ベルサイユのばら

ロザリー編

10話 美しい悪魔ジャンヌ
14話 天使の秘密
16話 母、その人の名は?
17話 今めぐり逢いの時
19話 さよなら妹よ!

オスカル アンドレ
マリー・アントワネット フェルゼン
001 OP挿入曲 薔薇は美しく散る
  パリの下町。
ロザリーは通りすがりの馬車の中に家出した姉、ジャンヌの姿を見かけた。馬車の後を追ってロザリーはある屋敷へとたどりついた。
  ロザリー 「母さんとあたしを捨てて家を出て行ったジャンヌ姉さんがどうしてあんなお屋敷のお嬢さんに・・・」

「ジャンヌ姉さん、いつも貴婦人のような生活を夢見れうちから抜け出たがっていたわ・・・ほんとに不思議なくらい・・・」

  自分の目で見た事が信じられないロザリーは窓から室内を覗いてジャンヌ本人であることを確認するが、迷惑をかけることを恐れて声をかけることもできずにその場から立ち去った。

ロザリーとジャンヌの母はすっかり体を悪くしてベッドから起き上がる事ができなかった。ジャンヌの事を考えているロザリーに母は何か言いたそうな素振りをしていた。

ブーゲンビリエ邸
談笑している侯爵夫人とその友人、ジャンヌの家庭教師もいる。新しいドレスを身につけたジャンヌが入ってきた。どこから見ても生まれながらの貴族の令嬢である。ジャンヌの変身ぶりを皆、口々に誉めそやした。

  ジャンヌ 「あたりまえだわ。何のために夜も寝ないで貴婦人になりすまし、血のにじむような努力をしてきたと思っているの・・・これからがあたしの本当の力の見せ所だわ・・・見ているがいいわ。どんなことをしたって絶対目的は遂げてやるわ・・・どんなことをしたって・・・」
  不況のためロザリーは仕事を解雇されてしまった。しかし、新しい働き口はなかなか見つからなかった。
  ロザリー 「新しい王様の時代が来て少しは楽になると思ったのに・・・ああ、お腹がすいた。何でもいいから仕事を・・・神様どうかあたしを助けてください」
  頼れる人はジャンヌしかいない。ロザリーはブーゲンビリエ邸を訪れた。予想に反してジャンヌはロザリーを温かく迎え入れてくれた。ロザリーが物置でジャンヌを待っているとムチを手にした男が突然部屋に入ってきた。
  《せりふ:ニコラス》
「俺様はニコラス・ド・ラモット。ジャンヌ様の恋人だ。二度と俺のジャンヌを脅かしたりできないように叩きのめしてやる」

「ジャンヌにおまえなんか殺したっていいと頼まれたんだからな」

010 ロザリー 「嘘だわ、ジャンヌがそんなこと言うはず無い」
  ジャンヌからロザリーをゆすりだと聞かされたニコラスは容赦無くムチを振った。

ロザリーは半死半生でブーゲンビリエ邸を逃げ出していった。

  ジャンヌ 「ふん、この大事なときにあたしの過去を知っているあんたなんかに出てこられたらいい迷惑なんだ。あたしの今までの苦労が水の泡になっちまう。これに懲りて二度と寄り付かないことだね。」
  ニコラスはジャンヌにべたぼれで女神のように崇拝していた。
  ジャンヌ 「次のあたしの計画はここのお屋敷のお人よしのブーゲンビリエ侯爵夫人を片付ける事。ふふ・・・この男、血の巡りは悪いけど役に立ちそう」
  ロザリーは絶望して夜の町をさ迷った。泥酔した貴族の男に声をかけられるが事無きを得た。

ロザリーは惨めさに身を震わせるが、お金が貰えるなら、とついに決心をした。通りがかった馬車を呼びとめる。

  ロザリー 「あ、あの・・・旦那様・・・」

「あたしを・・・あたしを一晩買ってください・・・」

  オスカル 「こいつは傑作だ。おいおい、間違えるな、こう見えても私は女だ。たとえただでもお前を買う事はできん」
  緊張の糸が切れてロザリーは泣き出してしまった。
  オスカル 「やれやれ、またずいぶんと可愛らしい売春婦もいたものだな・・・」

「もう二度とこんな馬鹿な真似をするんじゃないぞ」

020 ロザリーの手に1リーブル金貨を握らせるとオスカルは馬車で立ち去った。
オスカルはショックを受けていた。
  オスカル 「あんな小娘が体を買ってくれだと・・・知らなかった、世の中は人々の生活はどうなっているのだ」
  ブーゲンビリエ邸
ジャンヌは結婚をちらつかせてニコラスを操っている。
  《せりふ:ニコラス》
「悪魔みたいに俺を苦しめる美しいジャンヌ・・・」
  ジャンヌ 「悪魔の下僕となってブーゲンビリエ家の財産を一緒に手に入れる気はなくて?」
 
パリの町に火の手があがった。ジャンヌに命じられたニコラスはブーゲンビリエ邸に放火し侯爵夫人を殺したのだった。ジャンヌはその様子を眉ひとつ動かさずに見つめていた。

教会では侯爵夫人の葬儀が執り行われている。アンドレを伴い弔問に訪れたオスカルはジャンヌの姿に目をとめた。
オスカル 「何だあの女は・・・」
  ローアン大司教も弔問に訪れてジャンヌを慰めた。ジャンヌはローアンに代筆やレトーに書かせた偽の遺言状を提示した。
  オスカル 「何か得体が知れぬが燃えるような目を持った女と生臭坊主・・・この組み合わせは何やらいやな予感がする・・・」
  オスカルの胸の中にどす黒い不安がわだかまっていた。

パリの下町へとやってきたオスカルはロザリーのことを思い出した。

030 オスカル 「どうしたかな・・いつかの娘」

「たしかこのへんだったと思うが・・金髪で天使のような目をしていた。幸せになってくれるといいが・・」

  ロザリーの家。母親の体の具合は相変わらずよくなかった。
かいがいしく世話をするロザリーの優しさに母親は涙むが、その涙を誤解して、ロザリーは母親を安心させるために言った。
  ロザリー 「親子だもの、あたりまえでしょ」

「母さん、心配しないで。今日こそ必ず働き口を見つけるから」
  ベルサイユ宮殿
  マリー 「ポリニャク夫人、お待ちしていました。さあ、速く中にお入りになって。カルタ遊びでもしましょう。」
  喜ぶアントワネットにポリニャク夫人は今日は別れのあいさつに来たのだと言った。
  マリー 「わたくしのポリニャク夫人が・・・なぜ・・・なぜなの?」
  ポリニャック 「王妃様せっかく温かいご友情でお近づきになれましたのですが、やはり私のように地位も財産もございませんと恥ずかしい思いをしなくてはなりません」

「娘に着せてやる立派なドレスもございませんし、召使の数にしましても、厩舎の大きさにしましても、夫がどんなに恥ずかしい思いをしているかと思うと、やはり宮廷を下がった方が・・・」

  マリー 「ポリニャク夫人、心配なさらないで。宮廷をさがってはいけません。なぜもっと早くそのことを相談してくれなかったのです。私を何だと思ってらっしゃるの?私はフランスの王妃です。大切なお友達ポリニャク伯夫人。あなたのために新しい予算を大蔵大臣に組ませましょう」

「宮殿にポリニャク家専用の厩舎を作らせあなた専用の馬や馬車も今の5倍に増やしましょう。あなたの召使には国家からお給料を払わせますし、あなたの夫ポリニャック伯爵には郵政大臣の地位をあげます。」

  貴族達の妬みと羨望の混じった視線も、聞こえよがしな中傷もポリニャック夫人は全く意に介さなかった。

シャルロットは新しいドレスをとても喜んでいる。ポリニャック夫人は愛しげに娘を抱き寄せた。
040 ポリニャック 「借金借金ですっかり没落したポリニャック家だけどこれからは・・・私には王妃様がついているのですもの」
  自分が幸せならば国民もまた幸せなのだと思いこんでしまったこと。それがマリー・アントワネットの最初の過ちであった。

ベルタンの店にポリニャック夫人が舞踏会用のドレスを新調するために訪れた。店の裏手ではロザリーが働き口を求めて女店員と話をしていた。なんとか働き口が決まり、ロザリーは喜んだ。
  ロザリー 「これでやっと母さんを楽にさせてあげられる。お薬も買って、お医者様にも見せて。さあ早く母さんに報告して喜んでもらわなくちゃ」
  ポリニャックの馬車の前に女がふらふらと歩み出た。ベッドで寝ているはずのロザリーの母だった。

ロザリーが駆けつけると馬車の側らに瀕死の母親が横たわっていた。馬車から降りようとしないポリニャック夫人をロザリーはにらみつけた。その瞳にたじろいだ夫人は御者に馬車を出すようにと命じた。その言葉にひとりの青年が群集の中から飛び出した。

  《せりふ:ベルナール》
「待て!このまま逃げる気か!人を一人ひき殺しかけたんだそ。馬車から降りて謝ったらどうだ。貴族だったら何でも許されると思っているのか!」
  ポリニャック 「変な言いがかりはつけないでちょうだい。いきなり馬車の前にとびだしてきた方が悪いんです」

「文句があったらいつでもベルサイユへいらっしゃい」

  死に際、母親はロザリーに、お前は私の本当の娘ではない。本当の母は・・・貴族のマルティーヌ・ガブリエルなのだと・・・出生の秘密を告げた。

ベルサイユ宮殿、正門。

ポリニャック夫人を伴って帰ってきたアントワネットをジャルジェ夫人が出迎えた。顔色のよくないジャルジェ夫人をアントワネットがいたわる。

ポリニャック夫人の脳裏に昨日の事故の件が甦った。憎しみのこもったロザリーの眼差しを思い出して、ポリニャック夫人は気が重くなった。

パリ郊外の墓地。簡素な木の十字架が立てられた母の墓前でロザリーはポリニャック夫人の容貌とその言葉を思い返し、復讐を誓った。

  《せりふ:ベルナール》
「いつまでここにしゃがみこんでいるつもりだ。辛いだろうが死んだものは帰らない。俺はベルナール・シャトレ。パリの新聞記者だ。困った事があればいつでも相談にのろう」
  ロザリー 「ありがとうございます。でも、いいんです」
  ベルナールが引きとめるのもきかずにロザリーは墓地を立ち去った。その胸にはある決意が秘められていた。パリからベルサイユへの道をロザリーはひたすら歩いていく。

ベルサイユ宮殿のバルコニーでアントワネットが満月を鑑賞している。その傍らにはジャルジェ夫人とポリニャック夫人が控えていた。黒い雲が満月のその顔を隠した。
050 マリー 「まあ、さっきまであんなに美しかった月が。幼いころこんなおとぎばなしを聞いたことがありますわ。満月が雲に隠れるのはどこかで少女が泣いているからですって」
  アントワネットの言葉に嘆くロザリーを再び思い出して、ポリニャック夫人は表情をくもらせた。突然、ジェルジェ夫人がその場に崩れ落ちる。

母親が宮殿で倒れたという知らせに、オスカルはアンドレを御者にして、宮殿へと馬車を走らせた。

宮殿に着くとちょうど出かけようとしていた馬車にアントワネットの姿を見つけたオスカルが声をかけるとアントワネットの馬車に走りよった。

  オスカル 「まだ謹慎中の身でありながら申し訳ありません」
  マリー 「お母様をお大事にね。しばらくゆっくり休養させておあげなさい。かわりにオスカル、あなたは明日から宮殿に出てきてくださいな」

「ではオスカル、明日」

  オスカル 「はい」
  車中でオスカルは母を労わった。馬車がジャルジェ邸に着くと、オスカルは馬車から降りる母に手を貸した。庭の茂み身を隠したロザリーがジャルジェ夫人を確認した。
  ロザリー 「間違い無い。青い花模様のドレス。ブロンドの巻毛。母さんの仇!」
  ロザリーはジャルジェ夫人に切りかかるがオスカルによってナイフを叩き落された。

お互いに驚くオスカルとロザリー。ジャルジェ夫人の顔を間近で見たロザリーは人違いをしたことに気がついて泣き伏してしまった。

翌朝、ロザリーがジャルジェ邸をベルサイユ宮殿と間違えたと知ってオスカルとアンドレは顔を見合した。
  ロザリー 「何をなさいます」
  オスカル 「いいから来るんだ」
060 ロザリー 「どこへ・・どこへ連れていくんですか」
  オスカルはロザリーの手を引き屋敷の最上部へと誘った。
  オスカル 「さあ、見てごらん。いいかい、ベルサイユ自体がひとつの街なのだ。王宮はさらに奥のあの巨大な建物だ」
  ロザリー 「悔しい・・あたし、何も知らないで・・母さんを目の前で殺されてもあたしには何もできないなんて・・・」
  悔しさに肩を震わせるロザリーにオスカルは剣の使い方を教えてやるといった。
  オスカル 「宮殿に出入りしていればいつかはきっと顔をあわせることもあるだろう。そのためにはまず宮殿に出入りできるだけの貴婦人に磨きあげなくてはな」
  ジャルジェ邸の庭。オスカルがロザリーに剣の稽古をつけている。
  オスカル 「そんな大きな目をしてその目は節穴か?母の仇だと思ってもう一度かかって来い」
  母の仇と聞いてロザリーの脳裏にポリニャック夫人の顔がよみがえる。思いきって切りつけるが勢い余って剣は木の幹に突き刺ささってしまった。
  オスカル 「あはは・・誰が木を付けと言った。こんなことではとても仇などとれない。」
070 母をブロンドの貴婦人の馬車にひき殺されて孤児となった下町の貧しい娘ロザリーは、オスカルの情けによって今はジャルジェ家に引き取られ剣の修行に励んでいた。
  オスカル 「さあ受けろ。そら、右、左、肩だ。まだ隙がある。そーら、串刺しにされるぞ・・危ない!」
  オスカルに攻められてバランスを崩したロザリーは泉に落ちた。
  オスカル 「しっかりしてくれ。私は剣を教えてやるとは言ったが泳ぎまで教えるとは言わなかったぞ」

「大丈夫か?」

  ロザリー 「悔しい・・そうやって毎日あたしをからかって楽しんでらっしゃるんだわ。私の真剣な気持ちをなぶりものにして・・」
  オスカルの胸にロザリーは顔を伏せる。オスカルはロザリーの顔をあげてやると優しく言った。
  オスカル 「濡れたままでは風邪をひく。早く着替えないと」

「誤解だよ。からかってなどいるものか」

  ロザリー 「オスカル様、ごめんなさい。あたし・・・」
  ロザリーはそっと目を伏せた。

遠乗りをするオスカルとアンドレ。歩調を落として二人はロザリーの相談を始めた。
  アンドレ 「おまえ、ロザリーのお袋さんの仇を本当に探し出せると思っているのか?」
080 オスカル 「うむ・・正直言えば自信はないな」
  アンドレ 「ロザリーは命がけだ。もし探し出せなかったら彼女の失望は大きいぞ」
  オスカル 「わかっている。アンドレ、おまえに頼みがある。今日から一週間おまえの時間をロザリーにやってくれ」
  オスカルの部屋。

ロザリーは洗濯のしあがったオスカルのシャツを箪笥の引き出しにしまった。オスカルの軍服が洋服掛けに掛かっているのに気がつくと軍服の袖に頬ずりをする。

  ロザリー 「あ・・・オスカル様の匂い・・・なぜあのような方が?」
ロザリーは軍服を抱くとまるでダンスをするように体をゆらした。
  ロザリー 「なぜあのような方がこの世にいらっしゃるの?そのオスカル様のそばにいられるなんて、あたし幸せ・・でも、あたしは母さんの仇を討たなくてはいけない身。それでオスカル様はあたしに同情してくださって・・・それなのにあたしは・・・あたし、変ね。どうしちゃったのかしら・・・」

「どうして・・オスカル様・・どうして女なんかにお生まれになったの?オスカル様・・」

  ロザリーは床に崩れ落ちた。

ロザリーは軍服にすがって泣いている。ちょうどその時オスカルがドアを開けた。
  オスカル 「何をしている、私の部屋で!」
  逃げようとしたロザリーの腕を掴んだオスカルはロザリーが目に涙をためているのを見てはっとした。

オスカルは来週エリザベス夫人の屋敷で催される舞踏会にロザリーを連れていくと告げた。

090 ロザリー 「あ・・あたし・・ダンスなんて少しも知りません。それにどうやって振る舞ったらいいのか。あたし…」
  オスカル 「あたしではない、わたしと言え。いいな、おまえは私の姉君の嫁ぎ先の遠縁の娘ということにする」

「今日からはダンスと会話の特訓だ。アンドレがおまえのパートナーを務めてくれる。その舞踏会には主立った貴婦人たちがほとんど招待されているそうだ」

  母をひき殺した貴婦人も来るかもしれない…ロザリーは思った。
  オスカル 「いいな」
  ロザリー 「はい」
  《せりふ:ニコラス》
「近衛連隊付き大尉?」
  ジャンヌ 「そう」
  《せりふ:ニコラス》
「冗談はよせ。俺なんかの身分でそんな・・」
  ジャンヌ 「ほんとうよ、ローアン大司教様がお世話してくださるって」

「ね、いいこと。あんたはニコラス・ド・ラモット伯爵。そしてあたしはジャンヌ・バロア・ド・ラモット伯爵夫人よ」

  税金も払わずに勝手に伯爵を名乗って、もしも憲兵隊に見つかったら・・とびびるニコラスにジャンヌは言った。
100 ジャンヌ 「借金をしてヌーブサンジェル街に大きな屋敷を借りたの。そこへすぐに引っ越すのよ」
エリザベス夫人の舞踏会でジャンヌは一芝居打つつもりだった。

舞踏会当日。
エリザベス夫人の屋敷では宴たけなわだった。執事がオスカルの到着を高らかに告げると、貴婦人たちは色めきたった。

オスカルがロザリーの手を取り現れたのを目にした貴婦人がヒステリーを起こした

  アンドレ 「見ろ、おまえが女性の手などひいてくるとこの騒ぎだ。この上ダンスなどやったら、みんなひきつけを起こすぞ」
  オスカル 「ふふ、ダンスはおまえにまかせる」
  オスカルはホステスであるエリザベス夫人にあいさつをし、夫人にロザリーを紹介すると、遠巻きに見ていた貴婦人たちが悲鳴をあげた。

ロザリーはその異様な雰囲気に気圧されてしまった。

  ロザリー 「あたし…今夜ここから無事に帰れるかしら。オスカル様の人気がこんなにすごいなんて…」
  ロザリーは自分を見つめるシャルロットの視線を感じた。
  ロザリー 「・・あの方もオスカル様を?」
  目もくらむような豪華なドレスに身を包んだシャルロット。彼女がダンスをしている様子を見ながらロザリーは思った。
  ロザリー 「シャルロット・・伯爵様のお嬢さん・・やっぱりあたしなんかと違ってほんものの貴族のお嬢さんなんだわ・・・」
110 アンドレ 「さあ、ロザリー嬢、私がダンスのお相手を」
  アンドレがロザリーの手を取ると、二人はホールの中央で踊り始めた。
  アンドレ 「シャルロット嬢が気になるのかい?母親のポリニャック夫人が今夜は風邪で家にひきこもっているので一人でおでましになったんだ」
  ロザリー 「ポリニャック夫人て・・・?」
  アンドレ 「アントワネット王妃のお気に入りの貴婦人さ。今ここベルサイユで王妃を除いて一番権力のある女・・・といったらいいかな」
  ロザリー 「アンドレったら、ポリニャック夫人が嫌いみたいな口のききかたね。でもシャルロットさんはすばらしくかわいい方ね」
  控えの間で婦人が倒れたという知らせにエリザベス夫人は広間を出て行った。

控えの間ではジャンヌが長椅子に横たわり、近衛隊士の制服を着たニコラスが傍らにつきそっている。ニコラスはエリザベス夫人に窮状を訴えた。
  《せりふ:ニコラス》
「かわいそうなジャンヌ、許しておくれ。私に甲斐性がないものだから、ううう・・・」
二人に同情したエリザベス夫人は援助を約束した。ジャンヌは密かにほくそ笑んでいた。
  ジャンヌ 「ふふ・・ニコラスのお芝居もなかなかどうにいったものだわ。貴族夫人なんてみんな甘ちゃんばかり、コロリとだまされてしまう」
120 一方広間では貴婦人たちがロザリーを囲んでしきりにオスカルの話題をひきだそうとするが、ロザリーは上の空だった。
  ロザリー 「母さんの仇の貴婦人はいない・・・母さんの仇は・・・」
  アンドレ 「どうだい、ロザリーはすっかり人気者になったみたいだぜ」
  オスカル 「うむ、パリの下町で生まれた孤児だと言っていたが、不思議な娘だ。気が弱いくせに、時々驚くほど高貴な表情をする」
  アンドレ 「うん、貴族の娘だと言っても誰も疑うまい」
  ロザリーたちの話の輪にシャルロットが割ってはいる。様子を眺めていたオスカルとアンドレは顔を見合わせた。

敵意をむき出しにしたシャルロットはロザリーの言葉尻をとらえて、彼女の出自を追求する。ロザリーはシャルロットに手にした扇を叩きつけると言った。

  ロザリー 「わたしは貴族の娘です。母の名は・・母の名は・・」
  ロザリーは死に際本当の母親の名を告げて死んでいった母の言葉を思い出した。
  ロザリー 「母さん、誰なの?マルティーヌ・ガブリエルって。教えて母さん、あたしは誰の子供なの?どこに行けばその人に会えるの?教えて・・・」
ロザリーは泣きながら広間から逃げ出した。オスカルとアンドレがそのあとを追った。

控えの間から廊下へとジャンヌとニコラスが出てきた。ニコラスがジャンヌの首尾をほめている。そこへロザリーがかけてきた。姉の顔を見たロザリーは驚くが、ジャンヌは貴婦人姿のロザリーにはじめは気がつかなかった。
130 ジャンヌ 「あ・・あんた・・」
  ロザリー 「ジャンヌ姉さん」
  不審がるニコラスにジャンヌは人違いだとしらばっくれ、立ち去ろうとするジャンヌの腕を強引に引き寄せると、ロザリーは耳元でそっと言った。
  ロザリー 「ジャンヌ、聞いて。母さん死んだわ」
  しかしジャンヌは表情を変えずにニコラスを促してその場を去っていった。
  ジャンヌ 「母さんが死んだ。母さんが・・・それにしてもロザリーがなぜここに?さっぱりわからない。あんなに美しくなって・・私よりずっといい服を着て・・わからない・・わからない・・」
  翌日、オスカルの部屋。鏡の前でロザリーがオスカルの髪をすいていた。
  オスカル 「ロザリー、エリザベス夫人の舞踏会ではおまえはよくやったよ。おまえがきっぱり貴族の娘ですと言わなかったらまわりのみんなもおまえが下町の娘だと見破ってしまったろう。もし見破られていたら、この後おまえは母上の仇を探す機会を永遠に失うところだった」
  ロザリー 「はい・・」
  ロザリーは全く別のことを考えていた。
140 ロザリー 「ああ、オスカル様・・そんな目で見つめないでください。鏡が粉々に砕けて鋭い欠片があたしを刺すようです」
  オスカル 「寒いのか、ロザリー」
  ロザリー 「い・・いえ・・」
  オスカル 「手が震えている。あとはいい、自分でするから。軍服の用意をしてくれ。今夜は宮廷に伺候する日だ」
  ベルサイユ宮。アントワネットの傍らにはポリニャック夫人が控えている。
  マリー 「オスカル、あなたが心配してくださった賭博はもうすっかりやめましたから安心して」
  オスカル 「は、オスカル心から嬉しく思います、陛下」
  ポリニャック夫人は心の中で呟いていた。
  ポリニャック 「オスカル、賭博のことで私を陥れられなくって。ふん、いい気味だわ」
  アントワネットがロザリーの噂をすると、ポリニャック夫人はロザリーの振る舞いについてオスカルに抗議した。
150 ポリニャック 「なんでも、この前の舞踏会の時に私が風邪ぎみで欠席したのを幸いに、その子はうちの娘にたいへんな無礼をはたらいたというじゃございませんか。」
  オスカル 「無礼を?」
  ポリニャック 「扇を投げつけたとか」
  オスカル 「あれはシャルロット嬢の方が悪かったのですぞ、ポリニャック夫人」
  ポリニャック 「何ですって、うちの娘が悪いですって?」
  オスカル 「そうです。先にご令嬢の方がロザリーを侮辱されたのですから、今度会った時はシャルロット嬢からあやまってほしいものです」
  オスカルの話し方には怒りが含まれている。アントワネットは二人のやりとりをはらはらしながら見守っていた。
  ポリニャック 「何てことを・・この私に・・オスカルは危険だわ。賭博のことといい、ただの近衛兵だと思っていたら・・今のうちに何とか始末しておかないと命取りになるような気がする。今の私ならどんなことだってできる・・できる・・私はしている。」
  ジャルジェ邸。広間でアンドレがロザリーに剣の稽古をつけていた。
  アンドレ 「もっと気合をいれて突くんだ。どうしたロザリー、オスカルが相手でないと剣の稽古に身が入らないのか」
160 アンドレの剣先がロザリーをかすめると切り裂かれたクラヴァットの切れ端が宙に舞った。
  ロザリー 「あっ!」
  アンドレ 「そんなことでは母さんの仇は討てないぞ」
  ロザリー 「母さんの仇・・」
ロザリーの脳裏に忘れもしないポリニャック夫人の顔がよみがえる。ロザリーは剣を構えて復讐を誓った。

ジャルジェ邸、庭。
ロザリーが花壇で花を摘んでいる。

  ロザリー 「オスカル様の部屋に飾るのはこの真っ赤なばらがいいかしら?それともこの真っ白なばらが?」
  白ばらを摘もうとして棘で指を傷つけた。
  ロザリー 「ばらの花を摘もうとして棘に刺される女の子は貴族の娘じゃないっていうけど・・」
  ロザリーの脳裏に「あなた貴族の娘じゃないのね?」と言ったシャルロットの言葉が鮮明によみがえってくる。
  ロザリー 「あたしは・・母さん・・あたしはどうしたらいいの?」

「でもあたしみたいに下町育ちの娘が貴族の娘だなんて言っても誰も信じてくれない。あたし・・あたし・・」

170 馬車に轢かれて死んだ母の死に際の言葉を噛みしめるが、すぐに不安に襲われる。

オスカルとアンドレが通りかかるが、ばらの陰のロザリーには気がついていなかった。
  アンドレ 「オスカル大丈夫か、おまえ?アントワネット様の御前でポリニャック夫人をやりこめて。あの権勢欲の強い女がこのまま黙って引っ込むとは思えないが」
  オスカル 「しかたあるまい。ロザリーが宮廷で母上の敵を見つけるまでは何としても彼女を貴族の娘として押し通す他はないのだから」
  ロザリー 「オスカル様、あたしのために・・」
  ふさぎ込んでいた気分が嘘のように、ロザリーは顔を輝かせた。
  アンドレ 「ポリニャック夫人には十分気をつけろよ何をたくらむかわからない女だからな」
  オスカル 「よく・・わかっている・・」
  ジャルジェ邸。オスカルがロザリーに歴史の授業をしている。
  オスカル 「よく努力したね。これで歴史も文学も作法もひととおり教えた」
  恥ずかしそうに目を伏せたロザリーの横顔を見つめながらオスカルは思う。
180 オスカル 「美しくなった・・まるで生まれたときからの貴婦人のようだ。それにふとした時にみせる品の良さ、ただの下町生まれの娘とは思えないが・・」
  ロザリーは思い切ってオスカルにマルティーヌ・ガブリエルという貴婦人について尋ねた。

マルティーヌ・ガブリエルがロザリーの本当の母であり、貴族であることを知ったオスカルは、一目でいいから会いたい。というロザリーの願いをかなえると約束した。

  オスカル 「さあ、お座り。今度は発音の稽古だ。貴族の娘とわかればもうどうどうと宮廷にでられる。実はロザリー、今度王妃様がぜひおまえを見たいとの仰せなのだ」
  ロザリー 「王妃様が?いやです、王妃様になどお会いしたくありません」
  左右に首を振って拒否するロザリーの態度にオスカルが怪訝な顔をした。
  オスカル 「どうしたというのだ、ロザリー」
  ロザリー 「いや・・」
  ロザリーM 『みんなが言ってたわ。あたしたちが満足に食べ物も食べられなくて苦しんでいるのはみんな王妃様の無駄遣いと贅沢のせいだって』
  ロザリーは貧しく辛かったパリの生活を思い出していた。
オスカルはロザリーのアントワネットに対する反感には気がつかなかった。
  オスカル 「何をおびえている。王妃様がどうしたのだ?」
190 ロザリー 「い・・いいえ」
  オスカル 「ロザリー、発音の稽古をしよう。宮廷に行かなければおまえの母さんの敵も本当の母上も見つからぬぞ」
  ロザリー 「すみません・・わがまま言って・・・」
  オスカル 「よし、明日はベルサイユへ参上しよう」
ベルサイユ宮殿。
夜会に貴族たちの馬車が次々と到着する。一際豪華な衣装に身を包んだポリニャック母子が馬車から降り立った。
  ポリニャック 「さあ、シャルロット。今日の舞踏会のヒロインはあなたですよ。誰だってあなたの美しさにかなう人はいませんよ」
  ロザリーの事を気にするシャルロットに、ポリニャック夫人は鷹揚に笑いかける。
  ポリニャック 「何を気にしているの。田舎娘のことなら心配ありませんよ。さ、行きましょう」
  侍従がオスカルの到着を高らかに告げた。

アンドレを伴い、オスカルがロザリーの手を取って大広間へ姿を見せると、広間中の関心が三人の上に一斉に集まった。

シャルロットは話題の中心が自分からそれた事を気にしていた。

  ポリニャック 「心配することはないわよ。あんな田舎娘。いい気になっていられるのも今のうちですよ。まあ見てらっしゃい。」
200 貴族たちが整然と並ぶ前に国王夫妻が進み出た。アントワネットは人波にひととおり目をやるとポリニャック夫人ではなく、オスカルに声をかけた。
  マリー 「こんにちはオスカル。そちらがお話ししていたお嬢さんね。」
  オスカル 「はい、先日お話いたしました遠縁にあたる、ロザリー・ラ・モリエール嬢でございます」
  マリー 「ロザリー・ラ・モリエールさん、ごゆっくりしていらしてね」
  恐る恐る顔を上げたロザリーは想像とは異なる美しく優しそうな王妃に衝撃をうけた。
  オスカル 「どうした、ロザリーごあいさつを」
  ロザリー 「あ・・あの・・お目にかかれて光栄でございます」
  オスカルに促されてロザリーはお辞儀をした。

割ってはいるようにポリニャック夫人がアントワネットに声をかけた。

  ポリニャック 「王妃様、私どものことをお忘れではございませんこと?」
  マリー 「あ、ポリニャック夫人。」
210 ポリニャック 「王妃様、娘のシャルロットがごあいさつを・・」
  首をあげたロザリーはポリニャック夫人が母を馬車でひき殺した貴婦人であることに気がついた。

ポリニャック夫人もロザリーを確認する。

  ロザリー 「あの人・・あの人だ!母さんを馬車でひき殺して笑いながら逃げてった人・・」
  ポリニャック 「あの時の汚い下町娘・・まさか・・そんなはずは・・」
  ロザリー 「母さんの仇・・・」
  ロザリーはドレスの襞の下から用意していた短剣を取り出した。それにいち早く気づいたオスカルがロザリーの腕を押さえるとそっと首を左右にふってロザリーを止めた。
  オスカル 「待て、ロザリー」
  ロザリー 「オスカル様・・なぜです?離して下さい」
  オスカル 「今飛び出していってどうする。犬死にをしたいのか?」
  ロザリーの意図を察したポリニャック夫人は戦慄した。
220 ポリニャック 「こ・・この子は・・私を・・?」

「アントワネット様、あのロザリーという娘は貴族なんかではございませんわ」

「この子は私がパリで・・」

  夫人はアントワネットに言った。アントワネットは驚き、広間の他の貴族たちもポリニャックの発言に一様に驚いた。

オスカルはつかつかとポリニャック夫人へ歩み寄ると言った。
  オスカル 「お待ちなさい、パリでどうなさったというのだ。」
  オスカルの問いかけにポリニャック夫人は、はっとした。

オスカルはさらにポリニャック夫人の近くまで歩み寄ると、彼女にだけ聞こえる低い声で続けた。

  オスカル 「パリで彼女の罪のない母親を馬車の車輪にかけてひき殺したと。ここで、王后陛下の御前で白状なさるおつもりか?さすればこれだけ大勢の貴族、貴婦人方の前での告白、いかにポリニャック夫人といえどそれ相応のご処分は免れますまい」

「覚えておかれるがよい。彼女はあなたを探し出して母の仇をとりたいと、ただそれだけのために死ぬ覚悟でここまで来たのだ」

  ポリニャック 「死ぬ覚悟で・・」
  ポリニャック夫人は震え上がった。オスカルはこみ上げる怒りに拳をぎゅっと握りしめた。

ここで騒ぎ立てることは得策ではないと判断したポリニャック夫人は国王夫妻に向かい合った。
  ポリニャック 「アントワネット様・・お騒がせして申し訳ありません。私の思い違いでございました」
  アントワネットが納得してその場は一応収まった。

ポリニャック夫人は憎しみを込めたまなざしで自分を見つめるロザリーを振り返って思った。

  ポリニャック 「母の仇を・・死ぬ覚悟で、ここまで・・まさか・・本当なら何て恐ろしい子・・何て恐ろしい」
230 ジャルジェ邸
ロザリーは寝台に泣き伏している。傍らにオスカルが立っている。
  ロザリー 「もうちょっとだったのに・・もうちょとで母さんの仇がとれたのに・・今日まで何のために剣の稽古をしてきたというの?なぜ?なぜ止めたの?」
  オスカル 「仇を討ってそしてどうする?」
  ロザリー 「そんなこと。ただ仇さえとれれば」
  オスカル 「仇を討てば間違いなくロザリー、おまえも死刑になるぞ」
  ロザリー 「死刑?」
  オスカル 「空しくはないか?ポリニャック夫人をたとえ殺したところで死んでしまったおまえの母さんはもう二度と帰ってこないんだ。わかるか、ロザリー。どうして自分の人生をもっと大切にしないのだ。死ぬなロザリー。おまえはもうジャルジェ家の一員なのだ。おまえを死なせたくはない」
  ロザリー 「オスカル様・・」
  オスカル 「よしよし、もう泣くな。どんなことをしてもおまえを産んだ母上を捜し出してやろう。だからロザリー、明日のことだけを考えて精一杯生きるのだ」
  ロザリー 「はい」
240 オスカルを見上げたロザリーは涙を浮かべた瞳を輝かせて肯いた。

アンドレが書籍を山のように抱えて部屋へ入ってくると、その書籍をテーブルの上に乗せた。

  アンドレ 「これであるだけ全部だ」
  オスカル 「よし、手分けをして調べよう」
  ロザリー 「オスカル様、これは?」
  オスカル 「貴族の名簿さ」
  三人はページをめくりマルティーヌ・ガブリエルの名前を探すした。

やがて朝日が昇ってきた。アンドレとロザリーは広げた名簿に顔を伏せて眠っているが、オスカルは調べ続けている。目をさましたアンドレが大きくのびをした。

  アンドレ 「いつの間にか夜が明けてしまったなあ」
  オスカル 「もう少しで終わる。がんばろう」
  アンドレは目を覚まさないロザリーを起こそうとした。
  アンドレ 「ロザリーの奴、おい、ロザリー」
250 オスカル 「待て、昨日からいろいろあって疲れているんだ。眠らせておいてやろう」
  アンドレ 「うん。ところでオスカル、これだって完全な名簿ではないかもしれない。これでわからなければ、どうする?」
  オスカル 「うーん・・今日ベルサイユへ行ったらノワイユ夫人に尋ねてみよう。彼女なら貴婦人のことについてこのフランス中で一番詳しいお方だ。知っているかもしれん」
  ベルサイユ宮殿。
  マリー 「オスカル、それは残念なこと。ノワイユ夫人は彼女のおばあさまのご病気が急に悪くなって昨日遅くボルドーのお屋敷に帰りました」
  オスカル 「それではお帰りを待つことにいたします。では・・」
  アントワネットの御前を辞したオスカルとアンドレは人気のない長い回廊を歩いている。階段にさしかかった時、アンドレは頭上のシャンデリアの異変に気づいた。オスカルは何も知らずに階段を降りていく。

アンドレの声に後ろを振り返ったオスカルはシャンデリアを見上げて立ちすくんだ。アンドレがオスカルを突き飛ばすと、二人は階段の下まで転がり落ちた。

間一髪だった。豪華なシャンデリアは派手な音を立てて、階段に落ち砕け散った。

シャンデリアが落下した音を聞きつけて人々が集まって来た。シャンデリアの残骸と階段の下に倒れている二人に人々は驚いた。助けられて二人は立ち上がる。幸いけがはないようだった。

騒ぎを聞きつけて回廊にアントワネットとポリニャック夫人が姿を現した。

  マリー 「オスカル!オスカル!ああ、オスカルが・・何て恐ろしいこと・・」
  ポリニャック 「大丈夫でございますよ、王妃様。ほら・・オスカル様はご無事でございますから」
  恐怖のあまりアントワネットはポリニャック夫人に抱きついた。

オスカルは上の階にいる二人を見上げた。見下ろすポリニャック夫人の瞳には優しい言葉とは裏腹に敵意がこもっていた。

オスカルの眼差しが鋭くなる。

260 オスカル  「偶然だろうか・・いいや・・・もしかしたら・・あり得ることだ」
  その夜遅くオスカルのところへ王妃から急ぎの使者が来た。
  オスカル 「こんな時間にいったい何事だろう?わかった。すぐに行くと伝えてくれ」
  ロザリー 「オスカル様、行かないでください、これから文法を見て下さるお約束です」
  オスカル 「ロザリー、残念だが仕事なんだよ」
  ロザリーは駄々をこねたあげく、供をすることを承諾させた。
  ロザリーM 『わかってはくださらない。王妃様は何もかもすべて持ってらっしゃるけど、あたしにはオスカル様へのこの気持ちしかないのに』
  差し迎えの馬車の中、座席にはオスカル、ロザリーとアンドレが乗っている。窓の外を見ていたオスカルは疑問を口にした。
  オスカル 「アンドレ、ベルサイユへ向かう道とは違うみたいだが」
  アンドレ 「まさか、急用だというから近道をしているのかもしれんぞ」
270 オスカル 「うむ・・」
  馬車は何の前触れもなく停止すると、御者が森の中へと走り去った。入れ替わりに覆面をした黒装束の男たちが剣を手にあらわれた。
  オスカル 「アンドレ、油断するな」
  アンドレ 「わかっている」
  オスカル 「何者だ、私をオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェと知っての待ち伏せか。名を名乗れ!」
  オスカルは馬車から飛び降りると賊に立ち向かった。

斬り合いが始まる。ロザリーは馬車の中で震えていると賊の一人が馬車に片足をかけて中をのぞき込んだ。

ロザリーの悲鳴を聞いたオスカルは賊の背に剣を投げる。その隙をついて賊はオスカルの肩を刺した。オスカルは地面に崩れ落ちた。倒れ伏すオスカルに、賊が剣を振り上げたその時だった。近づいてきた一台の馬車があった。馬車の窓から身を乗り出した人物こそフェルゼン伯だった。

ポリニャック邸、シャルロットの部屋。ドレスや贈り物の箱が所狭しと並べられている。小間使いが大きなばらの花束をシャルロットに捧げた。

  ポリニャック 「公爵様、娘のシャルロットはまだ11歳でございますのよ」
  《せりふ:ド・ギーシュ》
「かまいませんな、一向に。若ければ若いほどよろしい。私の妻にするならばだ、ほっほっほっ・・・」
  ポリニャック 「さあ、ご挨拶なさい、シャルロット。こちらはローラン・ド・ギーシュ公爵様よ。もうすぐあなたの夫になる方です」
  ポリニャック夫人は追従する。その口元には淫蕩な笑みを浮かべていた。

ポリニャック夫人はシャルロットをド・ギーシュ公爵に引き合わせた。目の前に立つ醜い中年男を信じられないという目でシャルロットは見つめている。目をそらそうとしても、そらすことができなかった。
280 《せりふ:ド・ギーシュ》
「いかがですかな?私のプレゼントはお気に召しましたかな?」
  マリオネットの糸が切れたように、シャルロットは体を仰け反らせて失神した。娘を抱きかかえたポリニャック夫人が何度もその名を呼んだ。
  ポリニャック 「シャルロット・・シャルロット、しっかりして」
  雲が風に流れるのを見ていたロザリーは、かけ声をかけると馬の脇腹を蹴る。悠々と手綱を取ると自在に馬を走らせた。その様子を小高い丘の上から、オスカルとアンドレが馬を並べて見下ろしている。
  アンドレ 「知らぬ間にずいぶんと腕を上げたな」
  オスカル 「執念というのかな。ロザリーは今、母親の敵を討つためだけに炎を燃やしているんだ」
  アンドレ 「ポリニャック伯爵夫人か・・仇を討ってどうなる。燃え尽きて、その後ロザリーは何をする」
  オスカル 「我々が何かをしてやれるとしたらその後・・だな・・」
  アンドレ 「うん」
  ポリニャック邸。
大きな鏡台の前に座ったシャルロットの髪を小間使いがすいている。母親の話を聞いているはずのシャルロットの表情は人形のように生気がなかった。
290 ポリニャック 「母が決めたのです。ポリニャック家のためにもおまえのためにもとそう思って。公爵夫人になれるのですよ。夢のような話じゃありませんか。特にド・ギーシュ様は会計検査庁の長官で国王の信頼も厚い方で、おまけにボナージュ地方のほとんどの土地はあの方の・・」
  櫛に金髪がひっかかって、シャルロットは悲鳴を上げた。

シャルロットは窓のそばまで跳び去る。小間使いが近づいて手を差し伸べるが激しい拒絶に小間使いは差し出した手を引いた。

母と小間使いに背を向けて、シャルロットは肩を震わせた。目に涙をいっぱいためて、シャルロットは助けを求めるように母親に訴えるが、業を煮やしたポリニャック夫人は椅子から腰をあげると、能面のような表情で、無慈悲に言い放った。

  ポリニャック 「シャルロット」

「遅かれ早かれ、女は殿方に愛されねばなりません。それが、女の幸せです」

  シャルロットは冷たい絶望が胸に満ちる音を聞いた。ポリニャックはシャルロットの手を掴んで導くと、椅子へと座らせた。
  ポリニャック 「さ、早くシャルロットの髪を。急がないと夜会に間に合いませんよ」
  ジャルジェ邸
馬を厩舎へと引く途中のアンドレが見上げた窓にロザリーがいた。
  アンドレ 「ロザリー、どうした、オスカルと一緒に夜会へは行かなかったのか?」
  ロザリー 「ええ。ベルサイユへ行けばあの人がいます。ポリニャック夫人が。見る度に憎しみが増すの。それに、今日は死んだ母の誕生日。あたし、今日あの人を見たら何をするかわからない。」
  アンドレ 「おやすみ、ロザリー。」
  黙って聞いていたアンドレは優しく笑いかけた。
300 ロザリー 「おやすみ、アンドレ」
  ベルサイユ宮殿大広間

シャルロットは大広間をそっと抜け出した。ポリニャック夫人は娘がいなくなったことに気がつかない。何がおかしいのか扇で口元を隠し、優美な仕草で談笑している。
オスカルも大広間をあとにした。

蛙の噴水の縁に腰をおろしてシャルロットが冷たい水面を見ている。噴水は止まっていた。涎のように水滴がひとつ、青銅の蛙の口からこぼれる。

足音に驚いて立ち上がると、目の前にオスカルが立っていた。

  オスカル 「こんな人気のないとことにお一人でいてはいけません。私の部下もここまでは見回ってはいませんから」

「どうしてもお一人になりたいのならご自分のお部屋へお帰りなさい」

「私がお送りしましょう」

  涙をいっぱいにためて、シャルロットはオスカルの胸にとびこんだ。膝をおるとオスカルの右手に頬をよせてなきじゃくる。

オスカルは自分を見上げるシャルロットの、涙に濡れた瞳を見つめることしかできない。彼女はシャルロットの手を握って立たせた。
  オスカル 「さあ、行きましょう。風がでてきた。」
  シャルロットはオスカルが軍服に差していた白ばらが欲しいと抜き取ると、その場から走り去った。

ジャルジェ邸
朝、オスカルが出かける支度をしている。馬を走らせてアンドレが屋敷へと戻ってきた。玄関ホールへ入るなりオスカルの名を呼んだ。アンドレは息をきらせてあたりを見渡した。オスカルはちょうど階段を降りかけるところだった。

  アンドレ 「オスカル!」
  オスカル 「もう出仕の時刻だ。どこに行っていた。」
  アンドレ 「ロザリーはどこだ?」
  オスカル 「乗馬だろう。屋敷内にはいない」
310 アンドレ 「それはよかった。あの子にはまだ聞かせたくない。マルティーヌ・ガブリエル」
  オスカル 「マルティーヌ・ガブリエル?」
  乗馬から戻ったロザリーは入り口の階段に足をかけるが、その名前を聞いて立ちどまった。
  アンドレ 「ロザリーが育ての親ニコール・ラ・モリエールから死に際に聞いたという名前だ。その女が誰だかわかった。娘時代の名をマルティーヌ・ガブリエル・ド・グーラーヌ。結婚してなぜかファーストネームを変えた。シャロン、マルティーヌ・ガブリエルをシャロンと変えていた」
  オスカル 「シャロン?どこかで聞いた名だな」
  アンドレ 「そう・・オスカル、おまえなら聞いているはずだよ。今の名をシャロン・ド・ポリニャック」
  オスカル 「ええっ!」

「あのポリニャック伯爵夫人か?」

  アンドレ 「まちがいない。王立図書館に知り合いがいてな、片っ端から貴族の系図を調べさせてもらった結果だ」
  オスカル 「そうか・・何と言うことだ。ロザリーの生みの親があのポリニャック夫人とは・・」
  ロザリーはショックに打ちのめされてじっとそのの場に立ちつくしていた。これが現実であるとは思えなかった。

はじめてロザリーにベルサイユ宮殿を見せた尖塔から風景を眺めながら、オスカルは言った。
320 オスカル 「ロザリー、いつか私はこの塔の上でおまえに剣の使い方を教えると言った。仇は必ず取らせるとも言った。あの時の私の言葉はすべて嘘だ。ああ言ったのはおまえに思いとどまらせる時間がほしかったからだ」
  石の床に目を落としながらアンドレがつぶやく。
  アンドレ 「世の中、皮肉なもんだな・・育ての親の仇が産みの親だったなんて」
  オスカル 「時間稼ぎなどとよけいなことをしてかえっておまえを永遠の苦しみの中に送り込んだようなものだ」
  ロザリー 「苦しみ?いいえ、オスカル様。あたしは苦しんでなんかいません」
  きっぱりとした言い方に、オスカルは思わずロザリーの顔に目をやった。
  ロザリー 「だってあたしにとって母は一人、ニコール・ラ・モリエールただ一人なんですから。あの人が生みの親などと言われても何も感じない。ひとかけらの愛すらあたしの中にはわきおこりません。かえって憎しみが増すばかり。あたし、証明してみせます。母はあたしを育ててくれた人、ただ一人だということを」
  胸に決意を秘めて、ロザリーの大きな瞳が青く輝いた。

深夜、ロザリーはジャルジェ家の武器室に忍び込むと、壁にかけられた一挺の銃を手に取った。剥製の鹿の首がろうそくの灯りに照らされて、大きな影を映した。ロザリーは馬を駆ってジャルジェ家を去っていった。

ベルサイユ宮殿
オスカルの号令の下、騎馬の近衛兵は一糸乱れず訓練をしている。物陰からアンドレがオスカルに合図をした。

  オスカル 「何かわかったか?」
  アンドレ 「いいや、ロザリーの行方は全くわからない。ただし、ポリニャック夫人の行く先はわかった。ド・ギーシュ公爵のシャトーに、晩餐会に招かれている」
330 オスカル 「そこだな」
  アンドレ 「と、俺も思う。ロザリーは必ずあとを追っているはずだ」
  夜、湖畔のシャトー
晩餐会の招待客はシャルロットを除けば成人貴族ばかりだった。シャルロットは食事が喉をとおらない。胸に白ばらをさしたその姿は一段と小さく無力に見えた。
  《せりふ:ド・ギーシュ》
「いかがですか、シャルロット殿。あなたさえその気になれば今夜からでもこの城にあなたの部屋を作ってさしあげますよ。」
  ド・ギーシュの言葉にシャルロットは身を縮ませた。
  《せりふ:ド・ギーシュ》
「おうおう、これはまたお優しい。私の冗談を真に受けなされた。ふふふふふ・・・」
  公爵の笑いにつられてテーブルについた他の客も笑い出した。ポリニャック夫人も笑っている。

シャルロットはますますその身を小さくした。彼女は舞踏会の夜にベルサイユ宮の庭園でオスカルと二人きりで話した時のことを思い出した。シャルロットは心の中で
「助けて、オスカル様・・」とつぶやいた。
シャルロットの頬を涙が流れて落ちる。

晩餐が終わり、ポリニャック夫人は帰宅するためにシャトーを後にした。馬車の座席にはシャルロットが横になっている。

  ポリニャック 「できるだけゆっくり。シャルロットがもう休んでいますから」
  馬車が橋へとさしかかると、橋の上に馬が停まっていた。御者は馬車を停止させた。

馬の主はロザリーであった。銃を取り出すと、銃口を御者へと向けた。
  ロザリー 「ふたりとも、手をあげて、ゆっくり馬車から降りなさい」
340 ロザリーは手綱を取ると、夫人とシャルロットを乗せた馬車を走らせた。

追いすがる御者を蹴散らして、二頭の馬が馬車を追った。アンドレとオスカルである。
馬車から降りたポリニャック夫人にロザリーが照準を合わせた。
  ポリニャック 「あなたは・・」
  ロザリー 「静かに!あたしに向かって何も話しかけてはいけない。すぐに終わります。あたしが引き金を引きさえすればいいのだから」
  ポリニャック 「私は死にたくない。撃たないで!」
  銃を構えるロザリーの目はすわっていた。堪らず、ポリニャック夫人は後ろを向いて逃げ出すが足をもつらせた。

倒れた彼女に尚も銃を向けるが、ロザリーには撃つことができない。ロザリーは銃をおろすとその場にへたりこんでしまった。

オスカルがロザリーに歩み寄る。オスカルは優しく微笑んだ。ロザリーは嗚咽し、オスカルへしがみついた。

  オスカル 「撃てるわけがない。おまえのような優しい娘が本当の母親を撃てるわけがない」
  オスカルの言葉にポリニャック夫人が立ち上がった。その瞳は驚愕に見開かれていた。
  ポリニャック 「何ですって?」
  オスカル 「この娘の名はロザリー・ラ・モリエール。それだけ言えばもうおわかりでしょう。シャロン・ド・ポリニャック夫人。いや、マルティーヌ・ガブリエル・ド・ポリニャック夫人」

「では失礼する」

  ロザリーを促して馬へ乗せると、オスカルは馬車の座席で眠るシャルロットを彼女に示した。シャルロットは今の騒ぎに全く気づかずに無心に眠っている。
350 オスカル 「見てごらん、ロザリー。この娘はおまえの妹ということになるんだ。よかったな、引き金を引けば、今度はこの娘が悲しむところだった」
  ロザリー 「違う・・この子はあたしの妹じゃない。だってポリニャック夫人はあたしの母じゃない。だから、この子はあたしにとってあかの他人」
  オスカルは馬の腹を蹴ってその場を後にした。

ポリニャック夫人は運命の皮肉に戦慄した。
  ポリニャック 「あの子は・・ロザリー・ラ・モリエール・・ロザリー・ラ・モリエールだとしたら・・間違いなく私の子・・私が15の時に産んだ子。ではあの時私が馬車ではねた人は・・生まれたばかりのロザリーを引き取って育ててくれた、ニコール・ラ・モリエール・・そんな・・そんなことって・・あの親切だったニコールを・・ああ、神よ私は忌まわしい悪魔に呪われているのでしょうか。どうか・・どうかこれからの私をお守りください」
  ベルサイユ宮殿では今夜も華麗な舞踏会が催されていた。

今夜もシャルロットの胸には白ばらが飾られている。階段を降りかけたシャルロットの足が止まった。踊り場に正装したド・ギーシュ公爵が立っていたのだ。
  《せりふ:ド・ギーシュ》
「これはこれはシャルロット殿」
  ド・ギーシュはシャルロットを人気のない部屋に強引に連れ込んだ。

ド・ギーシュの手を振り払ってシャルロットは窓辺へと逃げるが、そこまでだった。ド・ギーシュが近づいてくるのを止める術はなかった。

  《せりふ:ド・ギーシュ》
「おやおや、何をそう警戒なさる。私たちは間もなく式を挙げる仲ではないか。ただその可愛らしいあなたの手に接吻をとお願いするだけではないか。さあ、こっちへ、シャルロット」
  ド・ギーシュは跪くと、精一杯伸ばしたシャルロットの手に唇を当てた。
  《せりふ:ド・ギーシュ》
「失礼いたした、ご免」
360 ド・ギーシュが部屋から出ていっても、シャルロットは固まっていた。顔を背けて公爵の唇の感触を我慢していたシャルロットは恐る恐る自分の右手に目をやった。公爵の唇によって汚された手が自分の体の一部であることが信じられなかった。

汚された右手をなんとかしたい一心でシャルロットは噴水へとたどりついた。今夜は蛙の彫像が水を吹き上げている。風がきれいに結い上げられたシャルロットの髪をかき乱す。蛙の彫像を見つめていたシャルロットの精神の糸が切れた。

噴水の水に浸かって、笑いながらシャルロットは手を洗い続ける。彼女は正気を失っていた。

  《せりふ:侍従》
「たいへんでございます。塔の上にポリニャック家のお嬢様が」
  招待客たちが庭へでると、どうやって上ったのか、シャルロットが高い塔の上に立っていた。

ポリニャック夫人が悲鳴をあげる。オスカルとロザリーも呆然とシャルロットの姿を見上げている。シャルロットは右手のばらを高く掲げた。

シャルロットの体がゆっくりと落下する。白ばらが石畳に散った。

ポリニャック夫人は娘の遺体にとりすがって慟哭する。

オスカルとアンドレがロザリーを振り返った。その顔からは何の感情も読みとれない。ロザリーは背をむけた。

  ロザリー 「悲しくなんかない。いくら血が繋がっていると言われても一緒に暮らしたこともない。言葉だって一、二度交わしただけ。血が繋がっているからといって愛がもてるとはかぎらない。血のつながったあかの他人がいたっていいわ」
  ロザリーが振り返ると、突き放した物言いとは裏腹に、涙で顔がくしゃくしゃになっていた。
  ロザリー 「そうですよね、オスカル様?」
  オスカルは痛ましそうに眉をよせた。シャルロットにとりすがることのできないロザリーはオスカルにしがみついて泣いた。
  ロザリー 「死んだんです、オスカル様、あたしの妹が。名乗り会うこともないまま死んでしまったんです。可哀想にあたしの妹が・・たったの11で・・」
  オスカルはロザリーを抱きしめてやることしかできなかった。
369 ED挿入歌 愛の光と影

ベルサイユのばら ロザリー編 

劇  終

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