OVAアニメT
ブラックジャック

KARTE1:流氷.キマイラの男
孤島の城に住む資産家クロスワードは、膨大な量の水の摂取と排出を繰り返す奇病に冒されていた。
解明に挑むブラックジャックはやがて、この島で病に冒されたのがクロスワードだけでないことを知る・・・。

ブラックジャック:大塚明夫
ピノコ:水谷優子
クロスワード:大塚周夫
小百合:井上喜久子
デビッド:大滝進矢
ミネア:冬馬由美

164行目の村人達のセリフに関しては出演者で
割り振るのも良し
ナレが一人で言うも良しw

001 ピノコ 「電話。・・電話鳴ってる」
  ブラックジャック 「ほうっておけ」
  ピノコ 「んもぅ〜いっつもそうなんらから・・」
  電話が留守番メッセージを再生する。
  ブラックジャック 「現在、外出中。診療希望の方は連絡先、氏名および病状、支払い可能な金額の提示をどうぞ。後日当方より連絡いたします」
  OP 「Just Before The Sunrise」
歌:RHODES
  夜間ジェット機の中、ブラックジャックの姿があった。
  ブラックジャックM 『300万ドルとふっかけたらOKと返事が来た。気のすすむ患者ではなかったが会うだけ会ってみようと私は思った』
  ジェット機は夜の空港へ着陸した。手荷物の受け取り所でブラックジャックはピノコの姿を見て驚いた。
  ブラックジャック 「留守番をしてくれとあれほど頼んだのに」
010 ピノコ 「だってピノコ、留守番好きくないんだもん」
  ブラックジャックを迎えに、自家用ジェットヘリが待っていた。ブラックジャックたちが乗り込む。ヘリはローターの回転をあげて、ビルの屋上から離陸した。
  デビッド 「ようこそいらっしゃいました。私は秘書官兼このジェットヘリのパイロット、デビッド・ローゼンタールと申します」

「機はこれよりアバロン諸島、ラコスキー島へと向かいます。会長は現在そこの別荘で療養中で、先生のご到着を首を長くして待っておられます」

  ブラックジャックM 『患者は世界有数の多国籍大企業カロッサムの現職会長。それが金にあかせての300万ドルの命乞いだ。世の中、命の値段は色々だな』
  ブラックジャック 「ふっ・・」
  デビッド 「はっ?何か?」
  ブラックジャックは目を閉じ、シートに背中を沈めている。
  デビッド 「もうじきですよ」
  紺碧にきらめく海に浮かぶラコスキー島。ブラックジャックを乗せたジェットヘリが降りてくる。眼下に巨大で勇壮な城が見えてきた。
  ピノコ 「すっご〜い」
020 デビッド 「会長が16世紀のオプテオンの居城を買い取ってこの島へ移し換えたんです。まあ、外観はそのままですが中は近代設備の全てが揃っています」
  N ジェットヘリが城のヘリポートへ下りていく。その頃、部屋の一室では年老いた男が苦しそうにうめき声をあげのた打ち回っていた。
  クロスワード 「うう・・ぅ・・あぁ・・・あああ・・・・・小百合・・小百合ィ・・・・・」
  小百合 「はい、あなた。大丈夫です、ここに居りましてよ。さぁ落ち着いて。今から汗を拭き取りますからね」
  N 小百合は、体にバスタオルを巻きつけ、老人の体の上にその体を滑らせた。

部屋のスピーカーから、ブラックジャックが到着した知らせが伝わった。

  小百合 「アルテミスの泉へお通しして。すぐに参ります」
  デビッド 「すげーだろ、お嬢ちゃん。アルテミスの泉と言ってさ、ヘリオス皇帝の庭園にあったシロモノさ」
  ピノコ 「う〜〜ん、女心を揺さぶるわ」
  デビッド 「え?」
  ピノコ 「激しい愛がテーマだわ」
030 デビッド 「お嬢ちゃん、あんた幾つ?」
  ピノコ 「18よ」
  デビッド 「え?」
  N その時、城の階段から小百合が姿を現した。
  デビッド 「会長の奥様です」
  N 小百合の眼がブラックジャックを見つめる。その眼をブラックジャックも見返した。
  小百合 「デビッド、あなたはもうさがって結構よ」
  デビッド 「はぁ・・」
  N デビッドがさがる。小百合が足早に階段を駆け下り、ブラックジャックのもとへ駆け寄ると、マントの端をぎゅっと握ってひざまづいた。
  小百合 「先生。お久しゅうございます。小百合でございます」

「お忘れでございますか?10年前・・」

040 ブラックジャック 「どうしても必要な場合を除いて、私は過去のカルテは思い出さないことにしている」
  小百合 「先生・・・」
  ブラックジャック 「再発でもしない限り、患者も医者の事など忘れてしまっていて結構」

「さっ、現在、私を必要としている患者に合わせてくれ」

  N 二人の様子を木立の陰からじっとデビッドが見つめていた。

カラスが不気味な泣き声をたてながら城の周りを飛んでいる。城の最上部の部屋で車椅子に座った老人が待っていた。体は痩せ細り、水分を失った皮膚はガサガサである。

  小百合 「主人のクロスワードです」
  クロスワード 「あんたが300万ドルのはした金でのこのこやって来た無免許医か?」
  ブラックジャック 「ブラックジャックです」
  クロスワード 「80人だ・・世界的権威といわれる医者80人がわしの体を切り開き、血を抜き、ありとあらゆる事をし、最後はションベンまで舐めたわ」

「だが・・さじを投げおった」

  ブラックジャック 「病状をお訊きしたい」
  小百合 「多い時で、1日、4、5回痛みがおこります」
  ブラックジャック 「どこが?」
050 クロスワード 「全身だ。脳天からつま先まで、痛くて痛くて転げまわる」
  ブラックジャック 「いつから・・」
  クロスワード 「7年だ。7年前からわしは毎日虫ケラのようにのたうっておる」
  N その時、クロスワードの体に激痛が走った。老人は胸をかきむしり、床に突っ伏してうめき声を上げた。
  クロスワード 「うう・・うぅ・・ああああ・・・」
  小百合 「あなた・・」
  クロスワード 「ううう・・うぁ・・あぁ・・・うう・・・・ああ・・早くぅ・・・・」
  N 小百合は部屋の隅の冷蔵庫から液体の入った瓶を何本か取り出すと、それをグラスに注いでクロスワードに渡した。彼はそれをむさぼるように、5杯、6杯とたてつづけにあおった。瞬く間にボトル3本が空になった。

しばらくして老人は静かにベッドに横になっていた。診察しているブラックジャック。その傍らに小百合、ピノコが立っている。

  ブラックジャック 「何を飲ませた」
  小百合 「水ですわ」
060 ブラックジャック 「水?」
  小百合 「ええ、水を飲むと痛みが治まるんです。ですからこの人、1日中水を飲んでいます」
  ブラックジャック 「一日の量は?」
  小百合 「じゅう・・ごリットル・・普通のボトルで約30本分・・」
  ブラックジャック 「異常な量だな」

「だが、その割には肌に水気がない・・」

  N その時、ブラックジャックの顔に水の玉が散った。驚くブラックジャック。クロスワードの全身から雨粒のように水が噴き上げていた。噴出した水がまたたくまにベッドのシーツを濡らし、それは床までおよんだ。クロスワードが苦しそうにうめく。
  小百合 「出してしまうんです。全部。全身から飲んだ分だけ・・」
  N クロスワードが水を口から噴水のように噴き上げた。

地下へと続く長いエレベーター。ブラックジャックと小百合、そしてピノコが降りてくる。部屋に次々と蛍光灯の灯かりがともっていく。

  小百合 「どこの大病院にも負けないほどの最新の医療設備が整っています。足りないのは優秀なお医者様だけ・・どうあっても主人の命・・救いたいんです」
  ピノコ 「大丈夫。うちの人、天才やから」
070 N 城の中の礼拝堂。デビッドと小百合が密かにあっていた。胸をまさぐり、唇を肌に這わせる。デビッドは馴れ馴れしく小百合に問い掛けた。
  デビッド 「で、どうなんだい、今度の医者は?旦那の命は助けてもらえそうかい?」
  小百合 「助かるかもしれない・・いえ、きっと助かるわ」
  デビッド 「おいおい、まさか本気でそう願ってるんじゃないだろうな?」

「いいかげんな所でくたばって貰わないと・・自由になれないぜ・・あんた」

「遺産付の自由をたっぷり味わいたいって、この間も言ってたばかりじゃないか」

「ええ?」

  N デビッドが唇を近づけてくる。小百合はその顔を手でおしのけた。
  デビッド 「う・・うっぅ・・」
  小百合 「ちょっとね・・事情が変わってきたの」
  デビッド 「・・事情って・・」
  小百合 「だからね・・あなたとはもう終わり」
  デビッド 「・・おいおい・・冗談じゃねえよ、おい!事情ってなんだよ!」
080 N 小百合はデビッドを残し、礼拝堂を出て行った。

診療室、ブラックジャックが今までの医者達の残した膨大な検査資料を再分析していた。

  ブラックジャックM 『クロスワード・マナビス、70歳と2ヶ月。心拍数は70で血圧は130の80。みんな正常範囲内だ。呼吸も問題ない』

『俺はまず、クロスワード氏を診療した医師達が残した膨大な検査資料やカルテを入念に読み返した。どれも世界の一流といわれる医師達が時間をかけ、細心の注意を払って作成した立派なものだった』

『血液培養しても、病原体は育っていない。HIV抗体検査、陰性。プロテウスOXKによる凝集反応、陰性。クリプトコッカスも証明されない」

『結局、全ての医師達が到達した結論、クロスワード氏における激痛を伴う発作は、その原因において不明・・但し、その発作による身心衰弱の度合いは進展し、いずれは死に至るものと推測される』

  クロスワード 「最初はな、この島を全部買い取るつもりだった。北欧一の石油基地をつくるという事業計画を立てていたからな。だがやめにした。やめにしてこの岬だけを買って別荘を建てた」

「こんな話はまだ若いあんたにはわからんだろうが・・ピーンときたんだ。どんよりした空、冷たい海、荒れる波、貧弱な草木、一年中吹きすさぶ風、わしの死に場所としては最もふさわしい所だと・・」

「やりたいことは全てやったし、いつ死んでも良いとわしは思っておったからな・・・・うぅ・・」

  クロスワードが苦しみながら声を絞り出す。
  クロスワード 「人生というのは面白いものだな・・そうしたらまもなく一回目の発作が起きたのよ・・・まるで・・地獄からのお迎えが来るようにな・・・うううぅ・・ふふふぁあああああ・・うおあぁぁぁ・・・」
  ブラックジャックM 『当然、痛みを止めるその水についても、以前の医師達の調査はなされていた。その含有成分は塩素イオン7.0、蒸発残留物77、遊離炭酸5.9、つまりどこにでもある、ごく普通の飲料水であるという調査結果だ』

『その水は島の地下水脈より巨大なポンプによって汲みあげられ、クロスワード邸で生活用水として用いられているものである』

  ブラックジャックがシャワーを浴びている。そこへ小百合がやってくる。
  小百合 「先生、先生・・」
  小百合はシャワー室の扉の前にしゃがんでブラックジャックに尋ねた。
  小百合 「・・ブラックジャック先生・・本当の事をおっしゃってください。主人は、クロスワードは・・」
090 ブラックジャック 「原因もわからない患者の残りの命がわかるほど私は名医ではない・・だが、後半年はもたせてあげたいと思っている。・・多分、彼にとっては初めての子供だろうから・・」
  小百合 「・・・っぁは・・ご存知だったのですか・・?」
  ブラックジャック 「5ヶ月・・男か女かは判断できないが、それくらいは一目でわかる」
  小百合 「先生・・」
  ブラックジャック 「・・おやすみ・・私はこれからまだ仕事がある」
  小百合 「先生・・・」
  地下の医療施設の中、ブラックジャックがパソコンのモニターを睨んでいる。
  ブラックジャックM 『一つだけ盲点があった。多くの医師達のデータを何度も読み返して、大きな死角があることに気づいた』
  クロスワード声 『80人だ、世界的権威と言われる医者80人がわしの体を切り開き、血を抜き、ありとあらゆる事をし・・・だがさじを投げおった』
  ブラックジャックM 『開胸セイケン3回、ダパコレ2回、開腹手術が3回、シンカテも2回実施している。医師たちはクロスワード氏が激痛を訴える箇所を何度も切開し、調べている。だが結局は何も発見できずそのまま閉じてしまっているのだ』

『問題はその手術が行なわれた状況だ。その全てがクロスワード氏の発作がおさまり体力的にも小康状態にある時に行なわれているのだ』

『つまり発作時に彼の体の中で実際には何が起こっているのかを見たものは居ないと言うことだ』

100 しかし、その意味を考えた時、ブラックジャックの口から自嘲的なことばが漏れる
  ブラックジャックM 『ふふふ・・はははは・・・馬鹿な、痙攣を起こして暴れまわる患者にどうやってメスを入れるんだよ、ブラックジャック先生』
  床(とこ)にふすクロスワード。彼は夢を見ていた。幼い頃の忘れられない夢だった。

村人が手に手にたいまつをかざし、民家に押し入ってくる。狂気の形相で、その手には大きな鎌やスキやクワが握られている。大きなかまを振り上げ首をはねる。逃げ惑う人々を追いかけ、背中から切りつけ屋敷に火を放った。逃げる少年、その後を狂ったように追いかける村人達。追い詰められた少年は井戸のつるべにしがみつく。体重をささえきれず、つるべが回り、少年はその井戸の中へまっさかさまに落ちていった。

翌朝、ブラックジャックがクロスワードの診察をしている。

  クロスワード 「ご気分は如何ですか、ぐらい言ったらどうだ」

「いくら気位の高い奴でも医者だったらそれくらいの言葉は吐くぞ」

「・・ふっ、そうか、無免許医は医者じゃないか」

  ブラックジャック 「ぶどう糖ベースにアミノ酸製剤20と電解質とビタミン液、体力の消耗を防ぐために点滴は続行します」
  出て行こうとするブラックジャックにクロスワードの言葉が追いかける。
  クロスワード 「あれは、小百合はあんたとは知り合いだったそうだが、どういう関係だ?」
  ブラックジャック 「答える必要は無いと思いますが」
  クロスワード 「もっとも、小百合が紹介するまでも無くわしはあんたを呼んだと思うよ。わが社の調査でも名前は出てたからな。ブラックジャック、本名ハザマクロオ、悪名高い無免許医で、ただし腕は超一流」
  クロスワード邸に忍び込んだこそ泥を追って、猟犬が放たれている。逃げているのは少年だった。ブラックジャックが階段を下りるそばを少年が走る抜ける。その足に犬が噛み付いた。ブラックジャックはマントで払い、犬を追い散らした。少年はしばらく呆然としていたが、階段を駆け上がって逃げていった。後を男たちが追っていく。

テラスにブラックジャックとデビッドがいる。

110 デビッド 「貧しい連中でしてね。・・いや、村の住人達の事ですよ。金目の物を狙っちゃ、このお屋敷に入りこむ。ほとほと手を焼いていましてね」
  メイドが紅茶を用意した。暖かい紅茶から湯気が立ち上っており、良い香りが鼻をくすぐった。
  デビッド 「あ、どうぞ、メイソンです」

「・・たく、こんなわびしい老人趣味の眺めにはピッタリだ」

  そこへピノコが慌てて走りこんできた。
  ピノコ 「ねえ、ねえ、ねえ、ねえェ〜!ねェ〜〜ねェ〜〜ってばねェ〜〜!ねェ〜〜!!」

「こ・・ここここ小鳥がねえ、大怪我してるの」

  立ち上がるブラックジャックの腕をデビッドが掴んで引き止める。
  デビッド 「あ、ちょっと・・話があったんですけどね・・」
  ブラックジャック 「俺のほうには別に無い」
  ブラックジャックは手を振り払い、ピノコと出て行った。ピノコの案内で屋敷の中をどんどん進んでいく。
  ブラックジャック 「小鳥?」
120 ピノコ 「うん、血ィ、い〜っぱい出してるの」

「あたしが見つけたの」

  ピノコは地下へ通じる扉を開け、階段を降り、鉄の門扉を押し開け、奥へと歩いていく。
  ピノコ 「こっちこっち、こっちに隠したの」
  ブラックジャック 「隠した?」
  ピノコ 「うん。だって追われてたんだもん」
  暗闇に隠れるように少年の姿があった。さっき、犬に襲われていたこそ泥の少年だった。
  ピノコ 「ねっ、あたしのつけで診てあげてよ」

「大丈夫よ。この人お医者さんだかや」

  ブラックジャック 「ずいぶん犬に餌を提供したな。骨の近くまで肉を持っていかれてるぞ」
  激痛で少年がうめく。
  ブラックジャック 「我慢しろ。破傷風と狂犬病の予防だ」
130 少年の足を縫い、包帯を巻いている。
  ブラックジャック 「村に医者はいるのか?いるなら戻ってすぐに見てもらえ。応急処置しかしていない」
  少年は立ち上がり、ブラックジャックに礼を言い、今度は気をつけるといって歩いていく。
  ブラックジャック 「今度?馬鹿を言うな。次は首を噛み切られたって診てはやらんぞ」
  少年の家は貧しく、またこの島では稼ぐ場所がないという。少年は、キマイラにとりつかれた父が生きてるうちに金をためて良い井戸を掘ってやりたいといった。
  ブラックジヤック 「キマイラ・・・」
  雷雨の中、ブラックジャックは車で出かけていった。その様子を城の窓から小百合が見ている。

デビッドが後ろから小百合に近づいて来ると、いきなり抱きしめキスをした。小百合はデビッドの頬を叩いた。デビッドの頬が赤くなっている。

  デビッド 「参ったな、良いのかよ?俺をこんなに粗末に扱って」
  小百合 「あなたが秘書課の経費をごまかしている事、主人に報告してもいいのよ、今すぐ」
  デビッド 「赤ん坊の父親をごまかすよりかは良いんじゃないかな?」
140 小百合 「・・えェ・・!」
  デビッド 「料理長に聞いたよ。あんたこの頃、好みのメニューががらっと変わったそうじゃないか。召使達も見たってよ。あんたがしょっちゅうゲーゲーやってるの」

「つわりってやつだなそりゃ」

「へ・・嬉しいね俺の子が出来たってわけだ・・」

  デビッドの手が小百合の下腹部をなでる。小百合は咄嗟にはらいのけるとするりと身をかわしてデビッドから逃げた。
  小百合 「・・違うわ!違う、この赤ちゃんクロスワードの子よ。女にはそういうことちゃんとわかるのよ」
  デビッド 「・・ふ〜ん、でもな男にはそこんとこがわからねえ」

「俺が恐れながらと会長に申し出れば・・・・なぁ・・虫が良すぎるぜ。えェ?おおいばりの遺産相続人をはらんだとたん恋人と手を切りたがるってのはさ」

  デビッドは小百合にキスをする。
  デビッド 「ふっ・・は・・笑うなよ・・俺がこうまで言うのはさ、心底お前に惚れちまってるからで・・」
  小百合 「ふっ・・ふ・・ふふふふふ・」
  デビッド 「笑うな!」
  小百合 「ははははは・・」
150 デビッド 「笑うなって言ったろ!」
  ブラックジャックを乗せた車は少年の村へと向かっていた。
  ブラックジャックM 『クロスワードの城とは全くの反対側、つまり南側の岬の近くに村はあった』

『あの犬にかまれた少年の家はすぐに見つけることが出来た』

  少年の家では痩せ細った父がベッドに寝ていた。その肌の乾き具合、苦しみ方、まさにクロスワードの病状と一緒だった。

少年が差し出したわずかな水の入ったカップを手にしたとき、少年の父は苦悶の声と共に眼と口から蒼白い炎を吐いて死んでいった。

少年の泣き声が村中に響き渡る。村人達が続々と集まってきた。その村人を押しのけるように若い女性が走りこんできた。白衣姿の医師だった。

鎮魂の鐘が村中に響き渡っている。医師は憔悴した足取りで家に帰ってくると、椅子にぐったりと座り込んだ。そこへブラックジャックが入ってきた。

  ブラックジャック 「キマイラ病についてお尋ねしたい」
  ミネア 「あなたは?」
  ブラックジャック 「あなたと同じ医者です」
  ミネア 「キマイラは150年前の大流行の後、絶滅したと伝えられるこの島特有の風土病です」
  ブラックジャック 「風土病・・」
  《せりふ:ミネアの兄》
「言い伝えによれば、キマイラの恐ろしさは長くて10年、早くても3年。死に至るその日まで毎日毎日、激痛に苦しむ事にある。水を飲めばその痛みを一時は和らげる事もできるが、飲めば飲むほど次の発作の痛みが増していく」
160 ミネア 「兄です・・・発病して4年経ちました・・・」
  《せりふ:ミネアの兄》
「最期の日、神に召されるその日は・・喜ばしい・・心臓は燃え上がり、蒼き炎を天に向かって噴き上げる」

《せりふ:ミネアの兄》
「150年間眠っていたキマイラが、7年前から再び目を覚ましたのです。現在この島には12名の患者がいます。早く・・早く何とかしなければ・・・」

  ミネア 「私たち兄妹は、イギリスで医師の資格をとってこの島へ帰ってきたんです。キマイラと戦うために・・でも、手も足も出ない、そのうえ兄さんの命まで奪われようとしている。悔しいわ」
  少年の父が荼毘にふされている。それを見守る村人達。
  出演者総動員

(ナレが頑張るのもOK)

《せりふ:村人たち》
「泣くなよ、シェル。キマイラで死んだモンはこうして弔ってやるのが島の決まりだ・・・それにしても不運だったなあ・・井戸の水が枯れちまうなんて」

《せりふ:村人たち》
「いやぁ、どうも井戸が枯れてるのはシェルのうちだけじゃねえようだぜ」

《せりふ:村人たち》
「村の井戸の半分は濁り水が出るようになってるらしいぜ」

《せりふ:老人》
「そりゃ、奴のせいだ。何もかも奴の仕業だ。奴がこの島のたった一つの地下水脈からどんどん水を汲み上げておるからだ。始まった・・わしたちの村への復讐が、いよいよ始まった」

《せりふ:村人たち》
「誰なんだよじいさん、奴っていったい誰のことだ!」

《せりふ:村人たち》
「ひょっとしてあいつの事じゃねえのか・・ほら、北の岬に城を建てて住みついた奴」

《せりふ:村人たち》
「そうだよ、城の中にゃでかい給水塔があって、水をじゃんじゃん使ってるって噂がある」

《せりふ:村人たち》
「奴が!奴がなんで俺たちに復讐をするんだよ!」

  クロスワードの城へ戻ったブラックジャックを待ってたのは小百合の突然の事故だった。使用人たちが慌てて走り寄ってくる。小百合がバスルームで転倒して腹部を強打し大量の血が流れ出ているらしい。

ブラックジャックが小百合の腹部のエコーを診ている。横たわる小百合も心配そうにブラックジャックの顔を見つめる。

  小百合 「先生・・赤ちゃん・・赤ちゃんは無事ですか?」
  ブラックジャック 「なんとも言えん・・ショックを受けて心音衰弱にあっている。胎盤剥離による出血だ。これから子宮頚管縫縮術(しきゅうけいかんほうしゅくじゅつ)を行なう。胎児が助かる確率は20%、母体が助かる可能性は80%」
  小百合 「お願い・・赤ちゃんはどうしても助けて・・」
  ブラックジャック 「両方助けるつもりだよ」
170 クロスワードの部屋、デビッドが呼ばれて入ってくる。
  デビッド 「会長。あのぅ・・何か御用とか・・・」
  クロスワード 「う〜む・・小百合がな・・」
  デビッド 「はぁ・・・」
  クロスワード 「少しは小百合の気が紛れるかと、お前をおおめに見ていたんだがな・・・」
  デビッド 「は・・はっ・・・」
  デビッドはクロスワードが全てを感づいている事に驚き後ずさった。
  デビッド 「な・・・何のお話で・・・」
  クロスワード 「どうやらもう小百合の方には気が無いらしい。いつでもお前の好きな時に社を辞めてよろしい。
  デビッド 「は・・・・うう・・・」
180 デビッドは足元がガラガラと崩れていくような気がしてその場へへたり込んでしまった。
  クロスワード 「命までは取らん・・」
  手術の終わった小百合がベッドに横たわっている。朝日がブラインドの隙間から差し込んできている。朝日を浴びて立つブラックジャックの姿が眩しかった。
  小百合 「2度も私を助けてくださった」

「2度も私の人生に深く関わってくださった。本当にどう感謝の気持ちを表現すればいいかわかりません」

  小百合の回想シーン。ブラックジャックに懇願する姿が見える。
  小百合 『お願いです先生。あたし生きていけません。このままじゃあたしもう駄目です。お願いです、生まれ変わりたい。幸せ、あたし掴みたい」

「お金、必死で作りました。きっとあたし綺麗になれたら、もっと人に優しくできる、優しくされる』

  ブラックジャック 『だから専門外だといってるだろう』
  小百合 『断わられたら、あたし死にます、この場で死にます』
  ブラックジャック 『断わる』
  自分の咽喉元に突き立てたナイフを刺そうとする小百合の頬をブラックジャックが叩いた。椅子から転げ落ち、小百合は泣きじゃくった。

再び現在。ベッドの上にいる小百合。

190 小百合 「でも、結局、私の顔を美しく作り変えてくださった。お陰で私はクロスワードと出会い、見初められ、結婚する事が出来たんです」
  クロスワード 「腹の子の命も助けてくれたそうだな。300万ドルに20万ばかり上乗せしよう。それでよろしいか?」
  ブラックジャック 「ご勝手に」
  クロスワード 「うむ・・・先生に話がある。みんなさがれ」

「もう一週間もするとな、この島は雪に覆われやがて流氷がやってくる。子供の頃にもわしはその流氷を見るのが好きだった」

「10(とお)になるまでわしはこの島におった。この島で生まれこの島で育った」

  ブラックジャック 「やはり、あなたの病気もキマイラでしたか」
  クロスワード 「150年前に絶滅したとされる伝説の奇病だが、実は60年前、つまり私が10歳の時キマイラは一度島で発生した」

「私の父が発病し、やがて母へ、そして家中の者が・・だが流行は未然に防がれた。村の人々が団結してな。母も弟も妹もその時に命を落し私だけが助かった。、私も発病しかかっていたはずなのになぜか助かったんだよ」

「そして村を出て苦労をして、何とか成功して遅い結婚をして、さあ、これからだぞという時に再発したのだ。・・・ふぅ・・・どうせ死ぬのならばと、この島へ帰ってきた。大好きだったこの島にね」

「思い残す事といえば、生まれてくる子供の顔を見れない、という事ぐらいかな」

  ブラックジャック 「まだわかりませんよ」
  クロスワード 「いや、今度の発作が最後だとわしにはわかるんだ」
  ブラックジャック 「何故?」
  クロスワード 「今度の発作でわしは蒼い炎を吐く・・そう感じるんだよ。わしの体がそう言っている・・やっと楽になれるって・・カ・・カ・カ・カ・・・」
200 ブラックジャック 「300万ドルはお返しする」
  ブラックジャックが踵をかえして部屋を出て行こうとする。よろよろとクロスワードが立ち上がり後を追う。
  クロスワード 「待て・・待ってくれ・・わしがあんたに300万ドルを支払うのは決して命乞いのためじゃないんだ」

「最期の発作、わしが最期の発作をおこしたその時にあんたの手で、わしのこの体を開いて欲しいからだ」

  ブラックジャックは驚いて足を止め振り返った。そこには必死の形相で立つクロスワードがいた。
  クロスワード 「発作の最中にキマイラがわしの体の中でどうなっておるのか見て欲しい。優れたあんたのその眼でしっかりとな」

「見たいと思っているはずだぞ、あんたも。え!ブラックジャック先生」

  村人達が手に手にたいまつを持ち、歩いていく。その数は段々と増えていく。
  《せりふ:老人》
「待て、待て・・お前達は60年前の悲劇をまた繰り返す気か!やり過ぎてはいかん。話し合うんだ、元々は奴もこの島の人間だ」

《せりふ:村人》
「水を独り占めされて黙っちゃいられねえよ!それに・・キマイラが広がり始めたのも奴があの城に来てからだっていうじゃねえか!」

  村人達はぞくぞくとクロスワードの城へ向かって歩いていく。その中にあの少年もいた。
  ミネア 「シェル・・駄目よシェル!戻ってらっしゃい!シェル!!」

「駄目よ・・・・シェル・・・・どんなに悲しい目にあったって自分を見失っちゃ駄目・・・駄目・・・フレディだって頑張ったのよ・・けさがたまで力尽きるまで・・・」

  ミネアの診療所の奥のベッドにミネアの兄、フレディが冷たくなり横たわっている。

小雪がちらつき始めた。クロスワード邸では長い廊下を車椅子に乗ってクロスワードが手術室へ向かっていた。窓の外を眺めてクロスワードがつぶやいた。

210 クロスワード 「ふ・・・今年は七日(なぬか)も早い」
  エレベータに乗りこみ、地下の手術室へと向かうクロスワード。その頃、小百合がベッドの上でクロスワードの事を気遣っていた。
  小百合 「主人は・・・あの人も雪が好きだから・・」
  付き添っているメイドが、クロスワードが今、小百合と入れ替わりに手術室へ向かったことを告げた。
  小百合 「そう・・ブラックジャック先生が執刀なさるのね・・・」
  エレベータの中。クロスワードがハタと思い出した。
  クロスワード 「しまった・・」
  ピノコ 「忘れモン?」
  クロスワード 「今日はまだ、アレにおはようを・・・・」
  ブラックジャック 「戻りますか・・」
220 クロスワード 「いや・・いい・・わしがうろたえては、あんたのメスが鈍る」

「おはよう、小百合・・」

  ブラックジャックM 『それがクロスワード氏の最期の言葉だった』

『16時15分、つまりクロスワード氏が手術室に入った直後、最後の発作が始まった』

  クロスワード 「うあぁあ・あああああぁぁ・・・・」
  激痛のためにクロスワードの体は反り返り、老人とは思えないほどの力で暴れる。ブラックジャックは渾身の力で、クロスワードを手術台に固定した。

時を同じくして、怒りに狂った村人達が城門を破り、城内へと雪崩れ込んできた。手に手にたいまつを掲げ、奇声や怒号をあげながら狂ったように暴れだした。ガラスが割られ、城内に火が放たれる。

  ブラックジャックM 『16時40分、全身麻酔を試みるが痙攣は治まらず、効果なしと判断。同、52分執刀を決意する』
  クロスワード 「うぁああああ・・・ぐぉおおおおお・・・・」
  ブラックジャック 「メス・・」
  ピノコ 「メス・・」
  ピノコからブラックジャックにメスが手渡される。クロスワードはもがき苦しみ暴れまわっている。

小百合の部屋にデビッドが飛び込んできた。小百合も城内の異変を察知していた。飛び込んできたデビッドに小百合は驚いた。

  小百合 「デビッド」
230 デビッド 「はぁ・・はぁ・・はぁ・・早く、クローゼットに隠れて」

「俺・・会社辞める」

  小百合 「ええ・・?」
  クローゼットの扉が閉じられた。その時、村人達が部屋の中に雪崩れ込んできた。デビッドが先制を仕掛けるが一撃で殴り倒された。城内に火がまわり、窓ガラスを突き破って炎が噴き上がる。

そのころ手術室では・・。

  ブラックジャックM 『告白しよう・・このオペに関しては全く自信がなかった。激しく痙攣を起こしているクランケにメスを入れた経験はもちろん無かったからだ』
  クロスワード 「うぅ・・うぉおおぉ・・・・・うぅ・・」
  ブラックジャックM 『だが彼は言っていた。言葉にならない声で、眼で、全身で、私に伝えようとしていた。《やれ!やってくれ、ブラックジャック》・・と』

『そして多分、私の手はその声に自然に反応したのだと思う』

  ブラックジャックの手にしたメスが無影灯の眩い光を反射して一閃した。クロスワードの胸に赤い線が走り、ぷつぷつと血の玉が浮かんだ。

メスは素早く正確に胸部を切り開いていく。心臓が露出した。その一角に蒼く輝く患部があった。

  クロスワード 「うあぁ・・あぁぁぁ・・・・!!あああぁあぁ・・・・!!!」
  クロスワードの断末魔の叫び声が上がる。その時、青い炎が口と胸から噴き上がった。クロスワードは絶命した。

村人達が手術室まで押し入ってきた。その目の前に、クロスワードを抱き上げて立つブラックジャックが居た。

  ブラックジャック 「この人は誰も憎んでいなかった。キマイラだけを憎んでいた。キマイラ病の本当の絶滅のために自分の死が役に立つはずだと、この人は信じていた」

「道を開けろ!」

240 ブラックジャックの叫び声とともに、村人達は左右に分かれた。みな頭を垂れ、クロスワードを見送った。
  ブラックジャックM 『この人を奥さんが待っている』
  クロスワード邸は紅蓮の炎に包まれていた。その炎は天高く舞い上がり空を赤々と焦がしていた。
  《せりふ:キャスター》
「この映像をご覧ください。コレは伝説の奇病と言われるキマイラのウイルスを発見した時の映像です」

《せりふ:キャスター》
「コレがそのウイルス。この新種のウイルスは胸部大動脈の壁の内層と外層の間で発見されました。このウイルスの特徴は発作時以外は活動を停止しており、しかも血管層の間という想定しにくい場所にあったことから今まで発見されなかったと推察されます」

《せりふ:キャスター》
「ではここで、キマイラ病の研究をなさっているラコスキー島のミネア・ロスさんにお聞きしてみます」

《せりふ:キャスター》
「ミネアさん、このキマイラは発作をおこした時に水を大量に飲むとその苦痛が和らぐそうですが、それはどうしてなのですか?」

  ミネア 「はい、その謎はウイルスの発見によって初めて解明されたわけですが、このウイルスは一定の血液浸透圧に差が生じた時、その活動を開始するという事がわかったのです」

「つまり、水を大量に飲んで血液浸透圧を一定の値に戻してやると、その活動を停止し、痛みが治まるという事なのです」

  《せりふ:キャスター》
「血液浸透圧・・ですね。えェ・・なるほど。では、その感染経路といいますか・・その辺の事は?」
  ミネア 「実はまだ何もわかっておりません。その点ではキマイラはまだ依然として伝説の奇病なのです・・これからも懸命な努力をする覚悟を新たにしております」
  《せりふ:キャスター》
「ところで、先ほどの映像についてなのですが、コレは明らかに発作中の映像ですよね?」
  ミネア 「はい、そうです」
  《せりふ:キャスター》
「・・という事は、発作中の激しい痙攣の中で手術を行なったという事になるのですが・・」
250 ミネア 「ええ・・」
  《せりふ:キャスター》
「そんな事って・・可能なんでしょうか?」
  ミネア 「・・・多分、どんな一流の外科医でも不可能な手術でしょう。しかし、その不可能を可能にした人を私はこの目で確かに見たのです」
  ED 「I`ll Be Back Again〜月の光〜」
歌:RHODES

劇 終

inserted by FC2 system