ノベライズ SPACE BATTLESHIP ヤマト
12月1日公開


SPACE BATTLESHIPヤマト
5・・・【希望】
001 ナレーション  ヤマトはワープを繰り返し、地球への帰路を急いだ。往路にあれほどヤマトを悩ませたガミラス艦隊はもはや現れることはなかった。
 そして、ヤマトが地球を発ってから11ヶ月の時が流れた。

 なかなか意識を取り戻さない森雪を佐渡医師に引き渡したあと、古代は一人で艦長室に向かった。沖田艦長に報告するためだった。
沖田十三 「そうか・・・。あったか・・・・」
ナレーション  デスラーの一部であるイスカンダルが放射能を除去する能力を有していたと告げたとき、沖田艦長はただそれだけを呟いた。胸の上で両の手を組み、顎を深く沈めて雨が土に染むように呟いた。
沖田十三 「そうか・・・多くの命を賭けて託された未来だ・・・。心して生きろよ、古代」
ナレーション  佐渡医師は笑顔を絶やさない。
 いつの間にか、艦長室に入るのに小さな覚悟が必要になった。佐渡医師は艦長室の前の通路で立ち止まり、誰の目もないことを確認してから自分の頬を鋭く叩く。叩いた後にニコニコと笑ってみる。艦長に笑顔を見せようと思った。悲しみは悲しみじゃ消せない。悲しみを消せるのは笑顔だけだ。佐渡はそう思うから、ニセの笑顔を本物に変えて艦長室に踏み込む。
佐渡先生 「調子はいかがですか、沖田艦長」
沖田十三 「・・・あと少しで、地球が見えてくる」
「佐渡先生。もうすぐ地球が見えてくる。もうすぐ皆が、家に帰ることができるな」

「帰れない者が大勢出てしまった・・・。皆、帰りたい気持ちは一緒だったろう。地球を、ふるさとを一目見たいと願ったことだろう・・・」
「佐渡先生。私は、皆に礼を言わねばならない。よくやってくれたと。ありがとう、と」
ナレーション  沖田艦長が長い息を吐き出した。消えそうな声で呟いた。
沖田十三 「佐渡先生・・・。しばらく、一人にしてくれんか」
010 ナレーション  佐渡は何も言わず艦長室を出ようとする。艦長にかける言葉が見つからなかった。佐渡はうつむき、ドアノブをひねって艦長室のドアを閉じる。ノブから手を離すと涙がこぼれた。雫(しずく)が落ちて、それが白衣の裾に当たって床にこぼれた。
佐渡先生 『・・・冗談じゃない・・・。艦長は一度だってあたしに弱みを見せてくれなかった。あたしが艦長に甘えていることを、艦長はちゃんと見抜いて、その上であたしに甘えさせてくれていたんだ』
ナレーション  佐渡は歩き出す。止められない涙がボロボロとこぼれ落ちた。
佐渡先生 『・・・いつだって助けてくれたのは艦長のほうだ・・・最初から最後まで、艦長があたしを助けてくれた・・・あの人は、地球の父だ。・・・あたしたちの、父だ』
ナレーション  『こちら地球防衛軍司令室。沖田艦長、応答せよ。ヤマトは無事か』

 もう何ヶ月も呼びかけを続けていた。地球にはもう、ヤマトしか希望がなかったからだ。
 3ヶ月を超え、半年に近づくと作業の意味が変わった。ほとんど諦めているのに、諦めないために続けている作業に変わった。
 それが今日は違った。通信担当の隊員は、巡回に来る藤堂に持ち場を離れ飛びついた。目にいっぱいに涙を浮かべたままメインモニタのスイッチを入れた。背筋が伸びて爪先が揃った。勝手に右手が上がって敬礼の姿勢をつくった。
古代進 《こちらヤマト。宇宙戦艦ヤマト。地球防衛軍、応答願います。応答願います》
藤堂平九郎 「こちら、地球防衛軍長官、藤堂平九郎だ」
古代進 《宇宙戦艦ヤマト、艦長代理、古代進です》
藤堂平九郎 「よく帰ってきてくれた」
古代進 《ヤマト、イスカンダル往復の任を終え、これより地球に帰還します。放射能除去装置を入手しました》
020 藤堂平九郎 「いま何と・・・」
古代進 《放射能除去装置を入手しました。地球は滅びません。救えます》
ナレーション  藤堂は涙を流した。溢れ出す涙は止められなかった。ヤマトの労をねぎらってやらねばならない。ヤマト帰任せよ、と告げなければならない。なのに声が出せなかった。堰を切って溢れ出す想いに溺れていた。
 画面の古代艦長代理が、敬礼の姿勢のまま、目尻に涙を浮かべているのが見えた。藤堂はその場にくずおれながら声を出す。
藤堂平九郎 「よくやった・・・!よくやってくれた・・。よく帰ってきてくれた、ヤマトよ」
ナレーション  艦長室の窓からも赤く輝く星が見えた。第一艦橋の皆が湧き返っているのが振動と熱気で伝わる。
 沖田艦長は艦長帽を目深にかぶったまま、無言で窓の外の赤い星を見つめていた。
 赤い地球が見えていた。沖田十三の瞳の中に、赤い星が浮かぶ。
沖田十三 「地球か・・・。何もかも、皆懐かしい」
ナレーション  宇宙戦艦ヤマト艦長、沖田十三はそう呟いて息絶えた。
 佐渡医師はドアを開け、宇宙戦艦ヤマト艦長の最期の姿をその眼に捉えた。
 沖田艦長のベッドの向こうに地球が見えた。

 窓の外の赤い星を見つめながら、古代は表情をほころばせ通信機を掴もうとした。
 だが、通信機に伸びた古代の手は、別の誰かの手にせき止められた。温かな手に右手を包まれて、古代はゆっくりと顔を上げる。
 そこに佐渡医師が立っていた。悲しそうな笑みを口元に浮かべていた。佐渡医師がゆっくりと首を横に振った。
古代進 「・・・艦長が、逝かれたのか」
佐渡先生 「たった今・・・。地球を見届けて、逝かれたわ」
ナレーション  覚悟はしていた。いつかこの日がやってくることを。
 第一艦橋にいる全員が同時に艦長席を向いた。全員分の衣擦れの音が重ねる。全員が心の中に沖田艦長を見ていた。直立不動の姿勢をとる。
030 古代進 「沖田艦長に、敬礼」
ナレーション  第一艦橋に一糸乱れぬ靴音が響き渡る。
 沖田艦長を失い、悲しみに満ちた第一艦橋を突然の衝撃が襲った。敬礼の姿勢をとっていたクルーが床に何人も投げ出される。
古代進 「何だ今の衝撃は!?相原!」
相原 「十時の方向に巨大ガミラス艦出現!本艦は攻撃を受けています!」
古代進 「何だと!?なぜガミラスが?中央部を破壊したはずだぞ!」
相原 「わかりません!格納庫被弾の模様!」
古代進 「状況は!?」
ナレーション  古代は通信機を掴み叫んだ。艦内がミサイル攻撃の余波で揺れている。悲鳴のような隔壁の軋みも聞こえた。
声A 《格納庫に火災発生!》
声B 《左舷対空砲大破!使用できません》
040 古代進 「徳川機関長!機関部は!?エンジンは大丈夫か」
「波動エンジンは無事なのか!?」
ナレーション  徳川彦左衛門は走っていた。敵ミサイルが機関部に直撃した。隔壁がいくつも吹き飛び、機関士数名が宇宙空間に吸い出された。
徳川彦左衛門 「全バルブ閉鎖だ!エネルギー漏れを防げ!」

「消火作業を急げ!補助エンジンは無視だ!波動エンジン動力炉に全エネルギーを回せ!」
ナレーション  徳川機関長は裸の両手で焼けたバルブを掴んだ。二本の腕に千切れんばかりに力を込めた。引き締めた脇の下で皮膚の破れる感触があった。空気が熱を帯びてオレンジ色に染まっている。
古代進 《徳川機関長!報告せよ!波動エンジンはどうだ!徳川機関長!》
ナレーション  徳川が立つバルブ周辺の隔壁が、熱と外圧で弾け飛んだ。徳川はその体ごと波動エンジンの外壁にぶつかる。肉がつぶれ、腰と足の骨が折れた。肋骨の数本が肺に突き刺さって徳川の口から血液が漏れた。溢れ出す血液で、焼けた喉が一瞬だけ蘇った。徳川は二本の腕で這いずって進む。波動エンジンのバルブに捕まって体を起こした。
徳川彦左衛門 「・・・出力低下なれど・・・航行に支障なし・・・」
ナレーション  徳川は告げた。それが徳川彦左衛門の、最後の言葉だった。
相原 「入電・・・?艦長代理!入電があります!」
「前方の敵ガミラス艦からの入電です!」
ナレーション  メインモニタに奇妙な像が映し出された。輪郭線を失った結晶の集合体が、無数に反射を繰り返してしだいに人型に形づくっていく。辛うじて手足の判別がついた。頭とおぼしき部分が出来上がり、揺らめいてこちらを向いた。目鼻などない。なのに見られているのがわかった。その視線に敵意と憎悪が満ちている。
050 デスラー 《・・・我々が滅びたと思ったか》
《お前たちの勝利とは何だ。我々を滅ぼすことか。それとも、お前たちの地球を、元の姿に還すことか》
古代進 「ガミラス、いや、デスラーか」
デスラー 《我々デスラーは、そのほとんどがお前たちに滅ぼされた。わずかに残された一部が我々だ。だがデスラーは決して滅びない。君たちがイスカンダルをその心に留めたように、我々もまた、地球に生きるすべての人間に”デスラー”の存在を知らしめよう。その記憶に永遠に刻み込もう。地球を救うことがお前たちの願いなら、我らはその願いを打ち砕こう》

《・・・決して我々を、忘れさせぬために》
ナレーション  結晶体が砕け散った。無数の小点になった結晶がガミラスの巨大艦に吸い込まれていく。まるで風を浴びた砂の塔のように、ガミラス艦の外壁がバラバラと崩れ落ちていった。その内側に、銀に輝く巨大な半円形の物体が見えた。ガミラス艦の外壁は内側から砕かれて巨大すぎるミサイルが姿を現す。ヤマトの艦体の数倍の大きさだった。ミサイルは前進している。ゆっくりと、だが確実に地球に向かって進んでいる。
古代進 『・・・地球人類の記憶に留まることが、デスラーの願いだというのか・・・』

「相原!」
相原 「強力な核反応!とてつもないエネルギー量です!」
「直撃すれば地球が消滅します」
古代進 「南部!あれを止めろ!何とかして打ち落とすんだ!」
南部 「もうヤマトには、何も残されていません!」
古代進 「ブラックタイガー隊は!?」
南部 「もう機体がありません!パイロットだって・・・」
060 古代進 「残存の砲塔は!?」
南部 「パルスレーザー砲が数門、それのみです。主砲3砲、副砲、艦首ミサイルとも完全に沈黙しています」
森 雪 「わたしが出ます。敵ミサイルを止めて見せます」
古代進 「駄目だ」
「出撃を許さない。森雪、艦内で待機しろ」
森雪 「でも・・・!」
ナレーション  古代は思う。ヤマトに残された最後の力・・・、それは何だ。
 答えは出ていた。
 それは人間だ。人間の、仲間を守りたいと願う心だ・・・。
 古代の中でくすぶっていた迷いが消えた。古代は顔を上げる。空っぽの艦長席に、沖田艦長の信念を見ていた。いまはっきりとわかった。それは古代の信念と同じだ。大切なものを守る。ただそれだけの想いだ。
古代進 「島航海班長。ヤマトの残存エネルギー量はどの程度だ」
島大介 「・・・ワープ1回分程度だ。それしか残されていない」
古代進 「波動砲は」
南部 「イスカンダルでの戦いで砲門を閉じられたままです。発射できません」
070 古代進 「そうか、だが、エネルギーはまだ残されているんだな」
島大介 「古代。お前、何を考えている」
「わかっているな。波動砲を使うとヤマトは跡形もなく吹き飛ぶ」
古代進 「ああ」
島大介 「お前は一人じゃない。それもわかっているな。隣にいるのが誰か、お前がいま考えていること・・・それをお前は彼女に言えるのか」
ナレーション  古代は森雪を見る。
 雪が目を見開いて古代を見ていた。胸の前で組まれた両手が、白くなってブルブルと震えていた。
 古代は雪の前を確かな足取りで歩く。手を開いてガシリとマイクを掴み取った。
古代進 「総員退避だ。ただちにヤマトから退去しろ。艦長代理としての命令だ」
「総員退避だ。急げ」
島大介 「お前が残るなら、俺も残るぞ」
古代進 「駄目だ」
島大介 「ふざけるな。お前を見殺しにして、おれがのうのうと生きていけると思うのか」
古代進 「島、わかってくれ。ミサイルを止めるには、おれとヤマトがいれば充分なんだ。お前は地球に帰り、次郎君と一緒に新しい世界を創るんだ。生き残り、未来につながる者が必要なんだ」
080 森 雪 「わたしにも、同じことを言うつもりですか」
ナレーション  雪は言った。強い目で古代をにらみつけた。そうしないと腰から崩れてしまいそうだった。泣きじゃくって古代の胸にすがり付いてしまいそうだった。
森 雪 「わたしにも、生き残って、他の誰かと未来を作れって、そう言うんですか」
古代進 「・・・雪」
森 雪 「古代班長の居ない世界なんて・・・生きている意味、ない」
ナレーション  古代の腕が雪の背中に伸びてきた。雪は古代の腕に抱かれる。まばたきのたびに涙がこぼれた。
古代進 「雪・・・、おれにはもう家族が居ない。でもこの船で君と出会えた。君を守りたくて・・・、生まれ変わった地球を君に見せたくて、今日まで戦ってこれたんだ」

「わかるだろう。雪。ヤマトに乗った大勢の仲間たち、彼らは皆、生きるために死んでいった。沖田艦長だって、真田技師長だって、斉藤隊長だってそうだ。徳川機関長も最後の最後まで、生きて、生きて、生かそうとして死んでいった」
ナレーション  雪の目から涙がこぼれる。止めようとしても止まらなかった。こぼれた涙が古代の胸を濡らした。
古代進 「おれも生きる。生きるために戦うんだ。おれは・・・、おれたちは・・・、地球を包む緑の大地となる。雪や雪の子どもたちが、胸いっぱい空気を吸い込んで、走り回り、命を育(はぐく)む緑の大地となるんだ」

「おれは死なないよ、雪。生きていつも君のそばにいる」
ナレーション  雪の首筋に冷たいものが触れた。古代のパルスガンだ。古代進といっしょにいたい。あなたが消えるならともに消えたい。そう願うのに、この人はこうして微笑みながらわたしに帰れと言う。地球に帰れと言うんだ。
 出力の下げられたパルスガンが雪の首を撃った。雪の視界がかすみ、意識が遠のく。古代の顔が見えなくなる。
090 古代進 「ありがとう。雪、愛している」

「ヤマト、発進」
「目標、ガミラス大型ミサイル」
ナレーション  波動エンジンが火を噴く。ヤマトが前進する。巨大なガミラスミサイルから無数の対空砲が突き出された。数多(あまた)の砲がヤマトを捉え、一斉に光子砲を発射した。そのすべてをヤマトは受ける。第一砲塔が吹っ飛んだ。第一艦橋上部にある艦長室も吹き飛んだ。艦底部が爆発を起こした。ヤマトは震える。艦体のいたるところから火を噴いて、それでもヤマトは前進する。
古代進 「おれは死なない!生きる!生きるために戦うんだ!」

「エネルギー充填120パーセント!ターゲットスコープオープン!目標、敵ミサイル!」

「波動砲、発射!」
ナレーション  古代はトリガーを引いた。世界が白に染まる。雪の顔が浮かんだ。人々の顔が浮かんだ。
 世界は消えはしない。
 受けとめる者が、そこにある限りは。

 西暦2205年、地球が緑を取り戻してから数年の時が流れた。

 雪は地表に立っていた。
 ここには命が溢れている。
 子どもの呼ぶ声が聞こえる。雪はその頬に笑みを浮かべて子どもを振り返った。小さな手を雪に向かってめいっぱいに振っている。
森 雪 『・・・古代くん。地球は蘇ったわ。だって、あの子はあんなに楽しそうに笑っている。胸いっぱいにきれいな空気を吸い込んで、地上を走り回って笑っている』
ナレーション  吹き抜ける風に古代進の息吹を感じた。
 息子を見る雪の目は限りなく優しかった。雪は微笑み、わが子に伝える。
森 雪 『これが地球よ。あなたのお父さんが守ってくれた、命に溢れた青い星よ』

劇終

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