ガラスの仮面
コミック 第13章 ふたりの阿古夜 46巻より

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001 ナレーション 演劇史上不朽の名作と謳われる「紅天女」
上演権を持つ月影千草が事故で引退した後は幻の名作となっていたが、千草は北島マヤと姫川亜弓のどちらかを後継者にすると決めた。
後継者を決める最終審査は2つのグループでの「紅天女」試演。マヤと亜弓は紅天女の里で千草から特訓を受け、紅天女の心を知るための課題「風(ふう)」・「火(か)」・「水(すい)」・「土(ど)」の演技に取り組み、その成果を梅の谷での発表会で披露した。
二人の演技の後、最後の「紅天女」を演じた千草は、マヤと亜弓それぞれが自分自身の思う新しい紅天女を造り出すように告げる。
キッドスタジオ。ここはマヤたちのグループの練習所である。熱のこもった練習が続く中、速水真澄の婚約者・鷹宮紫織がマヤを訪ねてきた。
  鷹宮紫織 『真澄さま・・・長い年月、ずっとこの娘(こ)を支えてきたのですね・・・紫のバラを贈り続けて・・・』
『人前で狼をやってみろとあざけったのも、きっと本当はこの娘(こ)のためを思ってのこと・・・』
『「紅天女」の話になるといつも心がどこかへいってしまうのは、この娘(こ)のことを考えているから・・・そして何も知らない
あの娘(こ)が紫のバラのひとに贈ったという舞台写真のアルバム。大切そうに別荘の書棚の隅に・・・あの娘(こ)の卒業アルバムと一緒に・・・』
『真澄さま・・・あの娘(こ)が少女の頃から見詰めていらしたのですか・・・?あの娘(こ)に憎まれながらも陰でずっと支えてきたなんて・・・信じられない・・・!』

『なぜそれほどまでに・・・!?あの娘(こ)が月影千草の認める「紅天女」候補として育ってきたからですの・・・?』
『真澄さま・・・忘れないで。あなたの婚約者はわたし・・・!あの娘(こ)に紫のバラなど贈らせませんわ・・・もう2度と!』
  北島マヤ 「あ!」
『紫織さん・・・!』
  鷹宮紫織 「こんにちは、お稽古見せていただきましたわ」
  北島マヤ 「ありがとうございます」
  鷹宮紫織 「『紅天女』の上演が楽しみですこと」

「少しつきあってくださる?・・・あなたとお話がしたいの」
  北島マヤ 『紫織さん・・・?』
  ナレーション 詩織はマヤを練習所の近くのカフェへと連れ出した。
  鷹宮紫織 「ごめんなさいね。こんなところまでお連れして」
010 北島マヤ 「いいえ」
「あの・・・なんでしょうか?あたしにお話って?」
  鷹宮紫織 「わたくし『紅天女』の試演が終わったら結婚しますの・・・大都芸能の速水真澄さまと・・・」
  ナレーション 紫織が左手の薬指にはめられた大きなサファイアの指輪を見せた。
  鷹宮紫織 「あら、どうかして?」
  北島マヤ 「綺麗な指輪ですね。見たこと無いです。あたし・・・そんな大きな宝石」
  鷹宮紫織 「真澄さまがくださったの。婚約指輪ですわ。サファイアはわたしの誕生石なの。・・・でも少しゆるくて・・・抜けないかとつい触ってしまいますのよ」

「ねえマヤさん。速水にとって『紅天女』の上演権獲得は長い間の夢ですの。姫川亜弓さんとあなた・・・試演の結果どちらが『紅天女』の上演権を獲得するかわからないけれど・・・『紅天女』はどうしても大都で上演させていただきたいの・・・!」
  北島マヤ 「紫織さん?」
  鷹宮紫織 「でも・・・試演でもし、あなたが選ばれたら・・・その夢はなくなる・・・」
「マヤさん、あなたが速水をとても恨んでいる事は知っていますわ・・・無理もありませんわ。速水のせいでお母さまがあんな目に・・・わたしだったら一生許せない」

「でもマヤさん!どうか速水を許してやっていただきたいの!もう二度とあなたの邪魔はさせませんわ」
「妻になるわたくしがお約束します」
  北島マヤ 『紫織さん・・・!』
  鷹宮紫織 「あなたには信じられないでしょうけれど、速水は、ああ見えて本当はとても心の温かな優しい人なんですのよ。でなければわたくし婚約など・・・」
020 北島マヤ 「わかっています・・・」
  鷹宮紫織 「えっ・・・?」
  北島マヤ 「わかっています、あたし・・・!」
  鷹宮紫織 『この娘(こ)・・・!知っているというの・・・!!真澄さまが本当はお優しい方だという事を・・・!憎んでいるはずのこの娘(こ)がなぜ・・・!?』
  ナレーション 秘書が紫織に時間が来たことを知らせた。マヤはバッグを手に取ると席を立とうとした。
  北島マヤ 「あ・・・!じゃあ、あたしもこれで・・・!」
  鷹宮紫織 「待って。マヤさん・・・!」
  ナレーション 止めようとした紫織の手がマヤのバッグを床に落としてしまった。中の物が床に散らばった。
  鷹宮紫織 「まあ・・・!ごめんなさい!」
  ナレーション 紫織はバッグを拾う仕草を見せ、マヤの目を盗んで、婚約指輪をマヤのバッグの中へ忍ばせた。
030 鷹宮紫織 「マヤさん。わたしの願いどうか覚えてらしてね。もし何かあればいつでもわたしが相談に乗りますわ」
  北島マヤ 「はい・・・ありがとうございます」
  ナレーション 紫織は車に乗り込み、マヤを残して走り去っていった。
  北島マヤ 『紫織さん・・・とても愛してるんだ。速水さんのこと・・・とても強く・・・』
  鷹宮紫織 『真澄さま・・・!あなたの心から、あの娘(こ)を追い出してみせますわ。どんなことをしても・・・!』
  ナレーション 稽古が終わりロッカーからバッグを取り出すマヤは、その中に紫織の婚約指輪を見つけて驚いた。
  北島マヤ 『これは・・・!紫織さんの婚約指輪・・・!!なぜ、こんなものがあたしのバッグに・・・!?』
  ナレーション 真澄のもとに紫織が倒れたという報せが入った。真澄は慌てて紫織の屋敷へ駆け込んだ。
  速水真澄 「紫織さん・・・」
  鷹宮紫織 「真澄さま・・・!」
「お願い・・・入ってこないで・・・こないで真澄さま・・お願い・・・わたしを見ないで・・・」(泣く)
040 速水真澄 「どうしたんですかいったい・・・!?」
「話してくれなければわかりませんよ」
「さあ・・・!」
  鷹宮紫織 「あっ・・・!」
  ナレーション 真澄が紫織の左腕を掴んで起こそうとする。紫織は真澄の手をふりほどき、自分の左手を隠しながら顔を背けてしまった。
  速水真澄 「紫織さん・・・!」
  鷹宮紫織 「ごめんなさい真澄さま・・・わたくしあなたに申し訳ないことを・・・」
「命よりも大切な婚約指輪を失くしてしまいましたの・・・」
  速水真澄 「失くした?・・・婚約指輪を?」
  鷹宮紫織 「お許しになって真澄さま・・・なんてお詫びすればいいのか・・・もう・・・!死んでしまいたい!」
  速水真澄 「大丈夫ですよ紫織さん。どこで失くしたんですか?」
  鷹宮紫織 「わかりませんわ。外出して帰ってみたら失くなっていて・・・」
速水真澄 「外出?」
050 鷹宮紫織 「そうですわ・・・確かあの時までは指に・・・」
「・・・はっ!・・・もしかして・・・?いえ・・・まさかそんな・・・!」
  速水真澄 「どうかなさいましたか?」
  鷹宮柴織 「あの・・・お怒りにならないでくださいましね。真澄さま・・・。わたくし今日、北島マヤさんと会いましたの・・・」
  速水真澄 『北島マヤと・・・!?』

「なぜ・・・?なぜ、あなたが北島マヤと・・・?」
  鷹宮紫織 「噂を聞きましたの。マヤさんが真澄さまのことをとても恨んでいるという・・・。わたくし何とかしたいと思って・・・それで・・・」
  速水真澄 「なたに何とかできる相手ではありませんよ・・・あの子は・・・」
  鷹宮紫織 「わかっていますわ。でも、何とかしたかったのです。あなたのために・・・」

「試演で、あの子が紅天女に選ばれても選ばれなくても、月影先生がその才能を見込んだ役者・・・。いずれ大女優になるかもしれませんわ。将来は大都芸能の舞台で活躍してくれる女優になるもの・・・と」

「わたくしも大都芸能の社長であるあなたの妻になる身・・・密かにあなたのお力になれたら・・・と」
  速水真澄 『紫織さん・・・!』
  鷹宮紫織 「でも、うまくいかないものですわね。マヤさんはわたくしの指輪のことばかり・・・」
速水真澄 「マヤが指輪のことを・・・?」
060 鷹宮紫織 「ええ、綺麗な指輪だとか、こんな大きな宝石は見たことがないとかって・・・目を輝かせて・・・はっ!・・・・そういえば・・・確かにあの時までは指輪はこの手に・・・まさか、そんな・・・まさかあの子が・・・」
  速水真澄 『紫織さん・・・!』

「北島マヤはそんな娘(こ)ではありません。それは僕が一番よくわかっています」
  鷹宮紫織 「・・・きっと、わたくしの不注意なのですわ。どこで失くしたかも思い出せないなんて・・・!わたくし、あなたの花嫁になる資格などありませんわ・・・!」
  速水真澄 「婚約指輪は新しいものを僕がプレゼントしますよ。今度はもっと大きな宝石を・・・。だから、もう泣かないでください」
  鷹宮紫織 「真澄さま・・・!」
「なんてお優しいの真澄さま・・・!誰も責める事はなさいませんのね。宝石のことより柴織は真澄さまのそのお心の方が嬉しい・・・!真澄さま・・・!」
  速水真澄 『柴織さん・・・!』
  ナレーション 涙を流し、真澄の胸にすがりつく紫織。その小さく震える肩を抱きながら真澄は思った。
  速水真澄 『この人が婚約指輪を失くす・・・?考えられない・・・・マヤを疑っているのか・・・?バカな・・・!マヤがそんなことをするわけがない・・・!それは俺が一番知っていることだ・・・』
『・・・いったいどこに・・・?』
  ナレーション 真澄の胸に顔をうずめ、泣いてすがる紫織のその顔に妖しい笑みが浮かんでいた。
北島マヤ 『返さなきゃ・・・!紫織さんの婚約指輪。早く返さなきゃ!こんな大切な物』
『なぜ、あたしのバッグの中に入っていたのか知らないけれど、とにかく返さなきゃ。紫織さん指が細くて指輪がはずれやすいって言ってたから。床に落ちたあたしのバッグの中身を拾ってくれたとき、はずれて中に入ってしまったのかも・・・』

「鷹宮家に電話して聞いたらこのあたりのビルにいるって教えてもらったけど・・・ヴェアミング・パルスビル・・・ここ・・・?」
070 ナレーション 2階の特別室へ通されたマヤ。扉の向こうにウェディングドレスをまとった紫織が立っていた。
  鷹宮紫織 「あら・・・!よく来てくださったわね」
  北島マヤ 「はい、あの・・・ウェディングドレス・・・ですよね。それ・・・速水さんとの結婚式で着る・・・」
  鷹宮紫織 「ええ。どう?似合うかしら?」
  北島マヤ 「お似合いですとても・・・綺麗・・・お姫様みたいです・・・」
  鷹宮紫織 「まあ、ありがとう。真澄さまもそう言ってくださるかしら?」
  ナレーション マヤの心は動揺し言葉に詰まった。
  北島マヤ 「・・・ええ、きっと・・・」
  鷹宮紫織 「フフフ・・・」(声のない笑い)

「そうだわ!せっかくお友達が来てくれたのですもの仮縫いはここまでにしてお茶にしましょう!」
北島マヤ 「えっ?あの・・・あたしはすぐ・・・」
080 鷹宮紫織 「いいのよ遠慮なさらないで。帝王ホテルから取り寄せた美味しいお菓子がありますのよ」
「飲み物は何がいいかしら?」
  北島マヤ 「あの・・・!ほんとにあたし・・・稽古があるし・・・」
  鷹宮紫織 「わたしはいつものブルーベリージュース。マヤさんもそれでいいかしら?」
  北島マヤ 「あ・・・ええ・・・」
  鷹宮紫織 「着替えはいいわ。自分でするから」
  ナレーション 紫織がスタッフをさがらせた。部屋の中は紫織とマヤの二人だけとなった。シンと静まり返った室内に、マヤは居心地の悪さを感じていた。
  鷹宮紫織 「さ!どうぞ。召し上がれ」
  北島マヤ 「あ・・・!はい」
  ナレーション 部屋の外にだんだん近づいてくる足音がする。紫織は、この靴音の主を待っていた。
鷹宮紫織 『来た・・・!この靴音・・・!』
090 北島マヤ 「あ・・・そうだ。その前に、あたし大事なものを」
  鷹宮紫織 「ねぇ・・・わたくしにもジュースを持って来てくださらない?」
  北島マヤ 「えっ?」
  鷹宮紫織 「さっきからはしゃぎすぎたのかしら・・・?胸が少し苦しいの・・・お願い・・飲み物を・・・」
  北島マヤ 「紫織さん・・・大丈夫ですか?」
「どうぞ」
  ナレーション マヤがブルーベリージュースの入ったグラスを持って紫織に近づいていく。紫織はマヤの差し出したグラスに手を伸ばしかけ、突然、ゆらりとマヤに倒れかかると体を預ける。その衝撃でマヤの手にしたグラスの中身が紫織の純白のウェディングドレスを真っ赤な染みをつくってしまった。紫織は絹を裂くような叫び声をあげた。入口の扉が勢いよく開かれ速水真澄が飛び込んできた。
  速水真澄 「どうしたんですか!?紫織さん・・・!」
  北島マヤ 『速水さん・・・!』
  速水真澄 『マヤ・・・!?』
  ナレーション 互いに驚く真澄とマヤ。柴織が突然、顔を多い泣き出してしまった。
100 速水真澄 「どうした・・・?何をしている?こんなところで・・・彼女に何をした・・・?」
  北島マヤ 「速水さん・・・」
  速水真澄 「言ってみろ!彼女に何をしたんだ・・・!?」
  北島マヤ 『速水さん・・・!』
  鷹宮柴織 「およしになって・・・!真澄さま・・・」
「わたくしが悪いんです。この娘(こ)のせいではありませんわ」
  速水真澄 「柴織さん・・・!」
  鷹宮柴織 「わたくしがよろけてしまったのでこんな事に・・・わたくしがいけないんです」
  北島マヤ 『柴織さん・・・?』
  ナレーション 必死になってマヤの弁護しようとする柴織の姿にマヤは疑問を感じた。
  鷹宮柴織 「だからどうぞマヤさんをお許しになって・・・あ・・・!」
110 ナレーション 柴織はよろよろと真澄の胸に倒れこむ。
  速水真澄 「柴織さん・・・!」
  鷹宮柴織 「大丈夫ですわ真澄さま・・・ただ少しショックを受けて・・・」
  速水真澄 「柴織さん・・・!」
  ナレーション 柴織の悲鳴を聞きつけて店のスタッフ達が集まり始める。スタッフがバッグをマヤに持たせ出て行くようにと詰め寄った。その時マヤの手からバッグが滑り落ち、床に落ちたバッグの中から柴織の婚約指輪が転がり出た。
  速水真澄 「これは・・・柴織さんに贈った婚約指輪・・・なぜこんなところに・・・」
「マヤ!いったいなぜ柴織さんの指輪が君のバッグの中にあるんだ・・・!?どういうことだ。これはいったい!」
  北島マヤ 「知りません!あたしだって・・・!いつの間にかあたしのバッグの中に入っていたんです。だからそれを返そうと思って今日ここへ・・・!」
  速水真澄 「指輪が勝手に君のバッグの中に入ったとでも言うのか!?」
「じゃあ、おれの見たのはなんだ?幻か・・・??」
「嘘をつくならもっとましな嘘をつくんだな・・・!」
  北島マヤ 「嘘じゃありません!あたし本当に・・・」
  速水真澄 「これだけ証人がいるんだぞ・・・!」
「柴織さんをこんな目にあわせて、いったい何が目的だ!?嫌がらせにもほどがある・・・!」
120 北島マヤ 『速水さん・・・!』
  速水真澄 「信じられない・・・君がこんなことをする娘(こ)だとは・・・君が俺を憎んでいるのは知っている。それだけのことを俺はしたからな・・・!」

「だったら俺を憎め!!俺の婚約者は関係ないだろ・・・!!」
  北島マヤ 『俺の・・・婚約者・・・!・・・速水さん・・・!』
  ナレーション 真澄の言葉に衝撃を受けるマヤ。胸の鼓動が早くなる。二人のやり取りを聞きながら、その様子を満足げな表情で妖しく笑う柴織の姿があった。

横断歩道をフラフラとゆらめくように力なく歩くマヤ。その胸は切なさで悲しく沈んでいた。
  北島マヤ 『あんなに怒った顔はじめて見た・・・!速水さん・・・!愛してるんだ柴織さんのこと物凄く・・・愛してるんだ・・・!』
『速水さん・・・紫のバラの人・・・!あなたに嫌われることがこんなにも切なくて辛くて悲しいことだなんて・・・!』
  ナレーション 大都芸能本社ビル、社長室。水城がコーヒーを入れたカップをテーブルの上に置く。夜景を見詰める真澄の背中に話しかけた。
  水城 「聞きましたわよ、マヤのこと」
  速水真澄 「えっ・・・?」
  水城 「柴織さまのウェディングドレスをジュースで汚して結婚指輪を盗んだのですって?」
  速水真澄 「水城くん」
130 水城 「信じられない話ですわね・・・でも、現場をご覧になったのですから信じないわけにはいきませんわね」
「問題はなぜマヤがそんなことをしたかですわね。理由はなんなのでございましょう?」
「柴織さまがマヤに恨まれるようなことは?」
  速水真澄 「ありえない」
  水城 「そうですわね。でも今度の件はマヤがあなたをターゲットにした嫌がらせ・・・ってことでしょうか?まあ、今までのことを考えれば憎まれて当然でしょうけれど・・・」
「ただ・・・あの子らしくありませんわね」
「あの子は単純といっていいほど素直で真っ直ぐな子ですわ。憎しみを他の人にぶつけることなど考えられませんわ。ましてや柴織さまの婚約指輪を盗むなど・・・」
  速水真澄 「ああ・・・わかっている・・・」
  水城 「なにか裏がありそうですわね」
  速水真澄 「裏?」
  水城 「ええ、女の直感ですが・・・」
「まあ。こんな時間。そろそろ失礼しなくては・・・あ・・・!最後に一言お聞きしたいことが。真澄さま」
  速水真澄 「なんだ?」
  水城 「柴織さまを愛していらっしゃいますの?」
  速水真澄 「・・・!・・・当然だろう。婚約者だからな。なぜそんなことを聞く?」
140 水城 「クスッ・・・そうですわね、婚約者ですものね。愛さなくてはいけませんわよね」
  速水真澄 「えっ?」
  水城 「失礼。あなたが少しも幸せそうに見えなかったものですから・・・!」
「ではわたくしはこれで失礼します。速水社長」
  ナレーション 翌朝、ランニングの帰りマヤは橋の欄干にもたれて真澄のことを思っていた。
  北島マヤ 『初めてだった・・・あんな速水さん・・・心が凍りつきそうだった・・・』
  速水真澄(回想) 『君が俺を恨んでいるのは知っている。だったら俺を憎め!俺の婚約者は関係ないだろ!?』
  北島マヤ 『婚約者・・・愛してるんだ柴織さんのこと物凄く・・・当たり前だよね婚約者なんだもの・・・わかっているのに心が痛い。どうしてこんなことになっちゃったんだろ・・・?なぜ柴織さんの婚約指輪があたしのバッグの中に入っていたの・・・?柴織さんのウェディングドレスの染み・・・わざとじゃないのに・・・』
『嫌われた・・・きっと本当に嫌われた・・・どんなに言いわけしたってもう聞いてもらえない・・・どうすればいいんだろ・・・?あたし・・・』
『誰よりも大切な人なのに・・・紫のバラの人・・・どうすれば本当のことがわかってもらえるの?どうすれば・・・!?』
  ナレーション マヤの瞳から涙が溢れ出してくる。それはぬぐってもぬぐってもとめどなく溢れてくるのだった。

鷹宮邸。
  水城 「水城です。速水さまからの頼まれ物をお届けにまいりました」
  ナレーション 屋敷の中に通される。今日は月に一度の花の活け替えの日もあり、青色の花を中心に生けているのだという。
水城の目に柴織の異様な行動が目にとまった。
150 鷹宮柴織 「すてきな紫のバラね・・・」
「覚えておいてくださる?わたくし紫のバラが大嫌い・・・!」
  ナレーション 柴織は生けてあった紫のバラの花束を全て剪定ばさみで切り落ちしていく。一心不乱に切るその姿は異様な光景だった。
  水城 『柴織さま・・・!?』
『なんなの・・・?これはいったい・・・!?』
  鷹宮柴織 「もう2度と持って来ないで・・・!」
  水城 『紫のバラが大嫌い・・・!?信じられないわ。なぜ、そこまで・・・?柴織さま・・・?いったいなぜ・・・!?』
  ナレーション 鷹宮グループの夕食会。

《役員》
「それにしてもこのような形で速水くんを我が社の役員に迎えることになるとはな!」
「なに、柴織さんと結婚後は速水くんも立派な鷹宮一族の一員だ。大都と共同での新しいプロジェクトの企画も進んでおるし、これからは大都の企画を鷹宮グループ全体で盛り立てていこうじゃないかね」
  速水真澄 「ありがとうございます」
  ナレーション 《役員》
「君は仕事一途(しごといちず)の朴念仁(ぼくねんじん)ときいていたが、いや噂はあてにならんもんだな。このように美しい柴織さんの心を一人占めしているのだからな。巡り合った運命の相手。まさに紅天女の恋人のようじゃないかね」
  鷹宮柴織 「まぁ、嫌ですわ。おからかいにならないで」
  ナレーション 《役員》
「速水くんはどうかね?柴織さんは君を紅天女の恋のように魂の伴侶と思っているようだが」
160 速水真澄 「光栄です」
  鷹宮柴織 『真澄さま・・・!』
  ナレーション 《役員》
「ははは、君らしい返事だな」

その時、受付ロビーに水城が来ていると告げられた。
  速水真澄 「水城くんが?」
  水城 「プライベートなお時間のところ申し訳ありません。社長。緊急の用で・・・」
  速水真澄 「なんだ?」
  水城 「さきほど社に脅迫状と妙な小包が。社長宛で中には爆弾がしかけられてありました」
  速水真澄 「爆弾?」
  水城 「ええ、不審に思った警備員が注意して開けたところ爆弾が・・・時限装置をはずして事なきを得ましたが・・・あと1時間遅れていたらけが人が出ていましたわ」
「多分、脅しだと思います。それほど爆発威力のあるものではないようなので」
  速水真澄 「脅迫状にはなんと?」
170 水城 「”死ね”とだけ。お心当たりは?」
  速水真澄 「ないな」
  水城 「ご冗談を。多すぎて特定できないというのならわかりますが」
「おそらく最近おきた北斗プロのトラブルの件と思われます。人気急上昇のロックグループを引き抜いたりなさるから・・・ヤクザとも深い繋がりを持っているというし・・・今後どんなことを仕掛けてくるかわかりませんわ」
「どうかお気をつけになって」
  速水真澄 「ありがとうそうするよ」
  水城 「爆弾の件はいかがいたしましょう・・・警察へは?」
  速水真澄 「届けるな。ただの嫌がらせだ。公にして下手をすれば社のイメージダウンに繋がる」
  水城 「わかりました。では内々に調査、処理をさせるということで・・・」
  速水真澄 「・・・あ・・・!」
  水城 「柴織さま・・・」
「では、わたくしはこれで失礼いたします」
  速水真澄 「ああ、よろしく頼む」

「失礼しました。すっかりお待たせしてしまいましたね。あなたを放っておくつもりはなかったのですが・・・」
180 鷹宮柴織 「いいえ・・・いいえ、そんなことより何か大変そうなお話が・・・」
  速水真澄 「お聞きになったのですか?」
  鷹宮柴織 「立ち聞きしようとしたわけじゃありませんわ。なかなかお席に戻ってらっしゃらないので少し心配になって様子を・・・脅迫状とか爆弾とか少し・・・なんですの?いったい?」
  速水真澄 「大したことじゃありません。よくある嫌がらせですよ。あなたが心配なさるには及びませんよ。さあ、参りましょう。料理が冷めてしまう」
  鷹宮柴織 「真澄さま・・・」
  ナレーション 《役員》
「どうしたんだね?速水くん。何か急用でも?」

何事もなかったように食事のテーブルに柴織をエスコートする。
  速水真澄 「いいえたいした事じゃありません。秘書がちょっと伝言を。もう終わりました」
  ナレーション 《役員》
「そうかね」
  鷹宮柴織 『真澄さま・・・わたくしに余計な心配をかけまいと気遣ってくださってるんですね。真澄さま・・・でもそれが他人行儀に感じられるのはなぜ・・・?』
『真澄さま、あなたの心の中には『紅天女』と共にいつもあの娘(こ)がいる・・・陰で紫のバラを贈り続けているあの娘(こ)が・・・でも、もう終わりにしていただきますわ!・・・何もかも・・・!』
  水城 『柴織さま・・・ああしていると特に変わった様子は見られない・・・でも・・・』
190 鷹宮柴織(回想) 『わたくし紫のバラが大嫌い』
  水城 『なんなのかしら・・・?この不安感はいったい・・・』
ナレーション キッドスタジオ。マヤは一心不乱に紅天女の試演に向けて練習に励んでいた。
  北島マヤ 『演ろう・・・!あたし紅天女を演ろう・・・!紫のバラの人・・・!あなたに認めて貰えるのは舞台の上のあたししかないもの・・・』
ナレーション マヤのもとに紫のバラと一緒に荷物が届けられた。驚くマヤ。紫のバラの人からの手紙に期待を込めて荷物に添えられたメッセージを開けるマヤ。その文面にマヤはショックを受けてしまった。
195 北島マヤ 「これが最後のバラです。女優としてのあなたに失望しました。もう2度とあなたの舞台を観る事はないでしょう・・・」

『速水さん・・・!紫のバラの人・・・!』

ガラスの仮面 第46巻 第13章 ふたりの阿古夜より【前編】

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