OVAアニメX
ブラックジャック

KARTE5:サンメリーダの鴞(ふくろう)
欧州を旅行中のブラックジャックとピノコは、
戦争の幻影と謎の出血に悩ませる青年と出会う。
彼の体に天才的な外科手術の痕を見つけたブラックジャックは、
その執刀医に会うため、彼のルーツ探しに乗り出す。

ブラックジャック:大塚明夫
ピノコ:水谷優子
レスリー:古谷徹
エルネスト:坂口芳貞
牧師:伊藤和晃

今回の話はサンメリーダの子守唄がキーワードに
なっているので、参考にUPしておきます。
劇中にレスリーとピノコが唄うシーンがあります。

001 レスリー
「・・怖い夢ばかり見るんだ・・それにとてつもなく大きな孤独感が・・いつも襲い掛かってくる。・・・判りますか先生・・不安や孤独感というのは僕にとっては犬や猫のように・・現実の存在なんです」

「判りますか?孤独って奴がこの手で触れるほどの・・寒々しい精神状態を・・」

  《せりふ:医師》
「休暇を取ってのんびりして・・」
  レスリー 「今だって僕は死ぬほど怯えている」

「!先生が、お座なりに精神安定剤の処方をして、僕を早く追っ払うに違いないって!!」

  《せりふ:医師》
「では、帰りに薬局で一週間分の安定剤を」
  レスリー
「は・・はっはははは・・・・」(悲しい絶望の笑い)

「・・神なんてこの世にいやしねぇさ・・・」

  大陸を列車が駆け抜ける。悠然と広がる広大な山並みを背景に、森を抜け、湖を抜け、軽やかに走り抜けていく。

ブラックジャックとピノコはビュッフェで食事を摂っていた。

  ピノコ(大人の声) 『年に一度あるか無いかだけど、先生はあたしにプレゼントをくれる。今年は3週間のヨーロッパ旅行をリクエストした』

『一生懸命もいいんだけど、たまには一休み・・・ま、ホントのところは、あたしの先生に対する思いやり・・それと、あたしのかなえられる事の無い恋への密やかなる慰め・・・』

 
ピノコがうっとりブラックジャックを見つめている。その時、列車がカーブに差し掛かり大きくかしいだ。その揺れに振られてピノコの体が椅子からふっとび、通路を通りかかった青年にぶつかった。その時手に持っていたグラスからジュースが飛び散り青年の服にかかった。
  ピノコ 「ごめんなしゃい、ごめんなしゃい・・」
010 レスリー 「大丈夫ですよ、お嬢さん」
  ピノコ 「れもぉ・・・」
  ピノコは青年の顔を見上げた。青年はうつむいてニコッとピノコに微笑みかけた。
  レスリー 「あ、紅茶とケーキをお願いできますか。私のコンパートメントは8の3Aです」
  青年はビュッフェの係員に告げるとその場を後にした。その後ろ姿をピノコがぼ〜っと見つめていた。
  ブラックジャック 「食事、もういいのか?」
  ピノコ 「8の・・3A・・・」
  真っ赤に燃える夕焼けをのぞみながら列車は進む。
  OP 「記憶の君へ」
歌:Another Moon
  夕闇に煙る中を列車は軽快に進む。ブラックジャックたちのコンパートメントではブラックジャックとピノコがトランプをしている。
  ピノコ 「グヒヒ・・・10ドルの上に30ドル乗せて、しゃらに50ドル〜」
020 ブラックジャック 「強気だな・・」
  ピノコ 「ヌヒヒ・・女は勝負。ここと決めたら相手の骨までしゃぶるのら」
  ブラックジャック 「いいよ。じゃ、80ドル追加してコール」
  ピノコ 「ニュアハハハ・・飛んで火に入るアイスクリーム・・ニャハハハハ」
  ブラックジャック 「キングのフルハウス」
  ピノコ 「ぎぇっ・・は〜〜ぇ・・」
  コンパートメント8の3A。青年がすやすやと寝息を立てている。青年は夢を見ていた。

上空から機銃を撃ちながら飛来する軍用ジェットヘリコプター、地上では戦車部隊と歩兵達が発砲を繰り返しながら進撃してくる。町は砲弾の雨に撃たれ、次々と炎をあげて崩壊し瓦礫と化していく。

幼い少女の手を引いた若い女が、ジェットヘリの機銃の標的になった。機銃が火を噴く。弾は若い女の背中を撃ち抜いた。

その時、眠っていたはずの青年の背中から大量の血が吹き上がり、青年は苦痛の叫び声をあげた。

  《せりふ:車掌》
「ど・・どどど・・どうしましたぁ!!」
  ピノコ 「あぁ!しぇんしぇ〜い!(先生)
  ブラックジャック 「・・・失礼、道を・・すいません・・・」
030 列車の中は騒然となり、列車は渓谷に架かる鉄橋の上で緊急停車した。
  ピノコ 「緊急しゅるつ(手術)れす。みなしゃん、この部屋から出てくらはい」
  ブラックジャック 「・・紛れもない銃創だが・・銃の音は聞こえなかった・・」

「聞かなかった・・よな?」

  ピノコ 「う・・うん」
  ブラックジャック 「しかも、たった今撃たれたように出血していたが、これは相当、昔の銃創だ」
 
血を拭き取ると、今まで血を噴き出していた銃創が見る間に収縮し穴が閉じていった。それと同時に青年が気がつき、目を開けた。そして何事も無かったように寝巻きのボタンを閉じた。
  レスリー 「・・ありがとう、もう大丈夫。なぁに、いつもの事なんですよ」
  ブラックジャック 「珍しい物を見せてもらった」
  レスリー 「すいません。お騒がせしてしまって」
  ブラックジャック 「君は精神科医にかかっているようだね。ベッドの上にこの診断書があった。オペの前に患者の事を調べるのは医者の義務だからね」

「しかし、オペをする必要は無くなったようだ」

040 列車はゆっくりと動輪を廻し、また走り始める。天空高く満月が輝き、あたりを明るく照らし出していた。
  ピノコ(大人の声) 「それから二日目、エクスプレスを途中下車、古い港町の小さなホテルに一泊。つまり私はレディースのためのレディースによるスペシャルコースを満喫していたのです」

「・・しかも・・しかも!私は淡い旅の恋さえもしっかりと・・うっふふふ・・なんと彼も私たちと同じコースを巡っていたのです」

 
レストランの中、丸テーブルに座るブラックジャックたち。目の前には可愛い一輪挿しが飾られ、その横では蝋燭の炎がゆらゆらと揺れていた。

ブラックジャックがそっと後ろを振り返る。後ろのテーブルには、あの青年がバーボンをロックで飲んでいた。蓄音機から暖かで優しい音楽が流れていた。

ピノコが食事のメニューを見つめている。

  ブラックジャック 「逆さだよ」
 
青年のホテルの部屋。青年は怯えていた。いつも目の前に現れる幼い少女を連れた若い女の幽霊に。

青年がうたた寝をしている。その耳に子守唄が聴こえ始める。青年はベッドの上に起き上がって窓を見つめた。開いた窓から潮の香りのする風が室内に吹き込んでいた。その風に乗ってだんだんと子守唄が近づいてくる。それは耳をふさいでも消す事が出来ない。直接、頭に響いてくるのだった。

怯えてうずくまる青年の横を幼い少女を連れた若い女が通り、入口の戸をすり抜けて出て行った。

青年は枕の下から拳銃を抜き出すと、消えた女の後を追った。女が部屋の中へ消える。青年はドアを蹴破り中へ飛び込んだ。

目の前にヘリが飛行していた。 機銃が青年に向けられる。機銃が火を噴き青年の体を撃ち抜いていった。

  ブラックジャック 「ピノコ、灯かりを点けて」
  ピノコ 「はい」
  ブラックジャック
「タオルだ!このままだと舌を噛む」
  ピノコ 「は〜い!」
  ブラックジャックは痙攣し固く閉じた青年の口へタオルを押し込むと、抱きあげた。
050 ピノコ 「あぁ、また血ら。背中から血だぁ!」
  ブラックジャック 「ドアを閉めて。それから私のかばん」
  ピノコ 「ほいきた」
  ブラックジャック 「ルーペ」
  ピノコ 「ルーペ、ルーペ・・」
  ブラックジャック 「カメラ」
  ピノコ 「ん?・・亀?」
  ブラックジャック 「ポラロイドだ。早く」
  ピノコ 「はい、ポラ・・」
  ブラックジャックは青年の体を丹念に写真に撮っていった。

女の歌う子守唄が段々と遠ざかっていく。銃創が小さく閉じ、青年が目を開けた。

060 レスリー 「・・・は・・」
  ピノコ 「キシシ・・・・」
  ブラックジャック 「イギリス陸軍の刻印があるが、君は軍人か?」
  ブラックジャックは拳銃を見て言った。
  レスリー 「私はレスリー・ハリス。ロイヤルアーミー在籍中の士官候補生です」
  ピノコ 「カッコ良ィ・・・」
  ブラックジャック 「19年、いや20年位前に君はかなりの大手術を受けてるね」
  レスリー 「い・・いやあ・・・」
  ブラックジャック 「背中の皮膚移植の痕だけでも7箇所、顔面にも5箇所、腹部には開腹したと見られる痕が最低3箇所・・もっとあるんだろうが君の全身を調べたわけじゃないからね、それ以上は判らない」
  レスリー 「・・知りません・・両親からもそんな話は聞いていない・・」
070 ブラックジャック 「その医師の名、君を手術した医師の名を知りたい」
  レスリー 「・・でも、ぼくは・・本当に・・・」
  ブラックジャック 「そうだな・・君はまだ1歳か2歳だった・・ご両親に訊くしかないか」
  レスリー 「父は10年前、母は4年前に亡くなりました」
  ブラックジャック 「・・・・そうか・・・残念だな・・それは」
  ブラックジャックは寂しそうにため息をつき呟いた。
  レスリー 「おかしいですよ、そんな手術痕、この写真のどこにあるんですか?どこですか、具体的に言って下さい」
  ブラックジャック 「人間の肌には皮膚カッセンというのがある。ピノコ、ルーペを渡してやれ」
  ピノコ 「は〜い」
  ピノコはブラックジャックのカバンからルーペを取り出すとレスリーへ渡した。
080 ピノコ 「どうじょ」
  ブラックジャック 「唇とあごの間だ。皮膚カッセンに沿って執刀あるいは縫合すれば、治癒してからもその傷は肉眼では判別できないほどの完璧なものとなる。ただしそれは極めて高度な技術が無ければできない事だ。顔だけならともかく、背中も腹部も実にそれは鮮やかになされている・・本人でさえ判らないほど鮮やかにだ。」

「そんな見事な外科医の存在を私は今まで知らなかった。逢ってみたいんだその人に」

  雪山を列車は進む。ブラックシャックとピノコは再び列車に乗っていた。窓の外を眺めるピノコの顔が妙にウキウキしてにやけている。客室の扉が開いて、レスリーが入ってきた。
  レスリー 「あなたが、あの有名なDr.ブラックジャックとは知りませんでした」
  ブラックジャック 「ピノコ!おまえ」
  ピノコ 「ニャハ、さっきビュッフェで先生の事ご説明しといたのよぉ、らって、変でしょ、せっかくおともらち(お友達)になったのに、お互いな〜〜にも知らないにゃんて」
  レスリー 「お願いです先生、僕の病気を治してください。毎日毎日、自殺したいほど苦しんでいるんです」

「いくらかかっても良いです。僕には使い切れないほどの両親の遺産があるんです」

  ブラックジヤック 「100万ドル」
  レスリー 「承知しました」
  ブラックジャック 「・・・と言いたいところだが、金は要らない」
090 レスリー 「えっ・・?」
  ブラックジャック 「但し条件がある」
  レスリー 「条件?」
  ブラックジャック 「君は私に協力する事。昔、君を手術したはずの医師を探し出す事に、全面的に協力する事」
  ピノコ(大人の声) 「またまた途中下車。先生はコネクションを利用して、それなりの病院をそれなりに交渉、手術室と病室をそれなりにレンタルする事と、相成りました」
  ブラックジャック 「皮下出血の原因解明のために、古い銃創のあたりを切開する」
  レスリー 「はい・・」
  ブラックジャック 「所要時間は約40分、アレルギー体質及び薬物依存症等ではないことを再度確認する」
  レスリー 「先ほど申し述べた通りです」
  ブラックジャック 「開始します」
100 ピノコ 「開始します」
  レスリーの口に笑気マスクが当てられる。
  ブラックジャック 「10・・9・・8・・7・・6・・・・」
  レスリーは深い眠りへと落ちていった。手術が始まった。ブラックジャックのメスが背中の皮膚を切り開いていく。

レスリーは夢の中であの女の姿を見ていた。レスリーは問い掛ける

  レスリー 『どうして・・どうしてですか?どうしてあなたはいつも僕を見ているんだ・・』
 
突然、夢の中の女が血を噴き上げて吹っ飛んだ。それと同じく、レスリーの体からも血が噴き上がっていた。ブラックジャックはカンシで血を噴き出す血管の両端をつまみ止血した。
  ブラックジャック 「血管を縫合する。20秒以内に準備」
  ピノコ 「は・・は・・は〜〜い!」
  ブラックジャック 「マルバリ、糸50(ゴーゼロ)」
  夕焼けの広がる海岸線、その歩道をピノコが両手にアイスを持って歩いている。その後ろをブラックジャックがついて歩いている。ピノコは唄を口ずさんでいる。
110 ピノコ ♪「赤い実が3つ、青い実が2つ、白い実は幾つ。白い実が6つ、赤い実が5つ、青い実は幾つ。さあ、おやすみ、愛しい子よ、サンメリーダ、サンメリーダ、お前の好きな・・」♪
  ホテルの部屋。ピノコは泡のたっぷり入ったシャボンバスで体を洗っている。
  ピノコ 「え?さっきの唄?・・キャハハ・・彼に教わったのらぁ」

♪「サンメリーダ、サンメリーダ・・」♪

「夢の中れね、女の人がいつも歌ってゆんらって、綺麗な唄れしょお」

♪「サンメリーダ、サンメリーダ、お前の好きな、サンメリーダの森で、フクロウが鳴いた・・」♪

  病室、レスリーの寝ているベッドの前に白衣のピノコの姿があった。
  ピノコ 「は〜い、良いれしゅね、正直に答えゆんですよ・あなたにとって好ましい女性のタイプは、どえでしょう?1.マリリン・モンロー、2.宮沢りえ、3.シガニー・ウィーバー、4.常盤貴子」
  レスリー 「あの・・それって何の調査?」
  ピノコ 「患者の性格や好みをしゆ(知る)のは看護師側の当然の権利でしゅ」
  レスリー 「シガニー・ウィーバー・・」
  病室の扉が開いてブラックジャックが入ってきた。
  ブラックジャック 「退院だピノコ。すぐにナースセンターに行って手続きをしてきてくれ」
120 ピノコ 「えぇ〜〜ほぇ〜〜退院?」
  ブラックジャック 「これから、エルガニア共和国に一緒に行ってもらう」
  ピノコ 「・・しぇ・・しぇんしぇい(先生)、今朝、やっと抜糸したばかりですよ」
  ブラックジャック 「文句を言う奴は残していく」
  ピノコ 「ナ・・ナースセンターへ行ってきま〜〜〜〜しゅ」
  ピノコは慌しく走り出していった。静かになった部屋でブラックジャックとレスリーが話し始める。
  レスリー 「エルガニア共和国?」
  ブラックジャック 「行ったことは?」
  レスリー 「行ったことも聞いたこともありません。そんな国の名前・・」
  ブラックジャック 「いろいろと調査をしてみて、やっと探し出した」

「サンメリーダ。世界中に何億もある地名の中で、サンメリーダと名のつく土地はたった一箇所」

「エルガニア共和国、コロネア郡にあるサンメリーダ村」

130 ピノコ(大人の声) 「こうして私たちは、エルガニア共和国へと向かったのであります。エルガニアは人口300万、25年以上も内戦を繰り返し、何年か前にやっと統一政府が出来た小さな国なのです」
  エルガニア共和国の空港で、入国チェックを受けるブラックジャックたち。
  《せりふ:入国管理官》
「ジャパニーズ?」
  ブラックジャック 「イエス」
 
《せりふ:入国管理官》
「観光たって、うちらじゃスキーと狩猟くらいっかねえっすよ?」
  ブラックジャック 「山あいに良い温泉が沢山あるって聞いてますが」
  《せりふ:入国管理官》
「はっはっは、よう知っとるねぇ」
  ブラックジャックたちは入国審査を無事済ませ、タクシーでサンメリーダ村を目指して移動している。
 
《せりふ:タクシーの運転手》
「内戦終わって4年も経つけど、ヒッデェもんでしょ。壊れた建物の下にゃあ、まだ死人が一杯いるって話で・・パンもまだ配給だし、経済の復興なんて夢のまた夢だい」

《せりふ:タクシーの運転手》
「サンメリーダ村ね?もちろん、知ってますよ。あそこは激戦地だった。反政府側の本部があってね。最後の最後まで抵抗した」

《せりふ:タクシーの運転手》
「4時間かかりますよ、峠を3つも越えねえといけねェんで」

  ブラックジャック 「その村に病院はありますか?」
140 《せりふ:タクシーの運転手》
「さあ、そこまでは知んねェなあ・・」
  村の入口でタクシーが停止する。村のあちこちに幾千もの墓標が立てられている。
  《せりふ:タクシーの運転手》
「見えます?教会。あの辺りがサンメリーダ村です」
  タクシーの窓から身を乗り出すようにして村を眺めているレスリーは、はっとして眼を見開いた。
  ブラックジャック 「どうした?」
  レスリー 「あ・・・・いや・・・・なんでもありません・・・」
  タクシーは瓦礫の山と化した家の隙間を縫うように進んでいく。突然レスリーが頭を抱え叫んだ。
  レスリー 「車、止めてください!」
  レスリーは車から飛び降りると、一直線にかけていく。その後をピノコが追いかけた。
  ピノコ 「!レ・・レスリー」
150 レスリー 「はぁ・・はぁ・・はぁ・・・」
  ピノコ 「はぁ・・はぁ・・ろうしたのよ?レスリー」
  レスリー 「こ・・この長い石段を上がると赤い屋根の家があって・・左側の窓が焦げて・・戦車にやられて・・」
  レスリーは石段を駆け上がる。なにかに憑かれたように眼を見開いている。
  レスリー 「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」
  ピノコ 「はぁ・・ホントら。赤い屋根・・左側の窓が・・」
  レスリー 「は・・・・楡(にれ)の木が・・・」
  レスリーはふらふらとよろめくように歩き出す。
  レスリー 「この塀を曲がると・・・泉があって・・・そばに楡(にれ)の木が・・・」
  レスリーの言葉どおり、泉がこんこんと清水を湧き出し、そのそばには一本の巨大な楡の木が悠然と立っていた。レスリーは楡(にれ)の木に寄りかかり思い出す。
160 レスリー 「あぁ・・そう・・この木の下で僕はよく遊んだんだ・・・」

♪「さあお休み、愛しい子よ。お前の好きなサンメリーダの森へ、フクロウ・・」♪・・っは!・・」

 
レスリーの両目から止め処も無く涙が溢れ出している。レスリーがまた、どこかへ走り出した。ピノコが追いかける。
  ピノコ 「こんろは何よぉ〜」
  レスリーは焼け焦げて崩れそうな一軒の家へ入っていった。
  レスリー 「・・ここだ・・裏庭に花壇があった・・・僕はその花壇一杯に薔薇を植えて・・とても綺麗だった・・」
  裏庭の荒れた花壇の中にポツポツと白い薔薇の花が咲いていた。
  ピノコ 「ろうして?何でいろいろ知ってゆの?だって、この村に来たのは初めてなんでしょ?」
  レスリー 「この家は・・僕の家だった・・」
  ピノコ 「なんれよ〜!」
  レスリー 「判らない・・判らないけど・・そう思うんだ、感じるんだ・・何が何やら・・判らないけど・・」
170
ふっと部屋の入口に目をやったレスリーに、あの女の姿が浮かんで消えた。レスリーは部屋を飛び出し階段を駆け上がって2階の部屋へ走りこんだ。

机の上のフォトスタンドを掴んで、中の写真を見つめる。そこには、いつも夢に現れる女と幼い少女の写真がはめ込まれていた。レスリーは胸にしっかりとそれを抱きしめ、両膝をがっくりと床に落として泣き崩れた。

  ブラックジャック 「君の夢に登場してくる人は実在の人だった」
  レスリー 「誰なんだ・・この人たちは・・名前も知らないのに僕は・・僕は随分昔から夢の中で出会っていた。いや・・夢の中だけじゃ無い・・部屋の暗い片隅や、鏡の奥、風の強い日、どうしようもなく虚ろな日々の一人ぽっちの時にも・・この人たちがじっと僕を見つめてくれているのに気がついていた」
  突然上空に攻撃用ジェットヘリコプターが現れる。レスリーは家から飛び出して教会へ向かって逃げていく。機銃の一斉掃射がレスリーを襲う。逃げるその姿が幼い子供を抱いて逃げる若い女の姿にだぶる。

業火の中、逃げる女の背中にヘリの爆音が近づく。女は教会の扉を何度も叩いている。ヘリのパイロットの顔が醜く歪み機銃のスイッチが押される。バリバリと激しい発射音を残して弾丸が雨粒のように女に降り注ぐ。

レスリーは叫び声をあげ、教会の扉の前に顔を覆って座り込んでいた。

  レスリー 「あ・・あああ・・・ああああ・・・・・」
  ブラックジャック 「出血はしなかったようだな・・」
  レスリー 「えっつ・・あぁ・・・」
  ブラックジャック 「血管の裂け目を縫合したことで、一応の効果はあったようだ・・だが、発作を繰り返せば、またいずれ破れる・・」
  レスリー 「・・・ここで・・・ここで撃たれたんです・・・あの二人と一緒に・・・この教会の扉の前で・・・ヘリの上の男の顔はっきりと覚えている・・」

「・・・でも可笑しいなぁ・・赤ん坊だった僕が・・そこまで細かく覚えてるなんて・・あぁ・・何なんだ僕は・・どうなってるんだ僕は・・・この涙は何だ・・何なんだぁ・・」(嗚咽)

  ピノコ 「ね、ね、レスリー、ピノコ泣くの嫌い・・・」
180 その時、教会の扉が開いて中から牧師が現れた。レスリーは、はっと驚き顔を上げた。牧師は優しく問い掛けた。
  牧師 「どうなさいました?何か御用でしょうか?」

「・・・おやおや、随分と顔色が悪いようで・・・」

  レスリー 「あ・・いえ・・・何でもありません・・牧師様」
  ブラックジャック
「人を、人を探しています」

「20年程前のことなんですが・・」

  牧師 「あ・・はぁ・・・」
  ブラックジャック 「20年前、彼を手術した医師を探しています」
  牧師 「20年前・・・医師・・・?」
  ブラックジャック 「ええ・・多分、外科医です。それも飛びきり腕の立つ・・」
  牧師 「医師はおろか、病院もありませんよ、この村には」
  ブラックジャック 「20年前にも・・・ですか?」
190 牧師 「申し訳ありません、わたくしこの教区には2年程前に赴任したばかりでして」

「・・あぁ、そうだ。昔の事ならエルネストに訊かれるといい」

  ブラックジャック 「エルネスト?」
  牧師 「エルネストというのは、この村の墓地で墓守(はかもり)をしている男です。ちょっと変わった男ですが、この村の生れですから」
  ブラックジャック達は牧師に教えられたエルネストに会いにやって来た。年齢はもう80歳にはゆうになろうとする老人だった。エルネストは静かに墓の草を抜いていた。
  ブラックジャック 「エルネストさんですか?」

「人を探しています。その人は20年前、瀕死の赤ん坊に大手術を行なった天才的な外科医です。ここにいる若者がその時の赤ん坊です」

  牧師 「エルネスト爺さん。この方たちは、わざわざイギリスからいらしたとか。知っているなら教えてさしあげなさい」
  エルネストは黙ってじっとブラックジャック達を睨んだまま立ちつくしている。
  牧師 「ははは・・困ったものですね・・もう何年も誰ともまともに話をしないのですよ、この年寄りは」
  エルネスト 「話しておるわい!毎朝毎晩この墓地に眠っているみんなとなぁ!」
  牧師 「これだ・・・」
200 エルネスト 「今、村に住んでいるものはみんなよそ者だ。本当のサンメリーダの住人は全て殺された!」

「現在、この国を支配している薄汚い豚どもにな!」

「・・だからわしが、たった一人生き残ったわしが判り合えるのは、ここに眠る魂達しかいないのだ」

  牧師 「主よ、エルネストをお救いください」
  エルネスト 「馬鹿野郎〜ぅ!出て行けェ〜!」
  エルネストの怒声が響き渡り、からすが一斉に羽ばたいて宙を舞った。牧師が墓を去っていく。墓の入口で待つタクシーのそばを取りぬけて教会へ戻って行った。
  ブラックジャック 「エルネストさん。内戦で亡くなった人たちと語り合っているのは、あなただけでは無いかもしれませんよ」
 
ブラックジャックはさっきの家で拾った写真をエルネストに見せた。
  エルネスト 「・・ん・・」
  ブラックジャック 「この人たちともう何年も夢の中で語り合っている若者がいるんです」
  ピノコ ♪「赤い実が3つ、青い実が2つ、白い実は幾つ」♪
  レスリー ♪「白い実が6つ、赤い実が5つ、青い実は幾つ。さぁお休み、愛しい子よ。サンメリーダ、サンメリーダ、お前の好きなサンメリーダの森で、ふくろうが鳴いた」
210 ピノコに続いてレスリーも唄い始める。その唄を聞いたいたエルネストの目から涙が溢れ出し流れて落ちる。
  エルネスト 「何でお前さんがたが知っておる!?この村にだけ伝わった古い子守唄を・・・」
  夕焼けが真っ赤に辺りを焦がしていく。教会の鐘が村じゅうに鳴り響く。運転手がブラックジャックの元へ歩いてきた。
  《せりふ:タクシーの運転手》
「あの〜、お客さん。タクシーどうしましょう?エンジンかけっ放しで・・ヘヘ・・待ってるんですがぁ・・・」

「・・へ・・この村にゃホテルなんて気の利いたもんはありやせんぜ」

  エルネスト 「わしの家へ泊まりゃいい」
  ブラックジャック 「え?」
  エルネストの家。夜空には満天に星が群れている。
  エルネスト 「サンメリーダの村は20年前にだって医者は居なかった」
  ブラックジャック 「そんなはずは無い」
  エルネスト 「居なかったんだ。ちゃんとした資格をもった医者はな・・だが、お前さんがたの言う通り、大手術は確かに行なわれた。・・・そうか、あの時の赤ん坊がこんなに大きくなったのか・・・」
220 レスリー 「知ってるんですね?僕を手術した医師を、あなたは・・」
  エルネスト 「医者は居なかったと言ってるだろうが」

「その男は医者じゃなかった。確かにその男は医師をこころざしたが駄目だった。遠くふるさとを離れ外国の医学部で学んだが、資格をとることはできなかった。もう少しで卒業だと言う時に自分の国で内戦が始まったのだ。家族の危機を放って置くわけにはいかない。彼は帰国した。エルガニアのサンメリーダ村へ」

「反政府グループの本拠地だったサンメリーダは政府軍に包囲され、激しい攻撃を受け続けていた。腕を吹き飛ばされ、内臓をぶちまけ、次々に命を失っていく人々を見て、彼は堪らず自分の使命を果たし始める。安全な場所に衣料品や器具を集め、けが人を収容し、治療を始めたのだ。まだインターンの経験もなかった彼だが、必死で医学書を読み在学中に学んだ知識を総動員した。多分、その未熟な治療のせいで何人もの人が死んだはずだが助かった人も居たはずだ」

「・・・何もしないよりはいいはずだ。彼はそう信じ、医療活動を続けた。自信も資格もなかったが、彼はするしかなかった」

  ブラックジャック
「彼とは、あなただった・・初めてお会いした時、あなたが医療関係者であることが判りましたよ。この手に染み込んだイソジンの薬品焼けを見て」

「イソジンは緊急時に多用される強力殺菌剤だ。あなたは多分、手袋をする間も惜しんで患者のためにイソジンを使用した」

  教会では、牧師が政府軍へ報告をしていた。この牧師は政府軍から派遣されたスパイだった。
  牧師 「特別手配を願います。・・・ええ、2年もかかりましたが、やっと見つけました。ええ、反政府グループが使用していた地下施設です。・・もちろん証拠として成立可能です。そこから採取した多数の指紋の中に、彼のものがありました。照合するのに一月かかりましたが」
  エルネスト
「20年前、村人達の死傷者が最も多かった。政府軍特殊部隊の攻撃を受けた日だった」

「教会の前でサンドラとその娘アニタが撃たれ、すぐに私のところへ運ばれてきた。娘のアニタは銃弾が心臓を貫通しており即死。だが、母親のサンドラの方は全身に機銃弾を受けながら、まだ息があった。だが、おびただしい出血でもはや手の施しようは無く、私はただ、彼女の死を見守ってやるしかなかった」

「その時だ、まだ1歳にも満たない赤ん坊が運ばれてきたのは。どの家の子かも判らない子で、顔と背中に酷い火傷を負い、肋骨や手足を骨折し、全身に打撲を負っていた。この子は時間の問題だと思った。だからせめて、サンドラと一緒に旅立たせてやろうとサンドラの横に」

「毎日繰り返される地獄にわたしの心は疲れていたのかもしれない。無力感が私を支配し、我を失っていたのだ。だがそんなわしを救ってくれたのはサンドラだった」

「最期の力を振り絞ったのだろう、サンドラは泣き叫ぶ赤ん坊に我が子のように乳を与え、そのままの姿で息絶えていた。この子はどうしても生かしてほしい、サンドラの姿は強くそう私に訴えていた。誰も何も言わなかったが、誰もが奇跡を目の当たりにしていると感じていたに違いない」

  ピノコ 「そえで、そえで、そらからどうしたのさ!」
  エルネスト 「奇跡はそれからも続いておこった。わしは赤ん坊を助けようと手術をする決意をした」
  エルネストが隠し扉の引き金を引くと、地下へと通じる階段の入口がぽっかりと開いた。ランプを手に階段を降りていく。
  エルネスト 「調べてみて驚いた。死んだサンドラの血液型が赤ん坊のそれとぴったりと一致していたのだ。サンドラの血液型はAのRHプラスだったはずなのに、OのRHプラスに変わっていた」
230 ピノコ 「そ、そんなことってあるわけないよお」
  エルネスト 「多分、登録する時に何かミスがあったんだろう。だが、その時のわしはそこまで考える余裕はなかった。ただただ、2度目の奇跡が起こったのだと。体が震えた。赤ん坊を助けてほしいと言うサンドラの願いがきっと神の心を動かしたのだと・・」

「もちろんそんな大手術は私には初めての体験だった。サンドラの血を赤ん坊に輸血しながら、骨をつなぎ、破裂した肝臓を補修し、切れた血管を縫い合わせ、どうしても足りないものはサンドラから借りながら・・・そう、君の顔と背中の皮膚はサンドラからの贈り物だよ」

「特に背中にはサンドラが受けた銃弾の跡をそのままに移植した。サンドラという女性がこの世に居た事の証しとして。君が見た不思議な夢はおそらくドナーとなったサンドラの記憶に違いない。どうか大切にしてやって欲しい。それは君とともにサンドラがまだ生きているという事なのだから」

「・・・よかったなぁ・・サンドラ・・よかった・・・奇跡はまだ続いていたという事だよ・・・」

  ブラックジャック 「確かに奇跡はあったのかもしれない。だが、あなたという天才がいたればこそだ。こんな粗末な手術室で、ランプの灯かりだけを頼りにして・・・大変な事を成し遂げた」
  N ブラックジャックはテーブルにレスリーの手術痕の写真を並べた。
  ブラックジャック 「骨折部における完璧な結合。血管及び筋肉組織の見事な縫合。肝臓においては部分移植の痕跡こそ見えるが、機能は完全に再生、回復をしている。そして何よりも顔と背中の皮膚移植だ。皮膚カッセンに沿った天才的な切除と縫合は、あなたがまぎれもない世界超一流の外科医である事を証明している。是非、一度あなたのメス捌きをこの目で実際に見てみたい。その為に、私はここへ来ました」

「私はブラックジャック、あなたと同じ無免許医です」

  エルネスト 「皮膚カッセンに沿った切除と縫合?・・・手術中わしはそんな事は考えてもいなかった。全ては神の力による奇跡だった」
  ブラックジャック 「そんなはずは無い!」
  エルネスト 「いや、声が聞こえていた・・ずっと。『あなたにはできるエルネスト、赤ん坊の命を救うのです、頑張りなさい』間違いなくあれは神の声だった」

「君はそれからしばらくしてこの村に取材に来ていたイギリス人記者に養子として引き取られていったんだよ」

  レスリー 「モーガン・ハリス・・・」
  エルネスト
「うむ、そんな名前だった」

「・・・・さ、上へ戻ろう。スープを温めなけりゃならん」

240 N エルネストがランプを持ち歩き出そうとしたその時、階段上からどやどやと兵士が銃を持って雪崩れ込んできた。先頭にいたのはあの牧師だった。
  牧師
「エルネストさん。あなたがかつて反政府グループの重要メンバー、サンメリーダのフクロウであったという証拠を掴みました」
  エルネスト 「・・えっ・・」
  牧師 「内戦終結までの27年間、一歩もこの地下診療所から地上へ出ず、ゲリラたちの治療を続けた医師、サンメリーダのフクロウ。我々はそう呼ばれた反政府グループの英雄が誰だか長い間判りませんでした」

「逮捕状です。・・・あなたは法廷で裁かれます。ご同行願いたい」

  N エルネストを取り囲むように銃を持った兵士が立ちはだかった。

エルネストの打つ杖の音が地上に響いてくる。地上では投光機がたかれ、エルネストが現れるのを待っていた。

扉が開かれエルネストが現れた。投光機の光に照らし出され、闇夜にエルネストの姿が浮かび上がる。

  《せりふ:司令官》
「少佐、エルネストだけをこちらへ」
  牧師 「はっ!」
  エルネストが歩を進めて行く。司令官の右手が上がった。と、同時に一斉に機関銃が火を噴き、エルネストの体を蜂の巣のように撃ち抜いていった。エルネストは全身に銃弾を浴び、血だるまになって地面に倒れ伏した。
  エルネスト 「・・うっ・・ぐっ・・・はっ・・・・・・」
  牧師 「司令官!裁判にかけるのではなかったのですか!」
250 《せりふ:司令官》
「大統領命令だ!法廷に引っ張り出せば国民の目に触れる。サンメリーダのフクロウは益々英雄化し、反政府運動がまた、ブスブスと再燃する」
  牧師
「我が国は、民主的な法治国家として再スタートを切ったのではなかったのですか?」
  司令官はジープに乗り込むと、冷ややかに言った。
  《せりふ:司令官》
「死体の処理は任せたよ、少佐」
  司令官を乗せたジープが砂煙を巻き上げて走り去っていった。

倒れたエルネストの脈を計るブラックジャック。

  ブラックジャック 「まだ、脈がある・・やるぞ、ピノコ」
  ピノコ 「はい」
  ブラックジャック
「輸血用の血液を頼む!できるだけ多く」
  牧師 「・・・あ・・あぁ・・軍の医療班に緊急連絡を取れ!責任は俺が取る!」
  地下の診療施設に投光機が持ち込まれ、エルネストの手術が開始された。ブラックジャックのメスがエルネストの腹を切り開く。手際よく、素早く正確に撃ち込まれた弾丸を摘出していく。
260 ピノコ(大人の声) 「先生は頑張りました。いつもよりずっと手際よく、ずっと真剣に。でも・・エルネストさんの体には取っても取っても取り尽せないほど銃弾が食い込んでいたんです」
 
エルネストの心臓の鼓動が停止した。ブラックジャックは呆然とその場に立ち尽くしていた。

駅のプラットホーム。レスリーが晴れやかな顔で別れの挨拶をしている。

  レスリー 「本当にありがとうございました」
  ピノコ 「あの・・もしまた発作が起きたら・・ちゃんとしぇんしぇい(先生)に連絡すゆのよ」
  レスリー 「大丈夫。あの発作は僕はもう怖くない。あれは、僕が一人ぼっちじゃないっていう証拠だから」
  ピノコ 「・・・だね・・」
  レスリー 「じゃ」
  レスリーがピノコと別れの握手を交し列車に乗り込んだ。列車はプラットホームを離れていく。窓からレスリーが手を振っている。列車は汽笛を高らかに鳴らして遠く走り去っていった。
  ピノコ 「ほんとに・・ほんとに残念だったね・・エルネストさん・・」
  ブラックジャック
「仕方がない。右心房の洞房結節(どうぼうけっせつ)に銃弾が命中していたんだ」
270 ブラックジャックM 『俺は奇跡なんか信じない男だ。だが正直、あの時ばかりは少しだけ借りてみてもいいと思った・・何かの力を・・・」
  ED 「この想いつたえられると・・・」
歌:Another Moon

劇 終

inserted by FC2 system