小説 吸血鬼ハンター”D”より

原作 菊池秀行 ソノラマ文庫刊

第6章 血闘――ひとり十五秒(U)

D 17、8歳  ダン 8歳
麗銀星 20歳前後 

001 風を巻いて帰還したギムレットの知らせに、麗銀星は寄りかかっていた石像から身を起こした。
  麗銀星 「一人でしょうね?」
  約束通り、Dがひとりでやってきたとギムレットは言った。麗銀星はうなずき、先刻から仁王立ちで平原の彼方へ眼を走らせている残りふたりに声をかけた。
  麗銀星 「用意はいいですね。手筈どおりにかかりなさい」
  拷零無(ゴーレム)とチューラが同時に一礼するのにうなずき返し、彼は背後につないである馬の方へ歩み寄った。

彼は、岩陰に手足を縛り、猿ぐつわをかませて転がしてあるダンのかたわらにしゃがみ込むと、口をふさぐ布をずらした。それにしても、今朝、農場を出たところをギムレットにさらわせてから、わずか八歳の少年に、今の今まで猿ぐつわをはめたままとは、なんと残忍冷酷なやり方であろうか。

  麗銀星 「ほら、君の救い主がきましたよ。昨日、村で君たち姉弟のことをきいたときに立てた計画ですが、どうやらうまくいったようです」

【嘲り】「気の毒に。君ともども生きては帰れぬ運命ですが」

  ダン 「へん、生きて帰れないのはそっちの方だい」
  心労と空腹で、やつれた顔ながら、ダンは精一杯元気に言い返した。捕らわれてから水一滴与えられていない。
  ダン 「Dのお兄ちゃんが強いの、知らねえな!」
  激怒するかと思いきや、零銀星は逆にニンマリとして、陥没した大地の底に立った三人の配下に目をやった。
010 麗銀星 「かもしれませんね。その方が手がかからなくて助かるのですが」
  ダンが、ききちがえたかな、といった風に目を丸くした。

そうなのだ。この美貌の悪鬼は、この場でDもろとも配下たちを葬るつもりであった。最初はDと自分の顔をみたドリスだけを片づける予定だったのが、伯爵と会い、貴族の一員に加えるとの言質(げんち)を受けてから、360度方針は変更された。

彼は、伯爵の提案したアイディアに従い、ドリスのみは伯爵の手に委ねるとして、計画通り残りふたりとプラス三人の抹殺を決めた。配下たちを残しておいては後くされが残ると判断したからである。

丘の上にぽつんと孤独な姿が浮かび上がった。スピードを落とさず、まっしぐらに駆け寄ってくる。

  麗銀星 「さあ、少しは役に立って下さいな」
  ダンの自由を奪っている革紐を背中のあたりでひっつかみ、荷物みたいに片手でぶら下げて、麗銀星は自分の馬に歩み寄った。腰の飛鳥剣が触れ合い、耳ざわりな音をたてる。あいている方の手でサドルバッグを探り、「時だましの香」を取り出した。
  麗銀星 「おや?」
  なぜか、ふと首をかしげたとき、チューラの緊迫した呼び声に、彼は蝋燭を握りしめたままふり向いた。
  ダン 「兄ちゃん」
  ダンの叫びが風に乗ってとんだ。

すでに馬から降りた宿敵は、優美な曲線を描く長剣ひとふりを背に、窪んだ大地の底に黙然と立ちつくしていた。

  麗銀星 「これは・・・・」
  相手の美貌に麗銀星は驚き、嫉妬した。
020 麗銀星 「あなたのような方に剣を打ちおとされるとは光栄、といいたいところですが、『人間』と『貴族』の出来損ないでは、艶消しですな」
  冷笑と侮蔑の挨拶に、Dは静かに応じた。
吸血鬼ハンターD 「貴様は『悪魔』と『山犬』の私生児だ」
  麗銀星の満面がどす黒く染まった。血が毒に変わったように。
  吸血鬼ハンターD 「その子を放せ」
  返事のかわりに、彼は、ダンの革紐をにぎった手をひとひねりした。途端に、ダンの小さな唇が苦痛の声を絞り出した。
  ダン 「い、痛い。兄ちゃん、苦しいよお」
  麗銀星 「ちょっと特殊な紐でしてね」
  麗銀星は唇を歪めて笑い、人さし指と親指で小さな輪をつくった。
  麗銀星 「ある方向から刺激を与えると、ここまで縮まります。肉に食いこみ、息の根が止まるまで、八歳児ならまず二十分。それまでに私たち全員を倒せないと、この子はあの世であなたを怨むことになる。・・・・どうです、少しは焦りましたか?」
030 ダン 「に・・・兄ちゃ・・・・ん」
  紐はダンの服にもうくびれをつくりはじめていた。苦しみもがく少年に、しかし短いが、力強い励ましの言葉が、Dの口から発せられた。
  吸血鬼ハンターD 「一分待て」
  ダン 「う・・・・うん」
  けなげな笑顔を浮かべたダンとは裏腹に、四人の男たちは激怒した。麗銀星を除く三人の人影で形成する輪が、ずずっと狭まる。

全員、落日の朱光に彩られているが、全身からほとばしる殺気の前には、その色さえ色褪せるかと思われた。

  麗銀星 「では、ひとりずつお手並み拝見・・・まず、拷零無(ごーれむ)
036 首領にこう呼ばれて、拷零無(ごーれむ)ばかりか残り二人もいぶかしげな顔つきになった。四人がかりで倒すのが最初の作戦だったからだ。だが、次の瞬間には、赤胴色の巨体が猫のように音もなく、Dめがけて疾走していた。

蛮刀の幅広い刃が赤光にきらめいた。カン!と硬い音がした。

馬の首すら斬りおとす蛮刀の猛威が胴をなぐ寸前、抜き放ったDの剣先が拷零無(ごーれむ)の左肩を割ったのである。いや、割ったとみえて、それは空しくはじき返された。拷零無(ごーれむ)・・・青銅の筋肉組織を持つ男。彼の身体には、高周波サーベルでさえ無効だったのだ。またも唸った蛮刀の刃を見事に避けて、瞬時に数メートル跳ね下がったDを追い、巨人はなおも肉迫した。

「どうした。十五秒!」草の葉をなびかせてどっと吹きつけてきた風の雄叫びにも似た怒号が、すり鉢型の大地の底を埋めた。

吸血鬼ハンター”D”第6章 血闘――ひとり十五秒(U) 劇終

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