むつえんめいりゅうがいでん
陸奥圓明流外伝

 し ゅ ら の と き
修羅の刻
陸奥八雲の章

        くものごときおとこ
其の壱 雲の如き男

001 関が原の合戦から10余年・・・天下の趨勢(すうせい)は定まりつつも刻(とき)は、いまだ戦乱の息吹をとどめていた。・・そして・・この時代にも修羅の技を使う男がいた。

真っ青に広がる空、白い雲、その下に悠然と広がる山の、峠の道を男が歩いている。その腰に無造作に鉈(なた)のような刀を差している。男の目に小さな山茶屋(やまぢゃや)が映った。男の足が山茶屋(やまぢゃや)の前で止まった。男の腹がぐ〜〜っと大きな音を立てて鳴いた。

002 陸奥八雲 「いかんなあ・・いかん、腹のやつ・・・」
003 男を急かすように腹がまた鳴いた。
004 陸奥八雲 「ええィ、わかった」

「ばあさん・・・メシだ」

005 男はむさぼるように麦メシをほおばっている。山茶屋(やまぢゃや)のばあさんがその様子を目を丸くして見つめている。

突然、山の中から刀を持った男が走り出してきた。男は、肩で大きく息をしながら今、自分が出てきた山の奥の方を向いて、刀を構えている。

その姿は男にしてはどこか華奢でまるで女のようだった。

006 吉祥丸(詩織) 「ハァ、ハァ・・・来ない・・・まいたか・・・ハァ・・」
007 ほっと安堵したように振り返った男の目に、道の反対側から飛び出してくる刺客の姿が飛び込んできた。
008 《せりふ:刺客》
「フフ・・・逃げ足だけは達者のようだが・・運が無かったな・・」

《せりふ:刺客》
「運命(さだめ)・・・ということだ」

009 刺客がじりじりと間合いを詰めてくる。そのとき、男たちの前に巨躯の侍が現れた。
010 《せりふ:刺客》
「な・・何者だきさま・・・じゃまだてするなら斬るぞ!!」
011 宮本武蔵 「ほう・・・・斬る・・か・・」

「この、わしを斬る・・・か」

「ふふ・・わしはただの旅の者だ。この者ともなんの関係ない・・相手にするに足らぬ男と剣を交える気もさらさらない・・・しかし、このまま見て見ぬふりもできぬ」

「よいか・・・二度とは言わん・・・できぬことは口にせず・・さっさと刀をおさめて立ち去るがよい」

012 山茶屋(やまぢゃや)の前に不穏な空気が立ち込め始めていた。その中でひとり、もくもくと麦メシをほおばる男がいる。男のメシにハエがとまった。
013 宮本武蔵 「ぬ・・・箸で、ハエを無造作につかんだ・・・あの小僧・・・」
014 《せりふ:刺客》
「ど・・どこを見ている・・・」
015 宮本武蔵 「ふっ・・どうやら口で言ってもわからぬらしいの・・・ならば・・」

「死ねい・・・」

016 男の裂ぱくの気合がほとばしる。

男の気合に気圧(けお)されて、ひるんだ刺客の頭から腰を刀が真っ二つに切り裂いた。刺客の体から激しく血飛沫が舞い、そのまま崩れ落ちた。

血にまみれた剣先が麦メシを食べている男の鼻先で止まった。

017 宮本武蔵 「やはりできる・・・」

「目の前で人が斬り殺され・・あまつさえ鼻先にその白刃(しらは)がふってきてもまばたき一つせんとは」

018 陸奥八雲 「あぶないな・・・人がメシ食ってる鼻先に・・・」
019 宮本武蔵 「小僧・・・わしと立ち合え」
020 陸奥八雲 「なんで・・」
021 宮本武蔵 「強いからよ、おぬしがの・・・強い・・・それだけじゃ」
022 巨躯の侍が上段に太刀を構えた。
023 宮本武蔵 「どうした・・・・その腰の刀は飾りではあるまい・・」
024 陸奥八雲 「ああ、これね・・・」

「これは包丁だ・・・鉈(なた)にもなる・・・よく切れて便利だよ」

025 宮本武蔵 「ふふ・・・」

「どうやら・・・またの機会を待ったほうがよさそうだの・・わしの眼を笑ったまま見返すとは・・・おぬしがはじめてじゃ」

026 陸奥八雲 「ありがとう・・・」
027 巨躯の侍は刀を鞘におさめるとくるりと背を向けて去っていこうとした。
028 吉祥丸(詩織) 「あ・・ご助成かたじけない。よろしければ名を・・・」
029 「お、お願いがございまする」
030 吉祥丸(詩織) 「じい・・・無事であったか・・・」
031 「今・・若のお命を助けていただいたお礼もせぬうちに、恐縮でありますが・・・ぜひお聞きくださりませ」

「あなた様を、高名(こうめい)な兵法者(ひょうほうしゃ)とお見受けいたしました。そのお力をぜひ・・お貸しくださりませ」

「若はこのように命を狙われております。今は仔細(しさい)を申し上げられませぬが・・・ぜひお力を・・・」

032 宮本武蔵 「わしに用心棒をせよ・・・と申すか」
033 「はは・・・おそれながら」
034 宮本武蔵 「わしは兵法者(ひょうほうしゃ)じゃ。斬る価値のない者を斬る刀は持っておらん」

「今日は特別じゃ」

035 「そこをなんとか・・・・」
036 宮本武蔵 「用心棒ならば、そこの小僧に頼むがいい。わしよりも役に立つ・・・かもしれぬぞ」

「小僧・・名はなんという?」

037 巨躯の侍の問いかけに、一瞬きょとんとしたが、男は涼しい声で言った。
038 陸奥八雲 「陸奥八雲(むつやくも)
039 宮本武蔵 「わしの名は・・・宮本武蔵(みやもとむさし)・・
040 吉祥丸(詩織) 「あれが武蔵(むさし)・・」

「京の名門、吉岡流一門をたった一人で討ち果たし・・今や天下一の達人とも言われる剣の鬼」

041 宮本武蔵 「またいずれ会う時もあろう・・その時は、その笑みを消して見せよう」
042 武蔵は悠然とその場を後にした。

武家屋敷。庭のししおどしが乾いた音を立てている。

043 「若・・・どうやら叔父上殿(おじうえどの)は本気で若を亡き者になさる所存でござる」

「もう山歩きはおよしなさいますよう・・あのような刺客(しかく)までやとうた以上・・・・」

044 吉祥丸(詩織) 「そして女子(おなご)のように屋敷に隠れておれと申すか・・・そして家中(かちゅう)の者にあの若様はおとなしくて屋敷に閉じこもったきり、まるで女子(おなご)のようじゃ・・・と言われろと申すか・・・」
045 「姫・・・」
046 吉祥丸(詩織) 「じい・・」
047 「女子(おなご)にもどりなされ」
048 吉祥丸(詩織) 「じい・・今さらそんな世迷い言(よまよいごと)は聞かぬぞ・・・私を男にしたのはじいではないか・・・」

「父上のご無念忘れたわけではあるまい。私はその話を子守唄がわりに育ったのだ・・今さら何を言う」

「城主の座、欲しさに実の兄に毒を盛って亡き者にした叔父(おじ)などに・・・このまま、この国をくれてやれと申すか・・・」

「父の死に耐え切れず、私を産み落とすと同時に亡くなった母の思いを忘れろ・・と申すか」

「生まれた私を男だといつわり、『若・・はよう大きくなりなされ、立派な若武者に育ったあかつきには、このじいが命にかえても、あの城の主(あるじ)にすえてみせまするゆえ』・・そう言って育ててくれたのはじいであろう」

049 「じいの不明にござりました」

「おゆるしくださいませ・・・その事が姫の命までも危うくする・・・という事を考えませんでした。」

「今日なども、このじいがついていながらあわや・・・」

「どうやらわしも老いてしまいました。もはや姫のお命すら守りとおす自信がございませぬ」

050 吉祥丸(詩織) 「それで雇(やと)うたのがあれか・・・」
051 「武蔵様の推挙にござれば・・・」
052 吉祥丸(詩織) 「何が推挙だ・・自分が断わる口実に過ぎぬ・・・侍の魂を包丁だの鉈(なた)だの言う男だぞ」

「時々ものに動じない大うつけは達人に見えることもある」

「見ろ・・・来るなりひなたぼっこだ・・・ただのバカだ・・・」

「・・ったく」

053 武蔵が去った後の山茶屋での回想。
054 陸奥八雲 『用心棒・・・?そうだなあ、お金ある?』
055 「は・・はい・・・多少は・・・』
056 吉祥丸(詩織) 『いきなり金の話など・・・下衆(げす)だあの男・・・』
057 『百両までなら・・・』
058 陸奥八雲 『そんなにゃあいらねえよ。ここのメシ代払ってくれれば』

『実は一文も持ってないのに腹のやつが、わがままを言いやがって・・・払ってくれるなら助かる・・』

059 吉祥丸(詩織) 「五文(ごもん)で命をかける男などいるものか・・じい・・・木刀をもて・・・」
060 「若・・・?」
061 吉祥丸(詩織) 「試す・・・・」
062 のんびりとひなたぼっこをする八雲の後ろで木刀を構えた。八雲は一向に気づく様子もない。気合もろとも振り下ろされた木刀は八雲の頭をうちすえた。
063 陸奥八雲 「いてェ・・・・・・ひでえなあ・・・何すんだよ・・・」
064 吉祥丸(詩織) 『なんだ・・こいつ本当の大バカ者だ・・・少しは期待しておったのに・・・』
065 城内。城主を囲み謀議をしている。部屋を照らすろうそくの炎がゆらりと揺れて男たちの顔を不気味に照らし出している。
066 《せりふ:侍》
「・・・というわけで先主(せんしゅ)の一子(いっし)、吉祥丸(きっしょうまる)を暗殺してもらいたいのじゃ。女子(おなご)に生まれておればよかったものを・・・男子(だんし)である以上・・・すててもおけん」
067 柳生兵馬 「ふん・・・実兄(じっけい)に続いて甥(おい)までも手にかけるか・・・」
068 《せりふ:侍》
「こ・・これ・・・・言葉に気をつけろ。殿の御前(ごぜん)である」
069 柳生兵馬 「心配するな。望みどおりその若様はあの世に送ってやる」
070 《せりふ:侍》
「そ・・それじゃが・・どうやら相手は・・」
071 柳生兵馬 「武蔵(むさし)・・・か。前の刺客(しかく)を脳天から股間(こかん)まで真っ二つ(まっぷたつ)にしたという」
072 《せりふ:侍》
「そ、そうじゃ、その武蔵(むさし)がどうやら吉祥丸側(きっしょうまるがわ)についたらしいのじゃ・・・いや・・・確かではないが一人用心棒に雇いいれたのは間違いない・・・おそらく・・・・」
073 柳生兵馬 「心配するな、と言ったはずだ。だから・・・わが柳生(やぎゅう)に頼んだのだろう。武蔵(むさし)であろうと誰であろうと、わが柳生流(やぎゅうりゅう)の敵ではない!!」

「にしても・・・・気にいらんな・・・」

074 刀が一閃(いっせん)し、閉じられた襖(ふすま)の中央一枚のみを真っ二つに斬り落とした。襖(ふすま)の後ろに人影があった。
075 柳生兵馬 「なんだこいつは・・・・忍(しのび)・・か」

「オレ一人では武蔵(むさし)に勝てぬ・・・とでも言うのか」

076 《せりふ:侍》
「い、いや・・この者はただの忍(しのび)。探りを入れるためにだけに雇った者」
077 柳生兵馬 「よいか・・・武蔵(むさし)はこの柳生兵馬(やぎゅうひょうま)が斬る」

『柳生流をおびやかす者は誰であろうとな・・・」

078 武家屋敷。八雲がのんびりと縁側に座っている前で、男が木刀を振っている。女子(おなご)として生まれながら男子(だんし)として育てられ、亡き先主(せんしゅ)、父の仇を討とうとしている吉祥丸である。
079 陸奥八雲 「おい・・」
080 吉祥丸(詩織) 「うるさい!稽古の邪魔だ。だいたいなんだ・・毎日私のそばに張り付いて」
081 陸奥八雲 「だって・・・オレ用心棒だからさ」
082 吉祥丸(詩織) 「バカ・・・腕もないくせに何を言う。私は自分の命くらい自分で守る・・・」
083 陸奥八雲 「にあわねえよ・・」
084 吉祥丸(詩織) 「なに・・・・」
085 陸奥八雲 「似あわねえよ。お前すごい別嬪(べっぴん)なのに」
086 吉祥丸(詩織) 「べ・・・別嬪(べっぴん)・・・無礼者!!お、男に向かって別嬪(べっぴん)とは何だ」
087 陸奥八雲 「何言ってんだ・・女だろおまえ」
088 吉祥丸(詩織) 「わ・・わた・・・いや、オレは男だ。これ以上、愚弄(ぐろう)すると斬るぞ」
089 陸奥八雲 「そんな別嬪(べっぴん)の男がいてたまるか。だいいち・・・」
090 八雲はすっと立ち上がり、吉祥丸へ近づいていった。
091 吉祥丸(詩織) 「な・・・なんだ・・・」
092 陸奥八雲 「匂いが違う・・・いいか・・・これが男の匂いだ」
093 八雲はぐっと吉祥丸を抱き寄せた。八雲の男の匂いが吉祥丸の鼻をくすぐる。そして八雲は、吉祥丸の肌に鼻を寄せ、その匂いをかいだ。
094 吉祥丸(詩織) 「あ・・・・」
095 陸奥八雲 「ほら、全然違う。お前はいい匂いがする」
096 八雲がニコッと人懐(ひとなつ)こい笑顔をみせた。吉祥丸は真っ赤な顔で八雲の頬を思いっきりひっぱたいた。
097 吉祥丸(詩織) 「よ、よいか、今度このような真似をしてみろ・・本当に斬る」
098 吉祥丸は馬にまたがると屋敷の外へ駆け出していった。
099 《せりふ:忍》
「ほう・・・まさかでてくるとはの・・おびき出す算段を考えておった所だが・・死にたいのかの、あの若様は・・・?ま・・・仕事は仕事じゃ・・・知らせねばなるまいて・・・・」
100 山の泉から湧き出した水がさらさらと流れている。その清水に姿を映している吉祥丸。かたわらで愛馬が水を飲んでいる。
101 吉祥丸(詩織) 『別嬪(べっぴん)・・だと・・・私が・・・?本当に・・・?』

『バ・・バカ・・・私は男だぞ。男が別嬪(べっぴん)だといわれてどうするのだ・・・私は男だ・・・亡き父母の無念を晴らすために男になったのだ。今さら・・・」

102 八雲の言葉が吉祥丸の心をかき乱す。吉祥丸は着物を脱ぎ、清水に肌を沈めていった。
103 吉祥丸(詩織) 「胸が・・ふくらんできている・・・さらしをまかねばもうごまかせない・・・」

『どうして男に生まれてこなかったのだ・・・男に生まれてきさえすれば・・別嬪だなどと言われて動揺せずにすんだのに・・・』

104 吉祥丸が水飛沫を上げて立ち上がった。その時、人の気配を感じて再び水の中へ体を沈めた。
105 吉祥丸(詩織) 「だ・・・誰だ・・・」

『不覚・・・刺客か・・!?くっ・・・運良く逃げのびても裸を見られていれば女子(おなご)だという事は一目瞭然(いちもくりょうぜん)・・・』

106 陸奥八雲 「オレだよ・・・」
107 吉祥丸(詩織) 「あ・・・」

『な・・何を喜んでいるのだ私は・・・』

「き・・・着物を着る・・・あちらを向いておれ・・・」

108 吉祥丸は着物をはおり、男姿へとなった。
109 吉祥丸(詩織) 「も・・・もうよいぞ・・・」
110 陸奥八雲 「あ、そ・・・」
111 吉祥丸(詩織) 「見・・・見たのか・・・・」
112 陸奥八雲 「はは・・・全部見ちまった・・」

「声かけようとは思ったんだけどよ、あんまり綺麗なんで・・つい見惚れてた」

113 吉祥丸(詩織) 『きれい・・・?私の裸が・・・』
114 吉祥丸は八雲の言葉にドキッとし、顔を赤らめた。
115 陸奥八雲 「どう考えてももったいねえな・・そんな男物の着物を身につけてるのはよ」
116 吉祥丸(詩織) 「う・・・うるさい、このことは他言無用だぞ」
117 陸奥八雲 「名はなんてんだっけ、おまえ・・・?」
118 吉祥丸(詩織) 「き、吉祥丸(きっしょうまる)じゃ!」
119 陸奥八雲 「本当の名は?」
120 吉祥丸(詩織) 「そ、それ以外に名はない」

「わ、私の名は母上がつけてくれたのじゃ・・じいが教えてくれた」

「・・どうした・・・」

121 陸奥八雲 「どうやらおいでなすった・・・」

「ひの・・ふの・・・・・ざっと10人はいるか・・・」

122 山の雑木林をぬって、斜面を駆け下りてくる浪人たちの姿があった。雑木林の中では、柳生兵馬(やぎゅうひょうま)と忍が様子をうかがっている。
123 柳生兵馬 「ふっ・・・オレの業を信用しておらぬようだのあの殿は・・この人数は何だ・・・」
124 《せりふ:忍》
「なにしろ相手は武蔵ということでしたからの・・・」

《せりふ:忍》
「おそれるのは無理もござらぬて・・刺客が返り討ちどころか、自分の首まではねに来るやもしれぬと震えてござった」

125 柳生兵馬 「何が武蔵だ・・・何だあの小僧は・・・あれのどこが武蔵だ・・・」
126 《せりふ:忍》
「どこに行きなさる」
127 柳生兵馬 「帰る・・・・武蔵でなければオレは必要なかろう。あの浪人どもに任せておけ。それともおぬしがやるか・・・」
128 襲い来る浪人たちを前に吉祥丸が刀を抜き身構えようとする。
129 吉祥丸(詩織) 「に・・逃げろ・・・狙われているのは私だけだ」
130 吉祥丸を押しとどめ八雲が前に出る。
131 吉祥丸(詩織) 「こ・・・こら・・」
132 陸奥八雲 「いいから、さがってろ」
133 吉祥丸(詩織) 「バ・・バカ・・弱いくせに格好をつけるな。五文で命を捨てる気か・・・」
134 陸奥八雲 「心配するな、五文以上の働きはしないさ・・・」
135 《せりふ:忍》
「なんと・・・やるつもりじゃ、あの小僧。勝てるつもりかの・・・」
136 浪人たちが刀や槍を手に一斉に八雲に向かって襲い掛かる。勝負は一瞬だった。八雲と浪人たちがすれ違ったとみるや、浪人たちはことごとく地面に倒れていた。
137 陸奥八雲 「まず・・・二文・・・てとこか・・」
138 吉祥丸(詩織) 『な・・なに?あいつが・・八雲が倒したのか・・?そんな・・・どうやって・・・?』
139 柳生兵馬 「どうした・・・もうすんだのか?」

「何?・・・今の一瞬に10名からの男があの男に倒された・・・だと」

「おい・・忍・・」

140 《せりふ:忍》
「陸奥・・・」

《せりふ:忍》
「わしはこの仕事・・・おろさせてもらいまする。・・・・わしの推量がまちごうてなければ・・・・あのお方には・・・勝てませぬ」

《せりふ:忍》
「あのお人は陸奥でござる。悪い事は申しませぬ、柳生殿も帰られたがよかろう・・・」

141 柳生兵馬 「なに・・・・ふ・・・陸奥だかなんだか知らぬが・・・強いならば・・・オレが斬る」
142 《せりふ:忍》
「やめなされ、あの宮本武蔵ですらおよばぬ・・と存ずる・・」
143 柳生兵馬 「オレはその武蔵を斬るために雇われた男だ」

「武蔵であろうと、陸奥であろうと・・将軍家指南役、柳生流の前には・・・死、あるのみ!!」

144 山の斜面を駆け下り、柳生兵馬(やぎゅうひょうま)が八雲と対峙した。
145 柳生兵馬 「強いなおぬし・・・しかし・・・・その強さをゆるさぬところが世の中にはある・・・」

「死んでもらおう・・・」

146 兵馬が剣を引き抜いた。殺気がみなぎり、空気が冷たく凍えていった。
147 吉祥丸(詩織) 『な・・なんだ・・・・この剣気(けんき)強い・・・強いなんてものじゃない・・・』

「逃げろ・・もうよい。今度は本当に斬られるぞ」

148 陸奥八雲 「まだ五文分の働きはしてないぜ。あと・・・三文ある!!」
149 柳生兵馬 『ほう・・・刀に手をかけた・・抜く・・かそれとも・・居合・・か・・』

『刀を捨てただと・・・・小僧・・・!?』

150 拳を構える八雲。その全身から闘気がほとばしり始める。
151 陸奥八雲 「いこうか・・・・」
152 柳生兵馬 「なるほど・・拳法か・・・しかし・・無手(むて)でこのオレに勝てるか?」
153 兵馬が裂ぱくの気合と共に、刀を上段から振り下ろす。八雲の拳が動いた。
154 柳生兵馬 「白刃(しらは)どりなど・・・できるか・・・!」
155 鈍い音が響く。兵馬の振るった剣は真っ直ぐ腰の下まで振り下ろされていた。

空中を白銀の弧を描きながら折れた刃が飛び、地面に突き立った。

156 柳生兵馬 「ばかな・・・白刃どりどころか・・折っただと!!」

『このオレが振りおろす剣を掌(しょう)と拳(けん)ではさみ・・・叩き折ったとはな・・・』

「おもしろい!!」

157 兵馬は小さく笑い、折れた刀を投げ捨てると八雲に手刀をうちこんだ。八雲は首をわずかに傾けそれをよけた。その襟首を、兵馬の右手ががっしりと掴んだ。
158 柳生兵馬 「よくかわした・・・さすがに拳法を使うだけのことはある・・が、掴ませたのはまずかったな・・・この間合いでは拳法の技は使えまい」
159 《せりふ:忍》
「あの男・・裏柳生か・・・・柳生派には剣だけでなく、無刀(むとう)どりから生まれた組み打ち術もあり、そして、剣と両方の技を極め、柳生派を脅(おびや)かす者を陰で倒す役を担った者達を裏柳生と呼ぶと聞いたが・・」
160 柳生兵馬 「裏柳生・・・柳生兵馬(やぎゅうひょうま)まいる!!」
161 兵馬は八雲の右腕をねじ上げて一本背負いのように投げをうった。八雲の下には巨大な石がある。八雲は左手で体をくるりと回転させると、離れ際に兵馬に拳をはなった。
162 柳生兵馬 「ごふっ・・・なに!?ばかな・・投げられながら・・あの一瞬に・・指でオレの胸に穴を穿(うが)った・・・だと」
163 陸奥八雲 「そんな投げでは・・人は殺せないよ」
164 八雲の眼が鋭く光った。兵馬の左腕の関節を逆に固めて投げをうった。腕は兵馬の重さに耐え切れず無気味な音を立てて折れた。投げられた兵馬の体が宙に舞う。その落下してくる頭を八雲の足が蹴り上げる。兵馬の首があらぬほうへと曲がり、兵馬は即死した。
165 陸奥八雲 「陸奥圓明流・・・・『雷(いかずち)』」

「これで五文・・・」

166 《せりふ:忍》
「まさしく人殺しの技・・・陸奥圓明流(むつえんめいりゅう)・・・」
167 宮本武蔵 「陸奥圓明流(むつえんめいりゅう)・・・か」

「逃げるな忍。逃げると斬る・・・ぞ。」

「おもしろいのう・・・陸奥圓明流(むつえんめいりゅう)・・・か、聞かせてもらおう」

168 《せりふ:忍》
「伝説を知っておるだけでござるよ。無手(むて)で人を殺す技を極めた・・幻の武術」
169 宮本武蔵 「無手(むて)・・・か」
170 《せりふ:忍》
「そして生まれてより数百年・・ただの一度も敗北を知らぬ・・という」
171 宮本武蔵 「ほう・・・ただの一度もな・・」
172 「わ・・・・若ぁ〜〜ハァ・・ハァ・・・・ご・・・ご無事で・・・・」
173 吉祥丸(詩織) 「八雲に助けられたのじゃ」
174 「は・・・?あ・・あの男にですか」
175 陸奥八雲 「じゃあな・・・」
176 八雲は腰に鉈のような刀をさし、吉祥丸たちに背を向けた。
177 陸奥八雲 「怖い人が来てるから逃げる・・・」
178 山の斜面の雑木林から八雲達をうかがう武蔵と忍の姿があった。
179 宮本武蔵 「フフ・・・小僧・・今度会う時が楽しみじゃの・・・」
180 吉祥丸(詩織) 「どこへ行く・・?
181 陸奥八雲 「ん・・そうだな、風にでも聞いてくれ・・オレの名は八雲だから・・・」

「それじゃあなお姫さん」

182 吉祥丸(詩織) 「や・・・・八雲・・・・」
183 追いかけようとする吉祥丸の腕を爺が掴んで引き止める。
184 「ひ・・・・姫・・・いや・・若・・・・」
185 吉祥丸(詩織) 「・・姫でよい・・じい、わたしは女子(おなご)にもどる」

『父上、母上・・ゆるしてくださりませ・・やっぱり私は・・女子(おなご)です』

「八雲・・・私の本当の名は詩織じゃ・・・!」

「つ・・・連れて行って・・・」

186 陸奥八雲 「バカ・・・女に戻ればもう、用心棒は要らないだろ・・・」

「いい女になるぜおまえ・・・元気でな・・名前は忘れねえよ」

「ん・・明日もいい天気だ」

187 真っ赤に燃える夕日に向かって八雲は去っていった。その後ろ姿を詩織はいつまでも見送っていた。

劇 終

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