ベルサイユのばら

最終回スペシャルヴァージョン

38話 運命の扉の前で
39話 あの微笑はもう還らない
40話 さよなら、わが愛しのオスカル

オスカル アンドレ
マリー・アントワネット フェルゼン

       
ベルサイユのばら OP   ベルサイユのばら ED

★ベルサイユのばら 予告編第2話〜第41話★

001 OP挿入曲 薔薇は美しく散る
  N

 

オスカルとアンドレは衛兵隊兵舎に向けて馬を疾走させる。時刻は夜から朝へと変わろうとしていた。 二人の行く手には明の明星が最後の輝きを夜明けの空に振りまいていた。

そのふたつの魂は出会いから長い年月を経てついに結ばれた。それは何もかもが新しく生まれ変わろうとする時代であり、また出会いと別れが激しくも悲しい定めの中でもてあそばれる時でもあった。1789年7月13日の朝が間もなくあける。

そしてこの日はオスカルの心を支えた男、アンドレ・グランディエのあまりに長くあまりに短い最後の一日であった。

オスカルとアンドレは衛兵隊兵舎へ到着する。宿舎の入り口にアンドレを従えてオスカルが姿を現すと、兵たちは寝台から起きあがり、部屋の中央の卓のまわりへと集まる。オスカルは部下たちを見回すと言った。

  オスカル 「諸君、もう知っていると思うが、我がB中隊は午前8時パリ、チュイルリー宮広場へと進撃する。目的は武装した民衆への牽制であるが、暴動となった場合は民衆に発砲、これを鎮圧せねばならない」
  ダグー大佐が部屋の入り口に現れる。オスカルが肩越しに振り返ると、大佐は敬礼した。

《せりふ・ダグー大佐》
「どうぞ、続けてください。」

  オスカル

「民衆の中には、おそらく諸君の親か兄弟がいるとことと思う。たとえ私が発砲を命じても、君たちは引き金をひかないだろう。それが当然だと思う」

「私の考えを言おう。いや、私は自分の取るべき道を述べる。全く個人的にだ。私は今この場で諸君の隊長であることをやめる。なぜなら私の愛する人、私の信ずる人が諸君と同じように民衆に対し発砲をしないと思うからだ。私はその人に従おうと思う。その人が民衆とともに戦うというならば私は戦う」

「諸君、私はアンドレ・グランディエの妻となった。私は夫の信ずる道をともに歩く妻となれた」

  アンドレ 「オスカル」
  オスカルはアンドレをふりかえる。その瞳には信頼と愛情がこめられている。オスカルは椅子から立ち上がると、アンドレを見つめて言った。
  オスカル 「アンドレ、命じてくれ。アンドレの行く道は私の信ずる道だ」
  アラン 「はははは、隊長、あんたは隊長をやめる必要なんかねえよ。あんたが来る前にみんなで相談ぶってた。もし、戦いになったら、俺たちはその場で衛兵隊をやめて革命に身を投じようじゃねえかってね」

「だが、あんたがその気ならその必要はねえ。俺たちはあんたの指揮の下で市民とともに戦う。みんなばらばらになるより、その方がずっと力になる」

010 オスカル 「アンドレ」
  アンドレ 「アランの言うとおりだよ、オスカル」
  アラン 「よろしく頼むぜ、隊長」

「あ、それからよ、おめでとうよ、お二人さん」

  隊員たちの祝福に二人は頬を染めた。
オスカルは入り口で一部始終を聞いていた副官に歩み寄った。
  オスカル 「ダグー大佐」
  《せりふ・ダグー大佐》
「は、」
  オスカル 「あなたは貴族だ。私たちと行動をともにするとは思えない。」
  《せりふ・ダグー大佐》
「は、ご一緒できません。」
  オスカル 「今ここで聞いたことを連隊本部へ報告なさるもなさらぬもあなたの自由です。」
  《せりふ・ダグー大佐》
「は、報告するつもりです。ただし・・・」

大佐の言葉に隊員たちが気色ばむが、アランが制止した。

020 アラン 「待て、話は最後まで聞くもんだ。」
  《せりふ・ダグー大佐》
「ただし、今日一日は私は無断で休暇をとるつもりです。報告は明日以降になることでしょう。お身体をくれぐれもお大事に。」

大佐はオスカルの目を見つめて敬礼する。オスカルは彼の言葉に声を詰まらせた。

  オスカル 「ダグー大佐・・・」
  廊下を立ち去る大佐をアランたち隊員が見送った。
  アラン 「石頭の堅物だとばかり思っていたが、恩に着るぜ大佐。」
020 N 隊員たちは騎馬で兵舎の庭に整列する。
  オスカル 「では諸君、行こう!」
  アラン 「行こうぜ、みんな!」
 

N

衛兵隊B中隊はオスカルを先頭にチュイルリー宮へ向けて出発した。その日、1789年7月13日。

一人の兵隊の発砲が引き金となり遂にフランス大革命の血で血を洗う凄惨な戦いの幕が切って落とされたのである。パリへ向かうオスカルたちの隊列に斥候が報告した。

《セリフ・兵士》
「隊長、オスカル隊長。軍隊がついに民衆に発砲を始めました。パリはもはや戦場です。軍は武器を持たぬ者にも無差別に攻撃を繰り返し、チュイルリー広場は血の海となりました」

逃げ惑う民衆に容赦なく銃弾が降り注ぐ。

いかに武装したとはいえ、民衆は組織化されていたわけではない。正面からぶつかっては軍の圧倒的な銃器の前にかなうはずはなかった。

《せりふ・民衆》
「諸君、まず退却だ。これ以上怪我人をだすな。」

その中にベルナールがいた。傍らにはロザリーもいる。

  ベルナール 「ロザリー、怪我はないか?」
  ロザリー 「大丈夫よ、ベルナール。」
  ベルナール 「行こう。」
  軍を逃れて路地を進む民衆の前にオスカルの率いる衛兵隊が立ちはだかった。

《せりふ・民衆》
「衛兵隊だ。衛兵隊に挟み撃ちにされたぞ。」

自分たちに向けて銃を構える民衆を、オスカルは片手をあげて制した。

  オスカル 「待ちたまえ。我々には諸君と戦う意志はない。」
  《せりふ・民衆》
「戦う意志がない?そりゃあ、どういうことだ?」
030 オスカル 「もしその気なら、引き上げてくる君たちをとっくに狙い撃ちしている。」
  《せりふ・民衆》
「そりゃまあ・・そうだなあ・・・」
  オスカル 「とにかく、道をあけてください。」
  《セリフ・民衆》
「ううむ・・おい、みんな、道をあけてくれとよ!」

人垣が割れ、その間をオスカルたちの隊列が進む。オスカルの姿を見つけロザリーが呟いた。

  ロザリー 「オスカル様・・・」
  オスカルたちはチュイルリー宮広場へと進入する。ドイツ人騎兵連隊の指揮官がオスカルに呼びかける。

《せりふ・ランベスク》
「衛兵隊、B中隊の諸君か?私はドイツ人騎兵連隊指揮官、ランベスクだ。」

オスカルたちは停止した。

《せりふ・ランベスク》
「名乗られよ。貴公の階級と称号は?」

オスカルはよく透る声ではっきりと答えた。

  オスカル 「名はオスカル・フランソワ。しかし、階級と称号はない。」
  《せりふ・ランベスク》
「なに?」

オスカルが白い手袋をはめた右手を馬上高く掲げると、部下である隊員たちは銃を構えた。それを見たランベスク候の顔色が変わった。オスカルは告げる。

  オスカル 「兵を退いてください、ランベスク殿。さもないと我々はあなた方に対し一斉射撃をします。」
  《せりふ・ランベスク》
「君たちは・・いったい・・・」
040 オスカル 「衛兵隊B中隊は今日限り全員除隊いたしました。」
  《せりふ・ランベスク》
「なに?」
  アラン 「そういうこった。さあ、兵を退くのか退かねえのか、さっさと返事をしろい!」
  アランが怒鳴った。

《せりふ・ランベスク》
「ぜ・・全員、退却!」

民衆たちは遠巻きに衛兵隊とドイツ人騎兵連隊のやりとりを見守っている。ドイツ人騎兵連隊が広場を去るのを確認すると、オスカルは胸の階級章を外した。

  オスカル 「この階級章は・・もう、いらないな。」
  オスカルが捨てた階級章は石畳の上でからん、と乾いた音をたてた。

広場に民衆が集まってくる。それに気付いたアンドレがオスカルを促した。

  アンドレ 「オスカル」
  《せりふ・民衆》
「あんたがた、俺たちと一緒に戦おうってのかい?」
  オスカル 「そのとおりです。」
  《せりふ・民衆》
「信用できねえなあ・・しろって方が無理だ。今だってあいつらに一発も撃っちゃいねえじゃねえか。」

思いもよらぬ民衆の不信を目の当たりにして、オスカルは戸惑った。

《せりふ・民衆》
「ひょっとして俺たちに入り込んで、いざって時に後ろから撃つんだろう。女王の犬だった連中だ。信用できやしねえ。」

050 オスカル 「彼らの言うことはもっともだ。我々の考えは少し甘かったようだ。だが、ここはどうでも、とにかく、信じてもらわねばならない。アラン、持っていてくれ。」
  オスカルは銃と剣をアランに渡して丸腰になると、馬を下りて民衆の間へと進み出た。途端にオスカルは銃を構えた彼らに取り囲まれる。オスカルは周囲を見まわした。
  オスカル 「私の言うことを聞いてくれ。私は貴族だった。それだけでも今ここで銃を向けられ、撃ち殺されても文句は言えない。だが、これだけは信じてほしい。」

「私とともにあり、私にこうせよと命じた隊員諸君は私とは違う。みなさんと同じ心をもった第三身分の出だ。衛兵隊で給料をもらいながらも、首を長くしてこの日が来るのを待っていた男たちだ。」

「彼らを、せめて私の隊員たちは信じてやってほしい。信じて、そして一緒に戦ってやってほしい。そのために必要ならば私はここで撃たれよう。」

  見守っていたベルナールが人垣をかき分けてオスカルの前へとやって来た。
  オスカル 「ベルナール・・・」
  ベルナール 「私は衛兵隊のみなさんを信じます。そして、あなたを。ようこそ、オスカル・フランソワ。」
  オスカル 「ありがとう、ベルナール・シャトレ。」
  オスカルは差し出されたベルナールの手を握り返した。

《せりふ・民衆》
「おい、あれはロベスピエール先生の直弟子の・・ベルナール・シャトレだ。ベルナールが信じるんだったら、信じられるな。」

民衆は隊員たちの中へと流れ込む。どちらからともなく手が差し出され、握手が交わされた。

アンドレが馬から下りると、ベルナールが歩み寄った。

  ベルナール 「いつかはこうなると思っていたよ、アンドレ。」
  アンドレ 「ベルナール」
060 ベルナール 「よろしくな。」
  アンドレ 「よろしく。」
  二人は両手で堅い握手を交わした。ロザリーは大きな瞳に涙をためている。
  オスカル 「ロザリー」
  ロザリーはオスカルの胸に飛び込んだ。
   

アルマン連隊がチュイルリー広場へと行進する。屋根の上の見張りが連隊の接近を告げた。

《せりふ・兵士》
「兵力、約500。アルマン連隊がこっちへ向かってくるぞ。」

オスカルは馬に飛び乗ると、馬上より高らかに号令をかけた。

  オスカル 「元衛兵隊隊員、全員騎乗!」
  アラン 「待ってました」
  命令一過、隊員たちが次々と騎乗する。ベルナールが言った。
  ベルナール 「待ってくれ、オスカル。いったいどうするつもりだ。」
070 オスカル 「先制攻撃を仕掛け、彼らの進撃をくい止める。あなた方はその隙にこの広場にバリケードを築いてください」
  ベルナール 「バリケード?」
  オスカル 「そうです。バリケードがあれば武器が少なくても軍隊と互角に戦える。いいですね」
  ベルナール 「なるほど、よくわかった。」
  オスカル

「では」

「全体、前へ!」

  オスカルを先頭に隊員たちは丘へと駆け上る。彼らは広場へと向かう隊列を見下ろした。
  オスカル 「いいな、十分に攪乱し、敵の注意を引きつけたら、広場とは反対方向に走る。我々を追わせてあの隊を広場から遠ざけるんだ。ようし、一気に側面へ突っ込め!」
  挿入曲 戦いM19
  N B中隊は騎馬で階段を駆け下り、アルマン連隊を蹴散らしていく。

オスカルは先陣を切って隊列を切り開く。その時だった。アンドレの右目に霞がかかる。アルマン連隊の隊員が銃の照準をアンドレに合わせた。いち早くそれに気がついたアランが隊員を殴り倒した。

アラン 「アンドレ、どうした、何をぼけっとしてるんだ」
080 アンドレ 「アラン、だめだ、俺の目が・・ぼやけているだけじゃなくてどんどん暗くなってきた」
  アラン 「アンドレ・・・」
  アンドレ 「この・・大事な時に・・・」
  オスカル 「よし、みんな退却!」
  アラン 「アンドレ、頭を上げるんじゃねえぞ」
  N アランはアンドレを庇いながら退却した。

セーヌ河畔、オスカルたちを待ち伏せするために部隊が配置されていた。部下が指揮官へ告げた。

《せりふ・兵士》
「伝令がはいりました。オスカル・フランソワ以下50名はサン・マルタン運河を通過、こちらへ向かっています。」

7月13日、午後3時、午後にはいって、軍隊と民衆との戦闘は至る所で行われ、その激しさはますますエスカレートしていった。そして、連隊本部から出された元衛兵隊員たちへの討伐命令はすでに全連隊へと行き渡っていた。

待ち伏せされているとも知らず、オスカルたちは馬を走らせる。煙幕の向こうに部隊を認めてオスカルは馬を止めるが遅かった。銃が火を噴き、隊員の何人かが犠牲になった。

  オスカル 「退けい、退け退け!」
 

オスカルたちは方向転換するがその先にも別の部隊が待ち伏せしていた。さらに数名の犠牲者がでた。仲間の死に逆上したラサールはオスカルの制止も聞かず、敵陣へ突撃するが、あえなく銃弾に倒れた。

オスカルたちは下水道に身を隠している。50名は約半数になっていた。オスカルは言った。

  オスカル 「とにかく、我々は、またあのチュイルリー広場へもどる。これだけの人数では、もうベルナールたちと合流して戦う以外、道はない。」

「問題は広場まで行けるかどうかだな。途中には軍隊がごろごろしてる。」

  アラン 「だが強引に突っ切るしかねえ。でしょう、隊長?」
090 オスカルは顔を上げるとアランの目を見つめた。戦闘と部下の死に焦燥はしているが、その青い瞳は輝きを失ってはいない。

アランはアンドレの肩に手をかけた。
  アラン

「じゃあ、行きましょうや、決まりだ。なあ、アンドレ?」
  アンドレ 「ああ、行くしかないな。」
  N

空は赤く染まっている。時刻はすでに夕刻である。下水道から外へ出たオスカルが階段の上に立つ歩哨に気がつくのと、歩哨がオスカルの姿を認めるのは同時だった。

双方の銃が火を噴く。オスカルは歩哨を倒すが、歩哨の撃った弾丸はオスカルの後ろにいたアンドレの胸を貫いた。

  アラン 「隊長!今の弾が、アンドレに・・・」
N オスカルは身体が硬直して身動きができなかった。

アンドレの軍服の胸がみるみるうちに血に染まっていく。

  オスカル 「アンドレ」
  アンドレ 「オス・・カ・・ル・・・」
  N アンドレはオスカルに向かって歩み寄るが、力つきてその場に倒れた。オスカルは駆け寄ると、アンドレの名を呼び続けた。
  オスカル 「アンドレ、アンドレ、アンドレ!」
100 オスカルを先頭にB中隊は馬を疾走させる。
  アラン 「アンドレ、がんばれよ。すぐに医者に見せるからな。」
  アランがアンドレを励ます。オスカルは心配そうに後ろを振り返った。B中隊の行く手には銃を構えた部隊が整列していた。
  オスカル 「怯むな!中央を突破せよ!」
  挿入曲 革命M3
  N 銃弾をものともせず、B中隊は兵士を蹴散らして突進する。オスカルは剣を高く掲げて道を切り開いていった。

重傷のアンドレを乗せたアランの馬を守りながら衛兵隊員たちは包囲網を突破する。アンドレを死なせてはならない。血を吹くアンドレの胸の傷はオスカルを逆上させていた。

降り注ぐ銃弾の中をオスカルは走る。アンドレを助けるためならば、もう恐いものなんかない。

チュイルリー宮広場にはバリケードが築かれている。屋根の上の見張りがB中隊の姿を見つけた。

《セリフ・民衆》
「衛兵隊だ。衛兵隊が帰ってきたぞ」

B中隊が広場へと到着する。アンドレは馬から降ろされ、オスカルの手によって石畳の上に横たえられた。

アンドレは激痛に顔を歪める。その息は荒かった。

  オスカル

「しっかりしろ、アンドレ。もう安心だ、すぐに医者が来る。」

「アンドレ・・」

  ベルナールはバリケードの上に昇ると、呼びかけた。
  ベルナール 「みんな聞いてくれ。元衛兵隊員アンドレ・グランディエが重傷を負って帰ってきた。誰でもいい、医学の心得のあるものは名乗りでてくれ。急ぐんだ。仲間を一人、何がなんでも助けたい。」
  N

《せりふ・医師A》
「私はグラビリエ地区の開業医だ。怪我人をみよう。」

《せりふ・医師B》
「私も力になろう。外科は専門だ。」

二人だけではなかった。民衆の中からアンドレのために10人を超える医者が名乗り出た。

教会の鐘が鳴り響く。煙るような夕焼けがあたりを包んでいく。アンドレは広場に据えられたベッドに横たえられていた。

110 アンドレ 「陽が・・陽が沈むのか・・オスカル・・」
  オスカル 「うん。今日の戦いは終わった。もう銃声ひとつしないだろう」
アンドレ 「鳩がねぐらに帰っていく羽音がする」
  オスカル 「うん」
  アンドレの様態を気遣ってベルナールが医師に尋ねた。
  ベルナール 「どうですか、アンドレの怪我は?」
  N 《セリフ・医師A》
「弾は心臓を真直ぐに貫いている。まだ息があるのが不思議なくらいです。残念ですが、もはや手の施しようがありません」

アンドレが差し出した手をオスカルは両手で握り締めた。失われつつある命の温かさにしがみつきながらオスカルはぽろぽろと涙をこぼした。

  アンドレ 「どうした、オスカル、何を泣いている?」
  オスカル 「アンドレ、式をあげてほしい。この戦いが終わったら、私を連れて地方へ行って、どこか田舎の小さな教会を見つけて、そして結婚式をあげてほしい。そして神の前で、私を妻にすると誓ってほしい」
  アンドレ 「もちろんだ・・そうするつもりだよ、オスカル・・そうするつもりさ。でも・・オスカル、何を泣く?なぜ泣くんだ?俺はもう・・駄目なのか・・」
120 オスカル 「何を馬鹿なことを、アンドレ」
  アンドレ 「そうだね、そうだ・・そんな筈はない。すべてはこれから始まるんだから・・俺とおまえの愛も・・新しい時代の夜明けも。全てがこれからなんだもの・・こんな時に・・俺が死ねるはずがない。死んで・・たまるか・・・」
  オスカル 「いつかアラスへ行った時、二人で日の出を見た・・あの日の出をもう一度見よう、アンドレ。あのすばらしかった朝日を・・二人で・・二人で生まれてきて、出会って・・そして生きて・・本当によかったと思いながら・・」
N アンドレは絶命していた。そのことが信じられなくて、オスカルはアンドレの名を呼んだ。
  オスカル 「アンドレ・・アンドレ!」
  N アランは帽子を脱いで胸にあてた。菫色の夕闇が広場を包んだ。立ちすくむオスカルの背後の空を流星がひとつ、ふたつ、まるで涙のような尾をひいて落ちて行く。
  オスカル

「アンドレ、私をおいていくのか!」
  挿入曲 変奏B
 

オスカルは慟哭し、泣き崩れた。

アンドレの遺体は昼間の戦闘で死んだ衛兵隊員や市民の遺体とともに広場の近くにある小さな教会の中に安置された。

オスカルは唯一人、教会の正面玄関前の階段に腰掛けている。少し離れた場所で隊員たちはカードをしていた。

《せりふ・衛兵隊員A》
「そういや、アンドレの奴、俺たちとはついに一度もカードはしなかったな。」

アランはカードの輪には加わらずに、目を閉じて荷物に背を預けている。

《せりふ・衛兵隊員B》
「ようアラン、やらねえか。どうも俺は今日はのらねえんだ。」

  アラン 「またにしとくよ。隊長はどうしてる?まだ教会の前か?」
130 《せりふ・衛兵隊員B》
「ああ・・」
  アラン 「どっこいしょ。」
  N アランは立ちあがると、教会へ向かった。

オスカルは教会の扉に背を向けて座っている。憔悴した横顔をかがり火が照らす。アランは自分の外套を彼女の背に着せ掛けてやった。

  アラン 「冷えるぜ。今夜は」

「隊長、安っぽい慰めは言いたかねえが、アンドレは幸せ者だよ。あんたへの思いが一応は通じたんだからよ」

「元気だせや」

  そう言うと、アランは立ち去ろうとした。オスカルが突然口を開いた。
  オスカル 「アラン、待ってくれ。明日からの我が隊の指揮はおまえに頼む。私は・・私はもうみんなをひっぱっていけそうもない」
  アラン 「やめなよ、オスカル。そんなことを言い出したらきりがねえ。あんたの深い苦しみとはくらべようもないだろうが、奴が逝っちまって傷ついているのは、あんただけじゃねえ」
  オスカルに背を向けて、アランの目に涙が滲んだ。
  アラン 「朝までには皆の前に顔を出してくれや。すべてはこれからなんだからよ」
  N

アランが立ち去ると、咳の発作が彼女を襲った。オスカルは血を吐いた。傷ついたけものが身を隠す場所を探すようにオスカルは路地へと入りこんだ。壁にもたれかかってオスカルは血の混じった咳をする。彼女の前に愛馬が現れた。馬は主人に向かって、まるで乗れというかのようにいななくと、蹄で地面を掻いた。

オスカルは愛馬を駆って夜の街を疾走する。セーヌ河にかかる橋に、数人の兵士が配備されていた。オスカルはいっこう構わずに彼らの間を走り抜ける。兵士の銃がオスカルに向けられた。弾は馬に命中し、オスカルは地面へ放り出される。馬はすでに死んでいた。

《せりふ・兵士》
「謀反を起こした衛兵隊の女隊長だ。捕らえろ!」

愛馬の屍骸を見つめて立ち尽くすオスカルを兵たちが取り囲み銃剣を突きつけた。オスカルはすらりと剣を抜いた。取り押さえようとする兵たちを彼女は難なくかわした。

《せりふ・兵士》
「お、おい・・こいつ泣いてやがる・・」

銃剣を構えた兵士がオスカルが泣いていることに気がついた。オスカルの異様な雰囲気に気圧されて兵士たちは思わず後づさった。

140 オスカル 「愛していましたアンドレ。恐らくずっと以前から。気付くのが遅すぎたのです。もっと早くあなたを愛している自分に気付いてさえいれば二人はもっとすばらしい日々を送れたに違いない。あまりに静かにあまりに優しくあなたが私のそばにいたものだから、私はその愛に気付かなかったのです」

「アンドレ・・許してほしい。愛は・・裏切ることより、愛に気付かぬ方がもっと罪深い」

  オスカルは夜空を見つめながら心の中で語りかけた。
  オスカル 「アンドレ・・答えてほしい・・もはや、すべては終わったのだろうか」
  オスカルの影は孤独に立ち尽くしていた。

チュイルリー宮広場。バリケードの陰でアランは仮眠をとっている。

《せりふ・衛兵隊員A》
「班長、アラン班長。」

  アラン 「なんだ。」
  《せりふ・衛兵隊員A》
「オスカル隊長が消えました。教会の前はおろか広場のまわりにも見当たりません。あの・・どうしましょう?」
  アラン 「馬鹿野郎!うろたえるな。朝までには必ず帰ってくる。心配するな、そうみんなに言っとけ。」

「あ、いけねえや。振り始めやがった。」

  パリの路地裏をさまようオスカルを冷たい雨が濡らす。ふと振り返ると、眼下にはパリの町の灯りと、そして水をたたえたセーヌ川の流れが広がっていた。

まもなく7月14日の朝が明ける。

市民たちがベルナールを中心に会合を開いている。ドアを開けてアランが入ってきたのに気がついたベルナールが片手をあげてこたえた。

  ベルナール 「アラン、待っていたよ。君にも衛兵隊代表として話をきいてほしい。」
  アラン 「俺は代表じゃねえ。隊長が都合悪いんでな。代理で来ただけだ。」
150 ベルナール 「すまない。わざわざ呼び出して。事は急を要するのでね。要点を言いましょう。我々は夜明けとともにバスティーユ牢獄へ向かい、これを攻撃する。」
  アラン 「何?バスティーユを?」
  ベルナール 「今夜半に情報が入ったんです。実は昨日バスティーユに大量の火薬と砲弾が運びこまれるのを見たものがいます。そして、その後、監視を続けたところ、この雨の中でバスティーユの大砲の向きが変えられた。」
  アラン 「大砲の向き?」
  ベルナール 「そうです。いつもは外に向いている照準がパリ市内、つまり我々市民に対して向けられたんです。」

「ついに国王は我々に戦争を仕掛ける覚悟をしたと、解釈すべきでしょう。今、各広場に終結している人々とも連絡をとっています。おそらく誰もが同じ意見で一致するでしょう。」

 

N

オスカルの影は孤独に立ち尽くしていた。バスティーユ牢獄。それはフランス王政のもうひとつの悪評高い象徴であった。なぜならば、長い王政の歴史の中で自由を求める人々の口を封じその身を閉じ込めた、政治犯、思想犯のための獄舎であったからだ。

オスカルは強い雨に全身を濡らしながら、パリの街をさまよっている。激しい咳の発作が彼女を襲った

 明け方が近づき雨は上がった。そしてフランス革命史上不滅の日、7月14日、バスティーユ攻撃の幕があがろうとしていた。

教会。バスティーユ攻撃を報告に訪れたベルナールに、ロベスピエールは問い返した。

《せりふ・ロベスピエール》
「「何だって?バスティーユを攻撃する?」

  ベルナール 「はい、各広場に集まる人々の一致した意見です。」
  《せりふ・ロベスピエール》
「一致した意見?ちょっと待ちたまえ、ベルナール君。私はそんな指令をだした覚えはないぞ。バスティーユ攻撃などは私の筋書きにはない。」

激高するロベスピエールにベルナールは静かに答えた。

  ベルナール 「先生、お言葉を返すようですが、革命は筋書きではありません。セーヌの流れのごとく大衆の心のままにすすみ行われるものと私は信じます。一応ご報告までと思ったのですが、来なければよかった。失礼します。では、行きます。」
160 一礼するとベルナールは踵を返した。その背にすがるようにロベスピエースの言葉が追いかける。

《せりふ・ロベスピエール》
「よし、認めよう。君たちのバスティーユ攻撃を認めよう。だが忘れるな。リーダーなくして革命は成功しないぞ!ベルナール!」

ベルナールはロベスピエールの言葉に耳を貸すことなく教会をあとにした。

 

バスティーユ攻撃が歴史上何より名高いのは、それが体制側と民衆の大きな戦いというだけでなく、それが民衆のはじめての意志統一による行為であったからだ。

つまり、このバスティーユ攻撃がロベスピエールなどの革命側のエリートたちによる先導ではなく心から新しい時代を求めた名もない市民たちの自然発生的な団結による行動であったことに大きな意味があったのである。

1789年7月14日。それは真の意味での革命が始まった日であった。一部の市民たちはアンヴァリッドの武器庫を襲い、36000丁の銃と12門の大砲を奪い、その足でバスティーユへと向かった。

人気のない路地に死人のように横たわるオスカルのすぐ近くを民衆の歓声が通りすぎて行く。オスカルは微かにうめくと目をあけた。

  オスカル 「バスティーユ?」
 

オスカルは身を起こすと、石の壁によりかかり、武器をてにバスティーユを叫ぶ民衆の列を呆然と見つめた。その視線の先に一人の男が現れた。
  オスカル 「アンドレ・・・」
  アンドレ 「オスカルどうした。こんなところで何をしている。誰もがバスティーユへ向かったぞ。誰もが銃をとり戦うためにバスティーユへと向かった。だが君が率いる衛兵隊はまだ広場にいる。広場で隊長を信じて待っている」
  N 路地の入り口に通じる階段を一段一段おりてきたアンドレの影はアランへと結んだ。
  アラン 「隊長、あんたとともに戦おうと、みんなあんたの帰りを待っている」
  オスカル 「アラン・・」
  N オスカルは外套を脱ぐとアランに手渡した。
  オスカル 「ありがとう・・これ・・」
170 アラン 「いや」
  N バスティーユへと向かう群集の歓声が遠く聞こえる。どうしようもない寒さを感じてオスカルは両腕で自分を抱きしめた。
オスカル 「いつまでも皆を待たせてはいけないな」
  アラン 「ああ」
  オスカル 「アラン、もう一度だけ、これで最後だ。泣いてもいいか?」
  アラン 「ああ・・いいぜ、思いきりな」
 

N

オスカルはアランの胸に顔を伏せると嗚咽した。アランは彼女の背に片手をまわすと、その髪をそっとなでた。

午後一時、ついに戦闘は開始された。この時バスティーユ側はド・ローネ侯爵以下114名の兵だけであったが、その頑丈な城壁と大砲の威力が何万という市民を地獄の底に落とし入れていた

  ベルナール 「くっそう、どうした!我々の大砲は?何で撃たない?我々にだって12門の大砲があるじゃないか。」
  ベルナールは大砲へと駆け寄ったが、火薬の樽を抱えた男は途方にくれるばかりだった。

《せりふ・民衆》
「それがわからねえんで。」

《せりふ・民衆》
「誰も大砲の扱いを知っている奴がいねえんですよ。」

  ベルナール 「何だと・・」
180 ベルナールは途方にくれた。その時だった。澄んだ声がベルナールの後ろでした。
  オスカル 「ベルナール」
  ベルナール 「オスカル」
  挿入曲 変奏A
  オスカル 「すまない、遅くなった。大砲のことは我々が引き受けよう。ようし、全員配置につけ、砲撃、準備!」

「発射角、45度。ねらいは城壁上部。撃て!」

  N

オスカルはすらりと抜いた剣を高く掲げると城塞へ向けて発砲の合図をした。砲門は次々と火を噴き城壁は破壊された。

衛兵隊が市民側に味方したことによって、形勢は逆転した。

《せりふ・兵士》
「ド・ローネ閣下。敵が砲撃を始めました。しかも、かなり正確な砲撃です。このままではやられます。」

兵が司令官に報告する。城塞の中は硝煙が立ちこめ、絶え間ない砲撃によってさしもの堅牢な建物も不気味に振動している。司令官は腰を上げると、窓から広場を見下ろした。オスカルは砲列の真ん中に立ち、指揮をとっていた。

《せりふ・ド・ローネ》
「ようし、狙いをあの指揮官に絞れ。一斉にだ。」

オスカルに向けて何丁もの銃の照準が当てられる。ドローネが合図をする。

《せりふ・ド・ローネ》
「撃て!」

一羽の鳩が青い空を舞う。オスカルの視線がその後を追った。次の瞬間、銃弾が彼女に降り注いだ。オスカルは言葉もなく地面へと崩れ落ちた。

  オスカル 「アン・・ド・・レ・・」
  ロザリーが駆け寄ると、小さく悲鳴をあげた。
  ロザリー 「オスカル様!」
  隊員や市民たちがオスカルを取り囲む。アランがオスカルの傍らにかがんで呼びかける。
190 アラン

「隊長!オスカル隊長!しっかりして下さい。聞こえますか、隊長!」
  オスカル 「大声を出すな、アラン・・ちゃんと聞こえている・・・」
  苦しい息の下で、オスカルはようやく返事をした。
  アラン 「何をしている!みんな手を貸せ。安全な場所に移すんだ」
  N 城塞からは容赦のない攻撃が続いている。隊員たちはオスカルを砲弾の届かない路地へと運んだ。
  ベルナール 「こっちだ!早く来い!」
  アラン 「ベルナール、ちょっと待ってくれ、オスカルが・・」
  オスカル

 

「下ろしてくれ・・アラン、頼む、お願いだ・・とても疲れている。だから五分でいい・・静かに休みたい・・」
  N いつもは気丈なオスカルが辛そうに弱音を吐いている。ロザリーはオスカルの剣を握りしめ、目に涙を浮かべている。

《セリフ・医師A》
「うむ、毛布をここに」

医師の指示で即席の寝台がしつらえられた。その上に横たえられると、オスカルはため息をついた。医師が彼女の脈をとる。ベルナールがのぞき込む。

  ベルナール 「先生?」
200 《せりふ・医師A》
「誰か顔の血をふき取ってあげなさい」
  ロザリー 「私が」
  ロザリーが血塗れのオスカルの顔を布で拭った。オスカルがうっすらと目を開く。視界には細長く空が伸び、硝煙の間を鳩が飛んでいる。
  オスカル

「どうしたんだ・・味方の大砲の音が聞こえないぞ。撃て、砲撃を続けろ。バスティーユを落とすんだ。撃て、アラン、撃つんだ・・何をしている」
  アラン 「元衛兵隊員、全員、配置につけ!」
  オスカル 「撃て・・撃つんだ・・」
  N アランは立ち止まると、振り返り、オスカルに向けて敬礼し、走り去った。広場では激しい戦闘が繰り広げられている。降り注ぐ弾丸をものともせずに、隊員たちは大砲へとかけよった。
  アラン 「ようし、みんな、撃ちまくるんだ」

「ようし、突っ込もう!」

  N オスカルが横たわる路地にもバスティーユへなだれ込む人々の声が届いている。ベルナールが言った。
  ベルナール 「聞こえるか?オスカル、味方の総攻撃の声だ」
210 オスカルはすでに目が見えなくなっていた。彼女の脳裏にアンドレと結ばれた夜の美しい星空がよみがえる。オスカルは静かに目を閉じると惜別を口にした。
  オスカル

「アデュウ・・」
  N

道を示すように闇の中にアンドレの面影が浮かび、そして消えた。
  ロザリー

「いやあ!」
  挿入曲 星になるふたり
  オスカルの命の灯火が消えたことを悟ったロザリーが泣き叫んだ。

1789年7月14日、オスカル・フランソワ絶命!・・・そして、その一時間後、バスティーユ牢獄は降伏の白旗をだした。

バスティーユでの民衆の勝利で革命が終わったわけではなかった。本当の意味での革命はこれから始まろうとしていたのである。すなわち、新しい社会制度の確立であり、今までの権力者たちに対する勝利者たちの裁きであった。

事実、フランス大革命により流された血の多くは、戦いのさなかではなく、その後であったといってもよい。

温かい陽光が降り注ぎ、美しい海辺の風景が広がっている。一人の農夫が畑を耕している。一台の馬車が停まり、人影が降り立った。
  ベルナール 「おーい、アラン、アラン班長。私だ、ベルナールだ。」
  アラン 「よお、ベルナール、しばらくぶりだな。」
  アランは畑を耕す手を休めると、ベルナールにあいさつをした。夫の後に続いて、ロザリーも馬車から姿を現した。
  ベルナール 「しばらくなんてものじゃない。バスティーユからもう5年だ。」
220 アラン 「ほお、五年か・・もうそんなになったかなあ。」
  ベルナール 「探したよ、ずいぶん。何だって、バスティーユが落ちた後、黙って消えたんだ。」
  アランは薄く笑うとベルナールから顔を背けた。その視線の先にはきらめく海を背景に小さな十字架が二つ、並んでいる。
  アラン 「ここにはお袋と妹の墓があってな。前々からいずれはここで百姓をするつもりだったからなあ。」
  ベルナール 「そっくりだ。オスカルとアンドレの墓も、ああしてアラスの小高い丘に並んで立っている。」
  アラン 「オスカルとアンドレか・・・考えようによっちゃ、幸せな二人だったなあ。革命がたどったその後の醜さを知らずに死んだのだから。」
  1789年10月1日。革命が起こっても相変わらず続く食糧不足に女たちの怒りが爆発した。その怒りは一点、アントワネットへとむけられた。男たちも同調し、実に六千を超える大集団がベルサイユへと向かったのである。

斧が振り上げられ、正門の閂が壊される。手に手に鎌や鍬を掲げた女たちの集団が宮殿へとなだれ込んだ。侍従は宮殿へと侵入した暴徒によって、床へ引きずり倒される。

アントワネットは決心すると、バルコニーへと向かった。侍女の制止を振り切って、アントワネットは雨のふきつけるバルコニーへ立った。

全身に民衆の罵声を浴びながら、アントワネットは毅然と頭を上げて彼らを見つめた。その姿に銃の照準が向けられる。今まさに引き金をひこうとしていた男の表情が変わった。アントワネットはドレスをつかむと、優雅なしぐさでお辞儀をしたのである。

200年続いたブルボン王朝、最後の王妃マリーアントワネットがついに民衆に深々と頭をたれたのである。人々は沈黙した。革命の勝利の確信とは別に、頭を下げてさえ女王たらんとするアントワネットの威厳に人々は打たれたのである。

アントワネットの瞳に涙が溢れる。降る雨が後から後からその涙を洗い流す。アントワネットは震える声で呟いた。
  マリー 「私はみとめない。革命など、絶対に・・」
  スエーデン、フェルゼン邸。
フェルゼンは執事の報告を受けている。

《せりふ・執事》
「すでに国民議会は僧侶、貴族階級の特権を剥奪。そして現在パリでは毎日のように革命委員会による裁判が行われ、民衆に評判の悪かった貴族たちが続々と死刑の判決を受けているそうでございます」

  フェルゼン 「それで、あの方はどうしておられる?」
230 《せりふ・執事》
「はい、国王ご一家は民衆の要求により、すでにベルサイユ宮より、パリのチュイルリー宮殿へと移されたそうでございます」
  フェルゼン 「なに?あの古びた150年間も人の入ったことのないチュイルリー宮へ?」
  フェルゼンはグラスをおくと頭を抱えた。
  フェルゼン 「何ということだ・・お労しい・・」
  《せりふ・執事》
「宮殿のまわりはつねに兵に囲まれ、ご一家のお身のまわりを世話するのは数名の召使いのみ」
  フェルゼン 「わかった。もう、よい・・・」
  《せりふ・執事》
「はい」
  フェルゼン 「ちょっと待て。今度の知らせが届くのはいつだ?」
  《せりふ・執事》
「はい、三日後には次の使いが当スエーデンへ向け、早馬をたてる予定でございますので、遅くとも・・・」

フェルゼンは庭へ出た。天を仰いだその顔に雨粒が叩きつけた。

  フェルゼン 「オスカル、今は亡き我が心の友よ。私に勇気を。天に飛んだ君の、あのペガサスの如き白き翼をこのフェルゼンに・・」
240 海を見ながらベルナールが語る。
  ベルナール 「哀れ、フェルゼン。その情熱がマリーアントワネットを決定的に追いつめてしまうとは。」

「ポリニャック夫人をはじめ、ほとんどの王妃をとりまいた貴族たちが外国へ・・フェルゼンだけがパリへ戻ってきた。」

  フェルゼン 「共に死ぬために戻ってまいりました。あなたの盾となり、あなたを支えるために。」
  マリー 「フェルゼン・・あ・・あ・・」
  1791年6月20日。一台の馬車が密かにパリから抜け出した。それはフェルゼンがすべてをかけた逃亡計画であった。

替えの馬をひいた男が合図の洋灯を振る。御者を務めていたフェルゼンは馬車をとめると、扉越しに言った。
  フェルゼン 「陛下、ボンディに着きました。ここで少し休憩し、馬を取り替えます。」

「どうか、もうご安心を。ここまで来ればサベルヌまで一本道。そこねは陛下たちの国境越えの手はずを整えたブイエ将軍の騎兵隊が待機しております。」

  《せりふ・ルイ16世》
「フェルゼン伯」
  フェルゼン 「はっ」
  《せりふ・ルイ16世》
「ご苦労でした。ここまで来れば安心でしょう。ですから、もうここであなたはお帰り下さい。」

夫の意外な言葉にアントワネットは、はっとした。

  フェルゼン 「し、しかし・・陛下・・」
250 《せりふ・ルイ16世》
「ここでお別れしたい。万一の時、外国人であるあなたを危険に巻き込みたくないのです。」

国王の言葉は、あくまでも穏やかだった。フェルゼンはそれ以上言葉を返すことができずに目を伏せた。

  フェルゼン 「わかりました。陛下。では、私はここからベルギーへ亡命いたします。」
  《せりふ・ルイ16世》
「お気をつけられて。私はあなたの友情は永久に忘れないでしょう。おそらく、王妃も同じだと思います。」
  フェルゼン 「では、どうかご無事で。ご成功を心より祈ります。」
  遠ざかる恋人の背中をアントワネットはいつまでもいつまでも見つめていた。それは、遂に光の中へ出ることができなかった恋に相応しい永遠の別れであった。
  ベルナール 「そして逃亡計画はみごと失敗した。」
  アラン 「まあしゃあねえわな。王妃の悪名とその高慢な面はフランス全土に知れ渡っているからな。」
  ベルナール 「バレンヌの町で正体のばれた国王一家は、そのままパリへと連れ戻される。」
  バレンヌ。国王一家の馬車に怒りの形相の民衆が群がった。

《せりふ・民衆》
「国王だ。ルイ16世だぞ。国王のくせに祖国を見捨てて逃げだそうなんて、ふてえ野郎だ!」

《せりふ・民衆》
「この女がアントワネットだ!ひきずりだして、死刑にしろ!」


人混みに阻まれて馬車の隊列は前進することさえ容易にはかなわなかった。

  ベルナール 「パリまでは三日かかったが、途中の町々では人々が馬車を取り囲み大騒ぎになったそうだ。」
260 その旅の恐怖はアントワネットの美しいブロンドを老婆のような白髪に変えてしまったという。

国王一家逃亡事件により、国民はわずかながら残っていた王室に対する思いを全て捨て、はっきりと王室に対する裁きを要求し始めたのであった。

1792年8月、国王一家は裁かれるものとしてチュイルリー宮からマレー地区にあるタンプル塔へと移される。そして九月、国民議会にかわって国民公会が誕生、同時にフランスは王制を廃止、共和国となることを世界中に宣言した。

《せりふ・議長》
「ピカルディー州選出議員、フロレル・ド・サンジュスト君。」

壁に掲げられた三色旗を背にして、サンジュストは壇上へと上がった。

《せりふ・サンジュスト》
「主権はもともと国民のものである。これを独占していた国王は人民の権利を奪いとっていたものに他ならない。つまり、王の存在それ自体がすでに許すことにできない罪を犯したことになる。王は罪の本体である。私はルイ16世がまだ瞬きをしているというだけで、鳥肌が立つ。」


サンジュストの演説は拍手と歓呼をもって迎えられた。

《せりふ・議長》
「続いて、マクシミリアン・ド・ロベスピエール君」

ロベスピエールが壇上に上がった。

《せりふ・ロベスピエール》
「ルイ16世は被告ではない。そして我々も神でない以上、人を裁く権利はない。しかし、我々は国家の将来のため、正しい道を選ぶ権利は持っている。はっきり言おう。ルイは我が共和国のために危険な存在である。彼は生きているだけですでに罪を犯しているのだ。」

361票対360票。たった一票の差でルイ16世の死刑が確定。明けて1793年1月21日、ルイ16世は断頭台の露と消えた。

  マリー 「シャルル!シャルル!」
  我が子を奪われる母親の悲痛な叫びが上がる。
  マリー 「離して下さい。私から夫を奪い、その上子供とまで・・あなたたちも人の子の父親でしょう。」
  《せりふ・兵士》
「そうとも、わしらにも息子がいたさ。そして、わしらが息子に飲ませてやるミルクもなく、栄養失調で死んでいくのをただ見てるしかなかった時、あんたはぜいたくなものを喰らい、宝石を身につけてベルサイユで笑っていたんだ。」

アントワネットは兵士の言葉に一言も言い返すことができずに立ちつくした。

《せりふ・兵士》
「さあ、連れていけ。」

兵士が息子を連れ去る足音が冷たい牢獄に響いて消えた。

海辺に立つロザリー、アラン、そしてベルナール。そこでロザリーが訥々と語り始めた。

  ロザリー 「王妃様はそれからしばらくして、死刑の判決がくだりました。」
  アラン 「おい、もう止そうぜ。王妃がどうなったなんて、俺には興味がねえ。ベルナール、おまえ、そんなことを話すためにわざわざ俺のところに来たのかよ。」
  ベルナ−ル 「いや、そうじゃない。私はオスカルとアンドレのことを君に聞きたくて来たのだ。私は今フランス革命小史という本を書いている。その本でぜひ二人のことに触れたいんだ。少なくとも、君は二人を知っている一人だ。」
  アラン 「じゃあなおさらだ。死刑になるアントワネットの話なんか、関係ねえよ。」
  ベルナール 「いや、それがあるんだ。もう少しロザリーの話を聞いてくれ。」
270 ロザリー 「私はコンシェルジェリ牢獄へ移された王妃様のお身のまわりのお世話をしていたのです。はじめのうち王妃様は私が誰だったか気づかなかったようですが・・」
  ロザリーに髪をすかせていたアントワネットは手鏡に映ったロザリーの顔に記憶を呼び起こされた。
  マリー 「あなたはひょっとして・・オスカルと一緒にいつか舞踏会でお会いした・・」
  ロザリー 「はい、ロザリーでございます。少しでもお慰めをと、この役を願い出ました。」
  アントワネットは椅子から立ち上がると、ロザリーに向かい、胸の前で祈るように指を組んだ。
  マリー 「なつかしいオスカル。聞かせてくださいな、オスカルのことを。ロザリーさん、お願い。」
  ロザリー 「それからは毎日のようにオスカル様のお話をお聞かせしました。そして、聞き終わると王妃様は必ずこう仰有るのです。」
  マリー 「心が安まります。オスカルに思いを馳せると・・」
  アントワネットは遠い思い出を抱きしめて、涙に濡れた瞳を閉じた。

1793年10月16日 0時15分 マリー・アントワネットの処刑が執行された。

海辺 ロザリーは薔薇の造花を手に語リ始めた。

  ロザリー 「これは最後の日の朝、王妃様が私に下さったものです。独房の中にあった化粧紙でオスカル様に思いを馳せて作られたと・・そして、こう言われたのです。」
280 マリー 「ロザリーさん、この薔薇に色をつけてくださいな。オスカルの好きだった色を。」
  ロザリー 「そう言われて、改めてはっとしました。私、オスカル様がどんな色の薔薇が好きだったかなんて、聞いたことがなかったんです。」
  アラン 「オスカルは知らねえが、アンドレならきっと、白が好きだって言うぜ。」
  ロザリー 「じゃあ、このままの方がいいですね。」
  アラン 「ああ、それがいい。」
  それからしばらくして、ロベスピエールとサンジュストも政権争いに破れ、処刑される。そして、さらに十年後、アントワネットの死後、祖国に帰り着いたフェルゼンは民衆を憎む心冷たい権力者となり、民衆の手により虐殺されたという。
286 ED挿入歌 愛の光と影

ベルサイユのばら 最終回スペシャルバージョン 

劇  終

inserted by FC2 system