どろろ
漫画:手塚治虫 第一巻
「発端の巻」「百鬼丸の巻」より
発端の巻 | ||
001 | N | 天は荒れ、雷鳴が轟き、豪雨が地面を叩いている。 仁王門の前に立つ老法師がいた。 |
002 | 老法師 | 「お待ちしていました醍醐さま」 |
003 | N | 醍醐と呼ばれた立派な身なりの侍と共に、老法師は境内を渡り、地獄堂と掲げられたお堂の中に招き入れる。 その間も、天空は稲妻で裂かれ、そのたびに真夜中の空は昼間のように蒼白く照らし出されている。 暗い地獄堂の中を、老法師の持つ一本の百目蝋燭の光が淡く照らし出す。お堂の真中に立つ2人をぐるりと取り囲むように、不気味な彫像が立ち並べられていた。 |
004 | 醍醐 | 「ウーム、見事じゃな上人(しょうにん)どの」 |
005 | 老法師 | 「運慶(うんけい)の子どもの運賀(うんが)の作といわれておりますがはっきりと銘はないのでございます」 |
006 | 醍醐 | 「まさに妖霊がのりうつっているようなすごさだのう」 |
007 | 老法師 | 「この魔像四十八体をほったあと、この彫刻師は気がくるって死んだと申します」 |
008 | 醍醐 | 「ますますおもしろいな」 「上人どの、今夜はこの地獄堂でゆっくりこの魔像を見ながら夜をあかそうと思う。おかまいなくおやすみくだされ」 |
009 | 老法師 | 「この地獄堂におひとりでか?」 |
010 | 醍醐 | 「そうだ、すこし考えごとがあってひとりで夜明かしする。朝までぜったいに入ってこないでもらいたいな」 |
011 | 老法師 | 「もの好きなおかたじゃな。では、醍醐さまお休みなさい」 |
012 | N | 老法師を外へ追い出すと、醍醐はお堂の中心にどっかりとあぐらを組み座り込むと、ギッとした目で魔像を睨みつけた。 |
013 | 醍醐 | 「四十八匹の魔神よ!妖鬼よ!わが願いを聞きとどけよ」 「わしは、天下を取りたい!わしはこの国じゅうが欲しいのだ!わしに力を貸してくれればどんな礼でもする!」 「何が欲しい?」 「金か?」 「生贄か?」 「ム?・・・ネズミの子ども?」 |
014 | N | シンと静まり返ったお堂の中に醍醐の声と、板の隙間を割って吹き抜ける風の音だけが響き渡る。 |
015 | 醍醐 | 「どうだ?何とか返事をしてくれ・・・イエスというしるしを見せてくれ!?」 |
016 | N | 固く閉じられたはずの地獄堂の分厚い戸が風によって押し開かれ、お堂の中に突風が吹き込んできたのと同時に、稲妻が地獄堂を直撃し、醍醐はそのショックではじき飛ばされ、気絶してしまった。
しばらくして醍醐は目を醒ました。 |
017 | 醍醐 | 「ハッ・・ひたいにX字型のキズ・・・・ありがたい!!魔神よオーケーのしるしだな。わしに・・天下をくれるな・・・約束したなっ!!」
「だれだっ!」 「待ていっ!!」 |
018 | 老法師 | 「ま、待ってくだされ・・地獄堂の戸が急に開いたので見に来たんじゃ」 |
019 | 醍醐 | 「上人どのか・・わしの話を聞いたな!?」 |
020 | 老法師 | 「わしゃ何も見ん・・何も知らん」 |
021 | 醍醐 | 「いいや!!聞いたはずだ!!死んでもらう・・・・・」 |
022 | N | 醍醐は腰の刀に手をかけ、引き抜きざまに老法師を斬り捨てた。 |
023 | 醍醐 | 「悪く思うなよ上人どの・・・」 |
024 | N | 死んだ老法師の体に刀を立てると、天を仰いで醍醐は叫んだ。 |
025 | 醍醐 | 「魔神よ!!わしのプレゼント第1号だ。受けろーっ!!」 |
026 | N | 死んだ老法師めがけて稲妻が走り、老法師の体は蒼白い炎を上げて燃え上がり、あっという間に灰と化していった。
約束の日。醍醐の屋敷から突然、恐怖を伴った叫び声が、響き渡った。部屋から女達が走り去る。 |
027 | 醍醐 | 「なにをおびえておる!」 |
028 | N | 部屋に入る醍醐。生れた子どもの姿を一目見るなり、気が狂ったように笑いだした。 |
029 | 醍醐 | 「・・・やつらは約束どおりにした・・・・」
「ワハハハハハ・・ハハハハハ・・喜べーっ!おれは天下を取れるぞ!!かならず取って見せるぞーっ!!ウワッハハハハハハ・・」 |
030 | N | 突然笑い始めた醍醐の姿を、妻が不思議そうな目で見つめている。 |
031 | 醍醐 | 「何をそんなに俺を睨む!?おれが笑ったのがそんなにおかしいか!?」 「そいつを捨てろっ!おれの出世の邪魔だ」 |
032 | 醍醐の妻 | 「捨てろですって!?・・・こ・・これはあなたの子よっ。あなたはこの子の父親なのよ!!」 |
033 | 醍醐 | 「今まではそうだった・・3日前まではな!!だが、今は妖魔どもに人間らしさを吸い取られたヌケガラだ」 |
034 | 醍醐の妻 | 「いやですっ捨てるなんて!あなたこそ魔物に魂を抜き取られた鬼だわ!」 |
035 | 醍醐 | 「この子は育たん。育っても口もきけず、目も見えず、耳も聞えん。手も使えないんだ。たった今、捨ててしまえば、おまえもすぐ忘れるさ」 |
036 | N | 朝もやが立ち込めている。川のほとりから、たらいに乗せて流されていく。 |
037 | 醍醐の妻 | 「ごめんね・・許して・・・ぼうや・もし、運がお前にあれば・・元気で育っておくれ・・・」 |
038 | N | 流れに乗ってたらいの船はどんどん小さくなり、朝もやの彼方に消えていった。 |
百鬼丸の巻 | ||
039 | N | 乾いた大地に無数の骸骨がころがる。太陽は大地を焼き、砂塵を伴った風がビュウビュウとうなりをたてながら吹き流れていく。砂塵にかすんだ向こうから、若い侍姿の男が歩いて来る。その行く手を追いはぎが立ちふさがる。 |
040 | N(おいはぎ) | 【せりふ】 「やい待てっ!」 「ここを通ることはならん。この先は我々のすみかだ。帰れ、帰れっ!!」 「こわっぱ、その刀どこで拾った?かなりの業物(わざもの)らしいな。そいつをよこせ!!」 |
041 | 百鬼丸 | 「これ?だめだ。中身がねえんだよ。外身だけさしてんのさ」 |
042 | N(おいはぎ) | 【せりふ】 「ふざけるなっ!切れっ!!」 |
043 | 百鬼丸 | 「ばかァいえ。近寄るなよ。俺に近寄るとあぶねえぞ。面倒は起こしたくねえんだってばさ!!」 |
044 | N(おいはぎ) | 【せりふ】 「うるせえ!!」 |
045 | 百鬼丸 | 「そうかよ・・・そんなに俺に近寄りたいんなら・・・しかたがねえや」 |
046 | N | 刀を放り投げる。追い剥ぎが手を伸ばした刹那、男の両腕がスポリと抜け、刀が現れた。男は両腕の刀を縦横無尽に振り回し、あっというまに追い剥ぎを切り捨てていった。 |
047 | 百鬼丸 | 「な・・・その刀の中身は俺の手にくっついてんのさ・・・だから、取ったって無駄だといったんだ。返してもらうぜ」
「手も元に戻して・・・あばよ・・・・・」 |
048 | N | 男が歩いていく。その後ろをずりずりとついていく物があった。 |
049 | 百鬼丸 | 「だれだい・・・・?俺の後をついてくるやつは誰だっ!?」 |
050 | N | うち捨てられ、廃屋となった、家の軒先へ腰をおろす。まだそれは男を追ってきていた。男は右腕を抜き去ると、右手の刀でその物を切り捨てた。ドボッと真っ赤な血が噴き出し、ジュルジュルと音を立てながら、そいつは溶けていった。 |
051 | 百鬼丸 | 「バカなやつ・・・いつまで俺を追ってきたって無駄だぜ」 「全く、俺にとっちゃ迷惑千万だ。ゆっくり旅もできやしねえ」 「ばかが、目も見えねえ、耳も聞えねえとバカにしやがって・・見えなくったって、心の目ってもんがあらァ。生れて14年もすりゃ普通の人とかわらねえよ」 「さて・・・いくとするかね・・・」 |
052 | N | 百鬼丸・・・これがこの少年の名だ。 百鬼丸はいつも何かに追いかけられている。ただ・・相手は人間ではないのだ・・・なぜだろう・・・。 しばらくいくと橋の下で屈強な男達に囲まれて、ぼこぼこに殴られている少年をみつけた。 |
053 | 屈強な男 | 「ケッ、俺たちをなめるとこんな目にあうんだ。わかったかガキめ!!」 「おう、だれかスノコを貸してくれ。こいつをスマキにして沈めてやるんだ」 |
054 | 百鬼丸 | 「待てっ!!」 「どういうわけでその子を殺すんだい?」 |
055 | 屈強な男 | 「ペッ!おめえさんの知ったことじゃねえ。だまって見てろいっ!」 |
056 | 百鬼丸 | 「そうはいかねえや。俺も子ども。そいつも子ども。子どもは子供同士、気になるもんだ」 |
057 | 屈強な男 | 「おい!聞きなガキ侍!このガキはな、どろろといって・・疫病神よ!」 |
058 | 百鬼丸 | 「どろろ?」 |
059 | 屈強な男 | 「こいつはなあ、子供なんてもんじゃねえんだ!!人間の皮をかぶったドブネズミよ!!」 「人はだます。物は盗む、嫌がらせはする。イタチみてえにコソコソ逃げ回りやがってよ・・・おまけにどんなひでえめにあわしてもケロリとしてやがるんだ」 「ふてえガキだから、スマキにしようってわけだ。わかったか」 |
060 | 百鬼丸 | 「どっか、遠い所へ捨ててきたらどうだ?」 |
061 | 屈強な男 | 「捨てるくらいなら苦労はしねえや。この界隈、どこに捨てたって迷惑するのは同じだい」 |
062 | 百鬼丸 | 「どうしても殺すってのかい?死んだら、お前たちを恨むぜ」 |
063 | 屈強な男 | 「構うもんか!!こいつをスマキにしろい!!」 |
064 | 百鬼丸 | 「おっと待った!!みんな、あの声を聞いてみな・・・あれは死霊の声だぜ・・」 |
065 | 屈強な男 | 「声だ・・・?なんでえ、なんにも聞えるもんか」 |
066 | 百鬼丸 | 「耳をすましてみろ・・・だんだん近くなる」 |
067 | 屈強な男 | 「チッ!子供だましみてえなおどかしはやめろいっ。何にも聞えねえよ」 |
068 | 百鬼丸 | 「あれは・・確かに死霊だ」 「ほーら、陽がかげってきたぞ・・ひんやりと空気が湿ってきたろう・・・・」 |
069 | 屈強な男 | 「ヘーッヘヘヘ、今の世の中はな何千人もの人間が簡単に死ぬ時代なんだ。死霊なんかに構っちゃおれねえよ」 |
070 | N | 気勢をあげる男達の後ろに、川に隠れて近づく黒い影があった。 |
071 | 百鬼丸 | 「そうかい・・・・もう、そこへ来てるんだがね・・・」 |
072 | 屈強な男 | 「・・・・ふん、これが死霊だってのか?」 |
073 | 百鬼丸 | 「それにさわっちゃあぶない!!」 |
074 | 屈強な男 | 「笑わせるな、ただのボロックズじゃねえか?」 |
075 | N | クズの塊と思われたそれが、いきなり水の中から立ち上がった。にげまどう男達。逃げる男達に死霊が取り巻くと、男の肉体は見る見るうちに溶けて、骨となっていった。
どろろが橋の橋脚を這い登ってくる。後を追うようにズルズルと死霊もよじ登っていく。 |
076 | 百鬼丸 | 「早くあがってこい!!早く!!早く!!」 |
077 | どろろ | 「す、すべってあがれないよーっ!!」 「ちくしょうーっ!」 |
078 | 百鬼丸 | 「よーし、よくあがった。さあ、橋のたもとまで逃げてそこで見てろよ!!」 |
079 | N | 百鬼丸は右腕を引き抜き、刀を構えると橋の上から川へと飛び込み、次々と橋脚を切っていく。橋脚を切りとられた橋はガラガラと大きな音を立てながら崩れていき、橋をよじ登っていた死霊はその下敷きとなって消えた。 |
080 | 百鬼丸 | 「もう、大丈夫だぞ。どろろ」 「死霊ってやつは自分では形がねえもんだからああやって・・・何か別のもんに乗り移って動くんだ。ゾウリとか・・・犬とか・・いまみてえにゴミの塊とかな・・・な」 「ああいうふうにバラシちまったり切り捨てたりすれば、いったんは引込む。だけどすぐまた別のもんに乗り移ってくるんだ・・・」 「・・・ヘヘヘ・・この手かい?義手だよ。ま、おたがい聞きっこなしにしようぜ」 |
081 | どろろ | 「そう、ツンツンいうなよ。ねえエーエ、おにいさーん」 |
082 | 百鬼丸 | 「気持ちの悪い声出すなっ!行けっ!斬っちまうぞっ!!」 |
083 | N | 一目散にかけ去るどろろ。遠くかけ離れた所から、叫んだ。 |
084 | どろろ | 「カボチャやろう!!ドコボコ!!ウンコたれ!!スットコドッコイ!」 |
085 | N | どろろを置いて、山道を歩く百鬼丸。その後ろを、獲物を狙う猿のようにちょこまかと、どろろがついてくる。 |
086 | 百鬼丸 | 「どうしてついてくるんだ!!」 |
087 | どろろ | 「へへへのへへへのへのへのへ」 「ちょっとして用があっからついてくんだよ」 「おめえのその手にくっついてる刀よう・・・それ、かなり名刀なんだろう?」 |
088 | 百鬼丸 | 「名刀というほどでもねえけど、ま、見たらゾクッとするくいらいだから名刀なんだろうな」 |
089 | どろろ | 「そうだと思ったよ。あの切れ味を見たらシビレタもんな・・・」 「それをもらおうと思ってさ」 |
090 | 百鬼丸 | 「もらう?おまえが?じょうだんじゃねえ!!」 |
091 | どろろ | 「へへへへのへへ・・・おれもどろろって名で通ってるチビッコどろぼうだぜ。いったん取ろうと思ったもんは戦争がおっぱじまろうが、ダンプが衝突しようが、取らなきゃどろろの名がすたるんだい」 |
092 | 百鬼丸 | 「ふざけんなよ。この刀は俺の手にくっついてるんだぞ。取ろうたって取れねえ。あきらめな!」 |
093 | どろろ | 「そうはいかねえ。きっと取ってみせるぜ。おめえが寝てるときとか、ボアッとしてる時なんか気をつけなよ」 |
094 | 百鬼丸 | 「ばか!!俺についてきたら命がなくなるぞっ」 |
095 | どろろ | 「いいからいいから」 |
096 | 百鬼丸 | 「俺にゃ死霊がつきまとってんだ。さっき川で見たろう!!あんなやつがいつも俺のあとをつけているんだぞっ」 |
097 | どろろ | 「ギクッ!!・・へ・・へ・・へーん、あんなもんをこわがって仕事ができるかってんだい!!」 |
098 | 百鬼丸 | 「ついてくるなっていうのにっ」 |
099 | どろろ | 「へのへのへッ」 |
100 | N | どろろが百鬼丸の後ろを追いかけていく。その足に、草がまるで生きているように絡みつき、どろろの自由を奪っていく。もがけばもがくほど、それはがんじがらめに絡みついていく。 |
101 | 百鬼丸 | 「いわねえこっちゃねえ」 |
102 | N | 百鬼丸の腕の刀が草を薙ぎ払い、斬り裂く。 どろろはこりる様子もなく、百鬼丸の周りにまとわりついている。 |
103 | 百鬼丸 | 「・・・ばか!!刀に触るな!!」 |
104 | どろろ | 「触ったって減るわけじゃない・・・陳列してある宝もんじゃなし・・触らせてェ・・」 |
105 | 百鬼丸 | 「どろろ!!俺の目をよーく見ろ。よく見てるんだぞっ!!」 |
106 | N | どろろは、わけがわからず目を凝らして百鬼丸の目を覗き込んでいる。すると、百鬼丸の目玉が顔からせり出し、それはポトリと顔から外れて草むらに落ちた。 |
107 | どろろ | 「ゲーッ!目が・・・!」 |
108 | 百鬼丸 | 「おい、どろろ。その目玉、拾ってみろ」 |
109 | どろろ | 「こ・・こ・・この目・・入れ目だァ!!」 |
110 | 百鬼丸 | 「俺が盲目だってことがわかったろう・・・その目はほんの飾りなんだ」 「だがお前が今、何をしてるかちゃんと判るぜ」 「もうひとつついでに教えてやろうか」 「この耳も作りもんだよ」 「ほんとは、お前の言ってることは何も聞えねえんだ。だけど・・・お前が言おうとしてることはピーンと俺の頭に感じちまうんだ。だから、耳があるのと同じさ!!」 「こわいか・・・・・無理もねえ・・・・俺はな・・・・赤ん坊の時、タライに乗ってどっからともなく流れてきたんだそうだ・・・・」 |
111 | 百鬼丸【回想】 | 「拾ってくれたのはお医者だった・・・・薬草を取りにきて俺を見つけてくれたのさ」 |
112 | 医者 | 「こやつ、人間か?」 |
113 | 百鬼丸【回想】 | 「それは・・手も足もなかった。耳も鼻も・・あるのは、目と鼻と口の場所に、ぽこりと開いている穴だけの顔だった」 |
114 | 医者 | 「だが・・・・確かに人間だ!!」 「人間とすれば・・・・世の中にこんなみじめな赤ん坊があるだろうか?」 |
115 | 百鬼丸【回想】 | 「医者は、おかゆをその赤ん坊にあてがった。その子はチュウチュウとかゆをすすった。なんということだ。だれが、捨てたのだろう。かわいそうに・・・俺はなんとしてでもこの子を生かしたい。育つものなら育ててやろう・・・・医者は心に誓った」
「いくつかの・・・冬と春と・・・夏と秋が過ぎた・・・医者は赤ん坊を育てつづけた・・・赤ん坊は死にはしなかった。あいかわらず這いずり回り、飯の器を見つけてガツガツと食べつづけた。医者は、ふと思った」 |
116 | 医者 | 「どうしてこいつは飯のありかがわかるのだろう?」 「目も見えず、鼻もきかないのに・・・もしかしたら?我々に判らない別の能力を持っているのでは?」 |
117 | 百鬼丸【回想】 | 「ある日、医者は突然・・・耳もとで声を聞いた」 |
118 | 百鬼丸【子供】 | 『何か食べたい』 |
119 | 医者 | 「誰だっ!?」
「なんだ気のせいか」 |
120 | 百鬼丸【子供】 | 『何か食べたい』 |
121 | 医者 | 「誰だっ・・呼んでるのは!?はっきり聞えたぞっ・・・わしの頭の中で!!」
「・・・・呼んだのはこいつかな・・まさか・・・・・」 |
122 | 百鬼丸【子供】 | 『何か食べたい』 |
123 | 医者 | 「た・・・確かにこいつが話しかけているんだ!わしの頭の中に・・・」 |
124 | 百鬼丸【回想】 | 「医者は試しに心の中で思ってみた。答えはすぐに返ってきた!!」
「医者は驚きと喜びのためにぼう然とした。この赤ん坊はいつのまにか口や耳を使わない方法で話をすることを知っていたのだ」 |
125 | 医者 | 「よーし、わしは自信が出てきたぞ。おまえはきっと立派に育つ。そうだお前も並みな格好になりたいだろう?」 「お前に手足をやろう。目や耳もつけてやろう。せめて形だけでも普通の人間にしてやろうな・・・・」 |
126 | 百鬼丸【回想】 | 「この医者は立派な学問と腕を持っていたのだ。医者は木と焼き物とで、入れ目や義手や義足やいろんな物を夜も寝ずにつくっていった」
「ある日、赤ん坊は薬草を飲まされた。それは麻酔薬だったのだ」 「奇跡が・・・生れ始めた」 「麻酔が覚めた時・・・そこには立派なひとりの子供が・・すくなくとも見掛けは申し分のない体ができていた」 |
127 | 医者 | 「ひと月ほど寝ていれば起きられるだろう」 |
128 | 百鬼丸【子供】 | 『からだが重い・・・』 |
129 | 医者 | 「そりゃ、はじめは重いぞ。その手足や耳や鼻はつくりものだ。それを平気で使えるようにならなくてはのう」 |
130 | 百鬼丸【回想】 | 「一ヵ月後、動く練習を始めた」
「立った、動かした。歩いた、よろけながら・・じんと痛み気が遠くなるような苦しさと・・毎日毎日、その子は戦った」 「だが、やがて自由に走れるようになった」 |
131 | 医者 | 「あぶないっ、岩に気をつけろっ!!」 |
132 | 百鬼丸【子供】 | 「大丈夫だい!!」 |
133 | 医者 | 「あの子には我々には判らないカンがあるらしいな・・・・見えなくても何か直感が働くとみえる・・・・」
『あんなからだで生れたので、生まれつき不思議な力を備えてるんだ』 |
134 | 百鬼丸【回想】 | 「ところがある日、恐ろしいできごとが・・・」
「若い女が息も苦しげに医者の家を訪ねてきた」 |
135 | 女(患者) | 「ああ・・苦しい・・先生はいらっしゃいますか・・・」 |
136 | 医者 | 「これは不思議だ。あんたには脈がない・・脈がないということは心の臓が動いてないということだ。・・・すると、あんたは死人と同じじゃ」 |
137 | 女(患者) | 「先生はたいそうお偉い方とか・・・なんとかしてくださいませ」 |
138 | 医者 | 「なおせったって、こんな病気は聞いたことがない!!わしにも不可能だな」 |
139 | 女(患者) | 「ホホホ・・・それでも先生はお宅の坊やを立派に育てられたではありませんこと・・・・?」 |
140 | 百鬼丸【子供】 | 『パパ!!そいつは人間じゃないよっ!!』 |
141 | 医者 | 「うわっ・・・・何するんだ!?」
「きっ、きさまっ、わ、わしを絞め殺す気かっ!!ウーム、はなせーっ!!」 |
142 | N | 百鬼丸は斧を手に取り、医者の体にまきついている化け物の首を斬った。宙を飛び逃げる化け物に火を放ち、化け物は燃えて灰になった。 |
143 | 百鬼丸【子供】 | 『パパ!!なんともない?』 |
144 | 医者 | 「いや・・驚いた・・妖怪が患者に化けてくるとは思わなかったぞ・・・あんな患者はもうまっぴらごめんだ」 |
145 | 百鬼丸【回想】 | 「しかし恐ろしい出来事はそれだけではすまなかった」
「だんだん回数が増えてきて、時が経つにつれて・・そのお医者のうちはなんだか妖怪だらけになってしまった」 「朝から晩まで家鳴りがする。変な声が天井裏で聞える。石が降ってくる。部屋の隅に得体の知れないものがうずくまっていて、医者の足をすくうんだ」 「もっともそいつはお医者の目には見えないんだけど、その子にはわかった。とうとうお医者が言った」 |
146 | 医者 | 「なァ、せがれや。どうもあの化け物たちはわしじゃなく、お前が目当てらしいなぁ・・・・」 「わしは、とうに気付いていたんだが・・・・お前は並みの人間ではない・・・だから化け物がお前のその超能力にひかれて集まってくるのかもしれん」 「どっちにせよ、お前はわしとは一緒にいられないのだ。旅に出なさい」 「お前を受け入れる世界がどこかにあるかもしれん。この世は広いからな。世界のどこかにきっとお前がしあわせになるところがあるだろう」 |
147 | 百鬼丸【子供】 | 『わかりました。・・もう、ご迷惑はかけません・・・』 |
148 | 百鬼丸【回想】 | 「その子は医者のうちを出る決心をした。その夜、医者は最後の手術をしてくれた」 |
149 | 医者 | 「その義手は特別製だ。肩の筋肉の力で、指が曲がるようにできとる」
「それからな・・・この刀はわしが若い頃、大将から拝領した名刀で、無銘だが立派な宝だ。これをお前の義手に仕込んでやる。いざという時には、手を抜いて刀を使え」 「旅に出たら口がきけないのが何かと不便だろう・・・これは腹話術の本だ。腹でものをいう術なのだ。練習するんだな」 「さあ、着物を着て立って見なさい。・・・立派だぞ。せがれ!これからお前は百鬼丸と名乗れ!!」 |
150 | N | 雨が大地を叩く。その中を百鬼丸が駆ける。道端のお堂の中で雨宿りをするために飛び込んだ。 |
151 | N(謎の声) | 『百鬼丸・・・百鬼丸・・・・』 |
152 | 百鬼丸 | 「だ・・だれだっ!!」 |
153 | N(謎の声) | 『誰でもない、ただ聞け、聞けばよいのだ』 |
154 | 百鬼丸 | 「きさま・・・俺にくっついてきた妖怪っ!!」 |
155 | N(謎の声) | 『いや、違う。だが、お前は四十八匹の魔物に出会うだろう』 |
156 | 百鬼丸 | 「えっ!!」 |
157 | N(謎の声) | 『おまえの体は四十八の足りない部分がある!!』
『四十八匹の魔物と対決せよ。もし、勝つことができれば、お前の体は普通の人間に戻れるかもしれぬ』 |
158 | 百鬼丸 | 「ほんとかっ!?」
「聞かせてくれっ!その四十八の魔物はどこにいる!?お前は俺の素性を知ってるのかっ!?』 |
159 | N | 謎の声は笑い声とともに消えていった。
雷鳴が轟き、稲妻が光り、百鬼丸は気絶をしてしまった。気づいた時には雨はあがり、空は晴れ渡っていた。 |
160 | 百鬼丸 | 「四十八の魔物って言ったな・・・覚えておくぞ!!」
「四十八の魔物!!」 |
劇 終