小説 吸血鬼ハンター”D”より

原作 菊池秀行 ソノラマ文庫刊

第7章 吸血鬼ハンター死す(X)

D 17、8歳  ドリス・ラン 17歳
麗銀星 20歳前後  ローマン村長 60近い歳

001 ローマン村長 「ドリス・・・ドリス・ラン。バリアーをはずせ」
  ドリス・ラン 「何の用だい、こんな真夜中に!村中で押し込み強盗をおっぱじめたの!?」
  ローマン村長 「いいからバリアーをはずせ!話はそれらだ」
  ドリス・ラン 「もうはずしてあるわよ、ノータリン。朝までそこにいる気なの!」
  村長のまわりから数条の火花が走り、柵の鎖が溶けて垂れ下がった。どっと人影が中庭に溢(あふ)れた。
  ドリス・ラン 「そこでお停まり!それ以上近づくと容赦しないで射つわよ!」
  ドリスの叱咤より、肩づけされたレーザー・ライフルより、背後に立つDの姿に気押されて、狂気の群衆はポーチの三メートルほど手前で踏みとどまった。

集団を威圧するには、暴徒の中心人物に狙いを絞り、徐々に周辺を切り崩していくこと・・・父の教え通り、レーザー・ライフルの銃口をピタリと村長の胸板へ直線で結び、ドリスは一歩もひかぬ決意を全身にみなぎらせて尋ねた。

  ドリス・ラン 「さあ、答えてもらおう。何の用?それと、治安官はどうしたの?断わっとくけど、あの人なしじゃ、どんな文句つけられたって色良い返事をする義務はないからね。あたしもダンも、税金は払ってるのよ」
  ローマン村長 「邪魔ものは一発かまして牢にぶちこんである。解任はおまえたちの始末がすんでからだ」
  村長は憎々しげに言いつのり、ドリスをにらみつけたまま片手をふった。
010 ローマン村長 「さあ、みせてやれ」
  人ごみをかき分けて、白髪の老人が進み出た。両手にお下げ髪の少女を抱いている。
  ドリス・ラン 「モリス爺さん、ルシーがどうか・・・・」
  言いかけて、ドリスは言葉をのみこんだ。少女の白蝋のごとき首筋から、忌(いま)わしいふた筋の血の糸が流れていたのだ。
  ローマン村長 「まだ、いるぞ」
  村長の声を合図にもうふた組、痛ましいカップルが前へ出た。粉屋のフー・ランチューと妻のキム、猟師のマッケン夫婦・・どちらも30代のカップルだが、妻の方は村でも評判の美人だ。そのふたりが、夫の腕に支えられたまま虚ろな眼を空に向け、喉から鮮血をしたたらせている姿に、ドリスはすべてを悟った。
  ドリス・ラン 「伯爵だね・・・なんて事しやがる・・・・」
  「そうだ」マッケンがうなづいた。「おれたちは仕事の疲れで早く寝室へ入った。少しして、何となく肌寒いんで目を醒ますと、隣りにいるはずの女房がなんと、開け放たれた窓のきわに立って、燃えるような眼で、こっちをにらみつけてる。なにごとだとはね起きたら・・・」

粉屋のランチューが言葉を引きとった。「いきなり女房が男の声で、『ドリス・ランを渡せ。さもなければ、おまえの女房は永久にこのまま生きも死ぬもならぬ』・・・こう言っただよ」「言いおわったとたん、ひっくり返っちまって、それきり動きもしねえ、声もださねえ」

「あわてて脈とったら、ぴくり、ともしてねえ。息もしてねえ。そのくせ心臓だけは動いてるんだ」

「わしゃ、グレコのいう事など信じなかった」とモリス爺さんも言った。「よしんば吸血鬼に噛まれたにしても、おまえのこった、自分の始末は自分でつけると思っとった・・・・いいや、できることなら、老いぼれの力を貸してご領主を討つ手伝いをしてもいいと思っておった。それが、どうじゃ、おまえの代わりに、孫が、ルシーが・・・この娘(こ)はまだ五歳じゃぞ!」涙まじりの悲痛な老人の訴えに、ドリスの銃口が徐々に下がっていった。張りを失くした声でドリスは言った。

  ドリス・ラン 「で、どうしろというの?」
  ローマン村長 「まず、後ろの若造をこの農園から追い出せ。次に、おまえは収容所へ入れる。ふんづかまえて伯爵の貢物(みつぎもの)にするなどと薄情なことは言わん。だが、村の掟には従ってもらおう。伯爵はその間にわしらの手で片づける」
  ドリスは動揺した。村長の提案はそれなりに筋が通っている。彼女が伯爵に噛まれながらも収容所行きを免れているのは、フェリンゴ医師と治安官の助力があったからだ。いま老医師は亡く、治安官はいない。あるのは彼女の身代わりになった三つの生ける屍(しかばね)と憎悪にみちた村人の眼であった。ライフルが力なく床に垂れた。
020 ローマン村長 「連れていけ!」
  吸血鬼ハンターD 「どう片づける?」
ドリスと村長の対話のあいだじゅうひっきりなしにつづいていた群衆のざわめきが、ぴたりとやんだ。憎しみ、恐怖、脅え・・・未知なるものへのあらゆる感情のこもった視線をあびながら、吸血鬼ハンターDは、いま孤剣を肩に、ゆっくりとポーチの階段を降りていった。

群衆は声もなく後ずさった。村長を除いて。Dの瞳に見据えられた瞬間、彼は金縛りになってしまったのである。

  吸血鬼ハンターD 「どう、片づける?」
  村長まで数歩の地点に立ちどまり、Dはまたきいた。
  ローマン村長 「そ、それは・・・・つまり・・・・」
  Dの左手が伸び、その掌(てのひら)が村長の村長の蛸みたいな額に張りついた。一瞬とぎれた声はすぐにつづいた。
  ローマン村長 「・・・・収容所に・・・・ぶちこみ・・・その間に交渉する。今後一切、村には手を出すな・・・・さもなければ、ご執心の娘を殺す・・・・と」
  村長の顔は歪み、額には汗が玉を結んだ。まるで、身体の内側でなにか巨大な力に抵抗しているかのようであった。
  ローマン村長 「・・・・話がつけば・・・・伯爵を倒したとでもいって・・・・ドリスを解放する・・・・あとは、仲間にするなり、血を吸い殺すなり、好きにすればいい・・・この若造は・・・・邪魔だ。・・・・これ以上、ドリスを助けられたら・・・・」
030 吸血鬼ハンターD 「正直なことだな」
  手は離れた。村長は憑きものがおちたように顔で数歩退(しりぞ)った。汗の玉がどっと顔の上を流れ落ちた。
  吸血鬼ハンターD 【陰々と】「おれは、このお嬢さんに雇われた」

「まだ役目を果たしていない以上、ここから出るわけにはいかん。今のご大層な告白をきいてはなおさらのことだ」

【凛然と】「黙っていても、”貴族”は滅ぶ。滅ぶしかないもののために、幾たび幾人、同胞を犠牲にするつもりだ?それが”人間”の心的水準ならば、断固としてこの娘(ひと)は渡さん。娘を奪われ、泣くしか能のない老人も、妻を汚(けが)され、その代償に別の娘をもって変えようとする夫も、いや、この村もおまえたちも、すべて地獄の業火に灼かれるがよかろう。人間、貴族、ともに相手だ。いかな凄絶な屍山血河(しざんけっか)をつくろうともこの姉弟はおれが守ってみせる・・・不服か?」

    ※語注  【陰々と】・・非常にくらくて陰気  【凛然と】・・りりしく勇ましいさま
  人々はみた。闇にきらめく真紅の瞳を・・・・吸血貴族の眼を!Dが一歩進み、群衆が本能的恐怖にうたれて声もなく後退したそのとき、大声というにはあまりに美しい声が全員を立ちどまらせた。

列の最後尾から次々に声があがり、左右に分かれた人混みの間から。夜目にもまばゆい美形の青年が進み出た。顔の美しさもさることながら、左右両腕の異常さが人々の目を引きつけた。右手は肩からすっぽり戦闘服の腕部(わんぶ)らしい金属パーツを装着し、左腕の肘の先からない。その左手をぐっと突き出し、なごやかな挨拶としか思えぬ声で麗銀星は言った。

  麗銀星 「昨日のお礼にきましたよ」
  ドリス・ラン 「お、お前は!?・・・みんな、警備隊を襲ったのはこいつだよ!」
  麗銀星 「はて、証拠がありますかな?警備隊の痕跡(こんせき)・・・馬の死骸でも見つかりましたか?私とあなたの間には楽しからざる相剋(そうこく)がありますが、それ以外の汚名を着せられては迷惑です」
  ドリスは歯を食いしばった。警備隊の件は麗銀星に明らかな分がある。被害者なき犯罪は成立しないのだ。治安官さえいれば、重要参考人として即座に拘引(こういん)するだろうに。
  麗銀星 「さて、村長さん。・・・・こんな場合に礼を失してはおりますが、ひとつ提案させていただけませんか?」
  ローマン村長 「な、なんだね?」
  麗銀星 「いまこの場で、この方と私を戦わせて下さい。・・・彼が勝てばこの一家には手を出さない。私が勝てば娘さんは収容所行き。いかがです?」
040 ローマン村長 「い、いや、それは・・・・」
  麗銀星 「それとも、あなた方で何とかできますか?明日の晩になれば、また犠牲者がふえますよ」
ローマン村長 「・・・・よかろう」
  麗銀星 「もうひとつ」

「・・・・近隣の村へ配布する、私の手配書も撤回していただきたい」

  ローマン村長 「よかろう・・・・承知だ」
  村長はうめくように言った。この美青年に頼る他ない以上、要求はすべてのまざるを得なかった。
  麗銀星 「あなた方も、いいですね?」
  ドリス・ラン 「結構よ。・・・残りの手も落とされるのがオチだけど」
  ドリスが答え、Dは「どこでやる?」ときいた。相手が貴族にとり入っていることも、いたいけな少年を絞め殺そうとしたことも言わなかった。
  麗銀星 「ここで、勝負はすぐつきます」
050 人々の動きを月だけが眺めた。ポーチの前、三メートルの距離をへだててふたりは相対した。中庭を埋めた村人も、ポーチ上のドリスとダンも固唾をのみ、ふと申し合わせたように深い息をひとつ吐いたとき、麗銀星の右腰から三本の飛鳥剣がとんだ。戦闘服の筋力増幅機能は、もとよりどれ一本も人々の視覚にはとらえさせず、しかし、そのどれもがDの眼前で、ひらめく銀光に打ちおとされていた。

間髪入れず、Dは麗銀星の頭上に舞った。大上段からふりおろされる刃に脳天を割られた美青年の姿を幻覚して、誰もが「おお」と叫んだ刹那、勝利者たるハンターは空中で大きくよろめいた。

なんでこの隙を見逃そう。再度、麗銀星の右手がうごき、白い光が流れた。それはベルトの背にはさんであったグレコの白木の杭であった。平常の麗銀星の手並みなら、苦痛のさなかでもなんとかかわせたかもしれないが、戦闘服のスピードが加わってはいかんともしがたく、長剣をふり上げた姿勢のまま心臓を背中まで刺し通されて、Dは淡い血の霧をふらせつつ、どっと大地に落下した。

吸血鬼ハンター”D”第7章 吸血鬼ハンター死す(X) 劇終

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