源氏物語
あさきゆめみし

原作 大和和紀  第1巻

女A/B/C/D/E/F は参加者人数に応じて被ってください。

人物紹介
桐壺帝
(きりつぼてい)
源氏の父。桐壺の更衣をこよなく愛し、その子どもである源氏に、第1皇子以上の愛情を注ぐ。
左大臣
(さだいじん)
頭の中将と葵の上の父。桐壺帝の忠臣で、帝の命により元服後の源氏の後見人となる。
弘徽殿の女御
(こきでんのにょうご)
桐壺帝の妃。高貴な家柄の出身で、春宮(皇太子)を産んだため、権力をふるう。
桐壺の更衣
(きりつぼのこうい)
源氏の母。低い身分で入内するも、帝の寵を独占。そのため帝をとりまく女人に恨まれる。
若宮(光の君)
(わかみや)
6歳 のちの光源氏

其の1

001 ナレーション 《光源氏》
「私は母を知りません。はかなげで少女のようで・・すきとおるように美しい人だったといいます」

《光源氏》
「愛だけによって生き、その生命(いのち)を断ったのもまた愛であった・・・・と」

002 女A 「あちらが主上(おかみ)のお住まいになられてる清涼殿(せいりょうでん)

「てまえが承香殿(しょうきょうでん)

「弘徽殿(こきでん)、麗景殿(れいけいでん)、常寧殿(じょうねいでん)、梨壷(なしつぼ)、藤壺(ふじつぼ)、梅壷(うめつぼ)・・きょうよりは、この後涼殿(こうりょうでん)でおすごしなさいますよう。以後は更衣(こうい)として、なにごとも主上(おかみ)いちずにおつかえまいらせますように」

003 桐壺の更衣 「みなさまよろしくお願い申し上げます」

『はなやかな美しい・・・そして冷たい場所・・・・』

004 女B 「あなたね、格別のお式もなさらずに内裏(だいり)にあがられたとうのは・・」

「そういえばお道具類も質素でいらっしゃること・・・ね」

005 ナレーション 女たちが、冷ややかな笑いを浮かべながら桐壺を一瞥する。
006 女C 「いいのかしらほうっておいて」
007 女D 「身分もことさらでなく、うしろだてもないくせに入内(じゅだい)するなど・・なかよくしておくことなどありませんわ」
008 女C 「まあ・・聞えますわよ」
009 女D 「いいのよ、更衣といえば、主上のおそばにはべる機会もあるのですもの」

「わたしたちをさしおいて身のほど知らずの望みをいだかぬうちに教えてあげるのが親切というものではなくて?」

010 女C 「まあ、大人しそうなお人柄だから心配は無いでしょうけれどね」
010 ナレーション 女たちの言葉が桐壺の胸を刺した。
011 桐壺の更衣M 『多くを望んで来たわけではない・・けれど・・・』
012 ナレーション 女たちが騒々しくなった。主上が弘徽殿(こきでん)へ渡っていった。上げられた御簾(みす)の向こうに弘徽殿の女御の姿が見える。
013 桐壺の更衣 「あれが弘徽殿の・・・お美しいかた・・・・」
014 女B 「くちおしいけれど弘徽殿の女御さまは今をときめく右大臣の姫君・・・」
015 女C 「そのうえ昨年は皇子(みこ)さまをお産みまいらせて・・いずれは后(きさい)に立とうというお方」
016 女D 「わたくしたちなど、とてもとても・・・」
017 女B 「それにご気性のこわいお方ですもの」
018 女C 「にらまれるとおそろしい・・・」
019 ナレーション 時は移ろい、衣替えの季節を迎えた。桐壺たち更衣が主上の衣装の整理を行なっている。
020 桐壺の更衣M 『主上・・・内裏に住まってはいるものの、わたくしなどまだ一度もお見上げ申した事が無いけれど・・・・雲の上のおかた・・・このように美しい彩錦(あやにしき)をおつけになるお方は・・・・』
021 ナレーション ふと、気をそらせた隙に、猫が衣(きぬ)をさらって木の上に逃げてしまった。
022 女C 「まあ・・・どういたしましょう、あんなところに・・・」
023 女D 「取っていらっしゃいよ」
024 女C 「まあ・・・いやよ、殿方や公達(きんだち)が来られたらどうなさるの?」
025 女B 「ああ・・・風で飛んでしまう・・あなたがうかうかなさっているから・・・」
026 桐壺の更衣 「・・・・・おゆるしくださいませ・・・日がおちましたら女房(にょうぼう)にとりにまいらせましょう」
027 ナレーション 時がたち、日がおちると夜空には不気味な風がまっている。夜は鬼が跳梁(ちょうりょう)して人を食らうと、女房たちは尻込みしてしまった。
028 桐壺の更衣 「頼みがいの無い人たちだこと・・よい・・・わたくしがまいりましょう」
029 ナレーション 桐壺は夜の闇の中を進んでいく。不気味な風が音を立てて舞い、生い茂る木立が風になぶられて襲い掛かってくるようだった。

その時、桐壺の耳に男の声が響いた。桐壺は恐怖でその場に立ち尽くしてしまった。ガサガサと葉ずれの音がして、人影が現れ、桐壺の前に立った。

030 桐壺帝 「・・・・おや・・・これは・・」

「鬼が出るときいて退治してやろうと思うてきたが・・こはいかに。羽衣を忘れた天女と見ゆる」

「安心なさい。今宵は闇夜・・お顔を隠す事はありませんよ。あなたがどなたかわたしにはわからない」

031 ナレーション 男は桐壺の手をとり自分のほうに顔を向かせた。桐壺は咄嗟に顔をそらせて、男の視線から逃れた。
032 桐壺帝 「かくさずに・・・」

「・・・・美しい。羽衣を返せばたちまちに天に昇っていきそうな・・」

033 桐壺の更衣 「・・・・お許しあそばして・・・・」
034 桐壺帝 「・・・あなたが天女なら・・・わたしは月読(つくよみ)だ・・・月に顔を見られてなんの恥じる事がありましょう」

「お帰りなさい。誰にも言いはしませんよ」

035 ナレーション 部屋へ戻った桐壺は、ひとり佇み、闇夜の下で出あった男のことを思い出していた。
036 桐壺の更衣M 『・・・どちらの公達だったのでしょう・・・おやさしそうなあの方は・・・』

『この氷のような御殿に、あのような方もいらしたのだ・・・」

037 ナレーション 明けて翌日、その日から毎日、桐壺のもとに立派な道具が届けられた。使者は名も告げずに去っていくため、相手の事を知る事が出来なかった。
038 桐壺の更衣M 『・・・・公達・・もしかしたら、あの方だわ。あの方が・・わたくしに・・・』
039 ナレーション その夜、男が桐壺のもとへとやってきた。
040 桐壺帝 「・・・・夜だけ・・天女を訪ねるのをお許しくださるか?」
041 桐壺の更衣 「あなたは・・・・!」
042 桐壺帝 「明かりはつけずにおおきなさい。人ならぬわたしたちにふさわしく・・・」

「・・・天女に魅せられた・・・月なのですよ。わたしは・・・・今は、静かに・・・・」

043 ナレーション 男が優しく肩を抱いた。桐壺は男にその身を預ける。朧月(おぼろづき)が淡い光で夜空を照らしていた。

清涼殿。桐壺帝と左大臣がいる。

044 ナレーション 《左大臣》
「あの女官ですね?」

《左大臣》
「主上も罪なことをなさる・・・」

045 桐壺帝 「罪・・・?」

「わたしが名乗らぬ事が罪というのか・・・わたしが名乗り、人々に主上の愛人と知れわたるほうが・・・?」

「いや・・・そうではあるまいよ」

046 桐壺帝M 『表立ち・・・女御たちのあらそいの中に立たせるには・・・あまりにかよわくはかない花だ・・・小さな幸せこそ望んでいる少女のような・・・』
047 桐壺帝 「名乗るつもりはない・・・この先も・・・」
048 ナレーション 《左大臣》
「主上・・・」

《左大臣M》
「本心から・・・・」

049 ナレーション 桐壺のもとへ弘徽殿の女御の使いの女房がやってきた。
050 女E 「新参の更衣と申されるのはあなた?」
051 桐壺の更衣 「はい・・・」
052 女E 「弘徽殿の女御さまがお薫物(たきもの)合わせをなさいます。万事そそうの無いように支度をなさっておいでくださるようにとのことでございます」
053 桐壺の更衣 「・・・・わたくしが・・・?」
054 女B 「まあ・・・!弘徽殿さまといえば、主上もご臨席なさるのですよ」
055 女C 「どういうわけかしら・・あの方だけ・・・」
056 桐壺の更衣M 『弘徽殿の女御さまが・・・・?わたくしを・・・?』
057 女F 「どういたしましょうお姫さま。ご衣裳が間にあいませぬ・・それに薫物(たきもの)も・・いまからお母君に申し上げてもとても・・・」

「あちらの方は、こちらをご存知のうえで・・・恥をかかせるおつもりなのでしょうか」

058 桐壺の更衣M 『・・・そんな・・・・・いったい・・なぜ・・・』
059 ナレーション その時、女房たちが嬉しそうな声で、立派な衣装と香壷(こうご)が届けられた事を桐壺に報告する。
060 女F 「まあ・・・・これで助かります・・・神のご加護ですわ!」
061 桐壺の更衣M 『あのかただわ・・・わたくしを助けてくださる。月読の君(つくよみのきみ)
062 ナレーション 弘徽殿。桐壺帝が女御といる。女御がすまして桐壷帝に話し掛ける。
063 弘徽殿の女御 「おりよく雨もあがり香をきくにふさわしい夕べになりましたわね」

「ご覧(ろう)じませ。あちこちの対屋(たいや)からわたってくる女人で庭に花を散らしたようでございますわ」

「今宵は後涼殿にも使いをだして女房たちを集めてございますのよ」

064 ナレーション 桐壺帝は眉間に小さく皺を寄せ、女御と顔を合わさないように外を眺めている。
065 弘徽殿の女御M 『いつまでもそしらぬ顔をお通しになるおつもりなのですね・・・』

『ご寵愛の更衣とやらがここで、どんな目にあっても、そのようにとりすましていられるかしら』

066 ナレーション やがて弘徽殿に女たちが集まってきた。桐壺が現れると、女たちからどよめきが起こった。
067 女D 「ま・・・どちらの女御さまかしら・・・」
068 女C 「桜がさねの唐衣(からぎぬ)
069 女B 「ああ・・・あれは新しく後涼殿にきた・・・」
070 弘徽殿の女御M 『あの袿(うちぎ)は・・・』
071 女B 「まあ、あんな上座に・・・新参者のくせに・・・」
072 ナレーション 《男》
「まあ、さすがに弘徽殿のおかたさま。このみごとな白瑠璃の香壷(こうご)

《男》
「お薫物も上品ではなやかで・・このお薫壷(たきつぼ)はいったいどなたの・・・?」

《男》
「これは薫衣(くのえ)の香でございますよ。感服いたしましたぞ。今ごろこのような名香をお合わせする方がいらしたとは・・・これをこそ1の香に・・・・」

073 弘徽殿の女御M 『香合わせなど知らぬと思っていたのに・・・貧乏公家の娘が・・・・』
074 女C 「下々のものは鼻が利くとか申しますよ」
075 女D 「そうそう、まるで猫のように、魚を狙ろうて歩き回るそうな。御殿の中を・・・・」
076 弘徽殿の女御 「あの袿(うちぎ)には覚えがございますよ。先日、主上がお選びになっておられた・・いずれの女官に下賜なさるのであろうと思うておりましたが・・・・」
077 ナレーション 桐壺帝はだまってその場を去っていった。
078 弘徽殿の女御 「主上・・・・・」
079 ナレーション 弘徽殿の女御は桐壷をきっと睨みつけ、下唇を噛み締めた。
080 弘徽殿の女御M 『この子どものような娘に・・・主上はお心を奪われてしまわれたのか・・・』
081 弘徽殿の女御 「その女を外にお出し!同じ席になどいたくない!」
082 女B 「たかだか更衣の身分をわきまえず女御さまと競おうなどと思うから」
083 女C 「ホホホホ・・泥棒猫は泥棒猫らしく扱われるのですよ」
084 桐壺の更衣M 『女御さまと競う・・・わたくしが・・・?わたくしが・・・主上を・・・?・・・そんな!』
085 ナレーション 夜。桐壺の部屋。部屋にいる桐壷帝の顔を見て桐壺の更衣が悲しげに涙を流した。
086 桐壺の更衣M 『ああ・・・やはり・・・どうしたら・・・』
087 桐壺帝 「・・・かくしていてすまなかった・・・」

「あかさぬほうが、あなたのためだと思っていたのだ。だがそれもかなわぬ現し身のわたしだ・・・」

088 桐壺の更衣 「では・・・もう・・・お目にかかれないのですね・・・・」
089 桐壺帝 「野に置く花を手折ったのはわたしの罪だ。だがそれでも・・わたしのために・・耐えて・・・わたしとともに生きるか・・・?」
090 桐壺の更衣M 『主上・・・・』
091 桐壺帝 「はじめて自分から人を欲した・・・わたしは・・・」
092 桐壺の更衣M 『主上・・・わたくしこそ・・いつまでもお側に・・わたくしのただひとりの主上・・・・』
093 ナレーション 時がたち、秋が来た。
094 ナレーション 《男A》
「・・・まったくまぶしいほどのご寵愛というのでしょうな」

《男B》
「どうかしておられるのではないか主上は・・・唐土(もろこし)でも女の間違いからついには国の乱れを招いたという良くない例もあることですし、まったく困ったものです」

095 女E 「このところお体のご様子が思わしくないとうかがいまして。弘徽殿の女御さまより唐土(もろこし)わたりのお薬をお預かりしてまいりました」
096 女F 「おやさしいお心遣い感謝いたします。では、こちらへ・・・」
097 女E 「いえ・・・なにぶん高価でむずかしい薬でございましてね。わたくしどもで調合してお飲みになられるのを見届けてまいるようにとの事でございます」
098 女FM 『・・・・よもや毒・・・!?』
099 女E 「さあ・・・いかがなされました・・・?女御さまはそれをあなたのことをご心配になられて、わざわざ取り寄せられたお薬湯でございますよ」
100 ナレーション 女房の後に、すっと弘徽殿の女御が立ち、桐壺を嫉妬の目で睨みつけた。
101 桐壺の更衣M 『ああ・・・わたしはこんなにも美しいかたを・・・お苦しめしている・・・・わたしは・・・』
102 ナレーション 桐壺は意識を失い倒れた。女房たちがせわしく動き回る。

そこへ桐壺帝が現れた。

103 桐壺帝 「これはなんとした騒ぎだ!?」
104 弘徽殿の女御 「主上・・・・・」
105 桐壺帝 「これはどういうことだね?女御・・・・」
106 弘徽殿の女御 「ご心配にはおよびませぬ。わたくし妖しげなお薬を差し上げたわけではありませんわ」
107 ナレーション 弘徽殿の女御は逃げるようにその場を出て行こうとした。
108 桐壺帝 「お待ち!」
109 弘徽殿の女御 「・・・主上!お恨み申しますぞ。皇子までなしたわたくしを捨てて・・・そのような娘にそれほどにお心をうばわれておしまいとは!」
110 桐壺帝 「捨てたのではない。そちは国母(こくも)として遇しておる」
111 弘徽殿の女御 「このようにわたくしを苦しめる事が?」
112 桐壺帝 「・・・いうな!」

「・・・あなたがわたしを思うあまりにすることを哀れとこそ思え・・・もはやいとしいと思う事はできないのだ」

113 弘徽殿の女御 「・・・・ひどい・・・!」
114 桐壺帝 「・・・確かに酷な事だ。だが愛とはそうしたもの。愛は人を鬼にも邪にも変える」

「そして風にも耐えぬ少女に毒をあおる勇気をもまた与える・・・」

「聞くがよい。今後、更衣に害をなす者があらば・・・その者は今上(きんじょう)たるわたしに害をなすと知れ!」

「たとえ何者が相手であっても、わたしはそのために鬼になってみせる。その者は・・・帝の御子に害をなす者になるのだから!」

115 弘徽殿の女御 「御子・・・!では・・・桐壺の更衣は!?」
116 ナレーション 桐壺帝は桐壺の更衣を抱きかかえて出て行った。
117 女B 「桐壺の更衣が御子を・・・」
118 女E 「女御子ならともかく、男御子を産ませまいらば・・・その御子を春宮(とうぐう)におたてになるようなことにならぬとも・・・」
119 弘徽殿の女御 「祈祷の者を!」
120 弘徽殿の女御M 『男御子を産ませてはならぬ!』
121 ナレーション 桐壺が産気づく。難産で生死の境をさ迷っている。
122 ナレーション 《男A》
「難産でございます。たいそうお悩みになられて」

《男B》
「何をしておる。加持の僧を増やさぬか!」

123 桐壺の更衣M 『わたくしの・・・赤ちゃん・・・・あ・・・・わたくしの赤ちゃんを・・・!返してください!」
124 ナレーション 《闇の声》
『この子は生まれるわけにはいかないのだ・・・この子の誕生は望まれていない・・・』
125 桐壺の更衣M 『いいえ返してください!お願いです・・・わたくしの命をさしあげますから・・・』
126 ナレーション 《闇の声》
『おまえの命を・・・・』

《闇の声》
『よかろう・・では命とひきかえだ・・・』

127 ナレーション 闇の声が途切れた。桐壺が目を覚ますと女房たちが心配そうに顔を覗き込んでいる。
128 女F 「更衣さま!ああ、よかった。お気づきになられた・・・」
129 桐壺の更衣 「・・・わたしの・・・・」
130 女F 「ええ、御子さまが・・男御子(おとこみこ)さまがお生まれになりましたのよ」
131 桐壺の更衣M 『美しい・・・・若宮さまが・・・ああ・・神さま・・・!』
132 ナレーション 桐壺の更衣は桐壺帝と若宮と幸せな日々をおくっていた。桐壺の更衣の願いはただひとつ。いつまでもこの幸せが続く事だった。

唐突に桐壺の脳裡にあの時聞いた闇の声がこだました。

133 ナレーション 《闇の声》
「おまえの命とひきかえに・・・・」
134 ナレーション 呆然とする桐壺の手を若宮がひっぱる。
135 若宮(光の君) 「おかあさま・・おかあさま。あちらにおかあさまのお好きな花が咲いていましたよ」
136 桐壺の更衣 「・・・どうなさいましたの?宮・・・?」
137 若宮(光の君) 「おかあさま・・・なんだか消えておしまいになりそうだったの」
138 桐壺の更衣 「まあ・・・」
139 若宮(光の君) 「いつか乳母(めのと)が読んでくれた竹取りの・・・」
140 若宮(光の君)M 『かぐや姫のように天に昇って・・・・』
141 ナレーション 桐壺帝が後からそっと近づいてくる。
142 桐壺帝 「かぐや姫のようにお美しいといいたかったのだろう?油断のならぬおちびさんだ」

「おまえはお父さまのお株を奪ってしまうつもりだな」

143 桐壺の更衣 「まあ・・主上・・・・」
144 桐壺帝 「今日は気分が良いと見える」
145 桐壺の更衣 「はい・・・ひさしぶりに若宮とお散歩を・・」

「このところなにかというと床に伏せがちになっておりましたので・・・」

146 桐壺帝M 『昔から華奢ではかなげな人だったが・・この頃はいっそう陽(ひ)にすけていつか本当に月に昇ってしまいそうな・・』
147 桐壺帝 「風が冷たくなってきた・・・そろそろ中へはいろう」
148 女E 「お聞きになりまして?二の宮さまの袴着(はかまぎ)のお式のこと。春宮(とうぐう)になられる一の宮さまにもまさる盛大なお式・・・」

「このぶんでは一の宮さまをさしおいて二の宮さまを春宮になさるおつもりかもしれぬ・・そんなことになったら・・・・」

149 女B 「桐壺の御息所(みやすどころ)が清涼殿へわたっていかれます」
150 ナレーション 空がにわかに曇り始め、雷鳴が轟き雨が滝のようにふりはじめた。
151 桐壺帝 「ひどい天気になったものだ。御息所はいまだ見えぬか」
152 ナレーション 《男》
「はっ・・いまだ・・」
153 桐壺帝 「途中まで迎えに行くがよい」
154 ナレーション 《男》
はい・・・」
155 ナレーション しばらく待ったものの桐壺は現れない。
156 ナレーション 《男》
「まだお見えになりませぬ」
157 ナレーション 桐壺帝は胸騒ぎを覚え、部屋を飛び出していく。土砂降りの雨の中、桐壺帝が桐壺のもとへ走った。

切馬道(きりめどう)を遮る扉に錠がかけられている。桐壺帝は錠をはずし桐壺のもとへと駆け寄った。

158 桐壺帝 「桐壺!しっかりいたせ桐壺!」
159 ナレーション 《男》
「・・・ご重体でございます。このうえは実家(さと)のほうにお帰しなさるのが・・・」
160 ナレーション 桐壺の母が枕もとで宮中へあげたことを悔やんでいた。
161 桐壺の更衣 「・・・いいえ、おかあさま。・・・・わたくしは幸せでございました・・・」
162 桐壺の更衣M 『かずならぬ身が主上の愛を得て・・わたくしも主上を・・・わたくしにとって・・これ以上のよろこび深い一生があったでしょうか・・・』
163 若宮(光の君) 「おかあさま・・・」
164 桐壺の更衣 「宮さま・・・おいとまする時がまいりました・・・」
165 桐壺の更衣M 『ああ・・・おかあさまはこれ以上、あなたに何もしてさしあげられない。こんな小さなあどけないあなたを残して行かなければならない・・・』

『けれども吾子(あこ)よ・・・おかあさまはおかあさまの人生をあなたにあげましょう・・・。弱かったわたくしがこうしてあなたの母となれたのは・・・愛が勇気を与えてくれたから・・その愛をあなたに残しましょう・・・』

『いつの日も愛し・・生き・・・・・しあわせに・・・・』

166 ナレーション 桐壺は眠るように目を閉じた。かたわらに若宮が添い寝し、大きな目から涙を流している。
167 若宮(光の君) 「おかあさま・・・おかあさま・・・・」

「おばあちゃま・・・おかあさまおやすみになってしまわれたの?」

「あとでご一緒に遊んでくださるとおっしゃったのに・・・おばあちゃま・・」

168 ナレーション 無邪気な若宮の言葉に、皆、涙を誘われた。
169 桐壺帝M 『・・・・愛しい人よ・・・わたしの人生は終ってしまった・・・・」
170 女F 「主上は御息所を失われて、あれからずっと桐壺におこもりになって・・・おいたわしことですわ・・」
171 ナレーション 《左大臣》
「時がたてば、また楽しい事もありましょう。元気をお出しください」
172 ナレーション 《左大臣M》
『・・・時ふれば傷はいえるのだろうか・・新しい喜びに身をまかせることができるだろうか・・・』
173 ナレーション 《左大臣》
「祖母君(そぼぎみ)のところにおとどめになっている若宮さまも、もはや生(い)いたたれてお美しくお育ちでございましょう」
174 桐壺帝M 『あれから3年・・・若宮・・』

『愛しい人よ・・・あなたは死んではいなかったのだね・・・あなたはこの子の中に・・・』

175 ナレーション 《男A》
「若宮さまのご利発なのにはおどろきます。土が水を吸うように学問を身につけていかれる。あのような方が国主(こくしゅ)にたたば・・・国はどんなにか・・・」

《男B》
「この君には国父(こくふ)となられる貴相がございます。遠つ国(とおつくに)へきて、このように優れた相の稚児(ちご)に会えたのはなんという喜び・・・・」
「・・・・しかし、残念な事にそうなられますと国が乱れ、民の憂いとなることが起きそうです」

176 ナレーション 《左大臣》
「・・・・それで源の姓をお与えになったと申されるのですか?」
177 桐壺帝 「・・・残念にも思ったが・・・なまじ後ろ盾が無いままに親王(しんのう)とするよりも、臣(しん)のままにいたほうがのびやかに生きられよう」
178 ナレーション 光源氏の物語のはじまりである。

劇 終

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