むつえんめいりゅうがいでん
陸奥圓明流外伝

 し ゅ ら の と き
修羅の刻
陸奥出海の章
風雲幕末編

 おきたそうし   ゆき  ごと
沖田総司 雪の如く

001 時代がかわる・・・その・・・時の流れの勢いというものは誰にも止められないらしい・・・

坂本龍馬によって開かれた、その堤よりほとばしり出た流れは、あれ程の威勢を誇(ほこ)った幕府の力そのものを過去へと押し流してしまった。

しかし、それは皮肉にも龍馬が止めようとした武力倒幕への流れでもあった・・・。

慶応四年一月、坂本龍馬が往(い)ってよりわずか2ヶ月の後(のち)・・・戊辰戦争(ぼしんせんそう)へとつながる鳥羽伏見の戦いの幕が開く・・・。

そして、新撰組もその流れの中にいた・・・。部分的な勝利はおさめるが・・・しかし、官軍となった薩長(さっちょう)らの軍の近代的装備と戦術の前に抗(こう)しきれず散っていくのであった。

白砂青松(はくしゃせいしょう)の浜辺に悠然と腰をおろし、陸奥出海(むついずみ)は往ってしまった友を想っていた。

002 陸奥出海 『龍(りょう)さん・・・時代がかわったよ・・・いや・・もっとかわる・・でも・・あんたがいない・・』

『夢は・・・夢・・・・か』

003 一人佇む出海の耳に、寄せてはかえす波の音が空しく響いていた。

出海の背後から腰の刀に手を添えて静かに忍び寄る影があった。出海はその気配を察している様子もなく、じっと海を眺めている。

男が刀から手を放し、静かに話しかける。

004 千葉定吉 「ふっ・・・陸奥さん、あんた弱くなったか・・!?」
005 陸奥出海 「ん・・ああ・・。誰かと思ったら千葉の定吉(じょうきち)先生か・・・」
006 千葉定吉 「やはり陸奥さんか・・・他人の空似というやつかと思ったよ」

「・・あまり弱そうに見えたものでな・・・」

「打ち込めそうな気がしたよ・・・前はその隙だらけの姿がかえって怖かったものだが・・今はまるで怖くない・・」

「驚かそうと思ったが・・本当に斬れそうだったのでやめた・・まさか『陸奥』を名乗る者がこんな老人に斬られる事はあるまい」

007 陸奥出海 「斬ってもらってもかまわなかったぜ・・・・」
008 波がひときわ大きく音を立て砂浜を洗っていく。
009 陸奥出海 「言うとおり・・オレは弱くなったのかもしれない・・・。今は『陸奥』の名が少々うっとうしい・・・」
010 千葉定吉 「で・・・毎日、龍(さんを見ているのかね・・・」
011 陸奥出海 「海だよ・・・見てるのは」
012 千葉定吉 「だから龍(りょう)さんだろう・・・」
013 定吉(じょうきち)も腰から刀を引き抜き、出海の横へどっかりと腰を下ろし海を眺めた。目の前に広がる青い海から潮騒が響き渡ってくる。
014 千葉定吉 「前に龍(りょう)さんが、あんたのことを海だと言ったらしいが・・あんたにとっても龍(りょう)さんは・・・海か・・・」

「やはり龍(りょう)さんは早すぎたな・・・・」

015 陸奥出海 「早すぎた・・・」

「で・・オレに何の用だい・・?偶然に会ったにしちゃ都合がよすぎる・・」

016 千葉定吉 「ふむ・・・あんたが龍さんの死を伝えてくれたあと・・どこへ行くと聞いたら『海を見に・・・』そう言って出ていったろう」

「で・・気にかけておったのさ・・最近、知人がこの辺りで毎日、海ばかりを見ている男がいると教えてくれたものでな・・・」

017 出海は目を閉じかすかに笑った。その横顔を定吉が見つめながら言葉を続けた。
018 千葉定吉 「いつまで海を見ているつもりじゃ・・・」
019 陸奥出海 「あきるまで・・・・」
020 千葉定吉 「ふむ・・・それもよろしかろう・・・が・・あんたを待っておる女はおらんのか・・・?」

「・・・・おらんのなら・・どうじゃ、さな子を嫁にもろうてくれぬか・・とんでもない事を考えるじじいではあるが・・これを頼みたくて・・あんたを探しておった」

021 陸奥出海 「さな子さんはもう嫁にいってるぜ・・・・坂本龍馬のね・・・」
022 千葉定吉 「ふっ・・・あんたにそう言われてはしょうがないか・・・あんたならば・・とも思ったのだが・・・」
023 出海が定吉の言葉の途中ですっと腰を上げて立ち上がった。
024 千葉定吉 「おいおい、逃げんでも、無理強いはせぬよ・・ただの年寄りの思いつきにすぎん」
025 陸奥出海 「約束を思い出したんだよ」
026 千葉定吉 「約束・・・・?」
027 陸奥出海 「『待ってる人』・・・て言われて思い出した・・・」
028 千葉定吉 「なんじゃそうか・・・待っとる女子がおったのか・・・ならそうと・・・」
029 陸奥出海 「いや・・・・男さ・・」
030 出海はそう言い残すと、松林の中へ消えていった。

江戸、今戸八幡(いまどはちまん)、柔らかな陽射しが室内まで射し込んでいる。縁側に腰をおろした若い男がまぶしそうに目を細めている。蒼白ともいえる男の顔は端正だが鋭利な刃物のような印象を受けた。

031 「沖田様!!起きてらしていいんですか」
032 沖田総司 「やあ蘭さん・・・陽射しが暖かくて。いい気持ちですよ・・・よかったら一緒に日向ぼっこでも・・」
033 蘭を見つめながら総司が優しく誘った。総司の言葉に蘭の心臓が高鳴った。
034 「え・・・」
035 沖田総司 「なんて・・無理だな。病がうつるといけない。あまりそばに寄らないほうがいい」
036 「そんな・・・労咳だからといって必ずうつるとは・・・」
037 沖田総司 「・・・で、なんですか?薬はさきほど飲みましたよ」
038 「え・・その・・私は沖田様の看病を良順先生(りょうじゅんせんせい)から仰せつかってますから・・ただ様子を・・・」
039 沖田総司 「ありがとう・・」
040 総司の端正な顔がほころぶ。
041 「え・・そんな、これが私の仕事ですから」
042 沖田総司 「でも、あまりこない方がいい・・・そう度々こられても困ってしまうし・・・」
043 「あ・・・・」

「やっぱり沖田様も私のことがお嫌いですか・・・?」

044 沖田総司 「・・・・も?」
045 「あ・・・いえ、良順先生の御一家は皆、良くしてくれます・・・でも・・・」

「言いませんでしたけど・・・見ればわかりますでしょ・・私、異人の血が混じってるんです・・」

「よくいじめられました・・・父は母を残してオランダに帰ってしまって・・・しばらくして母が亡くなって・・・長崎に医学を学びに来ていた良順先生がひきとって下さったんですけど・・」

「今まで町を歩いてると皆がふりかえるんです。変でしょ私って・・髪も眼も黒くないし・・・似合わないからまげも結ってないし・・・」

046 蘭が目に涙を一杯溜めて、自分の心情を吐き出した。うつむいて肩をかすかに震わせている。その姿を総司が優しい目で見つめている。
047 沖田総司 「私でもきっとふりかえるな・・・・」
048 蘭の肩がぴくりと反応する。
049 沖田総司 「綺麗だから・・・」
050 「え・・・」
051 沖田総司 「もう少し縁側に出て、立ってくれませんか・・・」
052 「え・・・は、はい・・・」
053 総司にこわれるまま、蘭は縁側の縁に立った。優しく降り注ぐ陽光が蘭の姿を眩く浮き上がらせた。
054 「沖田様・・・?」
055 沖田総司 「ああ・・思ったとおりだ。綺麗ですよとても・・・。髪の色が淡いのはちっとも変じゃない。こうやって陽の中に立つとキラキラと光って、まるで天女みたいに見えます」
056 「そ・・・そんなことありません・・・」

「や・・薬湯を入れます・・・」

057 蘭は顔を赤らめていそいそと総司の為に薬を煎じた。

蘭が湯呑みに入れた薬を総司に差し出す。

058 「私・・・信じられません」
059 沖田総司 「え・・・本当の事ですよ。冗談はよく言いますけど・・嘘は言わない人です。私は」
060 「いえ・・・さっき、おっしゃった事もですけど・・この人が本当に今日の町で怖れられた新撰組の鬼の一番隊長・・だなんて事がです」
061 沖田総司 「本物ですよ・・ここにいるのは人斬りの沖田です・・・鬼じゃありませんが・・・ね」

「本物の『鬼』なら一人知ってます・・・」

062 総司は副長、土方の事を思った。
063 沖田総司M 『土方さん・・・あの人は今でも戦っているんだろうな・・・』
064 沖田総司 「まあ・・・どっちにしろ私は・・・極楽には行けないでしょうが・・・」
065 「そ・・・んな・・・」
066 沖田総司 「沢山の人を斬りましたからね・・・新撰組の沖田といえば、皆、道をゆずってくれましたよ・・」

「それが今は戦にも加われず、こんな所で薬湯を飲んでいる・・。私に斬られた浪士の身内は手をたたいて喜ぶでしょうか・・・?」

「今から思うと京での日々は遠い幻だったようにも思えます・・・。楽しかった・・とは言えないけれど・・・近藤さんや・・その鬼の人と一緒に白刃の下を走ってた・・・いや・・きっと楽しかった・・・そうなんだろうな」

067 「その・・鬼の人って・・・」
068 沖田総司 「土方さんですよ・・・新撰組副長、土方歳三・・・あの人は、以前、私の剣を見て・・・『お前、鬼の子か』なんて言ったことがあるんですけど・・・・本当の鬼はあの人です・・・」

『もう近藤さんや土方さんとは会えない・・かなあ・・。そして・・・あの人とも・・・・?』

069 数刻の時が流れた。空は厚い雲に暗く覆われ、雨が地面を洗っていた。良順が総司の診察に訪れていた。総司の部屋へと続く廊下で蘭と良順が話をしている。
070 良順先生 「蘭・・・・私が直接沖田君を診るのは今日が最後だろう・・・私は会津へ行く・・・」
071 「え・・・・良順先生・・・?」
072 良順先生 「沖田はおそらくもうたすからん・・・・」
073 良順の言葉に蘭の心は激しく動揺した。目からあとからあとから止め処なく涙が溢れ出してくる。
074 良順先生 「おそらく沖田もわかっている・・わかっていながらあの笑顔をうかべられる・・・。めずらしい男だ」

「最後の刻(とき)まで看取ってやってくれ・・・」

075 良順が木戸を開けて、総司のいる部屋へ入っていく。蘭は涙に濡れた顔を隠して廊下に立ち尽くしていた。
076 良順先生 「沖田君・・ぐあいはどうかね・・」
077 総司は縁側に座り大地を打つ大粒の雨を見つめている。
078 良順先生 「おいおいいかんな・・・春とはいえ雨だ・・寝てなくては」
079 沖田総司 「夢を見ました・・・」
080 振り向く総司の顔は、自分の天命を察しているかのように晴れ晴れとしていた。
081 良順先生M 『なんだ・・・本当にこの男・・・この笑顔はまるで・・・』
082 沖田総司 「近藤さんの夢です・・・近藤さんが土方さんをおいて行ってしまう夢です・・・。土方さんは『行くな・・・』そう叫んでるんですけど近藤さんは寂しそうに笑って・・・」
083 良順先生 「そ・・・そうか・・・とりあえず体を見ようか・・・こちらに・・・」
084 良順の言葉には耳を貸さず、総司が話しはじめる。
085 沖田総司 「『時勢が変わったよ・・歳・・行かせてくれ・・オレは疲れた・・・』そう言って闇の中へ歩いていくんです・・」

「土方さんが怒ったような顔でその闇を睨んでるんです」

086 良順先生 「沖田君・・・」
087 沖田総司 「近藤さんは死んだんですか」
088 総司の言葉に良順の眉がピクリと反応した。
089 沖田総司 「そうなんですか・・・やっぱり・・・」
090 静寂が流れる。やがて観念したように良順が答えた。その声は重く沈んでいる。
091 良順先生 「そうだ・・・」
092 良順先生 『この笑顔に今さら隠してもしようがない・・・』
093 良順先生 「この4月3日に千葉流山(ちばながれやま)にて近藤君は一人で官軍に投降した君の見た夢に似ている・・・」

「そして・・・昨日、25日、板橋にて斬首(ざんしゅ)されたそうだ」

094 沖田総司 「土方さんは・・・・・まだ戦ってるんでしょう・・・・!?」
095 良順先生 「会津だ・・・幕軍と合流して指揮をとっている・・『陸軍奉行並』・・・これが今の土方君だ」
096 沖田総司 「北ですか・・・遠いな・・遠い・・・」
097 良順先生 「言伝(ことづて)があったら聞こう・・私も近日中に会津へ行く・・・」

「こうなれば沈む幕府丸と心中だ・・・」

098 沖田総司 「『待っててほしい・・・』そう総司が言っていたと・・・それだけを伝えてください」
099 良順先生M 『誰を・・・!?まさか沖田は行くつもりなのか・・・!?いやそれが無理なのは沖田が一番・・・』
100 良順先生 「いや・・・わかった。伝えよう」

「では、くれぐれも無理をせぬようにな・・・蘭、頼んだぞ」

101 良順は蘭に後を頼むと部屋を出て行った。残った蘭の目にいっぱい涙があふれていた。
102 「沖田様・・・・」
103 沖田総司 「まいったな・・・近藤さんが私よりも先に逝ってしまうなんて思ってもみなかった・・・」

「近藤さんは逝き・・・土方さんは北へ・・あくまでも戦いつづける・・・」

「なんだかおいてけぼりをくらったみたいですよ・・・」

104 突然、蘭がその身を総司へ預け、力いっぱい抱きついた。総司の腕が蘭の体を抱きとめる。その体は小刻みに震え、悲しみに耐えていた。
105 「沖田様・・・死なないで下さい・・・あとを追うなんてことは考えないで・・・」

「いえ・・きっと治ります・・・だから・・・・」

106 沖田総司 「治りますよ私は・・・いえ・・治すんです・・・。約束しましたから・・」

「体を・・病を治して・・・・あの人を待つんです・・・」

107 蘭の瞳が大きく見開かれる。総司の言葉に蘭の心が乱れた。
108 『誰ですか・・・・その女(ひと)
109 慶応四年五月三十日・・・。

夕日が家並み(やなみ)を照らし出している。空を焼いたその色は血の色を連想させるように真っ赤だった。まるでこれから起こる宿命の刻を暗示しているようだった。

110 「沖田様・・・夕食の支度ができました・・・」

「・・!・・お・・沖田様・・・だめですよお歩きになられては・・・」

111 沖田総司 「大丈夫です、今日は不思議なほど・・・体が軽いんです・・・」
112 「で・・・でも・・・」
113 沖田総司 「蘭さん・・・刀をとってくれませんか・・・」
114 蘭は総司に刀を渡した。総司の目は前方の木をじっと見つめていた。
115 沖田総司 「猫です・・・」
116 木の上で立ち往生している黒い子猫をじっと見つめる総司。

総司の居合が一閃し、猫の乗った枝を切り落としていた。そのスピードは子猫の反射速度を凌駕し、ピクリとも体を動かすひまを与えなかった。

117 沖田総司 「仔猫にはよくあるんです・・・高い所に登ったのはいいが・・降りられなくなる・・・というの」

「ホラ・・行きなさい・・・」

118 子猫が小さくはねながら走っていく。視線の先に人影があった。驚く総司。
119 陸奥出海 「やせたな沖田・・・体は大丈夫か・・・」
120 沖田総司 「治りました」
121 陸奥出海 「そうか・・・」
122 蘭は突然現れた出海に驚いていた。

出海と総司の間合いに静かな気が流れる。

123 陸奥出海 「おまえ・・・強くなったのか?」
124 沖田総司 「まさか・・・」
125 陸奥出海 「仔猫をおびえさせる事なくなお・・なんの衝撃も与えず枝を斬った・・できないな・・達人でも」

「オレは弱くなったかもしれん・・・」

126 沖田総司 「まさか・・・」
127 陸奥出海 「陸奥の名を捨てようかと毎日海を見ていた・・・が・・・・」

「約束を思い出した・・」

128 蘭M 『えっ・・もしかして・・・沖田様が待っていた・・って・・・この人・・・!?』
129 沖田総司 「私は一時も忘れはしませんでしたよ」
130 陸奥出海 「本当はただ見舞いにきただけだ・・・・」

「オレは弱くなっちまったし・・きっとおまえは刀もにぎれなくなってる・・・そう思ってきた・・・」

131 沖田総司 「あなたが弱くなった・・うそですよ・・かわってません・・半年前、あの新撰組の屯所に殴り込んできた時の鬼神のままです」
132 陸奥出海 「そう見えるか・・・」
133 沖田総司 「そうとしか見えません・・・」
134 陸奥出海 「そうか・・なら、きっとそれはお前のせいだ・・血が・・熱くなってる・・・」

「もう一度、聞く・・・体は治ったのか!?」

135 沖田総司 「治りました・・・」

「約束を守ってください・・・」

136 総司がスラリと刀を抜き出し構える。痩身のその体からは凄烈な気合が渦巻いていた。
137 蘭M 『沖田様・・!?待っていたって・・・戦うため!?』
138 陸奥出海 「そうするか・・・」
139 蘭M 「や・・やめて・・沖田様の病は治ってなんかないのに・・なのに・・どうして・・・!?』
140 総司が己の刀の鞘を後へ放り投げて捨てた。地面にあたった鞘が乾いた音を立てて転がる。
141 陸奥出海 「鞘を捨てるか・・・武蔵なら『敗れたり・・・』そう叫ぶところだ」
142 沖田総司 「一度、割られてますからね・・それに勝負なんてどうでもいいんです・・・」

「ただ・・あなたの本気が見てみたい・・・それだけです」

143 陸奥出海 「見せてやろう・・・」
144 出海と総司の二人の間合いがじわじわと狭まってくる。総司の体が前後にユラッとゆれた。と、同時に総司の鋭い裂ぱくの突きが出海を襲った。

出海が紙一重で左に体を滑らせて避ける。

145 陸奥出海M 『殺気がまるでないだけにいつくるか読めない・・・しかも迅(はや)い・・」
146 陸奥出海 「とんでもねえ男だな・・・」
147 沖田総司 「本気を見せてください・・・」
148 総司の剣が疾風のように風をはらんで出海を襲う。

出海は左手を地面につけると体を大きく旋回させ、脚を風車のように蹴り上げる。総司の頬を出海のかかとが掠めた。

149 沖田総司 「すごい・・・最初の蹴りが吹きぬけたあと、また戻ってくるなんて・・・」
150 陸奥出海 「本気だからな・・・」
151 陸奥出海M 『こいつ『弧月』の裏までかわしやがった・・・」
152 蘭M 『本当にすごい・・二人とも・・・でも沖田様は本当に意志の力で病を克服してしまわれたの・・・!?」
153 沖田総司 「はじめてあった時の事・・おぼえていますか・・・」
154 陸奥出海 「ああ・・・」
155 総司の体がぶれた。その剣先は三本に分かれ出海を襲う。総司の剣が出海の頬にすっと赤い血の線をにじませた。
156 沖田総司 「すごい・・・あの時と同じですね・・かわされた」
157 陸奥出海 「同じじゃねえよ・・・前は二段で今度は三段突きだ・・・しかもそれが同時に見えた・・・」

「かわすのが手いっぱいで蹴りが出せなかった」

158 沖田総司 「じゃあ、鞘を捨てなくてもよかったのかな・・」
159 互いに見つめる口元がかすかに笑みをこぼした。その時、総司の体ががくりと折れ、地面に力なく膝をついた。激しい咳が総司の口をついて出る。蘭の総司を呼ぶ声が悲痛に響き渡った。
160 沖田総司M ゴホッ・・ゴホッ・・・『力が・・抜ける・・まだだ・・・まだ終ってない・・・持ってくれ・・・』
161 陸奥出海 「沖田・・・」
162 沖田総司 「ま・・まだですよね・・・これで・・ゴホッ・・・終わりになんか・・しない・・で・・くだ・・さいよ・・」

「私は・・まだやれます・・陸奥さん・・」

163 陸奥出海 「ああ・・まだ終わりじゃない・・・・」
164 「や・・やめてください・・・!!」

「沖田様は本当なら歩くこともできない程、体が弱っているんです・・張りつめていた気がもうきれたんです・・・・」

165 沖田総司 「くるなっ!!」
166 「お・・・・沖田様・・・」
167 沖田総司 「こないでください・・・・」
168 泣きじゃくる蘭の目の前で総司がよろよろと力なく立ち上がる。そして、剣を振り上げ出海へうちこんで行くがフラフラと力なく剣が揺れるばかりだった。
169 蘭M 『あ・・ああ・・・沖田様は・・・もう刀を持つのがやっと・・ううん、ちがう・・これが今の沖田様の当たり前の力なのに・・・』
170 沖田総司M はァ・・はァ・・『お・・重い・・・・さっきまでは羽のようだった刀が・・・・』
171 沖田総司 「はは・・・情けない・・・私の体は・・・こんな時にまで私を裏切るのか・・・」

「なさけ・・・ない・・・」

172 総司ががっくりと膝を折り倒れ伏した。

出海の目から一筋の涙が流れる。出海は涙をぬぐい非情の鬼になった。

173 陸奥出海 「立て・・沖田」

「立って・・・もう一度さっきの突きを見せろ」

「オレの本気はまだこんなもんじゃない。突いてこい・・沖田!!本気の・・沖田総司の三段突きを見せてみろ」

「本気でオレも受けてやる・・・沖田・・・立て!!」

174 出海の声にうながされるように総司が立ち上がる。総司の体に力が戻ってきた。刀を構えるその姿に微塵の迷いはなかった。

その時、空から真っ白な雪が降り始める。

175 蘭M 『雪・・・?まさか・・・だって今はもう初夏・・・でも・・なに・・!?見る間に雪が・・積もっていく』
176 瞬く間にあたりは真っ白い雪化粧をまとっていった。その白い風景の中に総司と出海だけが立っている。しんしんと振る雪の音が止まった。

総司の全身全霊をかけた最期の突きが出海にはなたれる。出海の放った蹴りが総司をとらえる。

177 陸奥出海 「すごい突きだ・・沖田おまえはやっぱり天才だ・・・」
178 沖田総司 「あなたの蹴りこそ・・・神業でした・・・」
179 総司が大量の血を吐いた。真っ赤な血は純白の雪を赤く染め上げていく。

蘭があわてて駆け寄る。

180 「沖田様・・・沖田様しっかりして・・沖田様・・・」
181 沖田総司 「蘭さん・・・ありがとう・・・この言葉しかあなたに返せるものがない・・・」
182 「いいえ、いいえ・・・」
183 沖田総司 「あまりよらないで・・・着物が汚れます・・・それに・・・病がうつるといけない・・・・」

「陸奥さん・・・・」

184 陸奥出海 「なんだ・・・」
185 沖田総司 「待っていてよかった・・・・あなたと戦って・・そして病人としてではなく・・剣士として死ねる」

「あの世で近藤さんに自慢ができる・・・」

「陸奥さん・・最後に一つお願いを聞いてください」

186 陸奥出海 「聞こう・・・・」
187 沖田総司 「北へ・・・そして土方さんに伝えてください・・・『総司は幸せでした・・』と。そして・・陸奥さん・・・」

「土方さんを・・よろしくお願いします・・・」

188 陸奥出海 「わかった・・・・・」
189 N 総司は優しく微笑むと眠るように息をひきとった。
190 「そ・・・・総司様ぁぁ・・・」
191 陸奥出海M 『雪・・・・か・・・沖田・・おまえに似ている・・・あくまでも凄烈で・・・そして・・・儚い・・・・』
192 「人殺し・・・沖田様はご病気だったのに・・・もう動けなかったのに・・それを・・それを・・・」

「仇・・・!!」

193 N 蘭の振り上げた総司の刀が出海の肩に食い込む。が・・しかし、蘭の力では出海の肩の筋肉を斬りとおすことはできなかった。
194 陸奥出海 「あまいな・・こんなんじゃ人は殺せないぜ・・」
195 「ひ・・・人殺し・・・」
196 陸奥出海 「そうだ・・・オレは人殺しだ・・・沖田はオレが殺した・・・」

「だが・・負けたのはオレじゃない・・・・。病に・・・だ」

「討たれてやってもいいんだが・・・沖田との約束をはたさなけりゃならん」

「それにまず・・・・弔ってやるのが先だ・・・」

197 N 出海は総司の亡骸を抱き上げる。

雪がしんしんと降り積もる。

198 陸奥出海M 『軽いなあ沖田・・・おまえ・・・こんなに軽かったのか・・・』
199 N 慶応四年五月三十日

江戸 今戸八幡(えど いまどはちまん)にて沖田総司闘死・・・享年二十五歳と云う・・・

この日に雪が降った・・そういう記録は残っていない・・・。

沖田総司・・・その淡雪のような伝説だけが残っている。

劇 終

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