ノベライズ SPACE BATTLESHIP ヤマト
12月1日公開



【プロローグ】
 時に西暦2199年。青く美しかった地球は放射能に汚染され、人類は絶滅寸前の危機にさらされていた。
001 ナレーション  赤い大地を、男は危うい足取りで歩いていた。
 男はその全身を埃に塗(まみ)れた防護服に包んでいる。防護服の中で、男の全身には汗が浮き、玉になったそれが背中を伝って腰の部分に水たまりをつくっていた。外気はとうに40度を越している。それでも服を脱ぐことはできなかった。脱げば死ぬからだ。いまや地表のあらゆるものは、放射線に侵され尽くした毒物だった。マスクを外して外気を呼吸すれば、喉が焼け、肺がただれて直ぐに死ぬ。防護服のどこかに綻(ほころ)びがあれば、その隙間から毒に染まった空気が忍び込んで、内蔵が腐り、皮膚が爛(ただ)れてやがて死ぬ。防護服を完全に着こんでいたって安全ではなかった。防護服そのものも、強すぎる地表の放射線にしだいに侵されていくからだ。

 地平線まで続く赤い大地に男は膝をついた。厚い手袋に包まれた両の手のひらを差し出して、赤い砂をその手に掬(すく)った。男はゴーグル越しの目を手の中の砂に近づける。まるで川面の水を掬い。喉を潤そうとしているかのようだった。
 男の手のひらから赤い砂が零(こぼ)れ落ちる。
 土は死んでいた。
 そこにあるのは一切の水気をもたない乾ききった砂塵でしかなかった。灼熱の太陽に照らされ、一切の生物を死滅させた砂塵の砂よりもなお乾いて、男の手の中の赤い土は指の隙間からサラサラと零れ落ちる。男の長靴の毛羽立った爪先にそれがバラバラと落ちて、2、3粒が蚤のように小さく跳ねた。男は両手を砂時計のように膨らませて、赤い砂を地表に零し続ける。男の乾いた目がそれを見ている。最後の1粒が何の抵抗も無く男の指先から滑り落ち、赤い大地に吸い込まれて消えた。
古代進 「・・・地球は死んだ・・・」
ナレーション  男はまるで念仏のように口の中でそう唱えた。地球がこうなってからすでに5年近く経っていた。地球にはもはや水はなく、人々は地獄と化した地表を避けて地下にその生存の場を求めた。科学的に生成されるわずかな水や食料を巡って人々は争い、心は荒み、世界は灰色になった。
古代進 『・・・空から地獄が降ってくる』
ナレーション  男は空を見上げた。海を失った地表の赤が照り返しているかのように、その空は薄く赤く染まっている。乾きかけた血の塊のような色をした層雲が、赤い空をアメーバのようにゆっくりと動いていた。

 人類の威信をかけて組織された地球防衛軍も敗戦を重ねた。地球の科学の粋を集めてつくられた宇宙艦隊は、出撃のたびにただのスクラップになって宇宙の塵と消えていった。あまりにも圧倒的な力の差に、地球に生きる人々の間にはもはや絶望しか残されていなかった。未来を見据えて生きるというより、ただ、今日死ななかったから明日を迎える。人々はただそれだけの動機で辛うじて命をつないでいた。
藤堂平九郎 「これが最後の戦いです。大型巡洋艦8、駆逐艦8、それに空母3、沖田十三艦長がこれらを率い、火星星域での決戦に挑みます。地球防衛軍の残された戦力すべてをこの戦いに結集し、ガミラス艦隊の粉砕に全力を尽くします」
ナレーション 2199年、太陽系火星域
地球最後の艦隊がガミラス艦隊に最終決戦を仕掛けようとしていた。
森 雪 「ガミラス艦へのターゲッティング完了!あと何秒?」
相原 《カノン砲射程距離内まであと15秒。発射まであと20秒です。射程圏外に脱出急いでください》
010 森 雪 「森機、圏外に到達。対ショック飛行に移ります」
相原 《森機了解。・・・全艦に告ぐ。全艦、主砲門開け。目標、敵巡洋艦》
森 雪 『・・・ずいぶんやられた。生き残ったのは半数にも満たない。・・・か・・・・』

『巡洋艦もやられてる・・・。2艦、撃沈された』
ナレーション  小さな光の明滅が雪の網膜をチクリと刺激した。雪は首を曲げて漆黒の空間に目をやる。また小さな爆発が見えた。
相原 《ショックカノン発射まで5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・発射!》
ナレーション  相原の声が小刻みに震えていた。雪もコックピットの中で自分の肩を抱いて小さく震える。次の瞬間が怖かった。これが最後の攻撃だ。地球のすべての科学力を結集し、人間の叡智を集めてつくった最後の一撃がこのショックカノンだ。これが通じねば人類は負ける。この最後の砲撃で、人類の命運が決まる。
相原 《・・・全弾命中。・・・なれど、敵鑑隊いまだ健在なり》
ナレーション  まるで自分の番を待っていたかのように、居並ぶ敵艦隊から一斉に光子砲が発射された。地球側の護衛艦はその攻撃をかわす術を知らない。耐える装甲も持たない。一撃が被弾するたびに激しい爆発が起こり、艦体を包む装甲はあっさりと吹き飛んでしまう。
相原 《「ふゆづき」撃沈!》
ナレーション  雪は、崩壊する「ふゆづき」を見られなかった。知らずに顔を背けていた。見たくないのに、聞きたくないのに、コックピットの通信機は非情な現実を告げていく。その一声ごとに呻きの声が雪の喉を震わせた。
020 相原 《「いそかぜ」右舷損傷。航行不能》
《「はつゆき」推進エンジン損壊。爆発します》
《「ひえい」機関室より出火。艦内に有毒ガス充満中》
《「いそかぜ」、動力炉に被弾!撃沈です》
《「ひえい」より自動入電。乗組員全員死亡の模様》
ナレーション  次々に護衛艦が沈んでいく。敵艦隊の攻撃は水平に降る雨のようだった。金色に輝く細く鋭い数多(あまた)の槍が、地球艦隊の艦影を貫いては小さな爆発を連続して引き起こす。小さな爆発は誘爆に繋がり、やがて艦全体が巨大な光の球になった。無傷の艦など一隻としてなかった。すべての艦が悲鳴を上げ、血しぶきを上げながら絶望的な抵抗を続けていた。
相原 《「しらつゆ」、動力炉大破。巡洋艦8、駆逐艦7、空母3撃沈されました。地球連合艦隊、残存は当艦隊を含め2艦です》
ナレーション  沖田艦から通信が入った。雪は脱力しきった姿勢のまま。首だけを動かしてモニタを見る。沖田艦長の声が聞こえた。重い声だった。
沖田十三 《全艦隊、および戦闘班に告ぐ。撤退だ。もはや我々に、奴らに勝てる船は無い》
古代守 《・・・沖田艦長。「ゆきかぜ」艦長、古代守です》
《撤退には従えません。ここままじゃ死んでいった仲間たちに顔向けできない》
沖田十三 《撤退は命令だ。いいか、古代。ここでいま全滅してしまっては、地球を守る者がいなくなってしまうんだ。明日のために今日の屈辱に耐えるんだ。それが男だ》
古代守 《私はそうは思わない。どんな絶望的な状況でも、一機でも多く敵を倒して死んでいく・・・。それが男じゃないでしょうか》
沖田十三 《古代!命令を聞け。撤退だ》
古代守 《私は戦います。沖田艦長、その間に撤退を》
030 沖田十三 《古代!馬鹿なことを言うな!》
ナレーション  一呼吸ほどの間があった。フッと息を吐き出す小さな音をマイクが拾った。
古代守 《・・・沖田艦長・・・。あなたと共に戦えたことは、我々の誇りです》
沖田十三 《古代!行くな!》
ナレーション  艦橋の大きなパネルスクリーンに凄惨な光景が映し出されていた。古代守の駆逐艦が沖田艦のすぐ背後にある。古代守の巨大な船が無数の弾を浴び、全身に穴を開けながら、沖田艦の退路を守っていた。ガミラスの艦載機が餌に群がる小蝿のようにヒラヒラと舞い、「ゆきかぜ」の艦体をそのザラついた舌でザクザク蝕んでいく。「ゆきかぜ」の艦橋に閃光が走った。内側から溢れんばかりに光を放出する「ゆきかぜ」の姿は、まるで超新星爆発寸前の恒星のようだった。沖田艦長が唇を真一文字に結んでモニタを睨んでいる。
沖田十三 「古代・・・お前には、まだやるべきことがあったというのに。お前には、まだ未来が・・・・」」
ナレーション  地球防衛軍の最後の戦いは終わった。生還したのはただ一隻。沖田艦長の旗艦のみだった。託された希望は絶望に変わった。人々は未来を嘆き、希望に飢え、暗闇に呑み込まれた。

 だがこのとき、地上にはまだ、ひとかけらの希望があった。地球にヤマトがあることを、人々はまだ知らなかった。

 無限に広がる大宇宙。静寂な光に満ちた世界。死んでいく星もあれば、生まれてくる星もある。そうだ、宇宙は生きているのだ。



SPACE BATTLESHIPヤマト
1・・・【ヤマト】
001 ナレーション  古代は歩き出した。これから地表に出、赤い土をほじくり返してレアメタルを探す。それが古代の日常だった。人々は外に出たがりながら、放射線の恐怖におののいて外を怖れた。古代は外を怖れなかった。いや、正確には怖れなかったのではない。自分の命などどうでもよかったのだ。

 古代が立っているのはかつて海だった場所だ。だから背後を振り返れば、標高ゼロメートルの海岸線がまるで山脈のようにそびえている。レアメタルを探して軍に提供する。古代がすることはそれだけだった。それだけのために生きている。それさえ失ったら、明日を生きる気力さえ失ってしまうだろう。

 いつものように赤い土にスコップを差し込んだ途端、右手のコンピュータが合成音声で警告を発してきた。古代は右手を止めて画面を見る。モニタが真っ赤に染まっていた。まるで頬を染めて怒っているみたいだ。
アナライザー 「警告!警告デス!外気放射能濃度、14シーベルト。危険です!」
古代進 「わかってるよアナライザー。余計なこと言うな。わかってて掘ってるんだ。金属反応は?」
アナライザー 「50センチ下にリチウム反応アリ」
古代進 『結局教えてくれるんだよな』
ナレーション  古代は心の中で笑いながらスコップを掘り直す。
 アナライザーとは、古代の右腕の小型コンピューターの名前だった。厳密に言えば小型コンピューターの中のAIがアナライザーだ。古代が、レアメタル発掘という仕事を始めてからすでに5年が経つ。アナライザーとはもっと長い付き合いだ。相手は機械だし妙な合成音で喋るけど、先の火星域でのガミラス軍との最終決戦で兄の古代守を失った古代進にとって、アナライザーは話し相手であり、友人であり、同時に最後の家族だった。
アナライザー 「警告だと言っているノニ。なのに掘り続けるとは不快デス」
古代進 「別にお前に好かれたくて土掘ってるんじゃないよ」
アナライザー 「それはもっと不愉快デス」
010 ナレーション  アナライザーとの軽口を交えたやりとりに軽く笑って、古代はスコップを止め、防護服に包まれた体をゆっくりと起こした。遥か先に赤く錆び付いた艦影が見える。ゆるやかに傾斜した大地、そのもっとも落ち窪んだところに艦橋と艦首の一部が見えていた。
古代進 『・・・戦艦大和・・・か。かつては人々の希望の星だった巨大戦艦も、いまじゃただのスクラップだ・・・』
ナレーション  大和の姿は無様だった。赤錆の浮いた艦首だけを突き出して、どこもかしこも朽ち果ててみすぼらしい。指で触ればボロボロと鉄くずが落ちてきそうだった。だが、赤い大地に照りかえり、勇壮に聳(そび)えるその艦影は美しくもあった。
アナライザー 「緊急警報!上空より飛行物体接近中!ここより3百メートルの地点に落下しマス」
ナレーション  突然、アナライザーが悲鳴を上げた。大和の残骸に心を奪われていた古代は、驚きながらも咄嗟に空を見上げた。赤い空に、巨大な頭を持った一筋の白線が伸びていた。まるで空を二つに切り裂くように、白線がどんどん巨大になってこちらに近づいてくる。
 古代は瞬間的に判断して体を地面に横たえた。体の下になるように右手のアナライザーを包み隠す。その瞬間に光の束が古代の体をプワリと持ち上げた。次の瞬間に、地球上の空気を丸ごと一点に集めたような風圧が古代の体を吹き飛ばした。古代は受身も取れずに丸裸の地表に叩きつけられる。何回転したのかわからない。右肩を地面にこすりつけてようやく回転が止った。古代は急速に遠のいていく意識に活を入れて無理矢理に半身を起こす。右手に奇妙な感触があった。地面を掴んでいる右手のすぐ横に、表面に繊細な凸凹を持ったまるで植物の種子のような形をした何かが転がっていた。鈍色(にびいろ)に光るその物体に小指の先が触れていた。
古代進 『・・・何だこれは・・・?何かのカプセル・・・?』
ナレーション  古代は前を向く。
 真っ赤な炎を上げ続ける巨大なクレーターが見えた。数十メートルも吹き飛ばされたらしい。古代は頭を振って右手で額を押さえる。その手が直接額に触れた。古代は動揺する。マスクはどこだ。首を回してあたりを確認した。遠く離れたところに見慣れた防護マスクがボロ布のようになって転がっていた。
 視界がぼやけた。数メートル先に焦点が結べない。古代は意識を失った。
古代進 『・・・ここは・・・』
ナレーション  古代進は目を覚ました。隣には白衣に身を包んだ女性がいて、部屋の天井近くに設置されたモニタを眺めている。モニタには艦橋の様子が映し出されていた。艦長帽を目深に被った恰幅のいい男と制服に身を包んだ数人の男たちが輪になり、その中心に炉心のような円形の解析機が見えた。
真田志郎 《・・・これです。これが、先ほど運ばれてきた男が握っていたカプセルです。おそらく通信カプセルでしょう。莫大な情報が記憶されています》

《解析できた部分をプロジェクターに投影します》
020 沖田十三 《これは何だ》
《数式か?いや・・・何かの構造図か?》
真田志郎 《おそらく・・・、何かの設計図と我々の知らない未知のエネルギー理論を示したものだと思われます。このほかに、百近い地点の座標らしきものも記録されていました》
沖田十三 《・・・座標だと?》
真田志郎 《ええ・・・。非常に広範囲にわたる座標軸です。我々人類は、まだ太陽系内の座標系しか把握できていない。ですが、このカプセルに記録されていた座標は太陽系を遥かに超えて、我々の天の川銀河すらも飛び出したさらに向こう、大マゼラン星雲の中の一点までを詳細に示しています》
沖田十三 《どういうことだ・・・?》
真田志郎 《わかりません、わかりませんが、はっきりしたことがいくつかあります。一つはこのカプセルが、何者かの明確な意思によって地球に射出されたものであるということ。もう一つは、送り主は我々人類に『ここに来い』と告げているということです》
沖田十三 《なぜそう言える。たまたま地球に墜落しただけではないのか》
真田志郎 《それはありえません。設計図に使われている言語は地球上のものではありませんが、周期表や組成式などは地球で用いられているそれに合わせてあった・・・。我々に理解できるように手が加えられているのです》
沖田十三 《では・・・、やはりこれは、ガミラス以外の異星人から地球に向けたメッセージであるということか。君はそう言いたいのか?》
真田志郎 《・・・ええ、私はそう思います》
030 佐渡先生 「ふーん。何だかすごいことになってきたわねぇ」
ナレーション  緊迫した会話とは対照的な、妙にのんびりした声で白衣の女性がそう言った。感心したように呟いている。
佐渡先生 「ガミラスだけでも大変な事になってるってのに、さらに他の星からのメッセージですってよ」
ナレーション  古代を見て同意をも求めるように小首を傾(かし)げる
佐渡先生 「ねえ」
古代進 「・・・ここは、おれはどうなったんですか?」
ナレーション  古代の質問に女性はまた小首を傾げた。たっぷり一秒も古代の目を見つめてからゆっくりと答える。
佐渡先生 「沖田艦長の旗艦、『えいゆう』の医務室。あんたはベッドで寝てるわね」
古代進 『・・・「えいゆう」?「えいゆう」の医務室だって?ガミラス軍との火星会議で、おめおめと逃げ帰ってきたあの沖田艦長の旗艦の中?守兄さんを見殺しにしたあの沖田の船の中だって・・・?』

「・・・降ります。降ろしてください」
佐渡先生 「無理よ」
040 古代進 「なぜ」
佐渡先生 「まだ探査中だもの。あんた、自分でした二つ目の質問忘れたの?あんたは数時間前、坊ノ岬沖で正体不明の落下物に吹き飛ばされて、防護服がボロボロになって外気の中に投げ出されたのよ。致死量の放射線満ちた外の世界にね。それで、近くにいて尚且つ放射線にある程度対処できる医療設備をもった『えいゆう』があんたを拾ったの。で、あんたはそこのベッドで寝てる」
古代進 「・・・・・・・」
佐渡先生 「でもさ、あんた、何で生きてるの?死んでなきゃおかしいじゃない。14シーベルトよ。14.即死よ普通」
ナレーション あっさりそう言うと、女性は傍らの机上からマグカップを掴んでズズと音を立てて飲み物をすすった。古代を見て言う。
佐渡先生 「あ。あんたも飲む?残念ながらお酒じゃないし、その上代替品のコーヒーだけど」
古代進 「・・・外気に触れながら生きてる?おれは、放射線に汚染されたんですか」
佐渡先生 「それがねえ。測定してみたらあんた、ぜんぜん放射線浴びてないみたいなのよ。だからあたしもほら、防護服なしであんたの隣でこうしてのんびりお茶してられるわけ。何かすごく謎じゃない?あんた、何者?」
ナレーション  古代にだってわからない。断片的な記号を探っても理由がわからなかった。確かに吹き飛ばされ、マスクを失って外気を吸い込んだ。アナライザーを必死で守ったのだけは覚えている。何かのカプセルを掴んだことも。だがそれだけだ。外気を吸い込んだのに死なない理由にはならない。
古代進 『確かあのとき・・・、アナライザーが示していた放射能濃度は警告を示す赤に・・・。いや、まてよ。・・・緑だった。アナライザーのモニタは緑を示していたんじゃないか・・・。体の下に右腕を抱え込むとき、チラリと見えた画面は緑色に光っていた。放射能濃度が基準値を下回っている場合に表示される安全色だ。なぜだ・・・』
050 沖田十三 《このカプセルの発見者は?どうなった?》
ナレーション 画面から再び男の声が聞こえた。恰幅のいい、黒を基調とした艦長服を着込んだ男だ。顎の下に白い髭を豊富に蓄えている。女性と古代は同時にモニタを見上げた。
真田志郎 《外気を浴びていたようでしたので、当艦の医務室に運び込みました。現在は佐渡医師が治療に当たっているはずですが、外気に直接触れておりますし、おそらく・・・、駄目でしょう》
ナレーション  佐渡という響きのあとで、女性が自分の胸を指差してニカリと笑った。古代はそれを見て力の抜けた笑みを返す。
佐渡先生 「あんた駄目だってさ。ちゃんと生きてるのにねぇ」
古代進 「彼らは何を」
佐渡先生 「ん。ほら、あんたが握ってたなんかのカプセル。あれの解析してるのよ。何かとんでんもない情報が記録されてたらしいわよ」
古代進 『あのカプセルか・・・』
佐渡先生 「あんた、えらい力で握り締めてて引っぺがすのが大変だったみたいよ。何?そんなに大事なものだったわけ?」
古代進 「・・・知らない」
060 佐渡先生 「知らないって何よ。あんたのモノじゃないの?あれ?」
古代進 「わからない。突然何かが落ちてきておれは吹っ飛ばされて・・・。気がついたら足元にあれが転がっていたんだ」
佐渡先生 「ああ、例の落下物ね。地球のものでもなけりゃ、ガミラスのものでもないみょうちくりんな小型艇だって」
古代進 「地球のものでもガミラスのものでもない・・・?それじゃ、あの落下物は何なんだ」
佐渡先生 「さあ。ま、それを調べるのは向こうの仕事でしょ」
ナレーション  言いながら佐渡医師がモニタの中の男たちを指差した。古代はそれを目で追う。白髭の艦長がモニタ越しにこちらに目を向けているのが見えた。同時に古代の背筋にピリリと電気が走る。
古代進 「・・・沖田。沖田艦長だ」
佐渡先生 「あれ?あんた沖田艦長のこと知ってるの?」
古代進 「おれは古代進。先の火星会戦で沖田艦長に見殺しにされた。駆逐艦『ゆきかぜ』艦長、古代守の弟だ」
ナレーション  佐渡医師がゴクリとコーヒーを飲み込んだ。古代は体に張り付いている計測器の管を力任せに引き剥がした。佐渡医師が慌てて古代を止めようとする。
070 佐渡先生 「ちょっと!まだ検査終わってないって言ったでしょ?いまは何の影響もなくても、後から放射線障害が出るかもしれないのよ。じっとしてなさいあんた」
古代進 「おれはこの艦を降りる。あんなヤツの世話になんかなりたくない」
ナレーション ドアを出た。長い一直線の通路が見えた。古代はその通路の先に、黒い戦闘服の男と戦闘服に身を包んだ一群を見た。古代の足が止まる。後から追いかけてきた佐渡医師が古代の背中で、呟くのが聞こえた。
佐渡医師 「あっ、艦長たちだ」
ナレーション  沖田艦長の隣に、さっきまでカプセルの解析情報を伝えていた短髪で一重瞼をした男が立っていた。その隣には若い女性がいる。黄色い戦闘服に身を包んでいた。
 古代は一群の前に立ちふさがった、沖田艦長の細い目が古代を見上げる。
沖田十三 「なんだ」
古代進 「あんたに聞きたいことがある。あんたは、先の火星会戦のとき、『ゆきかぜ』を盾にして逃げたのか。答えて欲しい」
沖田十三 「・・・・・・」
古代進 「『ゆきかぜ』を盾に逃げたんだろう?答えろ!」
ナレーション  古代の剣幕にも沖田艦長は動じる様子を見せなかった。ただ無言で問い詰めるように古代の顔を見つめる。背後から佐渡医師が古代の肩を掴んで口を挟んだ。
080 佐渡先生 「古代くん、やめなさいって」
沖田十三 「古代・・・?佐渡先生。いま、古代と言ったか?まさか、古代守の弟か」
古代進 「そうだ。おれは、『ゆきかぜ』艦長、古代守の弟、古代進だ」

「兄貴はあんたの旗艦、『えいゆう』の盾となって死んだと聞いた。それはあんたの命令なのか」
沖田十三 「・・・・・・」
古代進 「あんたは・・・!あんたは兄貴を盾にして、防衛艦隊を全滅させて・・・。それで自分だけのうのうと生きているのか!恥ずかしくないのか!」
ナレーション  沖田艦長は答えない。口元に見逃してしまうくらい小さな笑みを浮かべた。
沖田十三 「恥ずかしい?なぜだ」
古代進 「自分だけ生き残って・・・!他の者を見殺しにして、それが男か!たとえ負けるとわかっていても、一機でも多くの敵を倒して死んでいくのが男だろう」
ナレーション  沖田艦長の笑みが大きくなった。髭に覆われた口元がくいと持ち上がる。
沖田十三 「同じことを言う」
090 古代進 「なに?」
沖田十三 「古代・・・。古代守はあの戦いで死んだ。だが、生きて帰ってき、次に希望を繋ぐという仕事もある」
古代進 「何だと!」
ナレーション  古代は沖田艦長の胸元を掴み上げようとした。その古代の腕を止めた者があった。女の腕だ。黄色い戦闘服に身を包んだ髪の長い女性が古代の右腕をガシリと掴む。信じられないほど強い力だった。
森 雪 「もう、やめてください」
古代進 「森雪?」
森 雪 「古代さん、お久しぶりです。こんな形で再会したくなかったけど」
古代進 「お前・・・、どうしてここに?」
森 雪 「答える義務はありません。古代さん、沖田艦長を侮辱することは許しません。民間人になったあなたに何がわかるんです。あなたはあの戦いにいなかったからそんなことが言えるんです」
ナレーション 古代は口をつぐんだ。目だけを上げて森雪を見た。
100 森 雪 「あの戦いで何人が死んだか。私の仲間も数え切れないほど死んでいきました。生きて帰った者のほうが遥かに少ない。あの絶望的な状況で、あなたのお兄さんが何を想い、何のために戦ったのか、あなたはそれをわかっていない。それなのに沖田艦長にその責任を擦(なす)り付けるなんて、あなたは卑怯です」

「あなたは戦いから逃げ出した、ただの臆病者です」
ナレーション  森雪は古代の脇を足早にすり抜けていった。古代は歩き去る森雪の背中を目で追う。沖田艦長やその他の隊員たちが森雪の後に続く。古代は通路に立ち尽くしていた。
佐渡先生 「さあ、古代、検査に戻ろうよ」
ナレーション  佐渡医師が口元に苦笑いを浮かべながら古代に言った。
佐渡先生 「沖田艦長は間違ってないよ。ま・・・、あんたが間違ってるとも思わないけどさ」
ナレーション  慰めるような口調だった。艦長たちの姿が消えていく。
 古代を振り返る者は、誰もいなかった。

 地球防衛軍司令長官、藤堂平九郎は、疲れの浮いた顔を上に向けていた。地中のドックだ。人工の明かりに照らされた巨大な空間は、金属の触れ合う音と溶接の光に満ちていた。隣には沖田艦長がいる。二人は無言で地中の空を見上げている。藤堂の乾いた下唇がかすかに震えていた。
藤堂平九郎 「・・・箱舟も、もうすぐ完成する・・・、か」
ナレーション  二人の頭上にあるのは巨大な戦艦だった。巨大すぎる戦艦の底部。それがドーム上端の岩盤を突き破って露出しているのだ。
沖田十三 「箱舟の完成は人類の敗北と同義です」
藤堂平九郎 「わかっている。言うな。人類は負けたのだ。負けたから、この箱舟に選ばれた人間だけを乗せ、地球から脱出することに決めた。せめて、人類という種を滅ぼさないために・・・、だ」
110 ナレーション  ガミラス軍との戦いで敗北が続き、最初に「負け」を認めたのは奇(く)しくも藤堂長官自身だった。力の差に怯えたからではない。勝てないと悟ったからだ。このままでは自分の指揮の下、大勢の人間がただ無駄に死んでいくことになる。歴戦の猛者である藤堂は、戦力差を鑑(かんが)みて早々にそう悟ったのだ。だから進言した。この戦いにもはや意味はないと。

「このまま人類が滅びるのを待つわけにはいかない。せめて、一部の人間だけでも生きながらえようではないか」

 政府高官の口からそのような言葉が漏れたとき、藤堂長官は自分の進言が誤解されたことを知った。そういう意味ではないのだ。ほんの一部の人間を、動植物を、文化を残したいという意味で言ったのではない。ただ死ぬだけの戦いを無駄に続ける必要はないと言ったのだ。なのに政府は藤堂の言葉に乗って勝手な計画を推し進めた。人類のほんの一部のエリートと、地球上の多数の動植物の遺伝情報を記録したディスク、それを積み込んだ22世紀の箱舟計画だ。圧倒的多数の人間を見捨てて、ほんの一握りの人間が生き延びる選民思想だ。
沖田十三 「ほとんどの人間の死の上に、ほんのわずかな数の人間の短い生が、何の意味をもつのでしょうか」
藤堂平九郎 「・・・言うな。それしかないのだ。それが、敗北した人類という種の運命なのだ」
ナレーション  箱舟の依(よ)り代(しろ)に選ばれたのは、かつて、太平洋戦争で連合艦隊を率い、敵艦載機の機銃掃射に沈んだ戦艦大和の亡骸(なきがら)だった。かつての人々の希望の星を、今度は一部のエリートの箱舟に仕立て上げようというのだ。坊ノ岬地中に巨大なドックが建造され、朽ち果てた戦艦大和の改造が急ピッチで進められていた。
藤堂平九郎 「まさか・・・、戦艦大和もこんな形で蘇ろうとは思わなかったろうな」
沖田十三 「長官。口を挟まずに聞いていただきたい。失礼を承知で申し上げる」
藤堂平九郎 「何だ」
沖田十三 「この船を、私にください」
藤堂平九郎 「何だと」
沖田十三 「この船に関する全権を、私に委(ゆだ)ねていただきたい」
120 藤堂平九郎 「・・・何をする気だ。沖田」
沖田十三 「一部のエリートがほんのわずかの時間、命を永らえることに意味などありはしない。この船は地球最後の希望だ。長官。今、地球に生きる人々に必要なのは食料でも医薬品でもない。希望です。希望を失えば人は死ぬ。絶望は致死性の毒薬だ。多くの戦いを経て、私はそれを実感した」

「だから私は希望をつくりたい。この船で、希望を紡ぎだしたい」

「長官。あのカプセルは希望です。示されたあの未知なるエネルギー理論、それを実用化すれば、我々はきっと送り主のところまで行くことができる」

「あのカプセルの落下地点の地表を見ましたか。あの一帯だけ放射能濃度が正常値に還っていた。信じられますか?我々があれほど苦労して浄化に努めてもまるで変わることのなかったあの大地が、一瞬にして清浄な地に還った」
ナレーション  藤堂長官は、沖田艦長の顔に目を運んだ。確かにそうなのだ。謎の落下物が墜落したあたり一帯、それは数百メートルという狭い範囲ではあったものの、その周辺は死の大地ではなくなっていた。マスクなしで呼吸ができ、生物が生存することのできる、本来の姿に還っていたのだ。
藤堂平九郎 『・・・あの現象を引き起こした要因はまだ掴めていない』

『・・・そうか。沖田は、あの現象に賭けてみようと言うのか。地球人類生存の可能性をゼロにしないために』

「沖田、お前は一体、このヤマトでどんな物語を紡ごうというのだ」
ナレーション  藤堂長官が呟いた。沖田はその呟きを聞きとめる。
 沈黙のまま、沖田十三はヤマトを見つめ続けた。

 大勢の人間が小さなテレビの前に寄り集まっていた。写っているのはどこかの会場だ。壇上に、地球防衛軍の制服に身を固めた初老の男が立っていた。
藤堂平九郎 《日本国民の皆さん。本日は、重大な発表があります。我々、地球人類の未来に関わる発表です》

《先日、坊ノ岬沖に正体不明の宇宙船が落下いたしました。その落下物から回収された通信カプセルを解析した結果、そのカプセルに、我々人類にとって重大な、メッセージが含まれていることが、判明いたしました》
ナレーション  藤堂長官の背後のスクリーンに簡単な図面が表示された。スケールを銀河群にした非常に広大な宇宙図だ。
 藤堂長官がスクリーンの一部を指し示した。ゆっくりと口を開く。
藤堂平九郎 《これが我々の太陽系。そして、これが我々の太陽系が属する天の川銀河を表しています》
ナレーション  画面上の地図が横にスクロールしていく。太陽系を呑み込み、銀河系を巻き込みながらどこまでもスクロールが続く。延々と続くかと思われたスクロールがやっと止まった。藤堂長官の指がその一点を示す。
藤堂平九郎 《そして、この大マゼラン星雲にあるこの星。この場所の座標が、回収された通信カプセルに記録されていました。ここがメッセージの発信元、惑星、イスカンダルです》

《通信カプセルにはさらに彼らのメッセージが記録されていました。彼らイスカンダル人は、放射能を除去する力を持っている。それが何らかの装置なのか、あるいはまた別の手段なのかはわからない。だが、彼らの力を借りることができれば、放射能に汚染されたこの地球を救うことができるかもしれない》

《我々は、最後の宇宙戦艦を、イスカンダルに派遣することを、決定いたしました》
130 ナレーション  スコールが土を打つようなざわめきだった。囁き交わす声が一際高くなり、会場のすべての目が藤堂長官を凝視する。
 記者の一人が右手を挙げ、指名されるのを待たずに質問した。
記者 「それがガミラスの罠だという可能性は?」
藤堂平九郎 「これ以上はここでは公表できません。だが、これだけは言える。希望を捨てる必要はない。我々はイスカンダルから、数万光年の距離を短時間で飛行できる技術の提供を受けたのです。惑星イスカンダルまで行き、ここ地球に帰ること。それは不可能ではありません」
記者 「無謀じゃないですか?確実に帰ってこられるという保証もなしに、国民の信を問わずに莫大な費用をかけて最後の宇宙戦艦を派遣するなど・・・」
ナレーション  藤堂長官がその質問に目を剥いた。質問した記者を鋭い眼差しで射竦(いすく)める。発する声が刃のようだった。藤堂長官は威風堂々と告げる。
藤堂平九郎 「無謀と言ったか。生きようと、生き延びようと努力することを無謀というのか。我々地球人類に残された時間は少ない。試算によれば、地球人類が放射能で滅びるまで、もってあと1年。1年だ。イスカンダルからの申し出は、我々と残された最後の希望なんだ」

「国民の皆さん。そして世界中の人々よ。イスカンダルに赴き、この放射能除去装置を手に入れれば、我々人類は生き延びることができるのです。地下での生活を抜け出し、再び地上に暮らすことができるのです」

「このまま、ガミラスの遊星爆弾に身を任せ、地球が滅びていくのを手をこまねいて見ていていいはずが無い。これは我々に与えられた最後のチャンスなのだ。放射能除去装置を手に入れ、再びあの美しい地球を、我々の星を、取り戻そうではありませんか」

「我々地球防衛軍は、イスカンダルの技術力により、地球人類としてはじめて、太陽系を出、14万8千光年先の大マゼラン星雲へと向かいます。防衛軍は、この計画に参加する志願兵を募る。軍経験者、宇宙船の航海士、科学調査研究に従事していた方、航空宇宙工学関連のエンジニア・・・、皆さんに力を貸していただきたい」
ナレーション  古代は画面彼目を離した。画面の中の会見場は沸き立つような喧騒に満ちていた。テレビ画面を取り巻く大勢の人々も頬を赤くしていた。興奮と高揚だ。ガミラスの侵攻から5年、5年間人々が見失っていた希望の光がその目に宿っていた。
 
 古代は歩き出す。藤堂長官の声が耳に残っていた。
藤堂平九郎 『・・・力を貸していただきたい』
ナレーション  古代は歩く。歩かないことには、急激に沸き立つ自分の感情を、とても抑えられそうになかった。
藤堂平九郎 「本当に、これでよかったのか。沖田くん」
140 ナレーション  会見を終え、藤堂は沖田艦長のもとに歩み寄った。
 沖田艦長は答えない。沖田艦長は後ろ手に腕を組み、5年ぶりの希望に沸く人々の姿を、その双眸(そうぼう)でじっと見つめていた。


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