小説 吸血鬼ハンター”D”より

原作 菊池秀行 ソノラマ文庫刊

第5章 必殺・飛鳥剣(V)

001 頭上遥かな高みから、羽をたたんだガーゴイル像の皮肉な眼差しが注がれている。リイ伯爵の居城の一室だ。窓ひとつなく、さほど広からぬ簡素なつくりだが、壁ぎわに並んだ数体のロボット兵士と、石の床より一段高い壇上の椅子、さらに、椅子の背後の壁を埋めつくして周囲を睥睨(へいげい)する、黒衣の人物を描いた巨大な肖像画、そして、部屋中に漂うどことなく厳粛かつ宗教的な雰囲気から推して、どうやら裁きの場・・・審問会場らしい。

すでに、被告の罪状追及は終え、絶対の裁判長たるリイ伯爵は、怒りに眉を逆立てていた。

  マグナス・リイ伯爵 「裁きを申しわたす。面(おもて)を上げい」
  喉の奥まで出かかった炎の言葉を、領主の威厳が必死に抑えつけながら、壇上の伯爵はむしろ低い声で命じた。

被告は動かない。先刻、ロボット兵士にこの部屋に連行され、冷たい石の床に引きすえられた姿勢のままである。虚ろな眼差しが六つ、空中を、床上を、天上近くのガーゴイル像を交互にさまよっていた。長大な尾の先まで覆う黒髪が、床を黒い海と変えている。

地下水道の三姉妹・・・ミドウィッチの蛇娘であった。

  マグナス・リイ伯爵 「うぬらを人目に隠し、食いぶちまで与えて、三千年ものあいだ地下の海にかばいし恩を忘れ下賎のものの手にかかっただけでなく、そやつの逃亡まで助けるとは、許し難き背信の業。よって、いまこの場で断罪する!」
  一気にまくし立てた伯爵の酷烈な言葉にも、三つの首は動揺の風もなく、白い膜がかかったような視線を宙にさまよわしていたが、このとき、一せいに深いため息をもらし、「あのお方・・・」とつぶやいた。
  マグナス・リイ伯爵 「殺せ!」
  狂気ともとれる憤怒の叫びが終らぬうちに、ロボット兵士の両眼から真紅の熱線がほとばしり、三つの首は蒸発した。床の上でまだ煙をあげながらのたうちまわっている胴体には目もくれず、「始末せい」とひと言命じて、伯爵はふと、かたわらへ眼をやった。

いつ入ってきたのか、壇の横にラミーカが立っていた。純白のドレスを身につけていても、闇のような雰囲気の少女であった。

父の血走った眼を、揶揄するように冷たく見返して言った。

  ラミーカ 「父上、このものたちを、なぜ?」
  マグナス・リイ伯爵 【吐き捨てるように】「裏切りもの」

「事もあろうに、あの若造に血を吸われ、その虜となって地上まで導きおった。さっき目醒めてみると、地下水道の出入り口が今朝早く開放されたと、コンピューターから連絡が入っていたのじゃ。ふと思いあたって、こやつらを地下より引き出し尋問したら、すべてを白状しおったわ。・・・と言うても、半ば魂を奪われたも同然のやつら。こちらの質問にはすらすら答えよったが」

  ラミーカ 「で、入り口は?」
010 マグナス・リイ伯爵 「すでにロボットどもが塞いでおる」
  ラミーカ 「すると、あやつは見事?」
  ますます面白そうな眼つきになった娘の顔から眼をそらして、伯爵はうなずいた。
  マグナス・リイ伯爵 「逃げおった。・・・しかし・・・・あの三姉妹を倒して、というならまだしも、われら同様、その喉を噛み、自らの意に従わせるとは・・・あやつ、ただのダンピールではないのか・・・・」
  ラミーカの両眼がなんとも言えぬ光をおびてきた。
  ラミーカ 「さようで・・・・彼奴、逃げおおせましたか・・・・あの娘のように」
  さすがに伯爵の面貌(めんぼう)が怒りにゆがむと、はったとラミーカをにらみつけた。
  ラミーカ 【そらっとぼけて】「今宵もお忍びになりますのか?あの獣くさい農場もどきへ?」
  マグナス・リイ伯爵 「いや」

「ここしばらくはやめておこう。あの若造が戻った以上、そうやすやすとこちらの思い通りに事は運ぶまい」

  ラミーカ 「・・・!では、あの人間の娘をおあきらめ下さいますのか!?」
020 マグナス・リイ伯爵 【にやりと笑う】「そちらも”いや”じゃ。別のところへ参る・・・処刑するまえ、蛇娘の長姉が面白い奴らのことをきかせてくれた」
  ラミーカ 「奴ら?・・・人間どものことでしょうか?」
  マグナス・リイ伯爵 「そうじゃ。そやつらを使い、必ずやあの若造を倒してみせる・・・・おまえには気の毒じゃが」
  ちっとも気の毒そうでない声である。ラミーカが低い声できいた。
  ラミーカ 「では、どうあっても、あの娘を?」
  マグナス・リイ伯爵 「うむ。あの美貌、あの白い喉、そして、あの気骨。ここ数千年、絶えて会ったことのない貴重な娘」

「わしを相手に一歩もひかぬ昨夜の奮戦ぶりで、また執着が強まったわ。・・・・一万年の昔、神祖が想いをかけ、ついに叶えられなかった人間の女というのも、かくあらんか」

  マグナス・リイ伯爵は背後の壁面を占める巨大な絵画に、これはどんな大貴族も等しく捧げる畏敬の眼差しを投げた。
  マグナス・リイ伯爵 「神祖の想い人は、かつての異魏罹須(イギリス)なる国に生存した美奈(みな)という名の女性だったときく。その透き通る肌の下を流れる血は、それ以前、何千とという美女の生命の泉に口をつけてきた神祖の舌にも、かつてないほど甘く、かぐわしく感じられたとか」
  ラミーカ 「その女がもとで、神祖は灰になられました」
  冷然と言い放って、ラミーカは父の方へ、この少女には珍しい訴えるような眼差しを投げた。
030 ラミーカ 「どうあっても、思いなおしてはいただけませぬか、お父上。この辺境の地に、五千年の長きにわたりつづいた誇り高きリイ家の一族に、断じて人間などを加えてはなりません。これまで手にかけたものすべて、血を吸いつくしてもそのまま衰弱死させ、よもや一族になど入れませなんだものを、なぜ、今回の娘に限り・・・いえ、これは私のみの考えではありませぬ。亡きお母さまも、きっと同じことをおっしゃいます」
  伯爵は苦笑した。それから、やむを得んという風にうなずいて言った。
  マグナス・リイ伯爵 「それよ・・・・いつかは話そうと思っておったが、わしは、あの娘を妻にむかえる心づもりでおる」
  今度こそラミーカは、心臓に杭を打ち込まれたような表情で沈黙した。まさしく、それに等しいショックがこの気位高い少女を襲ったのであった。

ややあって、もちまえの青白い肌を紙の色に変え、こう言った。

  ラミーカ 「・・・・承知いたしました。そこまでお考えならば、ラミーカももう駄々をこねはいたしません。・・・・お好きなようになさるがよろしい。ただし、わたくしはこの城を去り、長い旅にでようと思いまする」
  マグナス・リイ伯爵 「・・・・旅へのう・・・・よかろう」
  苦悩の中にも、安堵の響きがこもる伯爵の声であった。この気性の激しい愛娘と人間の女が、いかに自分の説得があろうとともに暮らすなど出来ない相談なのは、彼自身、骨身に沁みて理解している。

「で、父上」と、もはやその話題など忘れ果てたような妖艶な顔つきでラミーカは尋ねた」

037 ラミーカ 「どのようにしてあの若者を倒し、娘を手に入れる心算(つもり)なのですか?」

吸血鬼ハンター”D”第5章 必殺・飛鳥剣(V) 劇終

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