花の慶次 −雲のかなたにー

第2巻・第3巻より 棒涸し蛍の巻

001 かぶき者、かぶくとは異風の姿形を好み異様な振る舞いや突飛な行動を愛することをさす。

現代の物に例えれば権力者にとってめざわりな「ツッパリ」ともいえるが真の傾奇者(かぶきもの)とは己の掟のためにまさに命を賭した。

そして世は戦国時代。ここに天下一の傾奇者(かぶきもの)がいた!!

その男の名は・・・前田慶次。(まえだけいじ)

  タイトル(N) 花の慶次 ー雲のかなたにー 棒涸し蛍(ぼうからしほたる)の巻
  末森(すえもり)の合戦も終わり、金沢城下も、その静けさを取り戻していた。

しかし、その静けさこそ利家(としいえ)が待ち望んだものであった。

合戦の記憶が鮮明なうちに慶次(けいじ)になにかあれば、当然、利家は疑われる。
ゆえに、利家は待った。そして、その忍耐の分、憎しみはふくれあがっっていたのだ。

利家の妻、「まつ」は、唐突に城を抜け出しまちをふらつくことなど日常茶飯事(にちじょうさはんじ)と言えた。この気さくな奥方は、前田家がいくら大藩になろうとも少しも変わらない。

  四井主馬(よつい しゅめ) 「と、殿!!・・・見つかりますぞ!!」
  前田利家(まえだ としいえ) 「うぐ・・」
  主馬 「よいですか、忍びの心得として顔だけでのぞくのは回りに不信感を与え・・・」
  利家 「ええい!そんなことはどうでもよいのじゃ!!」

「まつの奴がどこへ行くのか気がきでないわ!!」

  主馬 「すいません」
  利家 「まったくあの女、何を考えておるのか。もし、慶次の所へ行ったら・・わしゃあ!・・わしゃあ!!」

「どうにかならんか主馬(しゅめ)!!」

010 主馬 「へ〜〜・・そうですな・・」 (顔が馬に蹴られてゆがみ笑っているように見える)
  利家 「きさま、笑っておる場合か〜〜〜!!」
  主馬 「あいとぅあ!!」 (あ痛ぁ)
  利家 「わしをバカにしておるのか!!」
  主馬 「違います・・違いますよ殿〜〜〜。こういう顔なんです。お忘れですか」
  利家 (息が上がっている) ぜえ・・ぜえ・・・・・あ、そうか・・そうだったな・・・」
  主馬 「うう・・・これもみんな、あの慶次(けいじ)の奴が・・・・慶次のせいじゃ〜〜」
  利家 「うぬぬ〜〜なんとか慶次(けいじ)の奴を始末する方法はないのか」

「考えろ主馬(しゅめ)!!」

  主馬 「い・・いい・・・いいい・・」 (無気味に笑っている)
  利家 「ん!?」
020 主馬 「女との色事(いろごと)の果て女に殺される・・・というのはいかがで?」
  利家 「う〜〜〜ん、それならば家臣どもも疑わぬかもしれんな」
  主馬 「い・・いいい・・いっいっいっ・・」 (無気味な笑い)
  金沢城下郊外のある武家屋敷。

慶次(けいじ)が早い刻限から眠れるのは合戦の時だけだった。平時には、身内に滾り(たぎり)立つものを抑え兼ねて、いつまでも起きていることになる。

そして今夜は・・・・・。

  前田慶次(まえだ けいじ) 「お〜〜〜・・」

「やはり思ったとおりだ!なんとも雪のような肌ではないか・・・」

「さてと」

  おもむろに慶次(けいじ)は着ていた着物を脱ぎ始める。その気配を感じて女が目を開け、はっとしたように身を縮めた。
  慶次 「シッ・・・おれだよ」

「先日、遠乗りの途次(とじ)おまえの茶を馳走になった」

「おまえに一目惚れじゃ」

「抱くぞ」

  この時、相手が気に入らなければ女は拒否することができる。男も深追いをしないのが、夜這いの作法なのだ。

しかし、こういう時の慶次(けいじ)の無邪気な笑顔はなんともよかった。たいていの女はこの笑顔にとろけてしまうのである。

この当時、夜這いはごく普通の求愛行為であった。女も男も気に入れば受け入れた。そうやって本当に自分にあった男を見つける自由があった。

  主馬 「あのとおりだ・・・・」

「いくさ場では悪鬼とも恐れられる男だが要はただの野獣!!いくさ以外には使い道のないバカよ!!」

「どうだ?あやつを殺れるか?」

  くノ一蛍(ほたる) 「フッ・・ご安心を」

「たとえ悪鬼羅刹(あっきらせつ)といえど、この棒涸しのくノ一蛍(ぼうからしのくのいちほたる)!!わたしに落とせぬ者などありましょうか!!」

030 主馬 「ん〜〜しかし、なんとも妖艶な・・しかもおまえの指技(ゆびわざ)で果てぬ男はおらぬという」

「わ・・わしにも一度その指技の味見をさせてみい、させてみい・・」

  蛍のひざが主馬(しゅめ)の股間を蹴り上げた。主馬(しゅめ)は股間を押さえて飛び回る
  主馬 「ほっ!・・ほっ!・・ほっ!!・」
  「わたしの秘技は死にゆく者のみ味わうものでございます」
  蛍は軽々と跳躍して消えていった。その後には蛍の甘い誘惑の香だけが残っていた。
  主馬 「・・・・使いものにならなくなったらどうしてくれる・・・・」 (ひとりぽつんとつぶやく)
  京で話題のややこ踊りの小屋。小屋荒しが、中で暴れている。
  小屋荒し 「うえええへへへえ・・」
  「舞台は神前の祭壇にも等しきところ。無礼な振る舞い、末代まで祟りましょうぞ!!」
  小屋荒し 「でへへ・・おみゃあになら祟られてえなあ〜〜〜」

「お〜〜〜酌しろよ〜〜!!酌よう〜〜〜!!」

040 慶次 「あ〜〜汚ねえケツだ!!シラミでも寄りつかねえぜ!!」
  小屋荒し 「あ〜〜なんだ〜〜〜?」
  慶次 「臭いものには・・・」
  慶次(けいじ)は火のついたタバコの入っているキセルを男の尻に突っ込んだ。男は熱さと痛さで飛び上がった。怒りの小屋荒しは慶次(けいじ)に切りかかっていくが、あっという間に叩きのめされ放り出された。
  慶次 「あ〜〜スッキリした!」

「さあ、続けてくれ」

  この当時、京を中心に絢爛(けんらん)たる傾(かぶ)いた衣装の踊りが人々を楽しませた。この”ややこ踊り”はやがて出雲の阿国(いずものおくに)の手によって”かぶき踊り”へと発展していくのである。

舞台では蛍(ほたる)の妖艶な踊りが繰り広げられている。大きく開いた胸元から、たわわな胸がのぞく。熱気でピンクに色づく肌が悩ましい。しどけなくはだけた着物の裾から白く艶やかに張った太ももがあらわになる。シミ一つ、傷一つない美しい身体である。

  慶次 「ほ〜〜いいねえ・・」
  「ふん!だらしない顔。男なんてみな同じ。おまえはもう、私の術に落ちた!!」
  蛍(ほたる)はパッと帽子を慶次(けいじ)に放り投げる。
  慶次 「お〜〜これは!!」

「南蛮のものだな!あでやかだ」

050 「それはソンブレイロというものです」
  慶次 「ソンブレイロ〜〜〜?」
  「今晩まで預けておきます」
  慶次 「はっはっ」
  夜、神社の境内に昼間の小屋荒しと蛍がいる。
  小屋荒らし 「お〜〜!なんだあよ!!こらあよ!!礼はたったこれっぽっちかよ〜〜!!」
  「ふっ・・・・それじゃ不服だってのかい?」
  小屋荒しは、蛍(ほたる)の濡れたように絡み付く甘い声と身体から発する匂いに心を奪われ目を見開き、息を荒げている。
  小屋荒し 「あ・・あたりめえだあよ。不服も不服さ。みろ、この傷!!」

「少し舞台で暴れりゃ良いってんで引き受けたら、ひでえめにあったぜ!!」

「ケツの穴にキセル突っ込まれて・・みろぉ〜〜、クソするたびに痛むんでぇ」

  「ふ・・・それで、私にどうしろと?」
060 小屋荒し 「へへへ、決まってんだろ。おめえの、その身体でよ〜〜〜」

「ちょっと、いい思いをさせてくれりゃいいのよ」

  くさい息をはきかけながら、男は蛍(ほたる)の身体をいやらしく撫で回している。
  「いい思いね・・・」

「いらっしゃい・・わかるよ、男はみんなあたしを見たらたまらなくなるのさ」

「いい思いさせてあげるよ」

  小屋荒し 「お・・おめえ、うめえな!!」

「お・・・おおっう〜〜〜っ!」

  「そうさ、私の名は、棒涸しの蛍(ぼうからしのほたる)」
  小屋荒し 「ぼ・・棒涸し(ぼうからし)・・」
  「私にかかると男はみんな、涸れ果てるのさ・・・・」
  蛍(ほたる)は胸につけた飾りから細い鋼の糸を引き出すと、まさに絶頂を迎えようとしている男の首に巻きつけた。
  「てめえらみたいなキタねえカスに、やらせる体はねえんだよ!!」
  蛍(ほたる)が言い放ち、首に巻いた糸を引くと、男の首が血しぶきとともに胴体から切り離された。
070 「女だと思ってなめたのが運の付きさ」
  金沢城下の遊郭(ゆうかく)、今日も慶次は自分の屋敷に帰らず、遊郭に居続けていた。
  主馬 「ふ・・どうやらやつは寝ておるようじゃ」

「蛍(ほたる)ぬかるでないぞ。やつの感働きは獣なみじゃからな」

  「主馬(しゅめ)様、心配は無用」

「獣ほど女の匂いには弱いものでございます」

  蛍(ほたる)は遊郭に入っていった。主馬はその場にいる忍びたちに蛍(ほたる)の生い立ちを話し始めた。
  主馬 「蛍(ほたる)よ・・まこと業深き女よ・・」

「あの女の肩にに焼きつけられた雲一ツ富士の烙印の意味を知るまい。あれは長篠(ながしの)の合戦であった。武田家には氷室信成(ひむろのぶなり)という武田信玄(たけだしんげん)より、特に、雲一ツ富士の家紋を許された剛勇の若武者がいた。」

「武田家の旗印”風林火山”の一字、山を許された男だ。しかし、その男も、慶次(けいじ)との壮絶な一騎討ちの果てに討ち死にした。そしてその許婚者(いいなずけ)が蛍だった」

「蛍(ほたる)はこの時14歳・・・。思えば、あれは武田家にしても、まさかの大敗北!一瞬にして家も恋焦がれた許婚者も亡くした14歳の娘には慶次(けいじ)を憎むしかその地獄から逃れる術はなかったのであろう」

「蛍(ほたる)は、燃える鎧に己の身を押し当て、その”雲一ツ富士”を焼き付けたのだ。蛍(ほたる)の一族も、この戦でことごとく討ち死に。その時より蛍(ほたる)はくノ一にと身を落し、復讐の爪をといだのだ」

「我々は、慶次(けいじ)があの女と交わっておるスキをつき、あの女もろとも慶次(けいじ)を床下より刺し殺す」

「いっいっい」 (怪しく笑う)

「あやつと慶次(けいじ)が一つになって死んでおれば誰が見ても情死!女の素性を探ったとて行きつく所はただの仇討ち。われらに嫌疑は及ぶまい」

  ふすまがすっと音もなく開き、蛍(ほたる)があでやかな着物姿で現れた。
  「先刻、助けていただいていただいた蛍(ほたる)でございます。お礼に参上いたしました」
  慶次 「お〜〜見まちごうたぞ!!」
  蛍(ほたる)はすっと立ち上がり、慶次(けいじ)の前でするすると着物を脱ぎ始めた。蛍(ほたる)はその身体を慶次に預け、耳元で小さくささやいた。
080 「抱いてくださいませ・・」
  慶次(けいじ)は優しく、蛍(ほたる)の身体に手を這わせる。蛍(ほたる)の口から愉悦(ゆえつ)の声がこぼれる。その声を床下で聞きながら、主馬(しゅめ)は時期がくるのをじっと待っている。
  主馬 「よおし、その調子だ!!・・今度こそ・・今度こそ・・」
  突然、慶次(けいじ)が蛍(ほたる)から離れ、火鉢の前にどっかりとあぐらを組み座り込んでしまった。
  慶次 「う〜〜ん・・」

「やっぱ・・だめだ!!」

  「え・・・ど・・どうして!?」
  慶次 「いやね・・・・」

「・・・・・実はね・・・・俺のはでかいんだ・・・・」 (小さな声で)

  「え?」
  慶次 「おれのは並外れてでかいの!!」 (大きな声で)
  ど・・・どのくらい・・・」
090 慶次(けいじ)が蛍(ほたる)の目の前にぬっと左腕を出して見せる。太い丸太のような腕だ。蛍(ほたる)は目を見開いて絶句した。
  「そ・・そんなに・・・・」
  慶次 「そう・・・だからだめでしょ」

「裂けちゃったら元も子もないもんなぁ・・」

  「え・・ええ・・まぁ・・・・」
  慶次 「こんなことでいい女は死なせたくないでしょ」
  慶次(けいじ)は手につかんでいた火箸(ひばし)を力任せに畳に突き刺した。床下に潜んでいた忍びの脳天にズブッと突き刺さる。
  慶次 「ん!?・・なんかいたかな」
  主馬(しゅめ)たち、忍びが床下から刀を振り上げ飛び出してきた。慶次(けいじ)は火箸を投げる。狙いは狂わず、ブスッ!ブスッ!と忍びを貫いていく。驚く主馬(しゅめ)。慶次(けいじ)は火鉢をつかむと主馬(しゅめ)の顔面を殴りつける。主馬(しゅめ)は歯のない口を血で真っ赤に染めながら、畳を転がる。その様子を唖然(あぜん)と蛍(ほたる)が見つめている。
  主馬 「はももももがもなあ〜〜」

「殺へ!さあ殺へ!!」

  慶次 「ほ〜〜このネズミ口がきけるのか・・・・なおさら殺すにはおしいな」
100 主馬 「ふなにゃにい〜〜!!」 (な、なにい・・)
  慶次 「ネズ公にはネズ公の仕置きをしてやる!!」
  再び火鉢で頭を殴られ主馬(しゅめ)は気絶した。
  「な・・・なぜ・・あんな嘘を・・・」
  慶次 「おまえ・・生娘(きむすめ)だろ・・・抱けないさ!」
  翌朝、橋の欄干から真っ裸で逆さ吊りにされている主馬の姿があった。その体には墨で落書きがされている。『この者、人のふぐりをかじるネズミにて成敗いたす。前田慶次(まえだけいじ)』

主馬(しゅめ)は屈辱に身を震わせながら叫んでいた。

  主馬 「ころひてやる・・・殺ひてやる〜〜〜!!」 (ころしてやる)
  前田利家の館、利家(としいえ)が主馬(しゅめ)を殴り倒している。怒り心頭に達しているようである。
それもそのはず、前田利家直属の加賀忍軍(かがにんぐん)の棟梁(とうりょう)、四井主馬(よついしゅめ)が、公衆の面前に裸のままさらされたのだ。これでは利家(としいえ)の面目は丸つぶれである。
  利家 「この大馬鹿もんが〜〜っ!!」

「わしに大恥をかかせおってよう顔を見せられたものよ!!」

  主馬 「申し・・・わ・・け・・・・ありば・・・・・・」
110 ”ややこ踊り”の小屋の前で慶次が客引きをやっている。武士である気取りもなく、自然に道行く人たちに話しかけていく。
  慶次 「さあさあ見てってちょうだいよ〜!!京ではやりの”ややこ踊り”だよ」

「さあ、最高だぜ、見て行けって、このスケベおやじ!!」

  「あいつ・・・一体どういうつもりなんだい」
  風魔の飛加藤(じい様) 「蛍・・あの旦那変わってるよ。お侍なのにもうすっかりみんなに溶け込んじまって!!」

「このまま、ここにいてくれりゃいいねえ」

  「冗談じゃないよ!あたしはいやですよ」
  風魔の飛加藤(じい様) 「ほお〜〜〜、蛍・・・やけにとんがるねえ。おまえ・・まさか・・・」
  「なっ!?」

「だ・・誰があんな男・・・・」

  口紅がヌッっと唇から大きくはみ出す。蛍(ほたる)の動揺は・・誰の目にもはっきりわかった。

夕刻・・誰もいない舞台で慶次(けいじ)は一人酒を飲んでいる。

  慶次 「は〜〜〜、うめえ!この舞台で飲む酒もなかなかおつなもんだ」
  慶次(けいじ)の目の前にゆらっと一本の槍が空(くう)を滑ってくる。
120 慶次 「ん!?・・・あれ・・酔ったかな?」
  「ふ・・・夢でも幻でもないよ」
  宙に浮かんだ槍の上に、その重さを感じさせないように蛍(ほたる)が乗っている。
  慶次 「お・・お。なかなか見事な芸だね。まっ、一杯どうだ?」

「ん!?」

  盃を差し出した慶次(けいじ)の手が空中の何もないところにふれた。慶次(けいじ)の指から血が流れた。
  「動かないほうがいいよ。あんたが酒くらってる間にちょっと仕掛けたのさ」
  慶次 「ほ〜、さすがだな」
  「ふっ・・・やっぱりあんた私がくノ一だって見抜いてたんだね」

「でも、もう遅いよ。あんたには死んでもらう」

  慶次 「わからぬ・・・俺はおまえに狙われる覚えはない」
  「そっちになくても、こっちにはあるんだよ!見るかい!!」

「これを見て何か思い出さないかい!!」

130 蛍(ほたる)は着物の右肩をはだけ、くっきりとその肌に刻印された”雲一ツ富士”の紋章を慶次(けいじ)に見せた。
  慶次 「雲一ツ富士の紋章!俺が長篠(ながしの)の合戦で討ち取った氷室信成(ひむろのぶなり)のものだ」
  「そうさ、よく覚えてるじゃないか」

「その氷室信成(ひむろのぶなり)は、わたしの許婚者(いいなずけ)!!」

「あんたは私からすべてを奪った男なのさ!!」

「私は今まで、あんたを殺すことだけを考えて生きてきた!今こそこの恨みを晴らすのさ!!」

  慶次 「そうだったのか・・・だが、少し遅かったな」
  「なに!?」
  小屋の外から火矢が無数に打ち込まれてくる。小屋はあっという間に火に包まれた。小屋の外では四井主馬(よついしゅめ)とその配下たちが矢をつがえ、小屋の中へ火矢を放っていた。
  主馬 「ひやはははは!いいぞ!!放て!放て!!」

「床下には爆薬を仕掛けた!!」

「炎が爆薬に移ったときこそ最期!!小屋もろとも木っ端微塵よ!!」

「それとも炎にあぶり出されてノコノコ出てくるか慶次!!」

  舞台の周りに縦横無尽に蛍(ほたる)によって張りめぐられた、見えない糸にも炎が燃え移った。炎が空中を這うように延びて行く。
  「ふふ・・・はははは・・あーっははは!!」
  慶次 「どうするんだ?」
140 「あーーっはは、いいながめだよ。あたしは一度死んだ人間なんだ。このまま焼かれたってかまわない」

「いいかい、信成様(のぶなりさま)は炎に焼かれて死んだんだ!!あんたも炎に包まれてもがき苦しみながら死ぬがいいわ!!あーっははは!!」

「とどめは私がさしてあげるよ!!」

  蛍(ほたる)の手には鋭い忍刀(しのびがたな)が握られている。蛍(ほたる)は空中から慶次(けいじ)めがけて一直線に飛び込んでくる。慶次(けいじ)はそれをよけることなく、身体で受け止めた。蛍の(ほたる)突き出した忍刀(しのびがたな)は慶次(けいじ)の右肩に深々と突き立った。
  慶次 「おまえの肩の烙印の痛み、わかるとは言わぬ。だが、これも戦場のならいであった。許せ!!」
  慶次(けいじ)は蛍(ほたる)の身体を抱きすくめると、槍を使い驚異的な跳躍を見せた。間髪を入れず、床下に仕掛けられた爆薬に火がつき、小屋は大音響とともに消し飛んだ。
  主馬 「あーーーははは!死んだあ!慶次(けいじ)は死んだーーー!」
  慶次(けいじ)は死んではいなかった。その場から少し離れた巨木の枝に蛍(ほたる)とともにいた
  慶次 「あいてて・・・」
  「な・・なぜ助けたの?」
  慶次 「俺が死んだら、首はおまえにやろうと思ってね。でも、お前が死んでは俺の首がとれんじゃないか!」
  「なっ・・!?」
150 いきなり慶次(けいじ)は蛍(ほたる)の着物を剥ぎ取った。蛍(ほたる)の白い肌が赤い炎に照り映えて艶(なまめ)かしく輝いている。
  「な・・なにを!?」
  慶次 「俺はおぬしに惚れた!」

「おぬし程のいい女、生娘のまま朽ち果てさせるなど、あまりにむごい!!」

  くノ一蛍は、今、一人の女となった。

小屋の片づけを座員たちが行っている。その様子を異様な風体の男が見ていた。黒ずくめの男は袖の下にぶら下がるコウモリを取り出すと、それを食った。そして何事もなかったようにその場を去っていった。

  風魔の飛加藤(じい様) 「あ・・あれは・・・まさしく伝説の甲斐の忍び・・・甲斐の蝙蝠(こうもり)」
  慶次(けいじ)の屋敷では蛍(ほたる)がおぼつかない手つきで朝餉(あさげ)の準備をしている。
  「慶次様、お食事の支度が整いました。」

「今日は早くから釣りに行くとおっしゃっていたじゃありませんか」

  むくっと起き上がった慶次(けいじ)は、蛍(ほたる)の指に巻かれている白布に目をとめた。血がにじんでいる。慶次(けいじ)はだまってその指をなめた。
  「優しいんですね・・」

「私・・慶次様(けいじさま)はもっと陰険な人かと思っておりました」

「だって、利家様(としいえさま)に前田家の家督を奪われ、すね者になったと聞いておりました」

  慶次 「国を治めるなどという面倒なことは、叔父御(おじご)が適任。うらむ理由なんてないさ」

「ただ・・な、叔父御にはそれがわかってもらえん」

160 慶次(けいじ)は限りなく優しかった。傾奇者(かぶきもの)とも魔物とも恐れられる男の印象は、実は己の本心を貫こうとする男の苦悩であったのだ。そんな慶次(けいじ)との日々は蛍(ほたる)の心の空白を確実に埋めていった。

とある飾り物屋の店先で、蛍(ほたる)は髪飾りを勧められた。男に勧められるままに手に取り、鏡に見入る。男の目が怪しく光った。鏡にうつされたその姿を見て、蛍は動くことができなかった。

静かに釣り糸を垂れている慶次、その隣には芝居小屋のじい様が一緒に座っている。

  風魔の飛加藤(じい様) 「蛍(ほたる)はどうしておりますか?」
  慶次 「元気だよ」

「そうだ、じい様もうちへ来ないか?」

  風魔の飛加藤(じい様) 「わしらは漂白の民ですじゃ。住む家は持たん。土地から土地へ流れていくだけです」
  慶次 「旅か〜〜俺も行きてえな〜〜」
  風魔の飛加藤(じい様) 「何をおっしゃいます。前田家のご一族様が」

「それよりも慶次様。一つ忠告、申し上げておきます」

「一人の刺客が金沢に入りましたゆえ注意なされよ」

  慶次 「刺客!?」
  風魔の飛加藤(じい様) 「その男・・甲斐の蝙蝠(かいのこうもり)と呼ばれておった忍びの達人でございます。」

「かつて信長公(のぶながこう)の命を狙い、あの安土城(あづちじょう)の寝間に単身、忍び入った程の術者でござった」

「ところがあやつは変わり者でしてな。信長公(のぶながこう)の寝顔を一刻あまりも、あくことなく眺めておったそうです」

「気がつかれた信長公(のぶながこう)に対して死相が出ている、直に天が殺すと言い放ち、逆上された信長公(のぶながこう)の凄絶な斬撃(せいぜつなざんげき)を微動だ似せず、己が顔面に、わざと受け・・いい置き土産いただきました・・と、申したそうです」

「蝙蝠(こうもり)の予言は本能寺の変での信長公の自刃で・・みごと的中・・・」

「そんな男が金沢に来たのです・・ご用心下さい」

  その夜、慶次(けいじ)は蛍(ほたる)の作った晩げを食べている。それをじっと見つめる蛍(ほたる)。甲斐の蝙蝠(かいのこうもり)は針により強力な催眠を蛍(ほたる)に施していた。
  慶次 「どうした?食わんのか?せっかく釣って来たんだぞ」
170 「申し訳ございません・・それよりお酒をつけましょう」
  しばらくして蛍(ほたる)が酒を持って入ってきた。
  慶次 「おまえも飲(や)らんか?」
  「は・・・はい」
  慶次が盃に酒を注(つ)ぐ。

蛍(ほたる)はその盃を見つめ震えている。

  慶次 「どうした?」
  「忍びは酒を飲むふりをして飲む訓練をするものでございます。その私がこうやって盃が交わせるかと思うと・・・」
  慶次 「それじゃ、俺についでくれ」
  「は・・はい・・」
  盃に酒がなみなみと注がれる。慶次(けいじ)はにこっと笑うと、ためらう様子もなく、ぐ〜っとその酒を飲み干した。
それを見つめる蛍(ほたる)の両眼から涙が溢れ出る。
180 慶次 「なぜだ・・・?」
  「ご・・めん・・なさい・・・」
  蛍(ほたる)の身体はぐらっと傾き、倒れ掛かる。蛍(ほたる)の身体は慶次(けいじ)の腕の中に抱きとめられた。

蛍の顔から血の気が引いて行く。きつく締められた着物の帯を通して血が滲んできている。

  慶次 「や・・・やはり、かげ腹を・・!!」
  突然背後に人影が現れる。
  風魔の飛加藤(じい様) 「あなたを殺さぬためですよ慶次様(けいじさま)」

「蝙蝠(こうもり)は蛍(ほたる)の忍びの師匠。そして蛍(ほたる)はやつの術に落ちたのです」

「やつの催眠の術を破る方法は一つ・・。血を抜き、その催眠効果を下げるのみ・・命とひきかえに・・・」

  慶次 「蛍(ほたる)!」
  「け・・・慶次様(けいじさま)・・・なぜ・・私が注(つ)いだお酒を・・」
  慶次 「俺の首はおまえにやるって言ったろ。おまえが注いでくれた酒なら、たとえ毒が入っていても飲んださ」
  「うれしい・・」
190 風魔の飛加藤(じい様) 「よかったな・・・蛍(ほたる)」

「忍びの道は死なねば抜けられぬ。そのおまえが惚れた男に抱かれて死ねるのじゃ・・」

  蛍(ほたる)はにこっと微笑むと、かくっと頭を垂らし息を引きとった。
  慶次 「蛍(ほたる)!!」
  慶次(けいじ)は腹の底から号泣した。

じっと厳しい表情で見つめる風魔の飛加藤。

  風魔の飛加藤(じい様) 「慶次様(けいじさま)・・」

「これで蝙蝠の狙いは明白!ここはひとまずこの屋敷を捨てられよ!!」

「異形なる者どもがこの屋敷を取り巻くように集結しつつあります」

「あの者ども、異形といえど加賀忍軍。総がかりの陣は一目瞭然でございます」

  慶次 「斬る!!すべて斬る!!」
196 慶次のすさまじい気が充満して行く。それは何者をも恐れない鬼神の気迫であった。
     

後半、甲斐の蝙蝠と慶次の戦いが始まりますが・・
蛍が死んだので・・ひとまず劇終とします。

中途半端ですが(^^;ご容赦。

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