もののけ姫

アシタカ サン エボシ御前
ゴンザ ジコ坊 ヒイさま
トキ モロの君 乙事主

挿入歌:もののけ姫 サウンドトラックより

001  
  昔 この国は深い森に覆われ、そこには太古からの神々が住んでいた。

霧深き深山(しんざん)の森の中、木をなぎ倒しながら突き進む影があった。

  N

挿入曲 1:39
もののけ姫
01
アシタカせっ記
  麓(ふもと)近く、ヤックルを駈って村への道を急ぐ青年がいる。名前はアシタカ。エミシ一族王家の血筋を引く青年である。

村の娘がアシタカを呼び止めた。山の様子がおかしく、ケモノ達の姿や鳥の姿も見えないと言う。

  アシタカ 「そうか、じいじの所へ行ってみよう。みんなは早く戻りなさい」
  アシタカはヤックルを、じいじがいる物見台まで走らせる。物見台の上へ駆け上がるアシタカ。山の奥から迫る異様な妖気に目を見張った。
  アシタカ 「何か来る・・・・じいじ、何だろう・・・」
  アシタカは矢をつがえ、森の奥へ向けた。

石積みの囲いの上に、ゾワゾワとしたヒルのような物が湧き上がった。とみるまにそれは囲みを突き破り、その姿をあらわにした。

それは両の眼を真っ赤に光らせている。その狂気の眼光は、見るものをみな震え上がらせた。

  アシタカ 「タタリ神だ!!」
010 全身をヒルのようなものに覆われたその物体は咆哮し、猛烈な勢いで物見台へ迫る。木でできた物見台は突進の衝撃で根元から柱が折れ、アシタカは、じいじもろとも空中へ投げ出されてしまった。
  アシタカ 「村のほうへ行く!襲う気だ!!」
  タタリ神に手を出すな!呪いをもらうぞ!!じいじの声がアシタカの背中に叫んでいる。

アシタカはヤックルを駆り、タタリ神の前へと走り出た。

  アシタカ 「静まり給え!さぞかし名のある山の主と見うけたが、なぜそのように荒ぶるのか?」
  タタリ神の突進は止まらない。アシタカはタタリ神の前をヤックルに乗って走りながら叫んだ。
  アシタカ 「止まれェ!なぜ、わが村を襲う」

「やめろ!静まれ!!」

  アシタカは逃げる村の娘を守るため、タタリ神へ向かって矢を引いた。アシタカの射た矢は、タタリ神の真っ赤に燃える眼に深深と突き立った。タタリ神は断末魔の悲鳴を上げた。

タタリ神の全身を覆っていた、ヒルのような物が四方八方へ伸び、アシタカの右腕に取り巻いた。アシタカは再び矢をつがえタタリ神へ矢を放った。

矢を受けたタタリ神はその場に大きな音を立てて倒れた。アシタカの腕に取り巻いていたヒルのようなものが瘴気を上げながら溶けていった。

アシタカの顔に苦痛の色が浮かぶ。

そこへ村の者に背負われた老巫女、ヒイさまがやってきた。

  ヒイさま 「みな、それ以上近づいてはならぬぞ!!」

「この水をゆっくりかけておやり」

  ヒイさまから渡された水をアシタカの腕にかける。腕から蒸気が上がりアシタカが顔をゆがませた。
  ヒイさま 「いずこよりいまし荒ぶる神とは存ぜぬも、かしこみかしこみ申す」

「この地に塚を築き、あなたのみたまをお祭りします。怨みを忘れ静まり給え」

020 村へ戻ったアシタカたち。その夜、ヒイさまがアシタカを前に占いをしている。
  ヒイさま 「さて困ったことになった。かのシシははるか西の土地(くに)からやってきた。深手の毒に気(きい)ふれ身体はくさり走る内に呪いを集めタタリ神になってしまったのだ」

「アシタカヒコや、みなに右腕を見せなさい」

  アシタカ 「はい」
  ぐっと前へ差し出されたアシタカの右腕には、くっきりとタタリ神の残した黒い痣があった。
  ヒイさま 「アシタカヒコや、そなたには自分の運命を見据える覚悟があるかい」
  アシタカ 「ハイ タタリ神に矢を射るとき心を決めました」
  ヒイさま 「その痣はやがて骨まで届いてそなたを殺すだろう」
  集まった村の長老たちからはアシタカの命を助ける方法がないものかと声が上がる。
  ヒイさま 「誰にも運命(さだめ)は変えられない。だが、ただ待つか、自ら赴くかは決められる」

「見なさい、あのシシの身体に食い込んでいた物だよ」

「骨を砕き、はらわたを引き裂き、むごい苦しみを与えたのだ。さもなくばシシがタタリ神などになろうか・・・」

「西の土地(くに)で何か不吉なことが起こっているのだよ。その地に赴き曇りない眼(まなこ)で物事を見定めるなら、あるいはその呪いを絶つ道が見つかるかもしれぬ」

「大和との戦に破れこの地に潜んでから500有余年、今や大和の王の力は萎え将軍どもの牙も折れたと聞く。だが、わが一族の血も衰えた。この時に一族の長(おさ)となるべき若者が西へ旅立つのは定めかもしれぬ」

  アシタカは今生の別れの証とし、小刀で自分の髪の髷を切り落とした。定めに従い旅立つ若者を見送る長老たちの眼に涙が光っていた。
030 ヒイさま 「掟に従い見送らぬ。健やかにあれ」
  挿入曲 2:32 03
旅立ち−西へ−
  アシタカは静かに村を出て行く。夜の闇が、遠のいていくアシタカの姿を隠していった。

ヤックルに乗り草原を西へ駆けて行くアシタカ。

峠の上から眺める、下の集落のほうで黒い煙が立ち昇り、人が逃げ惑う姿が見えた。

  アシタカ 「戦(いくさ)!?」
  刀を持った一団が、村人たちを襲っている。アシタカは矢をつがえ刀を振るっている男を狙った。力をこめて弓を引き絞る。一瞬、腕の痣がもこもこと盛り上がり、人でない力がアシタカの腕に沸いた。放たれた矢は男の二の腕をすっぱりと切り落としていた。
  アシタカ 「なんだ・・この腕は!!」

「押しとおる!邪魔するな!」

  アシタカの前を塞いでいた甲冑を着た男の体が、アシタカの射た矢によって胴体と首、そして腕が切り取らればらばらになって吹っ飛んだ。

アシタカはヤックルを駆って走り去った。

森の中の池でアシタカは熱く火照った、右腕の痣を冷やしていた。

  アシタカ 「痣が濃くなっている・・・・」
  人でにぎわう市の中にアシタカの姿があった。

アシタカは市の女に米の足代として砂金を渡していた。しかし、女は見たこともないその砂金に怒っていた。

  ジコ坊 「待て待て、拙者が見てやろう。」

「これは砂金の大粒だぞ!」

「ゼニがいいなら代金はわしが払おう。その代わりこれを譲ってくれ」

「皆の衆、この近くに両替屋はおらんかの?」

040 アシタカは何事もなかったようにその場を離れた。ジコ坊が後を追う。
  ジコ坊 「お〜〜〜い、そう、急がれるな」

「いや、礼などと申す気はない。礼を言いたいのは拙僧のほうでな」

「田舎侍の小競り合いに巻き込まれた折をそなたのおかげで助かったのだ。鬼神の如きとは正にあれだな」

  アシタカは後ろから近づく風体のよくない二人組みの男の姿を見咎めた。
  ジコ坊 「ホッホッ、気づいたか。人前で砂金などみせるとなァ・・」

「まことに人の心の荒(すさ)むこと麻の如しだ」

「寝込みを襲われても詰まらぬ。走るか!?」

  洞窟の中、ジコ坊とアシタカが石に腰を下ろしている。ジコ坊はアシタカの買った米で粥を炊いている。
  ジコ坊 「イノシシがタタリ神になったか・・・・」
  アシタカ 「足跡をたどって来たのですが、里に下りたとたんわからなくなりました」
  ジコ坊 「そりゃそうだろう、そこらを見なさい」

「この前来たときは、ここにもそれなりの村があったのだが・・洪水か地すべりか・・・さぞたくさん死んだろうに・・・戦(いくさ)、行き倒れ、病に、飢え・・人界は恨みをのんで死んだ亡者でひしめいとる」

「タタリというなら、この世はタタリそのもの」

  アシタカ 「里へ下りたのは間違いでした。人を二人もあやめてしまった」
  ジコ坊 「人はいずれ死ぬ。遅いか早いかだけだ。おかげで拙僧は助かった。椀を出しなさい」

「ホウ・・・雅(みやび)な椀だな」

「そなたを見ていると古い書に伝わる古(いにしえ)の民を思い出す」

「東の果てにアカシシにまたがり石の矢じりを使う勇壮なるエミシ一族ありとな・・・」

「肝心なことは死に食われぬことだ!」

050 アシタカ 「このようなものを見たことはありませんか?」
  アシタカはタタリ神の体内から出てきた、大きなひしゃげた鉄の弾をジコ坊に見せた。
  ジコ坊 「これは?」
  アシタカ 「イノシシの身体から出てきました」

「巨大なイノシシに瀕死の傷をあたえたものです」

  ジコ坊 「これより 更に西へ西へと進むと、山の奥のまた山奥に人を寄せ付けぬ深い森がある」

「シシ神の森だ。そこではケモノはみな大きく、太古のまま生きていると聞いた」

  黙って聞き入るアシタカ。次の朝、まだ、夜も明けやらぬ早い時刻、朝霧にまぎれてアシタカは西へ出立した。それを寝転がったままの姿でジコ坊が見ていた。
  ジコ坊 「やはり行くか・・・」
  どす黒い雲の下、大粒の雨が降っている。川は増水し泥流となって勢いよく流れている。その川に沿って山伝いの細い道を牛に荷物を背負わせ通る一団があった。
  エボシ御前 「みな、あとわずかだ油断すまいぞ!」
  そこへ山の頂から白い大きな山犬が2匹現れた。人々は口々に犬神だ!と叫んだ。
060 エボシ御前 「焦らずに陣を組め!急いて火薬を濡らすなよ!」

「充分に引き寄せよ!」

「一番放て!!二番放て!!」

  エボシの号令で二匹の山犬めがけて石火矢が撃ち込まれる。二匹は右に左に走りよける。
  エボシ御前 「あれは子供だ・・なぜ母親がこない・・・!?」

「モロだ!!」

  巨大な白い山犬が一団の中へ飛び込んできた。逃げ惑う人々。エボシは石火矢を構えモロを挑発する。飛び込んでくるモロ。エボシの石火矢が火を吹く。モロの首筋に鮮血がほとばしる。モロは崖の下へ転落していった。
  エボシ御前 「きゃつは不死身だ・・このくらいでは死なん」
  ゴンザ 「こちらもだいぶやられましたな」
  エボシ御前 「すぐ出発しよう。隊列を組みなおせ」
  アシタカは川に流された男を助けた。川の向こう岸に白い山犬にまたがった娘の姿を見つけた。娘はモロの首筋の血を吸い出していた。モロがアシタカに気づき、鼻づらに皺を寄せて威嚇する。
  アシタカ 「わが名はアシタカ、東の果てよりこの地へ来た。そなたたちはシシ神の森に棲むと聞く古い神か?!」
  娘が振り返る。娘の口はモロの血で真っ赤に染まっている。
070 サン 「去れ!」
  娘は白い山犬にまたがると山の中へ消えていった。それをただ呆然と見つめるアシタカだった。

突然、助けた男が悲鳴を上げた。駆け寄るアシタカ。そこに小さな聖霊の姿が見え隠れしていた。

  アシタカ 「コダマ?!・・ここにもコダマがいるのか」

「静かに!動くと傷にさわるぞ・・・好きにさせておけば悪さはしない。森が豊かなしるしだ」

「危険なものは近くにいない・・・すまぬがそなたたちの森を通らせてもらうぞ」

  鬱蒼とした森の中、木々の枝という枝からコダマが覗いている。アシタカは川で助けた怪我人を背負い森の獣道を歩いている。その前をコダマが歩いていく。
  アシタカ 「川は流れが強すぎて渡れない。それにこの怪我人は早くしないと手遅れになる。」

「道案内をしてくれてるのか・・迷い込ませる気なのか・・」

「・・・・あの少女と山犬の足跡だ・・・ここは彼らの縄張りか・・・・」

  森の中に湧く池の淵で一息つくアシタカ。その水の中にまた違う足跡を見つけた。
  アシタカ 「足跡・・・・ひずめが三つ・・・・まだ新しい・・・」
  森の木の幾重にも重なった向こうに光を背に立つ一匹の生き物の姿を見た。突然、右手の痣がざわめきはじめた。グニグニといびつにゆがむその腕をアシタカは押さえ込むと池の中へ突っ込んだ。アシタカの額に汗が滲む。しばらくして腕はおさまった。

それからしばらく森を歩き続け、ついに森を抜け出した。その目の前に湖のほとりに作られた巨大なタタラ場が広がっていた。

  アシタカ 「まるで城だな」
  アシタカは助けた男たちを連れてタタラ場へやってきた。タタラ場では山から落ちて死んだはずの男たちが帰ってきたので大騒ぎになった。
080 ゴンザ 「何事か!?俺が字を書いてるときは静かにしろ!」
  船から降り立ったアシタカをゴンザが呼び止めた。
  ゴンザ 「そこの者まて!怪我人を届けてくれたことまず礼を言う」

「だが、得心がいかぬ。われらがここへ着いて半時もせぬうちにお前は来た。しかも谷底から大の大人を担ぎシシ神の森を抜けてだと・・」

  トキ 「甲六(こうろく)〜〜っ、生きとったんか〜〜!!」

「このグズッ!牛飼いが足をくじいてどうやっておマンマ食ってくんだよ」

「心配ばかりかけやがって。いっそ山犬に食われちまえばよかったんだ。そうすりゃ・・」

「あたしはもっといい男を見つけてやる」

  ゴンザ 「トキ〜夫婦喧嘩はよそでやらんかい」
  トキ 「何さ偉そうに!何のための護衛なのさ。普段、タタラのひとつも踏まないんだ。いざというときは命を張りやがれ」
  ゴンザ 「仕方がなかろう・・・・」
  トキ 「ありがと、あんな亭主でも助けてくれて嬉しいよ」
  アシタカ 「良かった。連れてきてはいけなかったのかと心配してしまった」
  エボシ御前 「ゴンザッ!後で礼を言いたい。客人を案内しなさい」
090 ゴンザ 「エボシさま・・」
  エボシ御前 「甲六、よく帰ってきてくれた、すまなかったな。トキも堪忍しておくれ、私がついていたのにザマァなかった」
  トキ 「いいえ、男たちだけだったら今頃、みんな仲良く山犬の腹の中ですよ」
  エボシ御前 「旅のお方、ゆるりと休まれよ」
  アシタカが頭巾をはずした。
  トキ 「あらっ、いい男じゃない!」
  タタラ場に夜がきた。男たちがアシタカを囲んで酒を飲んでいる。女たちは戸口の隙間からそのアシタカを見に集まってきていた。女たちがアシタカを誘う。
  アシタカ 「よかったらあなたたちの働くところを見せてください」
  女たちは嬉々として散っていった。

男たちは、巨大ないのしし、ナゴの守(かみ)を倒した話をはじめた。

ナゴの守(かみ)はこのあたりに棲むヌシだった。そのため山に入り砂鉄をとることができなかった。タタラ師の仕事は山を削り、木を切るため山の主が怒ったのだ。そこへエボシが石火矢衆(いしびやしゅう)を連れて現れ、ついにナゴの守(かみ)を追い払ったのだという。

  アシタカ 「・・・・いずくで果てたか・・・さぞ怨みは深かろう・・」
100 アシタカはエボシの前に座っている。その隣にゴンザがいる。
  エボシ御前 「アシタカとやら、待たしてすまぬな。明日の送りの支度に手間取ってね」

「ちょっと休もう」

「そなたを侍どもか、もののけの手先と疑うものがいるのだ。このタタラ場を狙う者が沢山いてね」

「旅のわけを聞かせてくれぬか」

  アシタカは右腕の痣を見せた。
  アシタカ 「このつぶてに覚えがあるはず」

「巨大なイノシシ神の骨を砕き肉を腐らせタタリ神にしたつぶてです」

「この痣はそのイノシシに止めを刺したときに受けたもの。死に至る呪いです」

  エボシ御前 「そなたの国は?見慣れぬシシに乗っていたな」
  アシタカ 「東と北のあいだより・・・それ以上は言えない」
  ゴンザ 「きさま!!正直に答えぬとタタッ切るぞ!」
  エボシ御前 「そのつぶての秘密を調べて何とする」
アシタカ 「曇りなき眼(まなこ)で物事を見定め・・決める!」
  エボシ御前 「フフ・・アッハハハハハ・・わかった」

「私の秘密を見せよう。来なさい。ゴンザ!後を頼むよ」

110

 

アシタカはエボシについて行く。町中を離れしばらく進むと、木の柵で囲まれた菜園のある小さな小屋に着いた。
  エボシ御前 「ここはみな、恐れて近寄らぬ。私の庭だ」

「秘密を知りたければ来なさい」

  小屋の中では、全身に包帯を巻いた異形の者たちが石火矢を製造していた。
  エボシ御前 「わたしだけが使うのではない。ここの女たちに持たせるのだ」

「明(みん)国のものは重くて使いにくい。この石火矢なら化物も侍の鎧も撃ち砕けよう」

「急がせてすまぬな。あとで酒でも届けよう」

  アシタカ 「あなたは山の神の森を奪い、タタリ神にしても飽き足らず、その石火矢で更に新たな怨みと呪いを生み出そうというのか」
  エボシ御前 「そなたには気の毒だった・・あのつぶて確かに私の放ったもの。愚かなイノシシめ、呪うなら私を呪えばいいものを」
  アシタカの右手がビクビクと動き、アシタカの意思に反して剣に手をかける。アシタカは左手で右腕を押さえ込む。
  エボシ御前 「その右腕は私を殺そうとしているのか」
120 アシタカ 「呪いが消えるものならわたしもそうしよう・・だが、この右腕はそれだけでは止まらぬ」
  エボシ御前 「ここの者全てを殺すまで静まらぬか・・」
  そのとき、むしろの中から声がした。

お若い方、私も呪われた身ゆえあなたの怒りや悲しみはよくわかる。わかるがどうかその人を殺さないでおくれ。その人は、わしらを人として扱ってくださったたった一人の人だ。わしらの病を恐れず、わしの腐った肉を洗い布を巻いてくれた。生きることはまことに苦しくつらい・・・・世を呪い、人を呪い、それでも生きたい・・・どうか愚かなわしに免じて・・・。包帯でぐるぐる巻きになり、すでに手も足も腐り果てミノムシのようになった男が言った。

山めがけてエボシが石火矢を撃つ。山にボウッと火の手があがり、もののけの影が浮かぶ。

  エボシ御前 「また、来ていたか・・夜になるとああして戻ってくるのだ。山を取り戻そうと木を植えに来る」

「アシタカ、ここにとどまり力を尽くさぬか」

  アシタカ 「あなたはシシ神の森まで奪うつもりか?!」
  エボシ御前 「森に光が入り山犬どもが静まれば、ここは豊かな国になる」

「古い神が居なくなればもののけたちもただのケモノになろう。さすれば、もののけ姫も人間に戻ろう」

  アシタカ 「もののけ姫・・・・」
  エボシ御前 「山犬に心を奪われた哀れな娘だ。私を殺そうと狙い続けている」

「シシ神の血はあらゆる病を癒すと聞く。そなたの痣を消す力もあるかも知れぬぞ」

  部屋の中から石火矢の出来具合を尋ねる声がした。
  エボシ御前 「上出来だ。正に国崩しにふさわしいが・・・やはり、ちょっと重いな」
130 アシタカはタタラ場へやってきた。
  挿入歌 1:27 12
タタラ踏む女達
  トキ 「あらっ!!あんた」
  アシタカ 「おトキさん、わたしも踏ませてくれ」
  アシタカが力をこめてタタラを踏む。そのひとこぎで、片側の女たちがふわりと宙に浮く。
  トキ 「ねっ、いい男だろ。本当に来てくれたんだね」

「そんなにリキむと続かないよ、旅人さん」

  アシタカ 「厳しい仕事だな」
  トキ 「そりゃそうさ、四日五晩踏み抜くんだ」
  アシタカ 「ここの暮らしは辛いか?」
  トキ 「そりゃあさ・・・でも、下界に比べりゃずっといいよ。お腹一杯食べられるし、男が威張らないしさ」
140 アシタカ 「そうか・・・・」
  山の上から白い山犬にまたがったサンがタタラ場をじっと見つめている。

タタラ場ではアシタカが女たちからこの場へ留まるように説得されていた。

  アシタカ 「ありがとう、でも、どうしても会わなければならない者がいるんです」
  そのとき、アシタカは山から駆け下りてくるサンと山犬の気配を察知した。
  アシタカ 「来る!!」
  物見台にいる見張りが、山からかけてくる、もののけ姫を見つけ叫んだ。

タタラ場から石火矢が放たれる。山犬はひらりとかわし、城壁を駆け上っていく。

サンは身軽に城壁の中へ飛び込むと見張りをなぎ倒し、小屋の屋根伝いにどんどん奥へと進んでいく。

その後を、石火矢の火が追う。サンがアシタカの前へ飛び降りた。剣を払い、アシタカに襲いかかる。

  アシタカ 「やめろ!!そなたと戦いたくない!!」
  サンは再び小屋の屋根へ飛び上がり、御殿めがけ走っていく。その後をアシタカが追う。
  ゴンザ 「かがり火を増やせ。石火矢衆は柵をかためろ」
  トキ 「騒ぐんじゃない!休まず踏みな!火を落とすと取り返しがつかないよ」
150 エボシ御前 「ひとりか?」
  ゴンザ 「はっ、よほど追い詰められたと見えます」

「エボシ様を狙ってのことでしょう」

  エボシ御前 「仕方がない・・来なさい」

「もののけ姫!聞こえるか。私はここにいるぞ」

「お前が一族の仇を討とうというなら、こちらにも山犬に食い殺された夫の無念を晴らそうと心に決めた者たちがいる」

  屋根の上にサンの姿があった。
  アシタカ 「バカな・・・!?」
  屋根の影に隠れて、サンを狙う石火矢衆の姿があった。
  アシタカ 「罠だ!やめろー!」

「山犬の姫、森へ帰れ!みすみす死ぬな。退くも勇気だ!」

  ゴンザ 「あいつ!やはり・・」
  エボシ御前 「好きなようにさせておけ」
  サンが屋根伝いに走る。アシタカもそれに平行して走る。石火矢が火を吹いた。弾は屋根に命中し、激しい火花とともに屋根を撃ち砕いた。
160 ゴンザ 「やった〜〜!落ちるぞ!」
  エボシ御前 「動くな!首だけになっても食らいつくのが山犬だ!」

「落ちたところを狙いな!」

  サンが屋根から飛び降りた。ムクっと起き上がったところを女の撃った石火矢の弾が捕らえた。サンの仮面が砕け散る。サンは後ろへのけぞるように吹っ飛び倒れた。
  ゴンザ 「やったーー!」
  アシタカが屋根から飛び降りサンを揺り起こす。
  アシタカ 「しっかりしろ!」
  サン 「うう・・っ・・」
  目を覚ましたサンは反射的に剣を払いアシタカの左頬を切りつけた。赤い血が飛び散る。その隙を縫い、サンが走り抜ける。その行く手をゴンザが塞ぐ。サンは軽やかに跳躍すると、ゴンザの顔面を足場にして踏み切り一気にエボシへ向かって、突進する。
  サン 「うおーーー!!」
  エボシがサンの刀を受ける。激しく切り結ぶエボシとサン。激しい形相でエボシに襲い掛かる。サンが払い、エボシが受ける。受けた刀でサンを弾き飛ばし、なぎ払う。いつしかエボシとサンを、刀を構えた男たちが取り囲んでいった。
170 エボシ御前 「袋のネズミだ!!逃がしちゃだめだよ!」
  アシタカがエボシとサンの戦っているところへ近づいてくる。右腕には穢れた呪いの瘴気が渦巻いている。
  ゴンザ 「うぬは・・やはり・・・・もののけのたぐいかっ!!」

「とまれぇっ!!」

  アシタカ 「どいてくれ」
  ゴンザの構えた刀が飴のようにグニャリと曲がる。

アシタカは群集を両手で掻き分け、エボシとサンの間に割って入った。

  エボシ御前 「何の真似だ、アシタカ」
  アシタカ 「この娘の生命、わたしがもらう」
  エボシ御前 「その山犬を嫁にでもする気か?!」
  アシタカ 「そなたの中には夜叉がいる。この娘の中にもだ」

「みんな見ろ!これが身の内に巣くう憎しみと怨みの姿だ・・・」

  アシタカの腕からニョロニョロとヘビに似た呪いの瘴気がたちのぼる。
180 アシタカ 「肉を腐らせ、死を呼び寄せる呪いだ!」

「これ以上、憎しみに身を委ねるな!!」

  エボシ御前 「さかしらに、わずかな不運を見せびらかすな。その右腕、切り落としてやろう!!」
  エボシの剣がアシタカを襲う。紙一枚でよけると、エボシの鳩尾(みぞおち)に刀の柄を叩き込む。反す刀でサンの鳩尾にも叩き込む。二人は気絶しその身をアシタカにもたれ掛けている。
  アシタカ 「だれか手を貸してくれ・・心配するな、じきに気がつく」

「この娘、私がもらいうける」

  エボシを手にかけられ逆上した女が、アシタカに石火矢を向ける。アシタカは無視をするように背を向けると歩き始めた。女の持った石火矢が暴発する。弾がアシタカの背中から腹を貫通した。鮮血が腹から噴き出す。アシタカはぐっとこらえて、そのまま歩を進めた。

城門の前でアシタカは門番に行く手を阻まれた。

  アシタカ 「わたしは自分でここへ来た。自分の足でここを出て行く」
  アシタカは重い丸太で組み上げた門に右手を添えると力をこめた。腹からは鮮血がボタボタと滴り落ちる。巨大な城門がアシタカ一人の手によってゆっくりと押し上げられていく。門の外では二匹の山犬が待っていた。
  アシタカ 「やめろ!そなたたちの姫は無事だ!!いま、そっちへいく」

「行こう、ヤックル。世話になった」

  アシタカが外へ出ると、城門は大きな音を立ててその口を閉ざした。

アシタカとサンがヤックルにまたがり山中をかけている。その後ろを山犬が追う。突然、アシタカの力が抜け、ヤックルから落ちた。血がどくどく流れている。すでに虫の息である。

  サン 「おまえ、撃たれたのか・・死ぬのか?死ぬ前に答えろ!」

「なぜ、私の邪魔をした?」

190 アシタカ 「そなたを・・・死なせたく・・なかった」
  サン 「死など怖いもんか!人間を追い払うためなら命などいらぬ!!」
  アシタカ 「わかっている・・・最初に・・会ったときから・・・」
  サン 「そのノド切り裂いて、二度と無駄口叩けぬようにしてやる」
  アシタカ 「生きろ・・・・」
  サン 「まだ言うか!人間の指図は受けぬ!!」
  アシタカ 「そなたは・・・・美しい・・・・」
  サン 「おまえたち先に帰りな、この人間の始末は私がする」

「さあ、行きな!」

  サンは二匹の山犬を帰らせるとヤックルに言った。
サン 「おいで!仲直りしよう。おまえの主人を運ぶから・・力を貸しておくれ」
200 サンはアシタカをシシ神の森へ連れてきた。瀕死のアシタカをシシ神の森の池に漬けた。その様子をコダマがじっと見ていた。

コダマが群れをして森の木々の上でカラコロと歌っている。向こうから青白い月を背に半透明の巨大な化物が現れた。森の木々に紛れて熊の毛皮に身を包んだジコ坊たちが様子を伺っている。

  ジコ坊 「おお〜〜でたぁ・・ディダラボッチだ!!ついに見つけた」

「何をしとる早く見んか!!何のためにこんな臭い毛皮をかぶって耐えてきたんじゃ」

  連れの男は怖気づいて目を開けることさえできない。
  ジコ坊 「それでもヌシは西国一(さいごくいち)の狩人か?この天朝(てんちょう)さまの書き付けをなんと心得る。天朝さまがシシ神退治を認めとるんだぞ!!」

「ディダラボッチはシシ神の夜の姿だ。今に夜から昼の姿に変わる。そこがシシ神のすみかだ」

「おおっ消えるぞ・・・あそこだ!」

  森の一角に、丸く穴があいたように、木のない所があった。そこへディダラボッチは消えていった。

三つのひずめを持つケモノ・・シシ神が近づいてくる。シシ神が歩を進めるごとに、その地面の草が生い茂り、そして枯れて行く。シシ神はじっとアシタカを見つめた。

森の中を、ディダラボッチの消えた方角へジコ坊たちが進んでいる。前方の小高い岩の上にイノシシの大群がいるのが見えた。

  ジコ坊 「おお・・・これは?なんともおびただしい数だな・・こりゃこの森のもんじゃねえ。それぞれ、いずく かの山の名のある主だ」

「むっ!あれは・・・鎮西(ちんぜい)の乙事主(おっことぬし)だっ!!」

「海を渡って来たと言うのか・・・・」

  乙事主と呼ばれる巨大なイノシシの視線がジコ坊たちを捕らえる。乙事主は大きく咆哮した。
  ジコ坊 「ばれたっ・・引き上げだ、いそげ!!」
  アシタカが目を覚ます。その傍らにヤックルがいる。
  アシタカ 「うっ・・・・う・・・ん・・」

「・・傷が・・・無い!!」

210 アシタカは自分の腹に開いた傷が無い事に驚き、がばっと起き上がった。そして、もしかして・・と期待を込め、自分の右手を見たが、まだそこにある呪いの痣を見てアシタカは落胆した。
  サン 「目が覚めてたらヤックルに礼を言いな。お前をずっと守っていたんだ」
  アシタカ 「どうしてヤックルの名を・・・・」
  サン 「自分から色々話してくれた。お前のことも、古里の森のことも」

「シシ神さまがお前を生かした。だから助ける」

  アシタカ 「不思議な夢を見た・・金色(こんじき)の鹿だった・・・・」
  サンは干し肉を噛み千切ってアシタカに差し出した。
  サン 「食べろ・・・・噛め!」
  体力の衰えたアシタカには噛む力が出なかった。干し肉がポロリとこぼれる。サンは自分の口の中で咀嚼(そしゃく)し、柔らかくなった肉をアシタカに口移しで含ませた。アシタカの目に涙が滲じむ。

そこへ山犬のモロとイノシシが現れる。イノシシは激昂し、山犬をなじる。

シシ神が自分たちのナゴを助けなかった事に、激しい怒りを見せ一向にモロの話を聞こうともしなかった。

  モロの君 「シシ神は生命(いのち)を与えもし、奪いもする。そんなことも忘れてしまったのか猪ども」

「ナゴは死を恐れたのだ。今のわたしのように。わたしの身体にも人間の毒つぶてが入っている。ナゴは逃げ、わたしは逃げずに自分の死を見つめている」

  サン 「モロ・・だからシシ神さまに・・・・・」
220 モロの君 「サン!わたしはすでに充分に生きた。シシ神は傷を治さず生命を吸い取るだろう」
  サン 「そんなはずはない!母さんはシシ神さまを守ってきた」
  イノシシたちは山犬がナゴを食ったとなじる。
  サン 「だまれ!母さんを馬鹿にするとゆるさんぞ!!」
  アシタカ 「あらぶる山の神々よ、聞いてくれ」

「ナゴの守(かみ)にとどめを刺したのはわたしだ。村を襲ったタタリ神をわたしは、やむなく殺した。大きな猪神(いのししがみ)だった」

「これが証拠(あかし)だ」

  アシタカは右手の痣を見せた。
  アシタカ 「あるいは、この呪いをシシ神がといてくれぬかとこの地へ来た。だが・・・シシ神は傷は癒しても痣は消してくれなかった。呪いが我が身を食い尽くすまで苦しみ生きろと・・・」
  モロの君 「乙事主だ・・・少しは話のわかる奴が来た」
  乙事主は倒れたままのアシタカに近づいてくる。
  サン 「待って、乙事主さま!」
230 乙事主 「モロの娘だね・・・うわさは聞いていたよ」
  サン 「あなた目が・・・・」
  乙事主の目は白濁し、すでに光を見る事ができなくなっていた。
  アシタカ 「山犬の姫、かまわない。ナゴの守(かみ)の最期を伝えたいから」
  アシタカの左手を乙事主の鼻面へ付ける。タタリ神となったナゴの守(かみ)のイメージが鮮明に乙事主の脳裏へ流れ込む。
  乙事主 「ありがとうよお若いの・・・・悲しいことだが一族からタタリ神が出てしまった・・・・」
  アシタカ 「乙事主どの、このタタリを消す術は無いのだろうか・・・・」
  乙事主 「お若いの、森を去れ。次に会うときはお前を殺さねばならぬ」
  モロの君 「乙事主よ、数だけでは人間の石火矢には勝てぬぞ!」
  乙事主 「モロ、わしの一族を見ろ。みんな小さく、馬鹿になりつつある。このままでは、わしらはただの肉として人間に狩られるようになるだろう・・・・」
240 モロの君 「気に入らぬ、一度にケリをつけようなどと人間の思うつぼだ!!」
  乙事主 「山犬の力を借りようとは思わぬ。たとえ・・・わが一族、ことごとく滅ぶとも人間に思いしらせてやる!」
  乙事主はイノシシたちを連れてその場から立ち去った。

泉の中央にぼおっと光が射す。その光の中にシシ神の姿が浮かび上がった。シシ神はサンたちを一瞥(いちべつ)すると何事もなかったように姿を消した。

  エボシ御前 「まだ撃つな、引き寄せろ」

「放てぇ!!」

  石火矢から轟音をあげて弾が放たれる。侍がバタバタとふっとぶ。山のふもとで、エボシ率いる石火矢衆と侍の戦が始まっていた。
  エボシ御前 「弾込め急げぇ!」

「放てぇ!!」

  刀を振り回すだけの侍に比べ、火力に勝る石火矢衆が圧倒的に勝っていた。決着はあっさりとついた。その様子を呆れるように見るジコ坊。
  ジコ坊 「やれやれ、エボシのやつ相手が違うだろうに」
  N 戦より戻って来たエボシを待ち構えてジコ坊が話し掛ける。
エボシ御前 「ジコ坊か・・」
250 ジコ坊 「師匠連から矢の催促だ。田舎侍と遊んどる時ではないぞ」
  エボシ御前 「浅野公方(あさのくぼう)が地侍(じざむらい)どもをそそのかしてるのだ」
  ジコ坊 「浅野か・・・大侍だな」
  エボシ御前 「鉄を半分よこせと言って来た」
  ジコ坊 「カッカッカッ・・そりゃ、ごうつくだ」

「だが、今は人間とやりあう暇はない。森に猪神(いのししがみ)が集まっておる。じきに来るぞ!」

「この際、鉄など全部くれてやれ。師匠連への約束を果たしてから戦でも何でもやればよかろう」

  N 見張りが侍が来た事を知らせた。
  ジコ坊 「噂をすれば・・・・あれは、浅野の使者だな」
  エボシ御前 「使者だ、丁重にもてなしなさい!」
  N エボシは見張りの女にそう言うと門の中へ入ってしまった。
  ジコ坊 「おい、会わんのか!?」

「いやぁ、参った参った。大侍も、もののけも眼中に無しか。エボシタタラの女たちの勇ましいことよ」

260 エボシ御前 「こんな紙切れが役に立つのか?」
  ジコ坊 「まあ、いろんな輩を集めるには効き目がある。獣とはいえ、なにしろ神を殺すのだ」
  エボシ御前 「そなたたち、この書き付けがわかるか?」
  N エボシは通りかかった女たちに書き付けを見せた。
  エボシ御前 「天朝さまのだ・・・」
  N 女たちは天朝の意味がわからなくてエボシに聞いた。
  エボシ御前 「天朝とは帝だ」
  N 女たちは一向に用を得なかった。エボシは、もういいと女たちを解放した。
  ジコ坊 「いやぁ、参った参った」
エボシ御前 「わたしたちがここで鉄を作り続ければ森の力は弱まる。それからの方が犠牲も少なくすむが・・・」
270 ジコ坊 「金も時間も充分につぎ込んだ。石火矢衆40名を貸し与えたのは鉄を作るためではないぞ・・・・・とまあ師匠連は言うだろうなあ」
  エボシ御前 「まさかそなたまでシシ神の生首に不老不死の力があると思っていまいな」
  ジコ坊 「やんごとなき方々や・・・師匠連の考えは、わしにはわからん。・・・・・わからん方がいい」
  エボシ御前 「約束は守る。モロ一族の代わりに猪の群れが森にひしめくなら、かえってやりやすかろう」

「崖の裏に潜んでいる怪しげな手下どもを呼び寄せるがいい」

  ジコ坊 「いやぁ、ハハハ・・ばれてたか」

「あっ、そうだ!もうひとつ。少年が一人尋ねて来なかったか?アカシシに乗った不思議な少年だが・・」

  エボシ御前 「去った・・・・・」
  N その夜、タタラ場にぞくぞくと武器を持った不気味な男たちが入ってきた。ジバシリである。
  トキ 「わたしたちもお供させてください。あんな連中を信用しちゃだめです」

「エボシさまになにかあったら取り返しがつかないもの。せっかく石火矢をおぼえたんだから・・」

  エボシ御前 「だからこそ、みんなにここを守ってもらいたいのさ。恐いのは、もののけより人間の方だからね」

「シシ神殺しが済んだら、いろいろわかるだろうよ。唐傘連の師匠たちがシシ神だけでここから手を引くもんかね」

「石火矢衆が敵となるかもしれないんだ。男は頼りにできない。しっかりやりな、みんな」

ゴンザ 「エボシさまのことは案ずるな!このゴンザ必ずお守りする」
280 トキ 「それがホントならねぇ・・・」
  ゴンザ 「なにぃ!」
  トキ 「あんたも女だったらよかったのさ」
  ゴンザ 「う・・・・・」
  エボシ御前 「ハハハハハハ・・・」
  トキ 「くくっ・・・」
  洞窟の中、青白い月明かりが射し込んでいる。アシタカが右手の痣の痛みで目を覚ました。側にサンが眠っている。アシタカはじっとサンの寝顔を見つめている。

右手の痣が疼きアシタカは床(とこ)を離れ洞窟の外へ出た。

山肌に突き出した巨大な一枚岩の上に立つアシタカ。じっと森を見下ろしている。

  モロの君 「つらいか・・・・そこから飛び降りれば簡単にケリがつくぞ。体力が戻れば痣も暴れ出す」
  アシタカ 「わたしは何日も眠っていたようだな。夢うつつに、あの子の世話になったのを覚えている」
  モロの君 「お前が一声でもうめき声をあげれば噛み殺してやったものを・・・・惜しいことをした」
290 アシタカ 「美しい森だ。乙事主はまだ動いていないのか・・・・」
  モロの君 「穴に戻れ、小僧!お前には聞こえまい。猪どもに喰い荒らされる森の悲鳴が・・・・」

「わたしはここで朽ちていく身体と森の悲鳴に耳を傾けながらあの女を待っている」

「・・・・あいつの頭を噛み砕く瞬間を夢見ながら・・・・」

  アシタカ 「モロ・・・・森と人間が争わずにすむ道は無いのか?本当にもう止められないのか?」
  モロの君 「人間どもが集まっている。きゃつらの火がじきにここに届くだろう」
  アシタカ 「サンをどうする気だ。あの子も道連れにするつもりか!?」
  モロの君 「いかにも人間らしい手前勝手な考えだな。サンは我が一族の娘だ。森と生き、森が滅びるときは共に滅びる」
  アシタカ 「あの子を解き放て!あの子は人間だぞ」
  モロの君 「だまれ小僧!」

「お前にあの娘の不幸が癒せるのか。森を侵(おか)した人間が、我が牙を逃れるために投げてよこした赤子がサンだ・・・・・!」

「人間にもなれず山犬にもなりきれぬ。哀れで醜いかわいい我が娘だ」

「お前にサンを救えるのか!?」

  アシタカ 「わからぬ・・・・・だが共に生きることはできる!」
  モロの君 「ファッファッファッ・・どうやって生きるのだ。サンと共に人間と戦うというのか」
300 アシタカ 「違う!それでは憎しみを増やすだけだ」
  モロの君 「小僧・・・・・もうお前に出来ることは何も無い。お前はじきに痣に喰い殺される身だ」

「夜明けとともに、ここを立ち去れ!」

  洞窟の中へ戻ったアシタカがサンのそばへ座る。その気配にサンが目を開けた。じっとアシタカを見るサン。アシタカはだまって考えている。しばらくしてサンが口を開いた。
  サン 「・・・・・・歩けたか?」
  アシタカ 「ありがとう。サンとシシ神さまのおかげだ」
  サンは安心したようにニコッと微笑むと目を閉じた。アシタカがそっとサンに毛皮をかけてやる。

朝が来た。目を覚ますアシタカ。洞窟の中にサンの姿がなかった。アシタカは身支度を整えると洞窟の外へ出た。外にはヤックルが待っていた。

  アシタカ 「ヤックル!心配かけたな」
  洞窟からヤックルの待つ草場へ跳ぶアシタカ。しかし、まだ体力は戻っていない。足をとられて転んでしまった。
  アシタカ 「痛・・・足がすっかりなまってしまった」
  前方に山犬の姿があった。アシタカはヤックルに飛び乗った。山犬は先導するように前を駆けて行く。アシタカは後を追った。しばらく走り、森の中へ入った。
310 アシタカ 「静か過ぎる。コダマたちもいない・・・」

「タタラ場の臭いがかすかに風に混じっている」

「案内ご苦労!一つ頼みがある。サンにこれを渡してくれ!」

  アシタカは村を離れるとき妹のカヤからお守りとして貰った玉の小刀(ぎょくのこがたな)を山犬へ向かって投げた。山犬は口でそれをくわえると、そのまま走り去った。
  アシタカ 「行こう・・・」
  森の中を駆けるサンとモロ。茂みから石火矢衆の陣を覗く。沢山の赤い唐傘の花が咲いている。
  サン 「酷い臭い・・・鼻がもげそう」
  モロの君 「ただの煙じゃない。私たちの鼻を利かなくしようとしているのさ」
  サン 「・・・・・あの女がいる!」
  サンの眼がエボシの姿を捉えた。エボシもじっとサンを見ている。
  サン 「こっちに気づいてる・・・・・」
  モロの君 「見え透いた罠を張ったものだ」
320 サン 「罠・・・・?」
  モロの君 「猪どもをいきり立たせて森からおびき出そうとしているのだよ。よほどの仕掛けがあるのだろう」
  サン 「教えなきゃ!猪たちは動き始めてる。みんなやられてしまう」
  モロの君 「乙事主とて馬鹿ではない・・・・全てわかっていても猪たちは正面から攻撃したいのさ・・・最後の一頭になっても突進して踏み破る!」
  サン 「木を切り始めた・・」
  モロの君 「あれも誘いだ」
  サン 「母さん、ここでお別れです。わたし、乙事主さまの目になりに行きます。あの煙に困ってるはずだから」
  モロの君 「それでいいよ・・・・お前にはあの若造と生きる道もあるのだが・・・・」
  サン 「人間は嫌い!」
  山犬のモロの息子が駆けてくる。口にくわえた玉の小刀(ぎょくのこがたな)をサンに渡した。
330 サン 「アシタカがわたしに・・・・・きれい」
  モロの君 「お前たちはサンとお行き!わたしはシシ神のそばにいよう」
  サンは玉の小刀(ぎょくのこがたな)を首から架けると山犬にヒラリと飛び乗った。
  サン 「行こう!」
  猪の大群が山野を駆けている。その群れの中へ山犬にまたがったサンが駆け込んでいく。
  サン 「モロ一族も共に戦う!乙事主さまはどこか!?」
  猪たちが答える。
  サン 「ありがとう!」
  サンと猪たちは森の中へと駆け込んでいった。

時が過ぎ、空が蔭り始める。日の光を厚い雲が覆い隠し、生暖かい風が森を吹き抜ける。ポツポツと大粒の雨が降り始め、山は濃い霧に覆われた。

雷鳴が轟く。その音に混じって爆音が鳴り響く。アシタカが目を凝らすとタタラ場の方から黒い煙があがっているが見えた。

アシタカはヤックルを駆る。行く手を侍が遮る。なお速度を速めて疾走する。

  アシタカ 「押し通る!」
340 挿入曲 1:28 13
修羅
侍が長槍を構える。突っ込んでいくアシタカ。気合とともに槍が真横に払われる。そのはるか頭上をアシタカを乗せたヤックルが跳び越していく。

そのまま湖へ飛び込んだアシタカはタタラ場めざして突き進む。

タタラ場は戦場と化していた。侍たちが総攻撃をかけていた。防戦しているタタラ場の女たち。湖を泳いでくるアシタカを見つけた。

  トキ 「ほんとだ、あの人だよ・・幽霊じゃないよね?」

「アシタカさまーーっ!」

  アシタカ 「おトキさんかー!みんな無事かー!」
  トキ 「見てのとおりさ。男たちの留守を狙って侍どもが押し寄せて来やがった!下はやられちまった」

「女ばかりと甘く見やがって・・・・」

  アシタカ 「エボシ殿は?」
  トキ 「動ける男はみんな連れてシシ神退治に行っちまってる。こう囲まれては知らせようが無くてさ」
  アシタカ 「シシ神退治・・・・やはりさっきの音は・・・・」
  トキの旦那、甲六がアシタカの弓と矢を持ってきた。
  トキ 「なんで鞍と蓑(みの)も持ってこなかったのさ・・この役立たず!」
350 アシタカ 「甲六ありがとう!エボシ殿を呼びに行く!それまでもつか・・・!?」
トキ 「いざとなったら溶けた鉄をぶっ掛けてやるさ!アシタカ様、お願いします。エボシ様に早く!」
  アシタカ 「必ず戻る、頑張れ!」
  アシタカはヤックルに飛び乗ると一気に駆け出した。
  トキ 「頼むよーっ!」
  アシタカ 「追っ手がかかった!」

「頼むぞヤックル!」

  ヤックルは岩場を飛び抜け、草原を疾風のように駆ける。それを追う侍たち。進むアシタカの目の前に黒い煙が上がっている。
  アシタカ 「ああ・・・・生き物のの焼けるにおいだ・・・」
  ヤックルの歩を止めたその隙を突いて、一本の矢が飛来しヤックルの右の後ろ足を貫いた。転倒するヤックル。アシタカは落馬し坂を転がり落ちる。
  アシタカ 「ヤックル!」
360 そこへ馬にまたがり、槍を構えた侍が大きな声で叫びながら突っ込んでくる。矢を射るアシタカ。矢は兜に跳ね返され、ぽきりと折れた。刀を構えて立つアシタカ。襲いくる侍の槍を受け止め、その勢いで、腕ごと切り取る。宙に侍の腕が舞う。
  アシタカ 「来るな!」

「ヤックル、傷を見せろ!すまない、ここで待っててくれ!必ず戻る」

  ヤックルをその場に残し、岩場を走っていくアシタカ。その後を、傷を負ったヤックルが右足を引きずりながらついていく」
  アシタカ 「駄目だ、待ってろ!」
  ヤックルは、なおもついて来る。アシタカはその様子を見て、ヤックルを共に連れて行くことに決めた。
  アシタカ 「頑張れ、もう少しだ」
  岩場を登りきったその向こうに、おびただしい数の、猪の死骸と人間の死体が累々と転がっているのが目に映った。

石火矢衆が近づき、アシタカにすぐにここから立ち去るように言った。

  アシタカ 「この死者たちの世話になった者だ。急ぎ伝えたいことがある。エボシ殿に会いたい」
  石火矢衆は、ここにはエボシは居ない、用があるなら伝えると突っぱねる。
  アシタカ 「本人に話す。エボシ殿はどこか!?」
370 押し問答の最中、タタラ場の男たちがアシタカを見つけて駆け寄ってきた。
  アシタカ 「頭・・・むごいことになったな」

「タタラ場が侍に襲われた。女たちが上の曲輪(くるわ)に立て篭もって頑張っている。今ならまだ間に合う。・・・エボシ殿はここには居ないのか!?」

「すぐ呼び戻せ!間に合わなくなるぞ」

  石火矢衆は、タタラ場にはまるで興味がないのか、男たちに仕事につくように無情に言い放った。
  アシタカ 「攻め寄せた猪の中に山犬は居なかったのか?」

「サン・・・・・いや、もののけ姫は?」

  N その時、アシタカの耳に山犬の鳴き声が聞こえた。猪の死骸の中をアシタカが走る。山犬は死んだ猪に挟まれるような格好で、うめいていた。
  アシタカ 「サンはどうした!?」

「おちつけ!お前を助けたい」

  N タタラ場の男たちが駆けつける。アシタカが山犬を助けようとしているのを見て驚く。
  アシタカ 「この者に案内を頼むのだ。わたしがエボシを呼びに行く!」

「シシ神の首とタタラ場とどちらが大切なのだ!?」

  N 石火矢衆が走りより、アシタカ目掛けて毒針を吹いた。針はアシタカをかすめて猪の死骸に突き立った。タタラ場の男たちは石火矢衆を叩きのめし、力を合わせて猪の下敷きになっている山犬を助け出した。
  アシタカ 「みんなは沢を下って湖の近くに隠れていてくれ!」

「預かってくれ!最後の矢が折れてしまった」

「お前はみんなと行きな」

「ヤックルを頼む!」

380 N アシタカはヤックルを男たちに託し、山犬とともに山を駆け下りていった。
  アシタカ 「サンのところへ!そこにエボシもいる」
  N 深い森の中、エボシとジコ坊が、石火矢衆を連れて進軍している。男たちは大きな首桶を担いでいた。
  ジコ坊 「ジバシリどもに遅れるな。今日こそけりをつけるのだ」
  N 熊の毛皮をかぶったジバシリの一人がぬっと現れた。深手を負った乙事主を連れて、サンが森の奥深く入っていったという。
  ジコ坊 「やはりシシ神に助けを求める気だ。ぴったり張り付けよ!」

「人と見破られてはシシ神は出てこぬぞ」

  エボシ御前 「奴の顔に塗ったのは猪の血か?」
  ジコ坊 「へへ・・・・・ジバシリの技だ」
  エボシ御前 「おぞましいものよ」
  N 森の中を進むサン、乙事主、そして山犬の息子たち。乙事主は全身血だるまになり、息も絶え絶えで苦しそうである。
390 サン 「頑張って!もうじきシシ神さまのお池だから」
  N 乙事主がよろけて倒れる。その弾みでサンが飛ばされる。
  サン 「・・・・・うっ・・」

「・・何か来る!・・乙事主さま、様子がおかしいの・・もうちょっとだから頑張って!」

「何だろう?血の臭いで鼻がきかない」

  N 木の上から猿たちが、つぶてを投げつけてくる。猿たちはお前たちのせいでこの森が終わりだと、口々にサンたちをなじる。
  サン 「猩々(しょうじょう)たち・・・何を言う!森のために戦った者へのこれが猩々(しょうじょう)の礼儀か!」
  N 森の中から猪の皮をかぶったジバシリが現れた。乙事主は、その臭いに惑わされ奮い立った。
  サン 「・・・戦士たちが・・・・」
  乙事主 「戻って来た!」

「戻って来た!黄泉の国から戦士たちが帰って来た」

「続け戦士たち!シシ神の元へ行こう!」

  サン 「乙事主さま、落ち着いて!死者は蘇えったりしない!」

「戦士の生皮をかぶって臭いを消してるんだ・・中は人間だ!」

「止まって!奴らシシ神さまのところへ・・・案内させる気なんだ」

  N 乙事主は我を忘れ、岩を砕き木を倒して猛進していく。
400 乙事主 「シシ神よ、いでよ!汝が森の神なら・・・我が一族を蘇らせ人間を滅ぼせ!」
  サン 「乙事主さま、心を鎮めて・・」

「今、見捨てたら、たたり神になってしまう!」

「お前は母さんにこの事を知らせて!人間の狙いはシシ神さまだ。母さんが生きていれば知恵を貸してくれる」

  N 猪の皮をかぶったジバシリが近づいてくる。
  サン 「お行き!山犬の血を途絶えさせては駄目!」
  N 乙事主が力尽き倒れる。その周りをジバシリが取り囲む。
  サン 「最初の者を殺す!森中にお前たちの正体を知らせてやる!」
  N その時、乙事主が呻き声をあげ、口から大量の血を吐いた。
  乙事主 「熱いぞ・・・身体が火のようだ・・・・」
  N 見る間に乙事主の全身から赤いヒルのような物が噴出す。それを払い落とすサン。
  サン 「乙事主さま、タタリ神なんかにならないで!」

「乙事主さま・・・・!」

410 アシタカと山犬の子が山肌を駆け下りてくる。乙事主の身体を赤いヒルが覆う。その中にサンが取り込まれようとしていた。サンの身体がヒルに覆われていく。
  サン 「アァッ!!いやだ・・・タタリ神なんかなりたくない!乙事主さま!」
  山犬の背にまたがり山を森を駆けるアシタカ。森を抜けた先にエボシを見つけた。警護の石火矢衆の撃つ石火矢を避け、エボシの前に踊り出た。
  アシタカ 「エボシ、話を聞けーッ!」
  エボシ御前 「アシタカかァーっ!?」
  アシタカ 「タタラ場が侍に襲われている。シシ神殺しをやめてすぐ戻れ!女たちが戦っている」

「男たちも山を下った。みな、そなたの帰りを待っている」

  エボシ御前 「その話、信ずる証拠は?」
  アシタカ 「ない!できるならタタラ場に留まり戦いたかった」
  エボシ御前 「シシ神殺しをやめて侍殺しやれと言うのか」
  アシタカ 「違う!森とタタラ場、双方生きる道は無いのか!?」
420 アシタカはそういうと森の奥へ、山犬の走り去った方向へ走っていった。
  ゴンザ 「エボシさま戻りましょう」
  ジコ坊 「あいつ・・・どっちの味方なのだ?」
  エボシ御前 「女たちには出来るだけの備えをさせてある。自分の身は自分で守れと・・」

「池だ!シシ神は近いぞ」

  ジコ坊 「いよいよ正念場だ、油断するな」
  連れの石火矢衆が小さくジコ坊に、あの女は要らないと言った。するとジコ坊はニヤリと笑ってつぶやいた。
  ジコ坊 「神殺しは恐いぞ・・・あいつにやってもらわにゃ・・・」
  シシ神の森の池についたアシタカ。池の周りやその周辺に目を凝らす。月明かりの下、池に下半身をつけ、横たわるモロの姿を見つけた。
  アシタカ 「モロっ、死んだのか・・・」

「サン、どこだー」

  アシタカの声が森の中をこだまする。サンはその声を乙事主の身体に生えた赤いヒルに埋もれた中で聞いた。
430 サン 「アシタカ!!」
  アシタカの前にタタリ神になりかけている乙事主が現れる。それに続いて、猪の皮をかぶったジバシリたちが現れる。
  アシタカ 「ここで争うとシシ神は出てこぬぞ」

「乙事主よ鎮まり給え!」

「乙事主よ山犬の姫を返してくれ。サンはどこだ」

「サン!聞こえるか、わたしだアシタカだ!!」

  アシタカはタタリ神となった乙事主の中にサンの足を見つけはっとした。
  アシタカ 「サン!!」
  荒ぶる乙事主、全身の赤いヒルがビチャビチャ飛び散る。アシタカは乙事主へ飛び込んだ。二匹の山犬は、周りのジバシリたちを襲う。

サンを助けるため、アシタカは乙事主の全身を覆う赤いヒルの中へ潜り込む。奥深くに囚われのサンを見つけた。

  アシタカ 「サン!!」
  サン 「アシタカ!」
  乙事主が左右に体を大きくゆする。その勢いで、アシタカは振り落とされモロの体でバウンドすると池の中へ落ちていった。気を失い池の中へ沈み込むアシタカ。
  モロの君 「やれやれ、あの女のために残しておいた最後の力なのに」
440 モロが最後の力を振りしぼり、むくっと上半身を持ち上げる。ゆっくりと迫ってくる乙事主。
  モロの君 「お前たち、手出しをするんじゃないよ。タタリなんぞ貰うもんじゃない」
  乙事主が吠えた。口から血を噴き出し、全身から赤いヒルを飛び散らかせる。
  モロの君 「もう言葉まで無くしたか・・・・」
  乙事主がモロにかぶりつく。
  モロの君 「私の娘を返せ!!」
  荒ぶる乙事主、その見えぬ白濁した目に恐怖が浮かんだ。ざわざわと赤いヒルがざわめく。
  モロの君 「アシタカ!!お前にサンが救えるか!?」
  水中ではっと意識を取り戻し、水上へ顔を出すアシタカ。目の前にシシ神の姿を見つけた。

エボシが石火矢を撃った。それは胴体を貫いたが、シシ神は動じる様子はなかった。

  アシタカ 「エボシ!!撃つな!」
450 シシ神は水の上を歩いてくる。シシ神の顔は笑っている。
  エボシ御前 「首をとばさねばだめか・・・・」
  ジコ坊 「石火矢が効かぬ」
  アシタカ 「エボシ!そなたの敵は他にいるはずだ!!」
  シシ神が乙事主に近づく。モロがくわえたドロリとした袋の中にサンがいた。アシタカはサンを抱きかかえると水中へもぐり穢れを洗い流した。

シシ神が乙事主の鼻づらに口をつける。乙事主は静かに目を閉じその場に倒れた。

  ジコ坊 「なんと、シシ神は生命を吸い取るのか」

「・・・・・むっ!?」

  エボシ御前 「いかん、ディダラボッチになるぞ!みなよく見届けよ。神殺しが如何なるものなのか。」

「シシ神は死をも司る神だ!怯えて遅れをとるな」

  青白い月の光が森を照らしだす。その光にシシ神が体を伸ばしていく。シシ神の身体は透けて巨大に膨れてくる。エボシが石火矢を構える。
  アシタカ 「やめろお!!」
  アシタカの投げた刀がエボシの構えた石火矢を貫く。それに全く動じる風もなく、エボシはにやりと笑うとシシ神にねらいを定めた。。

シシ神がくるっと振り向き石火矢を見つめる。石火矢の乾いた木から木の葉が芽吹いてきた。

460 エボシ御前 「クソッ、化け物め!」
  エボシの撃った石火矢がシシ神の首を撃ちぬいた。シシ神の頭と胴体が切り離され、頭が地面にころがる。
  ジコ坊 「首桶をいそげ!」
  シシ神の体の中から、黒いアメーバのようなものが湧き出した。それに触れた木が枯れ、コダマがボトボトと落ちていく。森に死が充満した。
  エボシ御前 「ジコ坊、首桶を持って来い!」
  ジコ坊 「担ぎ手がやられた!早くこっちへ来い!」
  エボシ御前 「シシ神の身体に触れるな!生命を吸い取られるぞ!!」

「受け取れ!約束の首だ!!」

  エボシはシシ神の角を掴むと、ジコ坊へ放り投げた。その時、モロが大きく口を開けエボシの右腕を肩から食いちぎるとモロはそのまま身体を落としこと切れた。
  ゴンザ 「エボシさま!!」
  エボシ御前 「モロめ!首だけで動きよった・・・・」
470 ジコ坊 「やばいぞ急げー」

「逃げろ!!」

  ジコ坊はシシ神の首を首桶に入れてそそくさと逃げる。
  アシタカ 「島へ逃げろ!」
  ゴンザ 「わしは泳げんのだ!」
  アシタカ 「水の底を歩ける」
  アシタカはエボシを連れて池の中の島へ泳いでいく。ゴンザは水中をゴポゴポと歩いていく。島の上にサンが待ち構えていた。
  サン 「そいつをよこせ!八つ裂きにしてやる」
  アシタカ 「モロが仇を討った。もう罰はうけている」

「手を貸せ」

  ゴンザ 「エボシさま・・」
  エボシ御前 「余計な情けは・・・」
480 アシタカ 「おトキさんたちに連れて帰ると約束した」

「首を探している・・・・ここも危ない。サン!・・・力を貸してくれ」

  サン 「いやだ!」

「お前も人間の味方だ!!その女を連れてさっさと行っちまえ」

「来るな!人間なんか大嫌いだ!!」

  アシタカ 「わたしは人間だ、そなたも・・・人間だ」
  サン 「だまれえェ!わたしは山犬だ!!」
  アシタカ 「サン」
  サン 「寄るな!!」
  アシタカ 「すまない、何とか止めようとしたんだが・・・」
  アシタカはサンの身体を抱きしめた。サンはアシタカの胸に顔をうずめている。
  サン 「もう終わりだ・・何もかも。森は死んだ・・・・・・」
  アシタカ 「まだ終わらない、わたしたちが生きているのだから。力を貸しておくれ」
490 挿入曲 1:27 28
黄泉の世界
  ディダラボッチとなったシシ神の身体は、どんどん膨れ上がっていく。その身体は空を覆い尽くすように広がっていった。

戦場と化し、破壊されたタタラ場の一角にトキら女たちがいた。

  トキ 「アシタカさまはきっとエボシさまに知らせてくれる。もう、そのへんに来てるかもしれないよ」

「しかし、なんだろう・・気味が悪いね」

  山の稜線を眺めるトキたち。そこに巨大な異形の姿をしたディダラボッチがぬっと現れた。
  トキ 「持ち場を離れるんじゃないよ。・・タタラ場を守るんだ。エボシさまと約束したんだから・・・・」

「あっ!アシタカさまだ!」

  アシタカ 「みんな逃げろー!」

「シシ神が首を取り戻そうと追ってきたんだ。あのドロドロに触ると死ぬぞ!」

「水の中へいけ、ドロドロが遅くなる」

「男たちとエボシは対岸をこっちへ向かっている。わたしたちは首を取り戻してシシ神に返す」

  サン 「アシタカ!!」
  アシタカ 「急げ!」
  トキ 「騒ぐんじゃない!みんなを湖へ!」

「落ち着いて、怪我人や病人に手を貸すんだよ」

  ディダラボッチのドロドロがタタラ場へ流れ込んでくる。みな、急いで湖へ逃げる。

タタラ場が燃える。すべてを燃やし尽くすように真っ赤な炎をあげている。

500 トキ 「生きてりゃ何とかなる。もっと深いところへ」
  アシタカとサンが山犬の背にまたがり山を駆ける。前方に、首桶を担いだジコ坊たちの姿を見つけた。急斜面を一気に駆けおりるアシタカたち。
  アシタカ 「その首待てェ!!」
  ジコ坊 「おおっ!お主も生きとったのか。よかった。」
  アシタカ 「首をシシ神に返します。置いて早く逃げなさい」
  ジコ坊 「馬鹿言うな!いまさら取り返しはつかん。陽が出ればすべて終わる」

「見ろ・・・生命を吸って膨らみすぎたのろまな死神だ。陽にあたれば奴は消えちまう」

「天地(あまつち)の間にある全ての物を欲するは人の業(ごう)と言うものだ・・・」

  アシタカ 「あなたを殺したくはない!」
  ジコ坊 「へへ・・・いやぁ、参ったなァ・・そう恐い顔を・・・」

「するな!」

  ジコ坊が気合とともに右足を大きく蹴り上げる。風切音を残して一枚歯の下駄がアシタカの顔面を掠める。

その時、ディダラボッチに恐れた担ぎ手の手から首桶が落ちた。斜面を転がり落ちる首桶。

  サン 「アシタカー!!」
510 転がり落ちてくる首桶をジコ坊が受け止めるが、勢い余って、ドロドロの流れる岩の上までこりがり落ちた。
  ジコ坊 「アア・・いかん。囲まれたァ〜」

「朝陽よいでよォ」

  アシタカ 「桶を開けろ」
  ジコ坊 「わからん奴だな、もう手遅れだ」
  サン 「アシタカ、人間に話したって無駄だ!」
  アシタカ 「人の手で返したい」
  ジコ坊 「ええい・・どうなっても知らんぞ」
  ジコ坊が首桶の蓋を開けると、中にシシ神の首があった。アシタカとサンはその首を両手に持ち、空高く掲げた。シシ神の首から垂れる液体に触れたところが穢れた呪いの痣に変わっていく。
  アシタカ 「シシ神よ」

「首をお返しする。鎮まり給え」

  ジコ坊 「ウォッホッホッ、来おる来おる来おるぞー」
520 首を求めてディダラボッチがその大きな体をかがめながら近づいてくる。ディダラボッチの体から光の粒が降り注ぐ。その光は辺り一面に広がっていく。

東の空に朝陽が顔を覗かせ光が射し始めるとディダラボッチの動きが止まった。

ディダラボッチの体がタタラ場のあった湖に倒れこんでいく。その衝撃で、燃え残ったタタラ場の建物が根こそぎ宙に舞った。

  挿入曲 1:05 31(短縮)
アシタカとサン
  N 山肌に草木が芽吹き、山一帯に生い茂っていく。その草むらの中にアシタカとサンが倒れている。ヤックルが優しくアシタカを揺り起こす。
  アシタカ 「ハッ・・・・サン・・サン・・・・見てごらん」
  サン 「森がよみがえっても、ここはもうシシ神の森じゃない!」

「シシ神さまは死んでしまった」

  アシタカ 「シシ神は死にはしないよ。生命そのものだから・・・生と死とふたつとも持っているもの・・・」

「わたしに生きろと言ってくれた」

  サン 「アシタカは好きだ。でも、人間を許すことはできない」
  アシタカ 「それでもいい。サンは森で、わたしはタタラ場で暮らそう、共に生きよう。」

「会いに行くよ、ヤックルに乗って」

  サンが山犬にまたがり森へ帰っていく。

タタラ場の跡地では、生残った者たちがエボシを囲んでいる。

  エボシ御前 「ざまぁない、わたしが山犬の背で運ばれ生き残ってしまった」

「礼を言おう。誰かアシタカを迎えに行っておくれ」

「みんな、はじめからやり直しだ。ここを良い村にしよう」

530 ジコ坊が遠くから山の様子を眺めている。
  ジコ坊 「イヤァー、参った参った。馬鹿には勝てん」
532 挿入歌 4:16 32‐33
もののけ姫ED‐MIX

劇 終

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