ファンタージュ

男1人 女3人 ナレーション1人(男女いずれも可)
 第2話 命の十字架
001 N エルナ、リュウケン、リョウキたち3人のいつ果てるとも無い、旅は続いていた。ファンターム国を出て早、3ヶ月、魔導師ムゲンの影すら見えない状況に、皆、旅の疲れが色濃くにじみ出ていた。
旅の行く手をヒョウヒョウと、雪を伴った凍てつく風がエルナたちに絡みつき、気力と体温を奪って行く。
  エルナ 「はぁ・・はぁ・・」
  リョウキ 「エルナ、大丈夫?息が荒いよ?」
  エルナ 「はぁ・・はぁ・・だ、大丈夫よ・・ありがとう。こんなところで立ち止まるなんてできないわ」
  N エルナが膝まで積んだ雪に足をとられて前に倒れる。雪がエルナの背中に容赦なく降り積もっていく。
  リョウキ 「エルナ!しっかりして!眠っちゃ駄目だ!」
  エルナ 「だ・・大丈夫・・ありがとう・・」
  リョウキ 「・!・・熱い・・大丈夫なんかじゃないよ!身体が火の様だ!」
「おじさん、エルナが死んじゃうよ!」
  リュウケン 「こんなになるまで・・無理をさせてしまった」
010 N リュウケンが高々と手を差し上げると雪をはらんだ灰色の雲がぐるぐるととぐろを巻き始め、真っ赤な炎をまとった火炎龍が現れた。火炎龍は3人をその炎に呑込み、上空高く一気に雲の上まで噴きあがった。
  リョウキ 「わぁ!太陽だよ!あったか〜い!」
  N 一気に7つの山を飛び越し空を駆けた火炎龍は、麓の村近くまで3人を運ぶと再び空高く噴きあがり雲の中へと消えていった。
  リュウケン 「さ、村はすぐそこだ。急ごう」
  リョウキ 「う・・うん・・・」
  N しばらく進むと湯治場フモトカラナ村についた。村の各所から湧き上がる湯気で、暖かかった。
リュウケンたちは一件の宿屋へ腰を落ち着けた。
  リュウケン 「エルナ、この村でしばらく休むとしよう。この村の湯にゆっくりとつかり、旅のつかれをとることにしよう」
  エルナ 「ごめんなさい。わたしが弱いばかりにこんなことになってしまって・・」
  リュウケン 魔導師ムゲンの影さえもつかめない状態だ。闇雲に急いでも、体力が消耗してしまうだけだ。前に進むだけが勇気ではない。立ち止まることもまた必要だ」
  N リュウケンはじっとつめるリョウキの視線を感じた。
020 リュウケン 「どうした?リョウキ」
  リョウキ 「おじさんも疲れてんじゃない?顔中に汗かいてる・・・それに少し・・」
  リュウケン 「少しなんだ?・・・気にすることは無い。大丈夫だ」
  リョウキ 「そう?・・それならいいんだ」
  リュウケン 「何かせいのつく物を買って来よう。リョウキ、エルナに付いていてくれ」
  リョウキ 「うん、わかった」
  N リュウケンは部屋の扉を開け、外へと出て行った。その後姿をリョウキがじっと見送っていた。
宿屋を出たリュウケンは、近くの広場の切り株に腰を下ろすと、大きなため息をもらした。
  リュウケン 「・・体力が回復するまでの時間がだんだん長くかかるようになってきている・・。このままでは、いつまで旅を続けることができるか・・・」
  N リュウケンは独り言のようにつぶやいた。その時ふと、気配を感じて後ろを振り向いた。
女の声が優しく問いかけてきた。
  ミナツキ 「どうされたのですか?ひどくお疲れのご様子」
030 リュウケン 「いや、ご心配なく。一休みしていただけです・・ご親切にどうもありがとうございます」
  ミナツキ 「いえ、私は、この村で占術を生業としているミナツキと申します」
  リュウケン 「占術?」
  ミナツキ 「胡散臭く思わないでくださいね。ただ、あなたのご様子がとても尋常ならざるものでしたので、ついお声をかけてしまったのです」
  リュウケン 「・・・ははは、この人相風体ですからな・・・」
  ミナツキ 「あなたには、暗闇に住まう妖魔と血の盟約を交わされたのですね」
  リュウケン 「なぜそれを・・・」
  ミナツキ 「あなたの魂に命の翳りが見えます。このままだとあなたは・・・」
  リュウケン 「ははは・・・こんな辺境の地で血の盟約を見通す占者がいらしたとは思わなかった」
  ミナツキ あなたには、命に代えても守らねばならない大切ななにかがあるようですね」
040 リュウケン 「・・・私は命の借りを返さねばならないのです」
  ミナツキ 「辛い業を背負われたのですね・・・」
  リュウケン 「私の意気地の無さが全てを狂わせたのです。全て私の責任なのです」
「これは死ぬまで背負わねばならぬ命の十字架なのです」
  ミナツキ 「あなた自身がその命の十字架の呪縛から開放され救われる時・・それは・・あなたの命が・・・」
  リョウキ 「おじさん!大変だ!」
  リュウケン 「リョウキか・・どうした?」
  リョウキ 「エルナが・・エルナがちょっと目を離した隙に居なくっちゃったんだ!」
  リュウケン 「何!・・すいませんミナツキ殿、事が急変しました、これにて失礼します・・」
  リョウキ 「おじさん・・誰と話してるの?おじさんの後ろには誰もいないよ」
  リュウケン 「何だと・・不思議な事だ・・夢を見ていたのか・・・」
050 リュウキ 「おじさん!早く、エルナを探さなきゃ!」
  リュウケン 「そうだった。それで、エルナが居なくなってからどれくらいたつ?」
  リュウキ 「ええと・・多分、10分くらいだと思う」
  リュウケン 「そうか・・あの状態だ、熱に浮かされ夢遊したとしてもそんなに遠くへはいっていないはずだ」
  N リュウケンとリョウキは二手に分かれ、村中を探し回った。しかし、エルナの消息をつかむことはできなかった。
宿屋へ戻ったリュウケンとリョウキは押し黙ったまま一言もしゃべらない。
  リョウキ 「ごめん、おじさん。ボクがウトウトとしたばっかりに、こんなことになっちゃって・・」
  リュウケン 「いや、疲れていたのはリョウキも同じだ。私がここを離れたのがいけなかった・・」
  リョウキ 「どうしよう・・エルナが魔導師ムゲンの手に落ちちゃったら・・」
  リュウケン 「悪いことばかり思ってたら、気持ちがもたん。必ずエルナは戻ってくる。そう信じるのだ」
  N 長い時間が過ぎた。リュウケンとリョウキはただじっと待つことしか出来なかった。
実際には、1時間ほどだったのだろうか、2人にとっては命を刻むような秒刻だった。
ぎいっ・・と音を立てて、部屋の扉が開いた。驚く2人が顔を上げるとそこにエルナの姿があった。
060 リョウキ 「エルナ!どうたんだい!どこ行ってたんだ!心配したよ!」
  リュウケン 「・・・待て!・・エルナの姿はしているがエルナではない・・お前は誰だ!」
  リョウキ 「えっ!何だって!エルナじゃないって!」
  エルナ 「リュウケンよ。よく聞け。私の名前はルルナ・ファンタム。お前が忘れたくても忘れられぬ魔性の双つ児の片割れだ。そう、お前に手によってこの世から抹殺されかかったエルナの姉だ」
「エルナは私と同じ魂の琴線を持っている双つ児だ。熱にうなされ自我が沈静するその時を待っていた」
「エルナと私は今、魂の琴線を一つに紡いだ。エルナとルルナ、対をなす魂が一つとなるのだ」
  リュウケン 「・・・魔導師ムゲン!何をあせっている!お前の見せる幻影には騙されん!」
  エルナ 「・・・ふふふ・・・さすがはリュウケン・・ファンターム国随一のわざものよ」
「確かに、エルナは私の手の元にはおらぬ。魂の片割れ、ルルナをヨリシロとして、エルナを呼んでみたのだが、答えは無かった・・何かの力が私の視界から遮断しているようだ・・ふふふ・・リュウケン面白い見世物だっただろう・・油断するなよ。お前たちのことはどこからでも見えていることを忘れるな」
  N エルナの姿が2重、3重になってぶれると、小さな白い布切れとなって床に落ち、ボッと蒼白い炎を上げて焼失した。
  リュウキ 「・・・き・・消えた・・・」
  リュウケン 「・・・言霊映し・・・か・・姑息な魔導師ムゲンのやりそうなことだ・・・」
  リョウキ 「じゃあ、エルナはどこ行ったんだろう・・」
070 N その時、リュウケンの脳裏に聞きなれた女の声が木霊した。占者ミナツキと名乗った女の声だった。
  ミナツキ 「リュウケン様、あなたのお探しの姫、エルナ様はもうまもなく、あなたの元へ戻って参ります」
  リュウケン 「・・・あなたは一体、何者だ・・」
  N リョウキが怪訝そうな顔でリュウケンを見つめる。リュウケンはそんなリョウキに、気付く風も無く、中空の誰かと一人語りをしていた。
  ミナツキ 「詮索は無しです。あの時、お話したように、私は占者ミナツキ。あなた方の敵ではありません」
  リュウケン 「敵ではないとしても、味方とも思えん。何をたくらんでいる?」
  ミナツキ 「疑り深い方ですねリュウケン様は・・・でも、それが戦に身を置く者としての生き残る術なのでしょうね」
  リュウケン 「あなたは、私をよく知っているように話をされるが・・私はあなたに会うのも、話をするのも初めてなのだ」
  ミナツキ 「そうですね。でも、わたしはず〜っと以前からあなたの事をよく知っています。」
  リュウケン 「・・・わからぬ・・・・懐かしい気持ちが湧き上がってくるが・・誰なのか・・全くわからん・・」
080 ミナツキ 「いづれ、判る時が来るでしょう・・」
  占者ミナツキの姿がす〜〜っと、掻き消すように薄くなり消えていった。
扉が開いてエルナが入ってきた。
  リョウキ 「また、現れたな!もう騙されないぞ!」
  エルナ 「え?何の事?・・リョウキ、どういう意味?」
  リョウキ 「え・・エルナなの?・・本物のエルナなの?」
  エルナ 「当たり前じゃないの。私はエルナ、偽者なんているわけ無いじゃない」
  リョウキ 「いや、さっき、あの、えっと・・・」
  リュウケン 「今までどこにいた?心配していたんだぞ」
  エルナ 「ごめんなさい・・私もよくわからないの・・気がついたら、大きな洞窟の中にいて・・そこは地下から湧き上がる湯の源泉の近くだったみたいで、地熱で洞窟全体がとても暖かかったの。とても気持ちがよかったわ」
  リュウケン 「そうか、無事でよかった。体もすっかり元気そうだな」
090 エルナ 「元気100倍!これでまた旅を続けられそうよ」
  リョウキ 「良かったぁ、心配したけど、元気になって」
092 リュウケン 「うむ。旅はまだまだ続く。いつ終わるともしれない旅だが、魔導師ムゲンはこちらの動きを知っているらしい。・・と、言うことはこちらが探さなくても奴のほうから近寄ってくる可能性もあり得るわけだ。さらに気持ちを引き締めて出立するとしよう」

劇 終

inserted by FC2 system