火垂るの墓

清太 ................  辰己努
節子 ................  白石綾乃
................  志乃原良子
未亡人 ................  山口朱美
STORY

終戦間近の神戸。それまで空襲の脅威にさらされずにきたこの町に、突然B29の大編隊が襲いかかった。清太と節子の兄妹は混乱の最中、母親と別れ別れになる。家を焼け出され、路頭に迷った兄妹は叔母の家へ身を寄せることにするが、食糧や着物が底をつきはじめると、叔母と清太の関係もしっくりいかなくなった。ついに二人は叔母の家を出て、横穴壕でのままごとのような新しい生活を始める。夜は蚊帳の中に蛍を放ち、かすかな光で寂しさをまぎらわす。苦しいながらも、色々と工夫を凝らした生活はそれなりに楽しかった。しかし、はかない蛍の命を見て、「蛍、なんですぐに死んでしまうん」と清太に尋ねる節子もまた、食糧が尽き、蛍の命のように消えかかっていく。

001 清太(モノローグ) 「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ」
 
駅の構内の柱にガリガリに痩せ細り、か細い息を漏らしながら倒れこむように座っている少年がいる。行き交う人は皆、気にもとめず通り過ぎていく。中には、汚いと言って避けて通る者までいた。

少年の耳に幼い妹の声がこだまする。少年は力尽きたように床に倒れこみ小さく妹の名を呼んだ。

  清太
「・・節子(せつこ)・・」
  それが少年の最期の言葉だった。構内を清掃している駅員が倒れた少年の体をほうきの柄で突付き、死んでいることを確認する。
  N《駅員》 「ふぅ〜〜・・・またか・・」
  駅員が少年の持っていたドロップのいれ物を手に取るとおもいっきり駅の外へと放り投げた。地面に当たったドロップの缶の口から小さな白い骨のかけらが飛びちり、黄緑色の淡い光を光らせて蛍がぱっと舞い飛んだ。
  火垂るの墓(ほたるのはか)
  1945年6月5日 神戸の上空にB29の編隊が飛来した。空襲警報が鳴り響き、あたりはパニックになっていた。

清太の家。清太が庭に穴を掘り食糧などを隠していた。妹の節子が部屋の中から縁側へ走ってくる。後ろには母親がいる。母は節子に防空頭巾を被らせようとしている。

  節子 「暑いわァ」
010 「ええ子やろ、辛抱するんよ」
  節子
「アア〜〜ン」
  節子は、むずがゆって母のもとから清太のところへ走り寄ってきた。清太はシャベルで掘った穴に土をかけている。
  「ほな、一足先に濠に行かしてもらうからね。あんたらも気ィつけて早おいでよ」

「節ちゃん、お兄ちゃんの言うことようきくんよ」

  清太 「お母ちゃん、そんなことええから早でな!」
  「ハイハイ」
  清太 「あっ、お母ちゃん、薬もった?」
  「ハイハイ、もちました」
  母はそう言って部屋の中へ入っていった。
  節子 「防空壕いややなァ」
020 清太 「そないなこと言うとって、爆弾でぶっとばされても知らんで」

「早う、おぶさり」

  清太が節子を背中に背負い、紐でしっかりと結んだ。
  節子 「あー、お人形」
  清太 「えっ?」
  出て行こうとした清太はあわててかけ戻り、人形を拾い上げ、父の写真を胸に入れるとたんすから洋服を出そうと扉を開けた。その時、カンカンという鐘の音と共に退避しろと男の大きな声が家の外でした。
020 節子 「兄ちゃん」
  清太 「あっ・・」
 
清太はとるものもとらず、急いで靴を履いて家を飛び出した。上空にはB29の巨大で不気味な編隊が空を埋め尽くしている。B29から投下された無数の焼夷弾が風きり音を立てながら飴あられとなって、清太の頭上に降りかかってきた。清太はあわてて家に逃げ込んだ。

街じゅうに火の手が上がり、黒い煙が立ち上っている。轟音を立てて民家から火が噴き出し、怖がる節子を背中に清太は逃げた。

上空からは絶え間なく焼夷弾の雨が降り注いでいる。清太は逃げまどう人々の波にもまれながら、燃えている自分の家を呆然と見つめていた。火の手が清太に襲い掛かかってくる。

清太は節子を背負って必死で逃げた。海辺では対岸で真っ赤に燃える町の姿が赤々と照らし出されていた。

  清太 「心配あらへん、ここやったら大丈夫や」
  節子 「お母ちゃんどこいった?」
  清太 「防空壕にいてるよ」

「消防裏の壕、250キロの直撃かて大丈夫と言うとったもん、心配ないわ」

「お母ちゃん、きっと二本松駅に来てるわ。二本松で落ち合うはずやから」

「もうちょっと休んでから行こ」

  辺りにはきな臭い匂いが立ち込めている。空をみつめてちょっと心配そうにしたが、清太は節子を心配し、持っていたハンカチで節子の顔を拭いてやった。
  清太 「体なんともないか、節子」
  節子 「下駄ひとつ、あらんようになった」
  清太 「エッ、兄ちゃん買たるよ、もっとええのん」
030 節子 「うちもお金もってるねん」
  節子はクビにぶら下げた大きながま口を取り出して清太に差し出した。
  節子 「これ開けて」
  清太が、がま口の口をあけて節子に渡してやると、節子は嬉しそうにその中からお手玉とおはじきをとりだした。
  清太 「節子は金持ちやな」
  節子 「ウフッ」
  その時、空からボツボツと大粒の雨が降り始めた。
  清太 「これが空襲の後で降るというやつか」
  清太は節子を背負い小高い丘に登った。そこから見る街は一面の焼け野原となって何もなかった。清太は驚いて声も出せなかった。
  清太 「えらいきれいサッパリしてしもたなあ?」

「見てみ、あれ公会堂や。兄ちゃんと雑炊食べに行ったやろ」

040 節子 「おうち焼けてしもたん?」
  清太 「そうらしいわ」
  節子 「どないすんの?」
  清太 「お父ちゃん、敵(かたき)とってくれるて」
  節子 「兄ちゃん、おしっこ」
  清太 「よっしゃ」

「どないした?」

  節子 「目ェ、痛いねん」
  清太 「こすったらあかん。学校行ったら洗うてくれるよ」
  節子 「お母ちゃん、どないしたん?」
  清太 「学校におるわ」
050 節子 「ガッコウ?」
  清太 「そや、早いこ」
  節子 「うん」
  学校には救護所が設置され焼け出されて家を失った人たちでごった返していた。

焼夷弾で焼かれた怪我人も多く搬送されていた。

学校で、清太の母が怪我をして運び込まれている事を知らされた。清太は急いで母のもとへ走った。

  N《せりふ》 《おじさん》
「ああ、清太君、探してたんや元気やった?」
  清太 「お母ちゃんは?」
  N《せりふ》 《おじさん》
「こっちや」

「あ・・・これ、お母さんのや」

  清太 「エーッ!」
  清太は母の指輪を見せられて驚いた。

怪我や火傷で泣いている人の側をすりぬけ、教室へ通された。

  N《せりふ》 《おじさん》
「こっち、こっち」
060
通された部屋には顔も体も包帯でぐるぐるに巻かれ、体中、血だらけの人が寝かされていた。か細いが息はかすかにあった。
  N《せりふ》 《おじさん》
「今ようやく寝はったんや」

「どっか病院あったら、入れた方がええねんけどな・・聞いてもろてるねん」

「西宮(にしのみや)の回生(かいせい)病院は焼けんかったらしいけどな」

  清太 「あの・・お母ちゃん心臓悪いんですけど、その薬もらえませんか?」
  N《せりふ》 《おじさん》
「ああ、聞いてみような」

「ほな、また来るから」

  校庭、節子が近所のおばさんと砂遊びしている。おばさんは、清太たちのために乾パンをもらいに行ってくれた。

清太は節子の持っているがま口を開けて、母の指輪を中へ入れた。

  清太 「この指輪、財布へなおしとき。なくしたらあかんで」

「お母ちゃんちょっとキイキ悪いねん。じきようなるよってな」

  節子 「どこにおるのん?」
  清太 「病院や、西宮のな」

「そやから今日は、学校へ兄ちゃんと泊まって、明日、西宮のおばちゃん知ってるやろ・・池のそばの。あすこへ行こ」

「なっ?」

  おばさんが乾パンを持って来てくれ、教室へ一緒に行こうとさそった
  清太 「すみません・・ぼくら、後で行きますさかい」
070 N  おばさんは後でね、とその場を去った。
  清太 「ほら、食べるか?」
  節子 「お母ちゃんとこ行きたい・・」
  清太 「明日ならな、もう遅いやろ」
  節子はその場にしゃがみこみしくしくと泣くばかりだった。
  清太 「見てみ!兄ちゃん上手いで!」
 
清太は悲しみを覆い隠すように、元気よく鉄棒へ飛びつくと、何度も何度も前転を繰り返していた。

母の死体は山の中腹の寺に他の大勢の死体とともに荼毘にふされた。

  N《せりふ》 《おじさん》
「妹さん、どないしたんや?」
  清太 「西宮の遠い親戚に今朝あずけて来ました」

「焼けだされたら置いてもらう事になっとったから」

N《せりふ》 《おじさん》
「そうか、そらよかった」

「ほな、私は任務があるさかいこれで・・・元気でな」

080 西宮のおばさんの家。夜遅く清太が帰ってくる。手には荼毘にふされた母の遺骨をしっかりと抱いている。清太は庭の草むらに母の遺骨の入った箱をそっと隠し、黙って家へ入った。

真っ暗な部屋の中から節子が嬉しそうに飛び出してくる。

  節子 「お母ちゃん!」
  勝手口に立つ清太一人の姿を見て節子が残念そうにつぶやいた。
  節子 「お母ちゃんは?」

「お母ちゃん、まだキイキ痛いのん?」

  清太 「うん、空襲で怪我しはってん」
  部屋の奥から、おばさんが現れる。
  未亡人 「お帰り。お母さんどないやった?回生病院?」
  清太 「・・!・・はぁ・・・」
  未亡人 「海軍さんはええわ。疎開荷物かてトラック使うて運ぶんやから」

「あと、蚊帳と布団は三畳に出してあるさかいな」

  清太 「すみません」
090 部屋へ行くと節子が布団の上にちょこんと座って、母の指輪を大事そうに触っている。
  節子 「お母ちゃん、もう指輪せえへんのかな」

「節子にくれはったんやろか」

  清太 「それ大事なんやからしもうとき」

「・・・お母ちゃんなあ・・お母ちゃん、もうちょっとようなったら一緒に見舞いに行こうな」

  節子 「うん」
  清太 「もう遅いからお休み」
節子 「うん・・・・」
  焼け野原の瓦礫の中、清太が元あった家の土地を掘り返している。あの空襲の日、清太が埋めたものを掘り出す為だった。その荷物の中から、ドロップの入った缶を見つけた清太は大事そうにポケットへしまった。
  未亡人 「あぁ、ニシンにカツオ節、干し芋に卵。それに梅干。いやー、これバターやないの」

「非常時いうても、あるとこにはあるもんや。軍人さんばっかり贅沢して」

「それで清太さん。病院よって来はった?先の事も相談せなならんし、節ちゃん連れていっぺんお見舞いに行ってこんならん思とるんやけど」

  清太は黙ってうつむいて一言も喋らない。
  未亡人 「・・!・・あかんかったんか?」
100 清太 「お母ちゃん、学校で死んだんです・・おとつい」
  未亡人 「なんやて死にはった?」

「そんならそうと何で直ぐに言うてくれはらへんかったん・・水臭い子やなあ」

  清太 「節子に知られとうなかったんです」
  未亡人 「・・・・死にはったんか・・・・・」

「えらいこっちゃ、直ぐお父さんに手紙書いて知らせんと」

 
おばさんは清太の持ち帰った物資を大事そうに抱え込むと、部屋の中へいそいそと入っていった。

表から節子が快活な笑い声とともに帰ってきた。

  節子 「アハハハ・・あっ、兄ちゃん!」

「お姉ちゃんに下駄、買うてもろた」

  清太 「よかったな節子」
  その夜、貰い湯した帰り道、大きな鳴き声に節子が気味悪がって清太に聞いた。
  節子 「なんなん、あの音」
  清太 「あー、食用蛙や、怖いことあれへん」
110 節子 「あっ、ホタル!」
  清太はホタルを一匹捕まえると、節子の顔の前に手を差し出した。その手の中でホタルが黄緑色の淡い光を放っている。
清太 「ほら、捕まえてみ」
  節子 「うわぁ」

「・・え!・・あぁ・・」

  清太 「あーあ、つぶれてしもた」
  節子 「なんやへんな臭い」
  清太 「ははは、ギュッと握るからや」
  野原にはホタルの群れが淡い光を放ちながら舞っていた。
  清太 「ぎょうさんおるなあ、ホタルが」

「そや節子、眼つむってアーンしてみ」

  節子 「なんでや」
120 清太  「なんでもええから、アーン」
  節子 「アーン」
  清太はドロップを一粒、節子の口へ放り込んだ。甘いドロップのにおいが節子の鼻をくすぐり、口一杯に広がった。
節子 「ロオップ!うーん」

「ロオップ、ロオップ、ロオップ、ロオップ、ロオップ」

  節子は嬉しそうに野原を駆け回っている。その姿をホタルがぼうっと照らし出していた。
  節子 「もうちょっとで飲み込んでしまうとこやった」
  清太 「ハ・・ハハハ」
 
おばさんの家。洗い場で、おばさんが鍋にこびりついた飯粒をこそげとり、わずかに剥がれた飯を口に放り込む。
  清太 「ただいま」
  未亡人 「おそかったやないの」

「おばさんにちゃんとお礼いうたやろな」

130 清太 「はい」
  部屋に上がった清太がつぶやく。
  清太 「うまそうやなぁ・・」
  雨の日、部屋で清太が寝転び本を読んでいる。その横で、節子がはさみで紙を切っている。そこへおばさんが入ってきた。
  未亡人 「清太さん、あんた学校どないなっとるの?行かんでええの?」
  清太 「はあ、動員行っとった神戸製鋼は爆撃でメチャメチャやし、学校も焼けてしもて・・・行ってもしょうがないんです」
  未亡人 「へえ・・お父さんには手紙書いてくれたんやろな」
  清太 「出しました。呉鎮守府気付(くれちんじゅふきつけ)で」
  未亡人 「いつ?」
  清太 「ここへ来て直ぐですから、もう10日以上も前です」
140 未亡人 「おかしいなあ・・こっちへもまだ返事がこんのや」

「ハサミ使うたら返しとかなあかんよ。節ちゃん!」

  おばさんはそう言い残して部屋を出て行った。

食事、雑炊をすすっている。おばさんは当然のように自分の子供たちには米の飯を注ぎ、清太たちには汁しかよそっていなかった。

  未亡人 「戦局はどないですの?」
  N《せりふ》 《息子》
「ますますあかんらしいですわ」

「空襲で焼けてしもた分だけ他の工場にシワヨセが来ますやろ」

「本土決戦に備えて増産に励めの一点張りですわ」

  未亡人 「そやろなあ、食料の配給かて悪うなるばっかりやし、戦地の兵隊さんだけやのうて、みんな大変ですなあ」

「こいさんも、お国のための勤労動員やもん。ようけ食べて力つけてもらわんと」

  その時、空襲警報が鳴り響き、清太たちは防空壕へと避難した。
  清太 「どないした、あせも、かゆいんか?」
  節子 「暑い!防空壕いやや」
  清太 「我慢せなあかん。兄ちゃんおるからこわないやろ」
  海へ清太と節子は遊びに行った。無邪気にかける節子。その時、空襲警報が鳴り響き、清太たちもその場を逃げた。海上の向こうからB29の編隊が陸地めがけて飛んでくるのが目に映った。
150 未亡人 「お母さんの着物なあ、言うては悪いがもう用もないんやしお米に換えたらどう?」

「おばさんも前から少しずつ物々交換して足し前してたんよ。これで1斗にはなると思うよ」

  清太 「1斗!」
  未亡人 「清太さんも栄養つけな。体丈夫にして兵隊さんに行くねんやろ」
  清太 「1斗になるんですか?」
  未亡人 「このまま置いとくより、その方がきっとお母さんも喜びはるわ。ほな、ちょっと行ってくるさかい」
  節子 「あかん!」
  未亡人 「なんや節ちゃん、起きてたんかいな」
  節子
「お母ちゃんのオベベ、あかん!」

「あかん、あかん!お母ちゃんのや」

  清太 「節子、放しや」
160 節子
「いやや、いやや、いやや!」
  清太 「節子?」
  節子 「いやや、いやや、いやや!エエーンッ!」
 
おばさんがビンの中へ米を移している。
  清太 「うわぁ!」
  未亡人 「ええお米やろ。晩はこの白い御飯、炊くさかいな。節ちゃん」

「はい、これはあんたら持っててや」

  ビンに詰めた米を清太に渡し、残りを持っておばさんは部屋を出て行った。清太は米の入ったビンを大事そうに抱えて嬉しそうに笑っている。
  清太 「白い御飯やで、節子」
  節子は黙ってうつむき座って、一言も言わない。清太がちょっかいだし、つついても手で払いのけるだけだった。

晩御飯。山盛りの白い御飯を清太に差し出す。

  未亡人 「はい。こいさんも兄さんも残業やさかい、せっかくの温い御飯が食べられんで気の毒やわ」
170 清太 「おいしいなあ。やっぱ、白い御飯は」
  節子 「おかわり」
未亡人 「ハイハイ」

「節ちゃん、白い御飯やとよう食べるなあ」

  節子 「うん、好きやもん」
 
朝、清太たちは雑炊を食べている。その目の前でおばさんは白いおにぎりを握り、自分の子供たちの弁当を作っていた。
  清太 「どないした」
  節子 「雑炊いやや」
  清太 「ぼくの持ってきた梅干、もうないんですか?」
  未亡人 「そんなもん、とうにのうなったやないの」

「はい、お弁当」

  N《せりふ》 《息子》
「ほな、もろてきます」
180 未亡人 「ごくろうさん」
  清太 「見てみ、昼はオムスビやから、雑炊、我慢して食べ」
  未亡人 「ええ加減にしとき!うちにおるもんは昼かて雑炊や」

「お国のために働いてる人らの弁当と一日中、ブラブラしとるあんたらと、なんで同じや思うの」

「清太さんな、あんたもう大きいねんから助け合いいう事考えてくれな」

「あんたらはお米ちっとも出さんと、それでご飯食べたい言うてもそらいけませんよ。通りません」

「ちょっと続けて御飯食べさせたったら、まあ口が肥えてしまいよってからに!」

  節子 「せやかて、あれうちのお米やのに」
  未亡人 「なんや、そんならおばさんがズルイことしてるいうの。えらいこというねえ」

「みなしご二人あずかたって、そう言われたら世話無いわ」

「よろし、うちとあんたらと御飯別々にしましょ。それやったら文句ないでしょ」

「それでな清太さん、あんたとこ東京にも親戚いてるんでしょ。お母さんの実家でなんやらいう人おってやないの?手紙出したらどう?」

「この西宮かていつ空襲されるかわからんよ」

  列車に乗っている清太。おばさんに言われたせりふを思い出し、小さくつぶやいた。
  清太 「せやかて、住所わからへん」
  銀行の外で節子が一人たたずんでいる。そのそばで、母に甘える子供の姿があった。節子はじっとその様子を見つめている。
  清太 「かんにん、かんにん、順番えらい待たされてしもた」

「どないしたん?」

  節子 「おなかへった、のどかわいた」
190 清太 「よっしゃ」
  清太はポケットに持っていたドロップの缶を開け、中からドロップを一つ取り出した。
  清太 「ほら、ドロップなめ」

「お母ちゃん、銀行に7千円も貯金しとったんや」

「7千円やで、あんだけあったらなんとでもやってけるわ。もう心配あらへん」

「お父ちゃんになあ、”はよ返事下さい。節子が待ってます”いうて書いてるんや」

  金物屋で清太が買い物している。
  N《せりふ》 《金物屋》
「あんたらは運がええ、今時こないな七輪、なんぼ金出したかて手に入らへんで」

「きょうびは売ろうにも品物がのうて、商売あがったりや。特に金物はあかん、どっこにもないわ」

  清太 「あの黄楊(つげ)のクシとそれから・・・番傘無いですか?」
  N《せりふ》 《金物屋》
「傘は、無いなあ・・あっ、そや」
  清太は両手に七輪と荷物、背中には節子を背負い、ぼろぼろの番傘を節子が両手でしっかり握り、雨の中嬉しそうに歩いている。

おばさんの家でさっそく七輪に火をおこしている。

  清太 「うまいやろ兄ちゃん」
  節子 「うん」
200 未亡人 「火の始末だけは気いつけてや」
  清太 「ハーイ」
  N《せりふ》 《息子》
「どないしたんです、あのふたり」
  未亡人 「今日から自分らで自炊するんやて」
  N《せりふ》 《息子》
「ほおー、そりゃまた健気なこってすな・・おかわり」
  未亡人 「せやけど、ごめんなさいの一言ものうて、七輪から何から買うてきてからに、まるでアテツケや」
  部屋では清太と節子2人だけの夕御飯を食べている。
  清太 「ゴッツォーさん、フッ、あー」
  清太は大きく伸びをしてごろんと横になった。
  節子 「牛になるよ、兄ちゃん」
210 清太 「ええよ、そんなにきちんと座らんでも」
  N《せりふ》 《米屋》
「2人分な」
  清太 「これだけ?」
  N《せりふ》 「ああ、次の配給は7月に入ってからになるやろ」
 
田んぼのあぜ道で節子が大きな声をあげて泣いている。清太はドロップの缶を振って見せるが音がしない。節子は益々大きな声をあげて泣いた。

清太が缶の底を叩くとカランと音がした。取り出してみるとドロップが3個くっついて出てきた。それを節子に渡す。節子は缶の中を覗き込み、もう無い事を確認すると、小さく割れたドロップのかけらを口にほおばり、くっついた3個のドロップをまた、缶の中へと大事そうにしまった。

おばさんの家、残り少ないドロップの缶に水を一杯入れて、ドロップ水をつくった。

  清太 「甘いか?」
  節子 「ハァー、味が一杯する」
  清太 「ハハハ、ブドウ、イチゴ、メロン、ハッカ、全部入ってるもんな。節子、みんな飲んでええわ」
  節子 「ハァー飲んでしもた、ハハハハ」
  未亡人 「あれあれ、片付けもせんで寝てしもて、勝手なことばっかりして。ほんまにあの子らにはカワイゲいうもんがないんやから」
220 部屋の中から節子の泣き声がきこえてくる。
  未亡人 「またや」
  節子 「お母ちゃん・・・」
  未亡人 「清太さん、こいさんも兄さんもお国のために働いてるんでっさかい、せめてあんた泣かせんようにしたらどないやの!」

「毎晩、毎晩、空襲でええかげんみんな寝不足になってるいうのに、うるそうて寝られへん」

  清太は母を恋しくて夜泣きする節子を背に負ぶって、外へ出た。外にはぼうっと、ホタルのあかりが点滅しながら群れている。

その時、闇夜を切り裂くように空襲警報が鳴り響いた。

  N《せりふ》 《アナウンス》
「中部、軍勧告情報!敵、数目標(すうもくひょう)は、現在、旧水道を北上しつつあり・・」
  おばさんの声が耳にこだまする。
  未亡人 『清太さん、また横穴いくんか、あんたの年やったら隣組の防火活動するんが当たり前やないの』
  警報解除の声が聞こえる。横穴にいる清太と節子。
  節子 「おうち帰りたいわあ・・おばさんとこ、もういやや」
230 清太 「おうち焼けてしもたもん、あれへん」
  回想。おばさんのうち、清太がオルガンを弾き、節子と一緒にこいのぼりを歌っている。
  未亡人 「よしなさい!この戦時中になんですか。怒られるのはおばさんですよ。非常識な」

「ほんまに、えらい疫病神が舞い込んで来たもんや」

「空襲いうたって何の役にもたたんし、そんな命惜しいのやったら、横穴に住んどったらええのに」

  再び、横穴。
  清太 「あんなぁ・・ここ、おうちにしようか?」

「ここやったら、誰もけえへんし・・柱も太いし、節子と2人だけで好きにできるよ」

  節子 「うちらのおうちにしてええのん?」
  清太 「うん」
  清太の決断は、節子にとって、夢のような出来事だった。だが、その決断は、時代の流れの中で2人に過酷な悲しい結末を迎える事になるとは、清太には知るよしもなかった。

清太が、リアカーに引越しの荷物を乗せている。

  清太 「えらい長いことお邪魔しました。ぼくらよそへ移ります」
  未亡人 「よそて・・・どこ行くの?」
240 清太 「まだ、はっきりしてませんけど」
  未亡人 「はあ・・・?ほなまあ・・気いつけてな、節ちゃん、さいなら」
  節子の明るい笑い声におばさんが驚いて振り返る。

横穴。節子が嬉しそうにはしゃいでいる。おおきなおままごとのおうちができたようだった。

  節子 「アハハハ、ここが台所。こっちが玄関」

「ハバカリはどこにするのん?」

  清太が母の遺骨の入った箱を、節子の目のつかないところへ隠していた。あわてて清太が答える。
  清太 「ええやんか、どこでも。お兄ちゃんついてったるさかい」
  清太は近くの農家へ借りたリアカーを返しにやってきた。
  清太 「ありがとうございました」
  N《せりふ》 《農家のおじさん》
「そこらへんに置いといてや」
  清太 「あの、ワラもう少しと・・・何かオカズになるようなもん売ってくれませんか?」
250 N《せりふ》 《農家のおじさん》
「ああええよ。あるもんしか無いけどな」
  清太と節子、14歳と4歳の兄妹のままごとのような生活が始まった。

横穴の前の池を眺めながら、清太が言った。

  清太 「とれたら、あれも食えるはずなんやけどな」
  節子 「カエル?」
  清太 「うまいんやて
  節子 「フーン」
  清太 「節子、あとはええから、蚊帳に入っとり」
  夜、清太が池のほとりで茶碗を洗っている。そこへ節子がやってきた。
  清太 「どないした?」
  節子 「歯ブラシ忘れて来た」
260 清太 「ええやんか、一日くらいせんでも」

「こらっ、蚊にくわれるやないか、蚊帳にはいっとらなあかん」

  節子 「まっくらやし、こわい」
  清太 「兄ちゃんションベン行くけど、節子もするか」
  節子 「うん」
  木のもとで清太が立ち小便をしている。その近くに節子もいる。
  清太 「あれ特攻やで」
  節子 「ふーん、ホタルみたいやね」
  清太 「そうやな」

「そや・・・ホタル、つかまえよか?」

 
横穴の中。真っ暗な中に無数のホタルが飛び回りあたりを薄淡く、柔らかく2人を照らし出した。

暗がりの中の淡い光は、清太の心に淋しさをかきたてた。清太が節子をぎゅっと抱きしめる。

  節子 「ううーん、苦しいやん兄ちゃん」
270 朝、節子が池のほとりの土をほじくっている。
  清太 「なにしとんねん?」
  節子 「お墓つくってんねん」

「お母ちゃんも、お墓に入ってんねんやろ」

  節子が掘った穴に、ホタルの死骸を手ですくって移していく。清太の脳裏に、大きな穴にたくさんの遺体とともに放り込まれる母の姿がダブった。
  節子 「うち、おばちゃんに聞いてん」

「お母ちゃん、もう死にはってお墓の中にいてるねんて」

  清太の両目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。清太は声を押し殺しながら、むせぶように泣いた。
  清太 「いつかお墓いこな。節子、覚えてへんか。布引(ぬのふき)の近くの墓地いったことあるやろ。あそこにいてはるわお母ちゃん。大きな楠(くす)の木の下の・・・」
  節子 「なんでホタルすぐ死んでしまうん?」
  里に降り、農家のおじさんと話す清太、かたわらでは節子が体中を掻いている。
  清太 「・・それに、お母さんの着物もみんな米と買えてしもて、もうあらへんのです」

「おじさんとこなら前にお金で色々・・・」

280 N《せりふ》 《農家のおじさん》
「着物とかお金とかそんなこというとるんやない。うちは農家やいうても、そうそう人に分けられるほどは作っとらんのや」

「それよりあんたらほかに身よりは?」

  清太 「それが、連絡つかへんのです」
  N《せりふ》 《農家のおじさん》
「それやったら、やっぱりあの家へおかしてもろた方がええ。第一、今はなんでもかんでも配給やし、隣組に入っとらんと暮らしてはいけん」

「なっ、よう謝ってあすこへ置いてもらい」

  清太 「すいませんでした。よそを当たってみますよってに」
  N《せりふ》 《農家のおじさん》
「あんたも海軍さんの息子やろ。しっかりせなあかんで」
  道の途中で、突然、戦闘機から機銃発射をうけ、清太と節子は道端のトマト畑へ身を伏せた。

目の前に実った真っ赤なトマトに清太は思わず手を伸ばし、それをほおばった。そして、節子にもとってやり渡した。

節子 「ええのん?」
  清太 「うんうん・・・・」
 
横穴の前で清太が節子の髪をといている。頭からしらみを見つけて指で潰す。
  清太 「大豆でもコーリャンでも好き嫌いいうたらあかん。ようけ食べな大きゅうなれへんで」
290 節子 「兄ちゃん」
  清太 「うん?」
  節子 「うち・・・・うちな、おなかおかしいねん」
  清太 「冷えたんか?」
  節子 「もうずっとビチビチやねん」
  夜、闇にまぎれて清太がさつまいも畑を荒らしているのが見つかった。
  清太 「堪忍してください!すんません堪忍してください・・ウッ」

「妹、病気やからサトウ汁、飲ましてやりとうて」

  N《せりふ》 《男》
「なにぬかす!戦時下の野荒しは重罪やねんど」

「このガキャー!コラッ、待たんかい!」

「こらなんや!こないなちっこい芋まで掘りくさって。この辺の畑荒らしとったんはお前やな」

  節子 「兄ちゃん!」
  清太 「すんません、堪忍してください。もうしませんよってに」
300 N《せりふ》 《男》
「すんませんで済むのやったら警察はいらんわい」

「サッサと歩かんかい。ブタ箱入りじゃ!」

  節子 「兄ちゃん、兄ちゃん!」
  清太 「妹、ほんまに病気なんです」

「僕おらなーどうにもなりません」

  節子 「兄ちゃん、兄ちゃん!」

「兄ちゃーん!」

「兄ちゃん、兄ちゃん・・・・」

  一人とり残された節子の兄を呼ぶ声だけが、いつまでも悲しく闇の中にこだましていた。

交番、傷だらけの清太がしんみりと座っている。そばに畑を荒らされた農家の男もいる。

  N《せりふ》 《警官》
「事情はようわかった、この件は犯人説諭(せつゆ)、および調書作成の上、善処するよってにひきとってよろしい」
  N《せりふ》 《男》
「そ・・そやけど・・」
  N《せりふ》
《警官》
「こんだけ殴りゃ気が済んだやろう」

「未成年に対する暴行!傷害!」

  N《せりふ》 《男》
「ほっ・・ほな、よろしゅう頼まっさ」
  N《せりふ》 《警官》
「今夜の空襲、福井やったらしいなあ」

「まあ奥で、水でも一杯飲んだらどうや」

310 交番を出た道で清太を待つ節子の姿があった。
  清太 「節子・・」
  節子 「兄ちゃん・・・」
  節子が清太の足にしがみつく。清太はぼろぼろと涙を流し泣いている。
  節子 「兄ちゃん・・・どこ痛いのん?いかんねえ、お医者さん呼んで注射してもらわな」
  清太 「節子・・・」
  清太は節子をしっかり抱きしめた。
  節子 「兄ちゃん、ハバカリ行きたい」
  清太 「そこまで我慢できるか?」
  節子 「うん」
320 清太 「おぶさり」
  横穴の壁にぐったり体を預けている節子。手には人形をしっかり抱いている。
  節子 「オニイサンはヤマへシバカリに・・オバアサンは・・」
 
本土への空襲はますます酷くなっていた。皆、急いで防空壕へ身を隠していく。清太はその空襲の隙を狙って、家から食べ物を盗んでいった。

横穴で節子がぐったりと横たわっている。

  清太
「節子、飯にしよっ」

「今日のカボチャうまいで。見てみ、ほんまのヨーカンみたいやろ」

  節子 「うち・・ヨーカンきらいや・・」
  清太
「何いうてんねん。節子、食べんかったら兄ちゃん、お父ちゃんに怒られるやんか」

「さっ、兄ちゃん食わしたるさかい、元気出して食べ」

「ようけ食べて、早うようなって、また一緒に海行こ」

 
夜、空襲警報が鳴り響く。清太は、待ちかねたように跳ね起きると、町へ降りていき、家々を荒らしてまわった。

朝もやの中、戦利品を一杯持って、清太が得意満面で横穴へ戻ってきた。

節子が倒れている。

  清太 「節子・・・!」
  節子 「兄ちゃん・・お水・・・」
330 病院で診察している節子。体中に湿疹が出て、肉が落ち、骨が浮き出ている。
  N《せりふ》 《医師》
「息吸って。吐いて」
  清太 「それから・・・もう何日も下痢が止まらないんです。湿疹もアセモやないみたいやし」

「潮水で洗うとしみて痛がるだけなんです」

  N《せりふ》 《医師》
「栄養失調からくる衰弱ですな。下痢もそのせいだ」

「ハイ、次の人」

  清太 「何か薬とか注射とか?」
  節子 「注射・・いやや」
  清太 「とにかく何とか手当てしてください。お願いします」
  N《せりふ》 《医師》
「薬もなんも・・まっ、滋養をつけることですな。それしかない」
  清太 「滋養いうても・・・」
  医者は次の患者に問い掛ける。
340 N《せりふ》 《医師》
「どうしました?」
  清太 「滋養なんか、どこにあるんですか!」
 
節子を抱き、道を歩く清太。夏の暑い日ざしが衰弱した節子の体力をますます奪っていく。目の前に大きな氷を切っている氷屋がいる。清太は氷屋が届けに行った隙に、道に落ちた氷の削りかすを手ですくい、節子に与えてやる。
  清太 「腹へったなあ・・」

「なに食べたい?」

  節子 「天ぷらにな、おつくりにな・・ところ天」
  清太 「もうないか?」
  節子
「アイスクリーム、それから・・・またドロップ、なめたい」
  清太 「ドロップかあ・・よっしゃ」

「貯金、全部おろして来るわ。何かええもん買うてきたる」

  節子 「うち、なんもいらん。おうちにおって兄ちゃん」

「行かんといて。行かんといて・・行かんといて」

  清太 「心配せんでもええよ。節子」

「今度、貯金おろしてお米や滋養のあるもん買うたら、もうどこへも行かへん」

「ずっと、ずっと兄ちゃん、節子のそばに居る。約束や」

350 節子は安心したようにニコっと笑った。

銀行。清太が残りの金、3000円をおろしている。そばで立ち話する人の声が耳に入った。

  N《せりふ》 《男》
「アメリカに降参してしもてから、なんぼ神風が吹いたかて後の祭りやがな。アホらしい」
  清太 「降参て?戦争に負けたんですか?」
  N《せりふ》 《男》
「なんもしらんのか、あんた」
  清太 「負けたって本当ですか。日本が?大日本帝国が?」
  N《せりふ》 《男》
「ああ、無条件降伏やがな」
  清太 「連合艦隊どないしたんや!」
  N《せりふ》 《男》
「あかん、あかん、そんなもん、とうの昔に沈んでしもて、一隻も残っとらんわい」
  清太 「なんやて!」

「そんなら、お父ちゃんの巡洋艦も沈んでしもたんか?それで返事も来なんだか!」

  N《せりふ》 《男》
「そんなこと、わしが知るかい!」

「けったいな子やなぁ」

360 清太 「お父ちゃんも死んだ・・お父ちゃんも死んだ・・・」
  横穴の中、節子が口に何か含んで横になっている。
  清太 「節子、遅うなってゴメン。今、白いお粥さん、炊いたるさかいな」
  節子 「上いったぁ・・下いったぁ・・あっ、止まった・・・」
  清太
「うまいことかしわも卵も買えたんやで」

「それからな・・・うん?」

「節子、何なめとるんや」

  清太は節子を抱え起こし、口の中に指を入れた。
  清太 「・・!・・これオハジキやろ、ドロップちゃうやんか」

「今日は兄ちゃん、もっとええもんもろて来たんや。節子の大好きなもんやで」

  節子 「兄ちゃん。どうぞ」
  清太 「なんや・・節子?」
  節子
「ゴハンや」

「おから炊いたんもあげましょうね・・どうぞ、おあがり」

「食べへんの?」

370 清太 「節子!」

「ほらっ、スイカや。すごいやろ、盗んだんや無いで」

  清太はナイフでスイカを切り取り、赤い実を節子の口元へつけてやった。
  清太 「ほらっ、スイカや」
  節子 「おいしい」
  節子のか細い声が嬉しそうだった。
  清太 「待っててや、すぐ卵入りのお粥さん作るさかい」

「スイカここへ置いとくさかいな。なっ」

  節子 「兄ちゃん・・おおきに」
  清太(モノローグ) 『節子は、そのまま眼をさまさなかった』
  N《せりふ》 《炭屋》
「ハイ、特配の炭、一俵な」

「子供さんやったら、お寺の隅など借りて、焼かせてもらい」

「裸にしてな、大豆の殻で火をつけると、うまいこと燃えるわ」

「せやけど、ええ天気やなあ」

 

山の頂き、清太は行李に節子の遺体とともに、節子の大事にしていた人形、財布を詰めると火をつけた。火が勢い良く燃え、煙が真っ直ぐに天高く上っていった。
380 清太《モノローグ》 『翌朝ぼくは、ローセキのかけらのような節子の骨をドロップの缶に納めて山を降り、そのまま壕へは戻らなかった』

火垂るの墓 

劇  終

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