小説 吸血鬼ハンター”D”より

原作 菊池秀行 ソノラマ文庫刊

第7章 吸血鬼ハンター死す(U)

D 17、8歳  ドリス・ラン 17歳
ダン 8歳 

001 ドリスは、馬の前方に立って口輪をおさえているインバネス姿の男に気がついた。いつのまにか、数メートル先の森の入り口に、数個の人影が立ちはだかっている。
  マグナス・リイ伯爵 「医者のくるのが遅いので、ひょっとしたらと思い、来てみたら案の定だ・・・・」
  影のひとつが怒りを抑えた声で言った。伯爵である。絶望に胸をつかれながら、さっきフェリンゴ医師に奪われた鞭がかたわらの座席に残っているとみるや、ひっ掴みざま、インバネスの男にひと振りした。

ドリスは悲鳴をあげ、男・・・ガルーはにやりと笑った。確かに横面の肉をはぜたと思ったのに、彼は頭をふってそれを避け、鞭の先を口にくわえたのだ。ぐるるっ!獣じみたうなり声とともに、なまじの剣にはびくりともしないドリスの鞭は噛みちぎられていた。

  ドリス・ラン 「人狼(ワーウルフ)!」
  マグナス・リイ伯爵 「そうだ。わしの召使いだが、わしとはちがって血の気が多い。それに・・・逆らえば痛い目にあわせても構わんと命じてある。手足の指が欠けた花嫁も一興かもしれぬでな」
  だしぬけに轟音がとどろいた。地面に尻もちついていたグレコが爆裂拳銃をぶっぱなしたのである。中クラスの巨獣タイプなら楽々装甲を貫くハイ・パワーパウダーが伯爵と周囲の人影を炎で包んだ。炎はたちまち闇に呑まれた。バリヤーの威力である。

人狼(ワーウルフ)がグレコに吠えついた。半ば変貌した血色の眼でにらみつけられたとたん、グレコは、ひっと喉を鳴らして凍りついてしまった。ズボンの間から白い湯気がたちのぼっていく。

  ラミーカ 「お父さま・・・・」
  マグナス・リイ伯爵 「何をしようとしたか察しはつく。わが娘とはいえ、今度という今度は許さぬぞ。罰は城へ帰ってから与える。控えておれ!」
  声もなく後じさるラミーカを尻目に、伯爵はドリスに片手をさし出した。
  マグナス・リイ伯爵 「さ、参るがよい」
010 ドリス・ラン 「いい気にならないで!あたしがどうなっても、きっとDがおまえたちに引導を渡してくれる!」
  マグナス・リイ伯爵 「これはこれは」【苦笑】

「あの若造も、おまえの弟も、今ごろは奴らの手にかかって相果てておるわ。まともにぶつかりあえばともかく、秘蔵の武器を手渡してあるでな」

  ラミーカ 「父上・・・・」

「その男、”時だましの香”を持っておりましたぞ」

  背後の木陰でラミーカが、大地にしゃがみこんでいるグレコを指さした。
  マグナス・リイ伯爵 「なに!」

「そんなはずはない。あれは麗銀星に渡したもの」

  ここでひと呼吸おき、娘の顔をまじまじと見つめた。
  マグナス・リイ伯爵 「嘘ではないか・・・・・すると彼奴・・・・」
  吸血鬼ハンターD 「その通り」
  低い声が居ならぶ全員をすくませた。伯爵がふりむき、ドリスははっと目を向けた。ラミーカの方へ。いや、木立を背に彼女の背後へ浮かびあがった。世にも美しい人影に。
  吸血鬼ハンターD 「おれはここにいる」
020 マグナス・リイ伯爵 『こやつ、まさか生きて帰ってくるとは・・・・』
  吸血鬼ハンターD 「おかしな真似はよせ・・おれは容赦せんぞ」
荒げたわけでもない低い声に、ドリスめがけてとびかかろうとしたガルーがびくっと停止した。
  吸血鬼ハンターD 「ドリスさん、それから、そこの・・・・馬車に乗ってこっちへ来るんだ。急いで!」
  ドリス・ラン 「は、はいっ!」
  マグナス・リイ伯爵 「ガルー、その娘をとらえろ!」
  ドリス・ラン 「近寄ったら舌噛むわよ!」

「あんたの仲間に入るくらいなら死ぬ気でいたのよ。今すぐ死んだって構やしないんだから」

  取るに足らぬ人間の・・十七歳の娘の脅しに、伯爵は沈黙した。どうみても、この凄まじい駆け引きはDとドリスの勝ちであった。
  吸血鬼ハンターD 「決着は後日、あらためてつける」
  夜気を蹴散らしてかたわらへ馬車が近づくと、Dははじめてラミーカの肩に手をまわした。次の瞬間、ふたつの影はひらりと馬車の上に乗っていた。

この場合、驚くべきことだが、彼は背中の長剣に手さえかけていなかった。ラミーカを人質にしたといっても、刃物一本突きつけているわけではない。父に命じられて後方に下がったとき、背後にDの気配を感じた刹那、ラミーカは筋肉ひと筋動かせなくなった。バンパイアの超感覚のみが感知し得た凄絶な鬼気の放射によって、伯爵とガルーが彼に対して何ら手を下せなかったのも同じ理由による。

030 マグナス・リイ伯爵 「娘をどうする気だ?」

「ことごとくわしに逆らい、千載一遇のチャンスまでつぶした愚か者・・・もはや娘とは思わん。陽光にさらし、骨の髄まで腐らせてしまえ」

  父の言葉を耳にしたラミーカも眉ひとすじ動かさなかった。
  ドリス・ラン 「先生、あとで迎えにきます!」
  悲痛なドリスの声をあとに、馬車は走り出した。草原を少しいくと、ゆく手に馬のいななきがきこえた。
  ダン 「誰だ?姉ちゃんかい!?」
  ドリス・ラン 「ダン!・・・無事だったの!?」
  ドリスは涙声で、馬車を弟に近づけた。馬にまたがっている。もう一頭の馬の手綱もつかんでいた。ドリス用に連れてきた麗銀星の馬である。
  吸血鬼ハンターD 「荷を軽くする。君たちは馬に乗れ。ダンはこっちへ移るんだ」
  ドリス・ラン 「でも、その女(ひと)と一緒で馬車を動かせるの?」
  馬上からドリスがきいた。嫉妬を含んだ声だと何人が気づいたか?Dは答えず、無言でドリスの鞭をふった。耳もとで風がうなり、森と悪魔たちはぐんぐん背後に遠ざかっていく。
040 ドリス・ラン 「ダン、怪我はなかったかい?」
  ならんで走りながらドリスは声をふりしぼった。伯爵の追撃を受けぬよう全力疾走中だから、馬車の車輪が猛り狂っている。
  ダン 「ぜーんぜん。姉ちゃんこそ・・・へっ、もちろん大丈夫だよな。D兄ちゃんのやる事だ。姉ちゃんに怪我ひとつさせるわけがねえよ」
  ドリス・ラン 「そうよ、そうですとも」
  ダン 「見せたかったぜ」【大声】

「あの化け物みたいな奴らを一人十五秒もかけねえで片づけちゃってさ・・・最後ひとりを逃がしたのは惜しいけど、でも仕様がねえよ、兄ちゃん怪我してるんだから」

  ドリス・ラン 「えっ!ほ、ほんと!?」
ドリスが青ざめたのはわかるが、助手席のラミーカまでがはっとDの方を見たのはどういうわけだろう。
  ダン 「でも、ハンターって凄えや。腹刺されたのに平気で・・・兄ちゃんったら、おれを後ろに乗せて、おまけに馬をもう一頭ひいてあの岩場をとばしてきたんだぜ。見せたかったよ。

兄ちゃんが手綱をとると、馬のやつ、あのでっけえ割れ目も、大蛭がうようよいる沼も、びくともしねえでとび越えちまうんだ。ううん、どんな急坂でも止まりゃしねえ・・・おいら、あとで教えてもらうんだ、馬と剣!」

  ドリス・ラン 「そう、よかったわね。とっくり教えておもらい・・・」
  ドリスの嬉しげな声の末尾は、力なく風にちぎれた。このとき少女は思春期の娘の勘で、この物語の終末を予感したのかもしれない。

身じろぎもせず前方の闇を凝視していたラミーカが不意につぶやいた。

050 ラミーカ 「裏切りもの」
  ドリス・ラン 「なんだって!」
ドリスが怒りの形相になった。Dのことを言ったと察したのである。そんな彼女へは目もくれず、ラミーカは血の炎を噴き出すような眼でDの冷たい横顔をねめつけた。
  ラミーカ 父やわたしでさえ三舎(さんしゃ)を避けるほどの力と技をもちながら、誇り高い貴族の血を忘れて人間などに義理立てし・・・あまつさえ、私たちを狩り立て生計(たつき)の道にせんとする大外道。話していても身の汚れじゃ。もう父上も追っては来ぬ。ここでわたしを殺せ!」
    ※語意 『三舎を避く』:おそれはばかって避けること。また、とても及ばないとして相手に一目置くこと。相手を敬遠して避ける意。
  ドリス・ラン 「お黙り!・・・人質の分際で」

「おまえたち・・・ご大層な貴族どもが、あたしたちに何をした。ただ、血が吸いたい、生身の人間のあたたかい血が欲しいというだけで、何の罪もない人たちの喉を噛み切り、バンパイアに変え、愛する家族たちを襲わせて・・最後には、その家族たちの手で心臓に杭を打ち込まれ・・・鬼、悪魔。おまえたちが管理している気象コントローラーの起こす津波や地震で、毎年、何人の親や子が、お互いの名を呼び合いながら死んでいくか知ってるのかい?」

  血を吐くようなドリスの罵倒にも、ラミーカは冷然と笑っていた。
  ラミーカ 「わたしは貴族・・・支配するものじゃ。下賎の奴ばらが反抗心を抑えるため、それくらいの処置は支配者の特権。そもそも、この世に生かしておかれただけでもありがたいと思うがよい」

「なるほど、わたしたちは一滴の血の飢えのためにおまえらを襲うかもしれぬ。だが、その男は何をした?わたしはきいた。そやつがお前欲しさに、あの老いぼれが父上に襲われることを知りながら、とうとう告げなかったと」

「ほほほ、だが、わたしは責めておるのではない。その男、むしろ立派じゃ。自らの欲望を満たすのに他人を犠牲にするなど当然のことではないか。強いものが弱いものを支配する。優れたものが劣ったものを風下に置く・・・これが大宇宙を統(す)べる偉大な真理じゃ。おまえたちの中にも数多く、われらに近い見所のある者がおるぞ、ほほほほ」

  ドリス・ラン 「はっはっはっ」

「笑わすんじゃないわよ。そんなご立派な支配者が、なんであたしごときを欲しがるの?」

「あたしもきいたわ。・・・身の毛がよだったけど・・・あんたの親父、あたしを花嫁にしたいそうね。毎晩、盛りのついた犬みたいにあたしの家へ押しかけては突っぱねられ・・・よくも飽きないものだわ。貴族ってよほど女ひでりなの。それともあれ?あんたの親父だけ特別趣味が悪いのかしら?」

  ラミーカの眼から殺意が熱線と化してドリスの顔にとんだ。負けじとドリスの憎悪の火花が迎え討つ。疾走する馬車と馬との間に、目に見えない壮烈な火花が散ったかのようであった。

不意に、Dが手綱を引きしぼった。いきかけて、ドリスもあわてて馬をとめる。グレコだけがとまどったが、これ以上一緒にいてもろくなことはないと踏んだか、一気に加速し、闇の奥へと逃げ去った。

わけもわからず、馬車を降りるDに従い、一同は地面に降り立った。当然のごとく、ラミーカと三人が向かい合う格好になった。

  ラミーカ 「どうする気じゃ?」
060 吸血鬼ハンターD 「おまえの言った通り、ここまでくれば伯爵も追ってはくまい。後はおまえの処置だけだ」
  Dは静かに言った。ラミーカと、それからドリス、ダンの顔にも緊張の色が走った。
  吸血鬼ハンターD 「おれは、この人を守るために雇われた。だから、おまえの父は討ち果たす。だが、それ以上は員数外だ・・・従って、おまえをいまどうするかは雇い主どのに決めてもらおう・・・さて?」

【ドリスに向かって】「どうする?」

  ラミーカ 「殺せ」
  ドリス・ラン 「逃がしてやって。あたしに人殺しはできない。いくら貴族だからって、こんな娘(ひと)を・・・・」
  吸血鬼ハンターD 【ダンの方を向いて】「どうする?」
  ダン 「あたりめえじゃんか。女斬るなんてそんな卑怯な真似ができるかよ・・・兄ちゃんだって、そうだろ?」
  このとき姉弟は、Dの顔に微笑が浮かぶのを見た。それから何年、何十年先まで、ふたりはこの日のDの顔を思い出し、それを浮かばせたことを誇りに思うのであった。それは、そんな微笑だった。
  吸血鬼ハンターD 「こういうわけだ。行くがいい」
  ラミーカ 「どこまで愚かな奴らじゃ・・・よいか、わたしが感謝などすると思うな。今見逃したことが、数層倍の後悔となっておまえたちにふりかかるぞ!わたしがおまえの立場だったら容赦なく殺す。その弟も」
070 もうふり返りもせず、三人は馬車へ戻った。
  ドリス・ラン 「この馬をお使い」
  ドリスが手綱をラミーカの足元へ投げた。
  吸血鬼ハンターD 「子供でも宇宙の真理を知っていたか・・・・」
  ラミーカ 「なに」
  吸血鬼ハンターD 「弱肉強食、強者の支配・・・おまえたちの神祖はそうは言わなかったぞ」
  ラミーカ 「ほほほ、つまらぬ心ばかりか妄想癖もあるとみえる。神祖だと?おまえなどがあのお方を知っておるはずがない。わたしたちの文明と世界を築き、支配者としての法(のり)を完成させたあのお方を。・・・・われらはすべて、あのお方の言葉に忠実に従ってきたのじゃ」
  吸血鬼ハンターD 「すべてのものが、か。だから、やつはいつも哀しんでいた・・・」
  ラミーカ 「・・・・やつ・・・・?おまえは・・・・・おまえは、まさか・・・・・」
  ラミーカの声におびえがこもった。幼い頃、城での大舞踏会で、まことしやかに囁かれていたある噂を思い出したのである。
080 ラミーカ 「・・・・あの技、その力・・・おまえは、もしや・・・・」
  鞭が鳴った。

車輪の絶叫をのこして馬車が走り去ったあとも、足元におちた馬の手綱を拾うことも忘れ、貴族の娘は月光のさなかに立ちつくしていた。

082 ラミーカ 「あなたさまは・・・・もしや・・・・」

吸血鬼ハンター”D”第7章 吸血鬼ハンター死す(U) 劇終

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