うちの社長夫妻が着いたのでご紹介しますよ」
  山崎 「そうですか・・・・ハネムーンですって?」
  岩崎 「ええ、それと、支店開設の準備に来ました。ぜひお力添えを」

「妻のみずえです」

  山崎 「山崎ジョージです。よろしく」
  志村 「こちらこそ」
130 岩崎 「ここで、ご一緒しませんか。お近づきのしるしに・・・・」
  ピアノの静かなメロディが流れる。岩崎がすっと動き、ジョーの連れてきた女を誘った。
  岩崎 「一曲お願いできますか?」
  山崎 「では、私達も・・・・さあ!」

「僕はしばらくに日本に帰ってないので、こうして日本の女性と踊ると胸がときめきます」

  志村 「お上手おっしゃって。あんなお美しい方とご一緒なのに」
135 山崎 「あれは金で買った女です。奥様とは比べるのも失礼だ」

「はっきり言います。僕は一目で奥様が好きになりました」

  志村 「えっ・・そんな・・」
  山崎 「ご主人を愛してらっしゃるんですね」
  志村 「よくわかりませんわ。あの人浮気者ですし・・今夜だって、私を置いてどこかへ遊びに行くらしいの・・・私、ひとりぼっちで淋しいわ」
  山崎 「そうですか。よろしかったら僕が・・・」
140 志村 『掛かったわよ警視!』
  志村が岩崎に目配せした。

203号室。ドアの前に立つジョー。手にはワインの瓶を持っている。ドアのチャイムを鳴らす。奥から志村の声がする。

  志村 「どうぞ、鍵、開いてるわ」
  山崎 「どこです奥様?」
  岩崎 「山崎ジョージ。銀行強盗および殺人の容疑で逮捕する!」
145 驚くジョー。目の前に張警部が拳銃を片手に立っている。その横にはテープで口をふさがれ、後ろ手に縛られ椅子に座らされている男がいる。
  岩崎 「その顔に見覚えがあるだろう。お前がニセのパスポートを作らせた男だ」
  山下 「奥様はデカってわけ・・・・知らんね。銀行強盗だのニセパスポートだの」
  岩崎 「陳独明(ちんとくめい)・・・日本の入国管理局に電話したら、この陳独明という人物は、8月2日の朝6時の飛行機で入国。そして同じ日のよる8時に出国。午後2時に東西銀行、荏原(えばら)支店のカウンターの上に乗る事は充分出来たわけだ。現場での目撃者は何人もいる。観念するんだな、陳独明さん!」
  山下 「フッ・・ハハハッ!おもしろい、そのニセパスポートとやらをぜひ見たいもんだな刑事さん」
150 岩崎 「そんなに見たけりゃ見せてやるよ」
  山下 「なにッ!?そんな・・・焼き捨てたはずだぞ!?」
  岩崎 「甘いなジョー。偽造屋は後で脅されたり、当局に締め上げられた時のお詫び用に必ずスペアーを作って取っておくもんだ。出入国のイミグレのスタンプも書き込んどいたよ」
  山下 「き・・汚ねーぞ・・・・ちきしょう!」
  ワインボトルが張警部へ飛んだ。それは腕に当たって砕け散りワインがあたりに飛び散った。
155 岩崎 「逃がすな進藤君!」
  逃げるジョーの前に立ちふさがろうとしたその時、志村の足がジョーの足を引っ掛けた。前のめりにジョーが倒れる。進藤が押さえ込み手錠をかけた。
  進藤 「おみごと!」
158 志村が岩崎を見返し、にこっと笑った。

事件は無事解決。岩崎達は機上の人となり、100万ドルの夜景を見下ろしながら香港を飛び発って行った。

劇 終

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