ベルサイユのばら

革命への道 編 A

33話 たそがれに弔鐘は鳴る
34話 今”テニス・コートの誓い”
35話 オスカル、今、巣離れの時
36話 合言葉は”サヨナラ”


オスカル アンドレ
マリー・アントワネット フェルゼン
OP挿入曲 薔薇は美しく散る
001 雨はなおも降り続いている。会議場へ到着した近衛隊は平民議員と対峙した。ジェローデルは馬上高く剣を抜くと告げた。
  ジェローデル 「私は近衛連隊長、ジエローデル大佐。会議場に立て篭る国民議会派議員諸君に告ぐ。もし、このまま議場の占拠を続けるのならば、諸君は国王陛下の命令に背いた謀反人と見なされ、我々、近衛連隊は諸君に対し武力をもって挑まねばならない」
  ジェローデルの脅しにロベスピエールたちは一歩も退こうとはしない。

近衛兵たちは馬から降りると、銃を構えた。ロベスピエールたちの後ろから声があがった。
  N【ラ・ファイエット候】 【せりふ】
「待てい!待て待て近衛連隊長!貴族出身の者は、私に続け!」
  ジェローデル 「ラ・フアイエット候・・」
  ラ・ファイエット候の呼びかけに応じて数十名の貴族議員たちが平民議員たちの前に飛び出した。彼らは剣を抜いて構えた。
  N【ラ・ファイエット候】 【せりふ】
「我々は貴族だが平民議員諸君と共に国民議会への参加の志しを持つ者だ.平民議員諸君には指一本触れさせんぞ!」
  ジェローデル 「どいて下さい、ラ・フアイエット候、事と次第によっては我々は発砲してもよいことになっているんです」
  その言葉に議員たちが怯んだのを確認すると、ジェローデルは剣を頭上高く掲げた。

銃を構えた歩兵が貴族議員へと迫る。その時だった。風を切り裂いて二騎の騎馬が近衛兵と議員たちの間に割って入った。
010 オスカル 「避けい!避け避け!」
  ジェローデル 「隊長・・」
  オスカルは議員たちを守るように近衛兵の前に立ちはだかった。
  オスカル 「ジェローデル、私の剣を受ける勇気があるか。近衛隊の諸君、私の胸をその銃で貫く勇気があるか」
  ジェローデルも近衛兵もかつての美しい上官を前にして動くことができなかった。
  オスカル 「さあ、撃て!武器も持たない平民議員にその銃口を向けるというなら、まず私の屍を越えてから行くがよい」
  オスカルはジェローデルの目を真っ直ぐに見つめた。彼女の強い意志と固い決意を宿した青い瞳、彼が長い間、憧れて止まない青い瞳。ジェローデルは静かに剣を鞘へと納めた。
  ジェローデル 「マドモワゼル、どうか剣をお収め下さい。前の我々の隊長であったあなたを、私たちがどうして撃つ事ができましょう。あなたの前で武器を持たない者に銃を向けるような卑怯者にどうしてなれましょうか。彼らが武器を取るその日まで、私たちは待ちましょう」
  ジェローデルはオスカルにだけ聞こえる言葉でささやいた。
  ジェローデル 「君がため、たとえ我身、謀反人になるとても」
020 ジェローデルの瞳がオスカルに語りかける。愛していると、誰よりも愛しているとオスカルに語りかける。彼女は彼の想いに応えるすべを知らなかった。
  オスカル 「ジェローデル・・・」
  ジェローデル 「全員、後退!」
  隊列は雨煙の中へと消えた。

ベルサイユ宮、国王を囲んでオスカルの処遇について会議が開かれている。廷臣たちはジェルジェ将軍を責め立てた。
  N【廷臣】 【せりふ】
「伯爵、ジャルジェ伯爵。有ろうことか貴公の息子のいや娘か、オスカル准将は公然と陛下の命令を無視したのですぞ」
「これは許し難い謀反だ。ジャルジェ家から貴族の資格を取り上げ、オスカル准将は国外追放が当然である」

「さあ、ジャルジェ伯、この始末をどうつけなさるおつもりです。国王陛下、どうか即刻ご処分のご決断を!」

  オスカルに厚い信頼をよせているルイは彼女の処分に簡単に同意することはできない。かといって、廷臣の意見ももっともである。ルイは内心頭を抱えた。

その時 ジャルジェ将軍は立ち上がると、拳を握りしめて言った。

ジャルジェ将軍 「怖れながら国王陛下、このジャルジェ、ご処分の沙汰を待つまでもありません。謀反人は、この手で処分いたします」
  ジャルジェ邸、夜、雨はあがっている。暖炉の前の椅子に腰掛けて、アンドレと話をしていたオスカルを乳母が呼びに来た。
オスカルは父の部屋へと向かった。
  オスカル 「入ります、父上」
  将軍は手にした剣を握りしめた。
030 ジャルジェ将軍 「ここへ座れ、オスカル・・」
「覚悟はよいな、オスカル」
  オスカル 「何の覚悟でございますか?」
  ジャルジェ将軍 「国王陛下から頂いた階級章と勲章を外せ!」
  オスカル 「もう一度お聞きします。何の覚悟でございますか」
  ジャルジェ将軍 「この期に及び、父の前でも開き直るか・・・」
「言い残す事が有るのなら聞こう。いかに謀反人とはいえ私の娘だからな」
  将軍は剣を抜くと言った。

水晶ガラスのシャンデリアの光を跳ね返す、冷たい白刃を見てもオスカルは落ち着いていた。我ながら不思議なくらいだった。今夜、この部屋で自分は死ぬのかもしれないと、オスカルは思った。彼女は階下にいるアンドレの顔を思い出した。そして、彼に何も言っていないことに気づいた。
  オスカル 「今、私の部下が12人、アベイ牢獄に捕らえられやがて銃殺になろうとしています。もし私をお切りになることで、その12人が助かるのなら、喜んで父上にこの命を投げ出します。しかしながら、そうはいきますまい。ならば、私は今ここで死ぬわけにはまいりません」
  暖炉の炎を眺めていたアンドレは、胸騒ぎがして階段の手すりに手をかけると、将軍の部屋を見上げた。
  ジャルジェ将軍 「諦めろ、オスカル。如何なる事があろうと、最後まで陛下に忠誠を尽くすのがジャルジェ家の伝統。謀反人を出したとあってはもはやこれまで。安心しろ、おまえを神のもとへ送り届け、すぐに私も行く」
  オスカル 「ならば、なおさらのこと、私はご成敗を受けるわけにはまいりません」
040 ジャルジェ将軍 「優しいことを言う。だがもはや、これまでだ」
  将軍の目には涙が滲んでいる。彼はオスカルめがけて剣を振り上げた。オスカルは身じろぎひとつしない。父の剣を受ける覚悟はできていた。
  アンドレ 「お待ちください!」
  扉が放たれると、アンドレが飛び込んできた。彼は将軍の腕を両手で掴む。雷鳴が轟き再び雨が降り始めた。
将軍とアンドレは激しくもみ合った。
  ジャルジェ将軍 「ええい、放せ!放さんか、アンドレ!」
  アンドレ 「放しません。オスカル様をお切りになるというならば、この手、永遠に放しません」
  ジャルジェ将軍 「ええい!そこを退け!」
  アンドレ 「どうしてもとおっしゃるのなら、あなたを撃ち、オスカルを連れて逃げます」
  アンドレはピストルを将軍へ向けた。

オスカルは目を見開いて、アンドレと父親を見つめている。アンドレの自分を思う真摯な気持ちに打たれて、オスカルはその場から動けずにいた。
  ジャルジェ将軍 「なに、オスカルを連れてだと?」
050 アンドレ 「はい」
  ジャルジェ将軍 「それがおまえの気持ちか・・」
  アンドレ 「はい」
  踏み切るようなアンドレの眼差しに将軍は一瞬、息をのんだ。
  ジャルジェ将軍 「馬鹿めが、貴族と平民の身分の違いが越えられるとでも思っておるのか」
  アンドレ 「おたずねします。身分とは平民とは、人はみな平等です」
  ジャルジェ将軍 「貴族の結婚には国王陛下の許可がいるのだ!」
  アンドレ 「知っております。ただ、人を愛するのにたとえ国王陛下でも、他人の許可がいるのでしょうか」
  ジャルジェ将軍 「アンドレ・・貴様!」
  将軍はアンドレを殴りつけた。扉の外で一部始終を見ていた乳母は、手にした燭台を床へ置くと廊下にしゃがみ込んですすり泣いている。
060 ジャルジェ将軍 「二人とも許せん」
  将軍の形相が変わっていた。彼は怒りのあまり全身を震わせている。

アンドレは将軍の前でひざまづくと、ピストルを床に置いた。

  アンドレ 「では、まず私からお切り下さい。一瞬とはいえ私が後では、愛する人の死を見ることになる。それはあまりに悲しい」
  オスカル 「アンドレ・・」
  ジャルジェ将軍 「よし、では望み通りにしてやろう」
  将軍が剣を振り上げる。将軍を見上げるアンドレの暗い隻眼に雷の閃光が映る。

雨の中、使者がジャルジェ邸に到着する。閉ざされた門の前で、使者は大きな声で告げた。
  N【使者】 【せりふ】
「ご開門!ジャルジェ伯爵どの、ご開門!急使である、ベルサイユよりの急使である!門を開けられよ!」

「王后陛下のお言葉によりオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ准将及びジャルジェ家に対しては一切おとがめ無し。なお、一層の王家に対する忠誠を期待致しますとの事である」
  オスカル 「アントワネット様が・・」
  ジャルジェ将軍 「聞いたかオスカル、王后陛下のご温情を。命拾いしおって・・馬鹿者めが・・」
  使者を見送ると将軍はオスカルに言った。

父親の眼差しの奥に秘められた愛情の深さがオスカルを責める。彼女は痛みに頬を歪めた。
私はもう、父が望んだような軍人になることはできない。信念を曲げて命令に服従することはできない。
自分はこれから幾たび父を裏切ることになるのだろうかと、オスカルは思った。
卵の殻はとうに割られ、雛鳥の時間が終わる音を彼女は聞いた。

アべイ牢獄、捕らわれた12名の兵士たちは、仲間が一緒だという心強さもあり、軽口を交わしている。
070 N【兵士達】 【せりふ】
「俺たちは一体どうなるんだい?」
「馬鹿、決ってるよ。ブイエ将軍の言う通り反逆罪で銃殺よ。なあ、アラン?」
  アラン 「だろうなあ。だがよ、俺たちにはれっきとした軍籍があるから、裁判らしいものは受けさせてもらえるはずだ。銃殺になろうがなるまいが、その時俺は言いたいことを全部言うつもりだぜ」
  予告もなしに牢屋の扉が開くと、看守が紙に書いたものを読み上げた。
  N【看守】 【せりふ】
「よく聞け。おまえたちの刑が決った。全員、五日後の七月一日午前八時、ルイ15世広場にて銃殺。以上」
  アラン 「ええ?何だって?」

「ちょっと待て看守。軍事法廷はいったいどうなったんだ?俺たちはまだ裁判を受けてねえぜ」
  N【看守】 【せりふ】
「軍事法廷はな、開かれたそうだよ、ちゃんとな」
  アラン 「そんな馬鹿な・・俺たちは呼ばれてねえ!」
「くそ・・欠席裁判で、片付けられちまった。諦めだ、みんな。すばっと潔く諦めようぜ。」
  パリ、身をやつしたオスカルがセーヌ川の河畔を歩いている。彼女はベルナールと落ち合うと、安酒場に落ち着いた。
  オスカル 「アンドレから君の居場所を聞いたんだ。どうか私の頼みを聞いて欲しい、ベルナール」
  ベルナール 「よし、俺にできることなら。ただし、王室や貴族の私利私欲の片棒を担ぐのだけは勘弁してもらおう」
080 オスカル 「私の12名の部下のためだ。みんな平民の出身だ」
  ベルナール 「わかった、説明してくれ。君には借りがある」

「何だと?アベイ牢獄を包囲しろだと?」
  オスカル 「うん、君なら市民を動員できるはずだ。千人、いや三千人ぐらいは是非集めてほしい」
  ベルナール 「それは、できない事もないが、しかし、そんな事で君の部下が救えるのか?」
  オスカル 「私はパリ市街の治安に責任を持つ衛兵隊の隊長だ。パリの治安が危険だと判断すれば、12名の釈放を国王に要請できる」
ベルナール 「なるほど、いい考えだ。あんたほどの知恵者が我々平民の側にも欲しい」
  オスカル 「やってくれるか?」
  ベルナール 「ひとつ問題がある。もし、そのまま暴動になったらどうする?」
  オスカル 「君たちの仲間や市民からは、怪我人も死者も一人もださぬと約束しよう。もし、約束を違えたら、私は衛兵隊を辞め、君たちの使い走りにでも何でもなるだろう」
  ベルナール 「わかった、やってみよう。俺の演説一つで何人集まるか見ていくれ」
090 オスカル 「よろしく頼む」
  教会、ベルナールはロベスピエールにオスカルの計画をうち明けた。
  ベルナール 「これは、やってみる価値があると思いますが。如何がですか、ロベスピエール先生」
  ロベスピエール 「欠席裁判で葬り去られようとしている12名の兵士を救えか・・やるべきだな。成功すれば、他の兵士たちの心も我々に向ける事ができる。いつか我々は軍と戦わねばならぬ時が来る。その時兵士たちの心に我々があれば・・・」
  N【サン・ジュスト】 【せりふ】
「いつかではありませんね。集めた民衆をそのままベルサイユ宮に向かわせたらどうですか」
  ロベスピエール 「いい加減にしたまえ、サン・ジュスト君。君はどうしてそういつも過激な方法を選ほうとするんだ」
  N【サン・ジュスト】 【せりふ】
「過激?私が?ははははは」
  ロベスピエール 「国民議会しかり、12名の救出しかり、ジユー・ド・ポームしかり。大きな力を持とうとすればそれなりの準備と忍耐がいるんだ。どうにも私には君がただ血に飢えたテロリストにしか見えん
  サン・ジュストは美しい顔に冷笑を浮かべると端正な顔が醜く歪んだ。
  N【サン・ジュスト】 【せりふ】
「やだなあ、先生。私はただ、一つの提案をしただけですよ。お気に召さぬのなら引っ込めます」
100 ロベスピエール 「やりたまえ、ベルナール君。成功を祈る」
ベルナール 「は!」
  衛兵隊練兵場、整列した兵にオスカルが指示を下している。
  オスカル 「我々はこれからパリ市内特別警備に向かう。実は情報により本日パレ・ロワイヤル広場で集会があることがわかった。我々の任務はその集会を遠まきにし警備することにある。そこで、これだけは守ってもらいたい。どんなことがあっても、市民に発砲しないこと。たとえ、市民たちの挑発があっても、決して乗らないこと」

「全員騎乗、出発!」

  衛兵隊はパリへ向けて出発した。

パレ・ロワイヤル広場ではベルナールの演説が始まっていた。
  ベルナール 「私は、ベルナール・シャトレです。このロワイヤル広場に集まった皆さんに私は是非訴えたい事がある。皆さん、皆さんが今目の敵にしている軍隊にも皆さんの息子、そう我々と同じ平民の息子たちがいるのをご存じでしょう。その息子たち12名が今ちゃんとした裁判も受ける事もなしに銃殺されようとしているのです」

「皆さん、新しい時代への桟になろうとするパリ市民の皆さん。たとえ彼らが古き体制の軍籍に身をおく者であれ、安い給料で弾避けに使われる同情すべき我等の同抱であると認識をして頂きたい」

  白馬に跨り警備の指揮を取っているオスカルの姿は、群衆の中にあって人目をひかずにはおかない。
聴衆に紛れ込んだサン・ジュストは配下にオスカルを示した。
  N【サン・ジュスト】 【せりふ】
「あいつだ。あれが警備隊長だ。」

「あいつを殺そう。あいつを殺せば、連中は市民に集会の禁止を命じるはずだ。そうすれば市民は怒り狂って暴動を起す。あとはその暴動をベルサイユに向けて動かせばよい」
  サン・ジュストは仮面をつけた。

ベルナールの演説は佳境へとさしかかった。

  ベルナール 「同志諸君、我々はこれから12名の釈放を求めてアベイ牢獄へ行こうではないか!」
110 ベルナールの呼びかけに聴衆は口々に意見を述べている。

議論に夢中になっている人々の間をぬってサン・ジュストがオスカルに忍び寄った。短剣をオスカルに突き立てようとしたその瞬間、気配に振り返ったオスカルは、サン・ジュストの腕を掴んだ。

聴衆は熱狂し、ベルナールを先頭にアベイ牢獄へと向かった。
もみ合うオスカルは馬から落ちた。サン・ジュストがオスカルに短剣を突き立てようとするが、誰も二人の争いに気がつかなかった。
アンドレもオスカルを見失った。

  アンドレ 「オスカル!オスカルはどこだ!」
  下水道へと逃げたサン・ジュストをオスカルは追いつめる。オスカルは男の仮面に見覚えがあった。
  オスカル 「アルデロス公を襲った時のテロリストのリーダーだな」
  オスカルは剣を抜くと、サン・ジュストと切り結んだ。オスカルの剣がサン・ジュストの仮面を割った。オスカルは男の顔を見極めようとするが、サン・ジュストは露わになった顔を掌で隠すと、逃げ去った。オスカルは追うことができなかった。

オスカルは剣を投げたが届かない。彼女は肩で荒い息をした。

アベイ牢獄に民衆が続々と集まりつつあった。

誰もいないパレ・ロワイヤル広場でアンドレはオスカルの姿を探していた。

  アンドレ 「オスカル!オスカル!」
  オスカルが路地から現れた。
  アンドレ 「オスカル」
オスカル 「アンドレ、どうだ?どんな様子だ?」
  アンドレ 「大成功だ。アベイを取り囲んだ市民は五千人を越えたぞ」
120 オスカル 「ようし、やったか」
  吉報にオスカルは顔を輝かせた。
  N【使者】 【セリフ】
「申し上げます、申し上げます。ただいま、衛兵隊中隊長より緊急連絡です。アベイをとり囲んだ市民はついに三万人を越え、なお続々と増えているそうです。これ以上は警備不能、暴動が起こるのは時間の問題とのことです」
  N【ブイエ将軍】 【せりふ】
「ううむ・・為りませぬぞ。12名を釈放などしたら、平民どもはますます付け上がる!」
  ブイエ将軍が強い口調で国王に進言する。ルイはどうしてよいのかわからない。アントワネットがつかつかと国王に歩み寄った。
  マリーアントワネット 「陛下、何をためらっておいでなのです」

「皆さんもどうして躊躇しているのですか。すぐに12名を釈放なさい。たった12名のために、あなた方はあの美しいパリを火の海にしてもよいと言うのですか」

  アントワネットの鶴の一声でアランたちの釈放が決定した。

晴れて自由の身となった衛兵隊員たちは牢獄を取り巻いた民衆の歓呼の声に迎えられた。その真ん中にオスカルとアンドレがいた。アランはオスカルの前で立ち止まった。夕陽を背に受けて彼女の全身が朱に染まっている。
  オスカル 「アラン、これはベルナールの力でもないし、ましてや私の力でもない。すべて民衆の力だ」
  アラン 「隊長さんよ。あんたもだいぶ世の中ってのが、わかりかけたようだな」
アランは不敵に笑った。

オスカルが部下を助けるために払った努力をアランはよく理解していた。アランが差し出した手をオスカルは握り返す。

1789年6月30日、パリ市民は12名の兵士を取り返した。民衆の民衆自身によるその勝利は、やがて湧き起こる大きなうねりの前のほんの小さなうねりであったにすぎなかった。

ネッケルとロベスピエールが膝をつめて話をしている。部屋には二人の他には誰にもいない。

130 N【ジャック・ネッケル】 【セリフ】
「私が大蔵大臣ジャック・ネッケルです」
  ロベスピエール 「よく存じあげております。前に一度大蔵大臣をお辞めになり再び返り咲かれた。私どもは以前あなたが罷免された時の事情を知っています。王宮の中にありながら王宮の赤字財政を世に公開なされた」
  N【ジャック・ネッケル】 【せりふ】
「財政を預かる者として当然のことをしたまでです」
  ロベスピエール 「そして今度は我々平民からだけではなく、僧侶・貴族階級からも税金を取り立てることを主張なさっている。それもとぴきり高い税率の」
  N【ジャック・ネッケル】 【せりふ】
「はははは、またくびになるかもしれませんな」
  ロベスピエール 「いいえ、今度は私どもがあなたをお守りします。王宮の中で持てる特権に見向きもせず、知性ある正義と平等の心をお持ちなのは、あなただけなのですから」
  N【ジャック・ネッケル】 【せりふ】
「これはまたずいぶんと私を買いかぶっておられる」
  ロベスピエール 「民衆はあなたに期待しております。あなたが王宮にあるかぎり、やがて国王は国民議会承認に踏み切ると」
  N【ジャック・ネッケル】 【せりふ】
「国王を説得せよと、それで私にこの秘密の会見を申し込まれたのか」
  ロベスピエール 「流血を避け、しかも国政を改革していくにはあなたのお力を借りる以外、道はありません」

「国民議会の承認さえ得られれば暴動は避けられるのです」
140 N【ジャック・ネッケル】 【せりふ】
「やってみましょう。この病んだ祖国を少しでも救えるのなら」
  ベルサイユ宮
  マリーアントワネット 「オスカル」

「最近は宮廷に出てくる貴族も減って、すっかり淋しくなりました。ルイ・ジョゼフのお葬式を出すお金も無くて、銀の食器や黄金の燭台を処分してしまったのですよ」

  王室の窮乏もオスカルになら打ち明けることができた。オスカルは幼い王子の死と、愛する我が子を失った母の悲しみに胸を詰まらせていた。
  マリーアントワネット 「衛兵隊もたいへんな忙しさでしょう。わざわざお礼になど、よろしかったのに」
  アスカル 「いいえ、重大な軍紀違反をしたからには降等処分も覚悟のうえでございました。しかし、王后陛下のご温情により処分なしと、感謝いたしております」
  マリーアントワネット 「あたりまえです。あたくしたちはお友達、もう20年も前から」
  友達という言葉をオスカルは苦い思いでかみ締めた。アントワネットはオスカルの行動のもつ意味を理解せず、わかろうとはしない。オスカルだからというそれだけが、彼女を処分しない理由の全てなのだった。
  マリーアントワネット 「こんな世の中です。お互い嫌な思いをしますね。でも、もうすぐこの騒ぎは収まります。今、フランス全土からパリとベルサイユを目指して王家の軍隊が続々と進軍してきています。南フランスから軽騎兵連隊、シヤラントンに駐屯していたロワイヤル・クラバート連隊、ビシーに同じく駐屯していたサリス・サマード連隊など。一堂に集まれば約10万は越えるでしょう。フランス国女王として私が命令しました。国民議会を解散させ民衆の暴動に備えるためです。ルイ王朝は不滅です。こんな事で揺らぎはしない」
  衝撃的なアントワネットの言葉が胸を突いた。オスカルは息をつめて聞いていた。

衛兵隊兵舎、アンドレがオスカルの執務室のドアを叩く。
150 アンドレ 「隊長、間もなくパリ巡回の時間です」
  オスカルは書類の整理をしていた。彼女はハンカチで口元を押さえ、咳き込みながら答えた。
  オスカル 「すぐ行く。連兵場前に集合しておくように」
  アンドレ 「オスカル」
  オスカル 「夏風邪をひいてしまったらしい。少し熱があるようだ。悪いが今夜の巡回はアランに指揮を取るように言ってくれ」
  アンドレ 「わかった、あとのことはまかせとけ」
  アンドレの足音が遠ざかるのを確認すると、オスカルは白いハンカチに目を落とした。鮮血が白い布に染みを作っていた。
  オスカル 「やはり、胸をやられていたのか」
  オスカルはアントワネットの言葉を思い返した。
  マリーアントワネット 『やがて衛兵隊にも出動命令がでるでしょう。止むを得ない場合、王家は暴徒たちとの戦闘も覚悟しております。オスカル、あなたを頼りにしています』
160 アントワネットの信頼に応えることのできない自分をオスカルは確信していた。まるで胸に鉛を流し込まれたようだった。アンドレの去った執務室でオスカルはたった一人で、運命に立ち向かう決意をするのだった。

7月に入り次々と王家の軍隊がパリに到着した。ロワイヤル・クラバート連隊はビクトワール広場を閉鎖。事実上広場における民衆の集会を禁止した。

集まった民衆を銃で威嚇する兵士たちにロベスピエールは言う。
  ロベスピエール 「私たちは事を構えようというのではない。フランスの未来のための正当な討議をしているのだ。君たちは我々と同じフランス人ではないのか!」
  一方ロワイヤル・アルマン連隊はパリからベルサイユヘ通じる道を完全に封鎖、ルイ16世の退位を要求するデモ隊と小競り合いを演じていた。サリス・サマード連隊は独自にパリを巡回、夜の外出と集会を厳しく取り締まろうとした。こうして1789年の状況は7月に入って一挙に険悪化した。町のそこここに銃を持った兵が立ち並び、市民を威圧した。そして、もう一つ重大な問題が起こった。10万を越す軍隊がパリに集まったことからパリ及びその周辺は人口増加による極端な食料不足に陥ったのである。憎悪と飢餓が人々の顔から完全に笑顔を奪い取った。
  ジャルジェ将軍 「オスカルが肖像画を?」

「どういう心境の変化だ。今まで何度もモデルになるのを断わっていたくせに」

オスカルは窓辺でポーズをとっている。画家は絵筆を動かしがら言った。
  N【絵師】 【せりふ】
「私は20年前、あなた様をお見掛けしています」
  オスカル 「20年前?」
  N【絵師】 【せりふ】
「はい、今の王后陛下がはじめてパリをご訪問なさった日に。あの時、まだ少女でいらしたアントワネット様のお美しさもさることながら、そのお側にいらしたあなた様の凛々しさ、初々しさ。黄金色の御髪が目映い日の光の如く輝いて、今でもこの老いた絵描きの目の底に焼きついております」
  小さな王太子妃の懐かしい笑顔がオスカルの胸によみがえる。20年前、世界は若さと輝きに満ち溢れていた。沿道を埋め尽くす国民の誰もが、フランスの明るい未来と王家の繁栄を信じて疑わなかった。
  オスカル 「覚えている。あの日の青い空は本当に美しかった」
170 オスカルは目を瞑ると、甘い痛みとともに過ぎ去った日に思いを馳せた。
  N【声】 【せりふ】
「ロベスビエール先生、ただいま入りました情報によりますと、オルレアン公とその一派がルイ16世の退位を要求、2000人のデモを組んでベルサイユヘと向かったそうです」
  ロベスピエール 「ルイ16世を退位させてその後はどうする?」
  N【声】 【せりふ】
「オルレアン公をその後に据えよと」
  ロベスピエール 「ふふ・・はははは、ついにオルレアン公も正体を見せたな。国民議会に参加し平民議員と手を組んだのもすべてその為というわけだ。馬鹿なことだ。そんな事を認めたら絃局またまた貴族支配の政治が続く」
  N【声】 【せりふ】
「先生、オルレアン一派を国民議会から除名しましょう」
  ロベスピエール 「待て待て、そっとしておけ。どうせ、誰も支持はしない。それに今は内輪もめは禁物だ。それより今重要なのは正式な国民議会の承認と軍隊のパリ退去だ。もう少し待とう。大蔵大臣ネッケル氏が我々のために何かをしてくれるはずだ。それを待とう」
  ベルサイユ宮、国王ルイ16世を囲んで御前会議が開かれている。
  N【ジャック・ネッケル】 【せりふ】
「何回でも申し上げましょう。もはや時の流れに逆らうことはできません。国民議会を弾圧するよりもこれを承認し、話し合う妥協策をお取り下さい。そして、この財政危機を乗り切るための改革を行わねばなりません」

「王政改革です。もはや王家だけによるフランス国の運営は不可能だということです。新しい政治力、そして勢力との協力に基づく議会政治なくして国家の繁栄は有りえません」

  N【廷臣】 【せりふ】
「新しい政治や勢力とは平民どものことであろうな。陛下に平民どもと肩を並べよと言うのか?」
180 N【ジャック・ネッケル】 【せりふ】
「その通りです。現にこうやって陛下の周りでお手伝いをしている我々に、今のこの危機を救える力がありますか。あるとお思いの方はご起立願いたい」
  起立する者はいない。ネッケルの説得に国王や挺身たちも従わざるをえないかに見えたのだが・・・

国王は王妃に相談した。アントワネットは強い口調でネッケルの提案を退けた。
  マリーアントワネット 「なりません陛下、なりません。王政改革など許せません。国王の承認を受けぬ一切の議決は無効とする、そういう声明をお出しになったではありませんか。いまさら国民議会など認めたら王室の権威はどうなるのです。国王の尊厳に傷がつきます。負けてはなりません。時の流れなど、王が作るものです」
  アントワネットの言葉に国王ルイ16世は頷く事しかできない。

ジャルジェ邸、椅子に腰掛けてオスカルが絵のモデルをしている。
  N【絵師】 【せりふ】
「お顔の色がさえませんな。今日はもうこれくらいに致しましょう。」
  オスカル 「いや、まだよい」
  N【絵師】 【せりふ】
「いえ、私の方も少々疲れが・・・」
  オスカル 「ん?そうか・・それなら」
  屋敷を辞した画家はオスカルの部屋の窓を振り返りながら呟いた。
  N【絵師】 【せりふ】
「そうとうお悪いようだ。完成は急がねばならんな」
190 オスカルは椅子に身を投げ出すようにして、荒く息をしている。白皙(はくせき)の額には汗が滲み、その表情は辛そうだ。

帰宅したアンドレがオスカルの部屋の扉を開ける。バルコニーに立つオスカルはアンドレに背を向けたまま言った。
  オスカル 「どうだ、アンドレ、パリの様子は」
  アンドレ 「自由が消えた」
  アンドレの答えにオスカルは黙って頷いた。吹く風がオスカルの金髪を乱す。アンドレはオスカルの背後に近寄った。
アンドレ 「オスカル」
  オスカル 「うん?」
  アンドレ 「何を隠している?」
  オスカル 「何も・・別に・・」
  アンドレ 「俺は片目だがおまえの事だけは何でも見える。いや、見つめていたい」
  オスカルは肩越しにアンドレの暗い隻眼を振り返った。
200 アンドレ 「言ってくれ」
  オスカルはアンドレの傍らに歩み寄った。打ち明けてしまおうか、誘惑が彼女に囁く。彼にすがることができれば、どれほど楽だろう。
  オスカル 「明日は私もパリヘ出る」
  そう言うと、アンドレをバルコニーに残したままオスカルは部屋を去った。
  N【サン・ジュスト】 【せりふ】
「何をためらっていらっしゃるのですか、先生。サン・ジュスト、やれとおっしゃって下されば、すぐにでもベルサイユヘと向かいます。ルイ16世とマリー・アントワネット。少々大仕事ですが、やってできないことはない。民衆のデモ?ネッケルの弁舌?先生、そんなものよりもっと効果がありますよ、ナイフと拳銃には」
  ロベスピエール 「問答無用だ、帰りたまえ」
  N【サン・ジュスト】 【せりふ】
「残念だな。また僕の意見を取り入れてもらえないとは」
  サン・ジュストはロベスピエールの前から立ち去った。
  ロベスピエール 「ベルナール君」
  ベルナール 「はい」
210 ロベスピエール 「サン・ジエストを見張ってくれ。彼の為に、今まで我々が営々と築き上げてきたものを台無しにはしたくない」
  パリ市内、デモをする民衆と武装する兵士たち。街は騒然としていた。ベルナールはサン・ジュストの後をつけた。サン・ジュストは路地の出口にオスカルの姿を見とめて足をとめる。オスカルはアンドレとアランを率いてパリを巡回中だった。
  アラン 「隊長、見回りといったって、もう俺たちの仕事はありませんや。クラバート連隊やアルマン連隊が勝手に街角に陣取ってますんでね。まあ、何となくぶらぶら散歩ってとこですな」
  オスカル 「どうなる?」
  アラン 「は?」
  オスカル 「このままいったらどうなる、パリは、人々は・・」
  アラン 「さあてと、行くとこまで行くしかないんじゃないですか。軍隊がパリの町から引き揚げない限り・・」
  オスカル 「暴動ということか」
  アラン 「革命と言ってほしいね」
  オスカル 「革命?」

「革命・・か・・」

220 自分を見つめる視線を感じてオスカルは後ろを振り返った。
  アンドレ 「どうした、オスカル?」
  オスカル 「誰かがこの中から我々の様子を伺っているような気が・・・」
  アラン 「調べてみますか」
  オスカル 「いや、気のせいだろう」
  オスカルたちが立ち去ると、サン・ジュストはにやりと笑った。ベルナールが路地の入り口に現れる。サン・ジュストは彼の死角へと身を隠した。

続けて巡回中のオスカルたちは武装した兵によって行く手を遮られた。
  N【兵士】 【せりふ】
「止まれ!」
「この先のバンドーム広場は閉鎖した」
  オスカル 「私たちは現在パリ市内を巡回中である。道を空けられよ」
  N【兵士】 【せりふ】
「引き返せ。この先はクラバート連隊が抑えた。巡回の必要はない」
  アラン 「おいおい、いい加減にしろ。この軍服が見えねえのかよ。同じフランス陸軍のお仲間じゃねえか」
230 N【兵士】 【せりふ】
「誰も通すなとの命令を受けている。引き返されよ!」
  アラン 「この石頭、どけってのがわからねえのか!」
  オスカル 「よせ、アラン。我々が迂回すればすむことだ」
  アラン 「そうですか・・隊長がそうおっしゃるのなら仕方ねえ・・」
  アランは兵士の腹に膝蹴りをした。兵士は腹を押さえてうずくまる。そ知らぬ顔でアランは捨て台詞を吐いた。
  アラン 「どうした?腹痛か?はははは、覚えとけおまえらにパリは似合あわねえ。田舎者は駐屯地へ帰って羊でも相手にしてりゃいいんだ」
  N【兵士】 【せりふ】
「なにい・・」
「野郎、言わせておけば・・やっちまえ!」
  オスカル 「やめろ!アラン!」
  オスカルの制止を聞かずに、アランは兵士たちと乱闘を始めた。

セーヌ川の水にハンカチを浸して、アランが顔の傷を冷やしている。
  アンドレ 「大丈夫か、アラン・・」
240 アラン 「かすり傷、どうってことはねえ。久し振りにすかっとした」
  オスカル 「アラン」

「皆を集めて兵舎に戻ろう。おまえの言う通り、我々の巡回は無意味だ」

  アラン 「隊長、さっきの話の続きですがね、もし、革命になったら勝つのは民衆ですよ。御覧の通り、軍はばらばらだ。長いこと飢えと闘ってきた民衆に太刀打ちできるはずがねえ」
  踏み切るようなアランの言葉に、オスカルは馬上で立ち尽くした。

サン・ジュストを見失ったベルナールに路地の暗がりから声がかかった。
  N【サン・ジュスト】 【せりふ】
「誰を尾行しているのですか、ベルナール君」

「まさか、僕じゃないでしょうね。僕たちはロベスビエール先生に師事する兄弟弟子じゃないですか。その兄弟の後をこそこそ付け回すのはよくないな、好きじゃない」

  サン・ジュストはナイフを取り出すと、その切っ先をベルナールへとむけた。刃先を避けてサン・ジュストの手首を捉えるとベルナールは言った。
  ベルナール 「サン・ジュスト、よく聞け。世の中はもうすぐ変わる。自然にだ。秋に枯葉が落ちるようにだ。どうして待てないんだ、それまで。」
  N【サン・ジュスト】 【せりふ】
「ふふふ、じゃあ僕も聞こう。知っているかい、君は。ロベスピエールの本当の目的を」

「革命だ。国民主権の平等な国家を作るためだ」

「ふん、君はロマンチストだな、甘いよ。ロベスピエールの本当の目的は権力さ。民衆を押し立ててそのトップの座に坐る。何が革命だ、民衆のためだ。結局はオルレアンと似たりよったりなのさ、ロベスピエールも」

  ベルナール 「君は先生を信じていないのか。それは今は皆のリーダー・シップは取っているが、決して自分だけの権力を得ようとするための行為ではない」
  N【サン・ジュスト】 【せりふ】
「よしてくれ。信じられる人間なんているものか。歴史がどう変わろうが、時代がどう動こうが人間はある瞬間生れて、そして死んでいく。だから、誰も生きている間は自分のことを考えているだけなんじゃないのか。僕はねえ、とにかく好きなようにしたいのさ」
250 ベルナール 「それが・・テロか・・・」
  N【サン・ジュスト】 【せりふ】
「そう、リーダーになりたいだの、演説をしたいだのより僕には向いている」

「見ていてごらん、ベルナール。先生はね、話合いだの議会だの言っているけどね、本当はチャンスを狙っているのさ。正当な理屈をつけて今の特権階級を皆殺しにするためのね。」

「そういう意味で言えばね、先生は僕なんか比べ物にもならないくらいのスケールを持ったテロリストさ。はははは・・はははは・・・」

  サン・ジュストはベルナールに背を向けて去っていく。

ベルサイユ宮、アントワネットの叱責をネッケルは甘んじて受け入れていた。
  マリーアントワネット 「ジャック・ネッケル大蔵大臣。あなたは財政担当の閣僚でありながらその任を全うせず、あまつさえ国王陛下のご政策に泥を塗るような言動。もうこれ以上の屈辱は許せません。本日をもって、あなたのベルサイユヘの伺候を禁じます」
  ネッケルが罷免されたというニュースがパリの街中を駆け巡った。ロベスピエールは議員たちに告げる。
  ロベスピエール 「諸君、全市民にこう伝えてくれ。国王はついに愛国者に対する弾圧を始めたと。ネッケル氏を手初めに、やがて大量の虐殺が始まるであろう。そしてこう付け加える事を忘れるな。今こそ我々は武器を持って戦おう。立ち上がる時が来たと」
  N【声】 【せりふ】
「先生、ネッケル氏は虐殺などされていません。自宅での謹慎処分だそうですが」
  ロベスピエール 「私の言う通りにしたまえ!」
  有無を言わせぬ強い口調でロベスピエールは言った。

ロベスピエールが力をこめて演説をしている。

  ロベスピエール 「私の腕はたった二本だ。だが、祖国を思う情熱と勇気はベルサイユ宮を焼き冬くすほど燃え盛っている。諸君、腕を組もうじやないか、共に戦おう!」
260 熱狂する聴衆の中にいて、ベルナールだけが一人醒めていた。彼の脳裏にサン・ジュストの言葉がよみがえる。
  N【サン・ジュスト】 『先生はね、話合いだの議会だの言っているけどね、本当はチャンスを狙っているのさ。正当な理屈をつけて今の特権階級を皆殺しにするためのね。本当の目的は権力さ。民衆を押し立ててそのトップの座に坐る』
  ベルナールは自分自身へ言い聞かせるように呟いた。
  ベルナール 「いや、サン・ジュスト。たとえ、ロベスピエールがどんな男でも、そんな事は問題じゃない。要は民衆が自分たちのために立ち上がれるかどうかなんだよ」
  ベルサイユ宮、庭園
  オスカル 「何とぞ、軍隊にパリ市内よりの撤退命令をお出し下さい。どうあろうと、王室と国民とが殺し合うような事になってはなりません」
  マリーアントワネット 「オスカル、もし、そうなったならば、あなた私を守ってくれますね」
  オスカル 「私は‥もはや、近衛を辞めた身でございます」
  アントワネットは目を見張った。アントワネットを見つめるオスカルの群青の瞳が涙で濡れていた。
  オスカル 「軍をお引き下さい、王后陛下。王室がご自分の国の民に銃を向けてはなりません」
270 マリーアントワネット 「それは‥できません、オスカル」
  これ以上何を言ってもアントワネットの意思を変えることはできないのだと、オスカルは唇をかみ締めた。彼女は一礼すると立ちあがりアントワネットに背を向けた。
  マリーアントワネット 「オスカル・・なぜ、涙を?まるで‥もう、これきり会えないみたいに・・・」
  問い掛けるアントワネットも泣いていた。オスカルは振り返らない。彼女の背中にアントワネットは別れの挨拶をした。
  マリーアントワネット 「オールボワール」
  オスカル 「オールボワール」
276 背を向けたまま、オスカルも同じ言葉をくりかえした。

オールボワール、また会いましょう。しかし、これが永遠の別れであることはアントワネットもオスカルも判りすぎるほど判っていた。一国の女王という壁は温め合った友情ですら、遂に越えることができなかったのである。
ED挿入歌 愛の光と影

ベルサイユのばら 革命への道 編 A 

劇  終

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