ファンタージュ

男1人 女2人 ナレーション1人(男女いずれも可)
 第1話 運命の旅立ち
001 ファンターム国に武装した兵士たちが怒涛の進軍を開始していた。
土煙を巻き上げて地響きを立て騎馬が進む。
長い間の安穏とした時の中で、ファンターム国は戦うすべを無くしていた。
敵兵の圧倒的な兵力の前に瞬く間に、領地は制圧されていった。
城の周りをぐるりと敵兵が取り囲み、砲門が不気味に城へ向けられていた。
城の尖塔から外を眺めてエルナが悲しそうにつぶやいた。
  エルナ 「あんなに美しかったファンタームが・・あんなに豊かだったファンタームが・・」
「一瞬で焦土となってなくなってしまうなんて・・いったい誰が予想できたでしょう・・」
  リュウケン 「感じる・・大地を流れる風の匂いが・・大地より湧き上がる土の匂いが・・真っ赤な炎で焼けただれ死んでゆく・・。酷いものだ・・人とはここまで冷たく残酷になれるものなのか・・」
  エルナ 「彼等には何も罪はありません」
  リュウケン 「国を滅ぼした彼らが憎くは無いのですか?」
  エルナ 「彼らを恨み憎んでどうなるでしょう・・」
「彼らも魔導師ムゲンによって騙され、踊らされた被害者なのです。もしかしたら、今の私たちと立場が全く逆転していたかもしれません」
  リュウケン 「エルナ姫・・あなたは強い女性だ」
  エルナ 「私は強くなんかありません・・さっきは父を殺され我を忘れてしまいました・・」
  リュウケン 「・・姫様・・・これからどうしますか・・?」
010 エルナ 「何か方策はありますか?」
  リュウケン 「さて・・困りました・・。城外を取り巻く敵兵の砲列をかいくぐって、逃げるのは万が一にも不可能に近い」
  エルナ 「では、このまま敵兵の砲弾によって城とともに崩れ去って死を待つのみなのですね」
  リュウケン 「そうですね・・このままだと、そういうことですな・・」
  エルナ 「それは困りました・・・ふふふ・・嘘ばっかり・・」
  リュウケン 「どうしました?姫」
  エルナ 「あなたの言葉からは、少しも困った風に聞こえません」
  リュウケン 「・・はは・・そうですか・・?姫様には敵いませぬ」
  エルナ 「この命、あなたに託します。私を城外へ連れ出してください」
  リュウケン 「・・戻ってこられない、片道の旅立ちになるかもしれませんよ」
020 エルナ 「いいえ、私は必ずこの国へ帰ってきます。父が母が、そして多くの民が愛し生きたこの国へ、必ず戻ります」
  リュウケン 「エルナ姫の決意、このリュウケン、確かに承った。例えこの身が砕けて灰になろうとも、再びあなたをこの国へお連れしましょう」
  敵の砲撃が開始された。矢継ぎ早に撃ち込まれる砲弾の雨により、城壁は爆音とともに土煙を上げながら崩れていく。城内に火の手が走った。めらめらと紅蓮の炎が燃え上がり、エルナたちのいる尖塔へ瞬く間に燃え広がってきた。
城は瞬く間に劫火に包まれていった。
  リュウケン 「姫、さぁ、参りましょう」
  言うが早いか、リュウケンはさっとエルナを背中に担ぎ上げると、一気に尖塔の窓から外へ身を躍らせた。エルナの耳に風がヒュウヒュウと音を立て流れていく。
尖塔から身を躍らせたリュウケンにまとわりつくように、城中を這い回っていた紅蓮の炎が尖塔の窓から伸びていく。
  エルナ 「炎が・・・追いかけてきます」
  リュウケン 「火炎龍です。わたしがあの囚われの森の中にいる内に手なづけた妖獣のうちのひとつです」
  紅蓮の炎はエルナを背負ったリュウケンを包み込んでいく。
  エルナ 「凄い。私たち炎の中にいるのに全然熱くない・・むしろ優しい羽毛の中にくるまれているような気がします」
  リュウケン 「さぁ、一気に跳びますよ」
030 火炎龍は一気にスピードを上げて。青く澄み渡った空を真っ赤に切り裂いていく。地上の兵たちはただポカンと口を開けて呆けたように見つめることしかできなかった。
リュウケンとエルナは小高い丘の上に立ち、もうもうと黒煙を上げながら崩れていくファンターム城を眺めていた。
  エルナ 「城が・・・落ちます・・・」
  リュウケン 「エルナ姫・・・」
  気丈に振舞っていたエルナの眼にきらりと光るものがあった。エルナは右手でそれをふき取った。
リュウケンはそっとエルナの肩に手を置いて優しく言った。
  リュウケン 「今はおもいっきり泣きなさい・・」
  エルナ 「ごめんなさい・・・・」
  エルナは山のように筋肉の隆起したリュウケンの胸に顔をうずめ嗚咽した。エルナは泣いた。泣いて泣いて、その涙が枯れるまで泣き濡れた。
太陽がその光を二人に優しく降り注ぐ。青い空には白い入道雲がむくむくと広がっている。エルナの心は凪いでいた。静かな湖の湖面のように穏やかだった。エルナはリュウケンの顔を見つめ力強く言った。
  エルナ 「私はファンターム国の王女エルナ。たった今からエルナ、ただのエルナになってこの旅に出発します。リュウケン、これからはそう呼ばせてください。そして私のこともただ、エルナと呼んでください」
  リュウケン 「・・・・・わかりました。・・エルナ。さぁ、旅立ちましょう。運命の旅に向かって」
  リュウケンを先頭に、エルナが続く。旅立って一週間、草深く追い茂る山中を二人は歩いていた。
040 エルナ 「はぁ、はぁ・・待ってリュウケン。どうしてあなたは眼が不自由なのにそんなにさくさく歩けるの?まるで見えるみたい」
  リュウケン 「ははは、実は見えるんだよ。エルナ」
  エルナ 「えっ!まさか!」
  リュウケン 「・・というのは嘘だ。わたしの目は物を見ることはできない。だが、感じるのだ。全ての命あるものの魂の息吹を・・」
  エルナ 「へぇ・・・よくわからないけど・・・凄いんだよね」
  リュウケン 「はははは・・・多分、そうだろう」
  エルナ 「それで、これから会いに行くグランディって人ってどんな人なの?」
  リュウケン 「私がファンタム王におつかえしていた時、私の部下だった男だ。豪放で気さくな奴だ。私が城を出るとき、あいつも辞めてしまった。私に義理立てしてな・・」
  エルナ 「そうなんだぁ・・・男の友情って感じね・・」
  リュウケン 「そうだな。・・・・あと半日くらい歩けば、グランディのいる村に着くはずだ」
050 エルナ 「火炎龍を使えばもっと楽なのに・・」
  リュウケン 「妖魔使いは諸刃の剣だ・・・」
  リュウケンの真剣な顔つきに気圧されてエルナは苦笑いを浮かべながらリュウケンを追い抜いて歩いていった。
やがて、坂の上に家が見え始め、しばらく歩くと小さな集落が姿を現した。
  エルナ 「あの村ね・・やっと着いたって感じね・・でも・・何かおかしいわ・・・人の気配が無いわ」
  リュウケン 「そうだな・・・魂の鼓動も生命の息吹の波動も・・何も感じない・・・なぜだ・・・・」
  エルナ 「・・・あっ!人が倒れてるわ!」
  エルナが指差したほうに、血だらけになった男が倒れていた。
  リュウケン 「・・・・死んでいる・・・」
  リョウキ 「誰だ、お前たちは!」
  全身を銀の鎧でまとい、右手には剣を持った騎士が2人の前に立ちはだかった。
060 リョウキ 「村を襲い、金品を奪い、命を奪い、まだ何か奪い足らないのか!」
  鎧騎士は問答無用で剣を振り回しリュウケンめがけて襲い掛かってきた。1手2手と、相手の剣を軽く受け長していく。
リュウケンはその太刀筋に覚えがあった。
  リュウケン 「グランディ・・・なのか・・・?」
  懐かしい男の名を口にした。
  リョウキ 「誰だ!お前は。わたしの父の名を知っているお前は!」
  リュウケン 「何だと・・!」
  リュウケンの剛剣が鎧騎士の持つ剣を弾き飛ばした。剣はくるくると宙を舞い、鎧騎士の後方の草むらにぐさりと突き立った。
  リョウキ 「わたしの父の名を知るお前は誰だ・・・答えろ!」
  リュウケン 「・・・・・リョウキ・・なのか?」
  リョウキ 「な・・何・・・わたしの名前を呼ぶ・・貴様は・・・」
070 鎧騎士の眼が仮面の下で大きく見開かれる。その眼は驚きで満たされていた。
  リョウキ 「・・・・リュウケン・・様・・・リュウケンおじ様なんですか!?」
  こくりと頷くリュウケン。鎧騎士はその仮面を自ら脱ぎ捨てた。仮面の下から美しい女の顔が現れた。リュウケンを見つめるリョウキが信じられない物でも見るように眼を丸くしている。
  リョウキ 「信じられない・・本当にリュウケンおじ様なんですか・・・」
  リュウケン 「そうだ。グランディはどうした?元気でいるのか?この村はどうしたというのだ?」
  リョウキ 「父は死にました・・・この村を襲ってきた化け物によって・・この村の者は、化け物を操る悪魔の兵士たちによって、荒らされ、奪われ、殺されてしまいました」
  リュウケン 「なんということだ・・・」
  リョウキ 「魔導師ムゲン・・あいつがこの村に来なければ・・・・」
  リュウケン 「何だと・・ムゲンがこの村に・・」
  リョウキ 「長い間雨が降らずこの村が渇水に襲われた時、あいつが来ました・・自分の持つ呪術で雨を降らせてやろうと・・その代わりにあいつはとんでもないものを要求してきたんです」
080 エルナ 「それは何?」
  リョウキ 「生後一週間以内の赤ん坊を毎日30日間一人ずつ差し出せと言うのです」
  エルナ 「赤ん坊を・・・・酷い・・・」
  リョウキ 「村では水が無いため次々と生き物が死んでいきました・・家畜が・・続いて人が・・・村の長老たちは、悩んだ末、魔導師ムゲンの要求をのんだんです」
「あいつは、赤ん坊を集めると、そのまま姿をくらましたんです。あいつが去るのと入れ替わりに、沢山の兵士が押し寄せてきました。父も勇敢に戦いましたが、あいつ等が操る化け物に体を食いちぎられて死んでしまいました・・・化け物は血を求めて毎日やってきます・・・この村はもう化け物が横行し死臭漂う、死の村になってしまったんです」
  エルナ 「わたしの国と同じ・・・ムゲンが引き連れて来た死の軍団によって国は滅びました・・」
  リョウキ 「リュウケンおじ様、この人は誰?」
  リュウケン 「ファンターム国のエルナ王女だ」
  リョウキ 「えぇええええ・・・!ご・・ご・・ごめんなさい!知らないこととはいえご無礼しました」
  エルナ 「いえ、気にしないでください。わたしはただのエルナです」
  リュウケン 「大変な苦労をしたな・・リョウキ」
090 その時、ぞわぞわとした悪寒を伴って、何かが近づいてくる気配をリュウケンは感じた。
  リュウケン 「来る!」
  地響きを立て、山の大木をなぎ倒しながら、化け物は現れた。大きく開かれた口には二列に鋭い牙が並び、その上にはランランと燃えるような眼が不気味な光を放っていた。
  リュウケン 「下がってろ」
  リュウケンが剛剣を構える。体中の筋肉がみしみしと音を立てて盛り上がる。
化け物が大きく口を開けてリュウケンめがけて襲い掛かっていく。
剣を一閃。その風威は、空気を切り裂き、化け物の下あごを斬り飛ばしていた。もがき腕を振り上げ、鋭い爪でリュウケンを切り裂こうとした。リュウケンの剣に容赦は無かった。続く剣でその腕を切り飛ばしていた。斬り飛ばされた化け物の傷跡から深緑色の不気味な体液がほとばしった。
  リュウケン 「リョウキ!止めを刺せ」
  リョウキ 「父の仇!覚悟!!」
  リョウキの振り下ろした剣で、化け物の首と胴体は離れ離れとなっていった。もんどりうって倒れる化け物の上に上空から火柱が走り、化け物の体が紅蓮の炎に包まれた。
エルナがリュウケンの方を見ると、リュウケンが右手を高々と突き上げ拳を握っていた。リュウケンが放った火炎龍火砲だった。
  リュウケン 「化け物は焼滅した。もう、化け物の脅威に恐れる必要はなくなった」
  リョウキ 「ありがとうリュウケンおじ様」
100 リュウケン 「気を落とすなよ、リョウキ。友はいつも我と共にある」
  リョウキ 「寂しくないよ。これからはおじ様がいつも一緒から」
  リュウケン 「何を言っている?これはお前の旅ではない。われわれの旅だ」
  リョウキ 「魔導師ムゲンを探しに行くんでしょ?ボク達の共通の敵です。だから、この旅にボクは同行する理由がある!」
  リュウケン 「先の全く見えぬ、辛い旅だぞ」
  エルナ 「リュウケン、村を失い、肉親を失った悲しみを思うとき、わたしにはリョウキの気持ちが痛いほどわかります」
  リョウキ 「ありがとうございます。エルナ姫」
 107 こうして旅に新たな仲間が加わった。
魔導師ムゲンを求めて、生きているという姉、ルルナを求めて、新たな旅はつづく。

劇 終

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