OVAアニメ\
ブラックジャック

KARTE9:人面瘡
大財閥の当主に治療を依頼されたブラックジャックは、
彼の腹部に出来た人の顔のような腫瘍に驚く。その晩、彼は失踪。
同じ頃、街では謎の女が行きずりの男をホテルに誘い込み、ナイフで殺害していた。

ブラックジャック:大塚明夫
ピノコ:水谷優子
耕一郎:堀秀行
摩知子:荘真由美
種田:麦人
柳子:定岡小百合
高杉:羽佐間道夫

001 降りしきる雨の中を黄色い傘の人影が路地を歩いてくる。駐車場へとやって来ると、その中の高級車のタイヤを切リ裂き、斧を振るうとメタメタに叩き壊した。
  《せりふ:刑事》
「犯行は都内全域に及びます。高級外車ばかりを狙って、この一年だけでも18件、被害総額は軽く2億円を超えます」
  高杉
「どうせ全損で保険がおりてんだろうが。高級外車乗ってるような奴はそこんとこは抜け目がねえや。死人(しびと)が出たわけでもねえのに、こんなにオーバーに捜査会議たぁ、恐れ入りやだ」
  《せりふ:刑事》
「高杉!」
  高杉 「それにだ!俺は少年課だ。こんな事件は3課の連中だけで善処して欲しいね。こうみえたってねぇ、けっこう忙しいんだよぉ、俺はぁ」
  《せりふ:本部長》
「いや!少年課には是非加わってもらいたい。有力な目撃証言がでたんだ」
  《せりふ:刑事》
「犯人は身長140センチ、推定年齢は12歳。駐車場の監視カメラが捕らえた映像です」
  ブラックジャックM 『人がこの世に生を受け、長い年月を生きていくのは奇跡に近い事だ。と、言った哲学者がいる。わたしも今度の依頼ではその事を痛感した。そう、人間は肉体のメカニズムだけで生きるのではなく、心というものを持っているからだ。極めて危うく、脆く、そして不可解だ』
  ブラックジャックとピノコを乗せたタクシーがある大きな屋敷の前で停まった。場所は、世田谷赤目台2530、屋敷の大きな表札には『TSUZUKI』と書かれてあった。
010 ピノコ 「お屋敷らぁ、こりゃぁ」
  屋敷の中の長い廊下を執事に案内される。
  種田 「こちらへどうぞ」
 
部屋に通された。障子の奥に一組の男女が待っていた。
  種田 「当家の主、都築耕一郎(つづきこういちろう)でございます」
  耕一郎
「ああぁあ・・よく来てくださいました・・どうかわたしを助けてください・・・わたしはもうどうしたら良いのか・・わからない・・」
  耕一郎が羽織っていたガウンを脱いだ。
  ピノコ 「うひゃあぁうう・・」
 
ピノコが奇声をあげ、ブラックジャックにすがりついた。ブラックジャックの目は耕一郎の腹に釘付けになっていた。

いびつなできものがまるで人の顔の形のように腹じゅうにふきだしていた。

  OP 「redirth」
唄:工藤栄子
  ブラックジャックM 『銀行、自動車、エレクトロニクス、総合商社、あらゆる分野に出資し世界の経済界にもかなりの影響力を持つといわれる都築財閥(つづきざいばつ)。その8代目当主として5年前に30代の若さで後を継いだのが、この都築耕一郎である』

『都築グループはその傘下に高名な病院がいくつもあり、世界的な名医が揃っていると聞く』

020 ブラックジャック
「まず、その腫瘍のカルテを見せてくれ」
  耕一郎
「先生・・カルテは存在しません。私はグループの総帥です、私は完全でなければなりません。何の弱点も無い人間でなければ・・ならないんです!」
  ブラックジャック 「今まで医者の診断を受けた事が無いと・・」
  耕一郎 「父や母にさえ見せたことがありません。私のこのおぞましいできものを知っているのは妻の摩知子(まちこ)そして子供の頃からの私の執事、種田(たねだ)だけです」
  ピノコ 「種田ぁ?・・」
  耕一郎 「ブラックジャック先生、先生に来ていただいたのは、先生が天才的な名医であるというだけではなく、信頼するに足りる方だと、確信を持ったからです。どうか、口外なさりませぬように」
  種田 「よろしくお願い申し上げます」
  ブラックジャック 「当然の事だ」

「医者は患者の秘密を守る義務がある」

  ブラックジャックM 『人面(じんめんそう)、その記録は日本だけでなく、外国の文献にも見られる。多くは伝説、風聞(ふうぶん)の類(たぐい)で、科学的な分析を受けたものは無いに等しい』

『例えば、1939年の秋。石川県羽咋郡塩村(いしかわけんはくいぐんしおむら)の例。宮前エイ(みやまええい)さんの息子、良作(りょいうさく)さんが大きなヒキガエルを殺した。そしてその時、ヒキガエルの体液が良作さんの腹に付着。4、5日して良作さんは高熱を出し、腹に吹出物ができた』

『それはドンドン大きくなり、殺したヒキガエルそっくりの顔になり、やがてその口は虫を殺したり言葉を発したとある』

『ばかばかしい話だと言ってしまえばそれまでだが、それぞれの文献に出てくる話には共通点がある。それは、何度切り取っても、すぐに同じものが、同じ場所に再生される・・ということ。そしてその患者のほとんどは精神的、あるいは肉体的に衰弱し死亡しているという事だ』

  摩知子 「先生、屋敷内に先生のお部屋を用意させていただきました。診察が終わるまで、どうか当家にお留まりくださいますよう」
030 ブラックジャック 「それは無理だ。切る前にもっと調べたい事がある。ここでは薬品も設備も不十分だ」
  摩知子 「種田」
  種田 「はい」
  促されて部屋の一角のドアを引きあげる。そこには最新医療設備が整然と並べられていた。
  摩知子 「全て、種田が準備いたしました」

「種田は若い頃、医学を志していたそうです」

「今でも時間があれば勉強を続けているらしいのです」

  種田 「あぁ、いえ、全て耕一郎様のためにと・・・」
  ピノコ 「しうつ(手術)もれきる(できる)ね、ここなら」
  種田 「どうぞ、不足の物があれば、おっしゃってください」
  ブラックジャック 「・・あぁ、使わせてもらうよ」
 
警察署から出てくる高杉を刑事が呼び止める。
040 《せりふ:刑事》
「高杉警部、たった今、鑑識から面白いものが出ました」
  高杉 「明日にしろよぉ、今日は娘の誕生日なんだョ」
  モニターに二つの指紋が映っている。
  《せりふ:刑事》
「見てください、この指紋」
  高杉 「カミサンがなぁ!手作りケーキ用意しとぇるんだ!」
  《せりふ:刑事》
「小さいほうは、駐車場に落ちていた斧から採集した物。この大きいほうはM37号事件の物です」
  高杉 「37号事件?」
  《せりふ:刑事》
「良いですかぁ、両方の指紋の大きさを同じにして・・重ねます」
  高杉 「・・・んぁ・・んだとう・・M37号容疑者って・・おめえぇ・・っと確かぁ・・」
  《せりふ:刑事》
「はい、女です。年齢27歳くらい、身長165、OL風。ラブホテルに宿泊しては相手の男を殺害。2年前から合計6件・・現状に残された指紋から同一犯によるものと判定。『ラブホテル、女殺人鬼事件』として捜査本部を設置、現在も捜査中です」
050 高杉 「偶然の一致さ・・!少年と女・・指紋の大きさだって違うんだぁ・・」
  《せりふ:刑事》
「もう一つの一致点、女の持ってる傘・・・黄色です」
  高杉 「アホ臭ぇ事抜かすねィ!バカバカしい!!」
  都築邸の医療検査室、ブラックジャックがモニターを睨んでいる。
  ブラックジャックM
『腫瘍の組織を採取、精密検査に入る。その結果は今のところ悪いものではない。スキャニングによっても化膿性のものではなく、また内容物が角質化している兆候も無い。まだ未確認だが細菌やウィルスの存在が無いとすれば、一般的な良性腫瘍の傾向が強かった」

『しかし、その形状があまりに特異である事、そして患者によるその腫瘍の経緯説明には、少なからず困惑した・・』

  耕一郎 「始めに気がついたのは、6歳の時でした・・・。黄色っぽい痣が下腹部にポツンと・・・。でもそれはドンドン広がり・・8歳の頃には膨れ上がり・・人の顔のようになり・・10歳の時に遂に私に話し掛けたんです・・・」
  ブラックジャック 「何といったのですか・・?」
  耕一郎 「忘れられっこ無い・・あの時の言葉・・・そして声・・奴はこう言った!」
  《せりふ:人面瘡》
『なんてことは無い、任せれば良いのさ・・フハハハハハハハ・・・』
  耕一郎
「それから・・それから私のこいつとの戦いの日々が始まった・・地獄のようだ・・安らぎの無い戦いが・・・」

「多分ね・・先生には信じられないと思います・・こいつは今、大人しくしてますから・・」

060 ブラックジャック 「・・どんな地獄だ・・」
  耕一郎 「嫌でもわかります。何日か私のそばにいてくだされば」
  ブラックジャック 「話してください」
  耕一郎 「今日・・少し疲れた・・摩知子・・もう休む・・」
  摩知子 「あ・・はい・・」
  耕一郎は夫人の肩を支えにして部屋を出て行った。廊下の中ほどで歩を止め、耕一郎が振り向いた。
  耕一郎 「先生・・先生も私の寝室を見ておいて下さい・・わたしがどんなに苦しい・・辛い夜を過ごしているか・・」
 
耕一郎の後をついて廊下を歩いていく。

寝室の中、夫人がベッドから出ている拘束用の皮ベルトで耕一郎の体をかたく締め上げ、ベッドへ固定していく。

  摩知子 「では、あなた・・おやすみなさい」
  耕一郎 「う・・ああ、おやすみ」

「7時に起こして・・9時から本社で会議だから・・・」

070 摩知子 「はい・・」
  夫人が部屋を出ると、天井から寝室の入口に格子の頑丈な扉が降り、さらに厚い木の扉で入口が閉ざされた。
  摩知子 「ああしないと・・安心して眠れないと本人が希望するものですから・・自分がどこかへ行ってしまいそうだからと・・」(泣き)
  医療機器のモニターを睨んでキーを叩くブラックジャック。その周りでピノコがうろちょろしている。
  ピノコ 「ようするにさぁ、しぇんしぇい(先生)、取っちゃうってことらよねえ?」
  ブラックジャック 「取っちゃう?」
  ピノコ 「あの、オレキ(おでき)を取っちゃえばOKってことらわよねえ」
  ブラックジャック 「それで済めばいいが」
  ピノコ 「済まないの?」
  ブラックジャック 「さあ・・」
080 ピノコ 「さぁ?」
  耕一郎の寝室の外に控えている種田に耕一郎の声が聞こえた。
  耕一郎 「種田・・」
  種田 「はいっ、ここに・・」
  耕一郎 「すまないねぇ・・」
  種田 「いえ・・・」
  耕一郎 「すまないが今夜は・・駄目のようだ・・・」
  種田 「ぼっちゃま・・」
  耕一郎 「明日の会議は宜しくと・・摩知子に・・」
  種田 「・・・・うっ・・かしこまりました・・・」
090 耕一郎のうめき声が響く。突然、苦しみだし叫び声をあげた。
  ブラックジャックM 『夜明け前、執事の種田がわたしたちの部屋に来た』
  階段をかけ降り、耕一郎の寝室へやって来たブラックジャックたち。そこには拘束用の皮バンドが引きちぎられて散乱し、耕一郎の姿は無かった。
  種田 「2、3日でございます・・耕一郎様、必ず戻ってまいります。どうか、なにぶんともご内密に。そして当屋敷でご待機いただきますよう」
  ブラックジャック
「そうはいかないな、患者がいなくては私の仕事は成り立たない。契約を解除するか、患者を探しにいくか・・どちらかだ」
  種田 「ブラックジャック先生!」
  摩知子 「種田・・先生の思う通りにして頂いて・・・先生との契約が無くなれば、あの人の最後の望みが断たれます」
  種田 「奥様・・」
  摩知子 「お前は先生にできるだけの協力を・・」
  都築邸と外界をへ隔てる大きな門が開かれ、種田の運転する車が走り出た。
100 ピノコ 「種田さん・・?」
  種田 「は・・・はい・・」
  ピノコ 「あなちゃは、できるだけのご協力を・・」
  種田 「はい・・」
  ピノコ 「キヒヒヒ、実はあたし東京タワー上った事無いのぉ」
  種田 「えぇ・・」
  ピノコ
「じゃじゃ、レインボーブリッジ行ってぇ、海蛍回ってぇ、最終的にはシーパラランドってのはどぉ?」
  ブラックジャック 「あてはあるのか?」
  種田 「あっ・・・はぁ・・」
  ブラックジャック 「患者の彷徨(ほうこう)は今に始まった事では無い・・そう顔に書いてある」

「耕一郎はどこに行った?」

110 種田 「おっしゃるとおりでございます。耕一郎様のあのような行動は10歳の頃から続いております」
  ブラックジャック 「10歳・・」
  種田 「どこへ行き、誰と何をされていたのかは、私にはわかりません。私はただ耕一郎様が無事にお帰りになるのを待っていただけでございます」

「誰にも知られないように、何事も無かったように暖かくお迎えし、お風呂を差し上げお召し物を取り替え・・」

  ブラックジャック 「あの人面(じんめんそう)のせいか?」
  種田 「わかりません・・」
  ブラックジャック 「あんたは医者としての目でも耕一郎を見て来たはずだ・・それを訊きたい」
  ピノコ 「ききたい」
  種田 「医者としての目など・・私は医学部さえ中途で退学した男です」
  ブラックジャック 「医学部を出たとか免許を持ってるとかの話ではない。私が見たところ、あんたは相当の知識と造詣を持っている。あの部屋に揃えたものを見れば・・それがわかる」

「何でも良い、あんたの気づいた事を話してくれ」

  種田 「心・・私はぼっちゃの心の中までは立ち入る事ができません」
120 ピノコ 「泣いてるぅ・・・先生、種田さん泣いてるうぅ・・ア〜〜ン・・・」
  ブラックジャックM 『精神的な問題が作用しているという意味か・・・』
  停車している車から種田が降りる。ビル群をじっと見据えながら種田は言った。
  種田 「以前この辺りまで耕一郎様を追いかけ、見失った事があります」
  裏通りに面した高架下のトンネルの壁際に女が一人立っていた。人待ち顔で立つその女は黄色い傘を差している。
 
《せりふ:軟派サラリーマン》
「ねえ・・ねえ、そこのぉ、黄色い傘のお姉ちゃん・・彼、待ってるわけぇ?そんなところで」

《せりふ:軟派サラリーマン》
「ちょっとデートスポットとしちゃ、ふさわしく無い場所だと思っちゃったりして」

  柳子
「あなたを待ってたのよ」
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「えっつ?はぁ〜〜〜っ!上手い事言ったりするんだぁ〜」
  柳子 「飲むだけなら、お付き合いしても良いわ」
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「えっつっへへぇ〜、こんな美人がそんな事言うんだぁ・・怖いねぇ・・」
130 柳子
「じゃあ、やめとけば」
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「ちょ・・ちょっと!」
  男は歩いていく女の後を追って走って行った。

雑踏の中、一台のパトーカーが停車した。

  高杉 「この辺で降りる」
  《せりふ:刑事》
「ち・・ちょっと、待ってくださいよ警部。これから本庁で会議が・・」
  高杉 「今日はなぁ、家に帰る日なんだぁ。誕生日なんだよ!」
  《せりふ:刑事》
「えぇ・・!こないだも誕生日だって・・・」
  高杉 「こんだぁ、かみさんだ!」
 
高杉は駆け出していった。高杉を呼び止める刑事の声が空しく雑踏の中へ消えていった。

高杉がファミリーレストランの中に入るブラックジャックの姿を目に留めた。高杉はニヤニヤしながら窓際まで走り寄り、ドンドンと窓を叩いた。

  高杉 「よぉ、さっきパトカーの中んから見かけてよぉ・・」

「ぬぁはは・・何してんだいこんなところで無免許医がよぉ!」

140 高杉はブラックジャックの隣の席に腰をおろし、親しげに言った。
  ブラックジャック 「私に声をかける時は、令状を持って来い」
  高杉 「ぐひひへ・・良いねぇ、そういうとこぁ良いぜぇ、無免許医。・・閑なのか?」
  ブラックジャック 「答える必要な無い」
  高杉 「いや、飲みてぇんだよ今日は。最悪の日だからよぉ」
  ピノコ 「わかったぁ!警察クビになったんら!」
  高杉 「い〜〜っ!・・へっ・・・・かみさんの誕生日でよ・・最悪なんだよ」
  ピノコ 「どういう意味なんらぁ?」
  高杉 「あぁ〜〜〜あいつがこの世に現われさえしなければ今の俺の不幸は無かった・・」
  場所を変え、今度は屋台のおでん屋の中。
150 高杉 「心配すんなよ、先生。今は少年課だ。それにあんたの尻を追いまわすネタも、今んとこ持ってねぇ」

「・・ったくぅ・・鬼といわれた高杉が今じゃ少年課だぜぇ・・おい」

  ピノコ 「辞めちゃぇばぁ、警察ぅ」
  高杉 「こないだまではそう思ってたさ、給料は安いし、ガキはドンドンでかくなって銭がかかるし、無免許医の下働きでもすりゃもっとマシかもしれねぇってな」
  ブラックジャック 「つくね・・」
  《せりふ:おでん店のおやじ》
「へい!つくねぇ」
  高杉 「けどなぁ・・今ちょいとした山ぁ、持ってる」
  ピノコ 「つくねぇ・・」
  種田 「つくね・・」
  高杉 「少しは燃えるかも知れねぇ・・」
  《せりふ:おでん屋のおやじ》
「へい、だんなもつくねね」
160 高杉の前に上手そうなつくねの入った皿が出た。
  高杉 「・・つくねか・・あぁ・・にしても、やんなる程よく降りやがる・・」
  東京の夜景を借景に、ビルの最上階ラウンジで、さっきガード下で誘った女が、男とカクテルを飲んでいる。
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「いやぁ〜、でもよくわかんないなぁ〜。・・・どうして僕みたいなのとこうして・・」
  柳子 「ふっ・・人と人が知り合うのに理由なんて無いわ」
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「いや・・そりゃまあ、そうだぁ・・・・・好きです!」
  柳子 「そういうのは信じない」
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「ん〜〜〜〜・・そっかぁ・・」
  柳子 「でも、嘘は好きだわ・・・楽しいもの・・」
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「あぁ・・・あははははは・・・え〜とぉ・・僕、YB商事の佐々木です。あなたはぁ?」
170 柳子 「柳子(りゅうこ)
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「柳子・・さん?」
  柳子 「そう・・・柳子」
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「で・・そのぉ・・お住まいとか会社とか・・携帯の番号なんかも教えて欲しかったりしてるんですが・・」

《せりふ:軟派サラリーマン》
「・・・あぁ・・・・知らない方がいいですよねぇ・・・そういうことやっぱりィ・・あはは・・」

  柳子 「飲みましょう」
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「あ・・・はいはいはい・・」
  柳子 「お子さんとかは?」
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「はい、女房が3人に子供が1人・・あっ、その逆ぅ」
  柳子 「そうなんだ・・」
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「そうなんですうぅ〜〜〜」
180 ラブホテルの前、軟派サラリーマン佐々木が柳子を誘っている。
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「え・・確か・・飲むだけ・・ってお約束、わかってます・・でもぉ・・その流れっていうか・・まぁ・・」
  柳子 「行くんなら行く。行かないんなら行かない・・どっち?」
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「行きます!」
  エレベータが停まりドアが開いた。中に佐々木と柳子が立っていた。佐々木が柳子にしがみついた。
  《せりふ:軟派サラリーマン》
「柳子さん、君、かっこいいィ」
  ベッドの上に佐々木が座り、シャワーの湯気にかすんだガラスを見つめている。ガラスの向こう側では柳子がシャワーに当たっていた。
 
《せりふ:軟派サラリーマン》
「なんかこれって運命的なものなのかな・・」
  シャワー室のドアが開いて、バスタオル一枚を体に巻いた柳子が佐々木の前に歩いてきた。佐々木は立ち上がり柳子の両肩を優しくつかんだ。その時、柳子の拳が佐々木のあごを殴りつけた。ベッドに倒れこむ佐々木。柳子は鬼のような形相になり、隠し持っていたナイフを振り上げた。
  柳子 「女房、子供も居るんだろう?悲しませるなんて考えてもいないんだ」
190
《せりふ:軟派サラリーマン》
「い・・いや・・・よく考えてる・・あぁ・・あわわ」
  柳子 「遅いんだよ・・」
  ナイフが佐々木の腹をえぐった。柳子は、佐々木をメッタ刺しにし、あたりは血の海となった。

ほろ酔い気分の高杉がブラックジャックたちを誘っている。

  高杉 「い・・いや、良いんだ良いんだ。もう一軒付き合え!カラオケだ!バンバン歌おうぜ!」
  ピノコ 「わらし行くぅ〜」
  ブラックジャック 「ピノコ!」
  種田 「お送りいたします。お宅はどちらでしょうか?」
  高杉 「あぁ・・良いんだよ、帰りたい奴は帰れよ。俺はもっと飲んで交番に留まらぁ」
  高杉の携帯に緊急指令が入った。
  《せりふ:警察官》
「西新宿、ラブホテルカシミールで殺人事件発生!被害者は37歳、男性!被疑者は同伴していた女性、OL風、黄色い傘を持った女、現在逃亡中と思われます。M37号事件に酷似!23時50分新宿所管内に非常配備を要請中」
200 高杉 「お・・おい、送ってくれ!西新宿だ!」
  ラブホテルカシミールの前は警察車両と野次馬でごった返していた。高杉を乗せた種田運転の車が到着した。高杉は車から飛び出しビルの中へ走りこんで行った。
  種田 「先生、今夜はもう赤目台のほうへ引き揚げましょう」
  ピノコ 「そうしよう、先生・・雨も凄いし、眠いし・・」
  ブラックジャック 「種田さん、すまないがピノコをよろしく頼む。私はもう少し患者を探してみる」
  種田 「は・・・はぁ・・・」
  ピノコ 「らって、手がかり無しよぉ。何のあても無いのにィ・・」
  ブラックジャック 「だからその手がかりを探すんだ」
  ピノコ 「あぁ・・種田さん、行きましょう。言い出したら聞かない人らから」
  種田 「は・・はィ・・」
210 雨の中、傘をさして歩き出すブラックジャックが足を止め、振り返ると種田の元へ走り寄ってきた。ブラックジャックは種田の脈をはかり、顔をしげしげと見つめた
  ブラックジャック 「ちょっと!・・・その汗は?それに脈拍も相当速い・・」
  種田 「いえ・・私は・・汗っかきで・・血圧も高く・・・」
  ブラックジャック 「何にショックを受けた?」
  種田 「えぇ・・・別に・・」
  ブラックジャック 「・・・そうか・・」
  種田 「はいっ」
  ブラックジャックはピノコの差し出す傘を受け取りまた、もと来た道を歩いていった。
  ブラックジャック 「何かあったら連絡する」
  ピノコ 「おっ気をつけてぇ〜〜〜」
220 ブラックジャックM 『あてもなく一時間ほどさまよったのち、声をかけられた』
  少女は、ブラックジャックに薬を持っていないかと尋ねた。ホームレスのこの少女のダンボールハウスに傷ついた女が飛び込んで来たという。ブラックジャックは少女に案内されて公園の裏のダンボールハウスに入った。
  ブラックジャック
「なるほど・・・酷い出血だ・・・発熱もしてる用だな・・とにかく傷を見せなさい。治療をする」
 
血のついた女の閉じられた右手を開くと、手のひらに人面瘡が浮かび上がっていた。驚くブラックジャック。その一瞬の隙を突いて女がダンボールハウスから飛び出し逃げていった。

ぐっしょりと全身ぬれねずみのブラックジャックが都築邸へ戻ってきた。障子を開けると、部屋の中でピノコがすやすやと眠っていた。

  種田
「よくお休みで・・」

「お召し替えを、先生。びしょ濡れでございます」

  ブラックジャック 「患者は?」
  種田 「はっ?・・耕一郎・・様で・・ございますか?」
  ブラックジャック 「戻っているか?」
  種田 「あっ・・・はい・・一時間ほど前に戻られました」
  ブラックジャック 「寝室・・だな」
230 種田 「あぁ・・お待ちください先生、お待ちを!」
  種田がブラックジャックの前に回りこみ跪(ひざまづ)いて懇願する。
  種田 「耕一郎様はもう、お休みになられました」
  ブラックジャック 「診察だ!寝ていても構わない」
  種田 「先生・・・!」
  階段を降り、寝室へと急ぐ。部屋の戸の中ほどの覗き窓を開けると、部屋の中央に行灯(あんどん)の光にぼうっと映し出された柳子の姿があった。
  種田 「先生・・」
  ブラックジャック 「錠を外せ・・」
  ブラックジャックM 『予感はあった。この女がひょっとして都築耕一郎かもしれないと。なによりも瓜二つの人面瘡がこの女の手にもあったからだ。・・・しかし、こんな事が信じられるはずが無い』
  ブラックジャック
「この女が耕一郎だというのか!」
240 摩知子 「いずれ先生にはお話するつもりでした」
  柳子 「ふふふ・・あたしは柳子・・あたしが耕一郎だって?・・誰が!あんな意気地無しとは一緒にして欲しくない。あいつは自分じゃ何にも出来やしないんだ・・・ふ・ははははははははは・・・」
  体中に浮き出た人面瘡が不気味に蠢き、柳子の顔がいびつに歪む。柳子は苦しみもがき、毛布の中へ潜り込んだ。するといつしか声が浩一郎のものへと変化していた。

夜の道、高杉が傘をさして歩いていると階段下の影にいるホームレスのあの娘を見つけた。

  高杉 「なんだ、マリコじゃねえか」
  少女は慌てて逃げ出した。その後から高杉が呼び止めた。
  高杉 「ヤバッじゃねえ!ちょっと待て!」

「どうせ文無しの腹っペらしだろ。飯食わしてやる。来い」

  深夜営業中のファミリーレストラン。マリコと呼ばれたホームレスがガツガツと料理をがっついている。
  高杉 「薬やめて、うろつきやめて、家へ帰るって条件で少年院勘弁してやったんだぞぉ・・それが何だ、また舞い戻ってきやがってぇ・・」

「ところでな、マリ・・今情報集めてる」

  マリコに柳子の写真を見せる高杉。マリコの眉がピクリと動いた。
  高杉 「知ってるのかぁ?」
250 都築邸では、ブラックジャックが耕一郎に後退催眠をかけていた。
  ブラックジャック 「気を楽に。半分眠ってしまうほどでも構いません」
  耕一郎 「はい」
  ブラックジャックの持つ振り子が耕一郎の前を左へ右へゆっくりと等間隔のリズムを刻みながら振れている。
  ブラックジャック 「できるだけ素直な気持ちで。静かに答えてください」

「では最初の質問です。あなたは昨日丸一日、どこで何をしていたのですか?」

  耕一郎 「・・・眠って・・いたのだと・・思います」
  ブラックジャック 「どこで?」
  耕一郎 「多分・・私の家の・・私の寝室で・・」
  ブラックジャック 「夢を見ていたとか、寝苦しかったとかはありませんか?」
  耕一郎 「・・何も・・何も無かった・・・何も記憶に無いのです・・ただどうしようもない不安と疲れが残っているだけで・・」
260 ブラックジャック 「では、次の質問です」

「柳子・・という女の人を知っていますか?」

  耕一郎 「あぁ・・・・」
  ブラックジャック 「柳子です。苗字はわかっていません」
  耕一郎 「はぁ・・・・あぁ・・思い出しました・・・美しい人だ・・私の友達です・・」
  ブラックジャック 「友達・・・」
  耕一郎 「ええ・・・私が一人でいる時・・話し掛けてくれるのです・・私の後ろから・・決して姿は見せないんですが・・励ましてくれたり・・私の背中を優しく抱いてくれたり・・」
  ブラックジャック 「姿を見ていないのに、美しい人だと判るのですか?」
  耕一郎 「判りますとも・・あぁ・・あんなに美しくて清らかな人は他にはいない・・・」
  ブラックジャック 「柳子さんの他に、お友達はいますか?」

「・・・お友達です・・・」

  耕一郎(若い声) 「もちろんいるよぅ、居るに決まってるじゃんかぁ・・フハハハハハハハハ・・・・」
270 ブラックジャック 「名前は!名前を教えてください・・」
  耕一郎(若い声) 「ハハハハハハハ・・・・・やぁだよ。やぁ〜だ。ヒハハハハハハハ・・・・」
  耕一郎 「・・・っせ・・先生・・!私・・今何を?ここで・・」
  ブラックジャック 「大丈夫。少し眠っていただけです」
  ブラックジャックM
『都築耕一郎35歳、明らかに乖離性同一性障害(かいりせいどういつしょうがい)の特徴を示していた。つまり多重人格性障害のことである』

『多重人格性障害とは一人の人間の中に複数の人格があり、それぞれの人格になりきって行動し、生活してしまう事である。多くの場合その基本となる人格は、自分が他の人格に変化した事に気づいていない』

『あるいは、その間の記憶を喪失してしまっている。その障害を引き起こす病理学的原因については現在でも世界各国の研究と追求が行なわれている。多重人格性障害・・いづれにしろ高度にストレス化した現代社会が産み出したとされる、ごくごく新しい症病である』

『私には専門外の分野ではあるが、それが人を内面から浸食し崩壊させる、忌むべき精神障害だと認識をしている。・・そして彼の場合、人面瘡が精神障害とどう結びつき、何を影響しあっているのか・・果たして救えるのか・・その困難さに初めて自信がぐらついた・・

『人面瘡は腹部に定着しているものではなかった。それは、移動するものであり、同時に何ヶ所にも発症するものであった・・そして驚くべきは、男である患者を全く違う女性の姿に変えてしまった。表情も肌の色も、声までも全然違う女性にだ・・身長さえも耕一郎のそれとは違っていた』

『あのような変容は急激なホルモンの分泌が行なわれない限りあり得ない。GH、TSH、ACTHなど、人面瘡が視床下部にその作用を強烈にうながしている・・ということだ。多くの場合、人格性障害に深く関わっているのはトラウマだとされている』

『トラウマ・・・つまり子供の時に受けた心的外傷の事だ』

  都築邸の門の外で高杉が怒鳴っている。
  高杉 「無免許医が居るのはわかっているんだ!令状を取ってガサ入れしたっていいんだぞ!」

「・・・あ、そだそだ・・種田出せ!執事の種田だよ!」

  警備室でテレビインターホンの映像を眺めている。そこへ種田が現れる。
  種田 「只今、門を開けます」
  応接室に種田、ブラックジャック、ピノコがやってくる。既に通された高杉がソファに座って待っていた。
280 高杉 「黄色い傘の女の足取りを洗ってる。・・・・会ったよなぁ新宿でぇ・・」

「マリコってホームレスが証言したィ。しゅうせい(秀才)でよぉ、執事さんの車のナンバー覚えてたもんでな、ここが判った。ィやぁ、ビックリしたぜ、都築グループの本家で先生がお仕事だ。飛び切りの上客でさぞかし大儲けなんだろうなぁ・・」

  ピノコ
「とーぜんでぃーす・・べ〜〜〜」
  高杉 「で、あんたは黄色い傘の女を追ってマリコのダンボールハウスを出た。その後の事、詳しく話してもらおうか」
  ブラックジャック 「すぐに見失った・・・それだけだ」
  高杉 「おいおい、保安課に無免許医療の現場ここですって、連絡入れてもいいんだぜ?」
  ブラックジャックは黙って高杉を睨み返した。
  高杉 「・・へへへ・・・へ・・へ・・・・あぁ・・・無駄足だったか・・やれやれ・やれやれぇ・・」
  種田 「ごくろう・・・さまでした」
  高杉 「またな、また飲もう!」
  高杉は種田に言い残し、屋敷を出て行った。
290 種田 「かしこまりました」
  摩知子 「警察が来たと聞きました」
  種田 「はい」
  摩知子 「どこまでわかっているのでしょうね・・」
  種田 「あ・・・ぁ・・は・・ぁ・・・・」
  摩知子 「いずれにしろ、いざという時の覚悟をしておいたほうが良いようですね」
  種田 「奥様・・・どうぞご安心を。その時はこの種田が必ず耕一郎様をお守りいたします」
  ブラックジャック 「夜明けと同時に腫瘍の除去手術を行なう・・それで患者の乖離性同一性障害を完治させられるかどうかは判らない・・・だが今、私が成すべき処置はそれ以外に無い・・オペが患者の心的障害を解く、何かの糸口になることを願うまでだ」
  種田
「ブラックジャック先生!」
  摩知子 「よろしくお願いいたします」
300 ブラックジャック 「では話してもらおうか。患者について知っている事を・・全て」

「患者を助けたい者としての義務だ」

  警視庁捜査本部会議室。
  《せりふ:本部長》
「諸君!捜査はいよいよ大詰を迎える事になった」
  ざわめく刑事たち。遅れて部屋に入ってきた高杉が隣の刑事に小声で訊いた。
  高杉 「どうしたぁ?ホシが自首でもしてきたんかぁ?」
  《せりふ:刑事》
「出たんですよ。もう一つ指紋が」
  高杉 「指紋・?」
  《せりふ:刑事》
「黄色い傘の少年と女・・その二人の指紋に合致するもう一つの指紋が出たんです」
  高杉 「ふん〜〜〜・・」
  部屋が暗くなる。正面のプロジェクター画面に3つの指紋が映し出された。
310 《せりふ:本部長》
「この新たに見つかった指紋は、前回の二つと同様、大きさが違うために照合にかなりの時間がかかった」
  《せりふ:刑事A》
「今度は男の指紋・・というわけですか?」
  《せりふ:本部長》
「そのとおりだ。都築耕一郎35歳、前回の総選挙で保守系候補に多額の選挙資金を渡し、有罪判決。ただし、執行猶予と罰金で実刑はまぬがれている。この指紋は、その時、当局にファイルされた」
  高杉 「なんだとぉ・・・」
  《せりふ:本部長》
「諸君も知ってのとおり、被疑者は都築グループの総帥。経済界、財政界にもかなりの影響力を持つ人物だ、今、上が法務大臣と検察を交えて検討に入っている。令状が出るまでは慎重に行動してくれ」
  《せりふ:刑事B》
「奴が女装してたってわけですか?」

《せりふ:刑事C》
「大人がどうやって子供に化けるんすかぁ?」

《せりふ:刑事D》
「大きさの違う指紋に証拠能力はあるんですか?」

  本部会議場を黙って立ち去る高杉を刑事が見とがめて呼び止めた。
  《せりふ:刑事》
「高杉さん!また、誕生日ですか?」
  高杉 「うるせえんだよ・・・」
  都築邸、診療室。ピノコの持つ携帯が鳴った。
320 高杉 「一言だけ言っておく」
  ブラックジャック 「何だ?」
  高杉 「明日の朝までには逃げろ。その屋敷に捜査が入る」
  ブラックジャック 「・・えぇ・・・・」
  高杉 「・・・ふっ・・つくねの礼だ」
  ブラックジャックM 『5時13分、夜明けを迎えても雨は降り続き、夜の残した暗さがまだ、続いていた』
  ブラックジャック 「笑気と酸素、確認」
  ピノコ 「はい、OKです」
  ブラックジャック 「バイタルはどうだ?」
  種田 「異常ありません」
330 ブラックジャック 「よし、執刀を開始する」
  ブラックジャックのメスが一閃する。腹部に出来上がった人面瘡にメスが入り、赤い線を引いて血がにじみ出た。
  種田M、 『耕一郎様のお小さいころの事はそれは悲しく、そしてお寂しいものでした』

『都築家は由緒あるお家柄、そして耕一郎様は産まれた時から家を継ぐと定められた身の上。ナイーブで優しく、どちらかといえば内気な方でしたが、8代目になるべくご教育が始められたのは、わずか3歳の時・・・』

『3歳から12歳までの9年間、その厳しいご教育は軽井沢の別邸で行なわれました。家庭教師は少ない時でも10人以上、何をするにもスケジュールが組まれ、お父上の徹底した管理を受けられたのでございます』

『でも・・それでも耕一郎様が耐えて頑張っておられたのは雪子様が居られたから。耕一郎様のお母上です。透けるような美しさと優しさ、声は静やかに降る雪のように澄んでございました』

『いつも黄色い日傘をお持ちになって・・・ですから・・・ですからもし雪子様にあのような事が無ければ・・』

『なんとも理不尽な事で・・7代目御当主が愛人を正妻に迎えんがために、雪子様を強引に離縁・・・人の心は危ういものです。ご実家に御帰りになられた雪子様は、あまりの悲しみに精神を病まれ一月と経たぬうちにご自分の命を絶たれたのです』

 
ブラックジャックのメスが切った箇所から大量の血が噴き上がった。
  ブラックジャック 「止血カンシ、吸引!」
  ピノコ 「はいィ!はいィ!はいはいはいはい・・」
  種田M 『全ては・・その悲しい出来事が始まりだったのです・・耕一郎様は益々、無口になり、時々妙な独り言を・・『変な車がきてママを食べてしまったよ。あいつのお腹を裂いたらママ出てくるのかな・・』と』

『私が初めてあれを見たのも丁度そのころの事でございます・・・』

  ブラックジャック 「これから腫瘍の内容物を除去する。バイタルの変化を見逃すな」
  種田 「はい、逐次報告します」
  ブラックジャック 「カルニゲン」
340 ピノコ 「はい。カルニゲン」

「カルニゲン、カルニゲン、カルニゲン・・・」

 
突然腫瘍がメスを避けるように中央に寄り集まり、ズブズブと潜っていった・・とみるや大きく膨れ上がって破裂し、再び大量の血をあたりに撒き散らした。
  種田M 『耕一郎様が高校を卒業なさる頃でしょうか・・』
  耕一郎M 『母が死んだのは父の裏切りだった・・』
  《せりふ:人面瘡》
『殺してしまえ・・』
  耕一郎M 『裏切りは許せない・・』
  《せりふ:人面瘡》
『殺してしまえばいい・・』
  耕一郎M 『愛を裏切る事は・・最悪だ・・・』
  《せりふ:人面瘡》
『俺が呼んでやろう・・柳子を・・・』
  耕一郎M 『柳子・・・』
350 《せりふ:人面瘡》
『そうだ、お前の憎しみが作り出したお前の友達さ」
  人面瘡が耕一郎の顔を這いずり回る。やがて耕一郎の顔は美しい女の顔へと変貌していた。
  柳子M 『なあに耕一郎?何をどうしたいって?』
  ブラックジャックM 『では、高校生の頃から男を誘っては殺していたというのか?』
  種田M、 『いえ、その頃は脅したり暴行を加える程度・・エスカレートし始めたのは本当に最近の事で・・』
  摩知子M 『あの人は優しい人・・病気がそうさせてるんです』
  ブラックジャックM 『判ってますよ、奥さん・・・だから・・これからオペをするんです』
  腫瘍から噴き出した血を拭き取る。
  ブラックジャック 「腫瘍が綺麗に消えている・・」
  ピノコ 「えぇ〜そえって大成功ですよぉ」
360 ブラックジャック 「表皮の縫合を始める。カクバリと糸3号」
  腹の表皮の縫合が進む。と・・突然、人面瘡が耕一郎の全身に浮きだし、その顔は、不気味に膨らんでいた。
  《せりふ:ジュン》
「ふふふふ・・あははははは・・あはははは」
  都築邸に次々とパトカーが到着し刑事たちが降りてくる。その中に高杉の姿もあった。
  《せりふ:ジュン》
「変な車が来て耕ちゃんのママを食べたんだ・・。僕はあいつのお腹を裂いて耕ちゃんのママを助けなけりゃ」
  ピノコ 「あ・・・あんたは一体、誰なんらぁ!」
  《せりふ:ジュン》
「僕はジュン。耕ちゃんのずっと前からの友達だよ」
  手術室の電話が鳴った。警察が捜査令状を持って家宅捜索に乗り出したのだった。
  種田 「何!逮捕令状と家宅捜査令状・・!」
  ジュンと名乗った人格が手術室を逃げ出した。種田が呼びかけるがもはや耳に入っていない。屋敷の中を警官隊が歩いてくる。種田が押しとどめようとするが公務執行妨害で取り押さえられてしまった。ジュンは床の間に飾ってある刀を鷲掴みにすると警官隊の前に走り出た。
370 《せりふ:刑事》
「凶器を捨てろ!捨てんと発砲するぞ!」
  刑事が拳銃を構える。ジュンはずんずんと進んでいく。
  《せりふ:人面瘡》
「どうだい?もうそろそろ終わりにしようぜ」
  柳子 「私は嫌よ。もっとたくさん許せない男を殺してやる」
  《せりふ:ジュン》
「僕はまだ耕ちゃんのママを見つけてない」
  《せりふ:人面瘡》
「耕一郎、お前はどうなんだぁ?」
  耕一郎 「私は疲れた。もういい・・」
  《せりふ:人面瘡》
「じゃあ、終わりだぁ!」
  刑事の前に刀を振り上げて襲い掛かる。拳銃が火をふいた。
  《せりふ:人面瘡》
「ぐっ・・・ぐ・・あああ・・・ああ・・・」
380 耕一郎はそのまま池に落下した。再び浮かんできた時、耕一郎の血で池の水が波紋を描きながら赤く染まっていく。
  摩知子 「あ・・あなた・・・あなたぁ!」
  ブラックジャック 「どいてくれぇ!」
  ピノコ 「どけどけどけぇ」
  走ってきたブラックジャックとピノコが池に飛び込んだ。
  ブラックジャックM 『自ら銃口の前に飛びこむようにして被弾。銃弾は右心房から右肺尖部(みぎはいせんぶ)にかけて貫通』
  ブラックジャックが耕一郎を抱きかかえて池から上がってくる。
  耕一郎 「先生・・・ブラックジャック先生・・・私は・・私は一体何者だったんでしょうか・・・?」
  ブラックジャック 「君は間違いなく都築耕一郎だ・・今までも、そしてこれからも・・」
389 ブラックジャックM 『直ちに緊急措置を行なうも午前8時18分、都築耕一郎の心臓は停止した。そして、それは柳子とジュンも永遠にこの世から姿を消した事を意味していた』

『今度の事で今さらながら思い知った。いかに賢明なメス捌きをもってしても人の心の奥までは切れないという事を。もしこの世にそこまで切れるメスがあるのならば、私は多分、慌てて何本かオーダーする事になるだろう』

  ED 「HOPE〜負けない、泣かない、くじけないこと」
唄:工藤栄子

劇 終

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