OVAアニメV
ブラックジャック

KARTE3:マリア達の勲章

原作マンガの『約束』というエピソードを元にオリジナルな物語が展開されていきます。原作マンガでは革命家の戦士が難民キャンプに匿われ、ブラック・ジャックはその機材も薬も何もないキャンプの中で革命家に応急処置を施し、いつか必ず完全な治療をしてやる、と約束する。という物語でした。今回のアニメ化では、その革命家を麻薬取引の容疑でユナイツ連邦に逮捕されたオルテガ共和国元首・クルーズ将軍、というふうに変更され、ブラック・ジャックは将軍奪還を目指すオルテガの部下たちとユナイツ連邦の特殊部隊との激しい銃撃戦の中で、将軍を末期癌から救うオペを敢行する、という物語となっています。

ブラックジャック:大塚明夫
ピノコ:水谷優子
マリア:勝生真沙子
クルーズ将軍:玄田哲章
ケリー大統領:大塚芳忠
エステファン大佐:渡部猛

  OP 「Just Before The Sunrise」
歌:RHODES
001 N 【CNNニュース】
 「本日午後3時20分、ユナイツ連邦空軍第6師団がオルテガ共和国に侵攻しました」
 「第6師団はオルテガ共和国首相官邸周辺を空爆。官邸内にいたオルテガ国首相、クルーズ将軍を逮捕しました模様です」
 「大国が外交ルートを無視して国境を越え、他国の国家元首を逮捕するという異常事態に、国際社会は驚きの色を隠せません」
 「まもなくユナイツ連邦、ケリー大統領の特別記者会見がある模様です」
ケリー大統領  「わがユナイツ連邦の正義は、神の名において正義であり、すなわち世界の正義であります。今回のこともわが国が世界の警察としての役割をほんの少し果たしたに過ぎない」
 「つまりオルテガ共和国元首クルーズ将軍は、世界に対しての卑劣なる犯罪者なのだ。よって、この男を逮捕し裁判にかけるのはわが国の正当なる権利である」
 「クルーズは、その権力地位を持って麻薬を栽培し、麻薬の密輸密売を組織し運営した。わが国だけでなく全世界の人々、特に青少年に及ぼした悪影響は許しがたい」

 「では、記者諸君。クルーズがわが国の法廷に立って裁かれる日に又、会いましょう」
N 独房の中、憔悴した表情でクルーズ将軍がベッドに腰掛けている。近づいてくる靴音が独房内に響く。
クルーズ将軍は無表情で顔を上げた。
N 【看守】
 「クルーズ食事だ。10分以内に食え」
N クルーズ将軍は、虚ろな目つきで壁を見詰めている。
脳裏には故里のひまわりの咲き乱れる美しい原野が渦巻いていた。
その時、激しい胸の痛みがクルーズ将軍を襲った。胸を押さえてバタリと床に倒れた。

場所は変わって、大瀑布の中に立つブラックジャック。人待ち顔で立っている。
ブラックジャック(M)  『ユナイツ連邦北部の国境沿いにある大瀑布で会いたいとその依頼者は言った』
N ブラックジャックに近づく人影が一人。褐色の肌に黒い髪、すらりと均整のとれた美しい女であった。
マリア  「初めまして。マリアと呼んでください」
 「現金で50万ドル、あなたに言われたとおりの診療費をお持ちしました」
ブラックジャック  「患者はどこだ?」
010 マリア  「それはまだ、ここでは言えません」
ブラックジャック  「なぜ?」
マリア  「患者がまだ旅行中だからです。1週間後に指定のホテルで待機していてください。必ずお迎えに行きます」
ブラックジャック  「・・・こない場合は?」
マリア  「50万ドルはあなたの物です」
N 【CNNニュース】
 「こちらサンサンテ刑務所。クルーズ将軍が収監されている刑務所です。まもなくクルーズ将軍を乗せた車がこの門を出てきます」
 「あっ!・・・来ました来ました。物々しい警戒です」
 「クルーズ将軍はこれより検察局へ移送され、事情聴取を受けることになっています」
N クルーズ将軍を移送する集団が灼熱の砂漠の中を真っ直ぐに伸びる道を走っている。
その前方に道をふさぐようにバリケードが張られていた。
スピードを出していた先導車両は止ることが出来ず、バリケードに突っ込み横転していった。
エステファン大佐  「突撃!!」
N 合図とともに、多くの兵士が手に手に機関銃を持ち移送車を襲う。その中に、マリアと名乗ったあの女も、戦闘服に身を包み参戦していた。
激しい銃撃戦、接近戦が繰り広げられる。次々と兵士が倒れていく。
瀕死の兵士が撃った弾がマリアの左目を襲った。
N (兵士)
 「・・・メーデー・・・メーデー・・・大統領閣下に直通を・・・メーデー・・・メーデー・・・」
020 ケリー大統領  「ばか者!!」
 「なんと言うことだ!裁判の前に被告が居なくなってどうする!わが国の正義とプライドはどうなる!極秘だ!全てを最優先極秘事項として事に当たれ!裁判の日までには、どうあってもクルーズを取り返すんだ。これは大統領特別命令である」
ブラックジャック(M)  『指定を受けたホテルで私は待っていた。あと1分間で期限の1週間が過ぎようとしていた。こういう仕事もたまにはある。待っただけで50万ドルは悪くない』
N 時計が12時の鐘を打ち始めた。
マリアが階段を駆け上がってくる。その間も、鐘は無情に数を刻んでいく。・・・5・・・6・・・7・・・8・・・9・・・10
肩で大きく息をしながらマリアが飛び込んできた。左目に眼帯、そして頭には包帯が巻かれている。
マリア  「ハァ、ハァ・・・ハァハァハァハァ・・・あぅァ・・・」
N 左目の眼帯の下から生々しい赤い血がすじを引いて流れ落ちた。マリアは力尽きたようにぐったりとブラックジャックに身体をあずけた。
ブラックジャック  「おい、どうした?目をどうした?」
マリア  「いいんです・・・あたしの事はいいんです・・・」
 「それより来て下さい・・・あたしと一緒に来て下さい・・・」
 「あたしより、もっと先生を必要としている患者が居るんです・・・」
N マリアがドロのように眠っている。朝もやの中、一羽の鳥が飛び立つ。その羽音に反応し、マリアは飛び起きるとバックの中の拳銃を取り出すとドアに向かって構えた。
ドアの隙間から光が漏れている。ドアに向こうではブラックジャックが椅子に座り、一人ワインを飲んでいた。
ブラックジャック  「銃弾による左眼角膜損傷。移植手術をしない限り失明はまぬがれない」
 「君が気を失っている間に、その左目見せてもらった」
 「もう少し休んでいた方がいい。一応鎮痛剤は注射しておいたが・・・普通の人間なら立っていられないほどの激痛が今、君を襲っているはずだ」
マリア  「もっと酷い拷問にだって耐えたことがあるわ」
030 N マリアが服を脱いでその肌をブラックジャックにさらした。
ブラックジャック  「服を着ろ」
マリア  「だめ、先生。見て!見て欲しいんです。私達を理解してもらうために」
 「私たちが大国を相手にどう戦い、どう独立を勝ち取ったのか。それを理解してもらうために・・・」
 「これは私の軍人としての勲章なんです」
ブラックジャック(M)  『オルテガ共和国陸軍小隊長、マリア・カルネラ大尉。その彼女の情熱が燃え尽きるまで、私はその後、行動をともにする事になるのである』
N 暗闇の山の中をマリアが運転するジープが道を急いでいた。隣にはブラックジャックが座っている。
ブラックジャック  「末期ガン?」
マリア  「はい。持ってあと1ヶ月だと診断されていました」
ブラックジャック  「どうせ死んでいくのに何故、50万ドルもつぎ込む?」
マリア  「1分でも1秒でも彼を生かしてあげたいのです」
 「いえ、彼の1分1秒が、私達の希望そのものであるからです」
 「彼は・・・クルーズ将軍は生きて再び祖国へ戻るのです。犯罪者の汚名を着せられたまま、この国で死なせるわけにはいきません」
N 朝、山の中の軍用テントの中。クルーズ将軍が座っている。
040 N (兵士)
 「将軍。お目覚めですか?」
 「マリア大尉が戻ってまいりました」
マリア  「ブラックジャック先生です」
クルーズ将軍  「だれか、先生にバーボンを」
ブラックジャック  「その前に診察を」
クルーズ将軍  「ハハ・・・そうか・・・ハハハ・・・」
マリア  「先生・・・」
N マリアがブラックジャックの脱いだマントを受け取った。
手術道具の詰まった黒いアタッシュケースを開く。
ブラックジャック  「服を脱いで横になって」
クルーズ将軍  「あ・・・はい・・・」
N 上空を偵察ヘリが飛行している。
050 N (偵察兵)
 「こちら603号機、只今B28地区飛行中。現時点における異常は認められません」
 「引き続き南下、捜索を続行します」
エステファン大佐  「我々が国境を越えようとしてるのは読まれてるな」
マリァ  「エステファン大佐」
エステファン大佐  「ん?」
マリア  「ブラックジャック先生です」
エステファン大佐  「エステファンです。よろしく」
マリア  「大佐がこの作戦の全ての指揮を執っています」
エステファン大佐  「将軍は?」
マリア  「診察のあと、またお休みになられました」
エステファン大佐  「先生、診断の結果を教えていただけますか?」
060 ブラックジャック  「レントゲンや内視鏡の無いところで正確な診断は無理だが、およその見当はついた」
 「本人は出来るだけ元気に振舞っているようだが全身の衰弱は見た目にも明らかだ」
 「甲状腺を病巣として、そのガン細胞はすでに全身に転移していると考えられる。いつ意識が混濁し危篤状態におちいったとしても不思議ではない」
エステファン大佐  「不可能でしょうか?将軍が祖国の土を踏むのは」
ブラックジャック  「移送は無理だろう。移送による振動は衰弱を促進し、場合によっては急性心不全を起こす可能性がある」
N 兵士が慌ててブラックジャックたちの元へかけてくる。クルーズ将軍が激しい痛みを訴えているという。
ブラックジャック(M)  『末期ガンの激痛を取り除いてやるにはモルヒネしかない。しかしそのモルヒネの使用も体力の消耗を促進することになる。あと何度、彼は激痛に襲われ、モルヒネを射ち、生きながらえるのか・・』
N 深夜、マリアが湖に身体を沈め、その水で身体を洗っている。湖の水に映った身体が蒼い月の光によってキラキラと輝いていた。
ブラックジャックが眠るテントの中にマリアが忍んで来た。目を開けブラックジャックは驚いたようにマリアを見詰めた。
ブラックジャック  「どういうつもりだ?ここは私のために用意されたベッドじゃないのか?」
N 全裸のマリアがするりとベッドに中に身体を滑り込ませてくる。
マリア  「先生を護衛するのがあたしの任務。この作戦が完了するまでは先生とは一時も離れるわけにはいきません」
N マリアが身体をブラックジャックの上に覆いかぶさるように預けてくる。マリアは身体を密着させ、顔をブラックジャックの胸にうずめた。
070 マリア  「それとも・・・外で寝て肺炎でもおこせとおっしゃるんですか?」
ブラックジャック  「・・・いや・・・」
マリア  「あたし・・・いつでも死ねるように・・・いつでも精一杯生きる事にしてるんです」
 「・・・先生?」
ブラックジャック  「ん?」
マリア  「将軍は麻薬王としてユナイツ連邦に逮捕されましたが、全くの事実無根、言いがかりです。自由と独立のためにその一生を捧げた人間に許しがたい汚名なのです」
 「これは大国の小国に対する暴力です。彼らはクルーズ将軍を失脚させ、オルテガ共和国に再び混乱と内紛をおこさせようとしているのです。そして軍事介入。狙いはオルテガ共和国の石油の利権です。信じてもらえますか?」
 「あたし・・・信じてもらえるよう・・・」
ブラックジャック  「いいや、君の事は信じられない」
マリア  「うふふ・・・ふふふふふ・・・・」
N (補佐官)
 「大統領閣下、これが2時間前に撮られたラムチャット衛星からの映像です」
ケリー大統領  「うむ」
N (補佐官)
 「このB28地区をご覧ください。熱分解映像処理の結果、誰も居ないはずのこの森林地区に体温33度以上の生物が20固体以上集結しています。コヨーテあるいは熊などの可能性もありますが、万一を考慮し、特殊処理部隊の出動を許可していただきたいのです」
080 ケリー大統領  「ブルージャケットをか?」
N (補佐官)
 「はい」
N 翌朝、すやすやと眠るブラックジャックのベッドからマリアがそっと起き出し、その身体を戦闘服で覆っていく。赤いベレー帽、そして傷ついた目を隠すためサングラスを着用した。
マリア  「第2小隊!点呼!!」
N ブラックジャックが目を覚ます。枕元に置かれていた手紙と拳銃を見つけた。
マリア(声)  『この銃はあたしの分身です。万一の場合にお役に立つことを・・・愛をこめて。 マリア』
N (ブルージャケット)
 「B28地区上空よりパラシュート降下」
 「命令は2つ。クルーズを生け捕ること。そしてその他の者は全員殺す。成功を祈る」
N (兵士)
 「ん?」
エステファン大佐  「どうした?」
N (兵士)
 「何か僅かですが近づいてくる音があります」
090 エステファン大佐  「何!?・・・F1-18(エフ・ワン・エイティーン)イーグルか?」
N (兵士)
 「いえ、戦闘機ではありません。ヘリかな・・・ヘリにしては音が小さすぎる・・・おかしいな・・・レーダーにも何も映っていない」

(兵士2)
 「大佐、ブルージャケットじゃありませんか?」
エステファン大佐  「ブルージャケット?」
N (兵士2)
 「はい。消音ローターを積んだヘリを使う特殊部隊があると聞いた事があります」
エステファン大佐  「なんでレーダーに写らない・・・」
N (兵士)
 「山陰を利用して近づいているのかもしれません」

 「でた!真上です!!」
エステファン大佐  「何!」
N 上空のヘリから無数の落下傘が舞い降りて来る。手元に付けられた爆薬が切り離され、地上に雨のように降り注ぐ。次々と爆発が起こり、地上の兵士達を吹き飛ばして行った。
マリア  「敵襲!緊急配備!!」
N 激しい爆発が起こり、地上はビリビリと鳴動しクルーズ将軍はベッドから転げ落ちた。
マリアがクルーズ将軍の元へ駆けつける。テントの中ではブラックジャックがクルーズ将軍を背中に背負っていた。
100 マリア  「先生・・・」
N 地上に降り立った落下傘部隊は機銃を乱射しながら近づいてくる。地上兵士も応戦している。だが、圧倒的火力を有するブルージャケットによって次々と仲間の兵士達が死んでいく。

炎の中からマリアの運転するジープが飛び出してくる。とブルージャケットをそのまま跳ね飛ばし走り去っていく。後部座席にはクルーズ将軍とブラックジャックが乗っている。
仲間達も次々にジープを走らせマリアたちの後を追った。

夜、月明かりがあたりを蒼白く照らし出している。
力なく横たわるクルーズ将軍の周りをマリア、エステファン大佐、ブラックジャック、その他の兵士達が取り巻いている。
クルーズ将軍  「参ったよ先生・・・死ぬほどの痛みでもな、痛みなら俺はいくらでもがまんできる。独立戦争の時には何度も銃弾をもらったし、捕まって、ありとあらゆる拷問も受けた。だが、どうにも参った・・・頻繁にわけの分からん夢を見るようになった。やたら切ない妄想でな・・・」

 「そうなったら先生・・・もう、駄目なんでしょうねえ・・・はァ・・・はァ・・・」
ブラックジャック  「甲状腺の切除さえできればもう少しは持つはずだ」
マリア  「先生、その手術、お願いします」
エステファン大佐  「将軍はどうあってもオルテガへ戻らねばならんのです。国民の前に立ち、大国の暴力に屈しなかった、その勇気を証明しなければなりません」
マリア  「将軍は、私達の誇りなのです。どうか、誇りある死を彼に・・・オルテガの人々に・・・」
ブラックジャック  「持つといっても、どれくらい持つかは分からない。ただ、ベースとなっているはずの甲状腺機能昂進症の危険を少し取り除くだけだ。その上、設備の整った病院でさえかなり難しい手術だ。君たちにそんな病院を用意するだけの力が今あるとは思えない」
エステファン大佐  「はァ・・・・・」
マリア  「はァ・・・・・」
110 N 皆、力なくため息を吐きうなだれた。希望は絶望に変わった。
ブラックジャック  「参ったな・・・」
N ブラックジャックは天を仰ぎ、天空高く輝く月を睨んだ。
ブラックジャック  「・・・あの月が出ている間が勝負・・・か・・・」
マリア  「えっ?」
  ブラックジャック  「完璧な仕事は出来ないかもしれないが・・・」
エステファン大佐  「・・・!」
ブラックジャック(M)  『甲状腺病巣部切除。やるしかなった・・・手持ちは私の緊急用の手術用具と薬品』
N (兵士)
 「先生、これを。車に備え付けの救急医療箱です。軍用の一般品しか入ってませんが・・・」
ブラックジャック  「ガーゼや包帯は?」
120 N (兵士)
 「あります」
ブラックジャック  「ありがたい・・・」
 「湯を沸かしてくれ。食器、容器類を集めて煮沸消毒」

 「消毒が済んだら直ぐ火を消すんだ。発見されたら全ては終わりだ」
マリア  「あたしの血、使ってください」
ブラックジャック  「えっ?」
マリア  「だって、輸血が必要でしょ?あたし、将軍と血液型全く同じなんです。娘なんですあたし」
ブラックジャック  「じゃァ、必要なときはお願いする。フフフ・・・」
マリア  「あたしが娘じゃおかしい?」
ブラックジャック  「いや、そうじゃない。ついてる」
マリア  「え?」
ブラックジャック  「ついてる。ひょっとしてこのオペ、成功するかもしれないと思ってね」
130 皆の見守る中、ブラックジャックの手術が始まった。ブラックジャックの手にメスが渡される。
ブラックジャック(M)  『何よりも多量の出血を避けなければならない。多量の出血はいくら輸血で補ったとしても体力の消耗が激しい』
 『今、この瀕死の患者が体力を失うということは、即、死につながるということだからだ。私は出血を最小限にするために太い血管を避け皮膚や筋肉の繊維に沿って出来るだけのスピードと正確さでメスを走らせた』
林の中を黒尽くめの敵の追っ手が迫っていた。
ブラックジャック(M)  『ぶっつけ本番、レントゲンや内視鏡での事前検査も無しだったが、思ったとおりの場所と状態で上部甲状腺腫の病巣を発見した。先ずは月明かりに感謝』
 『さて、これからが厄介だ。病巣の剥離及び切除には最も注意を要する。電気メスが使えないのは致し方ないとして、月明かりがもう一つ欲しい』
林の中を侵攻する敵の追ってを見張りが見止め、梟の鳴き声に見立てた合図を送る。その音にエステファン大尉が気付いた。
(兵士)
 「大佐、合図・・・」
エステファン大佐  「うむ、分かってる」
手術中のブラックジャックのところへエステファン大佐以下、中間達が集まってくる。
エステファン大佐  「マリア、車を一台残しておく。国境を越える時は東側に進んでから超えなさい」
マリア  「大佐・・・」
140 エステファン大佐  「我々はこれから敵を西に惹き付ける」

 「先生、将軍をよろしくお願いします」

 「全ての幸運をマリア、君に。」
エステファン大佐はマリアに敬礼し、暗闇の中へ仲間たちとともに決死の行軍を開始した。
マリア  「エステファン、あなた・・・」
ブラックジャック  「止血カンシ」
マリア  「は、はい」
林の中では、生をかけた必死の攻防戦が続いていた。熱探知ミサイルがジープの熱に反応し追尾してくる。エステファンたちはジープを乗り捨てて林の中を進んだ。
エステファン大佐  「ここで全員、西に向かって散開する。運があって国境を越えた者はカメール村の教会に集まろう」
 「いいかみんな、自由と独立のために戦ったオルテガ軍の誇りを奴らにたっぷり味合わせてやれ」

 「ようし!散開!」
激しい銃撃戦が開始された。次々とオルテガ軍の兵士達は銃弾に倒れていく。
エステファン大佐も銃弾の雨にさらされ壮絶な最期を迎えた。
ブラックジャック(M)  『甲状腺病巣部切除完了。直ちに切開部の縫合を開始。間に合った・・・満月はもう少しは天空にあるはずだから』

 『それにしても虚しい仕事だ・・・』
 『例え一時、小康状態を保ったとしてもリンパ腺、呼吸器系への転移が認められる。これ以上、手の施しようが無い』
マリアがジープのキーを回す。後部座席にクルーズ将軍とブラックジャックを乗せて。
150 マリア  「国境へ向かいます」
ブラックジャック  「勝手に、何処へでも行け」
(長官)
 「大統領、お待ちしておりました」
ケリー大統領  「本当だろうね。長官」
(長官)
 「どうぞ、ご覧ください」
ケリー大統領  「う〜む、これは凄い」
(長官)
 「重度のアヘン患者で殺人を侵して逮捕されました。過去の記憶は勿論、自分が誰なのかも分かっておりません。多少の整形はしましたが、黙って被告席に座っているには十分です」
ケリー大統領  「クルーズが実は強度のドランカーで、精神錯乱をきたしているというシナリオか?」
(長官)
 「死刑は無理ですが、ほぼ終身刑。つまり生涯、病院に閉じ込めることが可能です」
(ブルージャケット)
 「おい、大統領命令が出たぞ。見つけ次第、クルーズを射殺せよ」
160 マリア  「先生・・・昨日の夜、どうして私を抱いてくれなかったの?」
ブラックジャック  「・・・昨日の事は覚えていない」
マリア  「うそ・・・5年、10年、生まれてからの憎悪を忘れてなるものかと懸命に背負っている先生の背中・・・」
ブラックジャック  「だから、楽しかったことは昨日の事でも覚えていられないんだよ」
マリア  「楽しかった?本当に!?あたしに手も触れず横に居ただけで、それでも楽しかった?まだ、脈があるって事?」

 「父に似てるわ。いつも何かと戦って、いつも何かに緊張して、そうしていないと生きてられない人」
ブラックジャック  「自分のことだろう。それは」
マリア  「あたしもそう、でも、先生はもっとそう」
疾走するジープの後方に2機の戦闘用ヘリが飛来する。ヘリはジープを追い越し、上空で旋回すると正面に向き直ると機銃掃射を開始した。
バリバリと音をたて銃弾がジープを襲う。それを必死に右に左に避けながらジープは疾走する。
クルーズ将軍  「マリア・・・俺の銃をくれ・・・」
ブラックジャック  「動くな!絶対安静だ!」
170 クルーズ将軍  「銃をよこせ・・・俺の村に奴らが攻めてきた・・・撃てエ・・・・」
マリア  「はい、将軍!」
マリアは急ブレーキをかけると、ジープから飛び出した。その目の前にヘリが迫る。
ブラックジャック  「マリア!!」
迫撃砲を撃つマリア。ヘリは直撃を受け、上空で爆発し落ちていった。もう一気のヘリ目掛け迫撃砲発射、見事命中し地上へ落下していった。
ジープからブラックジャックが飛び出してくる。マリアがのけぞり仰向けにゆっくりと倒れていく。ヘリの機銃がマリアの胸を撃ち抜いていたのだった。
ブラックジャック  「マリアーー!!」
倒れたマリアをブラックジャックが抱えおこす。
ブラックジャック  「マリア・・・」
マリア  「カメール村の教会へ・・・みんなとそこで落ち合うの・・・はぅ・・・」
マリアは力尽き、ブラックジャックの腕の中で息を引き取った。
180 ブラックジャック(M)  『国境の近くで朝になった』
ブラックジャックはクルーズ将軍を背中に背負い国境線の近くまでやってきた。
目の前にヘリが一機止まっている。
【補佐官】
 「私はケリー大統領の特別補佐官サム・バリンジャーJrです」
 「恐れ入りますがクルーズ将軍を我々に渡していただきたい。ブラックジャック先生」
にらみ合う二人。その時、背中のクルーズ将軍がポンポンとブラックジャックの肩を叩いた。
クルーズ将軍  「ありがとう先生。ここで私を下ろしてくれ」
背中から降りたクルーズ将軍は足を引きずりながら、前に進んでいく。
クルーズ将軍  「そこをどけ、小僧っ子の補佐官」
クルーズ将軍の身体には爆薬が巻きつけてあった。驚く補佐官達
クルーズ将軍  「私を撃てば、お前たちも一緒に吹っ飛ぶぞ」

 「どけどけ!!私は自分の国へ還るんだァ!!」
クルーズ将軍は国境線の鉄条網を掴んだ。
190 クルーズ将軍  「自分の国へ・・・オルテガへ・・・」

 「お〜い、お〜〜〜い!1」
クルーズ将軍の目の前には故郷のオルテガのひまわり畑が見えていた。兵たちが銃をかまえる。
ブラックジャックの銃が補佐官の頭に当てられる。
ブラックジャック  「撃つな、撃ってはいかん!」
【補佐官】
 「撃てエ!!」
補佐官の命令いっか、クルーズ将軍目掛けて一斉射撃が始まった。クルーズ将軍はその身に巻きつけた爆弾とともに散り散りになって吹っ飛んだ。
夕日が大きく赤く輝いている。
ブラックジャック  「あァ・・・・あァァ・・・」
【補佐官】
 「撃ちますか、私を?」
 「私を撃ったところで、何の解決にもなりませんよ。これは国と国との争いごとですから」
ブラックジャックの怒りの拳が補佐官を2度、3度と打った。
ブラックジャック(M)  『国境を越えて一つ目の村、カメール。その教会で私は待った。誰も来ないのが分かっていながら3日だけ待ってみた』
教会の鐘が鳴り響く。その音に呼応するように兵士の葬送のため、ブラックジャックは天に向かって拳銃を撃った。

日本。ブラックジャックの診療所。ピノコがマリアのネームプレートをブラックジャックに見せて、これは何かのお守りなのかとたずねる。
200 ブラックジャック  「今ね、それを考えていたんだよ。海を見ながら・・・」
  ED 「I`ll Be Back Again〜月の光〜」
歌:RHODES

劇 終

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