紅の豚

主な登場人物  

ポルコ・ロッソ

空賊専門の賞金稼ぎ。元はイタリア空軍のパイロットだったが戦争に嫌気がさし、自らを豚に変えてしまった男。虚無主義的なところもある。愛機はサボイアS−21飛行艇

ドナルド・カーチス

名をあげるため、太平洋を渡ってきたアメリカ野郎。将来の希望はアメリカ合衆国大統領になること。口もうまいが飛行艇の操縦の腕も立つ。”幸運のガラガラ蛇”のマークの青いカーチスが愛機

マンマユート団

直訳すれば”ママ恐いよ団”となる彼らは、空賊連合に属さない空賊だったが、ポルコにやられたことから連合と組むことになった。気は荒いが、根はやさしい連中。ダボハゼの愛称の飛行艇を操る
F・フェラーリン ポルコがまだ人間で、マルコと呼ばれ、イタリア空軍に在籍していたときの友人。政府に狙われるポルコに忠告を与える
ピッコロ親父 イタリアのミラノで、小さな飛行機工場を経営する男。フィオの祖父、頑固一徹の職人のかたまりの様な男だが。気はいい。
フィオ・ピッコロ ピッコロ飛行機工場の若き設計主任。17歳だが、飛行機設計のセンスは並々ならぬものを持っている。性格は物おじしないでハッキリと自分の言うべき事を言えるしっかり者。ポルコに対しても一歩もひけを取らず、サボイア改修の責任者となった。
マダム・ジーナ アドリア海に浮かぶ小島にあるホテル・アドリアーニの女主人。自ら店に立って歌うこともある。ポルコとは古くからの付き合いらしい。空賊などの荒くれ男たちも、彼女の前では皆、おとなしい
   


紅の豚

紅の豚 アニメージュ編集部刊 FILM COMIC 1〜2巻より構成 (続きは本が手に入ったら鋭意書き進めます(^^;

001 これは、飛行艇時代の地中海を舞台に誇りと女と金をかけて空中海賊と戦い、紅の豚と呼ばれた一匹の豚の物語である。

島の中央に大きくあいた穴の底に、小さな中州が広がっている。その中は燦燦と降り注ぐ陽光を受け、海の水がエメラルドグリーンに光っている。中州の隅にテントが張られ飛行服に身を包んだ男がラジオを流し、顔には雑誌を日除け代わりに掛けて昼寝をしている。その前に真っ赤なサボイアS21飛行艇が静かに着水している。

静かなときが流れている。そのときを邪魔するように、電話のベルが鳴り響いた。

  ポルコ 「・・・・ヘイ」
  N(電話の声) 「ポルコ・ロッソ!すぐ飛んでくれ。マンマユート団が出たんだ」
  ポルコ 「安い仕事はやらねえぜ」
  N(電話の声) 「ベニスからのチャーター船が狙われている。鉱山会社の給料を積んでいるんだ」
  ポルコ 「それだけか?」
  N(電話の声) 「え?・・・・イヤ・・・・・・その・・・・・バカンスツアーの女学校の全生徒が乗ってるんだ」
  ポルコ 「そいつはちと高くつくぜ」
  男が顔にかけた雑誌をはずした。その顔は口ひげをたたえた豚だった。

ポルコと呼ばれたその豚は真っ赤な愛機、サボイアS21へ乗り込んだ。エンジンを回す。ペダルを踏み込むと、排気口から真っ黒な煙を噴き出した。

010 ポルコ 「ゲホッ・ゲホッ・・・そろそろオーバーホールしなきゃいかんな・・・」
  愛機サボイアはエンジン音も高らかに水面を滑り、徐々にスピードを増していく。ポルコがスロットルを右へ引く。エンジンは更に回転を上げ、サボイアの後方に水煙が巻き上がる。海上へ出たサボイアは、一気に空中へと舞い上がった。さっきまでいた島があっという間に小さくなっていった。

チャーター船に空賊の飛行艇が近づき、並ぶように着水した。マンマユート団である。彼らは園児を人質に取り、鉱山会社の給料の金貨を積み込むと再び空へ舞い上がっていった。

ポルコの乗った赤いサボイアS21飛行艇が空を切り裂くように飛行する。上空から見る海は、まさに青い宝石のような輝きをしていた。その宝石の海にめざすチャーター船の船影が見えてきた。

  ポルコ 「遅かったか・・・」
  船から信号が送られる。女の子と金貨が奪われたらしい。船から指し示す方向とは逆の方へポルコは舵を切った。
  ポルコ 「間違っちゃいねえぜ・・・やつらの手口は判ってる。見えなくなるまで飛んで、すぐに進路を変えるにちげえねえ。やつらはビンボーでケチだから・・・・ガス代をしぼってこの近くの島に・・」
  突然、エンジンの出力が低下する。動力を失ったプロペラは力なくプルプルと震えるだけだった。サボイアが推力を失い、グライダー飛行を取りながら海面すれすれまで降りてくる。

海面に尻をすりながら、再度、エンジンに火が入った。プロペラが力強く回り始め、海面に線を引きながら再び滑空する。後には白い水柱があがっていた。

飛行を続けるサボイアS21。しかし、エンジンから油漏れを起こし始めていた。

  ポルコ 「こりゃ、あんまり時間がねえな・・」

「・・・・いやがった!」

  島の近くに飛ぶ飛行艇の姿を見つけたポルコ。舵を切り飛行艇めがけて降下していく。

飛行艇に近づくとそれは空賊の船ではなかった。

  ポルコ 「なんだよ・・・島巡りの飛行艇じゃねえか」

「こんな所で遊んでると団体でさらわれちゃうぜェ!」

  ポルコは再び飛行艇を上昇させる。

島陰に隠れるように、超低空飛行で、空賊マンマユート団の飛行艇が飛んでいる。飛行艇の中では人質に連れてきた園児達がきゃあきゃあと騒いでいる。

020 マンマユート団団長 「うるさいな〜〜〜ァ、静かに、静かにしなさ〜〜〜い!」
  園児たちはどこ吹く風、まったく聞いていない様子である。
  マンマユート団団長 「オイ、なんとかしろよ!」
  銃座に顔を出した園児が近づいてくる赤い飛行艇を見つけた。しかし、一瞬のうちにその姿を見失ってしまった。マンマユート団は、いまだ、ポルコの接近に気づいていない。

海面すれすれから急速上昇し、サボイアが近づいてくる。機銃を発射しながらマンマユート団の飛行艇ダボハゼをすり抜けていく。ダボハゼのエンジンが火を吹いた。白煙を上げる。プロペラが止まり海面近くまで高度を落としていった。

  マンマユート団団長 「クソォ!何てことしやがる。撃て撃て!撃ちまくれ!!」
  ダボハゼから機銃を撃つ。水柱が次々とあがる。しかし、赤いサボイアにはまったく弾が当たらない。ポルコからマンマユート団へ点滅信号が送られた。「お前の負けだ、話を聞け」・・しかし、彼らも怯まない。ますます激しく機銃を撃ちまくる。サボイアは右に左に軽快によけ大空を旋回すると再びダボハゼの後尾より迫った。
  マンマユート団団長 「来る!来る!こっちへ来る!」
  サボイアの機銃が火を吹き、ダボハゼの尾翼を粉砕する。風圧でメキメキと音を立て、残った翼も、もげ落ちていく。飛行艇ダボハゼは白波を立て、海面へと着水した。

落ちた衝撃で、飛行艇の船尾がポキリと折れて海中へ沈んでいった。続いて、再びポルコから点滅信号が送られる。

  ポルコ 「金貨は半分くれてやる。残りと人質を置いて失せろ。さもないと皆殺しにしてやるぜ!」
  マンマユート団団長 「うるせェ!来やがれ!豚野郎!!最後の勝負だ!!」
030 正面からサボイアが突っ込んでくる。機銃を手に迎え撃つマンマユート団団長!サボイアが近づき、どんどん距離が縮まっていく。
  マンマユート団団長 「くらえ!!」
  空しく響く檄鉄の音・・・カシーンと小さく鳴り響いた。
  マンマユート団団長 「あっ!アレ?アレ?・・・壊れたァ」
  団員が慌てて、白い下着を振り回す。サボイアS21は大きく旋回し、上昇していった。

ここは、マダム・ジーナの店である。皆、ジーナの歌に聞き入っている。

アドリア海に夜がきた。夜空に赤いポルコのサボイアS21の姿があった。サボイアは緩やかに海面へ着水すると静かに海面を滑ってホテル・アドリアーノの飛行艇係留所へ止まった。

ポルコが店に入ってくると、待ち構えていた新聞記者たちが昨日の空賊退治の武勇談を聞こうとポルコを取り囲んだ。そんな新聞記者たちを一人の男が襟首をつかんで席に着かせ、小声で言った。

  カーチス 「歌は静かに聞くもんだ!!」
  歌が終わり拍手が沸き起こる。男は、ポルコの側へ立ち、マダム・ジーナをじっと見つめている。
  カーチス 「すばらしい人だ・・・・ホテル・アドリアーノのマダム・ジーナは・・」

「国の飛行艇乗りにも有名だもんな・・・そこでは空賊も賞金稼ぎもイイ子にしてるってよ」

  ポルコ 「おもてのカーチスはおめえのか」
  カーチス 「ああ、名声と金を運んでくる幸運のガラガラ蛇さ」
040 ポルコ 「シュナイダーカップで2年続けてイタリア艇を破ったヤツだ」
  カーチス 「スピードだけじゃねえ、空中戦も強いぜ・・・」

「ここらじゃポルコ・ロッソとかいう豚が名を売ってるそうじゃないか」

  ポルコ 「空賊と手を組むなら気をつけろよ若えの・・奴らはケチでビンボーだ。風呂にも入らねえからクセエしな」
  カーチス 「ヒヒヒ・・確かに・・・」
  いきり立つ空賊連合の男たち。そこへ、ジーナがやってくる。
  ジーナ 「なあに今夜は?エライ人ばかり集まって、また悪だくみしてるの?」

「来てくれてうれしいわ・・・でも戦争ゴッコはだめよ」

  ポルコとジーナが向き合って二人で食事をしている。窓の外からはアドリア海の波の音が聞こえてくる。
  ジーナ 「・・・あのアメリカさんおかしいの。私の顔を見るなり結婚してくれだって・・・だから教えてあげたわ。わたしは3回飛行艇乗りと結婚したけど、ひとりは戦争で、ひとりは太平洋で・・最後のひとりはアジアで死んだって・・・」
  ポルコ 「判ったのか・・・」
  ジーナ 「今日、連絡があったの・・・」

「ベンガルの奥地で残骸が見つかったって。3年待ったわ・・もう涙も涸れちゃった」

050 ポルコ 「いい奴はみんな死ぬ・・・」
  ポルコはワインをグラスにあけ、静かに掲げた。
  ポルコ 「友へ・・・」
  ジーナ 「マルコありがとう。いつもそばにいてくれて」

「あなただけになっちゃったわね・・古い仲間は・・・」

  ポルコは煙草に火をつけ、静かに煙を吐き出す。白く煙った向こうでポルコが言った。
  ポルコ 「この店でひとつ気にいらねえのは、あの写真をはずさねえことだ・・・」
  ジーナ 「ダメよ破いちゃ。マルコが人間だったときのたった一枚だけ残った写真なんだから」

「どうやったらあなたにかけられた魔法が解けるのかしら」

  夜の帳(とばり)の中、アメリカ人の操縦する飛行艇カーチスが飛び立っていく。窓からポルコが眺めている。
  ポルコ 「あのアメリカ野郎、イイ腕してるぜ・・・」
  島のアジトに戻ったポルコ。愛機サボイアS21飛行艇の整備をしている。エンジンが曇った音を出し、突然、黒煙を噴き出し止まった。
060 ポルコ 「こりゃ、いよいよいかんな・・・やっぱりミラノに運ぶしかねえか・・・」
  N(ラジオの声) 「・・・・・二人のパイロットは撃墜されましたがパラシュートで脱出に成功しました。同船の金目の物をあらいざらい奪い取った空賊連合は次のメッセージを残しています」

「次はおまえだ!!ブタ出てこ〜〜い!・・くり返します。次はおまえだブタ出てこい・・この襲撃事件について・・・」

  ポルコ 「やるじゃねぇかゴミ野郎が・・・・フフフフ・・・ファハハハハ・・・」

「悪いが俺は休暇だ。真っ白なシーツ・・・美しい女達・・・」

「ミラノまでもってくれよエンジンちゃん」

  ポルコを乗せた愛機サボイアS21が大空へと飛び立っていった。

雲海の中を突き進むサボイア、しかし、天候が悪化し雲の下を飛行することを余儀なくされた。

  ポルコ 「イヤな天気になってきやがったな・・・雲の下を行くしかねえか」
  どんよりとした雲を頭の上に、ポルコのサボイアは飛行を続けている。今一つエンジンの調子が悪いため、ポルコはエンジンを騙しながら、微妙な調整をして飛行を続けていた。。
  ポルコ 「いい子だガンバレ、ホレホレ・・・・そうそういい子だよエンジンちゃん」
  その時、後方の雲の裂け目から、一機の飛行艇が突っ込んできた。ガラガラ蛇のマークがついた青いカーチスだった。あのアメリカ野郎である。
  カーチス 「ブタァーーーー!!!!」

「一対一だ勝負しろーっ!」

  ポルコ 「今はそれどころじゃねえ!」
070 ポルコは機首を上げ、雲の中へと突っ込んでいく。その後をぴったりとカーチスが張り付く。

深い霧が立ち込めたように雲の中では視界が極端に悪くなる。逃げるポルカに追うカーチス。つかず離れず、絶妙の操縦技術で鬼ごっこは続いた。

  カーチス 「逃げるなァ!みんなに言いふらしちゃうぞ!」
  ポルコ 「また会おうぜ、アメリカ野郎!ファハハハハハ・・・」

「・・・いけね・・出ちゃった」

  勢い余って、雲の外へ出てしまったポルコ。ついて出たカーチス機から機銃が発射された。

突然、サボイアのエンジン止まり、プロペラが完全に止まってしまった。

  ポルコ 「イカン!」
  カーチス 「当たった!」
  ポルコ 「てめえの弾なんぞ当たっちゃいねえ!故障だあ!!」
  この絶好の好機を逃すはずがない。アメリカや野郎のカーチスから雨のように機銃が撃ちこまれる。エンジンの外装に弾が当たった。バリバリと雨のように降る弾丸によってポルコのサボイアは瞬く間に撃ち砕かれ、粉砕されて海面へと落ちていった。
  カーチス 「やったー!これで俺も有名人だ!」

「ヒャッホーーー!!」

「手ぶらで戻っちゃ・・・奴ら信用しねえからな。証拠に何か・・・」

「あったあ!!」

  カーチスの目に海面に浮かぶ赤い板切れが目に入った。カーチスはぐんぐん降下し、海面へ着水、滑走すると停止した。カーチスが赤い板切れをすくいあげる。
080 カーチス 「この軽薄な赤・・・・間違いねえ。アラバマのお袋にいい土産ができたぜ・・」
  カーチスは海面を離れ、上空へ飛び立っていった。しばらくして、木々の隙間から、ポルコが現れた。木の枝をめくり上げると、ボロボロに壊れた愛機サボイアの姿があった。

ここはホテル・アドリアーノ、アメリカ人カーチスによって撃墜されたという噂はジーナの耳にも入っていた。心配するジーナの元に、ポルコから電話が入った。

  ジーナ 「マルコ!あなたなの!?」

「ケガは?いま船で捜しに行こうとしていたの」

「・・・・・・そう・・・よかった・・」

  ポルコ 「程よくやせたぜ、二日程無人島にいたからな・・これから艇(ふね)を直しにミラノへ行ってくる」

「あのアメリカ野郎が店に来たら伝えてくれねぇか」

「また今度会おうぜってよ」

  ジーナ 「何よ!!人を伝言板か何かだと思っているの!!」

「いくら心配したってあんたたち飛行艇乗りは女を桟橋の金具くらいにしか考えてないんでしょう」

「マルコ・・・今にローストポ−クになっちゃうから・・・わたしイヤよ・・そんなお葬式」

  ポルコ 「飛ばねえ豚はただの豚だ」
  ジーナ 「バカ!」
  ジーナはすごい剣幕で電話を切った。

ミラノのピッコロ飛行機工場。夜目に忍ぶように一台のトラックが止まった。荷台にはシートが掛けられている。工場主のピッコロ親父と孫のフィオが出迎えた。

  ピッコロ親父 「今夜あたり着くと思って、待っとったよぉ」
  ポルコ 「また厄介になるぜェ」
090 ピッコロ親父 「こりゃまたひどくやられたなぁ……新造した方が早くないかぃ?」
  ポルコ 「こいつぁ残してぇんだ」
  ピッコロ親父 「あぁ。気持ちはわかるよ」
  フィオ 「下がってぇー。バックで入れるからぁ」
  ポルコ 「誰だァ? あのカワイコちゃんは」
  ピッコロ親父 「アメリカに行っとった孫だよ」
  工場の中にトラックがバックで入っていく。工場の中でポルコがシートに掛かった縄をほどき始めるが、それをさらって、フイオが手際よくシートまではずしていく。
  フィオ 「ワァ!きれいな船……おじいちゃんきれいねぇっ」

「良いラインしてるっ」

  ピッコロ親父 「ま、近頃はこんな仕事をする職人はいないよ」
  ポルコ 「似てねぇ〜なァ」
100 ピッコロ親父  「ん〜?」
  ポルコ 「本当に爺さんの孫なのか?」
  ピッコロ親父 「手ェ出すなよォ?」
  ポルコ 「んぁっ!?」
  ピッコロ親父 「フィオ、あとを頼むよー」
  フィオ 「うん。やっとくー」
  工場主のピッコロ親父とポルコが工場を後にして出て行く。廊下を歩きながらポルコが言った。
  ポルコ 「相手はカーチスだ。あと15ノット程欲しいんだ」
  ピッコロ親父 「カーチスかぁ。懐かしいなァ」
  ピッコロ親父は、ポルコを工場の脇の倉庫へ誘い入れた。そこには高馬力エンジンが置いてあった。
110 ピッコロ親父  「どーだい?」
  ポルコ 「こりゃぁ、フォルゴーレじゃねぇか」
  ピッコロ親父 「出所は訊くな?」

「1927年のシュナイダーカップで、こいつをつけたイタリア艇はカーチスに負けたんだ。」

「だがこいつのせいじゃない。メカニックがヘボだったからだ。……フッフッフッフ、血がさわぐなァ!!」

  ポルコ 「あんまりデリケートにチューンするなよォ? レースじゃねぇんだからなぁ」
  ピッコロ親父 「そーいうことはアジアじゃ、ブッダに教えを説くっていうんだよ」
  工場の事務所の中でうずたかく積み上げられた札束をピッコロ親父が勘定している。
  ポルコ 「有金全部持っていく気かよ・・・」
  ピッコロ親父 「近頃はなァ、札束が紙クズ並みの値打ちしかないんだよ」

「ポケットの金も出しな。プロペラ代と塗装費と・・・」

  ポルコ 「こいつぁ滞在費だぜェ。ホテル代とか飯代とか・・」
  ピッコロ親父 「ここに泊まりゃぁイイ。メシ代込みで安くしとくよ」
120 ポルコ  「……ハーッ」
  ポケットの中からしぶしぶ残りの札束を取り出す。
  ポルコ 「息子共の姿が見えねぇが、達者なのか?」
  ピッコロ親父 「三人共出稼ぎだ」
  ポルコ 「じゃぁ、設計は誰がやるんだい?」
  ピッコロ親父 「フィオがやるよ」
  ポルコ 「フィオッ!? さっきの娘が?」
  ピッコロ親父 「歳ゃ若いがな。フィオには息子共に無いものが有るよ」
  全財産をかけて愛機サボイアS21を改造するのが若い孫のフィオだと、こともなげに言うピッコロ親父にポルコはあきれた。
  ポルコ 「爺さん。長い付き合いだがな、今度の仕事は他を当たらせてもらうぜェ」
130 その時、扉の向こうでフィオが叫んだ。
  フィオ 「待って!!」
  フィオが扉を開けて事務所の中へ入ってくると、つかつかとポルコに近づいてくる。
  フィオ 「私が女だから不安なの? それとも若すぎるから?」
  ポルコ 「両方だよ、お嬢さん・・」
  フィオ 「そぉ〜ね。当然だわっ。……うーん。ねぇっ、良いパイロットの第一条件を教えてっ?」
  ポルコ 「んむぅっ?」
  フィオ 「経験っ?」
  ポルコ 「いやぁ。インスピレーションだな」
  フィオ 「良かったァ。経験だって言われなくて」

「ねぇっ、おじいちゃんに聞いたんですけど、貴方の単独飛行はとても速かったんですってねぇ」

「その時からとても上手だったって」

140 ポルコ 「1910年だ。17の時だったな」
  フィオ 「17歳!! 今の私とおんなじっ!!」

「……女をやめる訳にはいかないけど、やらせてくれない? 前の図面もあるし。うまくいかなかったらお金はいらないわ」

「ねっ、おじいちゃんっ」

  ピッコロ親父 「ワシの孫だ、上手くやるさ。ワシだって12の時にエンジンをバラしてたからなァ・・・」
  フィオ 「今夜はここで寝て。明日ベッドを作るから、朝ごはんは7時ね、シャワーはお湯が出るわ、タオル置いてあるから、お休みなさーい
  フィオは言うだけ言うと、さっさと出ていった。ただ唖然と見送るポルコにとどめの一言が・・。
  ピッコロ親父 「金がちっと足りないが、昔のよしみだ。残りはローンにしておくよ」
  翌朝、工場の上空を無数の飛行艇が飛行していく。窓際の製図版の前でフィオが一心に図面を起こしている。そこへポルコが入ってきた。
  フィオ 「うぁぁ〜あ〜っふぁ……おはよー。眠れたぁ?」
  ポルコ 「アンタ、徹夜したのかぃ?」
  フィオ 「ラフプランだけどどうかしら?」

「平面形はそのままにして、新しい翼断面を使いたいの。これだけで5ノットぐらいは速くなるはずよ」

「・・・前の図面を見て驚いちゃった。翼も木製モノコックだったのねぇっ。この計算書すごいわ、本当に木の性質をよく知ってる。感動しちゃったぁ」

150 ポルコ 「・・・こいつぁ〜なぁ、たった一艇だけ作られたんだが、危なくて飛べねぇってんで、フーッ(煙を吐く)、倉庫でホコリをかぶってたのさ」
  フィオ 「やっぱりぃ!! こんな過激なセッティングでよく水から離れられるわねっ・・・」
  ポルコ 「難しいのは離着水の時だけさ。スピードに乗ればネバリのある翼だ」

「翼の取り付け角を、図面より0.5度増やしてくれィ・・・。後はこのまま、進めていい」

  フィオ 「やらせてもらえるのねっ!? ありがとう、一生懸命やるわっ!!」
  ポルコ 「だがなぁお嬢さん。一つだけ条件がある」
  フィオ 「んっ?」
  ポルコ 「徹夜はするな。睡眠不足はイイ仕事の敵だ。それに、美容にもよくねぇ」
  フィオ 「くすっ。そうするわっ!!」

「あのねぇっ、ゆうべ、胸がドキドキしちゃって、とても眠れなかったの・・・」

「ホントのこと言うとね、やっぱりこの仕事任せてくれないんじゃないかって・・・心配だったの

「だからうれしいっ!! コーヒー入れるねぇ〜」

  ポルコ 「……作るのも自分一人でやるなんて言うんじゃねぇ〜だろ〜なぁ・・」
  工場に次々と女たちがやってくる。
160 ピッコロ親父 「・・・・次は姪のモニカ、製図をやる」

「甥っ子の嫁のシルヴァーナ、仕上げをやる」

「いとこの娘達だ。ソフィア、ラウラ、コンスタンス、ヴァレンティーナ」

「フィオの姉、ジリオラ」

「サンドラも来てくれたのかぃ?いとこだ」

「マリエッタ綺麗になったねぇ」

「息子の嫁だ。マリア、ティナ、アンナ、その妹のミレッタ」

  ポルコ 「男が一人もいねぇなァ・・・」
  ピッコロ親父 「ああ・・・・」
  ポルコ 「みんなオヤジの一族なのかァ?」
  ピッコロ親父 「そーだよォ。ここんとこ仕事が無くってよォ、男はみんな出稼ぎに出ちまったんだよォ・・・」
  ポルコ 「世界恐慌って奴か」
  ピッコロ親父 「心配するなァ。女は良いゾォ。ねばり強いしよく働くしなァ」
  ポルコ 「パンケーキを作るんじゃねぇ〜んだが〜ナァ」
  昼食の準備ができた。ナポリタンだ。ポルカは早速、フォークにスパゲッティを巻きつけ食べようとしたが、やけに静かな回りを見ると、皆が、神へ祈りをささげていた。
  ピッコロ親父 「天にまします我らの神よ、あなたは倒産寸前のわが社に、パンと仕事をお与えくださいました。女の手を借りて戦闘艇を作る罪深き私共をお許しください」

「アーメン」

「さァ〜、モリモリ食べてビシバシ働こ〜……ンッハッハッハッハッ」

170 工場の脇にある第2倉庫、そこに今度新しく乗せるエンジンが仮組みされ、出力テストを行っている。
  ピッコロ親父 「良い音だァ〜、このエンジンはアタリだぜェ!!」
  グイグイとピッコロ親父は出力を上げていく。エンジンが唸りをあげる。巨大なプロペラがブンブンと風を巻き起こしている。
  ピッコロ親父 「どーだァ、良く回るだろォ〜!!」
  ポルコ 「いい加減にしねぇと、小屋が飛んじまうぞォ!!」
  ピッコロ親父 「ア〜ッ!? カーチスなんぞ屁でもないやなァ〜ッ!!」
  耳をつんざく轟音で、お互い何を言ってるのかわからない。プロペラの起こす風圧で、屋根のトタンがバタバタと羽ばたき、やがて空へ飛んでいってしまった。

工場ではサボイアの改造作業が着々と進行している。事務所ではピッコロ親父とフィオが難しい顔をしている。その横にそ知らぬ顔のポルコが座っている。

  ピッコロ親父 「う〜むっ……確かにいいアイディアだぁ」
  フィオ 「ねっ? だからお願いっ!」
  ピッコロ親父 「だがなぁ……こりゃぁ、高くつくぜェ・・? もう予算オーバーの請求書がこんなになっちまったんだ。・・・スポンサーがなぁ・・・・」
180 壁一面に張られた請求書の山を指差してピッコロ親父が言った。
  フィオ 「ポルコ・・・・」
  ポルコ 「……わぁ〜かった、そんな目で人を見るなっ。好きにやれよ」
  フィオ 「や〜ったァ〜!! 工場とは話がついてるのっ、すぐ発注するねぇ〜。ポルコ大好きぃ〜っ」
  フィオは嬉々として事務所を後にした。
  ピッコロ親父 「三ヶ月はなんとか待つよ」
  ポルコ 「空賊にでも転職するかぁ」
  ピッコロ親父 「いい子だろォ・・・」
  ポルコ 「んァ〜?」
  ピッコロ親父 「手ェ出すなよォ?」
190 ポルコ 「……尻の毛まで抜かれて鼻血も出ねぇや・・」
  映画館にポルコはいた。そこへ軍服姿の男が歩み寄り横へ座った。ポルコがまだ人間で、マルコと呼ばれ、イタリア空軍に在籍していた頃の友人フェラーリンだった。
  ポルコ 「少佐かァ・・・。出世したなぁフェラーリン」
  フェラーリン 「バカが!何で戻ってきたんだっ」
  ポルコ 「行きたいところは何処でも行くさァ」
  フェラーリン 「今度は当局も見逃さないぞ。尾行されなかったか?」
  ポルコ 「捲いてやったよ・・」
  フェラーリン 「お前には反国家非協力罪、密出入国、退廃思想、破廉恥で怠惰なブタでいる罪、わいせつ物陳列で逮捕状が出される」
  ポルコ 「ンァッハッハッハッハッハッ、ハハハハハッ・・」
  フェラーリン 「バカ野郎、笑ってる時か!? お前の戦闘艇も没収すると言ってるんだ・・・」
200 ポルコ 「ヒデェー映画じゃねーか」
  フェラーリン 「なぁマルコ。空軍に戻れよ、今なら俺達の力で何とかする」
  ポルコ 「ファシストになるよりブタの方がマシさ・・・」
  フェラーリン 「冒険飛行家の時代は終わっちまったんだ!!」

「国家とか民族とか・・・・くだらないスポンサーをしょって飛ぶしかないんだよっ」

  ポルコ 「俺ァ、俺の稼ぎでしか飛ばねぇよ・・・」
  フェラーリン 「飛んだところで豚は豚だぜ・・・」
  ポルコ 「ありがとよ、フェラーリン。みんなによろしくな」
  フェラーリン 「いい映画じゃないか。気をつけろ、奴らはブタを裁判にかける気はないぞ」
  ポルコ 「あぁ」
  フェラーリン 「あばよ、戦友」
210 フェラーリンはすっと席を立ち映画館を後にした。

映画館を出て、街角を一人歩くポルコ。そこへフィオの運転するトラックが止まった。

  フィオ 「ポルコーっ、乗ってくー?」
  ポルコは辺りをチラリと見て確認するとスルリとトラックに乗り込んだ。フィオが運転を譲り、隣の助手席へ移動する。ポルコがハンドルを握り、トラックを発進させた。
  ポルコ 「いやぁ〜助かったぜぇ」
  フィオ 「明日、船を湖に運ぶんで借りてきたの。いよいよテスト飛行だわぁ」
  ポルコ 「テストは抜きだ。すぐ飛ばなきゃならねぇ」
  フィオ 「……バカなこと言わないでっ。テストもしないで引き渡せやしないわっ。それに、一度バラして湖に運ぶだけで一日かかるもの」
  ポルコ 「時間がねぇんだ。そこの窓から後ろを見てみな。そっとだ」
  そっと振り返って見るフィオ。トラックの後方に黒い車がついてきていた。
  ポルコ 「ファシストの秘密警察だよ。フィオをつけていたのさ」
220 フィオ 「私を〜っ!? 何故?」
  ポルコ 「俺が尾行を撒いちまったからな・・・。それにフィオは俺の飛行艇をいじっているからだ」
  フィオ 「……ねぇっ、ポルコって本当はスパイなの?」
  ポルコ 「ングゥッハハハハハハハ、ハッハッハッハッハッハッ、お〜れがスパイか? ハッハッハッハッハッ。スパイなんてものはな、もっと勤勉な野郎がやることさ」
  フィオ 「でも戦争の時は英雄だったんでしょう? だっておかしいわよ何もしてないんだったら」
  ポルコ 「俺も、そう思うぜっ!!」
  ポルコはいきなり急ハンドルを切った。タイヤをきしませて、トラックが右へ針路変更する。
  ポルコ 「おーっとこっちの道じゃねぇっ」
  ポルコは再びハンドルを切り、来た道へ逆走した。目の前にトラックを追ってきた黒い車が迫る。トラックはスピードを緩めずそのまま直進する。黒い車はトラックを避け切れず道路脇のビルの側面へぶちおあたり、大きな音を立てて停止した。ポルコは知らんふりで走り去っていく。
  フィオ 「何もしてないって訳じゃなさそーね」
230 ポルコ 「さぁ〜っ、忙しくなるぜっ」
  トラックは工場への道を急いだ。

その夜、真っ暗なピッコロ飛行機工場では、改造されたサボイアS21飛行艇の飛行準備が進められている。工場の前を流れる水路の対岸に黒い影が2つ動いている。工場の窓から観察したばんさんがわくわくしながら報告してきた。

  ピッコロ親父 「いつでも飛べるよぉ」

「婆ちゃん、あんまりウロウロするなよー」

  飛行準備も整ったとき、飛行服に身を包んだフィオが一族の女たちに囲まれて別れの挨拶をいっていた。挨拶が終わると、サボイアへ荷物を放り込んだ。それを見てポルコは慌てた。
  ポルコ 「フィオッ、何の真似だっ!?」
  フィオ 「私も行くの。乗るところ作るから5分待って」
  ポルコ 「冗談じゃねぇっ!! お前何を言ってるのかわかってるのか?」
  フィオ 「シーッ、大きな声を出しちゃだめよ」
  ポルコ 「フィオ、あのなーっ」

「お前はカタギの娘なんだぞ。・・・しかも、嫁入り前の身だ」

「それを・・・」

  フィオ 「そっち持っててくれる?」
240 ポルコ 「えっ?」
  フィオ 「ありがとう。大急ぎで作ったの、ホラッ」
  フィオはサボイアに取り付ける小さな風防グラスのついた木の蓋を見せた。
  フィオ 「ぴったり。そっちを押さえててくれる?」
  ポルコ 「っつ、はーっ。お嬢さんよぉ、俺は凶状持ちの賞金稼ぎだぞ。遊覧飛行に行くんじゃねぇんだっ!!」
  フィオ 「御免なさい。でも、初めての仕事だからキチンとやりたいの」

「一度飛んでから手直ししなきゃ・・・」

  ポルコ 「だがな、裏のドブ川から飛ぶんだぞォ? 無事に飛び立てるかどうかもわからねぇんだ」
  フィオ 「だからなおのことよ。それに、カーチスとやり合うなら、ちゃんとした整備士がいるでしょう?」
  ポルコ 「あのなぁ、俺は男だ。二人っきりで無人島で野宿するんだぞっ」
  フィオ 「平気よ。私、野宿好きだもの」
250 ポルコ 「そーいうことじゃねぇ。うーん」
  ピッコロ親父 「連れてけよ。カーチスに勝ってもらわねぇと払いが残ってるからなァ」

「未払いになると我が社は破産だからよぉ」

  ポルコ 「てめぇ、それでも祖父か?」
  ピッコロ親父 「給料はマケとくよ。それにホレ、伝声管も付けるぞォ」
  ポルコ 「よっぽど孫をお尋ね者にしたいんだな」
  フィオ 「ううん・・・私はポルコの人質になるの。それで工場のみんなは仕方なく協力したことにすれば、当局に言い訳が立つでしょう?」

「だからお願い、連れてって。役に立つから

  ポルコ 「右側の機関銃を外しな」
  フィオ 「えっ?」
  ポルコ 「いくら小さな尻でも機関銃の間は狭すぎらァ、一挺降ろすんだ」
  フィオ 「よかったぁ〜。私のお尻見かけより大きいの。一分で外すね」
260 ポルコ 「すぐ出発だ。マゴマゴしてると婆ちゃんまでついてきそうだからな」
  ピッコロ親父 「そぉ〜か、その手もあったなァ・・・うふっぐふっふふっふふふふっ」
  エンジンに点火する。プロペラが徐々に回りはじめる。工場の水路に面した裏の扉が女たちによって開けられた。監視していた男たちの動きが慌しくなる。

新しく生まれ変わったサボイアS21はその赤い機影を露にした。向かい側の男たちが拳銃を発射。サボイアの機銃が火を吹いた。対岸の塀にビシビシと弾痕が広がっていく。

サボイアはゆっくりと水路へ降りていく。着水と同時に大きく水面が揺れ、波が立った。

サボイアはエンジンの音も高らかに水路を疾走していく。目の前に水路に掛かった橋が見えてきた。橋の上から男たちが拳銃を撃ってくる。しかし、それにまったく動じることもなくサボイアは真っ白な波を蹴立てて橋の下をくぐりぬけていく。橋下から膨れ上がった波は橋を一瞬飲み込み静まっていく。

  フィオ 「舵はどぉ? ポルコォ〜ッ」
  ポルコ 「お前そっくりのじゃじゃ馬だァ。一段と過激になりやがったァ!!」
  フィオ 「一度止めて、セッティングを変えるわっ」
  ポルコ 「そんなヒマはねぇ。何とか持ち上げてみせらァ!!」
  サボイアは更にスピードを上げて水面を滑走していく。サボイアの滑走に伴って白い水煙が水路高く吹き上がっていく。
  ポルコ 「水がへばりつきやがるぜ」
  フィオ 「前から船ェッ!!」
270 サボイアはぐんぐんスピードを上げて滑走していく。前方から船がどんどん迫ってくる。
  ポルコ 「んぅっ!? 飛ぉ〜ぶぞォ〜」
     

続 劇

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