北斗の拳


北斗の拳OP

001 2千年の歴史を刻み受け継がれてきた恐るべき暗殺拳があった。その名を北斗神拳!天空に連なる7つの星のもと、一子相伝の北斗神拳をめぐって悲劇は繰り返される。
  OP 01:33 愛をとりもどせ!!(02)
  カサンドラを後にしたケンシロウとレイは、トキの介護をマミヤを託し、食料や車を探すために別行動を取っていた。

ケンとレイは小さな村へとたどり着いた。だがそこは、拳王侵攻隊の攻撃を受け、惨たらしい死体が累々と散乱する廃村だった。その村で、唯一の生存者だった老人は、苦しい息の下で侵攻隊が此処から西の方角へ向かったと言い息を引き取った。その方角はリンやアイリ達のいる村の事を指していた。衝撃がケンシロウとレイに走った。妹・アイリの身を案じるレイは、そこでケンと別れ、一人村へと向かって走り出した。

満天に広がる星の海をトキが見つめている。その横にはマミヤが座わり、赤く光る焚き火の炎を見つめている。

  トキ 「コホ・・コホ・・」
  マミヤ 「だ・・大丈夫ですか!?これを・・」
  苦しそうに咳をするトキに、マミヤが水筒の水を勧めた。
  トキ 「大丈夫だ。ありがとう。ケンシロウとレイは・・・」
  マミヤ 「食料と・・・それとあなたの足になる車を探しに・・・」
  トキ 「そうか・・・・フッ・・それにしてもあなたはユリアによく似ている。ラオウもあなたと会ったらさぞやビックリするだろう」
010 マミヤ 「わたしにそんなに似ているというユリアさん・・・どんな人?ユリアさんて人は」
  トキ 「フッ・・おれがこの世でただひとり愛した女性だ」
  マミヤ 「えっ!!ユリアさんはケンが!!」
  トキ 「いや、おれだけではない!!あのラオウも・・・」
  マミヤ 「え!?ラ・・ラオウも!!」
  トキ 「ユリアはおれたちの青春だった。そして・・あの時からすでにケンシロウとラオウは闘う運命にあったのかもしれん・・」
  マミヤ 「あ・・火が・・夜は冷えるわ・・。ちょっと燃やせるものを拾ってきます」
  焚き火の火が小さく煙る。マミヤは薪を拾いにその場を離れた。トキは小さく息を吐き、吸い込まれてしまいそうな夜空に目を向けた。北斗七星が天上に瞬いている。
  トキ 「補星(ほせい)・・・北斗七星の横に寄り添うように光る星・・またの名を死兆星。あの星が見える者にはその年の内に死が訪れるというが・・・・」

「あの星をこうしてみつめる時がこようとは・・・・・」

  マミヤが木切れを拾って戻ってきた。じっと空を見上げるトキの様子を見て訝しげに尋ねた。
020 マミヤ 「どうしたんですかトキさん。何か考え事でも?」
  トキ 「フ・・・いや、あなたと話していたらユリアのことを思い出してしまった・・・」
  マミヤ 「ユリアさんの・・・・」
  トキ 「フッ・・近頃なぜか昔の事ばかり思い出してしまう・・・」
  トキはユリアとの思い出をマミヤに話し始めた。

その場所はとある街の一角だった。そこにユリアが座っている。その周りをたくさんの子供達が取り囲んでいる。ユリアは子供達に折り紙を見せていた。そこへ巨躯のラオウが現れた。他を圧倒的に威圧する強圧的な風体である。

  ラオウ 「惜しい・・・ケンシロウにくれてやるのはあまりにも惜しい!!」
  ラオウの太い右腕がユリアの細い体をさらい、抱きすくめる。万力のような力で締め上げられてユリアは絶句した。
  ラオウ 「ケンシロウを捨てろ!!そして今日からこのおれを愛するのだ!!」
  ユリアはラオウの言葉をぴしゃりと遮った。ラオウの顔色が変わった。ユリアを抱きすくめる腕の力を更に強める。ユリアは体をそらせて、その力に耐えた。その時、ラオウの後方から声がした。振り向くラオウの目にトキの姿が映った。
ラオウ 「ト・・・トキ・・・フ・・さすがだな。このおれの背後を取るとは・・・」
030 トキ 「女に目がくらんだ男の背後を取るなどたやすいこと。もしそれ以上の無謀を通すというのなら、ケンシロウの代わりにわたしが相手になろう!!」
  ラオウはギロリとトキをにらみつけた。トキの涼やかな目がそれを見つめていた。にらみ合うふたり。ラオウはユリアを抱いた腕を緩め、トキに投げてよこした。ユリアの体をトキが受け止める。
  ラオウ 「フ・・・まあいい・・今おまえとやりあう気はない!だが覚えておくがいい。いずれおれはこの手に全てを握る人間だということをな!!」
  ラオウはマントを風になびかせ、その巨躯をゆっくりと反対方向へ向けると悠然と去っていった。

トキの話は終わった。

  挿入曲 00:44 悲哀(24)
  トキ 「フフ・・・愛するがゆえに見守る愛もある・・・」
  マミヤ 「敵わないなぁ・・・ケン・・・シン・・・トキさん、そしてラオウ!!ユリアさんを知る男性は全てユリアさんに・・・フ・・・わたしじゃ到底敵わないな」
  マミヤは膝を抱いて座っている。マミヤはうつむき、その抱いた膝に顔を押し当てた。トキがマミヤを心配そうに見つめた。
  マミヤ 「でも・・・でもいいんだ、わたしはあの星で」
  マミヤが北斗七星を指差した。トキも空を見上げる。マミヤの言葉は続いている。
040 マミヤ あの、北斗七星の横でいつもひっそりと光っている・・・あの小さな星で・・」
  トキは愕然となった。
  トキ 「み・・・見えるのか・・あなたにはあの星が!!」
  マミヤ 「ええ、はっきりと・・」

「ちょっと歩いてきます。ケンが帰ってきてるかもしれないから・・・」

  トキ 「な・・・なんという事だ!!・・あ・・あの女(ひと)にも見えるのか・・あの星が!!」
  去っていくマミヤの後ろ姿を見つめながらトキがうめくように言った。

夜道を歩くマミヤ。前方に黒い人影が見えた。その影はケンシロウだった。

  マミヤ 「ケン!レイは!?」
  ケンシロウ 「アイリと子供達のいる村へ向かった」
  その時、ケンシロウの左の肩当に音を立ててヒビが入った。
  マミヤ 「こっ・・これは!?なにか不吉な事が・・・!!」
050 その頃、夜道を急ぐレイが、夜空を眺めてつぶやいていた。
  レイ 「今日は北斗七星がよく見える・・・そのわきで輝く小さな星までも・・・・」
  夜が明けた。朝日の射す中、レイが大きく伸びをし起き上がった。その視線の先に、傷だらけでよろめきながら歩くバットの姿を見つけた。

駆け寄るレイにバットがにじり寄る。そして、レイに震える小さな声で拳王侵攻隊が村を襲ったと告げると気を失ってしまった。レイは愕然とし、砂漠の先に霞む村の方角をにらんだ。

村は拳王侵攻隊によって完全に占拠されていた。侵攻隊は村人達に忠誠の証として体に焼印を入れることを強要していた。ひとり、またひとり、村人達が犠牲になっていく。その度に、村中に悲鳴が響き渡っていた。

村の一角の一軒の家。そこにレイの妹、アイリとリンが隠れていた。アイリは恐怖で体が震えている。

  アイリ 「だ・・だめ・・もう・・・だめ・・・すぐにみつかるわ!!またあの捕らわれの生活へ戻るしか・・」
  リン 「アイリさん・・」
  アイリ 「わたしたちは心を失くして人形となって生きるしかない。今の世界に翻弄されて流れて生きるしかないのね・・・」
  泣きじゃくるアイリにリンが毅然と言った。
  リン 「だめ!!アイリさん、そんな事いったらだめ!!わたしたちが希望を捨てたらどうなるの!わたしたちには希望しかないのよ!!」
  アイリ 「リンちゃん・・」
  リン 「ケンがいる!あなたのお兄さんのレイだっている!ねっ!信じるのよ。いつか必ず明るい明日が来るって・・そう信じて生きてきたじゃないの。最後の最後まであきらめちゃ駄目!!」
060 アイリ 「リンちゃん・・・」
  リンの目に涙が浮かぶ。アイリはその小さな少女の力強い言葉に勇気づけられていた。
  リン 「てへ・・・ごめんなさい。偉そうな事いっちゃって・・・」
  アイリ 「ううん、ありがとうリンちゃん。わたしの方がしっかりしなくちゃいけないのにね・・リンちゃんに教えられるなんて・・・」
  その時、家の外に近づく男の足が壁の外に見えた。リンは慌ててアイリにシーツをかけ隠した。男が扉を蹴破り入ってきた。リンは果敢に男に向かっていく。リンは棒切れを振り回して立ち向かうが、そのおぼつかない手つきに男がひるむ筈は無かった。男の平手がリンの頬に炸裂する。リンは吹っ飛び気を失った。男の大きな手がリンの頭を掴み家の外へ放り出した。シーツの影からアイリが見つめている。

家の外では拳王侵攻隊が村人達に忠誠の焼印を入れさせている。リンも焼印を強制された。だが、リンは気丈に言い放った。

  リン 「誓いません!あなた達のような悪魔には絶対に誓いません」
  挿入曲 00:44 皆殺しのテーマ(25)
  リンは素足になり、そのふらつく足で自ら熱く燃えたぎる鉄板へ向かって歩き出した。生きて悪魔に服従を誓うより、死を選ぼうとしていた。
  リン 「わたしは悪魔には従わない。たとえどんなことがあっても。悪魔に屈したら人間じゃなくなる・・・そうケンは教えてくれたもん」
  村人達はリンのその気丈な行動に胸をうたれていた。男がリンに迫る。リンを熱く焼けた鉄板へ放り投げようとする。その男の顔に手が添えられる。レイが男の前に立っていた。
070 レイ 「人の皮をかぶった悪魔め!!」
  レイの手が男の顔面の上をなでるように滑る。男の顔面がすっぱりと切り取らればらばらになって崩れ去った。レイの南斗水鳥拳(なんとすいちょうけん)が炸裂した。

リンがフラリと倒れ掛かる。レイがリンを抱え起こすとリンは安心し、涙をぽろぽろと流した。

  リン 「だ・・・大丈夫、心配しないで。ア・・アイリさんは無事よ・・・あ・・あれ・・安心したら涙が・・ど・・どうしたんだろう・・・」
  レイ 「自分の事よりもおれの妹の身を案ずるとは・・・・しかし、気丈なようでもまだ子供・・・それを・・こんな目に・・・」
  レイはリンの顔に流れる血を拭き取った。レイの体に闘気が湧きあがる。
  レイ 「ゆるさねえ・・・・てめらの血はなに色だーーっ!!」
  ケンシロウ、トキ、マミヤがレイのいる町へ急いでいた。広い荒野にたくさんの蹄(ひづめ)の跡が残っていた。
  マミヤ 「なにかしら、この道の跡は・・・軍隊でも通った跡のようだわ」
  ケンシロウ 「それにしても・・・・・・」
  トキ 「この足跡を見てみろ・・・」
080 マミヤ 「こ・・・これは!!馬の蹄の跡だわ。それも象の足ほどもあるわ!!」
  トキ 「こんな馬にまたがる男はひとりしかおるまい・・ラオウ・・・うっ!!・・ゴホッ・・ゴホッ・・・」
  レイの南斗水鳥拳が拳王侵攻隊を切り刻む。血が吹き飛び細切れになった肉片があたりに散らばる。
  レイ 「今度はてめえの番だ!!」
  拳王侵攻隊の隊長は、レイの弱点を知っていた。レイの妹アイリである。隊長は部下達にアイリを探し出すよう命令した。男たちは一斉に散らばっていく。
  アイリ 「わたしならここにいるわ!!わたしは戦う!!もう逃げたりしない」
  レイ 「アイリおまえ!!」
  男がアイリに襲いかかる。アイリの持っているボウガンの矢が男の首を貫いた。
  アイリ 「わたしは昨日までのアイリじゃない!!兄さん、思う存分戦って!!」
  レイ 「あ・・あの抗(あらが)う術(すべ)を知らず、周囲の風に流され・・人形のように生きるしかできなかったアイリが!!」
090 アイリ 「わたしはリンちゃんに戦うことを教えてもらったの」
  レイ 「リンが!!・・そうか・・・もうおれに弱点はない、アイリはおれから離れた。自分の意志で生き!自分の意志で死んでいくだろう!!」
  南斗水鳥拳のレイ、そして拳王侵攻隊の隊長が対峙した。二人の周りに目に見えない闘気が渦巻き始めていた。その様子を村のはずれの崖の上からじっと見つめる巨大な影があった。

レイと隊長の戦いは続いている。そこへ巨大な真っ黒な馬にまたがった男が現れた。拳王侵攻隊の隊員達は皆、土下座し、口をそろえてその男を拳王と呼んだ。

  レイ 「拳王!この男が!!」
  リン 「こ・・・この人がケンの長兄!!」
  レイ 「おまえがラオウか・・・ちょうどいいこの場でおれが片付けてやろう」
  レイは侵攻隊隊長に背を向けラオウへ向かって歩いていく。隊長は無視された怒りで顔を真っ赤にしていた。隊長は口から紅蓮の炎を噴いた。レイの体が中空に舞った。その華麗な舞とは裏腹に、レイの放つ南斗水鳥拳の切れ味は凄まじかった。隊長の樽のような腹がスッパリと横一文字に口を開き腹に蓄えたガソリンに火がついた。隊長は口から火を吐き、穴という穴から火を吹き上げて爆死した。
  レイ 「ラオウ、次はきさまの番だ!!」
  ラオウ 「おまえがレイか・・・南斗水鳥拳、楽しませてもらった」
  レイ 「フ・・ならば、きさまにもおれの真髄を教えてやろう」
100 ラオウに相対するレイの姿を見つめるリンの体がガタガタと小刻みに震えていた。レイが・・レイが・・リンの脳裏に不吉な想いがよぎり、リンは思わず叫んだ。
  リン 「レイ!やめて〜〜〜!!その人と戦っちゃだめ〜〜〜!!」
  一瞬、レイが凍りつき、リンを振り返った。リンの泣きそうな顔がレイを見つめている。レイは優しく微笑んで言った。
  レイ 「リン・・・フッ・・心配するな。おれは戦うことでしかケンやおまえに借りを返せない男だ」

「ラオウの首はおれがとる!!」

  ラオウ 「フッ・・・ひとつだけ聞こう。北斗七星の横にある星をきさまはみた事があるか」
  レイ 「ある!!」
  ラオウ 「ほう・・・あるのか・・・フフ・・・そうか、きさまはおれと闘う運命にあったらしい・・・よかろう!!どこからでもかかってくるがいい!!」
  ラオウは馬上で大きく腕を広げレイを誘った。
  レイ 「なにィ〜〜降りぬのか〜〜!!」
  ラオウ 「フフフ・・・おまえごときの腕で、このわしを同じ地上に立たそうと思ったか!!もはや、このわたしを対等の地に立たせる男はおらぬわ!!」
110 レイ 「ならばそこで馬ごと死ぬがいい!!」
  レイは一気に大地を蹴り上げ、その体を空中へと飛翔させた。空高く舞い上がったレイの姿はまさに大空を舞う白鳥のようだった。それをじっと見つめるラオウの顔には微塵も動揺の色は無かった。それどころか哀れみをこめて言い放った。
  ラオウ 「フッ・・・悲しい運命だ、きさまが見た星は死兆星!神はわたしとの闘いを読んでいた!!」
  レイは上空から一気にラオウめがけて飛び込んでいく。ラオウとレイの拳が交錯した。

空に瞬く北斗七星の横に光る補星・・死兆星。その光がより強く蒼い光を放っている。荒野を歩くマミヤがガクッと膝をついてしまった。一緒に歩くトキが驚き声をかけた。

  トキ 「どうしたマミヤさん」
  マミヤ 「う・・・い・・今だれかがわたしの体を通り過ぎていったような・・・」

「レ・・レイに取り返してもらった弟コウの形見のペンダントの鎖が・・・」

  マミヤの首に下げられたペンダントの鎖が、プツンと切れた。マミヤは胸騒ぎを感じていた。

村へケンシロウは急ぐ。村の広場に走りこんだケンシロウの目に、ラオウのひとさし指一本を胸に深々と突き立て、上空に掲げられてぐったりと目を閉じたレイの姿が飛び込んできた。

  ケンシロウ 「レ・・レイ!!」
  ラオウ 「きたかケンシロウ!!」
  レイの口から一筋の血が流れ落ちる。
120 ラオウ 「ケンシロウ、その甘い性格でよくぞ今日まで生き延びてきた!!それだけは誉めてやろう!!だが情に流される者はいずれ必ずこういう運命をたどる!!」
  ラオウはレイの体をケンシロウへ投げ返した。レイはケンシロウの腕の中でぐったりとしている。妹アイリとリンが駆け寄ってくる。
  アイリ 「に・・兄さん!!」
  ケンシロウ 「なぜ・・・なぜおれを待たなかった・・」
  リン 「レ・・レイはケンに・・・ケンに借りを返すためと言って・・・・」
  ケンシロウ 「バ・・バカな・・そんなことのために・・・・」
  ケンシロウはレイを地面に降ろすと、立ち上がる。その足にリンがすがりつきケンシロウの名を呼んだ。
  リン 「ケ・・・ケン!!」
  ケンシロウ 「この顔が死にゆく者の顔に見えるか・・大丈夫だリン!」
  リンの顔に赤みが射し、安心したように微笑んだ。
130 ラオウ 「フ・・たしかにいい顔つきになった。だが、まだ甘さは変わっていないようだな」
  ケンシロウ 「試してみるがいい!!」
  ラオウ 「おまえにひとつ聞こう。きさまは北斗七星のわきに輝く蒼星を見たことがるか!?」
  ケンシロウ 「ない!!それがどうした・・・」
  ラオウ 「フッ・・・ではまだわしと戦うときではないという事だ!!」
  ラオウはクルッと黒王号を逆に向かせると、ケンシロウに背を向けた。
  ケンシロウ 「おいどこへ行く!きさまとはここで決着をつける!!」
  ラオウ 「図にのるなケンシロウ!!」
  ラオウの激しい気合と共にその手から闘気が放たれる。それは強大な圧力となってケンシロウの体を一気に後方へ滑らせて行った。ケンシロウの体に無数のかまいたちでできたような傷が付き、頬から鮮血が噴き出した。
  ラオウ 「フッ・・・きさまの腕では無理だ!!」
140 ケンシロウ 「この血、おれは今日までこの血を闘志に変えて生きてきた!血は恐怖にならぬ!!おれは昔のケンシロウではない!!きさまの気はこのおれの血が破る!!」
  ケンシロウが闘気を高めていく。ビリビリと空気を震わせる。その気は肉眼にも見えんばかりの凄まじきものだった。突然、ケンシロウの闘気に怖れ黒王号が前足を振り上げ暴れようとした。ラオウが黒王号の首をつかみ落ち着かせる。
  ラオウ 「黒王号をこれほど怯えさせたのはきさまが初めて!!ケンシロウ、きさまも”闘気”をまとうほどになったか!」

「静まれ黒王!!・・・フフ・・・よかろう黒王を闘気だけでここまで怯えさせた男。望みどおり相手をしてやるわ。こいケンシロウ、きさまの成長とくと見せてみよ!!」

  ケンシロウ 「死をもって見届けるがいい!!」
  挿入曲 01:13 一撃必殺(12)
  ケンシロウの手が空をゆっくりと練る。ケンシロウのまわりに青白くプラズマのような光を発する闘気の環が形成される。まわりの空気が電気を帯びたようにビリビリと震え始めた。
  ラオウ 「ほう・・・きさまの闘気がみえる・・・そこまで体得したか」
  ラオウの体からも紫色の闘気の炎が沸きあがる。ケンシロウの闘気とラオウの闘気が激しくぶつかり爆発現象を起こしたように一気にはじけた。その爆風が収まった後にはケンシロウの姿もラオウの姿もかき消すように消えていた。周りを見渡し、ふと上空を見上げたリンが叫んだ。
  リン 「上よ!上にいるわ!!」
ケンシロウと黒王号にまたがったラオウは、闘気の渦の中で地上よりはるか上空へと舞い上がっていた。ケンシロウの激しい蹴りがラオウを襲う。それをラオウは紙一重で見切っていく。

ケンシロウとラオウ、ふたりの闘いは続く。ケンシロウが北斗七騎兵斬を繰り出す。空中で激しく火花を散らし、ふたりは地上へと降り立った。ラオウの頬に細い血の線が走り血が流れる。

150 ラオウ 「お・・・おれの体に傷を!!」
  ケンシロウ 「言ったはずだ。おれは昔のケンシロウではない。馬から降りるがいい」
  ラオウ 「フッ・・フフフフ・ファハハハハ〜愚か者が〜〜っ!!きさま命を助けられたのがわからんのか!!」
  ケンシロウ 「なに!?・・・はっ!こ・・これは!!」
  ケンシロウはラオウの膝に突き立ったボウガンの矢を見て驚いた。
  ラオウ 「フフ・・・この矢だ!この矢を何者かが放たなければ・・・きさまは死んでいたのだ!!」
  ラオウは足に突き立つ矢を引き抜きケンシロウに見せた。
  ラオウ 「でてこいそこの男!!」
  ラオウの疾風のような闘気が砂塵を巻き起こした。その幕が収まった後にはボウガンを手によろめきながら立つレイの姿があった。
  レイ 「ケ・・ケン待つんだ!!」
160 ケンシロウ 「レ・・レイ!!おまえ!!」
  レイが胸を押さえがっくりと膝をついた。ケンシロウがレイのもとへ走り寄る。
  ラオウ 「フ・・・ようやく目ざめたか・・・・」
  ケンシロウ 「ど・・・どういうことだ!!」
  ラオウ 「フフ・・・その男には三日間の命を与えた!!おれに逆らった武芸者達・・その達人達は直ぐには殺さん!!何故だかわかるか・・・直ぐに殺してはおれの恐怖は伝わらん。だが三日間命を与えられた者は、その三日間死の恐怖に怯え、嘆きそして悲しみぬくのだ!!」

「その恐怖はやがて伝説となり、そしてこの拳王の名を絶大にする!!」

「その男も秘孔新血愁(しんけっしゅう)を突いてある!!三日後、全身から血を噴き流して死ぬことになる!!その間存分に迫り来る死の恐怖を味わうがいい!!」

  ケンシロウはぬっと立ち上がりラオウへ向かって一歩足を踏み出した。そのケンシロウの手をレイが掴んで引き止めた。
  レイ 「や・・・やめろ!!ケン!!・・ケン!今のおまえではラオウには敵わん!!わ・・・理由(わけ)が!!おまえでは絶対にやつに勝てぬ理由(わけ)があるのだ!」
  ラオウ 「フ・・さすがは南斗水鳥拳のレイ・・そこまで見抜いておったか!!」
  その時、ケンシロウに激しい衝撃が走った。胸の中心が拳に殴られたようにベコッと凹み、ケンシロウは口から大量の血を吐きガクッと膝を折った。
  ラオウ 「フフ・・・矢がおれの足を射抜いていなかったら、きさまの胸はおれに貫かれていたのだ!!わかったかケンシロウ!!きさまごときの腕ではまだまだこのおれを黒王号の上から降ろす事はできぬ!!ここで充分!こい!今この場でとどめをさしてくれるわ!!」
170 ケンシロウ 「オレがラオウに勝てぬ理由が・・・!?」
  ラオウ 「フフ・・・きさまはまだおのれの拳の質を知らん!俺が恐れたのは唯一!トキの拳だけだ!」
  ケンシロウ 「トキの拳なら・・」
  ラオウ 「フフフ・・わかったかケンシロウ、おまえとトキの再会をわしが恐れていたわけが!!しかし!!きさまはまだトキの拳を伝授されてはいまい!!」

「トキが現れる前にここで一気に勝負をつけてやるわ!!」

  ラオウは黒王号を駆ってケンシロウめがけて突っ込んでくる。ケンシロウはその場に仁王立ちになって逃げるそぶりを見せなかった。レイはその身を呈してケンシロウに飛びかかり押し倒した。ラオウを乗せた黒王号は紙一重の所を走り抜けていった。
  レイ 「だ・・だめだケン!闘えば死ぬ。今は・・今は逃げろ!!・・・ぐく・・・!!ふ・・ふたりの拳は同質だ、ぶつかり合えば例え相手を倒したとしても自分も砕け散る!や・・やめるんだ」
  ラオウ 「どうしたケンシロウ、逃げていては北斗神拳伝承者の名が泣くぞ!!」
  ケンシロウ 「おれは負けん!!」
  ケンシロウの目に闘志がみなぎってくる。レイは苦しい息の下、ケンシロウの胸倉を掴み、すがりついてうめくように叫んだ。
  レイ 「ど・・・どうしても闘うのなら!こ・・これだけは胸に叩き込んでおけ!!」

「お・・・おまえは生きねばならん!例え相討ちでもそれは負けと同じだ!!おまえはこの時代に必要な男!リンやバット、皆のために生きつづけなければならんのだ!!」

180 レイの眼は必死にケンシロウへ訴えかけている。ケンシロウはそんなレイに静かに言った。
  ケンシロウ 「例え99%勝ち目が無くとも・・・1%あれば・・・闘うのが北斗神拳伝承者としての宿命だ!!」
  ラオウ 「来い!ケンシロウ!きさまの闘気など所詮小波(さざなみ)にすぎん事を教えてやるわ!!」
  トキ 「ケンシロウ・・・命は投げ捨てるものではない!!」
  ラオウ 「むっ!!トキ・・・ちっ!もう来おったか!!」
  トキがマミヤと共に現れた。トキはマミヤをその場へ残し、静かにラオウとケンシロウの間合いへ歩を進めていく。
  ラオウ 「ほう・・・その眼光・・・力はまだ衰えていないようだな」
  トキ 「ケンシロウ、今はまだラオウと闘う時ではない」
  トキはケンシロウの傍らで胸を押さえ口から血を流しているレイの姿を見た。
  トキ 「レイ・・・間に合わなかったようだな・・」
190 レイ 「ト・・・トキ・・ケンを・・ケンをとめてくれ!!」
  トキ 「ケンシロウ、レイはやがて来るおのれの死すら忘れおまえの身を案じている。レイはおまえに全ての夢を託しているのだ。男の心を無駄にしてはならぬ!おまえは生きてこの時代を見届けねばならぬのだ!!」
  ケンシロウ 「だが、たとえ99%の勝機はなくても・・」
  トキ 「いや・・・今のおまえには残り1%の勝機も無い。ケンシロウ・・・おまえにあの娘(こ)を殺せるか!!」
  ケンシロウ 「リ・・リンを!!なぜ・・・・」
  トキ 「もしあの娘(こ)を殺せるならばおまえはラオウにも勝てる。闘気とはいわば非情の血によって生まれるもの。おまえもシンやレイとの非情の闘いの末に闘気をまとうことができた・・だが!!ラオウとおまえでは非情さが違う」

「この男ラオウは、われらが養父リュウケンをもその非情な手にかけた!!ラオウ・・きさまこそ北斗神拳1800年の歴史の掟を打ち破った男!!」

  ラオウ 「フフフ・・・わかったか、おまえがどうあがいてもこのおれに勝てぬ理由(わけ)が」

「だが!!トキが現れた以上・・・・おまえたちと同じ地上に降り立たねばなるまい!!そしておまえたちには死あるのみ!!」

  地上へと降り立ったラオウ。その圧倒的な闘気の渦は、ますます広がり大きくなっていった。

レイが苦しそうに咳き込み血の塊を吐き出した。アイリがレイに駆け寄る。

  レイ 「ぐ・・・は・・はーーー・・」
  アイリ 「にいさん!!」
200 レイ 「つ・・ついに!ラオウが地上に降り立った!!」
  ケンシロウ 「おのれの野望のために父を・・・許せぬ!!」
  ラオウ 「フッ・・・何を甘い事を」
  トキ 「下がっていろケンシロウ。見る事もまた闘いだ。わたしの拳、わたしの闘い方はいずれ必ずおまえの役に立つときが来るだろう」
  トキは涼やかに微笑むとケンシロウの胸の秘孔を突いた。ケンシロウの全身から力が抜け、その場にしゃがみこんでしまった。
  トキ 「秘孔新膻中(しんたんちゅう)を突いた・・おまえの体はわたしの声がかからぬ限り動かぬ!!」

「北斗神拳の闘いに2対1の闘いは無い。例え相手を倒したとしてもそれは勝利ではない。おまえは北斗神拳の正統の伝承者であることを忘れてはならぬ!!」

  レイ 「死・・・死を覚悟している!!ト・・トキは死によって何をケンに伝えようというのか・・・!!」
  ラオウ 「フッ・・・さすがはトキ、おれが一目置いた男・・・フフフ・・・ふたりならばおれを倒せるものを!!」

「決着をつける時がきたようだな!!」

  トキ 「ケンシロウ、よくみておくのだ。わたしの闘いを・・・」

「ゆくぞラオウ!!」

  ラオウ 「ラオウではない、拳王と呼べ!!今や天を目指すおれの拳をとくと見せてやるわ!!」
210 ラオウが激しい闘気をむき出しにしてトキに詰め寄る。トキはその闘気をゆるゆると流し、受け流し滑らせていく。
  レイ 「流している・・・ラオウの闘気は変わらぬ・・だがそれを受けずにトキは流している・・いや・・・むしろ激流のようなラオウの闘気を飲み込んでいる。ま・・まるで静水(せいすい)のように!!」
  ラオウが詰める。その間合いをトキが引いてかわしていく。
  ラオウ 「フフ・・おまえの拳は受けの拳!おれの攻撃を受けてこそ真価を発揮する!!、だがこのおれの剛拳、いつまで受けきれるかな!ゆくぞーーっ!!」
  ラオウが一気に間合いをつめ、トキの懐へ飛び込んでくる。トキは引かず、逆に前へ踏み出すとラオウの顔面へ向けて垂直に手刀を繰り出した。ラオウの両手が拝むようにトキの手を挟む。トキの指先はラオウの首筋の皮一枚で止まった。ラオウの眼に恐怖が浮かんだ。トキは挟まれた反対の手をラオウに打ち込んでくる。ラオウは渾身の力でトキを空高く放り上げた。

ラオウは三叉の剣を掴むと上空へ飛び上がり落ちてくるトキを掴まえた。地上へ共に降り立ったラオウは自分の足でトキの足を押さえ込み、三叉の剣で刺し貫き、地上に縫い止めると、トキの動きを完全に封じた。

  ラオウ 「勝負あったなトキ!!リュウケンもきさまもおれを倒せる腕がありながら老いと病に果てる!!」
  トキ 「もはやここまでか・・・」
  レイ 「拳法では・・・それも達人同士の闘いでは対峙だけでも凄まじいエネルギーを必要とする。わずかな気迫の乱れでさえ命取りになる・・ましてトキは病に・・・・」
  トキ 「みているのだケンシロウ・・わたしの死をおまえの糧とするがよい、この世でラオウを倒せるのはおまえしかおらんのだ!!」
  ラオウ 「ふはははは、やはり神はおれとの闘いを望んでいるのだ〜〜っ!!」
220 ケンシロウ 「ト・・トキィ!!おれを・・・おれを動かしてくれ〜〜」
  ラオウ 「トキ・・・きさまはきっと死兆星をみたのであろう。しかしきさまへの死の使者は病ではなくこのおれだったのだーーっ!!」
  ケンシロウ 「ぬおおお・・ト・・・トキよ・・・」
  リン 「ケ・・ケン・!!助けてあの人を・・ケン、あの人をお願い!!ケン!動いて〜〜っ!!」
  リンの悲痛な叫びがケンシロウの心に突き刺さる。ケンシロウは動かぬその体に力をこめた。だが、体はピクリとも動かない。
  ケンシロウ 「くっ!・・う・・動かぬ・・・動かぬのだ・・・トキーーッ!!縛を解け!秘孔縛から!!おれを解き放ってくれーーーっ!!」
  ケンシロウの叫びにトキがちらりとケンシロウを見る。だがその眼はまたすぐにラオウを睨んだ。
  ラオウ 「フッ・・トキは動かぬ・・・おのれの信念のみに死ぬ男・・・トキとはそういう男だ!!」
  レイ 「北斗神拳・・・一子相伝の北斗神拳1800年の歴史はおれたちが思うよりはるかに崇高で重い!!それをトキはケンシロウに死をもって教えようとしている・・・・」
  ラオウ 「フフフ・・信念に命を捨てるのもよいだろう・・だがそれが一体なんになる!死ねば何事も無、どんな死も汚れたヤセ犬の死と変わらぬ!」
230 ラオウが互いの足を地面に縫い合わせている三叉の剣をさらに深く地中へ押し込んでいく。激しく血飛沫が吹き上がる。
  ラオウ 「くふふ・・もうおれの拳を流す事はできぬ!!きさまは自分の拳を封じられたのだ。おれはただ待っていればいい!きさまは病人だ!体が流血に耐えられなくなるのをな!!」

「くく・・・さあどうしたトキ、顔が青いぞ!!おまえを支えているものはもはや気力だけだ!!」

  トキ 「ケンシロウ、どうやらここまでのようだ・・・一子相伝がゆえに過酷なる運命がつきまとう北斗神拳・・・わたしの死もそのひとつの試練!!わたしの死を糧として伝承者の道を歩むがよい!!」
  トキの両手が拝むように合わされるビリビリと空気が震え闘気が高まってくる。トキが両手を合わせたまま、ラオウに突きを放った。刺し抜かれた足を軸にしグルリと体を捻る。血が吹き上がる。動けぬケンシロウの顔にもその飛沫がかかった。

トキの手刀はラオウの脇をかすったに過ぎなかった。ラオウの太い腕と体に両手を挟まれてたままトキはラオウに組みしかれた。ラオウが右腕を高々と上げ、トキめがけて振り下ろそうとした。その時、ラオウの後方で、ガチャっと音がし、ラオウの手は止まった。

  ラオウ 「フッ・・・やめておけ・・そんなものでおれは倒せぬぞ」
  ラオウの後方に立ち、ボウガンを構えて立つマミヤの姿があった。
  レイ 「マミヤ!!マミヤ!や・・・やめろボウガンなど役にはたたん!!北斗神拳の奥義には二指真空把(にししんくうは)がある。矢を放った人間にその矢が返ってくるぞ」
  マミヤ 「で・・でも今戦えるのはわたしだけ・・」
  ラオウ 「フフフ・・・どうやらその女にも死兆星が見えていたようだな・・・・ふっ・・よかろう撃ってくるがいい!!」
  マミヤはボウガンのねらいをラオウにあわせる。ラオウの指が不気味に動く。さながら獲物を狙う蛇のように不気味にうごめいていた。

その時レイがたまりかねてさけんだ。

240 レイ 「や・・やめろラオウ!やめてくれ!!その女だけは、その女だけは殺さないでくれーっ!!」
  マミヤ 「レイ・・・」
  ラオウ 「ほう・・おまえ・・・この女を・・・」
  レイ 「ぐくっ!!・・・・そ・・・そうだ・・・その女マミヤはおれに愛というものを教えてくれた!!たったひとりの女だ!!」
  アイリ 「に・・・兄さん」
  マミヤ 「レイ・・・ありがとうレイ・・・あなたのその気持ちだけでこんな時代でも生きていて良かったと思うことができる」
  マミヤはクルリとレイに背を向け再びラオウに向き直った。
  レイ 「マミヤ!!」
  リン 「マミヤさん!!・・・消えてしまう・・・せっかく生まれようとしている小さな光まで消えてしまう!!」
  リンはケンシロウの足元にひざまづき、必死でその足をなで始める。
250 リン 「ケン動いて!!お願いケン動いて!!」

「ケン・・ケンがいなければちっぽけだけど小さな光が消え去ってしまう!!あと救えるのはケンしかいないのよーーーっ!!」

  挿入曲 01:17 北斗暗殺拳(22)
  リンの悲鳴に似た叫び声が荒野にこだまする。りんの眼からとめどなく涙があふれて落ちる。その涙がケンシロウの動かぬ足にも滴り落ちて小さなしみを作った。

マミヤがボウガンの矢をラオウに放った。矢は一直線にラオウへ向かって飛んだ。ラオウの二本の指が矢を掴み、そのままマミヤへ向けて矢を返した。矢がマミヤを襲う。その時、動けぬケンシロウがマミヤの前に立ち、飛んでくるボウガンの矢をその身で受けた。

  マミヤ 「ケ・・・ケン!!」
  ラオウ 「ぬう!!き・・きさまトキの秘孔縛(ひこうばく)を破ったのか!!」
  トキ 「ケ・・ケンシロウ!!」
  ケンシロウ 「破ったのはおれの肉体ではない、あくまでも人間として生きようとする幼い汚れなき心・・・心が秘孔を破ったのだ!!ラオウ、きさまが握るのは天ではなく死兆星だ!!」
  ケンシロウは胸に刺さった矢を引き抜く。胸から血が噴き出した。ケンシロウが全身に力をこめる。メリメリと筋肉が盛り上がり傷を塞いでいく。
  トキ 「ケ・・・ケンシロウの肉体と魂はわたしの想像をはるかに超えている!!」
  ケンシロウの服が弾け飛ぶ。
260 ケンシロウ 「ラオウ!!きさまはおのれの命さえ握ることはない!!」
  走り来るケンシロウを迎え、ラオウは三叉の剣を引き抜いた。
  ラオウ 「ケンシロウ〜〜〜!!きさまごときに打ち倒される拳王ではないわ〜〜!!この地を北斗神拳1800年の終焉の地としてくれるわ〜〜!!」
  トキ 「も・・もう止めはせん!!いやむしろケンシロウの戦いを見てみたい!!肉体を支配するのは魂!!北斗神拳の真の奥義はそこにあるはず!!」
  ラオウとケンシロウの生死をかけた死闘が繰り広げられている。互いに間合いを見切りながら、相手の拳と蹴りを受ける。ふたりの体が衝撃で弾け飛ぶ。
  レイ 「たがいに寸前で見切っている。達人同士の闘いでは相手の技を完全に見切ることはできぬ。残された方法は寸前でおのれの肉体を切らせ骨を断つのみ!!」
  トキ 「このふたりの闘いに無血の闘いはありえない」
  互いに傷つきひざまづくラオウとケンシロウ。ケンシロウの腕が裂け血を噴き出す。
  ラオウ 「フフフ・・・骨も砕けたか!!」
  にやりと笑ったラオウの胸が裂け鮮血が噴き出す。血煙の中ラオウとケンシロウの拳が激しく交錯し血飛沫があたりを真っ赤に染め上げていく。
270 リン 「や・・・やめて・・もう、やめてえ!!もうこれ以上の血は見たくない!!」
  マミヤ 「ケ・・・ケン!!」
  レイ 「ぬう・・・なんという凄まじい闘いだ!!」
  トキ 「あのおびただしい流血!もはやふたりには一撃分の力しか残されていまい・・・!!これ以上、新しい技をしかけるのは不可能、ならば次の一撃こそ身を捨てた最後の一撃!!」
  ラオウとケンシロウが最後の力を奮い拳を繰り出す。互いの手刀が互いの胸を刺した。胸に突き立つ指の隙間から血が噴き出し二人の身体を赤く染め上げていく。
  ラオウ 「フ・・・・・・強くなったな・・・」
  ケンシロウ 「・・・昔のラオウだったら倒せていたものを・・・・・」
  互いに口から血を吐きだす。その一部始終を見ていた拳王侵攻隊は、拳王伝説の崩壊を声高に叫び、ラオウを残し散り散りに逃げていった。

リンがケンシロウを案じて駆け出そうとするのをトキが止めた。

  トキ 「リンよ・・・安心するがいい・・・彼等はまだ相手の秘孔を突き切ってはいない!」
  ラオウとケンシロウは、死力を尽くし闘った。共に全身をおのれの血にまみれ、息も絶え絶えであった。トキがふたりの間に割って入る。そして、ラオウとケンシロウの胸に突き立った手刀を引き抜いた。
280 トキ 「もういい、ここまでだ。これ以上闘えない事は自分が一番知っているはずだ・・」

「ラオウ・・今は去れ!!相討ちはおまえも望まぬだろう!!」

  ラオウ 「フッ・・・ケンよ今日が終わりではない!今日がきさまとおれの闘いの始まりなのだ!おれは天を掴む男、おれはおれの帝国を築くまでは決して死なん!!」
  ラオウは悠然と胸を張り去っていく。と、ガクリと膝が折れ、ラオウは大地に膝をつきそうになった。だが、ラオウの執念がそれをすんでのところで持ちこたえさせた。
  ラオウ 「ぬう!!お・・おれは拳王!拳王は決して膝など地につかぬ〜〜〜!!」

「こ・・・黒王・・・」

  血まみれのラオウのそばに歩み寄る愛馬、黒王号。ラオウはヒラリとまたがるとその場を去っていった。
  トキ 「部下は去り残されたものはあのあの馬のみ・・・やつもまた孤独・・」
  マミヤ 「ラオウはきっとまた現れる・・この男たちに休息は無い・・・また、今日から男たちの新たな闘いが始まる・・・」
  挿入曲 01:42 DRY YOUR TEARS(41)
  廃墟となった街の一軒の家にケンシロウ達はいた。20畳ほどのダイニングの真中に囲炉裏があり、火が赤々と燃えている。その火を囲むようにソファに腰掛けて座っている。レイが苦しそうに脂汗を滴らせている。その傍でレイを気づかいアイリが汗を拭いている。皆、一様に押し黙ったままである。

その沈黙を破るように突然レイが苦痛の声をあげた。一同は、はっとしてレイを見つめる。レイの左腕が不気味な音を立てた。それは骨が砕け散っていく音だった。レイの腕がいびつに歪み膨らみひしゃげ変形する。レイは必死で激痛に耐えた。しばらくして痛みがひいた。レイは左腕を押さえてよろめきながら部屋を出て行った。

  アイリ 「にいさん!!」
290 マミヤ 「レイ!!」
  トキ 「行くでないマミヤ!!」

「レイに残された命は三日・・その間レイの体は徐々に破壊されていく・・・その姿はあなたにだけは見せたくないはずだ!マミヤさん、あなたにだけは!!」

  N 家の外の広場でレイが自分の震える体を抱いていた。うつむき死の恐怖に耐えているレイの肩にケンシロウの手がそっと置かれた。
  ケンシロウ 「レイ・・・動かぬのか・・・・」
  レイ 「ふう・・・これがラオウのいう恐怖らしいな」
  ケンシロウ 「・・・・すまぬ・・・おまえまで争いにまきこんでしまった」
  レイ 「フッ・・いいんだ・・後悔していない。いや、むしろおまえに感謝している・・・おれは一度は人間としての自分を捨てた男だ。妹アイリの救出のためだけに生き!世を呪い!時代を憎んだ!だがおれはおまえに会った。トキに・・そしてリン、バット、マミヤに・・・おまえたちは飢えて乾いた狼のようなおれの心に安らぎを与えてくれた。おれは人間に戻る事ができたんだ」
  ケンシロウ 「レイ・・・」
  レイ あとは・・・あとは死に方だけの問題だ!死に方のな・・・」
N 再びレイを激痛が襲う。痛みでレイは体をそらせ叫び声をあげた。レイの悲痛な叫び声が夜空に吸い込まれていった。それを建物の影からそっと覗くマミヤの姿があった。マミヤはレイのために薬の街メディスンシティーへひとりバイクを飛ばした。
300 マミヤ 「レイの命はあと3日!!命を助けてあげることができないのならせめて・・・肉体の苦痛を少しでも和らげて上げたい!!今のわたしにはそれぐらいのことしか・・・」
  部屋にケンシロウがレイを伴って入ってきた。そこでマミヤの姿が無いのに気づいた。
  ケンシロウ 「マミヤはどこへ?」
  マミヤがメディスンシティーへ向かったのを知ったケンシロウとレイ、トキは胸騒ぎを感じていた。
  トキ 「あの街はラオウのための霊薬をつくるためだけに造られた狂気の地。今は拳王という恐怖のタガが外れて再び暴徒の手に落ちたはず・・・!!」
  時が過ぎていく。レイはマミヤを助けるためメディスンシティーへ向かっていた。
  ケンシロウ 「レイはすでにメディスンシティーに向かった!やつは・・・レイはマミヤのために死のうとしている。おれはやつの死を見届けねばなるまい」
  トキ 「そうか、ならばおまえにもこの事を教えておかねばなるまい。マミヤ・・・彼女も・・また死兆星を見ている」
  ケンシロウ 「なに!!・・・・そうか・・・」
  ケンシロウが遠い荒野の彼方を見すえると一気に駆け出した。

遠くマミヤを守るためメディスンシティーへ向かうレイの姿を感じながら、アイリが高台から荒野を眺めている。その傍にリンがいる。

310 アイリ 「にいさん・・・・」
  リン 「・・・アイリさん」
  アイリ 「兄にはこれからは自分のためだけに生きてほしい・・・残りの命はあと2日・・・時は冷たく過ぎていくわ・・・わたしのために全てを捨てた可哀相な兄さん・・・神様どうか兄さんの願いを叶えて・・・」
  荒野を吹きすさぶ強風がレイの体に突き刺さる。歩くレイの体に激痛が走り痛みで地面を転げまわり這いつくばって耐える。死への時を刻む秒針が確実に進んでいる事をレイは感じた。
  レイ 「フッ・・・とうとう昼でも死兆星が見えるようになったか・・・・」

「こ・・・・こうしてはおれん!」

  レイがよろよろと立ち上がる。ふらつき倒れそうになるレイの体を太くたくましい腕が優しく支えた。
  レイ 「ケ・・・ケン!!」
  ケンシロウ 「行こう」
  レイ 「フッ・・・どこまでもお節介なやつめ・・・」
  メディスンシティーを訪れたマミヤを待っていたのは、狂った暴徒の群れだった。マミヤは暴徒たちによって捕まり、街の広場の杭に縛り付けられていた。手足を縛られ身動きできないマミヤに鋭いとげが突き出した鋼の輪が襲う。マミヤの白い肌が裂けて血が流れる。マミヤは天上に輝く北斗七星に祈った。

処刑執行準備が完了した。絶体絶命、マミヤの体が無数のとげに串刺しにされようとしたまさにその時、男たちの前にケンとレイが現れた。

320 レイ 「マ・・・マミヤ!!」
  マミヤ 「レイ!」
  レイ バカな・・・おれなんかのために・・・こんな・・・」
  ケンシロウ 「哀れな・・・レイは知らぬ。マミヤもまた死兆星を見た事を・・・・」
  男たちはいきり立った。狂犬をケンシロウにけしかけようとするが、ケンシロウの眼光にすくみ、尻尾を巻いて逃げ出した。男はケンシロウに向かっていく。しかし、北斗神拳の前に赤子同然に扱われ、一気にねじ伏せられてしまった。
  レイ 「まだわからんのか。今のが北斗神拳だ!!」
  男の顔から血の気がひいた。男は自分の置かれた状況がやっと理解できたようだった。しかし、すでに遅かった。男の体は内部から爆発したように砕け吹き飛び散り散りに四散した。
  レイ 「大丈夫か・・・」
  マミヤ 「え・・・ええ・・助かったわ」
  レイ 「マミヤ、もう闘いは捨てろ。自分の手で未来を捨てる事は無いんだ」
330 マミヤ 「ありがとう・・レイ・・・・・でも、わたしには闘い続けなければいけないわけが・・・」
  レイ 「マミヤ・・・・・・・ん!?・・・はっ!!こ、この肩の紋章は!?」
  服の裂け目から覗くマミヤの白い肩に、ユダの紋章がくっきりと刻印されていた。
  レイ 「マミヤ、どうしておまえの肩に紋章が!!」
  マミヤ 「そう・・・その男はわたしの未来を奪い、わたしに闘い続ける事を宿命付けた男!!・・この傷は!この傷は一生消えない!!・・・・心の中にも同じ傷が・・・・」
  レイ 「マミヤ・・・・・」
  マミヤ 「レイ・・・・わたしを見つめないで・・」
  マミヤは悲しげに目を伏せ、レイの視線を避けた。過去の忌まわしい記憶とマミヤもまた闘っていた。
  ケンシロウ 「マミヤに闘いを宿命付けた男ユダ・・・・その男がマミヤの死兆星のカギを握る男か・・・・」
  挿入曲 01:07 廃墟の嵐(13)
340 悠然とそびえたつユダの居城。その内部は、世界中のありとあらゆる宝石をちりばめたように豪華に飾り立てられている。その広間ではユダが腰布一枚を巻いただけの格好で、壁にはめこまれた鏡に向かいポーズを作り、筋骨隆々とした自分の姿に陶酔している。周りにはユダの刻印を押された美しい女たちがかしずいている。ユダは口紅をひき、女たちに問うた。
  ユダ 「おまえたち、おれは美しいか?」
  女たちは賛意の言葉を発した。ユダは口元をゆがめにやりと笑い、女たちのほうへ向き直ると、こともなげに言い放った。
  ユダ 「そう、おれはこの世で誰よりも強く・・・・そして美しい!!」
  はるか眼下に広がる廃墟のビル群をユダが見下ろしている。拳王がいない間に策謀をめぐらそうとしているようであった。ユダがかしずく女たちの列の中を歩いていく。その時、ひとりの女の前で足が止まった。ユダは女の髪の毛を鷲掴みにし顔を上に向かせた。その額についている僅かな傷をユダの眼が冷ややかに見つめる。
  ユダ 「なんだこの傷は!?おれは神がこの世に創りだした最も美しく最も強い至上の男!!そのおれを愛する資格を与えられるのは完璧に美しいものだけだ!!おまえはその資格が無くなった。消えうせるがいい」
  ユダは女の髪の毛を掴んだままずるずると引きずっていき、階段の下にたむろしている醜い男たちの中へ放り投げた。
  ユダ 「おまえたちに任せる!好きにするがいい!!」
  男たちの奇声があがり、女の悲鳴が木霊する。ユダはそれを楽しそうに眺め笑っていた。

ケンシロウ達は、マミヤを連れアイリの住む村へ戻っていた。

  レイ 「教えてくれ長老、あのユダとマミヤの間には何があったのだ!?」
350 長老は険しい顔でじっと考えていたが、一息つくと過去の忌まわしい悪夢のような出来事をゆっくりと話し始める。

それはマミヤが20歳の誕生日を迎えた日の事だった。はちきれんばかりの美しさを放つマミヤにだれもが彼女の幸福な未来を信じて疑わなかった。その日、マミヤは村に侵攻してきたユダによって略奪された。その時、両親も虐殺されてしまった。まさに一瞬の出来事で、誰もがただ茫然と見送る事しかできなかった。そして数日後・・マミヤは心も体もボロボロになり村へ戻ってきたのである。・・その日以来マミヤは女である事を捨てたのだった。

村の湧水場、清らかな水が豊富に湧き出ている。マミヤとリンがいる。

  マミヤ 「見て・・リンちゃん、わたしの腕こんなに固くなっちゃった・・まるで男の人みたいに・・・フ・・・・」
  リン 「マミヤさん」
  マミヤ 「うう・・・消えない・・・・どんなに洗ってもわたしの傷は消えない。例えこの烙印は消せても心の傷までは・・・」
  リン 「マミヤさん・・・」
  そこへレイが入ってくる。
  レイ 「・・・・女だ・・・やはりおまえは女だ!!」

「ユダはおれが倒してやる」

  マミヤ 「や・・やめてレイ!わたしは愛される事を放棄した女!!あなたの愛に報いる資格は無いの!!」
  レイ 「マミヤ・・」
  マミヤ 「いや・・・来ないで・・・こ・・これ以上わたしを苦しめないで!!」
360 マミヤがその場から逃げ出した。追おうとするレイの体に激痛が走り胸を押さえてうずくまった。
  ケン 「レイ・・」
  レイ 「ケ・・ケン・・・」
  ケンシロウ 「やはりユダを倒す気か」
  レイ 「あ・・ああ・・お・・おれは、やつを・・ユダを知っている・・同じ南斗の男としてな・・」

「おまえの強敵(とも)シンとおれの他に、あと4人南斗聖拳を極めた男たちがいる!人はそれを南斗六聖拳と呼んだ・・・ユダ・・・やつもそのひとり!!」

「フ・・・おれは死んでいく身・・・マミヤの愛など求めぬ。ただおれはマミヤのために死を・・あの女の心の中で生きていきたいのだ・・フッ・・・こんな時代だ、男たちの命は短い。しかし女は子を産み・・そして物語を語り継ぐ。この闘いの物語を!!」

「ユダ・・・おれの最期を飾るにふさわしい男だ!!」

  ユダの居城がある街のはずれに立つケンシロウとレイ。レイが苦しげに血を吐き膝を折る。
  レイ 「大丈夫だ・・今・・おれはどんな苦痛にも耐える事ができる。おまえならわかるだろう。行こう、おれには時間が無い」
  ユダの居城へたどり着いたケンシロウ達を副官ダガールが迎えた。広間にはユダの姿も女たちの姿も無かった。
  レイ 「しっ・・・しまったあ!!・・お・・おれは、忘れていた、あの事を!!」

「ユ・・ユダは南斗六星のうち妖星を持つ男・・妖星はまたの名を裏切りの星・・・・」

  レイの胸に不気味な音が響く。
370 レイ 「はあ・・・おぉ・・・あ・・あと一日・・・もはやここまでか・・・!!」
  レイの苦しみをダガールが笑い飛ばしている。ケンシロウはズイッと前に出る。ダガールはケンシロウの左腕がラオウとの闘いで破壊されている事を知っていた。ケンシロウは左腕をぬっと突き出して静かに言った。
  ケンシロウ 「きさまごとき、この左腕で十分だ!かかって来い!」
  ダガールは冗談だろう、と言わんばかりに笑い飛ばし、ケンシロウに襲い掛かっていく。ダガールの拳がケンシロウを襲う。それ以上にケンシロウの拳は早かった。ダガールに無数の拳を打ち付ける。
  ケンシロウ 「経絡秘孔、頚中(けいちゅう)から下扶突(かふとつ)を突いた。おまえもレイと同じ苦しみを味わってみろ」

「助けてほしければユダの居場所を教えろ!!」

  ダガールに刺すような激痛が走る。ダガールは苦しみに耐え切れずユダのいるブルータウンの言葉を口にした。ダガールはケンシロウに助けを乞うが、ケンシロウは容赦しなかった。
  ケンシロウ 「おまえも自分の愚かさを噛み締める必要があるな」
  レイ 「き・・・聞こえる・・ユダのあざ笑う声が・・・・ケ・・ケン、もう死兆星が落ちてきそうだ」

「行こう・・ブルータウンへ!!」

  ケンシロウがレイを連れて街へ戻ってきた。ケンシロウに抱きかかえられたレイの姿をビルのテラスから見つめるマミヤの顔は暗く曇っていた。マミヤはトキにメディスンシティーで見つけた薬を渡すと駆け出していった。

ユダの居城では副官ダガールが痛みのために狂ったように部下達を殺していた。そこへユダが現れた。ユダはダガールの裏切りをはじめから読んでいた。

  ユダ 「おまえが口を割るのは判っていた。おまえに本当の事を教えておくほどわたしは愚かではない」
380 部下である副官までも信じず騙すユダにダガールは驚愕した。
  ユダ 「フフフ・・それにおまえのおかげでケンシロウの拳を見切ることができた!ご苦労・・・心置きなく死んでゆくがいい!!」

「ふふふ・・・これは裏切りではない・・これは知略だ!!」

「南斗六星はおのおのがひとつの宿命を持っている!愛に殉ずる星、殉星を持つ男シン!人のために生きる義星を持つ男レイ!そしておれの持つ星は最も美しく輝く星、妖星!!人は裏切りの星と呼ぶがそうではない!妖星は天をも動かす美と知略の星なのだ!!」

  失意のダガールは狂ったようにユダに襲いかかる。ユダが左腕を前に伸ばし、人指し指を突き出すとさっとダガールの体を一閃した。
  ユダ 「愚か者が、おまえの腕でおれに勝てると思っているのか!ケンシロウが腕一本ならおれは指一本で十分!!南斗六聖拳のひとつ南斗紅鶴拳(こうかくけん)!!」
  素早いスピードで拳が繰り出されるため、衝撃は背中へ突き抜ける。そのため、触れてもいないダガールの背中から真っ二つに裂けた。
  ユダ 「フフフ・・・紅鶴・・・・おのれに立ち向かった者の血で身を染めた美しき鶴!!ケンシロウの技は見切った!北斗神拳、恐るるにたらず。今のおれならケンシロウに勝てる!!やつの血はこのおれをより美しくするであろう・・・フフ・・ククク・・・ハァははは、ケンシロウ、レイ!やつらはおれの帝国のための生贄となるのだあ〜〜〜!!」
  廊下を歩くユダのもとに、マミヤの情報がもたらされる。マミヤもまた死兆星を見ていることをユダが知った。
  ユダ 「フフフ・・・そうか、あの女も・・・それではレイはマミヤが死んでいく運命にあることも知らずにおのれの命を賭けているというわけか・・・おもしろい!!義星を持つ男レイ!その義星がピエロの星であることを十分に思い知らせてやる!!・・フハハハハ!!」
  レイがガバッとベッドに上半身を起こした。
  レイ 「・・・うっ・・・こ・・ここは・・・」
390 アイリ 「にいさん!」
  リン 「レイ!!」
  レイ 「ふ〜〜〜・・そうか、おれは気を失って・・・・・・・・・マミヤは?」
  トキ 「外だ、これ以上おまえが苦しむのを見ておれぬのだろう」
  レイ 「ゴフッ・・・フ・・・おれはこのまま死んでいくのか・・・・」
  トキ 「いや、まだ方法はある」
  レイ 「な・・・なに!!」
  ケンシロウ 「トキ・・・・あなたはまさかあの方法を・・・・」
  トキの言葉にレイとアイリの眼に希望の光が宿る。
  レイ 「ト・・・トキ・・」
400 トキ 「ある秘孔を突く事で少しだけ命を延ばすことができる」
  レイ 「そ・・・それでは」
  トキ 「しかし・・・その秘孔を突けば全身を襲う激痛は今の数倍になる!!その苦痛でこの場で発狂し死んでしまうかも知れぬ!!」
  レイ 「な!!・・うぐ・・・!ぐああ・・!!」
  レイの体を激痛が走る。その間隔がだんだん短くなっていた。
  トキ 「だが、その苦痛から今すぐ逃れる方法もある。マミヤさんから託された薬・・・死だ!!」

「えらぶがよい、だれにも強制はできぬ。決めるのはおまえしかおらぬのだ!!」

  レイはトキの手の上に乗った薬のカプセルをじっと見つめた。
  マミヤ 「レイ・・・・あなたはもう十分に闘ったわ・・これ以上わたしのために苦しむのはやめて・・・」
  外でひとり佇むマミヤ。三日月が蒼白い光を放っている。雲が流れ、光を遮った。暗闇に、ぼうっと人影が浮かぶ。しばらくして雲が晴れ蒼白い月明かりが人影を照らし出した。
  ユダ 「久しぶりだな・・・・マミヤ!!」
410 マミヤ 「ユ・・ユダ!!」
  ユダ 「フフフ・・・背中の傷はまだ消えてはいまい!」
  マミヤ 「な・・・なぜここに!?」
  ユダ 「おまえは北斗七星の脇に輝く蒼星がみえるのか」
  マミヤ 「見えるわ!なぜ、そんなことを・・・・」
  ユダ 「フフフ・・・そうか・・見えるのか・・・・フッ・・おまえが見た星は死兆星、死を予言する星!おまえを待っているのは死だ!!」

「そして・・その死の鍵を握っているのはこのおれ!」

「どうやらおまえら親子はおれの手にかかる運命であったらしいな。おまえの血もまたおれの体を美しく染める。ククク・・だがそれを知らずに生き延びようとするレイ。フハハハ、おれがここに来たのはその哀れなピエロを笑うため!!」

  レイはトキの差し出した薬を断った。
  レイ 「おまえたちは判っているはずだ。おれがどっちを選ぶかは」
  アイリ 「に・・にいさん」
  レイ 「頼むトキ」
420 トキ 「わかった」
  トキはレイを連れ、別室へ入っていった。内側から鍵をかけ、レイに向き直る。扉の外ではアイリ達が心配そうに立ち尽くしていた。
  アイリ 「に・・・兄さん・・」
  トキ 「はじめる前にこれを渡しておこう。苦痛に耐えられぬ時飲むがいい」

「ラオウが突いた秘孔新血愁(しんけっしゅう)に対応する秘孔はひとつ!心霊台!!」

  トキの指がレイの背中にズブズブと突きささる。レイの体に凄まじい衝撃と痛みが走る。全身の血管や筋が盛り上がり筋肉が波打つ。体中の毛穴があわだち血の煙を吹き上げる。外に立つアイリ達の耳にレイの断末魔の悲鳴が響き渡っていた。
  アイリ 「や・・やめてぇ、もうやめてぇ、兄さん!!薬を!薬を飲んで、お願い兄さん!!」
  しばらくしてレイの声が途絶えた。部屋の中は静まり返っている。皆、最悪の結末を予感した。しばらくして部屋を遮断していた扉が開き中からトキが現れた。続いてレイが現れた。その髪の毛は真っ白に変貌している。しかし、その顔は穏やかだった。そこへ、マミヤがユダに捕らえられたと、男が走りこんできた。

街の広場にはユダ率いる軍勢が大挙して待ち構えていた。

  挿入曲 01:43 悲劇の星の下に(35)
  レイ 「ユダ!!」
  ユダ 「レイか・・・フフ・・・あまりの苦痛に白髪と化したか!!」
430 レイ 「マミヤをはなせ、そしておれと決着をつけろ」
  ユダ 「フフフ死人同然のきさまなど、はなから眼中にはない。しかし、おれと闘う資格があるか試してやろう」

「久しぶりの南斗水鳥拳を見せてもらおう」

  レイが舞い、ユダの軍勢の男たちが吹っ飛んだ。
  ユダ 「ほう・・以前にまして技がきれているな」
  レイ 「次はおまえだ!」
  ユダ 「フフフ、この女への想いがおまえをそこまでにしたらしいな。だが、その想いも無駄に終わろうとしているのだ!!」
  レイ 「なに!!」
  ユダ 「フッフフフ、ヒャハハ、いいか!よ〜〜く聞け!!この女はなあ!この女、マミヤはな!!すでに死兆星をみているのだ!!」
  レイ 「な!!なに!!マ・・・マミヤが、バ・・・バカな!!」
  トキ 「い・・いかん今、レイを支えているのはマミヤへの一念!!それが崩壊したらレイの肉体もまた崩壊する」
440 ユダ 「疑うならマミヤに聞いてみるがいい」
  レイ 「マミヤ」
  マミヤは悲しげに目を伏せ、レイの視線を避けた。
  ユダ 「ファハハハ〜〜、どうだあ、おのれの想いが空回りに終わった味は!!義星は所詮ピエロの星!妖星を一段と光り輝かせるクズ星に過ぎんのだ!!」
  レイ 「マミヤ・・・どこまでも哀しい女よ・・ならば、おまえのためだけに死ぬ男がひとりぐらいいてもいい」
  ユダ 「女のために涙とは!ふぬけたか!!死ね!虫ケラのように!!」
  ユダとレイが空中で交錯する。レイの拳がユダの頬を切り裂いた。ユダの頬から血がほとばしる。
  ユダ 「き・・・きさま〜〜〜っ!!」
  レイ 「ユダ!妖星は二度と輝かぬ!!」
  ユダ 「あああ・・・うあああ・・・お・・おれの顔に傷がぁ〜〜!!、こっ・・この美しい顔に傷がぁ〜〜!!」

「許さん!!今日こそ決着をつけてやる!!よいか!義星が妖星より美しく輝く事は神が許さぬのだ。今日こそ、その事を思い知らせてくれる。おれはきさまを血祭りにあげる日を待っていた!!」

「フハハハハ!!レイよなぜここへ来たと思う!!たかが女ひとりのためにやつれ果てたおまえの姿を笑うためよ!!しかもそれが、おれの紋章を刻まれた明日無き女のためとはな!!」

「フフフ・・・つくづくめでたいやつめ!きさまの肉体はすでに腑抜けだ。かかってこい、そして死ぬがいい!!」

450 レイ 「死ぬのはおまえだ!!きさまは南斗六聖拳を崩壊に導いた男!!南斗水鳥拳の伝承者の名にかけてきさまを処刑する」
  ケンシロウ 「・・・・六聖拳の崩壊!?」
  レイ 「そうだ、かつて南斗六聖拳は皇帝の居城を守る六つの門の衛将と呼ばれ・・・南斗聖拳総派百八派の頂点だったのだ!!しかし、あの戦争後、南斗六聖拳は二派に分裂した!平和を望む者と覇権をめざす者とに!!」

「この時ユダは裏切った!平和を望む声が優勢とみるや、自分の配下、南斗二十三派を引き連れ恐怖の覇王・拳王と手を結んだのだ!!一星崩れる時・・・残る五星もまた乱れ、この世に巨大なる悲劇の種は蒔かれた!!ケンシロウよ覚えておけ。殉星の男シンやおれの悲劇など、さらなる悲劇への序章にすぎないことを!!」

  ユダ 「フフフ・・・時代だ、時代が妖星を輝かせたのだ!!見よ!わが宿星の赤き妖星を!!妖星が告げておるわ!神がおれを選んだと!この世で最も強く美しいおれを!!」

「フフフ・・・欲しい、きさまの血が!!おれはおまえの血で化粧がしたい!!」

  ユダの拳がレイを襲う。レイの姿が目の前から消えた。レイの体はユダのはるか上空を舞っていた。上空からレイが舞い降りる。ユダの額がザクッと裂けて血が噴き出した。
  ユダ 「ククッ・・な・・・なぜ!!精神も肉体も既に朽ち果てているはずなのに、なぜ昔より切れる!!」

「死ね!!」

  ユダの血だらけの顔でレイに襲いかかる。レイの肘がユダの顔面に炸裂した。ユダの顔が歪み血を噴き出しながらのけぞり倒れた。
  ユダ 「な・・・なにがおまえをこれほどまでに!!」
  レイ 「フッ・・・愛を知らぬおまえには決してわかるまい。ユダよ!血化粧はおのれの血でするがいい!!」

「きさまもこれで終わりだ!!」

  ユダ 「フハハハ!!それでおれに勝ったつもりか、愚か者が!!」
460 レイ 「なに!?」
  ユダ 「だれも、おれを倒せはせぬ!義星を持つお前でもな、レイ!!」
  ケンシロウ 「やつは何か目論んでるな」
  ユダ 「おれ様は妖星のユダ!!なんの知略も持たずにここへ来たと思ったか〜〜!!」
  ケンシロウの耳が大地を揺るがし流れてくる水音を察知した。鉄砲水が街を襲う。廃墟と化したビル群を砕き、押し流し、泥流となって押し寄せてくる。レイとユダの足元にも大量の水が流れ込んできた。
  レイ 「な・・・なにをしたユダ!!」
  ユダ 「この村の豊富な水を逆に利用してやったのよ!!」
  レイ 「バ・・・バカな、ダムを爆破したのか!!」
  ユダ 「ふふ・・ここの砂地は水を吸うと流砂と化し人を飲み込む!!どうだ動けまい!!南斗水鳥拳の奥義はその華麗な足の動きにある!!その下半身の動きを封じられた今、きさまは羽をもがれた水鳥!!このおれの手で哀れに醜く死ぬのだ!!」
  ユダの紅鶴拳が水面を走りレイを襲った。ピシピシと音を立て、レイの体に傷をつくっていく。レイの全身から血が噴き出した。
470 ユダ 「ようやく!ようやくきさまを醜く切り刻む時が来たあ!!おれが一歩近づくごとに!深く切り裂く!!ヒャハハハ、切れろ切れろぉ!!」

「フフフとうとう、この女を救うことはできなかったな!!フフ・・あと一歩、あと一歩で最後だ!!」

  ユダがとどめの一撃、南斗紅鶴拳奥義血粧嘴(けっしょうし)を繰り出そうとしたその時、レイが水面を両手で押さえ込むように振り下ろした。レイの体が水中から浮かぶように抜け出ると、空中高く舞い上がった。レイは空中で両腕を広げユダの両肩へ振り下ろした。ユダの両肩が裂けてレイの手が深々と突き刺さる。レイが南斗水鳥拳奥義!!飛翔白麗(ひしょうはくれい)を打ったのだった。
  ユダ 「バ・・・バカな!!」
  レイ 「衰えたようだな・・ユダ・・・」
  ケンシロウ 「勝負はついたようだな」
  ユダ 「くく!!不覚!ま・・・またしてもおれはきさまの拳に一瞬、魂を奪われてしまった・・・フ・・フフ・・だ・・だが!!おれはこんな死に方はせん、こんな死に方はな!!」

「レイ・・・おれより強く美しい男よ!!」

  ユダが肩に食い込んだレイの両腕を掴み、抜き去ると、その手を自分の胸へと差し込んだ。レイの腕が深々とユダの胸を刺し貫いた。ユダの胸から血が噴水のように吹き上がった。誰もがその行動に目をみはった。
  ユダ 「フ・・レイ、おれの心の中にはいつもおまえがいた!!・・・おれはずっと幻影を追っていた。おまえを、そして美しい南斗水鳥拳の舞を・・・だが、とうとうおれはおまえを越える事はできなかった。最後の最後で幻影を突き放す事ができなかった・・そ・・・それがおれの弱さ!!・・だから、おれはマミヤにもなにもできなかった」

「フッ・・・おれが心から美しいと認めてしまったもの、その前でおれは無力になる。フッ・・妖星が義星に心惹かれた時から妖星は義星によりその光を消す運命にあったのだ」

「レイ・・・おれが・・ただひとり・・この世で認めた男・・・・せめて・・その胸の中で・・・」

  妖星のユダは義星のレイの胸に顔をうずめ、眠るように息を引き取った。ユダの部下達は将を失って、散り散りに散っていった。
  レイ 「ユダ、おまえもまた孤独!!・・・だが・・おれも直ぐに行く・・・さらばだ、南斗六聖拳伝承者、妖星のユダ!!」
480 リン 「・・・・・なぜ・・・・・何かがひとつ狂ったために男の人たちの血を・・・友情が血に・・・なぜ・・・」
  レイがマミヤに近づく。何か言いかけた時、レイのこめかみから血が噴き出した。
  マミヤ 「レイ!!」
  レイ 「フッ・・・とうとう最期の時が来たらしい・・・。マミヤ・・・いいか死兆星が頭上に落ちる日まで精一杯生きろ!!たとえ一瞬でもいい!!女として生きろ。女の幸福を求めるのだ!!」

「さらばだ!」

  レイがくるりときびすを返し去っていく。
  マミヤ 「レイ!!」
  レイ 「来るな!!・・来てはならぬ・・・おれはおまえにだけはおれの砕けていく無様な死に方を見せたくない」
  レイの右肩が砕け、爆発したように血を吹き上げる。
  レイ 「しあわせにな!」
  レイはにっこりと微笑むと、その場を去っていった。後に残るマミヤの眼には涙がとめどなく流れていた。

廃屋の前にレイとトキ、ケンシロウ、レイの妹のアイリ、そしてリン、バットが並んでいる。

490 レイ 「トキ・・・世話になった」

「ケン・・・・生き続けろ死ぬなよ。今の時代、おまえの北斗神拳が必要なんだ!涙を笑顔に変えるために」

  アイリ 「に・・兄さん!!」
  レイ 「アイリよ・・・先に行く兄さんを許せ・・・さらばだ!」
  ケンシロウ 「さらばだ」
  レイが廃屋の扉を開け中へ入っていく。遠くで、マミヤがじっと見つめている。扉が固く閉ざされた。静寂の時が流れる。部屋の内部から、激しい爆発音に似た音が響き渡った。そして再び静寂の時が流れた。やがて扉の隙間から外にレイの赤い血が流れ出てきた。

義星のレイの壮絶な最期であった。

  ケンシロウ 「レイ・・・忘れはせぬ。おまえもまた、よき強敵(とも)シンと同じく、おれの中に生き続ける」
  ケンシロウがレイの散った廃屋に火を放つ。燃え上がる炎が赤々と夜空を焦がしていく。
  リン 「さようなら・・レイ・・・」
  マミヤ 「レイ・・・はっ!」
  トキ 「どうしたマミヤさん!!」
500 マミヤ 「ほ・・・星が!!蒼星が見えない!!・・死兆星が消えた!!」
  天空に北斗七星が瞬いている。星になったレイが静かに微笑んでいるとマミヤは思った。
502 ED ユリア・・・永遠に(26)


北斗の拳ED

劇 終

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