むつえんめいりゅうがいでん
陸奥圓明流外伝

 し ゅ ら の と き
修羅の刻
陸奥出海の章
風雲幕末編

 わ    とも  さかもとりょうま
我が友、坂本龍馬

001 1867年 慶応3年・・・陸援隊陣所(りくえんたいじんしょ)
002 中岡慎太郎 「龍馬ぁ・・・龍馬はどこぜよ」
003 【せりふ:隊士】
「あ、中岡さん。坂本さんなら中庭で陸奥どのと昼メシを食っとります・・・」

【せりふ:隊士】
「あ・・・陸奥と言っても陽之助さんではなく」

004 中岡慎太郎 「わかっちょる・・・用心棒の方じゃろうが・・・・」

「龍馬・・・」

005 坂本龍馬 「おお、慎太・・・おんしも昼メシか・・・なら・・・ここで食え・・ええ陽気じゃ」
006 陸奥出海 「しかし、陸援隊の昼の弁当はまずしいねえ・・タクアンとメシしかない」
007 中岡慎太郎 「陸援隊は軍隊じゃ・・・贅沢などできるか」
008 慎太郎は龍馬の隣りにどっかりと腰を据えた。むすっとした顔つきで腕組みをしている。
009 坂本龍馬 「なんじゃ慎太・・・まだおこっちょるのか」
010 中岡慎太郎 「おこっちょりゃせん・・・そりゃあ・・最初はおこった・・・いや・・」

「あきれた・・・幕府自らその主権を破棄させる・・・大政奉還(たいせいほうかん)なんぞちゅう・・おんしの大ボラを聞いた時にはな」

「そんなことができるかぁ・・・そう思うた」

011 慎太郎の固く握りしめた拳に力がこもる。
012 中岡慎太郎 「幕府は力で倒さねばならん・・・そのための薩長同盟じゃしわしの陸援隊、おんしの海援隊のはずじゃった・・・」

「たく・・・それをたった一人でなしとげやがった・・・」

013 坂本龍馬 「一人じゃないぜよ」

「同じだ。おんしがおらんではなんもできんかったわ」

014 中岡慎太郎 「龍馬ぁ・・・おんしゃほんとに人の子かえ・・・・」
015 坂本龍馬 「ちゃちゃちゃ、なにを言うか。きまっちゅうぜよ」
016 陸奥出海 「人の子だよ・・・ただ・・・・やさしさが海よりも深い・・・」
017 坂本龍馬 「出海さん・・・・」
018 陸奥出海 「大戦(おおいくさ)になれば大勢の人が死ぬ・・・無辜の民(むこのたみ)までもね・・・いやだったんだよこの人は・・・」
019 中岡慎太郎 「わかっちょる・・わかっちょるから武力倒幕はあきらめた・・・どうせ大戦はないにしても小戦(こいくさ)はある・・・佐幕派の残党は刀をおさめちょらん」
020 坂本龍馬 「そうじゃ・・・そんときゃあおんしの出番ぜよ」
021 中岡慎太郎 「しかし長州や薩摩は、なかなか納得せんぜよ・・・特に薩摩・・・維新回天(いしんかいてん)。倒幕の功を全部おんしにとられたかっこうじゃ・・・・」
022 坂本龍馬 「それをこれから納得させにいく」
023 中岡慎太郎 「なに」
024 龍馬はすっくと立ち上がり、腰に大刀を差しながら二人の隊士の名を呼んだ。
025 坂本龍馬 「おい長岡・・・陽之助。薩摩藩邸に行くぜよ」
026 中岡慎太郎 「馬鹿・・・ほいほい出歩くな・・・薩摩もあれじゃが佐幕派にとって、おんしは幕府を潰した仇敵(かたき)ぜ・・新撰組がおるぜよ」

「・・・ええい、しょうがない・・おい何人か龍馬の護衛につけ・・・」

027 慎太郎の心配なぞどこ吹く風。いっこう意に関しない龍馬を心配し、慎太郎は隊士に護衛につくよう命じた。
028 陸奥出海 「いらないよそんなもん」
029 中岡慎太郎 「なっ・・・」
030 陸奥出海 「オレが龍(りょう)さんのそばにいるかぎり・・・誰にも手は出させない・・・」
031 不敵な笑みを浮かべる出海。二人の供を引きつれ悠然と陣所をでる龍馬のあとを、これまた飄然(ひょうぜん)と出海がついて出て行った。慎太郎は呆けたように龍馬たちの後ろ姿を見つめるしかなかった。

京都、薩摩藩邸。龍馬と西郷が座敷に向かい合って座っている。その脇の縁側にぼっと出海が座り、二人の会話を聞くでもなく外を眺めている。

032 【せりふ:西郷隆盛】
「新幕府の原案・・・でごわすか・・・」
033 坂本龍馬 「そうです」
034 【せりふ:西郷隆盛M】
『!・・・ない・・・・新政府高官の中に・・坂本さぁの名がありもはん・・・それに長州や薩摩の名が多すぎる・・・・』

【せりふ:西郷隆盛】
「坂本さぁ・・・功第一等のお前さぁの名がありもはん」

035 坂本龍馬 「わしは窮屈な役人は嫌いです・・・」
036 【せりふ:西郷隆盛】
「功をわしらにゆずる・・・というのでごわすか・・・窮屈な役人にならずにお前さぁは何バしなさる・・・・?」
037 坂本龍馬 「左様さ・・・・」

「世界の海援隊を・・・やります・・・・」

038 【せりふ:西郷隆盛】
「世界の・・・・でごわすか・・・・」
039 驚く西郷、龍馬の無心さが理解できないように、ぽかんとしている。龍馬がにやっと笑い、出海も笑い返す。
040 【せりふ:西郷隆盛】
「それでは坂本さぁ・・くれぐれも新鮮組には気をつけてたもんせ・・・・」
041 坂本龍馬 「はい・・・・」
042 薩摩藩邸の門前に男がキッと立っていた。鋭い眼光で龍馬をじっと睨みつけている。
043 坂本龍馬 「ん・・ああ・・・半次郎さん」

「こんだあ、あんたらの時代じゃ・・・よろしくたのむぜよ」

044 にこりと笑いながら半次郎と呼ばれた男の横を龍馬が悠然と通り抜ける。もの言わぬ男の眼はじっとその姿を追いつづけていた。
045 陸奥出海 「で・・・・ここが新しい隠れ家かい・・・」
046 坂本龍馬 「藩邸に移れちゅうのをまっぴらじゃとことわったらこの近江屋を用意してきた・・・」
047 陸奥出海 「まあ心配すんのはもっともだけどな」

「龍さんはあっちこっちから狙われている・・・佐幕派の連中からはもちろん・・・・実は・・・・薩摩・・もあぶない・・・」

048 坂本龍馬 「西郷はそげんせまい器量じゃないぜよ」
049 陸奥出海 「西郷はそうだ・・・しかし下の者はちがうぜ・・・・」

「薩摩は実際ふりあげた拳をまだおろしてない・・・・なんとか力で幕府をたたきふせ薩摩の功を力で見せたいのさ・・・」

「龍さんがいてはそれができない・・・西郷はこまっていることにはちがいない・・・・じゃ、坂本龍馬がいなくなればいい・・・・と人斬り半次郎あたりは考える・・・」

050 坂本龍馬 「なるほど・・・・」
051 陸奥出海 「ま・・・・いくら半次郎といえど龍さんが、その腰の『陸奥守良行』(むつのかみよしゆき)を抜いたなら・・・斬れないだろうがね」
052 坂本龍馬 「こりゃ抜かんぜよ・・・・わしにはもっと心強い『陸奥』がそばにおるきに・・・」
053 N 出海は龍馬の言葉にこそばそうに頭をぼりぼりとかいた。

その時、襖の向こうから声がした。

054 中岡慎太郎 「おい龍馬・・お客さんじゃ」
055 坂本龍馬 「誰ぜよ伸太・・・・」
056 N 襖が開いて慎太郎が現れる。その隣りに男が座っていた。
057 中岡慎太郎 「おどろくな・・」
058 N 【せりふ:伊東甲子太郎】
「元新撰組参謀・・・・伊東甲子太郎(いとうきねたろう)・・・といいます。おみしりおきを・・・」
059 N 出海の眉がピクリと反応する。
060 N 【せりふ:伊東甲子太郎】
「あ・・・いや・・・今は、新撰組とは志を異にしております。今日うかがったのも忠告にまいった次第です・・・」
061 坂本龍馬 「忠告?」
062 N 【せりふ:伊東甲子太郎】
「新撰組が・・・そこもとを狙っております。これはたしかな情報です・・・土佐藩邸の方にお移りなさるがよかろう・・・」
063 中岡慎太郎 「ご親切いたみいる・・・」
064 N 【せりふ:伊東甲子太郎】
「いえ・・・坂本殿とは千葉の同門ゆえ・・・」
065 中岡慎太郎 「龍馬・・・ああ言ってくださっている・・・藩邸に移れ」
066 N 龍馬は慎太郎の言葉をかわすようにそっぽを向き、むすっとした顔でそっけなく言った。
067 坂本龍馬 「ここで死んだら・・・死んだで・・・それは天命ぜよ・・・」
068 N 【せりふ:伊東甲子太郎】
「そうですか・・・では、くれぐれも新撰組にはお気をつけられますよう・・・」
069 N 龍馬が全く意に関しないのを見てとると、伊東甲子太郎はそっけなく言葉を発し席を立った。
070 中岡慎太郎 「あ・・」

「龍馬・・・せっかく親切に言うてくれたものを・・・」

071 坂本龍馬 「気にいらんぜよ・・・時勢がかわったとたんに新撰組から鞍替えしやがる男の言うことなんざ・・・・」

「どうせ、とりいるための口実にすぎん」

072 中岡慎太郎 「しかし・・・・」
073 陸奥出海 「新撰組は動かないぜ・・・・」
074 中岡慎太郎 「馬鹿な・・・暗殺は新撰組のおはこぜ・・・・」
075 陸奥出海 「でも坂本龍馬にだけは手をださない・・・」

「オレがここにいるからだ。もしやるんなら堂々と仕合にくる・・・特に沖田はそういう男だ」

「今・・・一番こわいのは人斬り半次郎・・・こいつだよ」

076 N 龍馬がすっと席をたち、障子を開けて外の景色を眺める。そしておもむろに龍馬は言った。
077 坂本龍馬 「出海さん、ええ天気ぜよ。ちくと遊びにでんか・・・」
078 中岡慎太郎 「馬鹿・・・龍馬・・・・」
079 陸奥出海 「龍さん」
080 坂本龍馬 「よしきまった。いこう・・・」
081 N 龍馬と出海はつれだって京都のまちへくりだしていった。

夜、空には満天の星がまたたいている。出海は川原の土手に腰を下ろし、その横で龍馬は大きく手を広げ寝そべり空を眺めている。

082 坂本龍馬 「ひさびさぜよ・・・こがいに気がはれたは・・・たのしかったのう・・・」
083 陸奥出海 「走りつづけてきたからなあ・・・龍さんは・・・・」
084 坂本龍馬 「ああ・・・・もはや天下の事は成った・・・わしが日本に対してなさねばならん事は終った・・・・あとの事は桂や西郷がまとめるじゃろ・・・しかし・・・それもこれも実は出海さん・・・あんたのおかげぜよ・・・」

「後の人はなんと言うかの・・・・?龍馬はまさに雲に乗った龍と見まごうばかりの働きをした・・・とでも言うかの・・・?」

「たしかにわしは雲に乗った・・・陸奥出海という名の觔斗雲(きんとうん)にな。あんたがわしのそばにおってくれたからこそ命の心配をせずに自由に走りつづけることができた・・・」

085 陸奥出海 「オレはただ・・・龍さんと一緒に世界にでたかった・・だけだよ」
086 坂本龍馬 「世界・・・か。いよいよでれるぜよ・・・わしはようやく海援隊に本腰をいれられる・・フフ・・わしらだけかの・・夢がかなえたいばっかりに・・時代を変えようとした馬鹿者(べこのかあ)は・・・」
087 陸奥出海 「かもな」
088 坂本龍馬 「9年・・・か・・長いようでもあり短いようでもあり・・・さな子さんはどうしとるじゃろう・・・かな・・・」

「わしゃ、さな子さんにわるいことをした・・・」

089 陸奥出海 「長崎のおりょうさんかい・・・」
090 坂本龍馬 「ああ・・・寺田屋でおそわれて・・・出海さんに助けられたあと・・・おりょうのつきっきりの看病にほだされて・・・一緒に長崎につれていった・・・」
091 N 龍馬はおもむろにむくっと起き上がり、左手で着物の右袖をびりびりと引きちぎると、それを出海に差し出した。
092 陸奥出海 「龍さん・・・・」
093 坂本龍馬 「出海さん・・・わるいがよ・・・これを江戸のさな子さんにわたしてくれんか・・・」

「龍馬があやまっちょった・・・と」

094 陸奥出海 「龍さん・・・あんた今でもさな子さんのことが・・・好きなんだねえ・・・・」
095 坂本龍馬 「かも・・・しれんちゃ」

「出海さん・・・一つ聞いてもええかの・・・?」

096 陸奥出海 「ん・・・」
097 坂本龍馬 「もし・・・・出海さんが世界にでれんかったら・・どうする・・・?」
098 陸奥出海 「オレが行けなくてもオレの子が行く・・・それがダメなら孫が行く・・・」
099 坂本龍馬 「子々孫々・・・何代にもわたる・・・・夢か」

「おお・・・流れ星じゃ・・・・」

100 N 近江屋に戻った龍馬たち。龍馬が火鉢の前で大きなクシャミをする。
101 中岡慎太郎 「風邪かよ、龍馬・・・」
102 陸奥出海 「この寒いのに方袖(かたそで)なんかちぎるから当然だ・・・」
103 坂本龍馬 「なに・・・軍鶏(しゃも)でも食えばすぐ治る・・・今日はわしの誕生日ぜよ慎太・・・・」
104 中岡慎太郎 「なんぜ・・そりゃ・・・わしに買うてこいと言うかや・・・」
105 N その時、襖がガラッと開いて、近江屋の丁稚の峰吉が帰ってきた。
106 中岡慎太郎 「おお、峰吉すまんかったの」
107 坂本龍馬 「なんぜ?」
108 中岡慎太郎 「いや、ヤボ用でな、薩摩藩邸に使いにいってもろうた・・・」
109 陸奥出海 「薩摩・・・」

「峰吉・・・藩邸に人斬り半次郎はいたか・・・・」

110 N 半次郎は嫌いだ、特に今日は恐ろしかった。坂本は元気かと聞かれ、風邪ひいて元気がないと答えたら、ニヤッと笑われたので怖くなって逃げたのだという。
111 坂本龍馬 「なんぜ出海さん・・・」
112 陸奥出海 「今日は月もない・・・・」

『来る・・・』

113 N 障子を開けて外を見た出海はキッと鋭い顔つきになった。出海は黙って座を立った。
114 坂本龍馬 「出海さん・・・どこへ行くぜよ・・・軍鶏なら、峰吉に行ってもらうぜよ」
115 陸奥出海 「ヤボ用だよ」
116 N 階下へ降りていく出海。近江屋の番頭に見送られ外へ出た。

薩摩藩邸の前。くぐり戸が開いて中から半次郎が現れた。屋敷前の路地を、一陣の風がヒュウウと不気味な唸りを上げ、砂埃を夜空に巻き上げながら吹き抜けていく。

半次郎の目が細く鋭く前方に立つ人影を捉えた。

117 陸奥出海 「どこへ行く・・・人斬り半次郎・・・」

我が友、坂本龍馬 後編へ続く⇒GO

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