ベルサイユのばら

オスカルの結婚 編

29話 歩き始めた人形
30話 おまえは光、俺は影

オスカル アンドレ
マリー・アントワネット フェルゼン
OP挿入曲 薔薇は美しく散る
001 ジャルジェ将軍 「オスカル、オスカル」
  ジャルジェ将軍がオスカルを探しているが、屋敷のどこにも彼女の姿はなかった。
  ジャルジェ将軍 「ばあや、オスカルを知らんか?」
  乳母(アンドレの祖母) 「先ほどまでお部屋に・・・」
  庭で鳩に餌をやっていたアンドレにジャルジェ将軍は問いかけた。
  ジャルジェ将軍 「アンドレ、オスカルを知らんか?」
  アンドレ 「は、先ほどお一人で遠乗りに出かけられました」
  ジャルジェ将軍 「遠乗りか・・・ううむ・・・」
「アンドレ、お前なら知っておろう。あいつは一体何を考えておる。何故、あいつはアントワネット様に近衛隊を辞めたいなどと言いおった。言うんだアンドレ、知っておることをすべて・・」
  アンドレはわずかに息をつき、ジャルジェ将軍の視線をすり抜けるように目を伏せた。
010 アンドレ 「申し訳ありません。そのことは何も伺っておりません」
  ジャルジェ将軍 「アンドレ、こういう時のためにお前をあれのそばにおいておるのだ。いいから、言え!」
  アンドレ 「私めにはこう申されました。もう、供はしなくてもよい。好きなことを自由にせよと」
  ジャルジェ将軍 「何?」
  ジャルジェの顔を見ることなく、目を伏せたままアンドレは答えた。
ジャルジェ将軍はアンドレの答えに驚いて目を見張った。

フェルゼンとの別れを経験し、オスカルは生まれ変わろうとしていた。何よりも、より男として生きることを決意したのだった。近衛隊で王宮の飾り人形でいるよりも、オスカルは一武官としてより激しい勤務への転属をアントワネットに願い出ていたのである。

ベルサイユ宮
オスカルが辞令を受けている。

  N【事務官】 【せりふ】
「オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ准将、4月1日付けをもちフランス衛兵隊B部隊、部隊長をを命じる」
  オスカル 「衛兵隊B部隊・・・」
  N【事務官】 【せりふ】
「なお、アントワネット様よりのご伝言です。現在、衛兵隊にしか空きが無く、もし異存があればすぐに申し出よ。くれぐれもご自愛をとのことであります」
  オスカル 「アントワネット様にお伝え下さい。オスカル・フランソワ如きもののわがままをお許しいただき、深く、心よりのお礼を申し上げます。そして、何卒、王妃様こそご自愛をと・・」
  練兵場でジェローデルの号令の下、閲兵式が執り行われている。
それに馬上のオスカルは敬礼して応える。

司令官室

020 オスカル 「ありがとうみんな。私にとっての最後の閲兵式。一糸乱れぬすばらしいものだった」
  ジェローデルがオスカルに詰め寄る。
  ジェローデル 「連隊長、どうして急に我々をお見捨てになるのですか」
  オスカル 「別に見捨てるわけではない」
  ジェローデル 「我々に何か落ち度があったのではないでしょうか」
  オスカル 「そんなことはない。みんな本当に私のためによくやってくれた。感謝している。ジェローデル、特におまえには世話になった」
ジェローデル 「それでは説明になりません。近衛を辞めて衛兵隊にお移りになるわけを聞かせて下さい。衛兵隊は近衛に比べれば平民を集めたずっと格下の下品な部隊。我々は隊長をそのような所へは行かしたくありません」
  オスカルはジェローデルにサーベルを手渡した。
  オスカル 「ジェローデル、私の後任にはお前を推挙した。後はよろしく頼む」
  ジェローデル 「連隊長」
030 ジェローデルと、かつての部下達を振り返りもせずに、オスカルは部屋を後にした。後に残されたジェローデルはオスカルの真意を測りかねて、サーベルを手にしたまま立ちつくしていた。

オスカルが外へ出ると、アンドレが彼女の馬をひいて待っていた。騎乗するとオスカルは言った。
  オスカル 「アンドレ」
  アンドレ 「はい」
  アンドレに背を向けたまま、オスカルは告げた。
  オスカル 「私の衛兵隊入りは一週間後だ。それまでノルマンディーの別荘へ行って来る。今日から私の供はしなくてもよい」
  アンドレ 「はい」
  オスカル 「この間のこと私は別に怒ってはいない。だが、記憶にも留めない」
  アンドレは息をつめてオスカルを見送った。
大切なものが指の間からこぼれ落ち、止めようもなく失われていくのを見ているような気持ちだった。

オスカルは思う。愛の形は様々だ。愛し合う愛。自分からひたすら求める愛。そして思いもかけなかった者から一方的に求められた愛。一緒にいながら愛されていることに気づかなかった愛。アンドレの自分に対する愛。かつてオスカル自身がフェルゼンに向けた愛と同じであった。それだけにアンドレの苦しさは痛いほどわかる。しかし、だからできるだけ顔を合わせまいとオスカルは思った。すまないがアンドレ・・と、オスカルは思った。

衛兵隊兵舎
扉をノックする音にオスカルが応えた。

  オスカル 「入れ」
  N【ダグー大佐】 【せりふ】
「私はB中隊副官、ダグー大佐。今後ともよろしくお願いいたします」
040 オスカル 「こちらこそ、頼む」
  N【ダグー大佐】 【せりふ】
「しかし、あの・・ご新任の閲兵式は、確か明日だと聞いておりましたが。1日早いお出ましで」
  オスカル 「うむ、衛兵隊ははじめてなので、いろいろと早めに知っておきたいと思ってな。隊員達の宿舎に案内してくれ」
  N【ダグー大佐】 【せりふ】
「は、あ・・あの・・」
  オスカルの依頼にダグー大佐は狼狽した。

宿舎では隊員たちがくつろいでいる。
  N【ダグー大佐】 【せりふ】
「ご着任そうそう、あまりむさ苦しいところへご案内するというのも・・・」
  オスカル 「構わぬ」
  N【ダグー大佐】 【せりふ】
「どうぞ」
  オスカルは部屋の中程まで進むと、隊員たちを見回した。
  オスカル 「私が明日から君たちを指揮する。オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェだ。よろしく頼む」
050 隊員たちの中によく知っている顔を見つけて、オスカルの顔色が変わった。アランが号令をかける。
隊員達は一斉に敬礼した。アンドレも同じようにオスカルに敬礼する。オスカルは目を見開き、凍りついたようにアンドレを凝視した。

司令官室でオスカルはアンドレを詰問している。

  オスカル 「どういうことだ、アンドレ。私はもう供はするなと言ったはずだぞ」
  アンドレ 「だから、供ではないよオスカル。俺は隊員だ、この隊の。実はこの隊に知り合いがいてね、その伝で昨日入隊したんだ。どんな事があろうが、お前に何と思われようが、お前を守れるのは俺だけだ」

「帰ります、隊長」

  アンドレは踵を鳴らすと敬礼した。
  オスカル 「アンドレ!」
  オスカルの言葉を無視して、アンドレは扉を閉じた。オスカルは一人呟いた。
  オスカル 「勝手にしろ」
  夜、宿舎の寝台に横になっているアンドレにアランが声をかけた。
  アラン 「おいアンドレ、起きろ。歩哨の交代時間だ」
  二人は城壁の回廊までやってきた。アランは銃を立てかけると腰をおろした。
060 アラン 「よっこいしょっと。おまえも楽にしろ。どうせ何も起こらねえ」
「まあ、起こったとしてもだ、せいぜいパリ市民が隊の食料を盗みに来るくらいだな、はは・・」

「座んなよ、大工のせがれ。たしか、大工のせがれだって俺には言ってたよな。そして是非衛兵隊に入りたいから力を貸してくれってな。そいつはまあいいんだが、何で嘘をついた?その訳を聞こうか」

  アンドレ 「訳って別に・・それに俺は嘘なんか・・」
  アラン 「よしなよ、おまえは大工のせがれなんかじゃねえ。おまえには俺の大嫌いな貴族の匂いがする」
  アランは胸から短剣を取り出し、玩び始めた。アンドレは憮然として言った。
  アンドレ 「俺は貴族じゃない」
  アラン 「貴族だとは言ってねえさ。貴族の匂いがするって言ったんだ。見た奴がいる。おまえがあの新隊長の部屋へ呼ばれているのをな」
「まあ、いいか。人にはそれぞれ言えない事情ってのがあるからな。だが、これだけは言っておくぜアンドレ。衛兵隊には俺以上に貴族の嫌いな奴がうようよしてるってことだ。特に鼻持ちならない貴族の女なら、なおのことな」
  ジャルジェ邸
  乳母(アンドレの祖母) 「お帰りなさいませ、お嬢様」
  オスカル 「客?私に?」
  乳母(アンドレの祖母) 「はい、夕刻からずっとお待ちでございました」
070 客間では肘掛け椅子に腰をおろしたジェローデルが暖炉の火を眺めていた。オスカルが姿を見せると、ジェローデルは立ち上がり優雅にお辞儀をした。
  ジェローデル 「お久しぶりです、連隊長」
  オスカル 「なんだ、ジェローデルじゃないか。どうした急に、近衛で何か困ったことでもおきたのか?」
  困難な事ばかりだった衛兵隊初日の終わりに、ジェローデルの訪問を受けたオスカルは明るい声で言った。
  ジェローデル 「いえ、今日はお父上のジャルジェ将軍に私事のお願いにまいりました」
  オスカル 「父上に・・そうか、久しぶりだ、軽くワインでもどうだ」
  ジェローデル 「いえ、私はこれで」
  オスカル 「なんだ、私を待っていたときいたが・・」
  ジェローデル 「はい、でもあなたの笑顔をひとめ見、それで今宵は満足でごさいます。また、改めまして」
  オスカルはジェローデルの突然の訪問の目的がわからずに困惑した。

玄関でジェローデルを見送ったオスカルは乳母に尋ねた。
080 オスカル 「ばあや、ジェローデルは何をしにきたんだ」
  乳母(アンドレの祖母) 「ジェローデル様はだんな様にこうおっしゃいました。お嬢様をいただきたい」
  乳母の声音には浮き浮きとした気分が混じっていた。
  オスカル 「何?」
  乳母(アンドレの祖母) 「そして旦那様はよい話だぜひ決めてみたいと、お答えになりました」
オスカルには乳母の言葉が悪い冗談としか思えなかった。
  乳母(アンドレの祖母) 『ジェローデル様はだんな様にこうおっしゃいました。お嬢様をいただきたいと。そして旦那様はこうお答えになりました。よいお話だ、是非とも決めてみたいと』
  ジェローデルを見送り自室へ戻ったオスカルは乳母の言葉を繰り返し思い出していた。
  オスカル 「結婚?私が?この間まで私の部下だったジェローデルと。父上が乗り気だと?どこをどう押せばそんなことになるんだ?」
  オスカルは鏡に映った自分の姿に向かって声をあげて笑った。

パリの下町をオスカルたちは巡回している。アランがアンドレに話しかけた。

090 アラン 「アンドレ」
  アンドレ 「ああ」
  アラン 「気をつけろ、おまえ狙われてるぜ。おまえがあの女隊長の従僕だってことは、みんなにもうばれている。中には、おまえが隊長のスパイだって言っているやつもいる。一人の時は十分気をつけるこったな」
  夜が明けた。早朝オスカルはたった一人で帰宅した。
ジャルジェ将軍は娘の帰宅を窓から確認した。乳母がオスカルを出迎える。
  オスカル 「父上が?」
  乳母(アンドレの祖母) 「はい、書斎でお待ちでございます。」
  ジャルジェ将軍は机の前に座り、パイプを燻らせている。
  オスカル 「父上、私の方にも話がございます」
  ジャルジェ将軍 「まあ、いいからかけなさい」
  オスカル 「ジェローデルとの話、あれはきっぱりとお断りください。私には結婚する意志など全くありません」
100 ジャルジェ将軍 「まあそういきり立つな、静かに話し合おうじゃないか」
オスカル 「はい」
  オスカルはおとなしく腰を下ろした。
  ジャルジェ将軍 「衛兵隊では苦労しているようだな」
  オスカル 「苦労?私は苦労などとは思っておりません。新任の隊長が隊員達の抵抗にあうのはどこの隊でも同じ。逆に私にとっては励みになっているほどです。波風の少ない近衛などよりもよっぽど面白い」
  パイプを持ったジャルジェの手が震えている。娘の気丈な言葉が、かえって不憫に思われた。ジャルジェは片手で顔を覆うと嗚咽した。初めて見る父親の姿にオスカルは目を見張った。
  ジャルジェ将軍 「す、すまない・・オスカル。父を許せ。おまえを女として幸せに育てあげられなかった父を許してくれ。こんな事は今更言えたことではないがおまえの本当の幸せを思うのなら、素直に自然に女として。ああ・・わしの一生の失敗であった。いらぬ苦労をおまえに・・・」
  オスカル 「父上、ご安心を。私は父上が思っておられるほど女を捨てて生きたわけではありません。女としてかつては燃える恋もいたしました」
  オスカルの告白にジャルジェ将軍は娘の顔を見つめた。
  オスカル 「逆に私は父上に感謝をしているのです。男として育ててくださったおかげで、何もかも忘れ、強く生きることが私にはできるからです」
110 ジャルジェ将軍 「オスカル、悲しいことを言わんでくれ。女として傷ついたのなら女として幸せになってほしい。逃げ出してはいかんよ、オスカル。男だなどと言って自分をごまかしてはいかん。おまえは女なのだから、どこにだしてもひけをとらぬほど美しい私の娘なのだから。とにかくおまえは今までの分まで幸せになってほしい。ジェローデルが気にいらんのなら、もっとすばらしい相手をさがそう。ブイエ将軍もおまえのためならばとおっしゃっておられるのだ」
  父親の言葉もオスカルの心を動かすことはできない。オスカルは花瓶から摘んだ白い花びらをそっと吹いた。

衛兵隊宿舎
アンドレは銃の手入れをしている。
  N【隊員】 【せりふ】
「おい、アンドレ、面会だぜ」
  アンドレ 「俺に?」

「おばあちゃん」

  乳母(アンドレの祖母) 「下着、持ってきたよ」
  アンドレ 「ありがとう、助かるよ」
  乳母(アンドレの祖母) 「まったく、あたしに相談もなしに衛兵隊にはいっちまって。休暇はいつなんだい。休暇にはお屋敷に戻るんだろうね」
  アンドレ 「ああ、もちろんだよ。休暇になったらすっとんで帰るさ。ばあちゃんの味がそろそろ恋しくなったからね。ここの飯はあまり美味くないんだよ」
乳母(アンドレの祖母) 「まあ、言っちゃって、ふふふ」
  アンドレ 「ははは・・・」
120 祖母は急に黙り込んだ。
  アンドレ 「あれ、どうしたの?ばあちゃん」
  乳母(アンドレの祖母) 「おまえに言ったほうがいいかどうかと・・」
  アンドレ 「何?」
  乳母(アンドレの祖母) 「言っちまおう。実はねえ・・今・・お屋敷ではお嬢様の結婚話がおこっているんだよ」
  アンドレは驚愕するが、努めて冷静に振る舞った。
  アンドレ 「そ、そう・・」
  宿舎に戻ったアンドレを数人の隊員が取り囲んだ。そしてそのままアンドレは倉庫に連れ込まれた。
  アンドレ 「おもしろいな、俺も今日はちょっとイライラすることがあってね。喜んで相手をさせてもらおう」
アンドレは傍らの銃を掴むと男に殴りかかった。

騒ぎを聞きつけて倉庫には野次馬が集まってくる。激しい乱闘が繰り広げられる。アンドレも健闘するが多勢に無勢だった。結局叩きのめされてしまった。
野次馬をかき分けて意気揚々と倉庫を後にした面々はアランの姿にたじろいだ。
130 アラン 「おいおい、騒ぎを起こすときには、一応前もって班長の俺に知らせてもらわないと困るな」
  N【隊員】 【せりふ】
「違うんだよ。知らせるも何も急に始まったただの喧嘩だ喧嘩。へへへ・・・」
  アラン 「ほお、ただの喧嘩ねえ。ただの喧嘩ならなおさらだ。5対1ってのは気にいらねえな。」
  アランが短剣を抜いたので、男は腰を抜かした。
  N【隊員】 【せりふ】
「アラン、止めてくれ。もうしねえ、もうしねえ、もうしねえよ。」
  アラン 「わかりゃいい。忘れんなよ。あの片目の新入りは俺の大切な飲み友達だ」
  N【隊員】 【せりふ】
「ああ、忘れねえ。大丈夫だ、大丈夫だ」
  アラン 「やれやれ、派手にやられやがって、おいアンドレしっかりしろ」
  アランはアンドレが涙を流していることに気がついた。
  アラン 「アンドレ・・・」
140 アンドレ 「オスカル・・やめてくれ・・結婚なんてやめてくれ・・」
  アランは倉庫の入り口にオスカルが立ちつくしていることに気がついた。
  アラン 「そうか、そういうことか。ふん、あんな男みたいな女、どこがいいんだ。おい、隊長さんよ、こいつの手当はあんたがしてやるんだな。ふふふ、何しろこいつはあんたに命がけだ」
  オスカルは一言も言えずに立ちつくしている。彼女の顔を間近に覗き込むと、アランは笑いながら去っていった。

夕刻、兵舎の門でジェローデルがオスカルを待っていた。
  ジェローデル 「お送りします。いえ、送らせてください」
  馬を並べながら、ジェローデルは話し続ける。
  ジェローデル 「あなたが近衛を去られて私は気づきました。いつもあなたのさわやかな声と笑顔を求め澄んだ瞳を追っていた私自身を。そしてたまらなくなって、あなたの父上に申し上げました。あなたをくださいと。愛しています、心から」

「ああ・・こんな月並みな言葉しか言えないなんて・・自分がもどかしい・・」
「お願いです。どうか何か一言、私に言葉を・・・」
「ああ・・吹き抜けていく、胸の中を・・風が・・・」
「もし私が貴族などというしちめんどくさい家柄でなければ、あなたの従僕にでも馬ていにでもなってみせるのに」

  オスカル 「貴族である以上、従僕のことを言う資格はない。あなたにも私にも」
  ジェローデル 「は?」
  オスカル 「失礼、お見送り、ここまでで結構」
150 オスカルはジェローデルを残し、走り去った。

ジャルジェ邸
オスカルがピアノを弾いている。
  ジャルジェ将軍 「ブイエ将軍閣下がおまえのためにパーティーを開いてくださる。ベルサイユ中の貴公子を一堂に集める。すべておまえの花婿候補だ。父親としておまえに命令する。おまえは最高のドレスを着て、化粧をして、由緒あるジャルジェ家の娘とし、出席するよう」
  オスカルはピアノを弾き続けている。彼女は一言も答えない。
  ジャルジェ将軍 「オスカル、おまえの幸せのために」
  運河沿いの道をブイエ将軍とジャルジェを乗せた馬車が行く。
茂みには暗殺者が潜んでいる。
サンジュストが合図すると洋弓が放たれ、御者と護衛は絶命する。サンジュストは馬車に飛び乗ると、一言も言わずに弾丸を撃ち込んだ。
銃弾はジャルジェの胸を撃ち抜いた。

オスカルが治療中の父親の寝室に駆け込んでくる。乳母が安心させるように言った。
  乳母(アンドレの祖母) 「大丈夫でございますよ、お嬢様。弾は奇跡的に心臓を外れているそうです」
  肩で息をしていた、オスカルの瞳に涙が溢れる。床に座り込んだ彼女に、そっとハンカチが差し出される。アンドレだった。
  オスカル 「ありがとう、アンドレ」
  数日後、ジャルジェは話ができるまでに回復した。
  ジャルジェ将軍 「賊はどうやら私をブイエ将軍と間違えたらしい、ははは・・・」
160 オスカル 「必ず、必ず私の手で捕らえます。父上を撃った奴を」
  ジャルジェ将軍 「オスカル、わしの事を思ってくれるのなら、犯人を捕らえるよりもおまえが早く花嫁衣装を着てくれることのほうがうれしい」
  返答できずにオスカルは目を伏せた。
  ジャルジェ将軍 「ブイエ閣下主催の舞踏会は明日だ、行ってくれるな、オスカル」
オスカル 「はい」
  ジャルジェ将軍 「うんうん」
  紅茶を運んできたアンドレにジャルジェが声をかけた。
  ジャルジェ将軍 「おい、アンドレ」
  アンドレ 「はい」
  ジャルジェ将軍 「明日の舞踏会、ちゃんとオスカルの供をしてくれよ。一世一代、オスカルの艶姿をベルサイユ中の貴公子どもに見せてやらねばならんからな」
170 オスカルはアンドレを振り返った。アンドレの顔からは何の表情も読みとれない。オスカルの視線をすり抜けるようにアンドレは目を伏せると答えた。
  アンドレ 「かしこまりました」
  翌日の夕刻。オスカルの執務室をアンドレがノックした。
  オスカル 「入れ」
  アンドレ 「オスカル、行こう。そろそろ時間だ」
  書類の整理をしながらオスカルは応える。
  オスカル 「まだ早い、それに・・」
  アンドレ 「早くはないさ。いったんお屋敷に戻って着替える時間がある」
  オスカル 「聞け、おまえは供をしなくてもよい」
  アンドレ 「旦那様とお約束をした。おまえの供をすると」
180 オスカル 「よい、供はいらぬ」
  強い口調でオスカルはアンドレを拒んだ。彼女はアンドレの傍らをすり抜けると、扉を開けながら言った。
  オスカル 「アンドレ、そう簡単に私は嫁には行かん」
  立ち去るオスカルの後ろ姿を見送りながら、アンドレは彼女の言葉の意味を測りかねていた。

舞踏会にはジェローデルも出席していた。彼は歓談には加わらずに一人でグラスを傾けていた。彼は視線の先にオスカルを捕らえる。彼女はいつもの青い軍服に身を包んで広間の入り口に姿を現した。自分を取り巻いた青年貴族たちを見回すと、オスカルは言い放った。

  オスカル 「これは奇妙な舞踏会ですね。女性が一人も出席されていない、ははは」
  ジェローデル 「ふふ、やはり連隊長らしい」
  ジェローデルは手にしたグラスを掲げた。
  オスカル 「失礼した。どうも私には場違いのようですので」
  一礼すると、オスカルは身を翻した。後にはあっけにとられた青年貴族たちが取り残された。
  ジャルジェ将軍 「そうですか、オスカルが軍服を着て・・そうですか。いや・・戻ってきても何も言いますまい。あれが正しく私が間違っているということだってあり得る。ただ私が望むのは、オスカル、私の娘が決して幸せを求める気持ちを失って生きてほしくないということです。あれは小さい時からどんな事でも自分の気持ちを抑えてしまう、そんな子だからです」
190 ジャルジェ将軍は片手で額を掴むと、嗚咽した。
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ベルサイユのばら オスカルの結婚 編 

劇  終

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