ノベライズ SPACE BATTLESHIP ヤマト
12月1日公開



SPACE BATTLESHIPヤマト
2・・・【会敵】
001 ナレーション  地下ドックは人間で溢れていた。
 イスカンダルを目指す最後の宇宙戦艦・・・。その搭乗口に繋がる細い通路に古代は立っていた。ずらりと並んだ人の列のかなり前の方から、どこかで聞いた女の声が聞こえてくる。
佐渡先生 「はい。あなたは航海班だから緑ね。あなたは技術班だから青」
ナレーション  佐渡医師の声だ。列が進むとようやくわかった。白衣の佐渡医師が、山積みになった支給品の前に立ち、搭乗希望者に次々に大きな袋を引き渡していた。また叫んだ。
佐渡先生 「ちょっと!あんたは戦闘班でしょ?赤だっつってんじゃない!勝手に持ってくなコラぁ!」
古代進 「佐渡先生」
佐渡先生 「あ。あんた、なんで?」
古代進 「なんでって・・・」
佐渡先生 「なんでここにいるの。まさかあんた、乗る気?」
古代進 「そのまさかですよ」
010 佐渡先生 「うそ。だってこれ沖田艦長の船だよ。あんた沖田艦長のことあんなに嫌ってたじゃない」
古代進 「それとこれとは別です。佐渡先生、後ろ、つかえてますよ。リストとの照合、早くしないと」
佐渡先生 「あ・・・。そうね。うん」
ナレーション  佐渡医師が目を白黒させながらリストを捲(めく)りはじめた。急に背中に水滴でも落ちてきたかのようにピクリと体を震わせる。めいっぱい目を見開いて古代を見上げた。
佐渡先生 「うそ!あんた戦闘班班長ってなってるわよ!なんで?民間人のあんたがなんで班長!?」
古代進 「復隊したんで、もう民間人じゃありません」
佐渡先生 「ふーん。でもさぁ、なんでわざわざこんなアブナイもん乗ろうってのよ。たぶんかなりの確率で死ぬよあんた」
古代進 「佐渡先生こそ。どうして沖田さんの船に?」
ナレーション  佐渡医師が人差し指を顎(あご)に当てて首を傾(かし)げている。古代はそれをみて何だか笑い出しそうになる。
佐渡先生 「んー。まあいいカナって思って。沖田艦長がいるしさ」
020 ナレーション  古代は呆れたように長い息を吐く。
古代進 「それが何の理由に」
佐渡先生 「だってさ、沖田艦長はすごい人だよ。あたし、あの人だけは尊敬してるんだ」
古代進 「沖田さん以外誰も尊敬してないみたいに聞こえますよ」
佐渡先生 「うん。あたしは一人で生きるんだ。友達はみーくんとこれだけでいい」
ナレーション  言って、どこに隠していたのかレトロなデザインの一升瓶を持ち上げる。中身はすでに半分以上空になっていた。
佐渡先生 「酒は百薬の長。これ、真理ね」

「それに、他になり手がいなかったみたいだしさ」
古代進 「え」
佐渡先生 「だってさ、いままで誰も行ったことない場所に、誰も使ったことない技術を使ってぶっつけ本番で行こうってのよ。無謀っていうかもうやけっぱちレベルじゃない。だから真っ当なお医者さんはみーんな乗船拒否。最後に、真っ当じゃないあたしにお鉢が回ってきたって感じ?」

「戦闘員だってそうでしょ?あんた、戦闘班班長ってなってるけど、復隊したばっかのあんたがいきなり班長ってのも、要はそういうことなんじゃないの?人が足んないのよ。兵隊さん、もうみんな死んじゃったしさ」
古代進 「・・・人類に残された、最後の希望ですか?」
030 佐渡先生 「そうね。そうかもしれない」
ナレーション  体をくるりと回して伸びをするように胸をそらした。佐渡医師の顔が自然と空を向く。その視線の先に、最後の宇宙戦艦の搭乗口が見えていた。佐渡医師がどこか笑いを含んだ声で呟く。
佐渡先生 「あーあ、ちゃんと飛ぶのかねぇ、このポンコツ」
ナレーション  支給品を受け取り、艦内に乗り込んだ直後だった。唐突にアラートが鳴り響いたのだ。艦内は一瞬にして緊迫に包み込まれた。
 古代は見慣れないコンソールを前に立ち尽くしていた。搭乗を志願してから今日まで、期間はおそろしく短かった。そのほとんどの時間を研修に費やしていたせいで、古代は今はじめて最後の宇宙戦艦の内部に踏み込んだのだ。前一面に強化ウインドウが見える。ゆるいカーブを描き、ウインドウに張り付くように操縦席が並んでいた。
藤堂平九郎 《先ほどレーダーがキャッチした。その船のことがガミラスに知られたようだ。ガミラスの大型ミサイルがそちらに向かっている》

《衛星軌道上から迎撃に当たっているが効果は薄い。このままではまず間違いなく直撃する。出航はまだか》
《こんなところで最後の希望を失うわけにはいかんのだ》
ナレーション  沖田艦長が第一艦橋中央の艦長席に椅子ごと降りてきた。第一艦橋の真上には艦長室があり、そこの椅子と第一艦橋の艦長席が連結しているのだ。沖田艦長は第一艦橋内をぐるりと見回す。間を置かずに鋭い声で指示を出す。
沖田十三 「古代。お前は砲手を担当しろ。島、お前は操舵担当だ。当艦の運行をお前に託す」
古代・島 「了解」
ナレーション  古代と島の声が重なった。島が第一艦橋右手のオペレーター席に走る。古代は強化ウインドウのちょうど中央に位置する操縦席に着いた。一瞬だけ二人で視線を交わした。島が小さく肯(うなず)く。
相原 「敵ミサイル、8分後に着弾します」
040 沖田十三 「緊急発進だ。島、波動エンジン始動準備」
島大介 「了解。波動エンジン始動準備」
ナレーション  機関室にいる徳川機関長の復唱が第一艦橋に響き渡った。
徳川彦左衛門 《波動エンジン内、エネルギー注入開始》
沖田十三 「補助エンジン、第2戦速」
島大介 「了解。補助エンジン、第2戦速に移ります。波動エンジン、シリンダーへの閉鎖弁オープン。波動エンジン始動5分前」
徳川彦左衛門 《波動エンジン内圧力上昇。エネルギー充填90パーセント》
沖田十三 「補助エンジン、最大戦速」
島大介 「了解。補助エンジン最大戦力」
徳川彦左衛門 《波動エンジン内圧力上昇。エネルギー充填百パーセント》
050 ナレーション  徳川機関長の声に島が沖田艦長を振り返った。「エンジン点火」の指示がない。
島大介 「・・・艦長!」
沖田十三 「まだだ、まだ足りん。徳川くん。めいっぱい充填したまえ」
徳川彦左衛門 《波動エンジン内、エネルギー充填110パーセント》
島大介 「波動エンジン点火2分前、フライホイール始動10秒前」
徳川彦左衛門 《波動エンジン内、エネルギー充填120パーセント》
沖田十三 「よし!島、フライホイール始動だ」
島大介 「了解。フライホイール始動。波動エンジン点火10秒前」
徳川彦左衛門 《点火10秒前。9・・・8・・・7・・・6・・・5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・ゼロ》
沖田十三 「接続」
060 島大介 「フライホイール接続します。点火」
ナレーション  途端に足元が小刻みに震え出した。小さな振動が一秒ごとに力を増し、巨大なエネルギーの奔流となっていく。まるで空間そのものが震えているようだった。
沖田十三 「ヤマト、発進」
ナレーション  地響きよりなお激しく、その振動はあたりの空気すべてを震わせた。地の底からせり上がるマグマのような莫大な熱量。艦全体が燃え盛る恒星のようなエネルギーに満ちていた。

 古代は第一艦橋から見える赤い大地を見つめながら呟いていた。大地が割れ、岩石が舞う。
 古代は目を剥く。ヤマトの艦体が大地をせり上げて上昇しようとしていた。
 古代の目の前で、第一艦橋の強化ウインドウに赤く錆びた鉄くずがぶつかっては弾け飛んだ。宇宙戦艦ヤマトを覆っていた戦艦大和の外壁だ。250年の時を経て、大和がヤマトに脱皮する。海の覇者から宇宙の覇者へ。ヤマトはベールを脱ぎ捨てて、エネルギーの塊と化して空を行く。
島大介 「右、15度転回。仰角30」
沖田十三 「敵ミサイル着弾まで何秒だ」
相原 「100(ひとまるまる)秒。距離1500キロ」
沖田十三 「間に合わん。真田。このまま波動砲の発射実験を行う。目標、前方の惑星間ミサイル」
真田志郎 「波動砲はまだ最終チェックが済んでいません」
沖田十三 「使えんのか」
070 真田志郎 「いえ・・・。発射は可能だと思います」
沖田十三 「では行う。必ず成功させろ」
ナレーション  真田技師長が黙り込んだ。一瞬の沈黙の後にすぐに顔を上げて古代を見る。
真田志郎 「了解しました。古代、波動砲のマニュアルは読んであるな。お前の仕事だ」
相原 「距離、1200キロ」
沖田十三 「波動エンジン内圧力上げろ。非常弁全閉鎖」
徳川彦左衛門 《エンジン圧力上げます。非常弁全閉鎖》
沖田十三 「波動砲へ回路開け」
徳川彦左衛門 《回路、開きます》
古代進 「波動砲、薬室内圧力上がります」
080 徳川彦左衛門 《全エネルギー波動砲へ。強制注入機作動》
沖田十三 「よし。波動砲、用意。島!操縦を古代に渡せ」
ナレーション  島がこちらを向く。一瞬だけ唇を歪めた。
島大介 「古代。渡すぞ」
ナレーション  島が操縦桿から手を離した。途端に古代は自ら握る操縦桿が重く熱いものに変わったと感じる。この指に、この手のひらに数億の人間の命が、未来がかかっている。その実感が操縦艦を握る古代の指を震わせる。
古代進 「ヤマト、右20度転回。艦首方向に敵ミサイルを捕らえます」
沖田十三 「波動砲、安全装置解除」
古代進 「安全装置解除。セーフティーロックゼロ。圧力発射点へ上昇中。最終セーフティー解除」
南部 「セーフティロック解除されました」
ナレーション  目の前のモニタに敵ミサイルの軌道が示されている。ヤマトの艦首がその軸線に重なる。波動砲の射程に入った。
090 南部 「ヤマト、惑星間ミサイルの軸線に乗りました」
古代進 「姿勢制御固定!」
「ターゲットスコープオープン」
「電影クロスゲージ明度20.目標、惑星間ミサイル」
相原 「敵ミサイル、距離180キロ!」
徳川彦左衛門 《エネルギー充填100パーセント》
ナレーション  古代は沖田艦長を振り返った。沖田艦長は肯(うなず)かない。
沖田十三 「まだだ」
徳川彦左衛門 《エネルギー充填120パーセント》
南部 「薬室内圧力限界です」
沖田十三 「発射10秒前。対ショック、対閃光防御」
ナレーション  第一艦橋に詰める全員が、漆黒のゴーグルをその目にかけた。起き上がったスコープの中に古代は敵ミサイルを捉える。小刻みに操縦桿を操作する。丸い照準の中に敵ミサイルを囲い込む。映像はブレ続ける。そのブレを古代の指先が追いかける。いつの間にか全身を冷たい汗が包んでいた。
100 相原 「距離70キロ!直撃します!」
古代進 「波動砲発射5秒前・・・4・・・3・・・2・・・1」
「波動砲。発射!」
ナレーション  古代の視界は光のシャワーで満たされた。何も見えず、聞こえない。第一艦橋はすべて白い世界になり、その強すぎる光は人々の輪郭線まで消してしまう。自分自身が消え去りそうな光の洪水に古代は呑まれ、前方に空間以外に何一つ残されていないのをその瞳が捉える。
 古代はその刹那に、自分の人差し指が敵ミサイルを瞬時に消滅させたことを知った。

「システムダウンです!」

 通信員の叫びで地球防衛軍司令室は一挙に喧騒に包まれた。部屋中に設置されたモニタが一斉に明滅を始める。アラートを示す警戒色がいくつものモニタを真っ赤に染めている。
藤堂平九郎 「回復急げ!ヤマトの所在を確認しろ」
ナレーション  画面には巨大なキノコ雲が映っていた。相当な望遠だ。画面の遥か下方にほんの少しだけ、赤い大地がかすんで見えた。キノコ雲は地表から成層圏まで舞い上がる大きすぎる積乱雲のようだった。画面全体が密度の濃い靄(もや)に包まれて視界がない。
藤堂平九郎 『・・・波動砲を使ったか・・・。あの膨大なエネルギー量だ。敵ミサイルを消滅させることはできても、放ったヤマト本体も無傷でいられるとは思えん』
ナレーション  波動砲のエネルギーの奔流の影響を受けてか、黒煙の中に所々落雷のような光のヒビが生じていた。空間全体が球体に近い黒い靄(もや)に包まれ、その靄の表面にまるで血管のように光の筋が走り回る。それは灼熱に滾(たぎ)る卵のようだった。
 黒煙を突き破り、さらに黒い艦体がその機首を覗かせた。藤堂は思わず身を乗り出す。黒光りする艦首、赤と黒で彩られた巨大な艦首が黒煙を吹き飛ばしながら姿を現す。

「ヤマトです!ヤマト、無事です!」

 藤堂は瞠(みは)った目を閉じずにいた。ヤマトの艦影が空に映える。雄大だった。勇ましかった。
沖田十三 《波動砲の発射実験成功》
藤堂平九郎 「ああ」
「このまま行くのか」
沖田十三 「ああ。このまま太陽系を脱出する。イスカンダルへ向かう」
110 藤堂平九郎 「そうか」
ナレーション  藤堂は答えた。自然とモニタに向かって敬礼の仕草をとっていた。自分でも意識しないほど、藤堂の右腕は自然に動き鋭角を作って額に固定される。はっきり伝えた。
藤堂平九郎 「わかった。頼むぞ」
ナレーション  沖田艦長が目を見開いたまま敬礼を返してくる。
藤堂平九郎 「ヤマト、出撃せよ」
ナレーション  ヤマトの、そして地球の全人類の希望を背負って沖田艦長の鬨(とき)の声が響き渡った。
116 沖田十三 「了解。ヤマト、出撃」





男はナレーションの被り

SPACE BATTLESHIPヤマト
2・・・【会敵】
001 古代進 「相原。移転先の座標特定は済んだか」
相原 「・・・計算はしました」
古代進 「済んだのかと聞いている。移転先の座標を確実に確保したのか」
相原 「確実に、とは言えません。移転先はレーダーの届かない未知の空域です。移転先の空間に異物がないかどうか、それを確かめる術がありません」
沖田十三 「構わん。いまはイスカンダルが示した座標を信じよう。第一の座標へワープだ」
ナレーション  沖田艦長は通信機のスイッチを入れた。相原通信員は軽く唇を噛んで沖田艦長の声を聞いている。体の芯の部分が小刻みに震えていた。
沖田十三 「総員に告ぐ。ヤマトは火星軌道に入った時点で人類初のワープテストを行う。このテストに失敗したら、我々はもちろん、地球人類の破滅に繋がるのだ。各人、気持ちを引き締めて任務を遂行せよ」
ナレーション  佐渡医師は、一升瓶と猫を抱え、ヤマトの第一艦橋へ繋がる通路をウロウロしていた。
佐渡先生 「なに?何がはじまるの?」
010 ナレーション  緊迫した空気にそぐわない佐渡医師の質問に、忙しく走り回っていたクルーの一人が足を止めて答える。
「ワープですよ。これからワープテストが始まるんです」
佐渡先生 「ワープ?すごい。そんなことができるんだ」
「できますよ。できなきゃ、イスカンダルには行けないんだ」
ナレーション  クルーが足早に立ち去っていく。佐渡は通路の壁にもたれて左手の猫の顔を覗き込んだ。
佐渡先生 「みーくん。ワープだってさ。空間を飛び越えるんだって」
「すごいねえ。人間ってやつは、いったいどこまで行くつもりなんだろうねぇ」
ナレーション  沖田艦長が落ち着き払った声で告げる。
沖田十三 「よし。島、ワープだ」
ナレーション  島は操縦桿を押し込んだ。同時に一滴の汗がコンソールに垂れる。
 島の短い叫びが第一艦橋に響いた。
島大介 「ワープ」
020 ナレーション  目が覚めたようだった。
 古代は瞼を開くと同時に正面の強化ウインドウを凝視した。宇宙空間が見える。とりあえず生きてる。艦内を見渡した。まだ意識を失っている者が多かった。一人、また一人と頭を振りながら上体を起こす。
古代進 「どうだ島。成功したのか?」
島大介 「・・・わからん。真田技師長・・・、ワープは?」
真田志郎 「成功だな。見てみろ。土星だ」
ナレーション  古代はまだはっきりしない頭を無理に起こして眼前に広がる宇宙空間を見つめた。小さな点があった。その点の周りに鉛筆で紗(しゃ)を引いたような環(わ)が見えた。古代は何度も目をしばたたく。土星を極側から見たのははじめてだ。まるで魚類の目玉のようだった。
島大介 「大関門を一つ越えたな」
古代進 「ああ」
ナレーション  その瞬間、相原の叫びで艦内の歓声が打ち消された。
相原 「敵ガミラス艦隊接近!次々に現れてきます!」
ナレーション  古代は猛烈な勢いで振り返った。強化ウインドウを通して肉眼でそれを見る。大型空母が取り囲むように敵艦載機が無数に飛び交っていた。大艦隊だった。数で言うなら戦闘機が4、50。巡洋艦が3。さらにあのさいずの空母だ。その内部には無数の艦載機を積載していることだろう。
030 島大介 「なぜだ!?ワープ直後だぞ!?」
真田志郎 「ワープエネルギーを探知されたのかもしれん。ワープ機能ならガミラス軍の方が先輩だ。空間の歪みから位置情報を掴むことくらいお手の物だろう」
島大介 「では!ではこれから数百とくり返さなければならないワープに、ことごとくその危険が付きまとうということですか?そうなんですか?」
真田志郎 「・・・そういうことになるな。それも覚悟の上だ」
古代進 「波動砲は?波動砲を使ってやつらを根こそぎにするというのは」
真田志郎 「駄目だ。波動砲はワープと同じエネルギーを使っている。今はワープ直後で使用できん」
古代進 「では・・・、ブラックタイガー隊を出動させ、ショックカノンの位置情報を・・・」
沖田十三 「待て」
「この場に留まれば無数の敵艦が湧いて出ることになるだろう。もう一度ワープする。」
「相原。20分で転移先の算出をしろ」
相原 「はい」
沖田十三 「古代。追跡を避けるためにガミラス艦隊空母のワープエンジンを破壊しろ」
040 古代進 「わかりました」

「ブラックタイガー、全機出動。目標、敵空母ワープエンジン。機関部のターゲッティングを頼む」
森 雪 「了解」

「森機、出ます」
ナレーション  次々と出撃報告が続く。古代は全機の出撃を確認してから格納庫エアロックを閉じた。眼前の強化ウインドウの向こうに、豆粒のような自軍艦載機が見える。縦横に拡散しながら敵艦載機に向かっていく。その動きには微塵のおそれも感じられなかった。
古代進 「ブラックタイガー隊全機出撃完了。いいか、ワープ予定時刻は今から1200(ひとにいまるまる)秒後だ。それまでに全機帰還せよ」
ナレーション  ブラックタイガー隊全員の応答が重なり合って響く。古代は目の前で繰り広げられる空中戦を凝視していた。
森 雪 「何よ!機銃がまったく利かないじゃない!」
ナレーション  森雪はコックピットで叫んでいた。通信を受信のみにし雪は叫ぶ。敵艦載機に向けて放った雪の機銃は確かに敵機の腹を掠めた。だというのに敵機はまったく傷つかない。ほんの少し体制を崩しただけだ。すぐに持ち直して光子砲を放ってくる。
森 雪 「これじゃ防戦一方じゃない!どうやって戦えばいいのよ」
ナレーション  雪は操縦桿をほとんど胸元まで引き寄せて機体を反転させた。視界がグルリと逆さまになる。開けた視界に敵大型雷撃機が見えた。自分の機体の半分ほどもある爆雷を、その腹に魚類の卵巣のように抱えている。あの巨大なミサイルをヤマトの機体に撃ち込もうというのだ。

 雷撃機から巨大なミサイルが放たれる。森雪は背後に巨大なミサイルを従えたまま、全速で敵巡洋艦に突っ込んでいった。雪の機体は敵巡洋艦の側面すれすれを全速で駆け上がった。レーダーに敵巡洋艦が巨大な壁として映っていた。その壁に、雪を追尾していた大型ミサイルが突き刺さって弾ける。

 凄まじい爆発だった。敵巡洋艦が一瞬で光の集合体と化して砕け散る。光の束が雪の背後から迫り、コックピットの雪を洗って前方に抜けていった。雪は歓声を上げる。
森 雪 「どうだぁ!このヤロウ、どうだぁ!」
050 古代進 《やるじゃないか》
ナレーション  通信機が古代進の声を雪に伝えた。途端に雪は顔を赤らめ、通信モニタを凝視する。
古代進 《お前、一人のときはいつもそんな感じなのか》
森 雪 『・・・聞いてたなら何か言いなさいよ』
ナレーション  ヤマトの主砲が、鎌首を擡(もた)げる大蛇のように、敵空母に向かって旋回していた。ピタリと固定する。次の瞬間にやってくるのは猛烈な光の洪水だ。雪の目は白すぎる光に満たされて瞬間何も見えなくなる。凄まじい轟音も聞こえる。ヤマト艦内に響く主砲発射の衝撃が、通信機を通して雪の体をビリビリと震わす。
 ヤマトの放った主砲の連撃は次々と敵空母のエンジン部に突き刺さっていく。敵空母の機関部が崩壊し、内側から弾け飛ぶエネルギーの奔流だ。

 次の瞬間、森雪は予想外の衝撃を背中に感じた。握っている操縦桿がまるで生き物のように左右にブレ始める。制御できない。 
古代進 《森機、どうした!?》
沖田十三 「島、あと何秒だ」
島大介 「ワープエネルギー充填完了まであと300(さんまるまる)秒」
ナレーション  古代はブラックタイガー隊との通信回路をすべて開いた。眼前では敵ガミラス巨大空母が、その全身から光を放出して断末魔の叫び声を上げている。
古代進 「よくやった!直ちに帰還せよ。まもなくワープだ!」
060 沖田十三 「相原、ワープ可能な座標は特定できたか」
相原 「間もなく」
沖田十三 「ブラックタイガー隊帰還を急がせろ」
ナレーション  次々とパイロット達から帰還命令了解のレスポンスが返ってくる。敵空母を破壊したのだ。はじめての勝利なのだ。誰の声も明るかった。その時、森機が航行不能なっていると通信が入る。高揚した空気が一瞬で緊迫したものに変わった。
古代進 「何だと!?」
「ブラックタイガー第077号機!聞こえるか?応答しろ」
森 雪 「こちら森機・・・・。聞こえます」
古代進 「どうした。何があった」
森 雪 「今、確かめます」
ナレーション  薄ぼんやりとした視界のまま、雪はモニタをチェックした。警告ランプが狂ったように明滅している。機関部損傷・・・。燃料タンクに被弾・・・。酸素残量・・・、ほぼゼロ。
 絶望的だった。雪は状況を把握して、自分の頬を何度も張って気付けにした。雪はスターターを何度も押し込んだ。だがエンジンは再起動しない。
古代進 《森機!現状を報告しろ》
070 森 雪 「・・・敵空母の破片でエンジンをやられました」
古代進 《動けないのか》
森 雪 「エンジンが再起動しません」
ナレーション  森雪はコックピットの中で身を縮めて自らの膝を抱いた。動力を失い、機内の酸素は今にも底をつく。死ぬまでどの程度の時間があるのか、雪はそんなことを思う。
森 雪 『・・・大丈夫。・・・酸欠で死ぬのは苦しくない。だから大丈夫。ただわたしがここからいなくなるだけ。ただ・・・もう誰とも会えなくなるだけ・・・』

「・・・わたしはここに残ります」
ナレーション  呟いていた。死にたいわけがなかった。だけど呟くよりなかった。雪は目を閉じて、抱いた両膝の間に頭を押し付ける。胎児の姿勢になって心を塞ぐ。死ぬときは孤独だ。
古代進 《待ってろ》
ナレーション  さっきまで映っていた古代の顔がそこになかった。雪は通信機から漏れ聞こえる音を呆然と聞く。

《古代!時間が無いぞ!持ち場に戻れ!》

 誰かがそう叫ぶ声が雪の耳に届いた。

 沖田は古代進を見ていた。森機が帰還不能だと知るや、古代はすべてを投げ出して格納庫に走った。
古代進 「南部!引き継げ!」
沖田十三 「古代持ち場に戻れ」
080 古代進 「また切り捨てるんですか。兄貴みたいに」
沖田十三 「相原・・・。ガミラスの動向を逐次報告しろ。ギリギリまで待つ」
相原 「はい」
古代進 「バカヤロウ!死ぬなんて言うな。置いていけなんて言うな!」
ナレーション  古代は叫びながらコスモゼロを駆る。あと2分だ。森機からは途切れ途切れの信号が続いている。森雪はさっきから通信に応じない。何度も呼びかけた。だが返事がない。
古代進 「森雪!返答しろ!脱出装置は作動するか!?」
「森雪!聞こえるか!目を覚ませ!声を上げろ!」
「まだ生きてるんだろ!?生きているなら叫んでみせろ!森雪!」
森 雪 《・・・戻って・・・、ください》
古代進 「生きるのを諦めるな!」

《雪!聞こえるな。お前を助ける。脱出装置を作動させろ》
《おれの指示で、おれの進行方向に飛び出せ。お前を助ける》
ナレーション  レーダーに機影が映った。雪は雪原のように白くなった視界でその赤い点を捉える。古代進の乗るコスモゼロの機影だ。
古代進 《今だ!ベイルアウトしろ!》
090 ナレーション  言われるままに緊急脱出用スイッチを押し込んだ。下から突き上げる衝撃に雪は意識を失う。
古代進 《おれが必ず助ける》
ナレーション  相原の叫びで第一艦橋は修羅場と化した。
相原 「敵ガミラス機の大編隊がヤマトに進路を向けました。その数20・・・!」
沖田十三 「死なばもろとも・・・、か。母船を失い、帰ることのできなくなった艦載機ほどおそろしいものはない」
相原 「まっすぐにヤマトに向かってきます!」
沖田十三 「森機と古代のコスモゼロは?」
相原 「まだです!まだ帰還していません!」
沖田十三 「島。ワープエネルギーはどうだ」
島大介 「エネルギー充填完了しました。。。。いつでも行けます」」
100 沖田十三 「そうか」

「相原、ガミラス機の速度は:」
相原 「277宇宙ノット。最高速です」
沖田十三 「島。今から奴らをミサイルの一種と考えろ・・ギリギリまで引き付けて回避運動を行う。ヤマトを横にスクロールさせろ」
「総員、横Gに対応。回転運動のあと、ガミラス機が体制を立て直す隙を利用して古代機を回収。その直後にワープを行う」
島大介 「回避します。総員、対G防御願います」
ナレーション  細い光の束がヤマトをすり抜けて遥か前方に止まった。ガミラス艦隊はそのあまりのスピードに長々と光の残像を残し、まるで一本の光線のように見えた。
島大介 「敵艦隊回避しました!現在、急激に速度を落としています。方向転換する模様!」
沖田十三 「何秒ある」
島大介 「おそらく数10秒かと」」
沖田十三 「古代機は?」
相原 「通信入りました!着艦ゲートオープンの要請あり!」
110 沖田十三 「ゲート開けろ!着艦確認と同時ワープだ。相原、いいな」
相原 「了解。ヤマト、ワープ態勢に入ります」
ナレーション  島はコンソールに指を伸ばした。格納庫の開閉スイッチに触れたまま主モニタを凝視する。
相原 「コスモゼロ着艦!帰還しました!」
島大介 「よし!」
ナレーション  島は着艦ゲートを閉じる。知らずに叫んでいた。同時に操縦桿をフルスロットルに押し込んだ。加速とは違う重圧がヤマトの艦全体を急激に押しつぶす。空間が歪み、感覚が暴走する。
島大介 「ワープ完了。現在、ヤマトは天王星域にあります」
沖田十三 「・・・うむ」
「敵艦隊は」
相原 「追尾ありません」
沖田十三 「・・・そうか」
120 ナレーション  沖田艦長の声が弱かった。島は艦長の声を辿り、その顔が血の気を失い蒼白になっているのを見る。艦長が島の視線に気づき、艦長席に腕をついて体をまっすぐに起こした。
沖田十三 「・・・島。格納庫に佐渡先生を向かわせてくれ。森を診てやってほしい」
島大介 「・・・了解」
ナレーション  島は気づいていた。誰も口には出さない。だが、ヤマト乗船前から沖田艦長の体調が芳しくないことは明らかだった。
124 島大介 「佐渡先生。格納庫へ移動願います。ブラックタイガー隊員、森雪が負傷の模様です」


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