東京ゴッドファーザーズ

その他女性役(被り役)


「あら! マリア様がバージンでご懐妊するくらいだもの!」

アタシだってママになれる! 奇跡を夢見る“男”・ハナちゃんの屈強な想いに神様が根負けしたのか、聖夜のゴミ溜めに天使のような赤ん坊が現れる。

神様からの贈り物(?)に狂喜乱舞のハナちゃん、警察に行けとドヤすギンちゃん、くいぶち心配してブゥたれるミユキ。

人生捨てたくせにやたらイキの良いホームレス3人組は拾った赤ん坊に導かれ、
因縁と宿命渦巻くドタバタ街道をあっちへコロコロこっちへコロコロ転がって行く……。

001 教会で聖誕劇が行なわれ、それに続いて牧師の話が始まる。
  《せりふ:牧師》
「イエス様が飼い葉桶に寝かさせられたことは、つまり居場所が無い人間たちに救いを・・・心の救いをもたらすためだったのです!」

「人間、居場所がないことほど辛いことはありません!しかし世の中には自分のいる場所を持てない人がたくさんいます!」

  ギン 「よぉく知ってら」
  《せりふ:牧師》
「大変な孤独感の中で『あなたにいてほしい』そう誰かに言ってもらいたい!」
  ギン 「おれぁいいや」
  ハナ 「黙りなさいよちょっと」
  《せりふ:牧師》
「イエス様は孤立した者に生きる場所をつくりだすためお生まれになったのです!」
  教会の外で、ホームレスたちに炊き出しが行なわれている。その列の中に、ギンとハナも並んでいた。
  ギン 「もろびとこぞりて飯の列だ」
010 ハナ 「もろびとこぞりて迎え祭れよ。学が無いわねギンちゃん」
  ギン 「タマの無ぇオカマよりは常識があるぜ」
  ハナ 「アタシのは神さまのほんのミステイク!」

「でもアタシのココロは誰よりも女!」

  ギン 「女は子供を産むもんだぜ」
  ハナ 「あら!マリア様がバージンでご懐妊するくらいだもの、オカマにだって奇跡が起きるかもしれないわよ」

「あ・・大盛りにしてちょうだい」

「何せ二人分の栄養が必要なのよ、ア・タ・シ・・・」

  ビルの屋上、ミユキが下にいる連中に唾を吐いている。屋上の床には唾を吐きかけた回数がしずくの形で書き連ねられている。
  ミユキ 「ざまあみろ」
  ハナ 「ミユキちゃん」

「さあさあお食事よ」

  パンをかじり汁をすするミユキの格好をハナが見とがめた。
  ハナ 「ちょっとミユキちゃん。股は閉じなさいよ。一応女なんだから」
020 ミユキ 「一応じゃねえよ」
  ハナ 「もう、すぐこぼすしもったいない!」

「ただパンを食べるんじゃないの。パンを作った人運ぶ人。多くの人の愛をいただくのよ、あんた」

  ミユキ 「宗教にかぶれるとこれだからイヤなんだ。アキコそっくり」
  ハナ 「誰よ?アキコって」
  ミユキ 「アタシを生んだ人」
  ハナ 「まぁ!実の母親を呼び捨てにして!」
  ミユキ 「うっせーなくそジジイ」
  ハナ 「くそはいいけどジジイは許さないわよッ」
  ミユキ 「イッテエエよ!・・この・・くそ・・・」

「バ・・・バア」

ギン 「ったくピーピーうっせぇ雛鳥だな・・エ?テメエでエサもとれねえくせによ」
030 ミユキ 「社会におんぶの抱っこのオッサンが言えたセリフか!」
  ギン 「へ!その俺たちにおんぶに抱っこのお前はゴミ以下だぁ・アハハハ」
  ミユキ 「そういうのを目糞鼻糞を笑うって言うんだ」
  ギン 「ッチ・・口のへらねぇガキだなこのっ!」
  ハナ 「もう!クリスマスくらい仲良くしてちょうだいッ!」

「あ、そうだ!ミユキちゃんにプレゼントがあるのよ!」

  集合マンションのゴミ捨て場、たくさんのゴミ袋が雑然と並ぶ中をハナが探し回っている。
  ハナ 「無いわねぇ・・”世界こども文学全集”全20巻」
  ミユキ 「そ・・・そんなもん要るか!」
  ギン 「ハナがせっかく探してんだぞ。クリスマスプレゼントも無しじゃ家出娘が可哀相だってよ」
  ミユキ 「アタシは好きで家出してんの」
040 ギン 「半年も路上で暮らしゃあ、立派なホームレスだ」
  ミユキ 「その気になれば帰れるうちがあるもん」
  ギン 「そう言ってて、その気になった奴なんかいねぇけどさ」
  ミユキ 「そりゃああ、おっさんだろ!」
  ミユキの投げた本がギンの顔にヒットする。
  ハナ 「まぁ何てことするの!?ドストエフスキーに!!」
  ギン 「今日という今日は許さねぇぞ!」
  ミユキ 「親にも叩かれたことないのに〜〜!!」
  ギン 「だから替わりに叩いてやってんだ!!」
  ミユキ 「マジに!なるなよ!大人の癖に!!」
050 ハナ 「怪我しないでよ」
  ギン 「ガキが大人をなめるなよ」
  ミユキ 「ガキじゃねぇよ!!」
  ギン 「こんな薄っぺらいオッパイして何言ってやがる!」
  ミユキ 「この〜ドスケベ!セクハラオヤジ!!」
  ハナ 「いい加減にしなさい!!」
  もつれあうギンとミユキの耳にも、そしてハナの耳にも赤ん坊の泣き声が聞こえた。
  ギン 「おぎゃあ?」
  ゴミ袋の下に赤ん坊が居た。
  ギン 「こいつは・・」
060 ミユキ 「捨て子だ!」
  赤ん坊の名前も素性もわかるものは何も無かった。ただ、紙の切れ端に走り書きで『子供を頼みます』と書いてあるだけだった。
  ギン 「やれやれ・・・世も末だな」
  ハナ 「あらあら女の子じゃないの!名前は何ていうのかしら?」
  ギン 「名無しの権兵衛だよ」
  ハナ 「女の子よ!失礼でちゅねぇ」
  ギン 「俺ぁこんな生活を始めたのが・・30・・いくつかの時だった」
  ミユキ 「はあ?」
  ギン 「生れた時から家のねえ赤ん坊に比べれば、まだましだと思ったのよ」
  赤ん坊の入っていた籠の中に、ロッカーの鍵をミユキが見つけた。
070 ハナ 「おお!よしよし。すぐにあったかいおうちに連れて行きまちゅからねぇ」
  ギン 「警察はあっちだぞ、おい・・・?」
  ハナ 「この子は神様が下さったクリスマスプレゼント!私たちの子供よ!」
  ギン 「エ?」
  ミユキ 「エ?」
  ギン 「待てよおい!連れて帰ってどうすんだよ!?」
  ハナ 「これは神様の思し召しよ」
  ミユキ 「親が戻ってくるかもよ」
  ハナ 「この寒空にいたいけな幼子を捨てる親がどこにいんの!」

「そんなのは親じゃない!鬼よ!」

「清子はね。アタシたちに見つけてほしかったのよ」

  ギン 「キヨコ?・・・キヨコ!?・・なんでキヨコだよ!?」
080 ハナ 「命名したの、清しこの夜の、き・よ・こ」
  ミユキ 「ダッサ」
  ギン 「キヨコはいい名前だろーが」
  ミユキ 「何で力むのよ?昔の女?」
  ギン 「バカヤロー!・・って、そういう問題じゃねえよ!」

「名前付けてどうすんだよ!?犬や猫の子じゃねぇんだぞ!」

  ハナ 「だからうちに連れてくの」
  ギン 「段ボールの家にか!?」
  ミユキ 「狭くなるじゃん!」
  ハナ 「一生に一度歩かないかの出会いなのよ!」

「ちょっとぐらい母親の気持ちにさせてちょうだい!」

「あ・・・一句出来たわ・・・」

「幼子の頬に粉雪きよしこの夜」

  都庁前の公園に段ボールハウスが並んでいる。その中の一角から赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。
090 ハナ 「ベロベロバアーッ!!」

「何かしら、何が気に食わないの?」

  ミユキ 「うっぜぇなぁ」
  ギンが大きくため息をついて赤ん坊を抱き上げる。
  ハナ 「ちょっと・・」
  ギン 「よしよし、こいつはママじゃなくてただのオカマの浮浪者でちゅからね」
  ハナ 「清子の前で変な言葉は使わないでちょうだい!」
  ミユキ 「だいたいこんなところで赤ん坊の泣き声がしてる方が変じゃん」
  ギン 「すぐにお巡りさんのところにちゅれていきまちゅからね」
  ハナ 「清子はどこにも行かないでちゅよねぇ!」
  ギン 「バカヤロー!!ちゃんと警察にちゅれてくんだよ!」
100 ミユキ 「大声出ちゅなよオッサン!泣きやまないじゃん!!」
  ハナ 「どうちて泣きやまないんでちゅか?お腹がちゅいたんでちゅか?よしよしよしよし」
  ミユキ 「病気かもしれないじゃあん」
  ハナ 「う・・・ぐふぁうぐぐ・・・あうう・・あううぅぅ・・」(泣く)

「明日・・・明日になったらきっと届けるわよ・・・」

「だって今届けたら毎とち毎とち、楽ちいはずのクリチュマチュが・・この子の人生最悪の日になっちゃうんでちゅものぉ!!・・うわわぁぐぁぁん・・(泣く)」

  ギン 「おむちゅ・・・オムツかもしれねぇな」
  慣れた手つきでオムツの交換をギンがしている。赤ん坊も気持ち良いのか泣きやんでいた。
  ギン 「ハナ、お湯を沸かしな、ミルクの用意だ」
  ミユキ 「チョットォ!おっさん、なあに寝返ってんのよォ!」
  ハナ 「ミユキちゃん、お水買ってきて!私の天使に水道水なんか飲ませられないわ!!」」
  ミユキ 「なんであたしが!?」

「何が働かざる者食うべからずよ!ホームレスのくせに」

110 ギン 「今日一日だぞ、明日になったら、必ず警察に届けるんだからな」
  ハナ 「ギンちゃん、天涯孤独なんかじゃなかったのね?」
  ギン 「結婚してたこともあったさ」
  ハナ 「子供・・いたの?・・あ、ヤメテヤメテ・・聞かない、聞きたくないわ、身の上話なんか」
  ギン 「子供のことを忘れたことは一度もねえ・・自分の命より大事だと思ったモノは他にねぇさ・・・」」
  ハナ 「息子さんだったの?」
  ギン 「いや・・」
  ハナ 「いくつになるの?娘さん?」
  ギン 「今年21か・・・考えてみりゃ、ミユキよりもう5つも6つも大きいんだな」
  ハナ 「そんな大きな・・・」
120 ギン 「生きてたらの話よ」

「今でいう出来ちゃった結婚ってやつで、俺が20歳の時だ・・そりゃ嬉しかった・・」

「目の中に入れても痛くねぇってのはウソじゃねぇと思ったよ・・・ところが娘は難病を抱えていてな・・治療費がなんとも高いときやがる・・当時の俺はちょっとは鳴らした競輪選手だったんだぜ」

「それでなんとか治療費を作ろうと思って・・」

  ハナ 「八百長!?」
  ギン 「あぁ・・・・知り合いのチンピラに持ちかけられてよ、ところが・・・八百長はバレるは、選手資格も剥奪、娘はあっけなく逝っちまった・・・」

「それからってもの働く気力は無くなる、おまけに女房はまるで娘の後を追うみたいにな・・」

  ハナ 「そんなっ・・」
  ギン 「ヘッ・・・こんな男の出来上がりってわけさ」
  ハナ 「聞きたくなかったわ・・そんな悲しい歴史」
  ミユキ 「あ〜〜ったく寒かった!!」
  ギンが腕にミルクを哺乳瓶からたらして温度を測っている。
  ハナ 「あら、慣れたもんね」
  ギン 「まぁな」
130 ハナ 「あ・・あげるわよミルク」

「夢が叶うのね・・・アタシ、可愛い女の子のママになりたかったの」

「それが夢だった・・あったかい家庭と可愛い娘・・・」

「旦那はね、どんなヤドロクだろうとさ、子供がいてくれたらきっと貧乏したってやっていける」

  ギン 「早くやれよ!かわいそうに」
  赤ん坊は無心に哺乳瓶の乳首に吸い付いた。
  ハナ 「可愛いわねぇ・・世界で一番可愛い子よ、きっと」
  夜が静かに更けていった。
  ギン 「グ〜〜グォ〜〜〜」(いびき)
  気持ちよく寝ているギンをミユキが足でこずいて起こした。
  ギン 「な・・なんだよ・・」
  ミユキ 「消えたけど」
  ギン 「あ?」
140 昨夜のうちに降り積もった雪に、点々とハナの足跡が残っている。
  ギン 「サンタクロースか・・」
  ミユキ 「オバさんのオッサンと赤ちゃんがいなくなったんだよ」
  ギンとミユキは足跡を追って段ボールハウスを飛び出した。
  ギン 「何を考えてるんだ、あのオカマは」

「しかしでかい足だな」

  ミユキ 「足は整形できないからね」
  ギンとミユキは集合マンションの前の広場に座り込んでいるハナを見つけた。
  ギン 「返しにきたのか?」
  ミユキ 「今頃捜索願いが出てるかもよ」
ギン 「それはお前だろ」
150 ミユキ 「まさか・・・指名手配ならされてるかもしれないけどね」
  ギン 「一晩経って、赤ん坊の親も後悔してるさ。だからよ、警察に連れてこうぜ」

「赤ん坊もホントの親んとこが一番いいに決まってんだ」

  ハナ 「それがホントの親かしら・・」
  ギン 「へ?」
  ハナ 「生みの親より育ての親って言うじゃない」
  ギン 「おい!ダメだ!」
  ミユキ 「変な気起こさないでよォ!」
  ハナ 「アタシ・・・生みの親の顔、知らないの」
  ギン 「え?」
  ハナ 「生みの親も今のアタシ見たら引っくり返るだろうけどね」
160 ギン 「ホームレスのお前に、育てる資格なんてねぇだろ!?」
  ハナ 「分かってるわよ!・・分かってる・・・」

「でもね、あちこちたらい回しにされて、愛情のひとかけらももらった記憶がない・・・そんな人生送らせたくない」

  ミユキ 「捨て子じゃなくたって、いっぱいいるよそんなヤツ」
  ギン 「よほどの事情があったんだろうさ」
  ハナ 「子供を捨てる事情なんてこの世にあっちゃいけないわ!」

「その時・・一緒に『愛』も捨ててるの・・・ゴミみたいにポイッとね」

  ギン 「だからって、俺たちに何が出来るんだ?」
  ハナ 「親を探すわ」

「聞きたいの、何で子供を捨てたの?・・・って」

「ホントに納得できたら許すわ。この子の親も、アタシの親も」

  ギン 「探すったって・・・どこ探すんだよ?」
  ミユキ 「あ・・」
  都内、某駅の構内のコインロッカー。
170 ミユキ 「超過料金になってるよ・・」
  ハナ 「物入りな年末ね、まったく」
  ミユキ 「中からまた赤ん坊が出てきたりして」
  ギン 「そうポンポン捨てられてたまるか」
  ギンたちがコインロッカーに入っていた荷物の中身を探っている。
  ギン 「また鍵だぜ・・・」
  ミユキ 「スゲーパンツ!こんなんじゃ風邪ひいちゃうぜ」
  ハナが荷物の中にあった若い男女が写っている写真の束を手にする。その写真の男女は幸せそうに笑っていた。
  ハナ 「これ本人たちかしら・・・」

「あなたの両親なの?」

  ミユキ 「ねぇ、こんなん出たぁ」
180 ミユキが手に持っていたのは、クラブの名刺の束だった。そこには『みどり』と名前が書かれていた。
  ハナ 早朝サービスのスナックなんて聞いたことないわよ」
  ギンが電話をかけてみるが、出る気配がなく、受話器を戻して大きくため息をついた。
  ギン 「やれやれ、遠足としゃれ込むか」
  ミユキ 「マジかよオ!?」
  満員電車の中に3人のホームレス。その臭いは貨車中を席巻していた。しかし、3人はお構い無しだった。
  ギン 「しかし旅支度までしておいて赤ん坊を手放すってのも解せねぇな」
  ハナ 「もしかして・・・清子を捨てて二人でイっちゃってるっての?」
  ギン 「一家心中か!?」
  ギンのでかい声に、乗客が一斉に鼻を抑えて振り向いた。
190 ギン 「だったらどうすんだよ?」

「あの世まで探しにゃ行けねぇぜ」

  ミユキ 「声でかい!」
  ミユキは恥ずかしそうに扉の窓の方を向いてうつむいている。

突然電車が停車した。

  《せりふ:車掌アナウンス》
「お急ぎのところ、大変ご迷惑おかけいますが大雪の影響により、現在運行を見合わせております」
  ハナ 「あっついわね・・・」
  《せりふ:乗客》
「くせぇな」
  ハナ 「ギンちゃん、ちゃんとお風呂に入ってるの?」
  ギン 「そういや最近洗濯してねぇな」
  ハナ 「恥ずかしいわね」
  反対車線にも電車が停車した。ミユキがその反対の電車の窓に映る人影を見つけた。その顔を見てミユキは驚いた。相手も気づく。

突然、赤ん坊が泣き始めた。

200 ハナ 「あらあら、よしよし」
  ギン 「しょんべんか?ちっ、道理で臭ぇや」
  《せりふ:乗客》
「臭ェのはおめぇだろ!?」

「うるせいな」

「子供黙らせろよ」

  反対側の電車の窓から男が必死で叫んでいる。ミユキは電車の向かい側へ人を掻き分けて向かうと窓をこじ開けて、外へ飛び降りた。
  ハナ 「ミユキちゃん!?」
  ギン 「何だ、あのバカ!?」
  雪道をとぼとぼと歩く3人。
  ギン 「大枚はたいた電車賃がパーだ」
  ハナ 「アタシが出したお金じゃないの」

「ごめんなちゃいね。ミルクなくなっちゃたの」

  ミユキ 「どうせアタシのせいだよ」
210 ハナ 「元気出していきましょ。歌でも歌わない?」
  ミユキ 「はぁ?」
  ハナ 「クラ〜イム、エ〜ブリ、マウ〜ンテ〜ン」
  ミユキ 「・・なにそれ」
  ハナ 「サウンド・オブ・ミュージックじゃないの」
  ミユキ 「知らねえよ」
  ハナ 「クラ〜イム、エ〜ブリ、マウ〜ンテ〜ン、フォ〜ド、エ〜ブリスト〜ム」」
  ギン 「ったく、余計腹が減るじゃねえか」
  元気のよかったハナがへなへなと雪道にしゃがみこんでしまった。
  ハナ 「お腹すいた・・・」
220 ギン 「だから言ったろうが」
  ハナ 「アタシの天使を頼んだわ・・さぁ・・かまわずに行ってちょうだい・・・」

「でも・・・こんなオカマがいたってことだけは忘れないでね・・」

  ミユキ 「見て、墓場だ」
  ハナ 「まだ死にゃしないわよッ!」
  墓場のお供え物を物色している3人。ギンは酒をあおって上機嫌だった。
  ギン 「ああ・・・生き返ってきたぜ」

「こんな死人の寝床に赤ん坊の口に入れるものがあるわけねぇだろうが、え!?」

  ハナ 「何とかなるわよ!」
  ギン 「何とかなる、何とかなる!そう言ってるうちにこんな暮らしになっちまった・・」

「だろ?なんとかなる頃にはよ、おめえ、赤ん坊も墓石の下に入っちまうぜ!」

  ハナ 「清子よ!名前があるの!」
  ギン 「ん〜なこたどうでもいい!子供は可愛い・・ああ可愛いさ!」

「けどよぉく聞け、ここが大事だよ。いいか?」

「子供のことをホント〜に大事に思うなら、保護してもらった方がいいに決まってんだ!な?」

「子供を持った経験者が言うんだぜ!?」

230 ハナ 「清子を捨てた親と一緒じゃないの!」
  ギン 「なぁに言いやがる。俺が子供を捨てるわけねぇだろが!え!?冗談じゃねえや」
  ハナ 「あんたじゃ家族に捨てられる方だわね!!」
  ギン 「あ?あ?言ったね?きしょ・・黙って聞いてりゃ、ひでえこと言いやがる。このオカマ野郎め!え?」

「俺たちは何をしている?え!?今何をしているんですか?」

  ハナ 「力いっぱい困ってるのよ!」
  ギン 「違う!墓場でお供え物をくすねている。それはナゼか!?ホームレスだからだ!」
  ハナ 「いい加減にしなさい!!」
  ギン 「しない!いい加減になんかしないね!つまり俺たちは、てめぇの面倒一つ見られないろくでなしの仲良し3人組だ」
  ハナ 「少し黙ってよ!考えてるんだから」
  ギン 「いいや黙らない!」

「いくら足りねぇ頭で考えたって、オカマのオッパイからお乳は出ない!」

「なあ、ハナちゃんよ。土台無理なんだよ俺たちなんかにはさ」

240 ハナ 「一緒にしないでよ!」
  ミユキ 「でもこのままじゃ、それこそ一家心中じゃん」
  その時ハナの目に飛び込んできたのは、オムツとミルクの供えられた墓だった。曇った空からそこだけぽっかりと明るく光に照らし出されているかのように目に飛び込んできた。
  ハナ 「まぁ、何て運がいいのかしら!清子は神様に愛されてるのよきっと!」
  ギン 「その割には・・」
  ミユキ 「捨てられてたじゃん・・」
  N T字路で右へ行くか左へ行くかでギンとハナが言い合っている。
  ギン 「絶対左だ」
  ハナ 「さっきそれで行き止まりだったじゃないの!右よ右!」
  ハナがコインを投げ、左手の甲に落ちたコインを右手で隠す。
250 ギン 「裏!」
  ハナ 「表!」

「ぬはは・・ハハハハハハ・・」

  ハナは大笑いしながら右へ曲がって歩いていく。
  ギン 「くぅ・・ぅ・・う・・ぅ・・・・!」
  雪の降り積もった道の真ん中に黒塗りの外車がど〜んと停車してあった。
  ギン 「ンだよ!?じゃまくせぇ止め方しやがってよお!!」

「ったく公衆道徳ってもんをしらねえのか・・ワッ!?」

  驚いて飛びのいたギン。車の下敷きになった男が顔を赤らめてウンウン、力んでいた。車は、男のりきみなど意に関せず、ずるずると男にのしかかっていく。

ギンとハナも力を合わせて車を押して前進させた。男は大汗をかきながら起き上がりふうふうと肩で息をついている。

  ミユキ 「何であんなことになるわけ?」
  《せりふ:関東誠信会 太田道雄》
「それがよ!車がはまっちまったんだが、サイドブレーキを忘れたのが運の尽きよ」

「”待ってドロシー!!”かなんか聞えてよ。それがおめぇ”あ!”っつたら・・・てなもんでよ、車がのしかかってきやがった」

「いつもは若い衆連れてるんだが、堅気の親父の墓参りはそうもいかなくてな。恩に着るぜ、困り事があったらいつでも言いな」

  ギン 「いえ・・困ったことなどありません・・じゃ・・」
260 ハナ 「あら、錦糸町の方・・?」

「ちょうど行こうとしていたところですの・・つかぬ事お伺いしますけど」

  ギン 「つかぬ事なんか伺うな!失礼だ、さ行こう!う・・くくく・・」
  ギンが力いっぱいハナの袖を引っ張るがハナはびくともしなかった。
  ハナ 「このお店。ご存知じゃないかしら?」
  《せりふ:関東誠信会 太田道雄》
「ご存知も何も・・その店のオーナーってのは俺の娘の結婚相手でな!」

「うちの若いもんなんだが、これがまた調子のいい野郎でよ。俺ぁ絶対反対だったんだ」

  ハナ 「でも娘さんが選んだ人でしょう?」
  《せりふ:関東誠信会 太田道雄》
「大事に育てた娘を、あんな男によ・・なぁ兄さん!」
  ギン 「そ・・それで娘さんが幸せなら何よりじゃねぇですか・・ね?・・何てって子供の幸せですよ」
  《せりふ:関東誠信会 太田道雄》
「エライ!!俺もそう思ってよ!今日の結婚披露パーティじゃ涙は見せねぇって、さっき親父の墓に誓ってきたんだよ!!」
  結婚披露会場、3人は居並ぶ子分衆のつくった道を通り抜けていく。

華やかに披露宴が行なわれている。その会場の隅でギンたち3人が椅子に腰掛けて料理にかぶりついている。

270 ギン 「エライ所に来ちまったな、まったく」
  ハナ 「いいからどんどん食べなさいよ」
  ギン 「オムツだな、ミユキの番だぜ」
  ミユキ 「け」
  ミユキは赤ん坊を連れて部屋を出て行った。
  ハナ 「ギンちゃん思わない?清子は不思議な運を持っているのよ」
  ギン 「まったく・・・そうかもしれねえ・・・・」
  太田会長の娘婿が歩いて来る。その顔に見覚えがあるのかギンが帽子を目深にかぶってうつむいている。ハナがその男に話し掛ける。
  《せりふ:ミツオ》
「ああ・・・確かサチコっつったな」
  ハナ 「みどりでしょ?」
280 《せりふ:ミツオ》
「そらぁ店での名前よ。薄幸そうな顔して幸子ってんだ。ビンボーくせェ顔でも、あちこちいじったらこれが結構な稼ぎ手になってよ」

「けど辞めたぜ。ガキが出来たっつって」

  ハナ 「連絡先分かるかしら?」
  《せりふ:ミツオ》
「金なら絞れないと思うぜ」
  ハナ 「違うの、届け物があるのよ」
  《せりふ:ミツオ》
「ほらいただろ?みどりって貧乏くさい女・・・ああ・・亭主の借金がかさんで首が回らねぇって来た・・」
  ハナ 「どうしたのよ?さっきから?」
  ミツオは店の従業員へ携帯をかけている。

ギンの様子のおかしいのに気づいたハナが小声で問い掛ける。

  ギン 「あの野郎が・・・」
  ハナ 「え?・・あの人知り合い?」
  《せりふ:ミツオ》
「うちのサラ金でまた借金膨れて、仕舞いにゃ腹まで膨らませてよ・・あれの連絡先分かるか?」
290 ギン 「あの野郎が儲け話なんて持ち掛けてこなけりゃ・・女房子供と別れなくても済んだんだ!」
  ハナ 「奥さんと子供は亡くなったんじゃないの!?」
  ギン 「野郎・・・ぶっ殺してやる!」
  ハナ 「ああぁぁ・・あんたがぶっ殺されちゃうわよ!」
  ギンがいきり立ってミツオを殴り倒そうとした時、近づいてきたメイドがいきなり太田めがけて発砲する。それを護ろうとミツオが盾になり撃たれた。

会場内は騒然となった。逃げるメイドはちょうど戻ってきたミユキを人質に取り、発砲を繰り返しながら会場から逃げ出した。

  ハナ 「清子!ミユキちゃん!」
  ギン 「お!おい!!」
  タクシーに乗って逃げる犯人をハナとギンが必死の形相で追いかけるが、その距離はドンドン広がっていった。

ハナがタクシー会社へ電話をしている。

  ハナ 「だから言ってるでしょ!?オタクの車が赤ん坊を抱いた若い娘を拾ったの!ナンバーは12−25!その車を・・・東京タワーの下に回して!私の名前はね・・」
電話が切れた。ハナは電話ボックスを飛び出して駆け出してく。
300 ギン 「おい!・・待てよおい!」

「俺達はただのホームレスだ!アクション映画の主役じゃねえ!!」

「今度こそ警察の仕事だろうが!」

  ハナ 「警察警察って、そんなに好きなら警察の子になっちゃいなさい!」

「あの子達は家族も同然じゃないの!そんなに無責任な男だと思わなかったわ!」

  ギン 「にょ・・・女房みてぇなこと言うんじゃねぇ!」

「行かねぇよ俺ぁ」

  ハナ 「ギンちゃん・・」
  ギン 「もう十分やったじゃねえか」
  ハナ 「あきらめるの!?」
  ギン 「俺達には結局、何一つ出来ねぇのさ」
  ハナ 「あんたって、ホントにホントに人間のクズね!」

「あんたなんか野垂れ死にして無縁仏になるのが関の山よ」

「あ〜もうやだやだ!死んだってだぁれにも思い出されやしない!生きてたって人に迷惑かけるだけで何一つ出来やしない!いてもいなくてもいいクズ人間の王様よ!この・・キング・オブ・クズ!」

  ハナは手に持っていたバッグをギンめがけて投げつけると足早に遠ざかっていった。
  ギン 「クズクズって、ブスが何、言いやがる」
310 交番の前、ギンが突っ立ていると中から警官が出てきた。
  《せりふ:警官》
「何か?」
  ギン 「クズを捨てたいんだが」
  警官は黙って中に入るとゴミ箱を持ってもう一度出てきた。
  ギン 「ちょっと・・小さいかなぁ・・」
  路上を酔っ払いながら歩くギン。ゴミ袋を思いっきり蹴り上げる。
  ギン 「クーズクズクズにんげん!だ。チクショウめ!」

「野垂れ死に!?上等じゃねえか!死にゃあ一緒だ、ぇいっとぉ!」

  カンを思いっきりける。カランカランと音を立てて転がった先に人が倒れているのが眼に入った。
  ギン 「だ・・・大丈夫か!?しっかりしろ爺さん!」
  《せりふ:老人》
「さ・・・最後のお願いしていいかな?」
320 ギン 「どうしたんだ!?」
  《せりふ:老人》
「ひ・・・一口下さい」
  老人の段ボールハウス。その中で老人は横たわりギンの酒をラッパ飲みしている。
  《せりふ:老人》
「プハァ・・畳の上で酔っ払って死ぬのが夢でしたが・・・お陰で半分幸せです」
  ギン 「これも・・・何かの縁だな」
  《せりふ:老人》
「随分生きた気もしますが・・・私はいてもいなくてもいいクズ人間でした」
  ギン 「寂しいこと言うない」
  《せりふ:老人》
「あなたは何だか・・若い頃の私にそっくりだ」

「そのあなたを見込んで・・最後のお願いをしていいかな」

「これを始末してください・・私の身元が分かると迷惑がかかる人達がいる・・」

  ギン 「分かる・・イヤ分かった!きっちり始末してやる!!」
  N  老人は満足げにニヤっと笑うとかくりと顔を倒した。ギンは老人の開いたままの目を閉じてやろうと手で顔をさすった。ギンの手が外れたそこにさっきより大きく目を見開いた老人の顔があった。
330 ギン 「はァ・・・・うあっ!」
  《せりふ:老人》
「あんたも達者でな・・それで最後の・・」
  ギン 「お願いだろ」
  《せりふ:老人》
「はァ〜〜〜ほいじゃあ・・さよなら」
  老人は酒をあおると今度こそ本当に息をひきとった。

老人の段ボールハウスの後ろに、暗闇にそびえ立つビルが見える。そのビルは探している幸子の写真にもくっきりと写っていた。

  ギン 「これだ。ありがとよ爺さん」
  その時、数人の若者がホームス狩りに現れた。ギンは若者に袋叩きにされてしまい、服のうちポケットに大事にしまっておいた祝儀袋を奪われてしまった。ギンはよろめく足で若者たちの後を追った。

一方。ハナは犯人を乗せて走ったタクシーに乗って、事情を聞き出していた。

  《せりふ:タクシーの運転手》
「そうねぇ外人の旦那さんはエラクご機嫌斜めでしたねぇ」
  ハナ 「暴力奮われたの!?」
  《せりふ:タクシーの運転手》
「いや、これが若ぇのに素直な嫁さんで、かかぁに見習わせたいもんですよ」
340 タクシーのラジオから発砲事件の事が流れる。
  《せりふ:ナレーター》
「犯人は外国人と見られ、子供を抱いた女性を人質にしたという目撃証言もあり、警視庁は人質の安全を最優先しながら犯人の足取りを追っています」

「被害者は指定暴力団に属する男性で・・」

  《せりふ:タクシーの運転手》
「ちょっと・・・冗談じゃありませんよ!エ!?」
  ハナ 「こっちも冗談じゃねえんだ!」
  タクシーは外国人の男を下ろした路地へと入っていく。
  《せりふ:タクシーの運転手》
「勘弁してくださいよ、エ?アタシを待っている家族がいるんですから」
  ハナ 「あの子たちも私の大事な家族なのよ!」
  《せりふ:タクシーの運転手》
「ここを入って行きましたよ」
  ハナはタクシーを降りる。
  《せりふ:タクシーの運転手》
「ちょっと!お代!!」
350 ハナ 「すぐ戻るわ!」

「ミユキィ!!清子ぉ!!」

「ミユキィ!!清子ぉ!!どこなのぉつ!?」

  ハナは必死になって2人を探している。肩で息をするハナが激しくむせぐ。赤い血を吐いた。それでもハナはあきらめずに探している。

その時、赤ん坊の泣き声が静かなビルにこだまする。

ミユキは外国人の女の部屋で、赤ん坊に母乳をもらい、のんびりとうたた寝している。ハナの叫び声にミユキがあわてて窓を開けた。

そこには汗まみれのハナの顔があった。

  ミユキ 「うわっつ!・・・・オバさんのオッサン!?」
  無事、赤ん坊を手にしてハナは上機嫌だった。
  ハナ 「オオ、よしよし、会たかったわ。私の可愛いいエンジェル」

「母親って言いたいところだけど私はただのオカマなの」

「ミユキちゃん・・・ホントに無事でよかった・・・」

  ミユキ 「・・・あ・・オッサンは?」
  ハナ 「あんな奴、死んじまえばいいのよ!!」
  その頃、ギンは奪われたのし袋を若者から取り返すため、ボコボコにされ、青息吐息で道をふらついていた。
  ギン 「し・・・死ぬ・・・」
  ついには力尽きて路地裏に引っくり返ってしまった。

こちらはハナとミユキたち。ギンに連絡をする為公衆電話をかけていた。

360 ミユキ 「オッサン・・・帰っちゃったのかな?」
  ハナ 「どうでもいいわよ!」

「自分さえ良けりゃいいのよ、あのクズは」

  ミユキ 「でもさあ・・・ホントはオッサンのこと好きなんじゃないの?ハナさん」
  ハナ 「バカ言わないでよ!あたしはもっと男らしい男が好きなの!」

「たとえば・・・日に焼けた肌に角刈りが似合う細身の中年男で、ちょっと困った顔しながら足りない料金を・・・『ったく、しょうがねぇなぁ』なんて気前良く負けてくれる江戸っ子みたいな人が好き!」

  タクシーを降りたハナたち。とぼとぼと夜道を歩いている。
  ミユキ 「これからどうすんの?ハナさん」
  ハナ 「さっきから何よその呼び方は。オバさんのオッサンでいいわよ」
  ミユキ 「長くて呼びづらいんだよ」
  その時、通りがかりの男がホームレスの行き倒れが出たことを話していた。それを聞いたハナは一目散に駆け出していった。

救急隊員がストレッチャーに乗せ、白いシーツを被せて引っ張っている。そこへハナが飛びついた。

  ハナ 「ギンちゃん!!ギンちゃん!!」
370 N  《せりふ:救急隊員》
「落ち着いてください!」
  ハナ 「ギンちゃあぁん!」
  《せりふ:救急隊員》
「落ち着いて!!」
  ハナ 「あ?」
  めくりあげたシーツの下にいたのはあの行き倒れの老人だった。救急車は何事も無かったように発車した。
  ハナ 「ったく、どこにいるんだろ。あのヤドロクはッ」
  その頃、裏路地に半死半生で引っくり返ったギンは夜空を眺めながらか細い声で歌を歌っていた。
  ギン 「きい・・・よ・・・しい・・・こぉの・・・よぅるぅ・・・死ぬ前にもう一度会いたかったなぁ・・・」

「うぅぅ・・・清子ぉ!!」

  ミユキ 「どうすんのさぁ!?清子に野宿はさせられないじゃん!」

「オッサンはいねえし。寒いし眠いし腹はへったし最悪じゃん」

  ハナ 「仕方・・ないわね」
380 N  エンジェルタワーの看板の前。ハナがポツリとつぶやく。
  ハナ 「二度とここへ来るとは思わなかった」
  ハナがドアをノックする。内側からしわがれた男の声とともに扉が開いた。
  《せりふ:お母さん》
「悪いけど内輪のパーティーで今日はお休み・・ハッ・!・・ハナちゃん!?」
  ハナ 「今更のこのこ顔が出せる立場じゃないのはよく分かってます・・・けど今はお母さんの他に頼る人が無いんです!」
  《せりふ:お母さん》
「ハナちゃん!」
  ハナ 「お母さん!」
  《せりふ:お母さん》
「ハナちゃん!」
  ミユキはその異様な光景に完全に引いてしまった、が、薄暗い店内に横たわる人影を見つけて驚いた。
  ミユキ 「・・・!・・!!!・・オッサン!?」
390 ハナ 「え?」
  ギン 「え?」
  ハナ 「どうしたの!?ギンちゃん!?」
  ギン 「・・・!・・ッ・・ガキどもに襲われてよ・・・へ・・・やっぱりアクション映画の柄じゃねぇぜ・・・」
  《せりふ:お母さん》
「ハナちゃんの知り合いとはねぇ・・・」

「けどホームレスだって言ってたわよ」

  カウンターで向かい合いながら”お母さんが”ハナに小声で囁く。
  ハナ 「実は私も・・・」
  《せりふ:お母さん》
「エェッ!?まさか!?どどどどどどどうして!?」
  ハナ 「あぁ・・・・あの人を亡くしてからというもの・・私は歌を忘れたカナリア・・・」
  ミユキ 「メチャクチャ歌いまくってたじゃん」
400 N  《せりふ:お母さん》
「そう・・・ケンちゃん亡くなったの・・・」

「エイズ?」

  ハナ 「風呂場で石鹸、踏んだばっかりに・・・」
  《せりふ:お母さん》
「まぁ・・・人間一寸先は闇ねぇ・・・」

「でもハナちゃん、困ってるならどうしてうちに帰ってこなかったの?」

  ハナ 「あの頃は本当に楽しかった・・・」
  ハナの歌 『古いこの酒場で、たくさん飲んだから。古い思い出はぼやけて来たらしい』

『ワタシは恋人、捨てられてしまったの。人がこのアタシを札付きと言うから』

『ロクデナシ!ロクデナシ!なんて酷い、ア〜ウイ!言い方!』

  酔っ払いの客がハナを”くそジジイ”と叫んだ。
  ハナ 「くそはいいけど・・・ジジイ・・は許さないわよ!!」
  それに切れたハナは大乱闘を繰り広げる。
  ハナ 「・・・帰れるわけ無いじゃない・・あんな迷惑かけて」
  《せりふ:お母さん》
「いいのよ、お金で解決できることだもの。あなたが無事でいてくれたのが何よりよ」

「やめてよ・・あんたの泣き顔、怖いんだから」

「よれよりあの赤ん坊は?あの娘さんの子供?」

410 ハナ  「それが・・・」
  ミユキ 「あんたのお母さんはどこにいるんだろうね・・」
  《せりふ:お母さん》
「エエッ!?捨てられた!?」

「ふぅ・・・なんだか・・・因縁めいてるわね」

  ハナ 「まるで私かと思った・・・路の上で生れて、今になってまた路の上・・・そんな私だからこそ、あの子には愛がいっぱいの家、見付けてやりたい」

「だって私が何より欲しかったのは『愛』だったんだもの!」

  早朝。店の前にハナたちとお母さんがいる。
  《せりふ:お母さん》
「困ったらいつでも戻っておいで」
  ハナ 「ありがとお母さん」

「旅立ちを見送る母の息白く」

  写真に写っていたビルを探して都内を歩き回るギンたち一行。

夜、一軒のこわれかけた廃屋の中で暖をとっている。

  ギン 「やれやれ、空家はありがてぇが、とんだ先客だぜ」
  部屋中、猫だらけだった。ギンは猫を眺めてつぶやいた。
420 ギン  「腹いっぱい・・・肉を食いたい・・・」
  ミユキ 「アタシが許さないよ!」
  ギン 「ジョーダンだよ・・冗談」
  ハナ 「小やみになってきたわ。ミユキちゃん買い物お願いよ」
  ミユキ 「オッケー」
  ギン 「少しばかり酒も頼むぜ」
  ミユキ 「一杯だけだかんね!」
  家の外でミユキが遠めに見えるビルを見て気づいた。
  ミユキ 「あ」
  ハナ 「ウソ・・・」
430 ミユキ 「・・・だといいけど」
  ギンが扉だけ残ったドアノブにキーを挿して回した。ガチャっと音がして難なく開いた。
  ギン 「ただいま」
  翌朝。廃屋の前。
  近所のおばさん 「ええ?あんたらこんなとこに泊まったってのかい!?やだよ、ホームレスじゃあるまいし」
  ハナ 「実はこの人達を探しているんですが・・・」
  近所のおばさん 「ああ・・・西沢幸子(さちこ)」
  ハナ 「ご存知なんですか?」
  近所のおばさん 「あたしが立て替えした町内会費、踏み倒しやがったのよ。あんたあの女の身内かい?」
  ハナ 「いえ・・・幸子さんの身内の知り合いと言うかなんというか」
440 近所のおばさん  「女房も女房なら亭主も亭主さ。夜も日も明けずにギャンブル三昧で、酒癖まで悪いときたもんだ」

「女房の稼ぎと借金で食いつないでいたみたいねぇ」

  ハナ 「今・・どちらに?」
  近所のおばさん 「さあ・・胡桃沢(くるみざわ)さんなら知っているかね」
  胡桃沢 「う〜ん・・三ヶ月前かね出てったのは・・この家、借金のカタに取られて夜逃げも同然。挨拶もありゃしない。越してきた頃は仲のいい夫婦でねぇ。それがいくらも経たないうちに夫婦喧嘩が絶えなくなって・・・」
  近所のおばさん 「貧すれば鈍すってねぇ」
  胡桃沢 「借金しか作れないくせに、なんかえらそうな亭主でさ。尻拭いする女房もたまったもんじゃないわよ」

「時々顔に痣つくってたわよ」

  近所のおばさん 「気の毒ねえ、あの女も」
  胡桃沢 「逆よ逆。痣は亭主の方よ」
  近所のおばさん 「あっら〜」
  胡桃沢 「けど姑が何かっちゃあ加勢してたから、女房は随分旗色悪かったみたいよ。ま、ここも親が建てた家だしさ」
450 ハナ 「ご実家分かります?」
  胡桃沢 「山之内さんなら知ってるかね?」
  山之内 「ん〜〜・・お姑さんがよくこぼしてたのよ。嫁がろくに家事もしないって」
  近所のおばさん 「息子の甲斐性、棚に上げてよく言うわね」
  山之内 「でしょう?だからあたし言ってやったのよ。孫の顔みたいなら嫁に夜の仕事はさせるなってさ」
  近所のおばさん 「けど出来たんでしょう?子供」
  山之内 「男と女ってのはね〜」
  近所のおばさん 「やることだけは・・」
  山之内 「やってんのよねぇ!!」
  電車に乗って移動中の3人。相変わらず車内には悪臭が漂っている。
460 ギン 「越した先も夜逃げしてんじゃねぇか?」
  ハナ 「まったく何てひどい男かしら。幸子が可哀相よ。亭主の借金背負って働かされるなんて」
  ギン 「ま・・・まったくだ・・」

「だからって子供を捨てるなんて一辺だって考えたこたぁねぇぞ!」

  ハナ 「え?」
  ギン 「あ、いや、だからって子供を手放すなんて許される筈がない!!」
  ハナ 「最初から言ってるじゃないの」
  3人はコンビニの椅子に腰掛け、買うでもなく、ただぼうっとしている。窓の外をなにげに見やりながらハナがつぶやく。
  ハナ 「飽きもせずによく降るわねぇ・・・ゴホゴホゴホ・・・」

「あたしたちって、どういう風に見えるのかしら」

  ギン 「ホームレスとオカマと家出娘と捨て子」
  ハナ 「清子は神様の使い。私達はそのしもべ」
470 ギン  「け。日銭も出ないしもべかよ。罰当たりな親のせいでいい迷惑だィ」
  ハナ 「まったくよ。ちゃんとした親元に生れていれば、こんな辛い目に遭わなかったのに」
  ギン 「ちゃんとしてねえ親だって・・・子供の事は忘れるもんじゃねぇよ」
  ミユキ 「ちょっと出てくる」
  ギン 「何だよあいつ。さっきから」
  ハナ 「子供だって親のことを忘れるわけないのよ」
  ギン 「俺だっていつも思ってるさ・・・一目娘に会いてぇ」
  ハナ 「じゃ、生きてるのね?」
  ギン 「ああ」
  ハナ 「奥さんも・・・?」
480 ギン 「今頃はきっと再婚でもして・・幸せに暮らしてるさ」
  ミユキは薄暗い電話ボックスの中で家に電話をかけている。ミユキはまず始めに言う言葉を練習している。
  ミユキ 「もしもし・・・私・・美由紀」
  コンビニの中。
  ハナ 「どうして別れちゃったの?」
  ギン 「酒とギャンブル」
  ハナ 「うそっ・・・!・・そ・・それじゃまるで・・・」
  ギン 「いや面目次第もねぇ・・・・けど、こんな俺でも何かひとつくらい父親らしい事したくてよ、ほんの少しずつだけど・・・ギャンブルしてるときゃあ、紙切れ同然だったのが・・・今じゃ諭吉3枚集めるにも血が出る苦労だ」
  ハナ 「偉いわギンちゃん・・・これでたらふく食べれるじゃない!」
  ギン 「バカタレ!」
490 電話ボックスの中、呼び出し音がしばらくなり、電話口に男が出た。
  《せりふ:ミユキの父》
「ハイ、石田です」
  ミユキ 「・・・!・・・・う・ぅ・・はぁ・・う・・」
  《せりふ:ミユキの父》
「ミユキか?・・ミユキだな?・・・元気なのか?」
  ミユキは一言も喋る事が出来ず受話器を戻すと、泣きじゃくりながら、ただただ謝るばかりだった。
  ミユキ 「ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめんなさい・・・」
  コンビニの店長がギン達に近づいてくる。
  《せりふ:店長》
「恐れ入りますがそろそろ・・・」
  ギン 「出てけってか?」
  《せりふ:店長》
「他のお客様もご利用になりますので」
500 ギン 「ろくに客なんかいねえじゃねえか」
  店にいた酔っ払いの客が絡んできた。
  《せりふ:酔っ払い》
「くせぇんだよ!おめぇらあれか、ホームレスだろ。え?」

「ゴミが人並みにガキ作りやがってよ。え?何だよ、その目は」

「こら待て!待てっつってんだ!こらゴミ!!」

  コンビニの外まで追いかけてきた酔っ払いと止める店長、そしてギンたち。そこへ前方から道路を走ってきた救急車がコンビニの中へ突っ込んだ。

もし、あのままいたら、ギン達の命は無かっただろう。

  ハナ 「やっぱり・・・清子は神様の使いなんだわ!!」
  そういうとハナは気絶してしまった。

病院、ハナが点滴をうちながら眠っている。ミユキは待合室のテレビのニュースに釘づけになった。

  《せりふ:アナウンサー》
「先日起きた発砲事件の続報です。警視庁では犯人は南米系の外国人とみて逃げた男の足取りを追っています。実弾三発が発射されたこの事件で、太田組長をかばった蛭田秦男(ひるたみつお)幹部が重傷を負いましたが幸い命に別状はなく、警察では回復を待って事情を聞く意向です」
  通りかかったナースがミユキに話し掛けてきた。
  清子 「可愛いですね。いつ生れたんですか?」
  ミユキ 「最近・・・かな・・・」
510 清子 「お母さん・・・」
  ミユキ 「・・・じゃあ・・・ない」
  清子 「名前は何ていうの?」
  ミユキ 「清子」
  清子 「あら!?私も清子っていうの。偶然ね」
  診察室。医師がカルテを書いている。その横にギンが座っている。
  《せりふ:医師》
「お連れさんだいぶ弱ってますね。とにかく安静にして栄養のあるものを取ってください」
  ギン 「先生・・俺達はこう見えてもれっきとしたホームレスだ」
  《せりふ:医師》
「私はただの医者です」
  ギン 「・・う!・・・・我々の生活はね、安静にも栄養にもほど遠いんですよ。分かります?」
520 《せりふ:医師》
「私は病気を治す手助けは出来ます。生活の改善は自分でするのです。与えられた中で最善を尽くす以外、何が出来ます?」

「くれぐれもお大事に」

  立ちあがった医師の右足は義足だった。

病院の窓口で、保険証を持っていなかったため、29,830円の治療費を請求された。ギンはなけなしの3万円をハナのために使うのだった。

  ハナ 「ごめんなさいギンちゃん・・ううううう・・」
  ギン 「泣くなよ。諭吉の顔まで泣けてくらぁ!!」
  窓口で男泣きするギン。その前をさっきのナース。清子が通りかかった。お互い顔を見合わせ驚いた。
  ギン 「清子・・・・」
  清子 「父さん・・・・」
  夕景を病院の窓から眺めながら、久しぶりに出会った父と娘。ギンと清子が話している。
  ギン 「看護婦になったんだな・・・・・そうか・・・・うん」
  清子 「元気そうで良かった」
530 ギン 「う・・ああ・・無茶苦茶元気さ・・母さんは?」
  清子 「元気・・・」
  ギン 「そうか・・・よかった」
  清子 「お父さん今は・・・?」
  ギン 「ああ・・か・・回収業って言うか・・・ちょっと届け物があって・・こっちの方までな・・・・・・うん」

「・・・・・恨んでるだろうな・・・お前には何一つ親らしい事をしてやれなかった・・・けど実はな・・お前のことを思ってほんのちょっとだけど・・金を貯めてたんだ。信じねぇだろうけど・・・」

  清子 「ずっと・・・会いたかったよ」

「子供の頃、お母さんと二人であちこち探した。身元の分からない遺体も見に行った。お父さんがいなくなってお母さん一人でお店を切り盛りしてた」

  ハナ 「お店?」
  清子 「女で一つで自転車屋を続けるのは大変だったみたい・・・」
  ミユキ 「競輪選手とは随分違うんじゃない?」
  清子 「知ってる?あの頃、借金の取り立てに来てた人、この間、鉄砲で撃たれて重症だったって」
540 ギン 「助かったのか!?」
  清子 「うん」
  ギン 「そうか・・・・良かった・・」
  清子 「そういうと思った」
  ギン 「借金が膨れちまったのは俺のせいで・・・ヤツのせいじゃないんだ」

「あのお医者に礼を言っといてくれ、何かいい人だな」

  清子 「私、結婚するの」
  ギン 「あっ!・・・そりゃあ良かった」
  清子 「あの先生と」
  ギン 「そりゃいい・・・って・俺と同い年くらいじゃないのかい?」
  清子 「バツイチなの。娘さんを難病で亡くして・・・奥さんも後を追うみたいに・・・」
550 ギン 「へぇ・・」
  ハナ 「ウウウウウウ・・・呆れたわ、あの男」
  ミユキ 「感動してんじゃないの?」
  清子 「これ住所と電話番号」
  ギン 「お前の?」
  清子 「前のうち、もう無いし・・・今すぐは無理でもいつか・・・」
  ギン 「クッ!・・・清子ぉぉ・・」
  全てが洗い流されたようにギンが清子の手を握り泣いている。
  ハナ 「じょぉぉぉおだんじゃあないわよッ!!」
  ミユキ 「ハナさん?」
560 ハナ 「競輪選手だなんて、よくそんなウソがつけたもんね!!」
  ギン 「競輪場には通ってたさ」
  ハナ 「賭けるほうでしょッ!どうせそれで雪だるまみたいな借金つくって家族に合わせる顔も無くして、段ボールの中に逃げ込んだんでしょうが!」
  ギン 「うるせえ!その通りだ!!」
  ハナ 「あんたのお父さんはね、こんなやつなの!」

「賭けも弱けりゃ意志も弱い!足も臭けりゃ酒癖も悪い!人の同情買うためなら自分の女房娘も勝手に殺す!あんたなんか難病で死んだ事になってるんだから!」

「こんなのが父親じゃいくつ命があっても足りやしない。同情しちゃうわ!!」

  ギン 「てめえ恩を仇で・・・」
  ハナ 「恩?恩?、あら聞き間違いかしら!恩ならこっちがお釣りを返してもらいたいくらいよ!!」

「どうせ恩も仇も漢字知らないくせに!そうそう!よく知ってるのはゴミ箱の上手な漁り方よね。子供と借金の作り方も心得たものかしら。もっとも出来た子供を育てるのは苦手なんだろうけどさ」

「立派に育った借金も女房に押し付けて知らん顔!!そうやっていつも投げ出して何一つ満足に出来やしない!逃げ足の速さだけは競輪選手並みね!」

「ミユキちゃん!私達もまくらせてもらいましょ!!フン!!」

  ミユキ 「ハナさん!」
  猛烈な鼻息で歩いていくハナを追ってミユミも後を追った。
  ギン 「すっかり元気じゃねえか」
570 すっかり日が暮れた東京。陸橋の上を歩くハナを追ってミユキもついてくる。
  ミユキ 「何でさぁ!?何であんなひどいこと言うのさあ!?」
  ハナ 「あれでも許せたら・・・きっと本物よ」
  ミユキ 「え?」
  ハナ 「正直にさ何もかも見せあってそれでも愛せるのが血の繋がりってヤツじゃない?願望かしらね」
  ミユキ 「やっぱ・・・惚れちゃったんだ」
  ハナ 「バカ言わないの!!・・・泣いた赤鬼よ」
  ミユキ 「へ?」
  ハナ 「アタシの大好きなお話よ」

「あるところに人間と仲良くしたい一人の赤鬼さんがいたの。だけど人間は怖がって誰も赤鬼さんに近づこうとしない・・・それを知った友達の赤鬼さんが一計を案じるの」

「青鬼さんがわざと人間に乱暴をふるってそれを赤鬼さんが助ける・・・」

  青鬼ハナ 「何かをやりとげるには、どこかで痛い思いか損をしなくちゃならないわよ。誰かが犠牲にならなきゃならないの」
580 ハナ 「そして計画は成功・・でも、八百長がばれないようにって青鬼さんは去って行く・・・泣ける話よ」
  ミユキ 「でも・・・去ってどうすんのさ。ハナさんはどこ行くのさ?」
  ハナ 「みんなホントの家族の所に帰るのが一番よ。清子ももうすぐお母さんに会える」
  ミユキ 「その後は?だってハナさん。ホントの家族いないじゃん!!」
  ニュースで年末ジャンボ宝くじの当選番号が発表された。
  《せりふ:ナレーター》
「恒例の年末ジャンボ宝くじの抽選会が行なわれました。一等の当選番号は非常に珍しい数字となり、11組11万1千111。1等2億円の前後賞は5千万円。組違いは10万円です」

「只今入ったニュースです。品川区の中央病院から新生児が連れ去られた事件で警視庁から赤ちゃんの特徴を伝えるイラストが発表されました・・」

  ニュースを食い入るように見つめるギン。そのイラストはミユキとハナが連れているあの赤ん坊だった。
  ミユキ 「どうすんのさ!?せっかく近くまで来たのにメモがなきゃ意味ないじゃん!!おっさんが持ってんだよ!戻ろうよ!!ねぇ、どこに向かってんのさ!?」
  ハナ 「警察よ」
  ミユキ 「エエッ?あんなに嫌がってたじゃん!!」
590 ハナ 「フッ・・みんな、あたしのエゴだったわ・・・今はせめて清子の両親に一言謝りたい・・・今この間にも眠れぬ思いで報せを待ってるかも知れないわ!」
  ミユキ 「最初にそう言ったじゃあああん!!」
  ハナ 「もしかしてあまりの後悔に自殺しようとしてるかも知れない!ああ、私は取り返しのつかない事をしてしまった!」

「いっそ川に身を投げて死んでしまおう。靴をそろえて欄干に上がる。死ねばきっと楽になる!でもその時、川面に赤ちゃんの顔が一瞬浮かぶ・・・ああだめ!この子の顔を見るまで死ぬわけには行かな・・・ってちょっと!?」

  はしの欄干の上から川に身を投げようとしている女がいた。間一髪、ミユキの手が女の体をつかまえた。
  ミユキ 「ダメェッ!!」
  幸子 「放して!!」
  ハナ 「早まっちゃダメよ!!」
  幸子 「お願い!死なせて!!」
  その時、赤ん坊が大きな声をあげて泣きじゃくる。女の目が大きく見開かれその赤ん坊を見つめた。
  ハナ 「あっ・・・あんた!?」
600 ミユキ 「西沢幸子(さちこ)」
  赤ん坊に飛びつこうとした幸子の顔をハナが思いっきりひっぱたいた。
  ハナ 「あんた一体全体、どういうつもりなのよ!」
  ミユキ 「謝るんじゃなかったの!?」
  ハナ 「あたし達が見つけなかったら、この子は寒空の下で凍え死んでたのよっ」
  幸子 「私じゃない!!夫が勝手に私の居ない間に・・・私は必死に探してたの!!」
  幸子は泣きじゃくりながら必死で訴える。
  ハナ 「ホントなの?」
  幸子 「あんな男の為に今まで苦労してきたなんて・・うぅぅ・・・(泣く)」
  ハナ 「ふぅ・・・・・・ほら、ただいまって」
610 ハナは幸子に赤ん坊を渡した。女は泣きながら赤ん坊を抱きしめた。
  ハナ 「この子は本当に神様に愛されてる子よ・・・あなたも、たくさんたくさん愛してあげてちょうだい」
  ミユキ 「こんな赤ちゃん粗末にしたらバチが当たるよ」
  幸子 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
  一方、ギンは、手元に残った住所を頼りに、西沢幸子の家を探し当てていた。郵便受けには新聞や手紙が刺さったままになっており、人のいる気配がない。
  ギン 「西沢さん!」
  ギンは扉の鍵をピッキングし、部屋の中へ入り込んだ。部屋の中は荷物やゴミが散乱して足の踏み場がなかった。

真っ暗な部屋の中でテレビの画面だけ明るく輝いていた。ギンが近づくと男が驚いてはね起きた。

  《せりふ:西沢》
「な・・何だ、あんた!?で出てけ!出てってくれ!!」
  ギン 「ま、待て!怪しいもんじゃねぇ!」
  《せりふ:西沢》
「ウソだ!!早く出てけ!!」
620 ギン 「赤ん坊はどうした!?」
  《せりふ:西沢》
「え?」
  ギン 「来なかったか。オカマとガキが赤ん坊返しに」
  《せりふ:西沢》
「意味が分かんねぇよ!」
  ギン 「あんた捨てたんだろ!?赤ん坊を!?」

「ネタは上がってんだぜ」

  《せりふ:西沢》
「あんた・・・警察か」
  ギン 「なぁに俺はな・・ただの通りすがりのホームレスよ」
  《せりふ:西沢》
「頭がおかしいんじゃねえのか?」
  ギン 「おかしくなりそうだぜ、まったくよ!!だいたいお前が捨てた赤ん坊が、なんで連れ去られたなんてニュースになってんだ!?このままじゃ俺達ゃ誘拐犯だ!」
  《せりふ:西沢》
「俺じゃねぇ、あれは・・俺の子じゃねぇよ!」
630 ギン 「はい?」
  再び橋のたもと、ハナとミユキが赤ん坊に最後のお別れを言っている。
  ハナ 「よしよし泣かない泣かない」
  ミユキ 「元気でね」
  ハナ 「いい子に育つのよ」
  ミユキ 「いつかまた会えるよね」
  ハナ 「もう決して、離しちゃ駄目よ」
  幸子は赤ん坊を抱いて去って行く。その後ろ姿にハナとミユキはいつまでも手を振っていた。

寺の除夜の鐘が夜空に響く。

  ハナ 「人生の、貸し借りすませ、大晦日」
  《せりふ:西沢》
「あの赤ん坊は幸子が・・病院から盗んできたんだ」
640 ギン 「盗んだ!?赤ん坊を盗んで、今度は捨てたのか!?人の命を何だと思ってんだ!?」
  《せりふ:西沢》
「俺だって、最初は騙されてたんだ!!こんな事がバレたらエライ事になっちまう。俺はもう関わりたくねぇ・・あんたらで警察でもどこでも連れてってくれ」
  ギンは西沢を思いっきり殴り飛ばした。
  ギン 「よくもそんな無責任な事が言えたもんだな!関わりあうのがイヤだ!?家族だろうが!」
  《せりふ:西沢》
「別れてぇんだよ!俺は人生やり直すんだ!見ろよ!年末ジャンボで10万円当たったんだ!運が向いて来たんだぜ!えへへへへ・・!」
  ギン 「お前にそっくりな奴を知ってるぜ・・・結局そいつは人生も家族も捨てた・・イヤ捨てられたんだ!」
  《せりふ:西沢》
「へ!俺は負け犬じゃねえ!」
  ギンが西沢に写真を投げつける。それは幸せだった時の2人で写っている写真だった。
  ギン 「女房のバッグに入ってたぜ」

「女房が行きそうな場所、心当たりねえのか」

  《せりふ:西沢》
「赤ちゃんとこへ行くって出てったさ」
650 ギン 「お前そりゃ・・・死ぬって事じゃねぇのか?」

「呑気に構えてる場合じゃねえぞ!」

  《せりふ:西沢》
「そんな、まさか探しにいくってだけじゃ」
  ギン 「人間やけになったら、やるこた一つだろうが!!」

「どこ探しゃいいんだ!!」

  ギンは自転車を駆って、ハナとミユキを必死になって探している。

その頃、ハナとギンは初詣で神社で手を合わせていた。

  ミユキ 「この時期だけは神様も大忙しだね」
  ハナ 「一年中、暇よりはましだわよ」
  そこへ自転車に乗ったギンがすれ違う。
  ミユキ 「おっさん!?」
  ハナ 「一足遅かったわね、感動の対面はとーっくに終わったわよ」
  ミユキ 「どうしたのさ?おっさん」
660 ギン 「ハァハァハァ・・ハァ・・ニソモンだ!!、母親!・・幸子はニセモンなんだ!」
  ハナ 「はい?」
  夜の公園。シーソーに座って幸子が赤ん坊に乳をふくませようとするが、赤ん坊は火がついたように泣いて飲もうとしない。
  幸子 「どうして飲まないの?」

「赤ちゃんはお母さんのオッパイを飲むの。ね?」

「お乳を飲まなきゃちゃんと親子になれないじゃないの」

  ハナたちも必死で赤ん坊の行方を探して走り回っている。
  ハナ 「まだ遠くには行ってない筈よ!」(走りながら)
  ギン 「けど探しようがねぇぜ!」(走りながら)
  ミユキ 「清子が道連れにされてもいいのかよ!!」(走りながら)
  ギン 「無茶して大丈夫かよ!?」(走りながら)
  ハナ 「今無茶しなくていつするのよ!!」(走りながら)
670 ミユキ 「こっち!」(走りながら)
  公園に居る幸子を見つけた。幸子も赤ん坊を抱いて逃げる。
  ハナ 「まったく何てお人好しなの!?泥棒にわざわざ返しに来るなんて!!」(走りながら)
  ギン 「誰だよ、一家心中なんて抜かした奴は!?」(走りながら)
  ミユキ 「オッサンじゃねえか!!」(走りながら)
  ハナ 「どっち!」(走りながら)
  ギン 「左だ!」(走りながら)
  ハナ 「じゃ右ね!」(走りながら)
  ギン 「何でだよ!?」(走りながら)
  ハナ 「ギャンブル弱いんでしょうが!」(走りながら)
680 ギン 「む〜返す言葉もないや!!」(走りながら)
  幸子は停車中のトラックに乗り込み発進させる。ギンは近くに停まっていた警察官の自転車を拝借して追いかける。

トラックは国道を走り抜ける。ハナたちもタクシーで一緒に追いかける。幸子の運転するトラックはハンドル操作を誤りビルの一階へ突っ込んだ。

幸子は赤ん坊と一緒にエレベーターに乗り込む。ギン達は階段で屋上へとかけ上がって行く。

屋上へ飛び出した幸子を報道用のヘリのライトがとらえた。

  《せりふ:アナウンサー》
「繰り返しお伝えします!先ほど品川区のビルにトラックが衝突した事故現場をお伝えしましたが、同じビルの屋上に現在赤ん坊を抱いた女性が現れました」

「衝突したトラックは赤ん坊を連れた女性が運転していたとの目撃証言もあり、事故との関連があると見られます!」

「今また一人現れました!ご覧いただけるでしょうか!?」

  幸子 「来ないで!!」
  ミユキ 「ダメエエエエエエエッ!!」
  幸子は赤ん坊を抱いたまま、屋上の縁に立った。
  ミユキ 「教えて!何で赤ちゃん盗んだのさ!?」
  幸子 「違う!この子はあたしの子よ!!本当の子供よ」
  ミユキ 「ウソだ!!」

「その子を心配して待ってるホントの親がいるんだよ!!」

  幸子 「ウソよ!そんなの!!」
690 ミユキ 「子供がいなくなった時の気持ち、あんたなら分かるでしょ!?」
  幸子 「死んじゃった・・・私の赤ちゃん・・・生れないで死んじゃったのよ!!」

「他の赤ちゃん、みんな新生児室で元気にしてて・・見てたらあたし死にたくなった。でもその時、この子、私に笑いかけたの!私の子供だと思った!」

「この子さえ居てくれたら、きっと、きっと何もかもうまくいく・・・あの人も立ち直ってくれるしみんなで本当の家族になれる」

  ミユキ 「デタラメだよ!そんなの!」

「子供の命を粗末にして何が家族だよ!?死ぬならあんた独りで死ねばいいんだ!同じ命は二度と産まれてこないんだ!!あんたもあたしも清子もだよ!」

「返しなよ。ね?」

  幸子 「生まれ変わりたい・・」
  幸子が飛び降りようとするその時、夫の西沢が反対側のビルから生まれ変わってもう一度やりなおそうと叫んだ。
  幸子 「先に行って待ってるわ・・・・」
  幸子が赤ん坊を抱いたままその身を空中へ躍らせた。ミユキの手が伸び幸子の体を掴んだ。ハナとギンも駆けつけてくる。
  幸子 「お願い!死なせてぇっ!!」
  ミユキ 「清子はお父さんとお母さんに会いたいんだよ!」
  赤ん坊 「帰りたい・・・」
700 幸子 「ごめんなさい・・・・」(泣く)

「この子を、お父さんとお母さんの所へ・・・」

701 その時、ずるずるとミユキの体がすべり幸子ともども落ちかかった。咄嗟にギンの手が伸びてミユキをつかまえる。

反動で、幸子の抱いていた赤ん坊が手から離れ、落ちていった。ハナが赤ん坊を追って飛び降りる。

赤ん坊を掴んだハナに突風が下から吹きつけた。ハナの体は風にあおられて上昇し、ゆっくりと地上へと降り立った。

朝日が昇る。あかあかと希望に燃える光で地上を照らし出していった。

劇 終

inserted by FC2 system